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< Scene.2-1>
I could not say “Thank you” because I could not see the truth.



「さすがに一ヶ月も家を空けるといろいろと溜まるもんだな…。」


これでもかと外まではみ出たマンションの集合受箱の扉を開ける

中には色とりどりのチラシや公共料金の請求書・郵便物がごっそり入っていた。

無事に家に帰れた証拠みたいなものだ。

悪い気はしないが出迎えがこいつらというのも寂しい。

4階までの階段をゆっくり上りながら選別にかかる。とりあえずチラシは無視。

電気・ガス・水道に電話…。ひととおりの請求書がそろっている。



ペーパーナイフのように指を入れて封を破る。


「ふむ、相変わらずひどいもんだ。使った奴の気が知れない。って俺だがな…。」


独り言は癖になるからなるべく言わないようにしないといけないのだがつい漏らしてしまう。

もっとも、そばで耳立てている奴が相手をしてくれれば独り言にならないのだが。

他の手紙を見ようとして手が止まった。水色の封筒、ロンドンからのエアメール。

濃紺色の文字で書かれた差出人は見覚えの無い人物。でも宛名は間違いなく俺だ。


「いや、待てよ。どっかで聞いたことのある名前だ。超有名人じゃないのか、これ?」


名前はさて置き、かすかに香る特殊なハーブの匂いが水色の封筒の差出人を物語っていた。

中身はほぼ予想できる。帰ったばかりだというのにこれだ。

少しは休暇というものをいただきたいものだが、どうこう言える立場ではない。

3階の踊り場で立ち止まり周囲を確認する。こんな真っ昼間に人は通らないだろう。



人によれば高度な魔術法程式なのだが、俺としてはシリンダー錠を開けるより簡単なのだ。

たちまち手紙の文字が濃紺から真っ赤に変わる。

それがこの手紙にかけられた封印を解いた証拠だ。


「おい、ベティ。喜べ、また仕事だ。このご時勢にありがたすぎて涙が出るねえ。
ったく、なんて人使いの荒い連中なんだ。」




たぶん興味ないんだろう。別にいいけどな。

封を開けようとして裏を見るともう一つの封印に気づいた。

なるほど…。これはただ事じゃないかもしれない。つまりは容易に開けるなって事か。

自分でも表情が険しくなるのがわかるくらいその封印の意味は重い。

仕方なく足早に階段を駆け上がり、急いで自分の部屋に戻った。


一ヶ月も主のいない部屋はこもった空気で満たされていたが窓を開ける気にはなれなかった。


「おい、ベティ。戸締りとレベル2の結界を頼む。ああ、そこだけでいい。」


相棒に結界を張らせると周りの空間との断絶が始まる。

発泡スチロールが擦れるような音とエレベーターで急降下するような振動が合図だ。

あまりいい趣味とはいえないがこの音と振動は心地いい。

日本の住宅事情もさることながら、このマンションという建物は良く出来ていると感心する。

特に日本という国は先祖からの知恵なのか建物に関しては欧米に比べてかなり優れている。

もちろん魔術的にという意味なのだが。

立地的に地脈が安定しているのはもちろん、人が住む空間を無駄なく計算されている。

つまり下手に一戸建てよりもマンションのほうが効率よく魔術を行いやすいってわけだ。

だから日本で住むのに場所は不自由しない。どっかの大国と違ってな。

このマンションだって都会でありながら魔術師なら垂涎の住処といえるだろう。

目をつけたのは相棒だが、まあ並の魔術師には見つけられないか…。

こんな場所で魔術を行うってほうがどうかしているもんな。普通の神経の持ち主ならばな。

こういう仕事を生業としている身なればこそだが、まったく因果な商売だな。


さて、結界も落ち着いた事だし協会からのDM(密令書)を開けるとするか。

ロンドンからのエアメールは主に魔術協会が監察者との連絡に使われる。

それは携帯電話やパソコンのEメールが発達したこのご時勢でも変わらない。

秘匿を常とするには昔ながらのこの方法が完璧だからだ。

もっともEメールにパスワードをかけることができても魔術封印はできないからな。そういう理由だ。

この手紙の場合は2重ロックされているようなものだ。

第3者が不用意に開けると普通なら中身が消失するだけだが、これは予備魔術が発動する。

最初の文字の色が変わる封印はある程度上級の魔術師なら解呪できない事はない。

だがその次の封印は下手に解呪すると周囲を巻き込んで消失する悪質なものだ。

原理は簡単で単純明快。地獄につながる小さな扉を手紙につけてあるだけ。

開けた途端に『地獄の濃霧』といわれるガスが拡散し、分子レベルで周囲の構造を破壊する。

つまり全てのものが塵にかえるってだけのことだ。あー怖ろしい怖ろしい。

生身の人間なら気がついたら地獄に落ちているってことになるんだろうよ。

どんな敬虔なクリスチャンでもこれには問答無用に引きずり込まれるらしいからな。

と言っても最初の封印すら解呪出来ない素人には関係のない話だ。中身が消失して終わり。

よっぽど他の魔術師には見られたくない内容…、それがこの手紙の正体。

どこの馬鹿が考えたのか知らないがこのやり方は二百年近くも変わっていないらしい。

科学がこんなに発達したんだから誰かEメールに魔術封印を施す方法を考えてくれ。

それだけでこんな難儀な仕事が減るだろう。


「本当に手間のかかる仕事だな。えーっと聖水は残ってたっけ? ああ、あった。」


冷蔵庫にしまっておいた聖水の瓶を取り出す。

開いた冷蔵庫から少し悪臭がするのは2ヶ月前の納豆の匂いのせいか…。


「おい、ベティ。そんな顔するなって。納豆は日本人の心なんだぞ。お前も一度食ってみろ。
 白いご飯には最高に相性いいんだから。このネバネバがなんともいえないくらい美味いの
 なんのって…、ああ、わかった、わかった。わかったから怒るなよ。」


とりあえず腐りかけ納豆は後で味見してから処分しよう。

それにしても臭いに敏感な奴だな。まあそれぐらいでないと俺の相棒は務まらないか…。

妙な感心をして手紙をテーブルの中央に置く。

見た目はただの木目調のどこにでもあるテーブルなのだが、よく見ると木目が全て極微小の文字で描かれた魔術法程式と言う究極の一品だ。

もちろんこれ一つで新宿の高層ビルが一つ買えるぐらいの値打ちものだが見た目は安っぽい。

食うものに困ったら最後にこれを売ろうと思うのだが買い取ってくれるものはいないだろう。

高度すぎて魔道具とは見なされないからな。残念だが…。

聖水を右手の小指につけテーブルの上を慎重になぞる。

あらゆる超難度の儀式を省略できるメリットは大きいが精神負担は膨大なものだ。

ほんの数ミリでもずれると別の魔術が発動する危険は否めない。だから呼吸すら出来ない。

二つの楕円を交差させる形で手紙を囲むように描き、周囲に六茫星を配置。

今まで何百回もやってきているので目を閉じても描けそうなのだが、そんなことはしない。

状態の変化を見極める事も大事だから指先と視線は極度の集中が欠かせない。

描きおえると次の工程に取り掛かる。


「閉門・封鎖・状態保護・辛酸・鈴音・黄道解離・配布…。」


空間上に呪文(スペル)の魔術法程式を描いて解呪の準備が整う。

相棒のベティは何も問題無しとばかり、マホガニー色の瞳で静かに見守っていた。


「まあこの程度の魔術が出来なきゃ監察者失格だからな。
さて、どんなお仕事が待っているやら、開けてみるとするか。」


右手の人差し指と親指で対象物を指し示し、薬指をはじいて最後の呪文を唱える。

封筒の裏面にびっしりと埋め尽くすように書かれた魔術法程式が徐々に封筒から剥がれるように浮かび上がる。これが第2の封印の正体だ。

面白いように剥がれた文字がゆるやかにテーブルの上を昇りはじめると空間上の魔術法程式と打ち消しあって消滅していく。

パチパチと弾けるその姿は線香花火に似ている。

もう少し部屋が暗ければ風流なんだが、俺一人で楽しむってのもなんだしな。

チラッと横の相棒を見ると何の感慨も無いらしい。そりゃそうだな、理解できないか…。


念を入れてもう一度封筒を確認する。大丈夫みたいだな…。

ペーパーナイフで丁寧に封を開けると中には便箋が2枚と写真が1枚だけだった。

写真だけを手に取り、じっくり眺める。余計な情報無しで観察する事が重要だ。


「これが地獄行きの切符の中身か…。ん…、女の子!? この子が対象者?」





          to be continue…





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最終更新日  2007/09/13 02:45:06 AM
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