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ちょっと本格的に論文に打ち込んでいたら、すっかりネットに繋げる時間がなかったのだ。本格的をカタカナで「ホンカクテキ」と書くと実に四角い感じがする。まあどうでもいいか。運転についても毎日特に何もなく、安定した日々が続いている。一時期人身事故が頻繁に起きていたから、これはいい傾向だ。昨日は私の後輩が乗務していた列車で一瞬「ヤバい!」と無線を聞いて感じた車両故障があったのだが、なんとか逃がすことができて全体としては大きな影響もなく収まった。が、私自身は寝る時間がちょっと遅くなってしまったけれどそれでいいのだ。最近、購読しているとまではいかないけれど「本の雑誌」をよく買うようになった。そこで読んでいて「あれれ?」と思ったのだが、コラムを寄稿している戸川さんは坂木さんと一緒に会ったあの戸川さんなのだろうか。文章読んでそう感じたのだけれど、坂木さん教えて下さい。夏休みということもあって、車内広告は夏休み行楽を重点的に特集している雑誌が多いことがよくわかる。目につくのは「花火大会」と有名なデートスポットのようだ。ディズニーリゾート関連も多い。そういえば私の運転している線は、あの東京ディズニーリゾートへのアクセスにおいて公認の交通機関であった。だから主要の駅改札口においては、例えば入場制限をしていると「ただいま、入場制限中」と出すようになっている。これもたぶん、公認の交通機関になっているからなのだろう。私の場合、ディズニーランドよりもシーのほうが断然いい。それは単に「シー」なら酒が呑めるからだ。アトラクションなんて乗りたいもんは特にない。路面電車ふうのあの電車くらいだ。ナローゲージでよくつくってある、れっきとした鉄道である。あとは川を船に乗ってどうのこうのというやつ、あれ屋形船だったら絶対乗るんだけどなあと思う。夜は景色がいいし安いしで、実はシーについては夜しか行ったことがない。彼女が以前友人たちと行って「いっぱい乗ってきたよー」と大喜びだったのでちょっと安心。私と行くと酒呑んで電車乗っておしまいなんだが、よく耐えていると感心する。ホントは乗りたいものいっぱいあるんだろうなあ。今週中には母を連れての挨拶に伺うことになっているので、つまり話はどんどん進んでいる。そしてまあ引っ越すことになる訳なんだが、向こうの家の2階を使わせてもらうことになっているし、うちとは近所だから荷物も必要最小限でいいかなと考えている。そこでまあとりあえず必要なもの、手元に置いておきたいものなどを部屋のなかを眺めつつ今から色々考えているんだが、まあそうなると色々出てくる出てくる。車両の資料や法規類の冊子についてはもちろん持っていくが、ほかに生活用品も持っていったり、音響製品を持っていったりする。ウーファーは今のところ必要なし、と判断したのでマンションに置いていくことに決めた。気に入っているグラス類、湯呑みなどももっていく。しまっておいた茶碗もひとつでてきたのだが、これは考えているところだ。島に行っていた遊び人から「焼酎、あなたのぶんも呑んでおくね。」とメールが届き悔しいので、私も今夜はあんまし酔わない程度に呑んでやると思いついた。しかしだからどうなるというのだ、とも思っている。うーむ。いいからはやく例のもの見せろ!先日、近所のちょっと大きな公園にひとりで散歩しに出掛けた。論文の流れを組み直していたとき、どうにもアタマがこんがらがってしまったので気分転換に出掛けたのだ。汗を流しつつ色々考え込んでいたら、急に、そういえば「公園に行って手を繋いで歩こう」などという約束をした相手のことを思い出した。確かそういう話が出たのもこんな時期で、暑いのが苦手なその人は「秋になったらね。」と言ったのだった。うーむあの人は元気に過ごしているだろうか、などと自分の手をちょっと眺めて、あの頃は無邪気だったのだなあと少し懐かしくなった。周囲に誰もいないことを確かめて、私は煙草に火を点け、大きくふううと煙を吹いた。(おお、なんとなくロマンちっくになったじゃないか)
2004年07月27日
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史上最高気温を東京で観測した最中、私は茨城県の筑波東急でミニコンペに参加していた。いやどうもこれは暑過ぎるなあと思っていたのだが、それにしてもいささか度が過ぎた気温だったようだ。風が吹けばそれだけで「ありがたいありがたい」と感謝の念を自然に伝えた我々20代~50代の男たちはハタからみればどう考えてもただのバカであった。しかしこの天候のなか、私も史上最高の2位を獲得した。これは自慢しちゃうのだ。ラウンド中合計2.5リットルの水分を取り、暑さにメゲずに頑張った甲斐があった。内容そのものも少しずつではあるが上達しており、シングル(プレーヤー・とってもうまい人)から「だいぶよくなってきたね」とお褒めの言葉をいただいたのは本当に嬉しかった。こんなふうに遊んでいても、しっかり論文は書き上げたりしてんだかんね。仕事は仕事、遊びは遊び。どちらも楽しまなくちゃあ、もったいないじゃないか。明日は日勤で4時起床、論文の入ったコンパクトフラッシュも持参するのでもう寝ます。ああ、酒がんまい。
2004年07月20日
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「ん、ちょっと、待って」彼女は戸惑っていたが、もう私は攻めに転じていた。「ほら、もうこんなになっちゃったよ」私はもう我慢できなくなって、指を這わした。「え、や、ちょっと、まだはやい・・・」困った顔をしている彼女をよそに、もう一度、2本の指で優しく挟んだ。 将棋ですよ将棋。将棋盤と駒を買ったのだ。今日は近所の沼で花火大会があるのだが、待ち時間を持て余してしまうのでヒマ潰しに何かいいものはないか、と探していたら将棋を思いついたのだった。近所の大型スーパーにあるおもちゃ売り場で探したら、この1セットしか置いてなかった。周りにはウルトラマンの人形やら「変身セット」やらがところせましと並んで少々気恥ずかしいがなんのなんの。盤と駒は木がよかったのだが、駒だけはプラスチックのものだった。まあ仕方ない、もうちょっとやり込むようならまた木のを探せばいいのだ、と割り切って買うことにした。午前中に花火大会の会場に行って、ガムテープで場所取りをする。前回行ったときそのガムテープで場所取りがなされている光景を見て呆然としたのだが、なあに郷に入っては郷に従え。今回はこちらも布テープと安いビニールシートを持ち込んで早速午前中にトイレに近い場所を確保した。昼メシを食って駐車場に行き、クルマを置く場所を確保する。某大病院が外来者用駐車場を開放してくれているので、病院から離れたところに停めた。こちらは遊びだから病院に用事のある人の邪魔になってはならないのだ。外気温は予報で36℃ということだったのだが、いやはやしかし本当に暑かった。クルマを停めた状態でエアコンをつけていると、あっという間に水温が上昇していることを示す警告サインがインパネのなかで赤く点滅する。排気量の小さいクルマだからこの辺は仕方ない。こういうとき最もクルマに優しい方法は、エアコンを切って送風だけにし、送風の温度は最も熱い側に設定するのだ。こうするとエンジンの熱が車内側に流れ、エンジンは冷やされてクルマに優しいのだが人には優しくない。結局駐車場の近くにあるコンビニに行って涼んだり、水を買ってアタマからかぶってみたりして何とか耐えた。もうこうなると何でこんな苦労をしなきゃならんのだ・・・とやや呆然となる。ヒマになり過ぎてきたので、ここで先日買った将棋セットを取り出す。彼女は全くもって駒の動かし方も知らないというものだったが、対戦するあいだにぐんぐん覚えていった。攻め方には性格が出るもので、彼女は「こわいこわい」と駒をとにかく逃がすのであっという間に詰まってしまった。将棋では王将、玉将を取ると実は反則負けとなる。詰まった側が投了を宣言するのだ。つまり「負けました」と自分で宣告するという、実に日本的な遊びなんである。花火を待ちつつ、ラジオで相撲を聴きながら将棋を指す、うーむいいぞいいぞと思っていたら「お、竜王戦のはじまりですな!」と声を掛けられた。振り向くと自転車に乗った、野球帽にポロシャツという格好で少し太ったおじいさんがニコニコしながらこちらを眺めている。竜王戦だなんてとんでもない、トカゲくらいですよなんて言ったら大笑いして再び自転車で走り去っていった。うーむまだ捨てたもんじゃないなあ、と嬉しくなった。花火自体はやはり美しかった。空高くひゅるひゅると音をたてて一気に華を咲かせるこの花火は、何度眺めてもあまりに儚く美しいのだなあ。小さい玉ながらもいい演出に恵まれて、とても楽しむことができた。ところで今回初めて見た色がふたつあったのだ。ひとつは、まあ例えが悪いがタクアンみたいな黄色、もうひとつがラムネのような明るい水色だった。新色なのだろうか。ラムネ色はとても涼しげで夜でも蒸し暑い気分を吹き飛ばしてくれる、素晴らしい星であった。他の色よりも華の命が短いのが、またすてきだった。
2004年07月18日
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御巣鷹山での日航機墜落事故、あれからもう19年経とうとしている。週刊「ヨミウリウィークリー」という、このテの週刊誌で最も売れていない誌が車内広告でこの記事について「20年目の真実」と大きく書いていたので、どの程度掘り下げたのだろうと期待しつつ買った。「墜落現場は御巣鷹山ではなかった!」とその広告には書いていたのだ。そんなことは当時の報道を覚えていればわかっているはずだが、忘れてはならない事故だと思うし、だからこそ記事にもあえてしたのだろうか。そもそもあの現場の尾根には、名称がなかった。そして墜落から数時間後、ヘリの音を聞いたという情報が当時確実にあった。それは米軍のヘリで救助もできる状態だったのだが、「メンツ」という実にくだらない消防庁と自衛隊の理由によって引き返すことを余儀なくされたと言われている。これは阪神・淡路大震災のときも同様だったから、おそらく本当の事だったのだろう。実にくだらない理由で、我々庶民の命はしかし天秤にかけられ、「メンツ」に傾いたのだ。そのメンツというのはトップにいる人たちのためのもので、現場にいる隊員たちはそう思っていなかったろう。行けるヤツがまず行く。救う目的は同じはずだ。その後情報は錯綜し、結局午後11時を過ぎた段階で政府が把握していたのも、県境を越えた長野県にある「御座山(おぐらやま)」に墜落したらしい、というまことにもって対応の遅さといいかげんな情報しか持っておらず、自分たちがきっちり対応していくという責任感が全く感じられない状況だったようだ。この辺は今もかわっていないんだろう。あの事故では多くの著名人の命も失ってしまった。坂本九さんも、この事故で亡くなってしまった。「見上げてごらん夜の星を」が私はすごく好きで、平井堅が歌ったときは驚きつつも嬉しかった。庶民が庶民なりに驕らず生きていた、いい時代の歌だと思う。坂本九さんの人柄は、母がよく知っていたので前に何度か話をしてもらったことがある。母がまだ結婚する前、小田急線の沿線に2人暮らしで住んでいたころ、よく行くボウリング場があってそこに坂本九さんも妻とよく来ていたそうだ。そこで母が「九ちゃーん!」と声を掛けると、彼は「あ、どうも、こんにちは!」と笑顔できちんと目をみて返事していたらしい。彼自身が驕っていない人柄だったのだろう。人として立派な有名人というのは最近少なくなったなあ、とつくづく思う。垂直尾翼が吹き飛んでから墜落までのボイスレコーダーの声が、去年初めて公開された。私はその音声を聞いて、機長たち乗務員の緊張する声、一所懸命に持ち直そうとする姿というのが伝わってきて、苦しいと感じていた。それは箱は違えど同じ乗務員として、とてもよくわかるところがあったからだ。知っている、ではなく、わかる、という実感だった。初めて聞いたとき、私はだから涙が止まらなかった。坂本九さんは、ものすごい衝撃があっただろう瞬間から墜落までの間、何を思っていただろうか。歌を歌ってみたりしたんだろうか。「上を向いて歩こう」を歌ったりしたんだろうか。ああそれにしてはこの歌はつらいなあ、「幸せは空の上に」なんて冗談じゃないよなあまったく・・・などと思ったりしたのだろうか。その機の運命を握っていた機長たち、客席でさまざまな想いを持った人たち。結果があまりに哀しいものになってしまったから、私は大好きな「見上げてごらん夜の星を」を歌ってみるたびに、鼻がつん、となってしまうのだった。
2004年07月14日
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この日はなかなかに楽しい運転だった。泊まりの勤務のなかで1番最後の乗務が、うちの線の西端にある駅から車庫のある駅まで回送で運転したのだ。時間は0時を半分近く過ぎており、いわゆる営業時間からはちょっと外れるものだから先行列車も後続列車もいない。単独でひたすら深夜の地下を走るというのは、なかなかいい気分だ。そして何よりも楽しいのは、この回送列車については駅の停車時秒が含まれていないんである。通常なら他の営業列車と時間の間隔を同じくするため、ダイヤ上では駅の停車時秒も含めるのだが(結果としては駅間の速度を遅くして調整する)、この列車の場合はその時間が含まれていない分、到達時間が速いんである。えーと、簡単に言うと「通常速度で途中駅は全部通過」となるのだ。で、西端の駅については発車がだいたい遅れるものだから、駅間の最高速度(制限速度含む)内であればいくらでも出していい。ただ走り出してから数駅は、反対側には最終列車などが通るから注意が特にいる。駅区間はきちんと減速して走るかんね。それ以外はガシガシ進む。駅というのは通常止まるものだけれども、この場合は全部すっ飛ばす。地下の駅というのは暗闇のなかのオアシスという感じがして、その先はまた暗いトンネル部分に突入していく。いつもは停車した状態からの突入なんだが、この回送に限っては結構なイキオイでトンネルに突っ込んでいくから、これは殆どスリルに近い。数十キロでそう感じるのだから、新幹線の運転士は本当に怖いと思う。でもケータイでヒトヅマに写真送ったりしちゃいかんよ。終車後の駅構内には、作業員もときどき見掛ける。彼らは私が運転している、この回送列車を見送ってからでないと作業がはじめられない。時間が早ければ準備かなんかしてるかもしれないし、遅ければ「もう行ったっけ?」という勘違いから作業をはじめてしまう可能性もある。これは人身事故に繋がる危険なズレだ。だからなんだかんだいっても、時間はきちんと合わせて運転しているのだ。仕事は楽しく、作業は厳しく。車庫のある駅まで運転すると、そこからは別の人が留置線に入れて留置しておいてくれる。この段階でうちの線の全ての列車運行は終了する。車庫のあるその駅は今改装工事中で、私がホームを歩いていたら作業員がわらわらわらわらと殆どアリのように階段を降りてきてびっくりした。ケーブルやら何やら色々なものを肩に担いで、働く男の顔をしているのでみていて気持ちがいい。彼らの仕事はこれからはじまるのだなあ。うーむそうかそうかタイヘンだなあと気分よく今日の分の仕事を終え、さあてゆっくり寝るかあと思ったらその工事の音がものすごくてなかなか寝付けなかった。どうしてくれるのだ。
2004年07月12日
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千疋屋のフルーツ食べ放題のことを、先日テレビでやっていて驚いた。果物ってのはなんていうか、おやつ的意味合いのもので、メインとなる食材とは意味がちょっと違うからそんなにバクバクと食えるもんじゃないだろう!と思ったのだ。だが「ハイクラス」と呼ばれている人たち(実態はどうかわからない)は喜んでバクバク食べていた。完全予約制の食べ放題というのも珍しいが、その会費も3,150円とちょっと高い。千疋屋は泣く子も黙る高級フルーツの専門店だ。マスクメロンが1万円する。うーむ。で、このメロンも食べ放題のなかに含まれていて、やはり真っ先になくなるというわかりやすい結果というのも紹介されていたのだが、ここで私はふと思いましたね。何秒でいくらだ、と。というのもこのメロン、食べるとなるとかなりのペースで口に入れることができる。種は纏まっているし実は柔らかいしで食べるスピードというのが結構はやいのだ。スイカは種を取るのに時間が掛かるしびわなら皮を剥くのに時間が多少掛かる。そのまま食べることができる、ということであるならば苺やメロンなどが圧倒的にはやい。で、例えばマスクメロン1個を買ったとする。まず半分に切るのだが、このときに種の部分までスッパリ切るんじゃなくて、周囲の実の部分だけを切るようにしてから両手で持ってねじるようにすると、種は片方の実の部分にくっつくのでたいへん取りやすい。で、もう半分に切る。さあ食べよう。私の場合ならスプーンでわしわしと穿って食べるが、上品な人ならさらに皮の部分も取り除いて一口サイズに切って「おほほ、おいしゅうございます」なんてやるのかも知れないがなんのなんの。できれば先割れスプーンがあると庶民的でタイヘンよろしいのだがもうあんましないだろうなあ。さて4分の1を食べるとなると、時間としては1分もあれば食べることができる。もうちょっと味わいつつ、となっても2分程度だろう。3分だと長いと思う。2分は120秒だ。4分の1だと2,500円だから、これを時間で割ると、20.8333333・・・という数字が出る。つまり1秒あたり約21円だ。1分だと単純に倍にして42円となる。3倍にすれば缶飲料の値段くらいになるから、つまり3秒で缶飲料1本ぶんか。あれ、なんか思ったよりアリガタミが少ないな。うーむ例えがよくないのだな。いや違うな。つまりこれは「そんな事考えていること自体が貧乏くさい」ということになるのですね。なんか急にムナシクなってきた。うーむ。
2004年07月10日
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うーむ、更新ができていないのだ。というのも今週はなかなか忙しくて、今日はもうすぐ出勤、明日は昼は定期教育、夜は歓送迎会(おれが役員やってる会が主催・なので当日は忙しい)となかなか家に帰ることもできない。土曜日になってようやく休みなのだ。でも忙しい忙しいなんて書けるのは、まあなんとかここに書く時間はあるのだな。そういえば先日、毎年恒例の「男だらけの海」の知らせがメールで届いた。もう今年で、えーと何回だ?高校の頃からの仲間たち10数人(年によって仕事関係でこれないヤツもいるのだ)が集まって砂浜でぼんやり海を眺めつつビールをクヒーと呑んで寝てしまう、という海の健康的イメージをことごとく壊してしまう連中なのだ。寝そべったトドの如く「あーおれもーいいやー」という何がいいんだかわかんないけどそういう雰囲気というのが全身から醸し出されて知らない人なら近づきたくないオーラが出る。はやく行きたいなあ!
2004年07月08日
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今日はなかなか色々なことがあった。来てくれて本当にありがとうと思った。家に戻ると、大きなダンボールが届いていた。もう開けなくても見た瞬間にわかる茶色の箱には、大きく「光 株式会社」と書かれている。これは印画紙の入っていたダンボールで、つまり帯広の写真館から送られてきたものだ。それはもちろん、実父から送られてきたことを意味する。一緒にそれよりは小さな箱も届いていて、それには「六花亭」と書かれている。六花亭は結構名前が知られているのかどうかその辺はよくわからないけれど、ここの経営者と私の実父は同級生だったようで、今でもよくしてもらっているようだ。相変わらずひとつの家に送る量というものを全然考えていない、箱ごと!というこの送られ方には辟易する。かつては食べきれずに、ダメにしてしまったこともあった。今は職場に持っていくようにしているが、できれば個人的に渡せる人がいるといいなと思っている。大きなほうの箱には、なんとか天然水というものとCD、本、服などが入っていた。これじゃ支援物資みたいだ、といつもだけれど思う。CDは殆どがクラシックで、つまり私が持っているCDのうちクラシックの比率が異様に高いのは、この物資輸送があるからそうなったのだな、と今日になって気付いた。何枚かあるうちのなかで「ヘルムート・ヴァルヒャ」の名前で手が止まる。彼の演奏によるJ.S.バッハのオルガン作品集が入っていた。ヴァルヒャは視力に障害があって、しかしバッハのオルガンとチェンバロの作品を全て暗譜した驚異的な人だ。楽譜による情報が一切ないなかで覚えるというのは並大抵のことではない。それだけでも驚異なのだけれど、もっと凄いのはその演奏だ。音が嬉しそうに弾んでいる。楽譜をなぞった音ではない、自由自在な音は部屋で聴いてもその力を失っていない。本を手にとると、2冊だけ目にとまった。「こんな夜更けにバナナかよ(渡辺一史・北海道新聞社刊)」「チルドレン(伊坂幸太郎・講談社刊)」だ。「こんな夜更けにバナナかよ」という本は、鹿野靖明さんという筋ジストロフィーの病にかかってしまった人と、その人を介助する人たちのノンフィクションだ。まだ中身は読んでいないが、ペリリとページを捲っていたら「訃報」という文字が視界を横切ったので、つまりこれは鹿野靖明さんの生涯を終えるまで、話が書かれているのだろう。電車のなかで読める本ではなさそうだ。「チルドレン」はまだ読んでいないし、内容もよくわからないけれど、どうもこれはほろりとくるお話が詰まっているらしい。実家とも呼べる写真館の封筒も毎度のことだ。必ず手書きで一言添えてあり、なかにはお金が入っている。今回は「元気ですか いろいろ大変だと思いますが(民営化等々・・・)無理をせず、身体に気を付けて楽しくお過ごし下さい」 とあって名前が書かれていた。心配してくれているのだなあ。中には1万円入っていた。毎回金額が違っていて、少ないときには2千円だった。そのときに渡せる額、というのがあまりに正直なのだ。今回は随分奮発してもらったようなので、何か買って送っちゃおうかと考えている。そして何度送られても変化のない救援物資に、私はどこか「安心」というものを覚えているのかもしれないな、と思った。
2004年07月04日
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「うん。いいよ。」言葉だけでのコミュニケーションはつまらないのだ。表情や仕草、そういったもの全てが会話であるとおれは思うのだ。それがしたくて、でも時間的に難しくて、といったとき、それでも譲ってくれるところがある、というのは本当にありがたいなあと思う。言葉を投げかければ返事をくれる、例えそれが遅くなったとしても。そういう関係は繋がっていくのだろう、と思う。そこにあるのは、お互いがどれだけ必要としているのか、というところだ。話題が繋がらなくても構わない。本当にどうでもいいような内容でも、構わない。ただ、そこで話してみたい。それが、本当に大事なことなんだろう、とつくづく思う夜だった。明日は楽しみだ。
2004年07月03日
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ケーブルテレビで眺めているんだが、この番組がとても面白い。そのうち日本のどっかの局が真似しちゃいそうだなあ。
2004年07月02日
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先日(日記の日付とは合致しないのだ)は、また西側の駅のホームに留置して、翌朝の始発等に充当する車両を地下のトンネル内に逃がす、という作業をした。工事の関係で車両が邪魔になっちゃうから、どかしちゃうのだ。ただ留置できる場所というのは条件があって、ある一定以上の勾配があるところはダメなんである。それはどうしてかというと、電車のブレーキというのは最終的には圧縮空気(圧力空気ともいう)で止まるようになっている。その圧力空気はコンプレッサーでつくるようになっているのだが、留置すると電源が断たれるからコンプレッサーが動かない。つまり圧力空気がつくられなくなってしまう。その圧力空気というのは、圧力が掛かっているから少しずつ抜けてしまう。で、勾配があるとブレーキが抜けてしまったとき動き出してしまうのだ。これを転動(てんどう)という。ちょっとした勾配なら、それでも手歯止めで止めることができるのだが、地下鉄というのはどこも勾配がきつく、なかなか緩いところがない。そこでトンネルのなかの緩い区間に止めてしまうのだ。結構無理してるのだ。明けの日の夜にまた出勤して、その作業を行う。深夜1時を過ぎたトンネルのなかはひっそりとしていて、地上の道路を走る車のしゃああ、という走行音がトンネルのなかにときどき響き渡る。道路の下に鉄道車両が走ることのできる高さ5メートルの道があって、何百トンの車両がごうごうと走る、というのは何度考えてもすごい発想だな、と思う。逃がす車両は2本あって、私は1番目に移動させた。次の車両は、私が留置作業を終えてトンネルのなかを歩いている最中に走ってくる。まず耳もとに後ろからの風を感じる。低い轟音が少しずつ音量を上げ、それと共に耳に感じた風はやがて背中全体に拡がっていく。レールからちゅぴん、という金属音が聞こえてくる。この迫ってくる感覚は、何度体験しても怖い。柱の陰に隠れてやり過ごすのだが、地べたから電車を眺めると、高さが天井部分までで4メートルを超えるものだからすごく大きく感じるのだ。保線屋さんというのは本当にタイヘンだなあ、その人たちのお陰で、私たちは安心して運転できるんだよなあとつくづくコウベを垂れて思いつつ、赤いテールライトを見送りながら駅に向かう。トンネルをずっと歩いていくと、西側から1つ目の地下駅が緩やかな曲線を通して少しずつ見えてくる。駅の灯かりはしかし3つに1つくらいの割合でしか点灯していないから、どこか秘密めいた雰囲気だ。人はもちろん誰もいない。歩く足音だけが駅のなかを反響している。階段を上がって乗務員用の寝室に入り、シャツとパンツだけになってから駅構内にあるトイレでションベンをする。こんな格好で駅のなかをうろつけるのも特権だなあ、と思ったりもするが、結構どうでもいいなこれは。翌朝は上野経由で帰宅に向かった。車窓をぼんやり眺めていると、唐突に「新築そっくりさん」という看板が目に入った。なんだこれはと思ったら横に「住友不動産」とある。新築ではなく「新築そっくりさん」なのだから、まあこれはリフォームかなんかの名前なんだろうなあ、それにしても随分なセンスだなあと思いつつ寝ようと思ったら、横を走る京成電車の高架下に「川口・池袋」とだけ書いてある文字を見つけてしまった。一体どうして京成電車の高架下部分に「川口・池袋」とだけ書いてあるのか、皆目わからない。なんでだろうと思っていたら眠れなくなってしまった。どうしてくれるのだ。※ 「新築そっくりさん」はやはり住友不動産の展開しているリフォーム事業だということがわかりました。センスないぞ。 「川口・池袋」はやっぱりわかりません。どうでもいいんだけれど、気になるのだ。
2004年07月01日
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