やっぱり読書  おいのこぶみ

やっぱり読書 おいのこぶみ

2008年11月25日
XML
カテゴリ: 読書感想

 再読のきっかけはMSKさんの 「敗者への生への想像力」 というブログ。

 MSKさんにコメントを書こうとして、20余年前に読んでいるのにすっかり内容を忘れたことに気がつき、パラパラめくっていたら引き込まれてしまった。

 その内容がちょうど「埼玉と中野の元厚生事務次官ら殺傷事件」容疑者の暗い闇を彷彿させるのではないか、と連想したからだ。もちろん同じではない。

 たぶんわたしがストーリーを忘れたのは余りにも理不尽な暗いテーマに辟易したからだと思う。やわなわたしだ。

 私の好きな藤沢周平作品は 『三屋清佐衛門残日録』 『海鳴り』 など中期のどちらかといえば透徹した目で淡々と振り返っているような、しみじみしたものであった。(全作品を読んでいるわけではないが)

 ところがこの初期の作品は作家自身も 「書くことでしか表現できない暗い情念」 と書いているように、ものすごく暗い。

 中篇「又蔵の火」のあらすじは、放蕩者の兄を殺した(血は繋がっていないが)叔父に仇討ちをしかけ、凄惨な斬り合いで叔父も自分も相打ちとなって死んでしまう。

 一族の困り者、ほんとにどうしようもない粗暴な悪い奴である又蔵の兄、でも弟には「殺されて当然」と人々に安堵され、忘れられてしまうことが許せなかった。

  兄がどうしてそうなったか、作者はそれも簡潔に書いている。複雑な生い立ち、部屋住みという不安定な立場、庶子というさげすみ、大きく言えば封建制のしがらみに縛られた人間、弟もそうだった。

 だからといってその悩みのために傍若無人にふるまっても受け入れられない。気づいてもらえない痛みに弟は「火」を見た。理不尽な怨念だ。

 この作品は時代に場を借りているけれど、現代に噴出す怨念はあふれる如く、さもあろうと想像する。作家というものは才能があると、恐ろしいものを抉り出してくるものだ。けれど噴出すものは作品だけで沢山だ。

 ああ、もう忘れられなくなってしまった作品である。     






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008年11月25日 11時02分05秒
コメント(4) | コメントを書く
[読書感想] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ

利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:『又蔵の火』藤沢周平(11/25)  
alex99  さん

> 兄がどうしてそうなったか、作者はそれも簡潔に書いている。複雑な生い立ち、部屋住みという不安定な立場、庶子というさげすみ、大きく言えば封建制のしがらみに縛られた人間、弟もそうだった。

> だからといってその悩みのために傍若無人にふるまっても受け入れられない。気づいてもらえない痛みに弟は「火」を見た。理不尽な怨念だ。

ーーーー
幾たびの戦いに勝利する英雄には巨視的な視点で「英雄譚」や「歴史書」が書かれるのは当然として、私たちレベルの「私的」な小さき存在についても、それなりの光が当てられ「無名小英雄譚」ともいうべきものが秘かに書かれる

そんな想いがするのが藤沢作品かも知れませんね


(2008年11月25日 11時24分46秒)

さすがだなぁー  
msk222  さん
「厚生事務次官ら殺傷事件」の真相はわかりませんが、容疑者の、少年時代と現在の人相の激変ぶりに、又蔵の兄の、そして弟の、こころの闇が現実に再現されていると思いました。
これを書けた藤沢周平にも、その闇を垣間見る機会があったからこそ書けたのでしょう。しかし、闇を闇のまま破裂するまで膨らませてしまわないカタルシスが藤沢周平にとっての小説であったと思います。
いま上でコメントしたalexさんの今日の復刻記事も、やはりカタルシスができて今がある。
このへんが、僕ら凡人と達人の違いかなとも…。

いえ、僕には又蔵になるほどの勇気もありませんが(笑)
(2008年11月25日 11時55分51秒)

alex99さん  
ばあチャル  さん

>幾たびの戦いに勝利する英雄には巨視的な視点で「英雄譚」や「歴史書」が書かれるのは当然として、

そういう人々がいなかったら人間の文明はなかったでしょうから、良くも悪くも認めましょう(笑)

>私たちレベルの「私的」な小さき存在についても、それなりの光が当てられ「無名小英雄譚」ともいうべきものが秘かに書かれる

>そんな想いがするのが藤沢作品かも知れませんね

働きありさんでもいいのだけれど、どんなありさんだったか知ってもらいたいのも人間、ひかりをあててくれる作品には引かれてしまいます。

(2008年11月25日 15時56分11秒)

msk222さん  
ばあチャル  さん
報道中の「厚生事務次官ら殺傷事件」は本当はどうなのかこれからわかるかもしれない。しかしおっしゃるように

>容疑者の、少年時代と現在の人相の激変ぶりに、又蔵の兄の、そして弟の、こころの闇が現実に再現されていると思いました。

と、わたしも直感しました。

>これを書けた藤沢周平にも、その闇を垣間見る機会があったからこそ書けたのでしょう。しかし、闇を闇のまま破裂するまで膨らませてしまわないカタルシスが藤沢周平にとっての小説であったと思います。

そこが一般人と違うところ、芸術家は自分の血肉を昇華させれるんですよねとうらやましがってもしょうがないけど。

>いま上でコメントしたalexさんの今日の復刻記事も、やはりカタルシスができて今がある。
>このへんが、僕ら凡人と達人の違いかなとも…。

そう、とくにわたしはやわな人生だったわ(笑)

>いえ、僕には又蔵になるほどの勇気もありませんが(笑)

ひよぇー(笑)


(2008年11月25日 16時13分21秒)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

プロフィール

ばあチャル

ばあチャル

コメント新着

ばあチャル @ Re[3]:白内障手術(06/11) todo23さんへ メガネの話題でもりあがる…
todo23@ Re[2]:白内障手術(06/11) ばあチャルさんへ 会社にいる頃は遠近両用…
ばあチャル @ Re[1]:白内障手術(06/11) todo23さんへ 「近く」を選択すると読書…
todo23@ Re:白内障手術(06/11) ばあチャルさんは「近く」を選択したので…
ばあチャル @ Re[1]:年賀状じまい(01/07) オーキリさんへ お互い元気で何よりです…

お気に入りブログ

10/7:二部谷コタン… New! 天地 はるなさん

土井裕泰「平場の月… New! シマクマ君さん

中国とドイツの関係… New! tckyn3707さん

ブルーオーシャン New! 七詩さん

私の音楽音楽鑑賞シ… New! alex99さん

不思議な類似に驚い… New! analog純文さん

フリーページ

耽溺作家の作品群


山本周五郎の世界


清張ワールド


クリスティの手のひら


時代物の神様正太郎


宝石箱


子供の頃の読書


作家別読了記録【あ】行


【あ】 日本文学


【ア】 外国文学


【い】 日本文学


【イ】 外国文学


【う】 日本文学


【ウ】 外国文学


【え】 日本文学


【エ】 外国文学


【お】 日本文学


【オ】 外国文学


作家別読了記録【か】行


【か】 日本文学


【カ】 外国文学


【き】 日本文学


【キ】 外国文学


【く】 日本文学


【ク】 外国文学


【け】 日本文学


【ケ】 外国文学


【こ】 日本文学


【コ】 外国文学


作家別読了記録【さ】行


【さ】 日本文学


【サ】 外国文学


【し】 日本文学


【シ】 外国文学


【す】 日本文学


【ス】 外国文学


【せ】 日本文学


【セ】 外国文学


【そ】 日本文学


【ソ】 外国文学


【た】行


【た】 日本文学


【タ】 外国文学


【ち】 日本文学


【チ】 外国文学


【つ】 日本文学


【ツ】 外国文学


【て】 日本文学


【テ】 外国文学


【と】 日本文学


【ト】 外国文学


【な】行


【な】 日本文学


【に】 日本文学


【ぬ】 日本文学


【の】 日本文学


【ノ】 外国文学


【は】行


【は】 日本文学


【ハ】 外国文学


【ひ】 日本文学


【ヒ】 外国文学


【ふ】 日本文学


【フ】 外国文学


【へ】 外国文学


【ほ】 日本文学


【ホ】 外国文学


【ま】行


【ま】 日本文学


【マ】 外国文学


【み】 日本文学


【ミ】 外国文学


【む】 日本文学


【メ】 外国文学


【も】 日本文学


【モ】 外国文学


【や】行


【や】 日本文学


【ゆ】 日本文学


【ユ】 外国文学


【よ】 日本文学


【ら】行 【わ】行


【ラ】 外国文学


【り】 日本文学


【リ】 外国文学


【ル】【レ】【ロ】 外国文学


【わ】 日本文学


【ワ】 外国文学


【共著】【マンガ・コミック】


「読みたい本・注目の本」記事録


『世界の「今」に迫る10冊』


吉屋信子『私の見た人』の昭和の作家


ウェヴスター『あしながおじさん』に出てくる本


日本の作家(ちくま日本の文学全集収録)


昭和の作家(1962年 朝日新聞記事より)


映画鑑賞会


2024年


2025年


カレンダー

キーワードサーチ

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: