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シド・スミスさんが2001年に発表したキング・クリムゾン伝記本の大幅増補版。やっと届きました。内容が倍増し、ほぼ別の本というような内容に仕上がっています。以前の出版時からだいぶ年数が経っているので、その間のことも追加されてますが、新たにわかった古い事象についてもかなり追加されてるようです。以前私が発見しシドさんにお伝えしたジョン・ウェットンが1968年にルーマニアツアーに行った件も紹介されています。これだけの膨大な情報量となると日本版制作はかなり難しそうです。やるとしても相当の長期化と専門知識の結集がないと困難じゃないかと。。。また日本版が仮に出されるとしたなら、価格も相当行きそうですね。シドさんに前の日本版と比べた写真を送ったらお気に召したようですw
Nov 28, 2019
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ジェイミー・ミューアが1980年に英国に帰国後、カンパニーに参加した際のBBC放送音源などが二枚組LPとなってHonest Jon's Recordsから発売されてます。LP1面と3面が1981年6月29日放送分でベイリーの他、近藤等則氏他が参加した演奏。LP2面と4面が7月7日放送分で、リンゼイ・クーパー、ジョージ・ボーンらに混じりジェイミー・ミューアも参加しています。フリー・インプロヴァイゼイションの為、この手のを初めて聞く方は面食らうかもしれませんが、貴重な記録であることには変わりはありません。発売直後は一時入手が難しかったのですが、今は少し落ち着いてきたのかも。演奏者の写真がドーンと出てるジャケットはなかなか良いです。
Nov 24, 2019
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いつの間にか寒波が到来する季節です。
Nov 20, 2019
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なんじゃこりゃ?King Crimson Live At The Marquee (July 6, 1969) - "21st Century Schizoid Man"
Nov 17, 2019
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ブリン・ハワースはいつも輸入盤ばかりで日本盤CDを今まで買ったことがなかったので購入。1980年発表のギャップは、最終曲がゴードン・ハスケルとの久々の共作。二人の合作というと1967年に出されたRupert's People名義のHOLD ONが有名ですね。実際は作、演奏ともにFleur De Lysがスタジオで手がけた曲でしたが。スタジオセッションでゴードン・ハスケルとブリン・ハワースが二人で作ったのに。実際にレコードが発売されるとブリンの名前は作者クレジットから外され、歌詞を少し手直ししただけのコンダーとリントンの二人が作者に加わったのでした。当時レコーディングでドラムを叩いたFDLのキース・ガスターは今も「許せない」とその事件を語ってたインタビューがありました。二人が久々の楽曲制作をともにしてたのはどういう経緯かわからないです。1980年というとハスケルがRCAで二年のソングライター契約を結んでいた期間中でしたので、彼から売り込んだのかもしれません。あくまで想像ですがw日本でのリイシューなのでそこら辺の情報でもライナー書かれてるかと期待しましたが、まったく書かれていなかったです。ライナーの内容も間違えた情報も掲載されててちょっぴりがっかり。どうしてライターさんはしっかり情報を集めないのでしょうね。残念です。作品自体はもちろん素晴らしいです。A&Mから離れ自由な環境を得たのびのびブリンが堪能できます。
Nov 17, 2019
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YES研究者としても知られるデヴィッド・ワトキンソンさん。特にジョン・アンダーソンが60年代に活動したウォリアーズなどの写真展を開けるほど猛烈な秘蔵写真などをお持ちです。この方の書いたウォーリアーズからイエスに至るまでを描いた書籍が12月に出るそうで、現在バーニング・シェッドで予約受付がはじまりました。日本への送料含めると約5千円と高価ですが、250部の限定ハードカバーなのでちょっぴりお値段も張りますwしかし彼しかもっていない貴重な情報の数々にそそられて予約しちゃいました!リンクはこちらですhttps://burningshed.com/david-watkinson_jon-anderson-and-the-warriors_book
Nov 15, 2019
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長ったらしいタイトルですが、本来のLPジャケットにはバンド名とか演奏者の判る表記は、帯以外表面には一切ないという妙なアルバムです。これに1977年当時のゴードン・ハスケルが在籍して活動していたJOEが関わっております。ジャケットにmemories of CHI YOと書かれてますね。チヨというから最初入手する以前は奥村チヨのカバーアルバムかと勝手に思い込んでましたwでも違うのです。日本で尺八を用いた邦楽と洋楽の融合作品を数多く手がけていた、故・村岡実さんが1977年に加藤ヒロシさんのプロデュースでJOEらと共演したアルバム。実は本作、加藤さんが3年がかりで洋楽と邦楽をコラボさせようと様々な企画を考えた末、ようやく実現した作品だったようです。ツイッターにて当時のML記事他を見させてもらいましたが、加藤さんがJOEのメンバーを引き連れて来日し。1977年の6月から7月にかけて制作したということでした。アルバムの裏面のクレジットにも6月17日から7月5日まで、レコーディングでメディアスタジオ、キングレコードスタジオ、音響スタジオ、サンライズスタジオと都内で場所を変えて収録を続けていたようです。(当時の記事だと関西地方でギグを行う日もあったそうですが。)JOEのこの来日写真はその来日時にとられた一枚なのでしょうね♪ただし、場所はわかりませんw 関西まで行ったときに撮ったのかな?レコーディングには数多くの邦楽演奏者とともにJOEの他にも洋楽畑の日本人演奏者も参加しておりハルヲフォンの近田さんや小林さんも二曲ほどに参加しています。またセッションにはローランドと神田商会からシンセやギター/ベース、そしてエフェクター類も提供されていたとジャケ裏に記載されてました。だからJOEのメンバーがギター抱えてバカやってるんですねwライナーノートにはライターによるJOEメンバー紹介も書かれているのですが、これが相当いい加減で間違いだらけですw 加藤さんに対する誤解もですが、ハスケルが出した最初の二枚のソロアルバムのプロデューサーが「イーグルスやストーンズで知られるグリン・ジョンズ」と間違いが書かれてます。グリン・ジョンズがハスケルと関与したのは1966年のFleur De Lysセカンドシングルでのお話。ま、昔の音楽ライターも情報がないため、適当に仕事でこなしちゃったということなのでしょうけれどもw日本で収録されたセッションテープは、英国に持ち帰り、アイランドスタジオとベイジングストリートスタジオでマスタリングされたと記載されてます。ライナーに書かれた加藤さんの裏話では、日本の梅雨を避けたかったのだが、何とか録音できたので英国でのマスタリングでどうにかからっとした音に仕上がったてな感じにその顛末を明かしてました。長年、JOEの来日については謎のままで、ハスケルさんに質問してもあんまり覚えちゃいないみたいで、今まで把握できてませんでしたが、どうにかやっとその時期の様子が掴めた感があります。でも78年といえばロック雑誌読みまくり、レコード屋に散々入り浸っていたのにこの作品は知らなかったなあ。。。知らずにそのままこの世を去るところでしたw(まだまだその気はありませんが)ハスケル関連は収集するにも難儀な作品が多いため、ファン泣かせな部分は多々ありますが、こんなのもありましたよーという事で今回はおしまい。ちなみにこのLP、たまにオークションにでると結構な値段になるようです。村岡さんの作品って名作といわれるLPに数万する高額LPもありますから、そのせいでもあるのでしょうね。私も清水の舞台から久しぶりに飛び降りましたwではまた♪
Nov 13, 2019
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