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さて、素敵な結婚式や友人との再会を済ました次の日の朝は5時前に起きて7時の飛行機に乗るために移動、移動、移動。寝過ごしてはいけないという気持ちと、やたらのどが渇いて、何度か起き、その度に給水。きっと昨日の白酒のせいでしょう。日本で飲むのも、雰囲気あれば問題なし。みんなガンガン干してました。4日もいた東京に別れを告げ、今日からまた仕事だわっしょい。大阪は雨。9時過ぎに会社に到着→出張のまとめ等々。今日はさっさと帰ろう。東京の話はまた後日。
2006年01月30日
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会場に行くと、takaさんがロヤルゼリーを飲んでいました。そして、shinさんはガスター10しっかり用意して待っていました。リーガオさんはいつもの笑顔でいました。この後披露宴でえらいことになるんですが。はらけん夫妻には、上海での失態を懺悔するいい機会だということで、式の前に十字架の前で懺悔しました。式には、ダスティンホフマンの『卒業』みたく、TOSHIさんが式最中に遅れて入ってきました。新婦を抱えてどこかには行きませんでしたけど。披露宴では、新郎が空を飛びました。こんな風に(撮影byはらけん)念願の夢が叶ったそうです。余興では、新婦の友人のゴリエダンスに、ポンポンを渡されたせいか、調子に乗って陣形を崩しに行ってしまいました。いつもの悪い癖がでました。やっぱり、披露宴から白酒を飲みました。異様な雰囲気となりました。僕らのテーブルは、新郎新婦をゴールとした場合の、3-5-2システムの司令塔ポジションでした。 ___ |ゴール| 新郎 新婦 FW ○ ○---------------------- ○ MF ○ ココ ○ ○ ○---------------------- DF ○ ○ ○ガンガン白酒のパスを出していきました。司会の人は、司会オブ司会でした。結婚式をするのなら司会選びは大切です。披露宴でじゃんすさんにはめられました。いきなり、前に出ていくことになりました。自分は「この日のために毎日8時間の猛特訓をした人」らしいです。頭の中は、何かせねば!といろいろ考えてみたのですが、一つしか思いつかず、こうなったら、「白酒飲むしかねえな」と決め込んでいたのですが、司会の人がうまくフォローしてくれたので、流れに身を任せていたら、何とかなりました。簡単なコメントを求められたのと、後は支配人以下、従業員と一緒にダンス。ワンテンポ遅れながらも必死にくらいついて踊ってました。なんせ毎日8時間練習してたんですから!!しかし、途中、前に出て行って踊っていたら、急に従業員に止められました。その瞬間、「なんで?この人はなんで俺を止めるの?っていうか前に出されたんやけど...」 と、楽しさから一瞬で引いてしまったんですが、その後近くで宙返りをする従業員を見て納得。「なるほど」最後はやっぱり調子に乗ってしまったようです。その時はなかなか見られない顔を出していました。披露宴が終わってから、司会の人に話を聞くと、じゃんすさん曰く、「自由に余興をさせると何するか不安なので、決まった枠の中でやらせた」とのことです。この言葉は、僕を扱う人にとってはかなり重要になってくるし、自分にとっても身にしみた言葉でした。じゃんすさんは人を見る力があります。じゃんすさんの下で働こうかなあ。なんて。ほんと披露宴は、最高のエンターティメント性を兼ねそろえたもので、心に残りました。実は、きたむーと計画して電報を出していて、読まれるかなあと思っていたらそんな時間なかったみたいです。残念!きたむー。ってことで、このblogで内容UPします。「ご結婚おめでとう。論子さん、中国ではウイグル族と間違われるかもしれないけれど、おいしい白い酒を持ってお待ちしております。北京GREE会一同」です。さて、二次会は大手町。関西人にはどこかさえわからないのさ。タクシーで移動。(じゃんすさん支給)着くなりTOSHIさんtakaさんが作ったビデオの最終チェック&音映像のチェック。わからないなりに協力。そしてなぜか音響。それも2人いるため音響2。他のみんなも何も言わなくても会場の中の足りないものややるべきことをしだす。さすがやねえ。そして人もだんだん入ってきて、2次会もスタート。2次会からはxiaomiさん、コズエ姉さん、小龍さんたち合流。久しぶりの再会。もちろんグラスの乾杯する音は何度も繰り返される。中国生まれの透明な液体で。新郎も今日はいつもよりハイテンションで呑みもぐいぐい。もちろんサシで新郎と乾杯。緑の奴で。でも、調子乗って入れすぎた。いやあ、やばかったですねえ。だって、呑んだ後こんな顔なってますもん。まあその後も、日本の抵抗のないみなさんに注ぎにまわる。はらけんさんかだれかの言った「白酒は舌で味わうものじゃなくて、のどで味わうもの」という講釈をそのままパクリ、xiaomiさんのウエイトレスと、中国男児たちのパワーを持って「干」「干」「干」。なかなかみんな飲みます。今日は全体的に少なめだったんで、ぶっ倒れる人はいませんでした。ぶっ倒れられたら困るんですけどね。そんなわけで、2次会もビンゴやらダンスやらで盛り上がり、ビデオでも谷さんがいい事言ってました。ほんとTOSHIさんお疲れです。2次会も終われば次は3次会。これまた先に動いてくれる方々がいて、はらけんさんリーガオさん感謝です。東京駅近くのお店へ。幹事で打ち上げ。その後店の時間若干OVER気味までわいわい。そしてみんな寝床に帰っていきました。北京や上海、天津、いろんなところから祝いに来てくれるじゃんすさんはほんと幸せものですね。奥さんも、最初慣れるまで大変かもしれないけど、面白いようなしょうもないような奴らも一杯いるんでまた一緒にご飯とか食べに行ってみてください。僕もまたどこかでお会いできればと思ってます。北京か大阪か、世界のどこかで。ほんと、じゃんすさん、奥さん、結婚おめでとう!!Oh Happy Day!!
2006年01月29日
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さあて東京2日目。2つお客さんのところに行った後は呑み。北京日本人会留学生委員会なる組織に属していた時の友人と、語言大学の日本人会の2代目会長。これから就職活動する奴と、今までしてきた人間とが一緒だといいかなと思ってのセッティング。また、他の友人も何人か連れてくるらしいからそれも楽しみにしてました。なのに...仕事も早く終わり、携帯を取り出すと、ものすごく暗い声で伝言メモが。「cmoookさん、今日行けなくなりました...」その申し訳なさと、切実さはよくわかりました。また、機会があるでしょう。てなわけで、幹事脱退で一波乱。それはそうとしょうがないので銀ブラしながら目的地のリクルートビルに向かう。途中、ハイアールの広告だったり、エルメスやヴィトンのビルを見てすげえななんて思う。リクルートビルもだいたい場所がわかり、その後店にも行ってみる。なるほどなるほど。そんでもって、よくよく地図をみてみると近くにもう一つリクルートビルが。なーんだそっちか。時間通り。どきどきしながら待ち合わせ場所に行くが、だれもいない。?さては中国的な集合なのか。すると、一人から電話。場所がみんなわからないらしい。確かに、歩く人歩く人みんなプリントアウトした地図持ってました。店で集合ということで、店に。がやっぱりなかなか来ない。みんなぎりぎりまでお仕事なのね。お疲れ様です。ようやく2人が来たんだけど、後輩がずーーーっと迷ってる。更に、携帯を忘れたらしく、何度も公衆電話からかけてきてくれる。最終的に、近くのホテルで合流。会えてよかったです。結局4人となり、なぜか一次会からバーな4人は、自己紹介みたいな今何やってんのみたいな話をする。さすがに中国関係で、みんな仕事が近い。話がよくよくわかりました。さすがにバーで腹を膨らます事はできなかった。幹事は呑みたかったことだけは理解する。続いて、中国人の店員のいる友人のいきつけの居酒屋へ。新橋の地下にあって、中はサラリーマンで一杯。ちょうど席もあり、そこで仕切りなおし。店員との会話もだんだん中国語になってきたりして、盛り上がる。隣の社会人たちも多少巻き込んだりなんかして、楽しいひと時でした。その後、またの再会を期待して解散。東京の終電の乗車率は、鬼でした。なんとか降りたい駅で降りてホテルに帰る。今日のホテルは友人の勤めるグループのホテルで、せっかくなので泊まって文句言ってやろうと思ってました。でも、落ち着きがあって、いいホテルでした。詳細な感想はまたメールで送ります。「the be akasaka」何か久しぶりに「朝生」を少し見て寝る。週末に向けて体調を万全に。
2006年01月27日
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今日の朝日の朝刊のオピニオンから。財界やメディアの一部は「化けの皮がはがれた」という論調だが、これは一般市民の反応とはズレている。堀江社長逮捕の報道に「ホリエモンにかみつかれたメディアによる報復」という見方すらあるほどだ。その温度差が最も興味深い。~引用ここまで(2006年1月25日朝日新聞P35佐藤俊樹氏)~たしかに、メディアの流す報道と感覚的な部分との違和感があったのは間違いない。さらに、面白いことを書いていて、「ライブドアを決して肯定できないけれど、ライブドアが壊そうとしたものは、もっと肯定できない」(引用同上)という、ねじれた感情による感情移入があるのだろうと。今まで大きな権力、既成勢力に立ち向かっていったライブドア。少なからず評価されている。が故に、同時に残念であると皆が思った。また、新たなダーティーヒーロー(ルパンみたいな)の登場を世の中は待っているのだろう。マスコミもまたしかり、新たなネタを待っているのだろう。ある人達は、何かを隠す事に必死なのだろう。あくまで憶測だけど。
2006年01月25日
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明日からの予定。26日:始発で東京へ向かう。朝から晩飯までお仕事。27日:朝と夕方はお仕事。後はマーケットリサーチ。ショールーム周りか。 夜は北京日本人会留学生委員会、略してペ留会のメンバーと呑み。28日:東京ぶらり。友達に会う。だれかいねえかなあ。29日:友人の結婚式。懐かしい面々とも再会。30日:朝始発で大阪に戻りそのまま会社。
2006年01月25日
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例えばあなたの子供が捕まったとしても、あなたは子供の事を信じれますか?アメリカの場合、親は子供を信じ、最後まで子供は絶対そんなことをしていないという。日本の場合、親は世間に申し訳ないと言う。昔なんかで見た本に書いてあった。日本人はコミュニティというものを大事にしてきた。昔でいう「ムラ」だ。ある人はそれを「空気」ともいう。その中の一人として、ルールを守る事が何よりも大切になる。そして、ルールを破ったものは、そのコミュニティで生きていけなくなる。いつしか「ムラ」というコミュニティが無くなり、日本全体が一つのコミュニティのようなものになった。(もしかしたら、会社というのが一つのコミュニティになってしまったのかもしれない。)その中で、異質な存在は時としてヒーローに、時として叩かれた。世間はその時々の「空気」によって視点を変える。その「空気」が作られたものであったとしたら...あなたは誰を信じますか?
2006年01月23日
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最近のライブドア関係の問題に、やたら熱くなってましたね。メディアや手のひら返したような発言をしている人たちへのメッセージだったと思うのですが、彼の価値観に賛同していたのならそれはないだろと。まあ株に関しては、単にお金儲けがしたかっただけなのかもしれないけど、そういったリスクを含めて投資しているはずですよね、投資家の方は。もちろん違法性についてはまだどうなるか確定したわけではないけれど、あったとすれば株主にとっては訴訟問題にもなりうるのだろう。ただ、今まで誰もが踏み込まなかった部分をこじ開けてきた経営に賞賛してきた人達(もしくは中身は知らず周りの流れによってそうしてきた人達)が、急に態度を変えるのはどうか。報道っていい加減だなと日本にいて思ったし、その他のニュースがかき消されている事に、他国も使うメディア手法を思い出した。「分が悪い時は、別の事に気をさらせ」なんかそんな気が誰もがする今回の問題でした。
2006年01月22日
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14日(土)大阪→香港→中国取引先の新年会参加。工場内で宴。15日(日)休みだけど、することもないので出社。数独をしてる。16日(月)お客さんが来たので対応。意外と早くにうちあわせが終わる。夜は取引先の老板の誕生日会。80人ぐらいで宴会。最後はケーキが飛び散る。もちろん老板にもhit。17日(火)新規取引先(工場)の開拓。一人で攻めるが、相手方は一人で来たんかい!って反応を示す。一万人以上従業員がいるらしい。なかなか面白い工場かと。夜は久しぶりに羊しゃぶしゃぶと羊肉串。あと白酒と。北京を懐かしむ。夜はマカオに繰り出す。スパーンと。18日(水)香港→大阪→京都40KG以上の荷物を抱えながら友人のいる京都へ。久しぶりの面子と飲む。日本は寒い。19日(木)出社。大量の持ち帰り物があるので整理。たまった仕事を片付ける。新規営業に同行。説明が不十分なところを反省。外に出る事によってわかることあり。勉強勉強。今日もまた北京の友人と飲む。懐かしい話、略してナツバナに花を咲かせる。20日(金)出社。ある仕事がややこしい話になってきている。日中間のコミュニケーション不足が原因か。今後フォロー必要。花金なんのその、遅くまで残り、オーストラリア産の牛丼とうどんを食べて帰る。21日(土)一日休息。本を読んだり寝たり寝たり。なぜか使っていないクレジットの限度額があがる。
2006年01月21日
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悶々とした一週間。いろんな事に苛立ちを感じながら、そこから目を背けず、解決の道を考えていかなければならぬと思いました。そのためには、自分の中で考えて考え抜いて、そして周りの人に聞いてみる。そして前に進める。周りの人ってのも大事なんだけど。ポジティブに。自分の背伸びしてできることをやってきます。さて、問題の中国へ明日から行ってまいります。新年会もありーのなんで、酒には注意。帰りの香港である人に会えればいいかと。
2006年01月13日
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何でも一人ではできないということ。それが故に、個としてどれだけ際立っているか。つまり存在価値。一つの集団における自分の意味とは。集団においては共通の目的がある。その目的に向けて際立った個と個がぶつかりあう。あくまでその目的のために。サッカーでも仕事でも。子供だってそうさ。
2006年01月11日
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何が難しいかって。古い体制をぶっ壊す事。もちろんいい習慣は残すべきなんだけど。手段が目的となり、意味無く続く事多数。建設的、生産的でない話。自分たち以外の部分への責任転嫁。じゃあ僕らは何をすればいいんですか。思考停止。思考停止。思考停止。「今、天気の話をするのにどんな意味があるのだろう!!」確かドイツ語の先生が言ってた誰かの言葉で、そんな事より大事な事があるだろ!ってのを言いたかったんだったと思うのですが、まさしくそんな感じで。これからもずっとこのままですか。なすすべがないのですか。どんなショックが必要ですか。どんなアイデアが必要ですか。
2006年01月10日
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「ビューティフル」まさしく、そう思えた。今年の高校サッカー選手権で優勝した野洲高校のサッカーは、見ていてとても面白かった。ファンタジスタな後輩がmixiで記事を書いていたのにも少し触発されて自分もコメントを書く事にする。対戦相手だった鹿児島実業も去年の王者であり、全国の中でも有数の強豪。対象的だった2チームが決勝であたった。強いフィジカルをもって勝負する鹿実。テクニックを前面に押し出した通称”セクシー”フットボール野洲。どちらが優れてるとかは、W杯を見ればわかるように最後までどこが勝つのかわからないように、甲乙つけれるものではない。ただ、今までにない新風、優勝した野洲高校の山本監督の言葉を借りるなら「高校サッカーに一石投じた」サッカーだった事は否めない。ドリブルばかりに目がいくが、個人的には中盤でのサイドチェンジの正確さに度肝を抜かれた。解説中に中学校の所属クラブの話が出ていていろいろ調べて見ると、セゾンFCというクラブチーム、そしてそのオーナーであり、野洲高校のコーチもしている岩谷篤人という人物にたどり着く。実はセゾンFCとは小学校時代に対戦したような記憶がある。ぼんやりとした記憶なのだが。高校だけではあのテクニックを身につけるのは難しい。ゴールデンエイジと呼ばれる小学校高学年~中学校あたりの技術の吸収力の高い時期があり、この時期の重要性はサッカー関係者なら言わずもがな知っている。そして、野洲高校のメンバーの半分以上が土台となっているセゾンFC、それを率いる岩谷篤人。ここにからくりがあるに違いない。FCのHPがあって見てみると、少年サッカーにして先を見据えた指導方針が掲げられているのがわかる。実際、Jリーガーを地方クラブから輩出している数も多い。こりゃ道理があるってもんですわね。今、少子化でサッカークラブが合併されている中で、方針なんかぐちゃぐちゃでやっているとこが身近にもあって、それなんかに比べてみると数年後の差が歴然としますね。そういった姿が見えた一つの大会だったのではないかと僕は思います。鹿実の方もそういった下部組織(少年サッカー)を作っているらしく、地域毎にそういった全体で成長を促していく体制が作られているのがまさしく今ですね。地域スポーツ。今はまったく関係ないのだけれど、ものすごく興味を持ってまして、自分の育った所で何か貢献できないかなと考えてはいます。これが10年後となると、少し遅いんですね。一人ではできないので協力者もいるし、何より指導者が。(自分ではない)まあそのためにはまず今の仕事をしっかりとやる事が必要なんです。さて明日からもがんばりますか。
2006年01月09日
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大学時代からよくやっている鍋パーティーが開催。年末にしたかった人もいたらしいけど。夕方から集合だったので市場が閉まってしまう前に急いで車で向かう。大阪の台所「黒門市場」。予想通り閉まりかけ。その中から、アンコウを売っている店を探す。予算を伝えると、アンコウからツバスから鮭に昆布、いかそうめん、さらにはまぐり一個までおまけしてもらう。お得感いっぱいで友達の家に戻る。ほかのメンバーも来ていて、みんなで準備。日本の味噌だと薄かった味が、韓国味噌を混ぜるとしっかりした味に。そんなこんなで、満足した後は団欒。テレビを見て、酒を飲んで、古今東西をして、酔っ払って寝る。
2006年01月08日
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さて仕事始まって2日目。寒波も来ていることで年末に買ったハイソックスを履いて出勤。ひざ近くまでくる締めつけ感が何ともいえない。これがわかる人は元サッカー部、元野球部、元バレー部ぐらいなものか。確かに人には見えないが、俺はここまで締め付けられてるんだぞ!っていう何ともいえない気持ちがでてくる。そして、裾を上げてもまだまだ靴下があるんだぞ!っていうのをたまに人に見せたくもなるが、そこはあえて見せない。まあそんな事考えながら仕事してたわけじゃないけど。帰ってきてからこれを脱ぐのがまた、カ・イ・カ・ン!なのである。実は、まだ脱いでない。脱いでからのお楽しみはblogを書き終わるまでとっておこう。ただし、一つ難点が。毛深いので、毛達が若干きつそう。まあそれだけなのだが。そんなわけで、そろそろ時間なのでここで終わりとする。ハイソックス同好会副次長 cmoook
2006年01月06日
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1.3.毎年恒例のOB戦。去年は中国に留学中だったため参戦できたなかったが、今年は張り切って参加。グラウンドに行くと既に高校生達にまじって見知ったOB達が試合を。今回は連絡がつかなかったのか、OBの参加は少なめ。あいかわらずのK次郎さんもいるけど。大きなグラウンドでサッカーして改めて実感すること、走れない。自分でもわかる伸びの無さ。情けないです。結構走るプレースタイルだったため、その癖で走ろうとするんだけど、走れない。残念極まりない。昼過ぎまで十分にサッカーした後、近くのファミレスでアフター。昨日同様、仕事の話やら就職の話やら。一つ上の先輩で、人を笑わすために生まれたような人がいるのだが、ドイツにいるとの事なので、今度行く時にはぜひ会おうかと。みんなやってるということで、家帰ってからmixi開いてみたら、後輩やら先輩が多数。マイミク登録しておきました。すでに、家の階段上がるのがきついです...
2006年01月03日
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午後から友達のビートルに乗ってドライブ。竹田にあるグラウンドに到着。三が日からフットサル。僕らの代から4代下まで高校のサッカー部員が集まった。サッカーという目的があるからこそ尚更集まりやすい。3時間という枠の中で、何か月分という運動をした。その後アフターで飯を食う。夜も遅くなったのでまたビートルで帰っていたのだが、地元の友達が同じくサッカーをしていて、今からボーリングをするらしいので合流。小学校時代の友人で、現在Jリーグで活躍している彼も来ていた。みんなボーリングうまいうまい。14人いたのに平均130はあっただろう。4ゲーム(自分は遅れて行ったので3ゲーム)して帰る。すでに2時を過ぎている。帰り、地元のサッカークラブでサッカーを教えている友達に家まで送ってもらう。縄張り争いというか、しがらみがクラブ内にあって、理念というものがかけているという話。サッカー馬鹿の友達の話を聞いてて、地域スポーツについて妙案が。さて実現までどのくらいか。周りの助けもいるだろうし、10年ぐらいのスパンでみないと難しいのかな。帰ったのは3時前。明日もサッカーどす。丸いボールを追うのは世界どこに行っても同じです。ただ丸いものがあればよし。
2006年01月02日
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このblogをたまたまご覧になったあなたへ明けましておめでとうございます。このblogを見たのも何かの縁だと思います。今年もよろしくお願いいたします。自分自身、この一年が今後における重要な年であると認識しておりますので、腑抜けている場合は喝を入れていただきたいと思います。あなたにとって素晴らしい年でありますように。2006.1.1. cmoook
2006年01月01日
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