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釣りを覚えたのは、山間部で過ごした小学二年生の時。 その集落に五・六人の小学生がいたが、一番の年下。 年上の子供が釣っているのを、見よう見まねで覚える。 竹の枝を切ってきて、竿を作りテグスと針ををつけて終わり。 餌は蚯蚓か飯粒。 そこの川にはアメノウオとドンコがいるだけ。 アメノウオは竿陰にも敏感に反応して、 なかなか釣れないないとのことで、ドンコ一筋。 だが、それがなかなか釣れない。 川で遊んでいて、家の近くで、大きな石に囲われたよどみがあり、 そこで、ドンコが一匹、泳いでいるのを見つけた。 早速、針に飯粒をつけて糸をたらすと上手い具合に釣れた。 これが生まれて初めての釣果。 翌日も川で遊んでいて、その場所に行くと一匹泳いでいる。 早速、釣り糸を垂れるとまた釣れる。 前のがいなくなると必ず、別の一匹がきている。 毎日ドンコ一匹を釣るのが日課になってしまった。 アメノウオに何度も挑戦してみたが釣れなかった。 だが、大雨の降った後、濁流となったとき、 試しに蚯蚓をつけて釣り糸を垂れると、アメノウオがかかった。 それに勢いづいて、その日、一日中粘ったが、駄目。 アメノウオを釣ったのは後にも先にも、その一匹だけ。
2007年09月30日
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昨夜は雨が降ったよう。道が濡れていた。 ずっと、曇り空が続いている。 今朝は昨日までの姿で起き出てみると寒い。 なんと部屋の温度二十二度。昨日までより五度以上低い。 ズボンと長袖のシャツを着込む。 一番気温の高い此の時間になっても、室温は二十三度。 平年の気温は二十五度。平年以下に下がっている。 真夏日から一気に晩秋の気温に。 このまま続いてくれるのかと、天気予報を見ると、 涼しいのは今日が一番。 明日、明後日は雨模様で少し気温が低いが、 その次からは日射しが戻り、夏日、真夏日の境を前後するよう。 秋と言えば、一雨ごとに涼しさが加わっていく季節なのだが、 気候は、まだ夏の様相。 十月上旬を過ぎると涼しくなるとの情報もあるが、 一日でも早く、今日のような日が続く気候になって欲しいもの。
2007年09月29日
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幼少時は子供の服装が、 着物から服に替わる過渡期の終わり頃だったように思える。 京都での幼稚園の入園式で撮られた全員の写真中、 着物姿の園児が一人いる。参列した母親はすべて着物。 それから二年後、道後にある小学校の入学式では、 着物姿の児童が、一人。 それから一年後、山間部の小学校へ転校したときは、 児童全員が着物姿。服を着ているのが珍しがられた。 更に三年生の二学期に釜山の小学校に転校したときは、 全校生徒が、学生服だった。 母親は明治の女。戦前は着物で通した。 だが、引き上げの際、着物の殆どを持ち帰ることができなかった。 支給されるのもで我慢せねばならず、服も着るようになった。 西条市の祭りにはダンジリが出る。 伊曽乃神社を宮出ししたダンジリは、もと藩主の陣屋であった、 西条高校の前に、市内のダンジリ五・六十台が整列する。 陣屋は堀に囲まれていて、 ダンジリが、堀に写りなかなか見応えがある。 また、大勢の見物客が集まる。 女性の殆どが着物の晴れ着姿。これが一層ダンジリに花を添えた。 西条は茶道を嗜む人が多く、茶会の帰り道だろうか、 晴れ着姿の女性が何人かで歩いている姿をときどき見かけていた。 だが、こちらに移り住んで四十年近く、 随分様子が変わっていることだろう。
2007年09月28日
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今は男女共学が、常識になってしまっている。 だが、我々の時代は、小学校二年まで男女共学。 三年生からは、男子のクラスと女子のクラスに分けられていた。 とは言っても、生徒数の少ない小学校では、 それもならず、男女共学だった。 小学校を卒業すると、男子校の中学・商業・工業等に別れる。 女子の学校は女学校だけ。 呼び名は中学校・商業学校・工業学校だが、 女学校だけは高等女学校だった。 これらの学校に入学するには、 二・三倍の競争率の入学試験を突破しなければならない。 市内に十数校の小学校があったが、 これらの中等学校はそれぞれ一校のみ。 小学校を出るとすぐ就職する者、 高等小学校へ行って後二年、学んで就職する者も多かった。 小学校は市内各地にあるが、 中等学校は市の中心部から離れたところにある。 生徒は市内電車で通う。 商業と女学校は同じ方向の電車に乗る。 後は反対方向。 商業の生徒を羨んだものである。 「男女七歳にして席を同じゅうせず」と言われた頃の名残から、 そう遠く離れていない時代の話。
2007年09月27日
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四十年近く前だったと思う。あることに取り組んでいた。 当時、実験データを統計的に処理し、その結果に基づいて、 同じような手法で、次の実験計画を立てる。 山登り法と言っていたと思うのだが、古い話なので確信はない。 これらの計算を五日以内に仕上げないと、次の実験が滞る。 実験とデータの計算に、忙しい日々が続いていた。 そんな時、本社にコンピューターが導入された。 本社からは、できるだけコンピュータを有効に活用するため、 研究部門でも利用してくれとの通達が来る。 コンピュータ部からも、説明に来る。 そんな中、コンピュータ部から来た人に、 こんな計算をしているのだが、と相談すると、 その程度の計算なら、あっという間にできますと言う返事。 それは非常に助かる、とその気になった。 コンピュータに何をさせるか書かねばならぬ。 これをプログラムという。 そのコンピュータに使える言語はFORTRANとCOBOL。 科学技術計算には前者がむいてるとのことで、 大急ぎでFORTRANと取り組む。 やっとの思いで書き上げたプログラムに、 データをつけて、コンピュータ部に送る。 当時の公的通信手段は、電話・電報・郵便だけ。 長距離電話の電話料は非常に高く、電報は一字なんぼの世界。 しかも、プログラムは、一字一句間違っていても、 動かないか、誤計算をする。 郵送するしかない。 当時の郵便局は郵便物を集め、手作業で分類し、 それぞれの目的地へ汽車・連絡船などを乗り継いで送られる。 郵便物が相手に届くには、三日・四日、日数がかかるのが相場。 本社での郵便物も掛かりの人が分類し、 人手で各部・各課にくばる。 データーが帰ってくるのには、また同じような逆手順を踏み、 同様の日数がかかる。 計算結果が帰ってきたのは約十日後。 せめて五日で結果が得られれば、計算の手間が省けるのだが、 これでは仕事が滞る。 この一回だけで、コンピュータとの縁が切れた。
2007年09月26日
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昨夜から降り続いていたのか、朝は小振りながら降っていた。 遅い朝食を取る頃には、霧雨になっていた。 気温は昨日から引き続き低く、部屋の温度は二十六度。 窓から見る山々はわずかに霞んでいて、 その山あいを、雲が煙のように這い上がっている。 今日は仲秋の名月。天気予報によると夕方から晴れ。 午前中に比べて、空は明るくなってきている。 雲の間からでも、月を眺めることができるだろうか。 旧暦では七月が初秋、八月が仲秋、九月が晩秋。 もう、秋も後半に入った。 昨日、今日の涼しさが続いて欲しいところだが、 明日の天気予報は、最高気温が三十度となっている。 何時になったら真夏日から解放してくれるのだろうか? その日が、身近に来ているとは感じられるのだが。
2007年09月25日
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かなり時期遅れの話だが、子供の頃の海水浴場では、 小さい子供はパンツ。 小学校の高学年あたりから上は六尺褌。 ほとんどが白だが、色物をしている人もいる。 小学校五年の夏、褌をつくった貰った。 新しい布を買うのは勿体ないと、 男物の古い帯で作ってくれた。 それが黒い色。 海水浴場へ行ってみると、 黒色の褌をしている人が全くいなくて、それが自慢だった。 生地がセルだったので、水切れがよく、暖かで、乾きが早い。 帰り道、信玄袋にいれと持って帰るにも都合がよかった。 これを書いていて、ふと思ったのだが、 海水浴場で女の人を見かけた記憶が全くない。 曇り空。今日の予想最高気温は二十九度。室温は二十七度。 午後三時前より、雨が降り出した。 気温が下がったのか、 ひんやりとした風が、網戸越しに入ってきてる。 部屋の温度も一度下がった。 この様子だと、まだ下がるかも知れない。 今日は、久しぶりに、汗をかかず一日過ごせた。
2007年09月24日
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割り箸で鉄砲の形を作り、輪ゴムを引っかけて、 引き金を引けば輪ゴムが飛び出すように造る。 それをゴム鉄砲と呼んでいた。 それで、子供同士が打ち合う。逃げたり、追いかけたり。 人数が多いときは、敵味方に分かれて、当たったら戦死。 全部やっつけた方が勝ち。 だが、当たった、当たらないで、喧嘩することもある。 単純なゴム鉄砲は、割り箸三本でできる。 だが、それだけでは面白くない。 何本も使って、握るところに工夫を凝らしたり、 二連発をつくったりして自慢しあった。 玩具など買って貰えない時代。 年上の子供が、いろいろな遊びを教えてくれていた。
2007年09月23日
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朝は曇り空。 今にも雨が降りそうな塊もあったが、 それも何処かへ移動し、 雲かたまりが青空に散らばっている形となった。 今日も部屋の温度は二十九度。 向こう一週間の予報を見ると、最高気温はいずれも三十一度ぐらい。 過去の最高気温平均値は二十六度。 五度も気温が高いのでは、季節の錯覚が起きるのは無理もない。 此のところ、庭もほったらかし、木は伸び放題。 それをいいことにして蜘蛛の巣がはっている。 それが西に傾いた日に照らされて、輝いている。 これをアップした後、 棒を持って、蜘蛛の巣を取りに行くことにしよう。
2007年09月22日
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朝から雲が多く、ところどころで青空が見えていて、 ときたま日がさしていた。 それが午後になると、全面、雲に覆われてきている。 今年は、水やりも、ろくにしないのに、 庭にはハブランサスが四輪咲いている。 かなり前に一輪咲いたので、今年は全部で五輪咲いた。 散歩の途中で、タマスダレに混じって数輪咲いていたのを見つけ、 そのお宅の方が居られるの時に、一つ別けて貰った物。 タマスダレも今年は数が少ないと残念に思っていた。 だが、この時期になって、例年並みに咲いてきた。 夏場の一番暑い時期に一斉に花を咲かせてくれていたのに。 これらも、主と同じように、暑さにバテていたのだろうか。 曇っているので、室温はかろうじて二十度台で治まっている。 ちょっと、蒸し暑さも感じられなくはないが、 蒸し焼きになっているような暑さよりは、良しとせねばなるまい。
2007年09月21日
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朝は、よく晴れた秋空。 海上遠くや、山蔭から少々雲のが覗いている程度。 燦々と陽が照りつけている。 時間が進むに従って、山蔭から雲が増えてきたが、 ときたま、太陽の光を遮る程度。 今日は彼岸の入り。 照りつけられれば暑い。今日も真夏日。 当地の最高気温を、週間予報で見ると、 明日からの三日間は三十二度、次二日間はの三十一度、 次の二日間が三十度。 このままの傾向でいけば、 彼岸があければ、真夏日→夏日が期待できそう。
2007年09月20日
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午前中は雲の多い天気。 正午頃になると、少しずつ雲が少なくなり、青空が広がる。 雲の様子も塊から、綿をちぎったような雲に変わった。 空はすっかり秋色。 だが、地上は日に照らされ、気温は上昇。 日射しが、廊下の四分の三を占めるようになった。 この時刻になると、廊下の東隅に日が射し込む。 丁度、そこが空気の溜まり場になっているから堪らない。 近づくと、むっとするぐらい。 気になって温度計を置いてみると、三十二度を指した。 室温より三度高い。 しかし、この時刻になると、別棟の陰が庭を覆うようになるので、 庭からの照り返しが無くなる。 暑さも多少緩和される。 週間予報では、最高気温の予想が通して真夏日となっている。 明日は彼岸の入り。 暑さ寒さも彼岸までと言うが、そうあって欲しいもの。
2007年09月19日
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竹をプロベラ状に削り、その中心に細い棒を固定するのが、 一般的な作り方。 子供の頃ある地方で違ったタイプのものを見かけた。 プロペラの大きさに竹を切り取るところまでは同じ。 それからが違う。 竹の肉側を削り、薄くした物の、 竹の表皮側をロウソクの火で焙り、竹を柔らかくし、 その両端を持って捻りプロペラ状にする。 真ん中に丸い穴を開け、小刀で四角くする。 胴体にあたる棒状のものは少し太めのものを竹で作り、 片側を四角くする。 プロペラの四角い部分へ入れても、自然に落ちる程度の余裕を持たせる。 四角い部分から下は、手ですって回しやすい大きさに削るのは同じ。 これを飛ばすときは、プロペラに胴体の部分にセットし、 普通の竹トンボと同じように手をすって飛ばす。 すると胴の部分に相当する竹が抜け落ち、プロペラだけが飛んでいく。 胴体部分がないため非常に安定する。 飛ばす傾きを変えることで、高度を競ったり、距離を競ったりしていた。 昔の子供の遊び道具は、同じ名前であっても地方によって異なり、 それぞれ、子供達が工夫して遊んでいた。
2007年09月18日
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午前中は照ったり曇ったり。まずまずの天気。 近くの中学校では、運動会が行われていた。 丁度、その近くのスーパーへ買い物に行くと駐車場が満杯。 駐車場の中をまわりながら、店から出てくる人の後を付けて、 やっと停めることができた。 運動会を見に来ている父兄が止めているのだろうか、 スーパーの人も困惑顔。 でも、しょっちゅう買い物にきているお客さん達も多いだろうから、 強くも言えないのだろう。 午後二時頃になって、急に雨が降り出し雷も鳴り始めた。 昨日同様、激しく降ったり、小降りになったり、時に上がったり。 教室へでも、逃げ込んだのだろうか。 この雨では、車を取りに行くには、ずぶ濡れを覚悟せねばなるまい。 スーパーの人は、ざまあ見ろ、と言っているかも。 異常に蒸し暑かったのが、この雨ですっきりしてきた。 一時間半程して、小降りになり日が差しだした。 雷の音も遠くなった。 だが、この時間帯だと、もう日射しは弱い。 もう、夕日と言ってもいいのだろうか。 斜光で、雨に濡れた木々の葉が、それぞれの緑色で輝いている。 上掲の写真は昨年十月二十五日に撮影したもの。
2007年09月17日
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厚い雲に覆われていて、朝から今も雨が降り続いていている。 昼前には一時、激しく降り頻った。 一番近くにある林の手前の木、数本がはっきり見えていて、 その向こうにある山々の姿は、全く見えない。 それが、少しばかり弱まったとは言え、激しい雨の中、 アゲハチョウが飛んで来て、ノボタンにとまり、じっとしている。 それから四時間あまりして、 外を覗くと雨の中、そのまま止まっている。 気になって庭に出て、近づくと飛び立っていった。 蝶って雨に打たれても平気なのか? 普通の昆虫なら、 比較的、雨に当たるのが少ない陰に止まりそうなのに。 それから小降りになって、暫くすると、 うっすらと山の頂上あたりが見えだし、 やがて、山の形がはっきりと見えてきた。 だが、山裾のあたりを煙のように雲が這っている。 そうこうしているうちに、また雨が激しく降り出し、 山が見えなくなる。 この様な光景を何度も繰り返している。 温度計は一日中、二十六度を指したまま。 高度、百メートル余り、山と山との谷間に位置しているので、 夏場は、市街地から来た人達が口々に涼しいね、と言ってくれていた。 愛媛の中心部である松山では、 四十数日の連続真夏日の記録を更新し続けていると、 テレビの天気予報で言っていた。 はたして今日はどうだったのだろう。
2007年09月16日
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ガソリンが値上がりしていたが、最近、落ち着いてきて、 リッター当たり百四十円台で推移しているらしい。 運転免許をとったのは昭和三十七年七月。 田舎の一般サラリーマンで車を持っている人は、 全くいなかったと言っていいぐらい。 タクシーの中古車を数人で購入し、 それを交代で乗って楽しんでいるグループに加入させて貰った。 ガソリン代は各人の走行距離で配分するシステム。 乗ったら、必ず満タンにして返す、約束になっていた。 満タンにしておくのは、次に乗る人が、すぐ走れるようにするため。 そのとき払ったガソリン代は、月末に精算する。 その時のガソリンは一リッターが百五十六円だったと記憶している。 そんな昔、原油も安かった筈なのに、どうして? と思われる人もいるだろう。 当時は一ドルが三百六十円に固定されていたため、 輸入品はすべて高額になっていた。 この固定がはずされたとき、一ドルの値段がどんどん下がり、 それにともなって、ガソリンの価格も値下がりし、 半値ぐらいまでになったと、朧げに記憶している。 ドルの価格は時々刻々変化しているが、現在は一ドル百十五円程度。
2007年09月15日
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小学生の頃、釜山の港近くに住んでいた。 当時の漁船と言えば、皆、櫓で漕ぐもので、 現在のようにエンジンなどがついたものはない。 漁場は対馬と韓国との間ぐらい。漁場は遠い。 漁師は一隻に一人。 漕げる程度の物だから、今から見れば小さい船。 漁船の真ん中にマストを立て、帆走していた。 漁場は港から前にある島の陰になって見えないが、 海水浴場からはよく見える。 夏場、青い海と青い空の間に、 無数の白い帆が並んでいるのは、壮観としか言いようがない。 そんなに多くの漁船が、毎日同じ海域に出ていて、 それなりの水揚げがあり、漁師は生計を立てていた。 それでも漁が減ったという話は、全くなかった。 漁法の発展が、資源の枯渇に繋がり、 漁獲高を制限しなければならないとは皮肉なもの。
2007年09月14日
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古い話になるが、昭和四十年代前半頃だったと思う。 計算具と言えば、算盤、計算尺、タイガー計算機。 計算尺は有効数字三桁で、桁数の多い計算にはつかえない。 加減は算盤でおこない、 乗除、平方根、立方根はタイガー計算機に頼っていた。 掛け算ならば数字を置いて、掛ける数をセットし、 掛ける数の桁をすらしながら、掛ける数だけまわす。 桁数の多い計算は、算盤とこれに頼るしかない。 タイガー計算機について、興味のある方は下記を見ていただきたい。 タイガー計算機 ↑ これをクリックすると、 タイガー計算機が詳しく説明されているページが表示される。 しかし、部署にあるのは、その計算機が二台だけ。 計算が集中する頃は計算機の奪い合いになっていた。 そんな時、電子式卓上計算機なる物があることを知った。 今で言う電卓。 何処製だったかはよく覚えてないが、購入を申請した。 ところが一台、二十数万円。 それだけの物を購入して、人員削減とかのメリットあるのか。 投資費用が回収できるのか、相当反論されたものである。 なんとか粘って購入に漕ぎ着けた。 大きさはA4程度。入力キーはパソコンのテンキーに近い。 数字の表示は真空管。十個並んでいて数字を一つずつ表示する。 電源がいるので、机一つを準備し、 その上に計算機をおき、皆で共用することとした。 タイガー計算機と違って数値をセットしたり、 計算機をグルグル回したりする手間はない。 二台のタイガー計算機を奪い合いしていたのが、 一台の計算機でゆったりと計算作業がこなせた。 今は、それと同性能の物が、 手の平サイズとなり、百円ショップで売っている。
2007年09月13日
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朝はぬけるような青い空。 正午近くに、空を見あげると、僅かに濁ってきている。 廊下の半分位まで、日がはいるようになってきた。 ガラス戸を閉めて、陽を遮る方が涼しいのか、 ガラス戸を開け、網戸にして風の通りをよくした方がいいのか、 迷うところ。 木の葉が揺れてないので風は期待できない。 予想最高温度は三十一度とまだ真夏日。 部屋の温度も二十九度まで上がってきた。 夏の部屋着でいると、じっとしていればほとんど汗もかかない。 だが、少し、動くと汗ばんでくる。 近くの中学校が、運動会の練習でもしているのだろうか。 それを、指導をしているらしいマイクの声が、聞こえてくる。 ツクツクボウシの声も、ややか細くなってきた。 クマゼミの声は、もう全く聞こえない。
2007年09月12日
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子供の頃、誕生日に、お祝いなどして貰った記憶はない。 あったとしても、せいぜい小豆ご飯を炊いてくれたぐらい。 今なら歳が一つ増えるが、当時は生まれると直ちに一歳。 お正月がくると二歳になる。いわゆる数え歳で歳と誕生日は関係ない。 わが家の子供達が生まれた頃には、既に満年齢で数えていた。 だが、子供達にも誕生祝いをしてやっていない。 でも、孫達には誕生祝いを贈っている。 わが家では、最初の孫が生まれてから、誕生祝いを贈るようになったが、 世間一般では、何時頃から、賑やかな誕生祝が初まったのだろう。 わが家では老人二人、お互いの誕生日には無関心。 お酒が飲めていた頃は、 晩酌のとき、それをネタに、もう一本ねだるぐらい位が関の山。
2007年09月11日
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朝は、空が真っ青に晴れ上がっていたが、 何時とはなしに、雲が多くなってきている。 だが、それらの雲は陽を遮ることなく、朝から照り続けている。 日射しは柔らかく、庭からの照り返しもほとんど感じない。 予報によると最高気温は三十一度。 外はそれぐらいになっているだろうが、部屋の温度は二十八度。 真夏には、部屋の温度が、外気より高くなることがあったが、 もう、それはない。 ここ数日、曇った日が続き、気温も低く、過ごしよい日が続いた。 その頃は、これで日が照ったら、また暑いのだろうな、 と晴れないことを願っていた。 だが、この様子だと、日が照っても、もう大丈夫。 外はまだ真夏日とは言え、 やっと、秋らしい方向に進んでいることが実感できた。 冬の寒いのも、大の苦手。 夏、暑かった分、冬、暖かくあって欲しいもの。
2007年09月10日
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陰陽道では奇数は陽の数で、縁起のいい数とされる。 九はその最高位に位置する。 九月九日は、それが二つも重なることから、 最も縁起の良い日とされ、この日を重陽と言われる。 この日には、不老長寿の菊慈童に肖って、 菊の花を浮かべた酒を飲み、長寿と無病息災を願った。 そのことから菊の節句とも言われる。 この風習は、天武天皇の頃に中国から伝わり、 平安時代には、宮中での正式行事となる。 それが江戸時代には庶民にも広がり、一般化されていた。 明治になって新暦が採用された。 そのため、九月九日には菊の花が未だ咲いてなく、 だんだんと、廃れていき、今では一部の暦にその痕跡を残すのみ。 因みに、今年は、旧暦の九月九日が新暦の十月十九日。 九月九日は、語呂合わせから、救急の日でもある。
2007年09月09日
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今日は白露。野の草に白く露がたまる頃。 暦の上では、今日より晩秋に入る。 昨日の天気予報では晴で最高気温で三十四度と予報されていた。 だが、朝からずっと曇り空。室内の温度計は二十八度。 半袖で転がっていれば、扇風機がなくても心地よい。 晩秋とは程遠いが、ちょっと秋を感じさせてくれている。 当地の週間予報では、通して三十二度前後と予報されている。 予報通りだと、晩秋に真夏日が続きそう。 この様子だと、季節の概念を変えねばならなくなるのかも。
2007年09月08日
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会社に入社した頃は、会計係が大勢いて、給料を計算し、 給料袋は手書きで、名前と金額が記入されていた。 昭和四十年代前半ぐらいと思うが、確信はない。 本社にコンピュータが導入され、 給料計算は、すべて本社でおこなわれるようになった。 給料袋も本社で印刷された物が送られてくる。 だが、その頃のコンピューターでは漢字が取り扱えず、 ローマ字で打たれていた。 そのため会計係がその下に漢字で名前を書き添えていた。 それから何年かして、片仮名で打たれるようになり、 漢字で書き添えるのは廃止された。 それから、更に何年か後に漢字で名前が打ち込まれて様になった。 導入されたコンピュータはIBMの物で五億円ばかりしたと聞く。 今ならパソコンで十分できる程度のもの。 随分進化したものだと思う。 だが、考えてみると、あれから半世紀近くも経過している。
2007年09月07日
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菜園の片隅に溝を掘って、生塵を埋め、土を被せている。 肥料のたしにでもなれば、一挙両得と言ったところ。 ここのところ長く日照りが続いていたが、 先日、久しぶりに雨が降り、土が軟らかくなった。 庭を見ると、なんと十数本もの芽が出ている。 引き抜いてみると、十センチ程の長さ。 芽の様子から思い当たるのは苦瓜。 苦瓜は二人で食べきれないほど毎日なっていた。 ご近所の親しい人も、 皆さん植えておられるので、貰ってくれない。 朝食のおかずは味噌汁に野菜炒めが定番。 野菜は玉葱と人参が主だが、 今は苦瓜が主役として加わっている。 更に夕食のおかずにも再々登場する。 あの苦味、嫌いではない、と言うよりも好きかも知れない。 その苦瓜もそろそろ終わりのよう。 苦瓜は漬け物にしても美味しいとのこと。 来年は挑戦して呉れるそうだ。期待せずに待っていよう。
2007年09月06日
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小刀と言えば「肥後守」と銘打ったものが一番人気だった。 切れなくなっても、研げばすぐ切れるようになる。 他のものは一・二度研げば、研いでも切れるようにならなくなる。 肥後守を持っている子供も少なかった。 それでも、友達が持っていると欲しくなる。 親にねだって、ねだっても、買ってくれなかった。 ところがある日、はいと言って、母親が肥後守を渡してくれた。 嬉しくって、 それを持って、すぐ友達の所に遊びに行ったことを覚えている。 先日、ネットサーフィンをしていると肥後守のページに出会った。 今でも、この小刀が販売されているとは驚き。 一番良いものは、桐箱入りで一万五百円。 安いものもあるが、思い出として手元に置くものならば、 いい物の方がいい。 今はすべてがカッターで間に合う。 思い出だけに一万五百円。 男のロマンを理解しない、わが家の大蔵大臣。 そう簡単に認可してくれそうにない。
2007年09月05日
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昨夜は夕刻に雨が一頻り降って呉れたお陰で、 網戸から涼風が入り、半袖の肌着一枚では涼し過ぎるぐらい。 雨が上がり暫く時を経ると、秋の虫が一斉に鳴き出した。 主に鈴虫・蟋蟀・螽斯。 それに雨蛙まで加わり、秋の夜長を演出して呉れた。 今朝は真っ青に晴れ上がっていた。 また、暑くなるのかと、しょげ込んでいたが、 天気予報通り雲が広がってきて、 ときたま薄い日射しがさす程度。 これだと、期待の最高室温三十度以下は間違いないだろう。 庭も寂しくなってきた。 チェリーセージ・ハブランサス・タマスダレ・ノボタンが、 それぞれ数輪花をつけているだけ。 今年は手入れが行き届かず、除草剤の力も借りねばならぬよう。
2007年09月04日
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テレビで竹馬に乗っているのを見て、あれっと思ったことがある。 子供の頃、覚えた、竹馬の乗り方と違っていた。 以後、何度かテレビで見ていても違う。 子供のとき覚えたのは標準的なものではなかったらしい。 テレビで見るのは、 足を載せる台は竹を半分に割って、それを二つ折りにして、 竹の棒に巻き付ける。 それに足を乗せるときは、その台に足をまっすぐ載せる。 指先から踵まで、台に乗っている。 当然、足の前に棒がきている。 平衡を保つためには、やや棒を前に傾けなければならない。 子供の頃は竹馬を両脇に手で持ち、 台の部分が内側になるようにし、それに足を載せる。 丁度、横木に足をかけたようになる。 前者は体の前に竹の棒があるので、 胸からまっすぐ腕を伸ばしただけしか歩幅が取れない。 後者は竹の棒が両側にあるので腕を前後に動かせる。 竹馬はまっすぐ立った状態で安定するから、平衡も保ちやすい。 歩幅もおもいっきり大きくして歩ける。 最近は竹を使うことが非常に少なくなったので、竹林は荒れている。 筍のために、残しているようなものらしい。 荒れているためか、 持ち主に断りなく、筍を掘り持ち帰る人が多くて困るとか。
2007年09月03日
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昨日は曇り空で、気温も三十度以下。 久しぶりに涼しい一日であった。 いよいよ涼しくなってくれるかと思ったが、 ほんの一日だけ、秋を感じさせてくれたにとどまる。 今日は、日が照り、また室温が三十度を超えている。 とはいっても、日射しは柔らかく秋を感じさせる。 真夏の太陽のように真上から照りつけるのと違って、 木々に陰をつくり、立体感がでてきている。 陽を通している葉を裏側から見ると、薄緑に輝いている。 日が暮れるのも早くなった。 部屋によって異なるが、午後の七時には薄暗くなる部屋もある。 この時期、もう、こんなに暗くなってとあわてていても、 ふと時計を見て、なんだこんな時間かと安堵することもしばしば。 暑い、暑いと言っていても、真夏の比ではない。 先が見えているだけに、過ぎていく日々が、秋への歩み。
2007年09月02日
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今日は二百十日。二百二十日と供に雑節の一つ。 立春から数えて、この日数の日に当たる。 この時期に台風がよく来ていた。 また、この時期は稲の開花期にあたる。 そのため風害で稲が実らないこともあり、厄日とされていた。 昔は天気予報などなく、何時くるかも分からない。 神社などで風祭りをして、風害を免れるよう、ただ祈るだけ。 戦後も長い間、 二百十日・二百二十日と言う言葉は使われており、 台風がきてもいいように準備をしたりしていた。 当時はこの時期によく台風がきていたように思うのだが、 最近はこの時期にと言うのが、以外と少ないように感じる。 今は発生したすべての台風の情報が入るが、 当時は自分の頭の上を通ったものだけで、 考えていたからかも知れない。 気象予報データが、国内だけでなく海上、 さらには宇宙から得られるようになり、 台風の進路まで推定できるようになった。 今では、これらの雑節は死語になってしまい、 ただ、暦の上でだけで残っている。
2007年09月01日
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