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今日は、次に入院するであろう地元の横須賀の病院に行ってきました。血液内科という特殊な科の医師からどんな話が聞けるのかとおっかなびっくりだったのですが、前の病院で言われた話と同じような内容でした。胃にリンパの大きな(1.5キロ分)腫瘍ができたということは、全身に悪性の腫瘍がある可能性がある。肝心なことは検査をしないとわからない。外来で検査をするのは難しい。入院しないと検査が出来ないけど、今はベッドの空きがない。そこで、セカンド・オピニオンとして違う病院に行ってもいいというようなことが示唆されましたが、違う病院を一から探すのも検査を重複させるのも面倒だなと思って特に考えていなかったのです。ところが、さっき彼女に怒られました。悠著すぎると。心配してくれるのはわかるけど。うーん、どうしましょうか・・・。
2004年03月23日
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土日の日記をさぼってしまって申し訳ありません。彼女や親友たちと会って、羽を伸ばしてきました。ただ、みんなに状況説明をするときに深刻にならないように話すのが少し疲れましたが。あと、ちょっと歩いたので足が筋肉痛(苦笑)。この2日間は久々に自炊をしました。食べられるものが少ないので悪戦苦闘中。栄養バランスを考えたりしてなかなか楽しんでいます。でも、まずは明日の診断の結果次第で状況が変わるので今ちょっと不安です。今まで楽観的に考えていて悪い方向にばかり転んで、ちょっと悲観的な方向に傾きつつあるのですが、みんなの励ましを受けて、頑張りたいと思います。
2004年03月22日
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退院が決まった。そして、再入院も決まった。今日の朝、カルテと紹介状を持って父が血液内科のある病院に行ってくれた。胃の摘出から次の治療のステップ、リンパ腫瘍の治療のために。どうやら俺の病状は相当ひどいらしく、今は病院のベッドの空きがないもののすぐ入院をして悪性リンパ腫瘍の治療に取り掛かったほうがいいという。正直、ショックだった。病状の進行が遅いタイプの悪性腫瘍らしいが、放っておけばいの命に係わるのだそうだ。25歳になる今年を、将来のための基礎固めの年にしようと思っていた矢先の入院。まだまだ先は長い人生だが、今しか出来ないことが出来ない。しかし、それ以上に両親、恋人、友人たち。自分にまつわる多くの人々を悲しませていることが情けなくてたまらない。やりきれない・・・。ただ、やりきれない。
2004年03月19日
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今日はサッカー五輪アジア最終予選日本ラウンド最終戦。ということで(?)、この前書いた作文を加筆修正。「私とサッカー」サッカーをする人と、サッカーを観る人。人をこの二つのタイプに分類するならば、私は前者だと思う。小中高、大学、そして現在に至るまで、私は一貫してサッカーをしてきた。中学生のころにサッカー雑誌を買うようになり、JリーグやセリエAをテレビで観るようになりはした。が、私は画面や紙面を見るより多くの時間ボールを蹴ってきた。チーム競技としてのサッカーに出逢ったのは、3回目に小学校を転校した先でのことだった (1990年)。手前味噌になってしまうが、そのチームで1番上手い選手が私だった。パス・トラップ・キックという基本的な技術が確かで、ゲームの流れが読めたということで、リベロになった。時は折しも、ワールドカップ・イタリア大会。鉄人ローター・マテウスの活躍で西ドイツがジュール・リメ杯を獲得した時代であった。こうした経緯で、私はDFとしてサッカー人生を歩みだすこととなった。思えば、幼い頃から身体が小さかったが私はバックスをメインにプレーしていた。小学生の時分のお遊びサッカーから、ゴール前から中盤でボールを蹴っていた。転校続きのために、万事控えめなプレーを無意識のうちにしていた。しかし、身体が小さかったことと控えめなプレーをしていたことで、流れを読む、頭を使うといったプレーを身に付けることが出来たのかもしれない。その後、転校した小学校のチームからは右サイドバックと右ウイング。中学校では左右のハーフとサイドバック、高校では右サイドバックにセンターバック、ボランチ、大学から現在に至るまではセンターバックと両サイドバックと一貫して守備畑を歩んできた。憧れた選手もフランコ・バレージ、ジョルジーニョ、井原正巳とDFがメイン。サッカー観戦ではついついバックスラインの動きを追ってしまう。現在、日本はサッカーを観るだけの人が圧倒的に多い。昔の日本リーグ時代を知るものとしては隔世の感がある。しかし、サッカーを気軽に楽しめる環境にまではまだ至っていない。初めてボールをゴールに入れたときの興奮。初めて試合に出たときの緊張感。初めてオフサイドを取ったときの爽快感。それらを今度はサッカーを観るだけだった人に伝え、実際にプレーするようになってほしいと考えている。こんなものを書きました。800字だったので、かなり削ってしまったのですが大筋は同じです。書き方のまずいところなんかがあったら、指摘のほどをお願いします。前半終わって2-0。頑張れ、日本!!
2004年03月18日
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今日、主治医の先生が来て術後の経過報告を金曜にするという話がありました。俺は(前書いたかな?)今、胃が3分の1しかありません。去年の8月くらいから空腹時にお腹が痛くなっていて、まぁ我慢できる痛みだったので放っておいたのでした。12月くらいから本格的に痛くなったのですが、年末進行の仕事(新聞のテレビ欄の解説を書く仕事)が忙しくてついつい2月まで病院に行かなかったのです。診察を受けた結果、かなり重度の胃潰瘍と診察されその場で入院。胃の中に握りこぶし2つ分の潰瘍が出来ていました。胃壁がえぐれて、出血が酷くかなりの貧血状態でした。その前日と前々日、サッカーを3時間ずつぐらいしていたのですが・・・(苦笑)。で、なんでそうなったかを調べてみたら、潰瘍の部分に「尋常じゃない数のリンパ球」(医師談)が見られ、胃リンパ腫であると診断されました。そして、オペ。1.5キロの潰瘍を含む胃の下部3分の2と、隣接していた大腸を摘出しました。んで、そのリンパ腫の種類を調べていた検査結果が今日やっと届きました。術後の経過が若さのせいもあり順調なので、最速で土曜にも退院の運びとなりそうな感じです。ただ、退院してすぐリンパ腫の治療が始まります。下手をすると無菌室の病室でまた入院するかもしれないとのことです。投薬の副作用で髪の毛抜けちゃうかも・・・。まぁ、今更じたばたしてもしょうがないので流れに身を任せるしかないですね。なるようになるさと楽天的に考えていますが。あぁ、サッカーしたいなぁ~・・・。
2004年03月17日
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先日の外出の時に家から持ってきたDVDを観ました。(このノートパソコンはDVDが観られるのです)友達から借りて観ていなかった「ルディ」と「ノー・マンズ・ランド」の2タイトル。どちらも素晴しかった。「ルディ」は、スポ根もの。幼い頃からノートルダム大学のアメリカン・フットボールチームに憧れていたルディ。が、身体が小さく学力も足りなければ家が貧乏で学費もない。完全に手が届かない憧れのチームに入ろうと悪戦苦闘して、最後の最後で夢がかなうというアメリカ的な作品でした。初めは、主人公が足掻くさまがみっともなくて観るに耐えなかったのですが、後半からはその真摯な姿勢と熱い心、仲間たちの友情に、思わず感動してしまいました。なかなかの秀作です。スポーツ好き(特に現役でプレーしている、していた人)にお薦めです。「ノー・マンズ・ランド」は反戦映画。74回アカデミー賞外国語映画賞受賞のボスニア紛争を扱った問題作。ボスニアとセルビアの戦線の中間地帯に位置する塹壕の中に取り残されてしまった、両軍の兵士。身動きが取れない状態に陥って困惑する両軍と、事態を収拾できない国連軍。右往左往するマスコミ。この絶望的な事態をどう打破させるかと観ていたら、まじっすか?という感じのラストでした。渋谷の大学に通っている時に東京国際映画祭に出品されていて、行こう行こうと思いながら忙しくて観られなかった作品だったので、観られてよかったです。自身も体験した戦争の愚かしさを描いた監督のダニス・タノヴィッチの思いが痛いほどに伝わってきました。戦争の愚かしさと、報道の意義について考えさせられました。特典映像の記者会見で、監督が語った言葉が素晴しかった。「どんな報道であっても、客観的な報道などあり得ない。人を通して伝える限り、報道は主観的であると思う。だから、倫理観を持った報道が必要になる。スクープやビッグニュースを追うだけでは、真実を見失ってしまう。」今後の自分の糧となる言葉でした。
2004年03月16日
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昨日、サッカーを観た後に「私とサッカー」という作文を推敲して履歴書を2枚書き上げ、今日、見舞いに来たお袋に郵送してもらいました。まだ「私について」という作文が1つ残っているので、ボチボチ仕上げています。今日は、俺が何故ライターを目指しているのかの理由を初心に返って考えてみました。褒められたんです。彼女に。といっても、今の彼女ではなく21歳の時に付き合っていた彼女さんなのですが。その人はフリーライターをしていて、かなりリッチな暮らしをしている当時35歳の女性でした。(どういう経緯で付き合ったかは、いずれ機会があれば)当時の俺はマスコミの仕事に興味はありつつも、塾講師を2年間続けていたので将来は高校の教師をしたいと思っていました。ある時、教職の授業「東洋史概論」で「秦の始皇帝が行った土地政策について」というレポートを書いて返却されたものをたまたま持っていたので、文章の専門家に見てもらって添削してもらおうとして見せました。1500字くらいの短いレポートで、ぶっつけで1時間もかからないくらいで書き上げたのであまり自信がない作品でした。その作品を褒めてもらったのでした。彼女は言いました。「専門分野じゃないから詳しい内容の事実関係はわからないけど、論旨がはっきりしてて構成もよいよ。」恋人だったというアドバンテージがあったのかもしれません。が、現役のライター(兼編集者)をしていた人が、俺の文章を褒めてくれた。大きな自信になりました。3ヶ月という短い期間しか一緒にいられなかったものの、実に多くの影響を受けました。もう親交はありませんが、人生の針路を決めるきっかけになった恩人の1人です。話が少しずれました。困難にぶつかった時の支えになるもの、自信。絶望の淵から這い上がるエネルギーだと思います。第三者からの客観的な評価が与える力の偉大さです。褒めるという行為は、1人の人間にそれほど大きな力を与えるものなのです。否定から入るのではなく、認める、受け入れてあげる。最近、何かを褒めましたか?
2004年03月15日
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6時に起床して週に1度の体重測定は53キロ。165センチの57キロだったのは今は昔。今日は天気が良かったので、ふと思いついて外出許可を申請してみました。医師からは、もう食べ物もしっかりしてきたしお腹の傷も塞がってきたのでいいでしょうとのお達し。1ヶ月半ぶりのお外の空気。最高でした!!何かもがフワフワした感じで足が地に付きませんでした。久しぶりに家に帰って3週間ぶりのシャワーを浴び、くつろぐこと1時間。こんななんでもないことが、嬉しいのです。自由とはかくも素晴しいものであるとは♪そのあと、背広に着替えて履歴書用の証明写真を撮りに。途中のコンビニで、何度つまみ食いをしようと思ったことか(苦笑)。でも、まだ食べられるものが決まっているので良い子にしてました。その後、彼女と合流して久々のデートをしました。本屋にて、サッカー雑誌「フットボール・スピリッツ」、サッカー漫画「ファンタジスタ」、大沢在昌「心では重すぎる」、石田衣良「赤・黒」、村上春樹「1973年のピンボール」を購入。その後、川崎のオシャレ~なカフェにでも行こうかと思ったのですが、日曜の人ごみにて断念です。結局、家に帰って支度をして病院へ帰りました。あぁ、自由が・・・。退院が待ち遠しくなった1日でした。(サッカー)オリンピックアジア予選、日本ラウンドの対バーレーン戦。まさかのホームでの敗戦。次戦、那須が出場停止で闘莉王が怪我なのにDFバックアップは近藤だけ・・・。ピンチです。
2004年03月14日
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去年、横浜Fマリノスの完全優勝に酔って川崎フロンターレの悲劇に泣いていたらいつのまにかまたJ1、J2リーグが開幕しました。マリノスは五輪組のいない浦和レッズに1-1のドロー。フロンターレは今度から胸に「プリンセス・テンコー」と英字で入るというサガン鳥栖に3-2で勝利!と、結果は知っているのですが試合をリアルタイムで観ることが出来ませんでした。丁度その時刻に見舞いに来た伯母と母。そして友達の応対をしていたために折角の開幕戦が・・・(苦笑)。普段なら諸手を上げて歓迎する見舞いのお客様なのですが、今日この時だけは・・・。まあ、今夜のスーパーサッカーを観るのでよいのですが。チャンピオンズリーグ準々決勝のカードも決まり、いよいよサッカー熱が上がってきました。これは早いところ退院して、またサッカーをしないとフラストレーションがたまってきてしまいますね。早く退院したいデス。(余談)今、目の前のベッドの人がテレビで「ほんとうにあった怖い話」を観ています。俺はホラーなど怖い系のものが大の苦手なんですが、PCをカチャカチャ打っているといやでも目の端に入ってくるのです。うう・・・、怖いよぅ。
2004年03月13日
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昨夜、フジの深夜番組「CXフットボール」を観て寝たので、今日は寝不足でした。チャンピオンズリーグ2ndレグ、ACミラン対スパルタ・プラハの一戦を我がミランが4-1で一蹴したのは知っていたのですが、その映像が観たくて深夜まで起きていました。明日はJ1、J2がともに開幕。マリノス対レッズ、フロンターレ対鳥栖の試合が楽しみです。ここ数日、就職活動(就活)を展開して履歴書作成に勤しんでいるのですが、履歴書だけを提出する会社と作文も書かせる会社があります。この作文を考えるのが今とても面白いのです。今書いているのが「サッカーと私」と「私について」。ともに800字程度(原稿用紙2枚分)。自分について真面目に真剣に考えることがなかったなかったので、とても新鮮でついつい書きすぎてしまっています。今はいかに削っていくか、校正編集中。さらりと書いてありますが熱狂的なサッカージャンキー(サッカー馬鹿)になんでなってしまったかや、自身の性格分析とその原因探し。客観的に今まで生きてきた24年間を改めて振り返ってみると、自分でも気付かなかった自分が見えてきました。今はまだ整理中ですが、そのうち載せてみたいと思います。
2004年03月12日
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今日の朝の回診で、オペ後ずっとつけていたお腹の管(飲み食いしたものが万一体内に漏れた時のため)と点滴を外してもらいました♪いよいよ退院が見えてきました。それがあまりに嬉しくて、お昼にちょこっと病院の外に出て風に当たりました。折しも今日はここのところ1番のいい天気。ちょっと風が強かったものの、暖かいお日様とたまたまその時に傍にいた同室の人に貰った久しぶりの煙草は最高でした。同室のそのおじさんはすごく話し好きな人で、その応対がちょっとだけ大変だったのですが・・・。そして今日はCTスキャンを撮りました。これで結果が良好ならご飯のグレードがアップするのですが、果たしていかにいかに。(おまけ)今日読み終わった本、浅田次郎「壬生義士伝」。吉村貫一郎という新撰組の侍を扱った本で、映画化されているのでご存知の方も多いはず。俺は映画は見てないので、友達にこの本を貰って初めて内容に触れました。感動しました。愚直で悲しく、素敵な「男」の生き様がそこにはありました。お薦めです。
2004年03月11日
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今日も昨日と何ら変わらない日々。6時起床。8時に朝食。9時にタオルで身体を拭く。10時におやつを食べて回診。12時に昼食。2時に検温。3時にまたおやつ。6時に夕食。あとは9時に消灯。ただし、今日からこの日記書きと就活が加わりました。また履歴書書きの日々が・・・。でも、長期入院でアルバイト先を一旦退職したので(完治したらまた働かせてくれるのですが)、この機会にステップ・アップを図るべく頑張らねば!!日記の方もありがたいことに立ち寄って下さる方がいて、カウントが伸びていくのが楽しいです♪今日一番びっくりしたのは、ジャパネットタカタのニュース。顧客データ流失は驚くに値しないのですが、記者会見をしていた本社の場所、長崎県佐世保市。俺が昔住んでたところなのに、知らなかった・・・(苦笑)。
2004年03月10日
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昨日入手(授与)したノートパソコンを手に、本日から日記をweb上で書いていこうかと思います。先ずは、現在置かれている状況を整理のため書いていきます。2003年3月9日現在、24歳。出血性胃潰瘍で入院をし、胃リンパ腫瘍と診断され、胃の3分の2を切除されて今に至る。オペからは13日が経過。回復状況、良好。ベッドサイドにある読みかけの本は、ダンテの「神曲」、村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」、浅田次郎「壬生義士伝」、総合雑誌「ナンバー」5冊。ふむ。こんなところでしょうか。とりあえず、今日はここらへんで。
2004年03月09日
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