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不二家ミルキーの大箱入りは、昔からあった。いわゆる御徳用パックではなく、あくまでも子どもを喜ばせる目的で作られたものだったらしい。モールの持ち手つき大型箱には、ペコちゃんやらポコちゃんやらの可愛い絵が鮮やかに描かれていた。まさに子ども(特に女の子)心をそそるパッケージだった。中身は普通のミルキーだが、おそらく普通サイズのミルキーより割高だったと思う。 小学校に入る前後、自分もあの大入り箱が欲しくて母にねだったことがあるが、「あんなモノ!」と一蹴された。そのミルキー大箱を提げて歩いている子を見かけると、いかにも「親に可愛がられている、大事にされている子」に見えたものだった。 子どもの頃一緒に遊んだ女の子達の中には、自分で描いたかわいい女の子や持っている人形に「ミルキー」と名前をつける人もいた。その人達もまた、自分にとっては別人種に見えた。成長してからも、「ミルキーが好き」と、なんのわだかまりもなく言う人を見ると、これまた自分とは違う育ち方をしたように思えてならなかった。その人達は、「可愛いものを好きであることを認められる、可愛い女の子」だった。端からみると、なんともわけのわからない感覚と心理だろうが、たぶんうらやましかったのだろう。 幼児期の自分には、ミルキー(普通サイズでも大箱入りでも)よりずっと憧れの物や欲しい物はあり、欲しい物を買ってもらえないことはむしろ当たり前だった。ミルキーの大箱に対してだけ、そうした印象が強いのは、当時の広告(テレビだけでなく紙媒体も含む)の影響ではと思う。おそらくキャッチコピーの持つ雰囲気、ひいては広告全体の雰囲気が、心の奥に残っているのだろう。 そういえば、「ミルキーはママの味」という昔からあるキャッチコピーを聞くと、なにやらウソ寒く居心地の悪い気持ちになる。ついでに、初めてミルキーを食べた(たしか友達からもらった)とき、「これがママの味? うちのお母さんはこんなに甘くないな」と思った記憶がある。
2009.07.31
アメリカのどこかの州では、制服姿の警察官がハンバーガー店に来ると、ハンバーガー無料ときいたことがある。警察官が来れば、犯罪予防につながるからだそうだ。日本ではいくらなんでも無料にはならないだろうが。 いやなにより、警察官が制服姿で弁当を買っているというだけで、サボリ認定する人がいるとは知らなかった。 ・・・・・・・・・以下記事本文・・・・・・・・・「制服警官の買い物解禁、コンビニ強盗防止策に…栃木」2009年7月30日(木)7時27分配信 読売新聞 今年に入ってコンビニ店を狙った強盗事件が相次いでいることを受け、事件抑止の一環で栃木県警は、コンビニ店に限って警察官が制服姿で弁当などの買い物をすることを解禁した。 県警地域課は「警察官の姿を見せることで、防犯効果を期待したい」としている。 同課によると、パトカーや交番勤務の警察官は、事件事故現場への出動などで決まった時間に食事を取れないことが多く、やむを得ず弁当などの買い物をする際は、「勤務中にさぼっている」と誤解されないよう、私服に着替えたり、上着を羽織ったりするよう指導していた。 同課によると、県内で発生したコンビニ強盗は昨年1年間で10件だったが、今年は上半期(1~6月)だけで既に19件に上っている。・・・・・・・引用終了・・・・・・・
2009.07.30
床や壁の張替え技術を身につけたいのだが、資格取得にどれぐらいの期間かかるのだろう。専門の技術学校校へ行くしかないのだろうか。就職に有利にしたいというわけではなく、自宅修繕をできるだけ自分の手でやりたいというだけだから、たいそうな格式はいらない。なにしろ、まったく知識がないので、素人向けの簡単な講習会でもあればいいのだが。
2009.07.29
自分で言うのもなんだが、この日記つまらんな。目標も希望もない人生が、これほどつまらんとは思っていたけど、知らなかった。
2009.07.28
長らく気になっていた郵便物を地方に住む甥に送り、区役所へも行って用事を足した。帰りに買い物をしたら、11,089円も飛んでいった。食べ物よりも猫関連(フード、トイレ用品)や住居管理費や雑貨費用にかかる。エンゲル係数は低そうだが、ちっとも裕福な気がしない。あの計算で測る貧富の度合いがほぼ正確だったのは、いつの時代までだろう。
2009.07.27
猫の姿が見えないと思ったら、スーパーの特大袋に入り込んで寝ていた。身動きするたびにガサガサ尾とがするし、肌触りは良くないし上に蒸れるだろう。どう考えても居心地良さそうに見えないのだが、たいていの猫はなぜかビニール袋が好きらしい。
2009.07.26
自分が死んだという夢を、おとなになってから時折見る。昨夜のは、死んで生まれ変わる間際の夢だった。夢の中で自分は、「生まれたらまた死ぬんだなあ、しかし死ぬのはそう怖くないよなあ」などと考えていた。
2009.07.25
昔、「ムヒS」という痒み止め薬があったが、あの「ムヒ」とはどういう意味だったのか。
2009.07.24
・ペダル式フタ開閉のプラスチック製ゴミ容器(35リットル収容)2,480円・リトルベアー柄のカーテン(ミシン室用)3,980円・キャットフード(サイエンスダイエット)「ヘアボールコントロール」「インドア猫用」「ライト」を1袋ずつ、各2キロ入り1,680円・ビーズの無香消臭(詰め替え用)700ml入り398円1個・排水溝ハイター(本体)単価498円を1個・排水溝ハイター(詰め替え用)単価298円を3個・3キロのキャンディアレイ、単価1,680円を2本 必要な物をいっぺんに買えてよかった。特に、排水溝ハイターは、あると思っていた本体が実はなかったので、慌てて買いに行ったのだ。これのおかげで排水溝のぬめりが激減し、匂いも上がらないので、長年台所で愛用している。 消臭剤は、たいていお徳用詰め替えパックを買い、プリンなどの空き容器に入れて、部屋の隅に置いたり戸棚に潜ませたりしている。しかるべき企業の商品はけっこうな消臭力だが、百均にあるものはあまり効力がないようだ。 キャンディアレイとは、青いPVCコーティングを施した鉄亜鈴のことで、これで二の腕を引き締めつつ、腕力をつける目論見でいる。なにがどうキャンディなのかは不明だが、どうでもいい。
2009.07.23
電話と玄関チャイムが、たまゆらの平穏をぶち壊す。しかもディスプレイに、特に出たくない人の名前がでていた日には、突然具合が悪くなり、食欲も失せ、何もする気がなくなる。というわけで、現在も具合が悪い。
2009.07.22
「親を尊敬しなさい」と自分の子に向かって言う親、「先生を尊敬しろ」と自分の生徒に向かって言う教師、昔はよくいたねえ。しかも、そういうのに限ってどこをどう尊敬したもんだか理解に苦しむという代物だった。今思えば、あれは何かのギャグのつもりだったのか。
2009.07.21
アルコールが効いて、ことのほかおいしい。原材料一覧を見たら、ナチュラルチーズと白あんが入っていた。いったいどこに潜んでいたのだろう。
2009.07.20
食欲がなく、何を食べてもおいしくない。そのくせ、痩せるわけでもない。
2009.07.19
親が子に対して切り札のように使う言葉が「心配してやっている」というやつだ。本当に保護の必要な子どもならともかく、とうの昔に成人したおとなに向かって、それを言い、逐一指図するのは、自分の思い通りに支配したいだけだろう。ついでに、心配とは「信用していない」のとかみひとという意味だ。
2009.07.18
ファンサイトなどで、昔のアイドル画像や活動ぶりを見ると、妙に切なくなる。その人達のファンだったというわけではない。むしろ、当時はまるで興味がなかった。 当時の自分は、タレントなどに夢中になる人々をミーハーで軽薄であると思っていた。親や教師達も、「ブラウン管の向こうにいる会ったこともなければ話したこともない人に熱をあげるのは、バカげている」などと言っていた。「周囲にいる身近なおとなを尊敬しなさい」とまで言うおとなもいたが、そんな立派なおとなは周囲にいなかった。 今にして思えば、自分は生涯のうちの希少な時期を、偏見教育により無為に過ごした。たとえブラウン管の向こうにいる話したことのない人達でも、生き生きと活動し、華やかな世界を見せてくれた。そのような人々に憧れるのが、なぜ悪いのか。思春期にそうした魅力的な人々や世界に傾倒し夢うつつに浸るのも、成長のステップであろう。そうした思い出のない自分の思春期は、味気ないばかりだった。 思春期に、心から憧れる人(特に同性)がいれば、その人のようになろうという目標や糧ができる。努力もしやすくその甲斐もあろう。そしておとなになってからは、宝石に輝ける思い出となる。
2009.07.17
特に目立つことをしているわけでも、悪いことをしているわけでもないのに、周囲から軽く扱われ、蔑まれる人はいる。親から大事にされなかった人に多いように思う。ことに母親から手をかけてもらえなかった、個性や個人を尊重してもらえなかった人は、その雰囲気が外側に滲み出る。人に対する評価や好悪は様々とはいえ、まず多数から排斥される。それも、「なんとなく嫌だ」という曖昧にして無責任な感情によってである。嫌われる本人にとっては理不尽この上ない仕打ちだが、「被疎外癖」がついているかのようだ。また、親からも大事にされなかった、少なくともそのような雰囲気を持つ者など尊重する義理はないという理屈も、大衆の意識下にあるらしい。親にすら愛されない者なんか、いくら粗末にしたところで、誰も抗議しないだろうというわけだ。 むろんそうした連中は、己が悪者にならないために、体裁よく相手の非をでっちあげるという細工を忘れない。仲間とつるんで自己正当化を図り、しつこく侮辱排斥を繰り返す。年齢性別に関わらず、こうしたえげつない人間は多い。子どもの場合は、特にわかりやすく顕著である。 そもそも人間の性は、善とは言いがたい。排斥されている者を見れば、我も我もと便乗し、寄ってたかって石を投げつけ、その行為に酔い痴れる生き物である。自身のまわり、世の中、社会を見渡せば、一目瞭然である。そうした本性はしつけ教育によって抑えられる。 ところが、身勝手な理屈や都合で簡単に人を排斥し、いい気になっている連中は、これまた親からろくな躾を受けていない。一見可愛がられたようでも、実は単に甘やかされ、ひいては己の都合のためなら他人の立場なぞ踏みにじって当然、という躾すら受けている。人の立場を尊重するという躾が身についているなら、上記のような下卑た態度などとれようはずがないからだ。昨今特に、「オレ最高、おまえ最低」という調教を受けた痴れ者があきれるほど増殖されている。 現代社会には、本当に親から愛された子が少ないらしい。
2009.07.16
サザエとカツヲ(原作本ではたしかこの表記)が猿で、あとの人々は犬に見える。なんとか本来の動物らしいのは、猫のタマだけというおかしな一家である。 どうでもいいけど、マスオの同僚のアナゴさんは、あまり出番のない脇役にもかかわらず、なにゆえああまで個性的な顔をしているのだ?
2009.07.15
『白雪姫』に出てくる魔女は、実は継母ではなく実母を表すらしい。これをすんなり受け入れられるのは、ほとんどが女性であろう。男は「母性」という言葉を闇雲に美化し酔い痴れる(のが多い)ので、実子を排斥する母親などいるはずがないと思い込んでいる。(そのくせ、継母という存在は必要以上に叩きまくる)確かに、♂だというだけで必要以上に奉り、べろんべろんに舐めまくって育てる母親が多いので、勘違いする息子が出てくるのも無理はないが。 ところで、白雪姫が城を出たのは7歳という設定だが、7人の小人と暮らした期間はわからない。王子に見初められたときは、せめて14歳や15歳になっていなければ、王子はロリコンの謗りを受けかねない。ただでさえこの王子は、見も知らぬ姫の死体を見て欲情し、実際に接吻までした(しかも、喉につまったか胃まで下りたかの毒リンゴがスッポンと飛び出てくるほど強力に吸い出した)のだから、変態素質がある。さらにまたこの王子が実は中年のオッサンだとしたら(以下自粛)
2009.07.14
雨の多い肌寒い日が続いている。夏らしい暑さになった日は、今年はまだほんの数日しかない。今日から向こう1週間の予報も、25℃を下回る気温にして、ほとんどが雨か曇りだ。この調子で夏が終ってしまうと、米の不作が懸念される。14年ほど前にも、前年の冷夏による米騒動が起きた。もっともあまり暑いのも嫌だから、せめて30℃以上にはならないでほしいと思う。
2009.07.13
だいぶ前に作って冷凍しておいたミートソースを市販のピザ生地に載せてチーズをかけ、オーブンで焼いてみたが、まるで味気なかった。やはり新たにピザソースかせめてケチャップぐらいつけるとよかったらしい。 ところでいつも不思議に思うのだが、太っている人のことをなぜ「ピザ」というのだろう。ピザを食べると太るからだろうか。それなら、カレーのほうがずっと太るし、カレー太りはピザ太り以上に体重を戻しづらいのだが。
2009.07.12
このパソコンのHDはかれこれ8年ほど前の型である。容量が小さいので、動作がことごとく遅く、エラーが多くなったばかりか、バージョンアップなど各種インストールもままならないほどになった。 おりしも今秋にWindows7が出るそうだが、買うつもりはない。OSを替えるなら、機種ごと刷新したい。最近のパソコンは、ノートでさえも3ケタGBの大容量がたくさん出ている。しかし、年末にこの8年モノのHDが破損し、同じ型のものに買い替えた(中古品の7,000円也)ばかりである。XPのサポートが終るまで(たしか1、2年以内)使い続けるつもりでいる。 さて、比較的近い未来を想定したとき、その頃の自分がどんな環境下にいるのかと、つい考えてしまう。そうして、何も変わっていないだろうなあと、いつも思う。しかし後になって思うと、たいてい大きく変わっている。今回(つまり、新しいパソコンを買うとき)は、どうなるだろう。さらには、その頃にもまだこのブログは続いているのだろうか。
2009.07.11
斜め腕立て伏せ(床ではなく机や壁などに両手を突くやり方)をやり始めて2ヶ月以上経つが、二の腕がますます太くなった気がする。気のせいか。いいや、絶対に気のせいではない。そういえば、10年ぐらい前も腕立て伏せで二の腕が肥大した。ダンベルに切り替えてから、少し引き締まったのだった。当時使っていたダンベルは、父にあげてしまった。しかたがない、天気のいい日にでもホームセンターへでも行って、買ってこよう。 それにしても、美容体操の本などにはたいてい、斜め腕立て伏せをすれば二の腕が細くなると書いてあるのだが。あれはなんなのだ。
2009.07.10
自分の携帯は、送信履歴が500通分しか保存できない。満杯になると、古いものから自動削除になる。現時点で最古の送信履歴を調べたら、去年の6月初めのものだった。外国での惨めな生活ぶりを、べそべそと姉に愚痴り送ったものである。読み返すと、当時の感情感覚がことごとく甦り、たちまち気分が悪くなった。あの国で暮らしたのは半年ほどだが、その期間のメールがすべて消えてしまうまでに、あとどれぐらいかかるだろう。
2009.07.09
夢を数本見た。その中の一つで、自分は大笑いしていた。いったいなにゆえあんなに笑っていたのかは、覚えていない。あんなに笑ったのは、何年ぶりだろうという笑い方だった。
2009.07.08
人間は余計なことを言う。自分が言いたいというだけの理由で言う。人を傷つけるために言う。猿そっくりだ。
2009.07.07
一部の猿は、人間に従うふりをしているが、本心は違うだろう。あの一族は、ひそかに人間社会を覆し己の天下を取らんとの下克上を企てているに違いない。猿は油断がならない。ついでに、猿のような部下や同僚も、クセモノである。生狡いやつのことをよく「キツネのような」「ヘビのような」などと形容するが、とんでもない。キツネやヘビに対する偏見、失礼というものだ。「猿のような」と言ったほうが当たっていると思う。
2009.07.06
ミシン室のカーテンを買わないことには、夜その部屋で作業ができない。しかし、行動範囲の店には、カーテンを置いているところがない。あってもせいぜいレースのカーテンや、つまらない柄だったりする。普段利用している通信販売サイトも見たが、気に入ったものは品切れ中で、再入荷がいつなのかも不明である。
2009.07.05
相変わらず、知らない番号から電話がかかってくる。Yahoo電話帳で検索したら、おおかたの地域は出てくるものの、まさにその番号というのはない。おそらく個人の固定電話番号だろう。あるいは企業の代表番号以外かもしれない。代表電話以外は検索できないらしい。携帯番号からもよくかかってくる。 いずれにしろ、主な知人の番号は登録してあるので、それ以外の番号には出るつもりない。おおかたセールスか間違い電話だろう。バカ正直に出ていた頃は実際そんなものばかりで、まったくうんざりだった。選挙が近くなれば、後援会や候補者からかかってくる。セールスと選挙関連の電話を、禁止かせめて厳しく規制してもらいたい。
2009.07.04
『ドラえもん』を見て(読んで)感動する人は、若者を中心にわりと多いらしい。自分は子どもの頃からこの漫画を読んでおり、アニメもよく見ていた。それなりに好きではあったが、感動までしたことはない。世の中素直な人が多いらしいな。
2009.07.03
以前は、やりたいことがけっこうあったと思うが、現在はそのどれにも興味を持てない。何をしても楽しくないので、朝起きてもつまらない。かといって、寝るのもつまらない。我ながら、つまらん人間になってしまった。 数年後、2009年に何をしていたかを思い出そうとしても、おそらく思い出せないだろう。
2009.07.02
“Danny The Champion of the World”(written by Roald Dahl)を読み終わった。“Charlie and the Chocolate Factory(チョコレート工場の秘密)”の作者で、その作品群は日本語訳もされている。今回読み終わったこの本の邦題を調べたところ、『ぼくらは世界一の名コンビ! ダニィと父さんの物語』と『ダニーは世界チャンピオン』の二通りあるらしい。邦題だけを読むと、ボクシングやレスリングの話と勘違いしそうだ。 ロアルド・ダールは原作でも翻訳でも読みやすくおもしろいものが多いが、この話はあまり楽しめなかった。 ウィリアムは、ガソリンスタンドと車の修理を自営しており、一人息子との暮らしぶりはお世辞にも楽とは言えない。住処は仕事場と同じ敷地内に置いたジプシーキャラバンで、母親は息子のダニーを出産後まもなく亡くなった。それじたいはいい。 問題は、この父親が密猟道楽でそれを、物語全体で正当化している点である。10歳にもならない息子を密猟道楽に引き込むばかりか、町の要員(巡査、牧師夫妻、医師など)までもが、密漁好きでこの親子の犯罪に加担し、分け前を食んでいるのだ。しかも、常々飼い雉を盗まれる被害者の資産家には、当然のように恥辱を浴びせる。タイトルの「チャンピオン」とは、新しい密猟の方法を考えたダニーに対し、ウィリアムが贈った称号である。つまり、悪巧み盗人のチャンピオンという意味なのだ。 また、この資産家が成金で多少横柄であるというだけのことで、ダニーの父親は並々ならぬ敵意を燃やしている。その悪意に満ちた態度も露骨にして陰湿だ。ダニーの手が汚いと言われたとたん、酔い痴れたように激昂する。抗議するにも、言い方というものがあるが、子ども思いの良い父親だろうと言わぬばかりに粋がっている。えてして、こうした親にとって、子どもが侮辱を受けることなど、自分が相手をぶちのめすための口実にすぎない。 実際、その成金氏は、アィリアムの父親の代から財産を密猟され、悪者扱いされ、大衆の面前で恥をかかされ、物理的にも精神的にも損害を受けなければならないほどの悪事は、何もしていない。仮にそのような人物だったとしても、密猟を正当化する理由にはならない。にもかかわらず、このアィリアムは揺るぎない自信を持ってむしろ正義面をしているのだ。おおかた、自分が貧しくうだつが挙がらないものだから、成功者を妬み憎むのだろう。このような推量を避けたいのなら、読者にそう思われないだけの設定を作中で構築しなければならないが、そうした事情背景や描写はない。主人公とその仲間は、他人の財産を詐取したうえ、被害者の成金氏がそれを見破れば、屁理屈をこねて相手を侮辱する。己の悪事を正当化し、終始英雄を気取り得意がる。 作品の随所で、父と子の交流の「美しさ」が叙情的風景とともに描かれており、物語最終場面は、素晴しい才能と閃きを持った素敵なパパという賛辞で締めくくられている。ご丁寧に、この本を読んだ子ども達へとのメッセージまであり、「ダニーのパパのように愉快な親になりましょう」なぞと書かれている。この本に出てきた「愉快な親」とは、「自分の気に入らないやつはどんなめに合わせてもいいのだ。それをやる自分は素晴しいのだ」という排他的な自分中心主義、迷惑人間のことだが。 しかし、Amazonなどのレビューでは、「父と子の心温まる愛情」「感激した」などと書かれているので驚く。 同じ作者の“Matilda(マチルダは小さな大天才)”と“The Witches(魔女がいっぱい)”などはおもしろかっただけに、残念な気がした。せめて、それらの物語より後に、この本を読でよかった。なんの予備知識もなく、先にこの『迷惑人間の自慢話』を読んでいたら、この作者の本はもう読む気にはならなかったかもしれない。
2009.07.01
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