2015.12.07
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アインシュタインの特殊相対性理論(1905年)を解説する大学物理の教科書などの多くは、そのお膳立てとしてマイケルソン・モーリーの実験(引用されるのは1887年)に触れます。19世紀の物理学界では、光などの電磁波が波として伝わるためには何らかの媒体が空間に静止して存在するに違いないと考えられていて、それはエーテルと名付けられていました。マイケルソン・モーリーの実験とは、マイケルソン(Albert Michelson)とモーリー(Edward Morley)の二人が、エーテルの存在を検証するために行った実験で(以下「MM実験」と略します)、地球の自転に平行方向と垂直方向に投射された光の速度がどう変わるのかを、干渉計と呼ばれる測定器で計測しようとしたものです。エーテルがもし存在するのなら、横と縦の光の到着がわずかにずれるはずだという前提で考えられた方法です。実験の結果、ずれは検証されず、よってエーテルは存在しないか、あるいは実験の精度が足りないかのどちらか、ということになりました。

多くの教科書が、MM実験 ―> アインシュタインの理論へと話を進めるのは、時間的な前後関係(1887年から1905年)という点と論理的な筋道ということがあると思います。そこに含意されているのは、MM実験の結果の説明のためにアインシュタインは特殊相対性理論に達したという点です。一般読者向けに書いた(1917年)アインシュタイン自身の説明でも、MM実験の役割について述べています。また、1922年に京都大学で行った「いかにして私は相対性理論を創ったか」という講演でも、アインシュタインは次のように語っています。
最初私が相対性原理を立てようという思想を得たのは、およそ十七年前でした。それがどこから来たかということは、もとより明確には言い表わすことは出来ません。しかし、それがもちろん、運動体の光学に関する問題のなかに含まれていたのは確かです。エーテルの海のなかを透して、光は伝わってゆきます。そしてそのエーテルのなかを、地球はやはり動いています。もし地球から見たなら、エーテルはこれに対して流れているのです。けれども、このエーテルの流れを明らかに私たちに実証するところの事実は、物理学の文献のなかに少しも見出すことが私に出来ませんでした。 私はそこで、どうにかしてこのエーテルの地球に対する流れ、即ち地球の運動を実証して見たいと考えました。私は当時、この問題を自分の心に起こしたとき、エーテルの存在と、そして地球の運動とを決して疑いはしなかったのでした。そこで、一つの光源からの光を適当に鏡で反射せしめ、地球の運動方向とこれに反する方向とに従って、そのエネルギーに差のあるべきことを予想し、二つの熱電堆を用いて、これに生ずる熱量の差によってためそうとしました。この考えは、丁度マイケルソンの実験に於けるものと同様でありますが、私はまだこの実験を充分に明らかにしなかったのでした。しかし、私がまだ学生としてこれらの思考を自分にもっていたときに、このマイケルソンの実験の不思議な結果を知り、そしてこれを事実であると承認すれば、おそらくはエーテルに対する地球の運動ということを考えるのは、私たちの誤りであろうと直覚するに至りました。(注1)
これを読むと、MM実験の説明のためのアインシュタインの理論、という方向性は正しいように思えます。

ところが、アインシュタインが特殊相対性理論を提唱した1905年の歴史的な論文では、MM実験については触れていません。「私が展開した理論にとっては、エーテルのような絶対静止空間があろうとなかろうと関係ない」というように書いているのです。現代物理を問答形式で説明した片山泰久著「現代物理入門」(講談社学術文庫、1976年)には、<問い>としてこうあります、「電磁気学の背景にあったエーテルの問題が、アインシュタイン(1879-1955)が特殊相対性理論に達する踏み台になったと本で読んだことがありますが、そうでしょうか」。片山の答えは、「・・・その(「MM実験の」引用者注)説明のためにアインシュタインは特殊相対性理論に達したという話でしょう。ところが実際には、彼はその実験には全然関心がなかったのです」。

アインシュタインの書簡や京都での講演などから、アインシュタインがエーテル及びMM実験について関心を持っていたのは確かなことのようですから、片山の「全然関心がなかった」というのは誇張だと思われます。が、なぜ論文の中で触れなかったのか、それは謎です。できるだけ簡潔明瞭にするために、展開している理論とは直接関係のないことは切り捨てた、ということかもしれません。そもそも、アインシュタインの1905年の論文のタイトルは「運動する物体の電気力学について」だったのです。

注1 ドイツ語で行われたこの講演を書き取り和訳したものが、「アインシュタイン講演録」(石原純著)に掲載されているそうです。原本は手に入りませんでしたが、ネットで見つけた小山慶太の論文からの孫引きです。(「アインシュタインの初期の手紙とエーテルの問題」、早稲田人文自然科学研究、第32号、昭和62年10月)





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最終更新日  2015.12.07 08:29:39
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