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この映画を久々に見て、「鳥」という映画が、このような内容であったのかと驚いた次第である。これは人の記憶のあやふやさか、それとも人生経験によるものか、そういうものであろう。今回見て感じたのは、この映画は「裏窓」や「北北西に進路とれ」のような、洒落た、そして痛快な娯楽映画ではない。人間関係のドラマとしては、暗く鬱々とした雰囲気である。以前見たときには、この映画の主役はティッピ・ヘドレンとロッド・テイラーで、その脇にスザンヌ・プレシェットとして見ていたが、今回、見ると主役はジェシカ・タンディである。ティッピ・ヘドレンは、それに対する脇役であり、ロッド・テイラーは、ほとんど存在感がない。こうした人々が演じる諍いと対立のドラマに「鳥の襲撃」というエピソードが絡み、これによって人々の諍いは和解に向かいつつあるが、それは決して解決ではない。ティッピ・ヘドレン演じる救われるべきヒロインは、神経がやられてしまう。「鳥の襲撃」の原因も判らず、主人公たちは車で脱出するが、果たして目的地に無事にたどり着けるのかどうかは判らない。数年後に登場するアメリカン・ニューシネマの先取りをしたようなラストである。
2011年07月31日
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「午前十時の映画祭」でヒッチコックの渡米第1作「レベッカ」を見る。この映画のラスト、「R」の刺繍が炎に包まれていくシーンから「市民ケーン」を思い出した。「市民ケーン」では、「Rose bud」の文字が炎に包まれていく。「レベッカ」が1940年、「市民ケーン」はその1年後であるので、もしかしたらオーソン・ウェルズが、ヒッチコックに影響を受けたのかも知れない。この二つの映画、実によく似ている。ファーストシーンは大邸宅である点も同じである。また、「レベッカ」が、全く姿を見せなることのない、今は亡き先妻レベッカという人物の追求が物語の骨格のひとつであるが、「市民ケーン」もまた、「バラのつぼみ」という謎の言葉を残して死んだ新聞王ケーンという人物の追求であったという点も同じである。
2011年07月30日
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「星新一が、新しい魅惑の星へのルートをつくり、小松左京がそこをブルトーザーで地ならしし、光瀬龍がパイロット・カーを駆る」これは日本SF黎明期の構図であるが、ここに登場する3人の作家のうち、星新一、光瀬龍は既になく、小松左京が亡くなられた。心よりご冥福をお祈りしたい。小松左京は、私のSF体験の始まりの作家の一人である。私が好きな小松作品としては、何よりも「果てしなき流れの果てに」である。これほどスケールの大きな作品は、今後も生まれないのではなかろうか。小松SFといえば、長編を思い浮かべるが、短編にも素晴らしい作品がある。「お召し」「新趣向」「召集令状」「夏の終わり」「牛の首」エネルギーに満ちた途方もない創造力と想像力の持ち主であっり、そこから鋭い文明批評が展開されたが、現体制への刃になっていないのが残念であり、不思議であった。
2011年07月29日
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毎年のことであるが、夏休みになると子供向けの映画にほぼ全スクリーンを占拠されるシネコンであるが、そんな中で、これはもしかしたら意外な傑作かと思うのが、「実写版・忍たま乱太郎」。監督が、どんな題材でも引き受ける三池崇史。サービス精神にあふれた彼の演出が、実は大人も楽しめる内容になっているのではと期待するのであるが、どうなのだろうか?松方弘樹、中村獅童、石橋蓮司、平幹二朗といったベテランがキャスティングされているのも期待を高めるが、主役の加藤清史郎が全くダメな私としては見る気が今、ひとつ盛り上がらないというところ。
2011年07月28日
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「大鹿村騒動記」は現時点では長崎の公開予定はない。このような作品はプリント本数などの事情で地方公開は遅くなりがちなので、あきらめてはいない。そのうち長崎セントラル劇場での上映が決定されるのではないかと期待している。2008年、「闇の子供たち」の長崎公開のときは、阪本監督がおいでになり、劇場でのトークショーが開催された。「大鹿村騒動記」でも、このようなことが実現できないかと期待しているのである。
2011年07月27日
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映画「イヴ・サンローラン」は、2002年の引退表明会見から始まる。その表情には、老いた疲労感があり、世界のファッションを牽引してきたクリエイターの面影は感じられない。映画は直後に、クリスチャン・ディオールの後継者としてスポットが当り、時代の寵児として登場したときの映像が登場する。その二つは年齢差を考慮しても、余りの落差に愕然とする。引退表明の彼にあるのは「老い」というもので片付けられるものではない。クリエイターとして世界をリードし続ける仕事をしつつ、彼の中から何かが失われていったのではなかろうか?美を生み出すということは、もしかしたら、己の中の美を食い散らしていくことではなかろうか。この映画は、タイトルに反して、むしろ、彼の公私共のパートナーであったピエール・ベルジェを描いた内容であったが、イヴ・サンローランの生涯については、引退表明のときとデザイナーとして出発したときとの姿の落差で言い尽くされているのかも知れない。
2011年07月26日
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73年から75年にかけては原田芳雄が頭角を現してきた時期である。具体的には次の作品で確かにその通りである。赤い鳥逃げた?(1973年)竜馬暗殺(1974年) 田園に死す(1974年)祭りの準備(1975年)この時期は「仁義なき戦い」シリーズが圧倒した時期でもある。「仁義なき戦い」が1973年で、完結編が1974年である。1975年は「仁義の墓場」と「県警対組織暴力」であり、まさに深作欣二が日本映画を制圧した時期。そんな時期に原田芳雄が「仁義なき戦い」シリーズにキャスティングされなかったことが奇異に感じられる。もし、彼がキャスティングされていたら、どの人物を演じたのであろうか?「仁義なき戦い」シリーズだけでなく、原田芳雄と深作欣二は意外なほどに縁がない。出演作としては「柳生一族の陰謀」と「いつかギラギラする日」があるが、小さい役である。これは一体、どういうことなのか?原田芳雄と深作欣二という、最も相応しいコンビになりそうな二人が、ほとんど顔を合わせていないことは実に不思議なことである。これは単に、たまたまの出来事なのか?それとも・・・?
2011年07月25日
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原田芳雄という俳優は、出演しているだけで、その作品に重みを与えたように思える。「亡国のイージス」では総理大臣の役で出演。事件発生の報告を受けたときの「なんで、俺のとき(任期中)に起きるんだ」という意味のことを、ある種投げやりに言い放つその口調は、原田芳雄だからこそ、作品の中で活きてきたのではないか。阪本順治監督作品の常連出演者であったが、主演ではなく、常に脇役で作品を引き締めていた。そして、阪本監督と原田芳雄の願いがかなって初の主演作「大鹿村騒動記」が遺作になってしまったことが悲しい。この作品は原田芳雄自身が発案であったという。この作品は、長崎では公開予定がなく、私自身が見ていないのであるが、黒木監督の戦争レクイエム3部作への出演の延長線にあるのかも知れないと勝手な予想をしているところである。
2011年07月24日
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原田芳雄といえば、「バンザイ」を思い出す。「バンザイ」ではなく、「バンザァーイ」だったと思う。映画「祭りの準備」のラストシーンのことだ。原田芳雄が演じるのは主人公の幼馴染。殺人を犯して逃げ回るダメな男。一方の主人公は、地元の信用金庫を辞めて、映画の仕事をしたいという当てのない夢を追って東京へと出て行こうとしている。その駅で二人は出会う。これから夢の実現に向けて東京へと出かける主人公を「バンザァーイ」と叫びながら送り出す。狭い世界の故郷から出ることが出来なかった自分自身を後悔と共に顧みて、これから当てもないのに夢を追って東京へ出ていこうという友へ、自分が果たすことのできなかった夢を託すかのように「バンザァーイ」を繰り返す。原田芳雄という俳優に強烈な印象を受けたのは、「反逆のメロディー」であるが、何かと思い出すのは、この「バンザイ」シーンなのである。
2011年07月23日
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7月14日に貞永方久という映画監督が亡くなったことにどれくらいの人が注目したであろうか。松竹の監督で、「球形の荒野」、「黒の斜面」、「流れの譜」などがあるが、実はそれほど目立った存在ではない。貞方監督のデビュー作は、山根成之との共同監督による「復讐の歌が聞こえる」。これは原田芳雄の映画デビュー作でもある。それから数日後に、その原田芳雄が亡くなった。まるでフランソワ・トリュフォーの後を追うように亡くなったオスカー・ウェルナーのようだ。この二人は「華氏451」撮影中に不仲となったが、貞永方久と原田芳雄はどうであったのだろうか?
2011年07月22日
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「なでしこジャパン」に国民栄誉賞をという授与すべきという声があるという。優勝したことは、賞賛すべきことではあるが、では、国民栄誉賞に値することか。「なでしこジャパン」が勝ち進む中で、初めて「女子サッカーにもワールドカップがあったのか」と、ほとんどの人が知ったのではなかろうか。国民全体が熱狂的に応援し、みんなが喜んだというのは、マスコミの捏造ではないのか。喜ばしいことだから、国民栄誉賞をという声が出てもいいのだが、それでは「はやぶさ」のプロジェクトチームに国民栄誉賞をという声があがってもいいはずだ。また、初土俵から23年、1047勝で現役を引退した大関魁皇もその価値はあるのではないか。国民栄誉賞とは選出の基準も不明確で、要は政府の人気取りの道具であることが判った一幕ではないか。「震災後の日本を勇気づけた」と言われるが、実は政府こそ国民に勇気づける存在なのだということを忘れてはいないか?
2011年07月21日
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「これが、あの原田芳雄か!」とその容貌のあまりの変わり様にショックを受けた。主演映画「大鹿村騒動記」の試写会に車椅子姿で登場したときの姿である。原田芳雄は、大丈夫だろうか、また、あの元気な姿を見ることが出来るのだろうかと、そればかりが心配であったが、やはりそのときが来た。無頼の徒から権力者まで、そしてあるときは父親役を、それぞれ圧倒的な存在感を示してくれた。この人が出ていることで、その作品の重みが増した。黒木和雄、阪本順治とのコンビは忘れ難い。日本映画の大事なものが失われたような感じである。ご冥福をお祈り致します。
2011年07月20日
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イヴ・サンローランの半生を描くドキュメンタリーであるが、デザイナーとしての生き方やその真髄を描くというものではなく、40年以上もの間、公私共にパートナーであったピエール・ベルジェ氏により語られるイヴ・サンローランである。内容はむしろ、イヴ・サンローランを失ったベルジェの孤独感が描かれたように思える。二人の美術品のコレクションがオークション会場に運ばれる際に、壁から絵がかずされ、そこに何もない壁だけの空間が生じた、その空疎さがベルジェの心を表しているようである。この映画を見ながら、私は「シングルマン」を思い出していた。愛する者を失った哀しみと孤独感に満ちた作品であったが、この監督トム・フォードは、イヴ・サンローランのクリエイティブ・ディレクターであったわけで、この作品と無縁ではない。「ジュリエットからの手紙」は、ヴァネッサ・レッドグレーヴとフランコ・ネロの愛のドキュメンタリーであったように、この映画「イヴ・サンローラン」はイヴ・サンローランとピエール・ベルジェの愛のドキュメンタリーである。長崎では、この2作品は共に上映中である。
2011年07月19日
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この映画には、過去のヒット作、話題作、傑作の要素を詰め込んでいるのであるが、肝心の最後のエピソード、エイリアンに捕らえられた少年が、その思念でエイリアンの気持ちを変えてしまうという危機一髪の逆転には、全く説得力がない。要は「E.T.」のクライマックス・シーンを流用しただけ。「E.T.」とほぼ同時期に公開されたジョン・カーペンターの「遊星からの物体X」は、エイリアンの性格は全く逆である。その「遊星からの物体X」に「E.T.」の交流シーンを持ってきたら、物語が破綻するであろう。今回の「SUPER8」は、実は、そのような乱暴なことをやっているのである。少年の思念がエイリアンに通じるとするなら、その前にそのような伏線をはっておくべきなのであるが、それはない。この映画、「スタンド・バイ・ミー」の女の子を入れた設定で、親たちの反対を押し切って、様々な工夫で映画を作り上げる少年少女たちの物語に徹していれば、もっと傑作になったのではなかろうか。
2011年07月18日
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スティーヴン・スピルバーグ製作、J・J・エイブラムス監督という組み合わせに過剰な期待感を抱いたわけではないが、実際に見てみると、何かが不足している、今ひとつ何かが足りないのである。内容としては、1979年のアメリカの田舎町を舞台に8ミリカメラで映画創りに夢中になる少年少女たちが、撮影中に列車事故に遭遇した為、国家が絡む不可解な事件に巻き込まれ、冒険を繰り広げるという内容である。こうした内容だけでスピルバーグ・タッチであり、その世界が連想されるのであるが、内容としては「E.T.」、「未知との遭遇」を思い起こさせるシーンがたっぷりで、更に「グーニーズ」や「スタンド・バイ・ミー」にも近い。「スタンド・バイ・ミー」に女の子を一人加えるとどうなるかという内容ではなかろうか。そうした少年少女たちの喜び、悩み、哀しみなどの思いをたっぷりと描きながら、冒頭の迫力たっぷりの列車事故など見せ場はたっぷりなのであるが、見ている者としてはいまひとつ、乗れない。不満なのである。それは、おそらくエイブラムス監督のスピルバーグへのオマージュだけが先行して、観客へ見せるということを忘れてしまったせいではないか。監督が、敬愛する製作者に対して、「あなたのことはここまで深く愛しています」という点に集中しすぎたのではないか。そこには「観客」へのサービスは全く感じられない、ただの内輪話でしたかない。
2011年07月17日
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「アメイジング・グレイス」でウィリアム・ウィルバーフォースを演じたヨアン・グリフィズは「キング・アーサー」でランスロットを演じた俳優であったのか。この「キング・アーサー」は、グエナヴィアとランスロットとのロマンスが描かれない異色版であったが、ヨアン・グリフィズはランスロットのイメージ通りであった。ランスロットを演じた役者としては「剣豪ランスロット」のコーネル・ワイルド、そして「キャメロット」のフランコ・ネロ。いずれも適役だと思う。他にはどうであろうか?ご存知の方、教えていただきたい。こうして並べてみると、「トゥルー・ナイト」のリチャード・ギアが最も似合わないと思うが、こう書くとギア様ファンから怒られるかな?
2011年07月16日
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「ジュリエットからの手紙」のヴァネッサ・レッドグレイヴとフランコ・ネロとが初めて出会った作品「キャメロット」は1967年の作品。アーサー王がリチャード・ハリス、王妃グエナヴィアがヴァネッサ・レッドグレイヴ、そして騎士ランスロットがフランコ・ネロというキャスティング。物語を動かしていくのは、この三人による三角関係であるが、アーサー王が築きあげた理想の世界が崩壊していく、そのきっかけが、どうしようもない「愛」であったという皮肉な物語である。もちろん、その崩壊の過程では人間が持つ、野心、嫉妬、憎悪などもあるわけで、そうした人間の心の持ち方が理想を崩していくという物語は、1967年というアメリカン・ニューシネマが登場する時代だからこそ出来たのかも知れない。監督はジョシュア・ローガン。格調高い史劇にミュージカルを取り込んだことが必ずしも成功はしていないが、この二人の出会いと共に印象に残る作品である。美貌よりも意志の強さが先行するヴァネッサ・レッドグレイヴであるが、この作品の彼女は可憐で美しい。
2011年07月15日
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映画の中でウィリアム・ウィルバーフォースたちの少数派の戦いを見ながら思ったことが、もし、これが独裁的な専制君主の国であれば、どうなのだろうかということだ。もし、独裁者や君主が奴隷貿易は国にとって恥ずべき行為であり、これから益を得ることは国としていけないこと、またこれにより益を受ける人があってはならないと判断したら、即、問答無用で奴隷貿易は廃止されたであろう。議会制民主制であるから、実現が遅れたとも言える。この映画も、そして「アレクサンドリア」も民主主義の限界を描いていると言えよう。「アメイジング・グレイス」も「アレクサンドリア」も、より多くの人々、多様な意見を出すことが、ベストな解を得ることとは限らないことを描いている。民主制も衆愚制も紙一重である。また効率という面から言えば、専制君主制の方がはるかにいい。「政治にリーダーシップを」とはよく言われることであり、最近の日本では特にそれが期待されている。しかし、リーダーシップは独裁にもなりかねない。リーダーが常に賢いとは思えない。私は、賢い君主は期待できないと思うし、衆愚制になるかも知れない可能性があっても、ウィリアム・ウィルバーフォースのような人物が議員として活躍できる民主制を選びたい。
2011年07月14日
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この映画は2006年の作品。どういうわけか日本公開が遅れている。しかし、この映画はイギリスにとって非常に重要な映画なのであろう。この中で描かれる奴隷貿易廃止200年という節目にあたる年に公開されるようなそんなタイミングなのである。奴隷貿易廃止の中心になったウィリアム・ウィルバーフォースの半生を描いたこの作品は、単に彼や彼の同志たちを賛美する、あるいは苦難を乗り越えて奴隷貿易廃止が決定される偉業の瞬間のカタルシスを描いたものではない。その意味では、ハリウッド製娯楽映画とは一線を画していると思う。そもそも非人道的な制度であることが理解されながらも、廃止が実現できない最大の要因は、奴隷貿易の恩恵に浴する有権者たちであり、財政的な事情、フランスとの経済戦争であった。このあたりの議論が描かれるが、これを見ながら、私は現在の原発論争が連想された。原発が危ないことは判っているが、それが廃止できない事情はただ単に経済の問題である。生命の尊厳ではないという点は、実は21世紀の日本も19世紀のイギリスも同じである。200年前の過去を描いた映画であるが、現在の日本にも当てはまる内容である。
2011年07月13日
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この映画の主役は何と言ってもヴァネッサ・レッドグレーヴとフランコ・ネロであろう。この二人がいなければ、この映画の説得力、つまり若い二人の恋の為に背中を押す場面の説得力は生まれなかったのではなかろうか。1967年の「キャメロット」で二人は初めて出会う。「ヴァネッサ・レッドグレーヴ自伝」によると、フランコ・ネロを最初に見た印象は「彼ほどハンサムな男に出会ったことはなかった」というもの。「ジュリエットからの手紙」の二人を見る限り、それは、単に役柄を忠実に演じているというより、最初に出会ったときの想いがそのままであることがひしひしと感じられるのである。また、その自伝によると出会った当初、フランコ・ネロの一家が住んでいる北イタリアのパルマ郊外の家に二人で訪問する場面があるが、この映画のロレンツォ・バルトリーニの家の状況そのままである。そんなことを考えると、この映画「ジュリエットからの手紙」は、ヴァネッサ・レッドグレーヴとフランコ・ネロの愛のドキュメンタリーという一面があるのではなかろうか。
2011年07月12日
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九電の「やらせメール」問題であるが、こうしたことを社長自らが指示をしたとは思えない。会社がこのような問題を抱えているときに、社長からの指示はなくとも積極的に、ごく自然に「やらせメール」のようなことを行うのが中間管理職の役割であり、九電の体質であろう。しかし、これは九電だけではなく、あらゆる企業に当てはまることであろう。更に言うと、企業だけではなく自治体の組織にも当てはまることであろう。「やらせメール」の疑惑について県議から指摘を受けていたにも関わらず放置した県側も九電と体質は同じであり、同罪である。「県議の指摘は具体性がなかった」というのは言い訳でしかない。更に、古川佐賀県知事に対し、九電の歴代佐賀支店長ら幹部が過去4年間で計42万円の個人献金を行っていたことも判っているが、佐賀県自体が、どちらの方を向いているかは明らかである。それにしても、こういうときに一体何を信じればいいのか?信じることが出来るのはひとつだけ。原発は危険であるということだ。
2011年07月11日
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張芸謀の「HERO」は、まさにオールスター・キャストであったが、ドニ・イェンは、最も目だ立たない扱いであった。しかし、私には、彼が演じる長空という槍の使い手が最も印象に残った。彼のアクションにはある種の品格が感じられたのである。その品格は、今回の「イップ・マン葉問」でも同じように感じられた。ドニ・イェンが持つ一種独特のたたずまい、これがこの作品への起用に決まったのではなかろうか。この映画においてドニ・イェンはいくつかのアクションを演じているが、すべてパターンが違う。まさにドニ・イェンアクション博覧会という趣である。ボクサーとの対決が最もハードであるが、私はサモ・ハン・キンポーとの対決シーンが最も印象に残った。これは、まさに芸術品とでもいうべきものだ。この作品ではラストに思いがけない場面があった。ブルース・リーとの出会いのシーンである。映画史を変えたスター誕生の瞬間である。しかし、そのシーンは実に何気なく描かれている。その何がなさこそが涙が出るような感動を与えてくれる。「イップ・マン 序章」も是非、見たい。
2011年07月10日
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<本件は主催者からいただいた情報。転送・転載歓迎ですので、読まれた方、ご賛同の方はどうかよろしくお願い致します> 福島原発事故からまもなく4ヶ月を迎えますが、作家の大江健三郎さんやミュージシャンの坂本龍一さんなど9人が呼びかけて、署名や集会などを全国的に取り組む「さようなら原発1000万人アクション」がスタートしました。ここを参照してください。 被爆県・ナガサキで活動するものとして、原発事故によって放射性物質が拡散し多くの人々がヒバクしている現実を看過することはできません。そしてこの不幸な出来事を人類への警鐘と受け止めつつ、エネルギー政策を転換させて持続可能で平和な社会の実現をめざしたいと考えております。 そこで、「アクション」に呼応した取り組みを展開するために、下記の通り集会を開催してより広範な県民運動として推進したいと思います。ぜひ多くの皆様の参加をお待ちしております。日 時 7月11日(月)18:30~20:00場 所 長崎県教育文化会館2F大会議室内 容 ・「さようなら原発1000万人アクション」について ・福島からの報告(福島県教組郡山支部・鈴木浩行書記長) ※なお、下記の座り込みも紹介します。【ノーモア・ナガサキ!ノーモア・フクシマ!脱原発7・11座り込み】日 時 7月11日(月)11:00~12:00場 所 爆心地公園主 催 長崎県高齢者退職者問題連絡会、長崎県平和運動センター、 長崎県原水禁内 容 福島現地からの報告、7・11アピール採択などその他 雨天時は教文会館に変更します。当日の午前9時頃に平和センター事務局に問い合わせてください。 **************************************** 原水爆禁止長崎県民会議 長崎県平和運動センター 〒850-0031 長崎市桜町9-6 E-mail:ngs-heiwa@vesta.ocn.ne.jp****************************************
2011年07月09日
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原田芳雄が闘病中である。新作「大鹿村騒動記」が公開待機中である。闘病中とはいえ、俳優としての気力は全く衰えていないようで、どうかここは病を乗り越えて次の新作を期待したい!
2011年07月08日
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松本治一郎は部落解放運動の黎明期からのリーダーであり、「部落開放の父」と呼ばれる存在である。この松本治一郎については、東映で映画化されている。タイトルは「夜明けの旗-松本治一郎伝」である。主人公を演じたのは伊吹吾郎、監督は山下耕作。まさに任侠映画のようなスタッフ、キャストであるが、東映映画であれば、当然であろう。内容としては主人公を過剰に賛美するでもなく、エネルギッシュにそしてある種の格調を持って演出された映画であたっと記憶している。1976年の作品で東映としては実録路線が行き詰まり、次の鉱脈として「トラック野郎」はヒットの手ごたえを得て、もうひとつ路線を模索していた中での一本ではなかったのかと思わせるものであった。話題のというか問題の松本龍は、この松本治一郎の孫であり。孫とは言っても、父の英一氏が養子であるというそのような関係。そのような関係とは言いながらも、松本治一郎の孫が復興担当大臣になるとなれば、弱い立場の人の気持ちが判った人間が、それに相応しい地位についたと、期待もあったはずであるが、そうした期待も実はほとんどなかったのではないか。実は部落開放同盟自体が、「差別される側」が権力を持ち、従来の権力以上に高圧的な強健的な「権力者」としてふるまってきたという「実績」があったのではないか。松本龍氏は、そのような中で政治家としてのふるまい方を身につけてきたのではなかろうか。東映もここで再度、不良性感度を発揮して「実録・震災復興」を映画化してはどうであろうか。
2011年07月07日
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本日7月6日で、このブログ開設2700日目である。2700という数字に、それほどのこだわりはないかも知れないが、一応、記録として。2700日と言っても、昨年は5ヶ月間に休止をしており、昨年の今頃はちょうど休止期間であった。現在の一日の平均アクセス数は391。これはが、昨年の休止する直前のもの。とにかく続けよう。次の目標は一日の平均アクセス数400か?総アクセス数200万か?
2011年07月06日
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言い訳の仕方もいろいろとあろうが、九州人と血液型B型であることを言い訳にされてもこれは実に困るぞ。単に品がないだけではないか。
2011年07月05日
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久々の痛快活劇娯楽作である。タイムリミット・サスペンスとでもいうべきか。今回の場合、孫文を、彼をねらう暗殺団から1時間だけ守るという時間設定があり、まさに「ミクロの決死圏」と同じようなドラマ設定である。香港に上陸した孫文たちを乗せた人力車が街の中を疾走すると、そこに次々と浴びせられるボウガンの矢の群れ。そのスピード感、躍動感溢れる映像が素晴らしい。結末は、ほぼ予想はつくが、スリリングで見ている側もヒートアップする。孫文を守る側の義士団の意外なところは、皆、孫文の革命思想に共鳴したというのではなく、個人の人生に決着をつけようという動機が半分以上という点。しかし、そこにドラマ的効果を生み出す要因があり、一人一人の過去のエピソードが効いている。義士が死ぬと、その都度、名前と生没年が表示されるのは、「仁義なき戦い」の影響か?こういう作品を見ると、日本のアクション映画は、まだまだ発展途上でしかないと思った。
2011年07月04日
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7月2日から長崎ではドニー・イェン主演作が公開。「孫文の義士団」と「イップ・マン 葉問」である。「イップ・マン 葉問」はセントラル劇場であるが、これは1週間のみ。「孫文の義士団」はシネコンのユナイテッド・シネマで、こちらは第1週が2回だけの上映で、来週以降はどうなのか?
2011年07月03日
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東映が不良性感度で売って、東映の映画館にいるのは、やくざか変質者かと言われた時代、松竹と東宝は「優等生的」で「さわやか」を売り物にしていた。特に松竹の場合はホームドラマ的味わいの作品で主流であった。同じテキヤを主人公にしても、松竹だから「男はつらいよ」であり、東映なら「関東テキヤ一家」であろう。現在は、作品はすべてシネコンでの上映であり、各映画会社のカラーや個性は失われている。シネコンにおいては、むしろ個々の会社のカラーは邪魔なのかもしれない。もし、東映が「徳川女刑罰史」を新たに創ったとしても、このような作品がシネコンにかかるとは思えない。映画の「不良性感度」発揮を邪魔にしているのは、シネコンの存在なのかもしれない。
2011年07月02日
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妻夫木聡と武井咲で「愛と誠」がリメークされるという。監督が三池崇史であるから、それなりの面白さは保証されるのであろうが、30歳の妻夫木の高校生役はどうなのか?岩清水弘は誰が演じるのか?まさか松山ケンイチではないだろうな?!
2011年07月01日
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