1年生の現代文、やる気のない生徒たちを相手にして、私までがやる気をなくすところであった。
気づかせてくれたのは、数学のK先生。韓国語の習得にも励んでいるK先生は、もちろんのことながら本業の数学の授業でも創意工夫を怠らない。
1時間目の終了後、図書室でK先生と話をしていてハッと思うところがあった。
授業、特に現代文の授業は生ものである。生徒の発言を引き出しながら、その時によっていろいろなルートを辿りながら着地すべきところに着地させる。だから、反応がない生徒を相手にするのは面白くもないし、つらいものがある。
しかし、反応があろうとなかろうと、教師がすべきことが大きく変わるはずはない。また、反応がなくても、それでやる気がないとも決めつけられない。ここひと月ほど、そんなことを見失っていたように思う。
教師が熱を失っていたら、生徒もますますやる気をなくすだけだろう。怒っても嘆いても、疲れるだけでなにも変わらない。
目の前の生徒をよく見ること、迎合するのではなく彼らが求めている以上のものを、あるいは求めていなくても必要としているはずのものをきちんと与えること、そして熱を失わずに根気よく教えていくこと。
反省すべきは、自分自身だった。批判されなければならないのも、また教師自身である。
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