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コメント、毎回本当にどうもありがとうございます。そういえば、今日数えてみたら弟の骨髄細胞が生着するまであと10日ほどになりました。また10日という道程は長いので、もう10日というかあと10日というか迷うところではあります。前向きに考えていきたいと思います。
2004年11月30日
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今日、未明のことです。トイレに立って歩いている際に、急に立ちくらみがして転倒してしまいました。最近では手足や顔まで浮腫んできてしまいました。誰にも会いたくない心境です。輸血をしたのでもう転倒の可能性は少ないですが、これからはこうした副作用に悩ませられることになると思います。でも、こうしている間にも一瞬一瞬治っていると信じて頑張っていきたいと思います。
2004年11月28日
コメント(4)
今日も、コメントありがとうございます。痛みいっています。さて、今日で早速、移植2日目です。といっても何も変わりはなく、日々何もすることがない現状は変わりありません。手持ち無沙汰というかヒマというか…。生きているのが億劫になってしまうほど何もすることがないので困惑ばかりしています。寝てばかりいます。本当に、午前中などは何もすることがなく薬だけ飲んで寝てばかりです。今は寝られているので良いのですが、寝られなくなるとと考えると…。取り敢えずは、1週間後の細胞の生着を目指して我慢我慢です。
2004年11月27日
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コメントを通じて、日記を通じて、メールを通じてメッセージを頂いて、本当にありがとうございます。目茶目茶、嬉しいです。元気になり次第、返していけたら返していきたいと思います。今日、予定通り兄弟間で弟の造血幹細胞を移植しました。時間にしたら30分くらいのものでしたが、吐き気が出て胆汁を吐いてしまったりと少し大変でした。ただ、これで新たなステージに立てたということで、感慨無量です。勿論、この先の確かな保障はなく危険の方が多いですが、そんな現実には負けずに闘っていきたいと思います。生きるために。
2004年11月26日
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毎日、コメントありがとうございます。体力が無く返事は書けていませんが、いつも嬉しく見て励まされています。これからは少し更新が遅れがちになるかもしれませんが、ご勘弁ください。今日で、放射線の全身照射が終わりました。そして、移植に向けての前段階の下準備は全て終わりました。長かったけれど、やっとここまで来ました。明日やるのは「同種造血幹細胞移植」であるというのは昨日書きましたが、これは点滴ですぐ終わってしまうということです。だから、大事なのは移植が終わってから。弟の造血幹細胞が上手く生着してくれないと困るわけです。そして、その可能性は決して高くないのです。数パーセント、嫌、そんなに高くはないかもしれません。ただ、何度も言っている通りここはやらないとどうしようもないわけで、賭けです。1ヶ月後の生存と快復を信じて頑張ります。
2004年11月25日
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今日、遂に放射線の全身照射というものを受けてみました。何か、首のリンパ腺が腫れたり唾が出にくくなるといった副作用を聞かされていたのですが、今のところは特に喉が痛いというくらいしか副作用は出ていません。一安心です。午前と午後に30分ずつ2回当てたのですが、皮膚が荒れることもまだなく痛い思いもしませんでした。ただ、ちょっと疲れはしましたが…。明日ももう1度やってから、明後日は遂に遂に「同種造血幹細胞移植」となります。幸い、LDHが894にまで下がってきたのには驚いています。だって一時期は、2万とかあったのですから…。そこらのコントロールも含めて、移植後には上手いこと生着してくれればと思います。さて、あと少し。頑張ります!!
2004年11月24日
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実は今日は国民の休日(勤労感謝の日)だったようですが、そんなこととは関係なく、今日も体調は一進一退。抗がん剤を打ってちょっとまたきつかったりしました。が、火曜も無事に終えることができて、移植の金曜まで残り後僅かになりました。そして明日は先週、病院の手違いで受けられなかった放射線の全身照射がやっと受けられるようになります。初めての治療でどうなるか解らずに不安なことは不安ですが、とても期待をしています。あんまり痛くないといいなぁ…。
2004年11月23日
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お久しぶりです。沢山の書き込み、ありがとうございます。とても励まされています♪先週、水曜日から無線LANの使用をストップされ、有線回線への移行を進めていたのですが、今日、ようやくそれが果たされました。更新が全くできずにご心配をかけたかもしれませんが、何とか落ち着きました。今日から抗がん剤を2日間打って、放射線の全身照射を2日間やってから移植になります。抗がん剤は正直しんどいし、放射線の全身照射は初体験なので心配ではあります。でも、長かった1週間の延期でしたが、何とかまたここまで漕ぎつけることができました。予後への不安はとても大きいですが、ここまで来たら最早やるしかないので、頑張っていきたいと思います。長らく心配おかけしてすいませんでした。これからは、体調さえ良ければ、ちょくちょくまた書き込んでいきたいと思っています!!
2004年11月22日
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今回、移植をしようと準備をしていたのですが、病院の手違いで移植が1週間延期になってしまいました。放射線の治療をした後すぐに今週の金曜に移植の手はずだったのですが、病院の施設では放射線の治療の日程が立たないということで急遽、1週間遅らせることになってしまいました。本当に、何をやっているのか。一刻も早く移植をして治療を開始したかったのですが・・・。まぁ、しょうがないのでやることもないですが1週間じっくり待って移植に備えたいと思います。何も出来ないで待つのはとてもすごく辛いですが、我慢して頑張っていきたいと思います。はぁ・・・。何かいいことないでしょうか・・・。
2004年11月17日
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クリーンルームに入ってから時間だけがあります。やることがまったくないのです。水分や固形物など口から摂取すると吐血してしまうので、今は何も点滴以外で栄養をとることができなくなってしまいました。LDHが2万を超えてしまったために、強い抗がん剤の副作用でただ寝ているしかできません。今日、やっと3千台にまで落ち着いてきましたがまだまだ何もできません。これで生きているというか生かされているというのは、本当に吃驚しています。ただ、寝ているといってもすぐに吐き気で目が覚めてしまうのでとても辛い。自分の無力。生きているのが辛い。
2004年11月13日
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今日から白血球の数が60を切ったので、無菌室に入ることになりました。もう食欲が無くなったり、時間の概念が壊れてきてしまっていて、もう何が何やらよくわからない状況です。身体の中で何か起こっているようなので、この調子で耐えて耐えて移植まで頑張っていきたいと思います。
2004年11月11日
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ICEという治療を今日から始めます。恐らくは、その頭文字を取ったものなのでしょうが、7~8種類の抗がん剤やら輸血装置やらを何のかやとつけていったので、流れているはずです。これで4日間くらい投与してから弟の末梢血管細胞を移植して俺がAB型からB型になるという計画があるような話でした。そんな話、しましたっけ?したなrあもうよいのですが…。まぁ、そんな面白企画は進行中です。さて、そんなこんなで、イラクでは非常事態宣言が発令。どうなっちゃっているんでしょう…。カオスですね。こんな感じで、今後は平常運行に戻れたらなぁと思っております。
2004年11月08日
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今日こそはちゃんと日記を書こうかと思って意気込んでいたのですが、いかんせん疲れが溜まってしまっていて何か昨日のようですが明日に回します。えへ。明日、ちゃんと書き足します.と、昨日たちゃんと書いてしまっていたので書かざるを得なくなり無理矢理書いております。まったく面倒くさいことですなぁ。いい迷惑です。というわけで、白血球などの痛みにかまけている間に「4年に1度の民主主義の革命」が終わってしまってしまっていました。まさか、アメリカの新保守主義層がここまで頑強な抵抗を見せるとは想像もしていませんでした。全世界的にブッシュ・バッシングが吹き上げられている最中、よくぞここまでというネオコンには驚かされました。そして、土壇場での宗教右派の粘り腰にはまた驚きでした。さて、今後の第2期目を迎えるアメリカ大統領政権はどんな様相を呈していくのでしょうか。一国による覇権主義を突き進むか(これは財政面の問題においてほぼありえませんが…)、パパ・ブッシュのように本来果たそうとしてできなかった国際協調主義に立ち返るか。現実社会の「戦争は経済に従属し、経済は政治に従属する」という当たり前の論理に服すれば自明の理だと思いますが、さて。近頃、物事を妙に単純化して考えてしまうクセが出てきてしまって困りモノですね。もっと具体的に複雑に立体的に考えなくては!!
2004年11月07日
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をやっとこさ書こうと思っていたのですが、今日、信州から可愛い弟が帰国して色々決まったりしたので、まずはそこから始めたいと思います。というか、最近は夜になると疲れていて滅法眠い…。変なの…。今日決まったのは、愈々、来週末の金曜日に弟から末梢血管細胞を移植するということ。本当は骨髄の採取がベストなのですが、これはその後の保存が万全ではなかったり俺の治療とのタイミングが測り難いという理由によるものです。俺は来週の月曜からは、ICE(アイス)という自家末梢血管細胞移植のときなどに大量抗がん剤治療として生命を落とす可能性がある治療になるかもしれません。正念場ってやつが来ますね。きっと、大変な辛さなのではないかと思うのですが、頑張りたいと思います。今日もまた大切な人々に出逢えたので、幸せな気持ちで眠りたいと思います。それでは、今日は短いですがこの当たりで。
2004年11月06日
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ここまで連続して闘病記的なことを書くのは嫌だったのですが、今日も昨日に引き続き大切な話などがあったのでそれについて触れようと思います。今日になってやっと熱も出ず痛みもなくなりました。ただ、LDHは依然増加傾向で18626、血小板はいまだに輸血必要ラインの1.1、白血球も増強が必要な500、赤血球は268、ヘモグロビンは8.1といった具合でどれをとっても数値の悪化が見て取れます。また、腹水・胸水も溜まってきており食欲はほぼ零。そんな現状を打破するべく、今日は以前使ってみて副作用でボロボロになってしまった(詳しくは「リツキサン投入~!!」で)、リツキサンの治療を行いました。この薬は特定保健用のものか何かで、保険をかけても10万はするという代物。しかも、効果は五分五分というふざけた薬なのにそれにでも頼らざるをえないのが辛いところです。幸い、辛い副作用のときに元予備校の友人ロッカー幸が来てくれたので、気分が紛れて何事もなく終わることができました。更に素敵なお土産まで貰ってしまって大満足♪さて、大いに脱線してしまいましたがここからがタイトルにもある本ちゃんのお話。昨日はone on oneで主治医とマッチアップしたのですが、今日は親父も交えての話し合い。俺のオーナーでありスポンサーを交えての緊迫したものとなってしまいました。昨日、俺に話した「安全第一のゆったりペースで安全率を少しでも高めて移植というやり方をすることは逆に治癒率を下げるので、攻撃的に先手先手で移植までいった方がいい」という話は、「リスクは増大することは承知で、勝負に出ることを選択」する路線で変わらずに進行。まぁ、一言で言ってしまうと「博打」ですね。そしてその時計の針を少し早める作業ですが、最早、躊躇している時間はなく、11月中に何とかしなければいけないようなニュアンスのことを言われました。遅くとも…というようなことは、最早口にしてはいられないということです。その原因は、あまりにも通常の化学療法が効かないということ。俺の腫瘍が抗がん剤に慣れてきた(悪順応)のか、腫瘍の数値を表すLDHが下がらないのです。これでは、来月までに腫瘍をコントロールするという手法は限りなく不可能。ではどうするか?正確性にはこの際、多少、目を瞑って、強い治療(ICEという)をしてLDHが下がったところで移植に踏み切るといったシナリオです。本当は全てを万全にして用意周到にいきたいところなのですが、あまりにも時間が足りない…。横須賀での時間が悔やまれますが、ここは過去を悔やんでもしょうがないので前を向いていきたいとおもいます。いませんそれに加えて、どうやら移植後の適合率(治る確率は)どうやらまたこのまえの俺の予想よりも随分低いらしいということです。30%は少し多く見積もりすぎたということでしょうか。相当な覚悟が必要だということでした。が、十分予想の範囲内だったので、特に問題はありません。悲観主義者はダメージが少なくてよいですね。明日か明後日には弟も来て、いよいよスケジューリングなどが決まっていきます。見舞い客の方は早く来られたが良いかも♪
2004年11月05日
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俺がベッドの上で悶絶していても世界はしっかり回っていたようで、新聞を見てみると「EU憲法批准」「香田氏殺害」「島田司会者暴行(司会者…)」「新札発行」「道交法強化」「楽天野球開店」「ブッシュ再選」などなど。機会があればそのうち触れます。今日は、担当看護士と主治医とそれぞれ面談というかお話をしました。特に担当看護士からは「後で話があるの」と意味ありげな台詞だったのでドギマギしてしまいました。一応ですが今は彼女いません、と先制パンチをくらわしたらどんな顔するかな~と思っていたのですが、雰囲気がちょっとだったので止めときました。話は、周りに爺ちゃん婆ちゃんしかいないという特殊な環境や、一応は重病難治病人なので心理的なサポート、病院やスタッフへの不満があればその改善が必要であろうとの配慮からの面談でした。こんなことは初めてだったので少し驚きでした。細かい粗を探して重箱の隅を突付けばきりがないので、笑顔で「特にないです」と切り替えしておきました。実際、恐らく病院で初めてであろう入院1週間でのベッド付近の模様替えを敢行するなど好き勝手やっているので、特に不満なんかないのです(笑)。少し困ったのは「病気についてどう思ってる?」という漠然とした質問で、久々に5分間くらい心情を吐露しました。彼女がいない今の気持ちをあれだけ話したのは(総量の78%)久しぶりで、少しすっきりしました。一昨日も書きましたが、俺は親しい人が俺を見て辛そうにする顔を見るのが何よりも辛いので、中々本心というかSOSを発しません。唯一、彼女にだけは自分に対しては何でも打ち明けてほしいので意識して90%くらいは打ち明けていました。100%を打ち明けられなかったのは、やっぱりええ格好しぃだからでしょうか(苦笑)。何はともあれ、俺は自分の頭でしっかり状況を理解して行動していて、解らないことは何でも聞くようにしているのでという大丈夫ですよということを伝えました。相手にも、俺という人間が解ってもらえたので、とても有意義なじかんでした。さて、ここからが本番の主治医との話。今日になってやっと高熱も出なくなり痛みも、もはや無きが如しということになってきました。しかし、腹水・胸水が溜まってきており食欲はないというのが現状です。LDHは依然16982.増えてる…。どうやら今のまま化学療法を続けていては埒が明かなく生命の危険も出てくるので、今日までの治療+リツキサンの治療の後にもっと強い治療をしようと考えているけどどうかね?というお話でした。俺としては、安全第一のゆったりペースで安全率を少しでも高めて移植というやり方をすることが逆に治癒率を下げるならば、先手先手で移植までいった方がいいと思っています。考えられるリスクは増大することは承知で、勝負に出ることを選択します。と、いうことで。時計の針を少し早めることにします。当初は12月前半で遅くとも1月後半までにはというタイム・スケジュールは、早ければ11月中に遅くとも12月中までにはということになりそうです。でも、大丈夫。俺、出たとこ勝負ってけっこう強いんです。
2004年11月04日
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日記まとめて書きの4日目。やっとこ今日の日記です。今日は朝の3時までは珍しく5時間ぶっ通しで寝れました。そして目が覚めてからは左右大腿部内側付け根の部分が傷み、相乗効果か尾てい骨まで痛くなりずっと起きっぱなし。両太ももの内側付け根はリンパ腺が通っているところなので、恐らく増えすぎたLDHのせいなんだろうなーと思っていたら今日の採血の結果、16840とのこと!7月の緊急再入院のときに25000を記録していたことはありますが、それでも1万オーバーは…。そして今日は前回治療の副作用で血小板の輸血をしました。1度やってしまうと嫌悪感もそうはなくなり、淡々です。更に今日から都度に痛み止めを注入するのではなく、恒常的に痛み止めを注入するようになりました。俺は、薬というものを上回る人間の適応能力を信じているので少し心配です。俺は良くも悪きくも適応能力に秀でているので、特に。慢性的にしていると慣れてしまって効き目が低くなる可能性があるのと、痛みがなくなった際にそれの判断にロスが出ること。その懸念のために俺はある程度の痛みを我慢するようにしているのですが、そういった考えはマイノリティなようです。まぁ、プロの方々の言いつけなので守っています。そのお陰さまで、痛みはまだあるもののこうして日記を書けるまでになってきたのでよしとします。タイトルにもつけたように、これからが本当の闘いなんだということを意識して頑張っていきたいと思います。中断中、皆様にご心配をおかけしてすいませんでした。今まで大した副作用もなくやってこれていました、こうして書いてきたように芳しくない現状と移植に向けての強い治療が始まるので、また心配をかけることもあるかと思いますがよろしくお願いします。あまりの痛みの連続に死ぬんじゃないかと思うことも少ーしだけありましたが、「ぅあ~~~」「うお~~」「ちくしょーーー」「ファッキーン」「負けるか~」と叫びながら踏ん張りました。今後も、頑張っていきます!!今日は痛みもだいぶ和らいだこともあり、俺の幼少のみぎりにそっくりなかわいい甥っ子、一真(4歳)があっひーるちゃんぬいぐるみのくちばしを持ってぶん回していた微笑ましい光景を見たこともあり、友人がUCLのバルセロナvsACミランの2試合をDVDに焼いてくれることもあり(しかもアナウンサーが下手糞な民放じゃなくてスカパー!!、負けたけど…)、よく眠れそうです♪あ、OK牧場はガッツ一流のギャグだったのですね。初めて知りました。微妙…。
2004年11月03日
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日付が変わってからが大変でした。深夜4時前に熱が38.7℃に上昇。シャツを3枚替えて乗り切りました。そのお陰か、朝はこれまでになく順調でもう大丈夫かな~と思っていた矢先の昼過ぎ、熱が突如39℃に上昇。それに伴ってか腰もまた痛くなり、LDHの急増の影響か腹部も痛む始末。まったくもって、酷い有様でした。そんな時でした。元バーキットリンパ腫患者で俺のよき相談相手になってくださっていて、偶然にも同じ主治医の担当になっているグンさんがお見舞いになったのは。これまでのお礼やお話などをしたかったのですが、最悪のコンディションに気をきかせて下さって、短時間で帰られてしまいました。そのお心遣い、大変嬉しかったのですが残念です。その後、両親が来院。本来は明日来る予定だったので吃驚。体調が悪いときの来客は、非常に困るのです。相手は何もできないし、辛そうな俺を見て辛そうな顔をされるのがたまらなく辛いのです。友達なら今日はきついから帰ってと言えるのですが、両親や俺の会いたい人にはそれが言えないので余計辛いですね。そして、この日から新たな治療が開始。前回のエシャップという薬が全く効かなかったので、今回のトポテシンという薬には期待したいところ…。早速、副作用でロレルじゃないや呂律が回らなくなる。あうあう…。
2004年11月02日
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より強い鎮痛剤を打ってもらうことで、朝頃には何とか我慢できるくらいになりました。やっと一段落着いたのかなと思っていた矢先に、また激痛。この日は午後から急に熱が39.3℃にまで跳ね上がり連日のダブルパンチでヘトヘトになりました。そして採血の結果ではまだ白血球は21700。ちなみに腫瘍の数を把握する指標のLDH、通常118~240のところが8200と出ました。白血球を増やす薬を投与するとそれに伴って上昇するものなのですが、それにしても高すぎてやや不安に。うーん…。
2004年11月01日
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