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「運」を研究している私ですが、最近重大なことに気づき始めています。「才能の神隠し」というものです。この世の中には、いろいろと飛びぬけた才能や能力を持った人達が一定数いますが、「才能」や「能力」というのは、何もある特定の天才や秀才だけが持っているものではありません。私たち誰もが、自分の得意分野や強みを持っており、それが「プロのレベル」とまではいかなくても、その知識や技術を持っていない他の人達の助けになったり、場合によっては貴重な貢献になったりすることはいくらでもあります。セミプロレベルの一般の人達はたくさんいますし、「自分には才能や強みがない(悩)!」と思っている人でも、何かしら他の人より秀でている能力分野、というのがあるものです。また、「飛びぬけた才能や能力を持っている」ということと「運の良さ」との間にも、特に相関性はありません。普通、才能や能力に恵まれていたほうが「運が良い」ような気がしますが、「才能や能力」と「運の良さ」というのは全く別物です。もちろん一流のアスリートや芸術家、企業家など、運と才能の両方に恵まれて活躍している人達も当然たくさんいますが、はっきりいって「氷山の一角」です。これは、「運」を研究していると統計上よくわかるのですが、意外なことに、いわゆる「才能や能力に恵まれている人」であると思われる人達のほうが、そうではないと思われる人達よりも、実際には「運がよくない」というパターンが往々にしてあります。とても不思議なことです。才能や能力には恵まれているけれど、努力は苦手、とか才能や能力には恵まれているけれど、性格や人間性に問題がある、とかそういったことが特にないにもかかわらず、です。これは決して変な「優劣」のお話では全くなく、年齢、性別、健康状態、社会的地位に一切関係なく、学生さん、主婦の方、サラリーマンの方、自営業の方、経営者の方、スポーツ、文芸、経済、福祉、教育、ありとあらゆる分野において、実際統計を取ってみると、例えばIQが高め目の人、EQが高めの人、スポーツで秀でたスコアを出している人、ビジネスやクリエイティブな分野で活躍している人、アイデアが豊富な人、コミュニケーション能力が高めの人、多くの人から好かれる人望のある人、多くの賞を取っている人、よく昇進する人、ユーチューブやSNSなどのネット環境で活躍している人、どれをとっても、なんと「本当にトップ上位5~10%くらいの人の運の良さが、だいたいその下の30~10%くらいの範囲にいる人達に劣っている」というあり得ない大逆転現象が起こっているのです。私はこの結果を見た時に、正直大変驚きました。本当に不思議でなりませんでした。普通、才能や能力に恵まれていて、かつ人間性も豊かで世の中にすごく貢献している範囲の人達が、どちらかと言えばそうではない範囲の人達よりも「運がよくない場合が多い」などとは思いもしません。そこでハッとするのが、逆に「天才は短命である」とか「才能ある人ほど不幸である」といった、歴史上の才能あふれる人達が「活躍できなかった」逸話の数々です。場合によっては、亡くなってから何百年もたって、やっとその才能が認められてブレイクする天才たちもいますが、彼らがまだ存命だった頃、いったいどんな気持ちで自分の生き方をとらえていたのか、とても興味があります。また、存命中に才能を世に認められながらも、「運」のサポートを得られなかったように思われる天才たちも多数います。シンガーソングライターの尾崎豊さん、XJapanのヒデさん、宇多田ヒカルさんのお母さんである藤圭子さん、画家の山田かまちさん、みなさん、素晴らしい才能の持ち主で、多くの人を感動させてきましたよね。凄い貢献力を発揮していたはずでした。また、これはあくまで私個人の意見であり、人それぞれ好みや志向というものがあるのを分かった上で、賛否両論はあるかとは思いますが、例えば、現在活躍中のアーティストやクリエイター、アントレプレナーたちの中で、素晴らしい才能をお持ちで、かつ人格的にも優れていると思われ、ある程度の地位や多くのファンがいながら、業界でそのお評価があまりにも不自然なくらいに「過小評価」されてしまっている、と私が感じる人達としては、オランダのシンガーソングライター、バレンシアさん、(1990年代に「ガイア」のシングル及びアルバムで一世を風靡しました)日本のシンガー&ダンサー、三浦大知さん、(ユニットフループ「Folder」で、小学六年生でやはり一世を風靡した天才シンガーです)映画「ロード・オブ・ザ・リング」で魔法使いガンダルフを演じた、俳優、イアン・マッケランさん、(数々の映画や舞台で一流の演技を見せ、イギリスの「ナイト」の称号も授与されていますが、未だにアカデミー賞を受賞されていません)日本の起業家・経営者である、堀江貴文さん、(異端児のようなパワーでその言動が賛否両論を生んでいますが、私は、彼の才能は歴史上の「科学者」達のように、時代が彼に追い付けていないのだと思っています。)まだまだ例を挙げたらキリがないので、ここで終わりにしますが、正直なところ、みなさんも日常で身近に感じたことはないでしょうか。本当に正直に、正直に。どう考えても、巷に出回って流行っているものよりも素敵に感じられる、こんな素晴らしい音楽や絵などのアートを生み出しているのに、なぜか売れなかったアーティストたち。どう考えても、世間でベストセラーになっている本よりも内容が濃くて心に響く、名著や良書の名もない著者や作家。どう考えても、芸能界で売れている俳優・女優・タレントよりもはるかに存在感のあるユニークな名優、脇役、タレント。でもなぜか、世間ではこういう「真に実力と才能のある努力家」達が「不自然なまでに」日の目をみないことが多々起こっています。「不自然なまでに」というのがポイントです。この素晴らしさであれば、絶対にある程度のポジションまでは行くはず、行かなくてはおかしい、サポートしてくれる人達も一定数ちゃんといる、そくらいの逸材であっても、です。こういう「逆転現象」が普通にまかり通り過ぎているのが、現代の世の中です。90年代以前の昔、特に60年代、70年代、80年代~90年代までは、もっと素直にストレートに「本当に素晴らしい才能たち」がちゃんと評価されていた時代でした。これは、映画界でも、テレビ界でも、文芸界でも、音楽界でも、もちろん一般の私たちの教育現場や仕事現場でもそうでした。ではなぜ?現代では特に「真に才能のある者」たちが「不自然なまでに」まるで「わざと」評価されないでいるような事態になっているのでしょうか。その横で、なぜか「(正直)そこまででもないんじゃ?(謎)」と思われる人や団体や企業がやたらと持ち上げられて、スポットライトを浴びているような現象が頻発している。。(実際には、優れた面を持ち合わせているからこそ、それなりのスポットライトを浴びることになってはいます。ご了承ください。ただ、それがちょっと「不自然」なんですね。。なぜか「(光り輝く)こちら」を無視して、それより微妙に光が弱い「あちら」を選択する不可解。。?)これにはある理由があるからです。この世というのは「2対8の法則」というもので成り立っています。「2対8の法則」を聞いたことのある人は多いと思います。例えば、会社でモーレツに仕事ができる人が全体の2割いて、その2割の仕事のできる人達が、その会社の仕事の実に8割の生産性を上げている、学校でモーレツに勉強のできる生徒が全体の2割いて、その2割の勉強のできる生徒たちが、その学校の成績全体の8割に影響を与えて、学校偏差値を上げている、世界の資産の8割を、世界の人口の2割のお金持ちが所有している、など、要は、全体の「2割」が残りの「8割」のインパクトを全体に与えている、という法則ですね。実際に数字的に「2割」というよりも、「2割」が影響力のある「マイノリティ」「8割」がその他の「マジョリティ」である、という概念です。そして、天才だけでなく、私たち一般人が持っている、真に素晴らしい有益な「才能」や「能力」というのは、立場や環境が違っても「その全体」の中では明らかに「マイノリティ」です。だからこそ、「素晴らしいものの影響力(マイノリティの影響力)が計り知れないほど強いため、それを「排除」しようとする動きが8割のマジョリティから出ざるを得ないのです。2割が活躍し過ぎると、残りの8割にはにはあまりにも都合が悪すぎるわけです。だって8割こそが「大多数(マジョリティ)」なのですから。これは、才能や能力が凌ぐ「天才の世界」だけのお話ではなく、本当に身近な一般人である私たちの普通の現実生活にも、そっくりそのまま当てはまるのが、このお話の恐ろしいところです!そこで「やっと」本題です(長い!苦笑)一部の天才方はここでは置いておいて、まず私たち。一般人である私たちが、大なり小なり持っている能力や強みを生かして何かしようとする時に、「あなたを押さえつけようとする力」を感じるときはありませんか?実際に誰かに邪魔をされるとか、アクシデントが起きて予定がキャンセルになるとか、といった「現実に起こる妨害」もあると思いますが、ここではその逆です。「自分で何か物事を起こそうとすると『意地でもそれが起きない』」という妨害。*「現実に起こる妨害」については、過去記事☟【魔界の意図!?】上手くいき出すと必ず「邪魔」が入る人には、一体何が起きているのか!?【これも魔界の意図!?】あなたの能力&才能、ひょっとして「封印」されたりなんかしていませんか?に詳しく書いています。ちょっとややこしい表現で申し訳ないのですが、この「自分で何か物事を起こそうとすると『意地でもそれが起きない』」という妨害。多分、これ、多くの人が「それわかる!」と思われるのではないでしょうか。目に見えて発生する妨害はわかりやすいものですが、この『意地でもそれが起きない』という可逆的妨害。とても気持ちの悪いものです。私たちが何か善い目標を作って、達成しようと努力する、ちゃんと順序を踏んで準備する、周囲の人からも承認や協力をいただく、喜んでくれる人達も現れ始める、もっともっと頑張る、自分の能力が生かされ始める、普通、ここまでやったら何かしら形になるはず、実際にこのパターンで形になっている人達は他にもたくさんいる、そのパターンよりも、もしかしたら自分の目標には勢いがあるかも?そして周囲を巻き込んでどんどん上昇気流に乗っていって、さあ!いよいよ結果がでるよ~~と思った瞬間。あれ?突然波が引く。あれ?あれれ!?どうした、この後退感。。。(焦)何の理由もないのに、何の障害物も(一見)ないのに、あと一歩、二歩、なんだけれど。。この不自然なほどの「波の引き方」は何?あれ!?いつの間にか、このプロジェクトもその進行具合もあのエネルギッシュな上昇気流も、ええ~っつなんか、全部「無かったこと」になっている!!!初めから「何も起きてなかった」かのように。。。この非常に不気味な後味の悪い感覚、わかりますでしょうか?これが、一度や二度ではなく、何か善い目標を達成する行動をあなたが起こしだすと、その途端に、この『意地でもそれが起きない』という現象に苛まれる。。そしてもう一度気を取り直して一からやり直そうとするも、すでに何か強力な見えない力に押さえつけられて、身動きができなくなっている感覚。。まるで何かに押さえつけられているような感じで。ガリバー旅行記の主人公ガリバーが、小人たちに「磔つけ」にされているような感覚です。その横で、何やら別の団体が、次から次へとミラクルを起こし始める。。。でも、あれ?そのプロジェクト(目標)、よく観察していると、あまり善い目的に感じられないのですが。。。あまり能力も生かされていない感じがする上に、誰かの自己愛を満たすだけになっているような。。おまけに周囲に貢献している気配がない。。。運を研究しているにもかかわらず、私などは、日常茶飯事でこの「あなたを押さえつけようとする力」に遭遇しています。これ、あなたの能力や才能の「神隠し」です。あなただって、あれだけミラクルを起こし始めて、それも自分の能力を生かしてる。誰かの役に立っている。とても素敵なアイデアや目標だった。。。これが形なっていたら、きっと幸せになっていた人達がたくさん現れていただろうに。。。。。「いいもの」を持っている人が、その素敵な能力や才能を「隠されてしまう」ことはよくあります。この記事の始めのほうに書いた、今世の中に出回って流行っているように見える、音楽や文芸やビジネスよりも、本来はるかに輝いている「名もない天才」。いつか必ず何かに貢献できるような、とてもいい能力を持っている、磨けばもっともっと輝くはずの一般の私たち。どちらにも起きている現象は同じです。「才能の神隠し」。あれだけ輝いている、あれだけポテンシャルを放っているあなたの「能力」が、他の人達や世間に見えないわけがないのです。あれだけ光っているんですもの。実はちゃんと見えているはずですよ。「脅威」として。微妙に意図的に「無かったこと」にされている、されてしまった「才能」や「能力」は、至る所に倒れています。。。(泣)むしろ、私たち一般の人達のほうが、その持っている能力や才能を「無かったこと」にされる頻度が高く、深刻なことかもしれません。そうして何度挑戦しても、不自然なくらいに自分の能力や才能や努力は「無かったこと」にされるので、ついには本当に「自分はたいしたことない」と認めさせられるというわけです。本当は「たいしたこと大有り」なのに!そして記事の最初で書いたように、能力や才能があるのに「運」がついてこない、という負のスパイラルにどんどん陥っていきます。「才能の神隠し」は、「あなたを押さえつけようとする力」です。「自分はこんなもんじゃない!」と思うことは、実はとても大切です。「運」を研究していて、たくさんの「幸運」に恵まれている人達を見てきましたが、実際に「あなたはこんなもんじゃない!」ということが多いです。あなたが「こんなもんじゃない」からこそ、神隠しに遭遇するんです。神隠し側も人を選んでいますから。。(苦笑・全く迷惑な話ですが。。)では、「あなたを押さえつけようとする力」が強大な場合は、一体どうすればいいのでしょうか。押さえつけようとする力が強大な場合、それなりの覚悟をもって事にあたらなければなりません。これはあなたが「運」をコントロールしようとする時の大きな障害になるからです。関連記事☟【幸運泥棒】~あなたから運も才能もエネルギーも奪う「運泥棒」の話「運泥棒」と「才能の神隠し」はセットで発生します(怒)。稀に全く別の現象として別々に起きることもありますが、だいたい「才能の神隠し」の被害の真っただ中にある人が、更に「運泥棒」に目をつけられて、運やエネルギーを持っていかれていることが多いですね。光っているから。輝いているから。徐々に体系的に記事をテーマごとにまとめていく予定ですので、どうぞ、気長にお付き合いいただければ嬉しいです!
Jun 30, 2020
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前回は、【前編】ちょっと怖いスピリチュアル的『ガスライティング』(スピリチュアル・ストーカー)のお話としてお届けしましたが、今回は、その後編です。モラハラやパワハラ、DV(ドメスティック・バイオレンス)などの、ターゲット被害者に対する心理的虐待である「ガスライティング」が、なんと、スピリチュアルの世界(目に見えない精神世界)でも繰り広げられている!というお話です。そうです。実はこの「ガスライティング」は、なんと、「スピリチュアルの世界」では、日常的に頻発しているのです。「スピリチュアル」と書くとちょっと語弊があるかもしれないので、「目に見えない精神世界」とでもしておきましょうか。この目に見えない精神世界で起きている「スピリチュアル的ガスライティング」は、今までお話してきている「エネルギーの法則」の上からも、非常に忌々しきことなのです。これは、過去の記事【魔界の意図!?】上手くいき出すと「邪魔」が入る人には、一体何が起きているのか!?【これも魔界の意図!?】あなたの能力&才能、ひょっとして『封印』されたりなんかしていませんか?に書いてあることと凄く関係があるのですが、私たちが調子よく物事を進めている時に、あまりにも不自然な形で、何等かの「邪魔」が入ってくることがよくあります。「邪魔」として降りかかってくるのは、何も、現実に存在している他人が、その実際の行動で邪魔してくるものばかりではなく、ここでいう「邪魔」とは、例えば、「不自然なくらいタイミングが悪くなる」とか、「急に電話やインターネットが繋がらなくなる」とか、「意気揚々と取り組んでいるそばから、やる気を削ぐような『まさか』の出来事が起こる」とか、とにかく、前向きに頑張っている私たちに「もしかして、私(私たち)がやろうとしている事は間違っているのか?」と、自分自身を疑わせるような出来事となって現れてくる、ということです。私たちが前向きに頑張っている時、というのは、それこそ「プラスの陽の、明るいエネルギー」で満ち溢れているものです。その明るい高い波動のエネルギーが、一緒に頑張る仲間に伝染したり、関わっていく周りの人達に応援する気を起こさせたり、自分自身の次の目標に考えを巡らせたりする原動力となる、など、とにかく、非常に良い影響力をもってそのエネルギーが、螺旋状にどんどん上に昇りながら増大していきます。そこに「プツン」と邪魔を入れるわけです。一度や二度なら、私たちも負けずに、増大しようしているエネルギーをそのまま維持しつつ、再び取り組み直すのですが、これがあまりにも「不自然に」「執拗に」「連続して」発生すると、あれだけエネルギーに満ちて迷わず進んできた私たちは、急に「不気味さ」を感じるようになります。さっきの「ガス燈」の映画の、被害者である妻のように。ずっと前向きだったのが、いつの間にか徐々に、「実は、自分が間違っているのではないか」「自分がやろうとしていることは、本当は違うんじゃないか」と、自分自身を疑うようになっていきます。また、自分自身を疑うように「誘導」されていきます。「自分を信じる心」という信念を、削がれてしまうわけです。「目に見えない邪魔」、つまり「スピリチュアル・ガスライティング」です。これは、先ほどの3つの過去記事にも書いてあるのですが、私たちのような前向きに頑張っている人達の足を引っ張るような、「ネガティブな想念」によって引き起こされる、「エネルギー的干渉」です。だいたいは「嫉妬」「妬み」「焦り」「恨み」などの独りよがりな負の想念の単体、又は集合体によって、引き起こされます。この世の中に存在する「物質的」「精神的」な事柄は、全て、「振動数(周波数)の異なるエネルギー体である」と、過去記事にも書いていますが、これらの邪魔は、だいたいが、「負の念」という周波数の低くて粗いエネルギーによって引き起こされて、ほぼ「何も悪くない」私たちに、一方的にぶつけられています。「嫉妬」「妬み」「焦り」「恨み」などの負の念というのは、その負の念を抱いてしまう「相手自身の心の問題」であって、本来、負の念を向けられてしまった人達に実際の非があることは稀です。(相手の嫉妬や恨みなどを、あえて増長させてしまうようなことをしなければ、です。)考えたら大変理不尽で迷惑極まりない話ですよね。それでも、たとえその負の念が一方的で理不尽なものであったとしても、原因と結果の法則で、発生してしまった以上(原因)、「負のエネルギー」として具現化されてしまいます(結果)。今日このブログで、とにかくお伝えしたいことは、「上手くいかない」「邪魔が入っているようだ」と感じた時、そのご自身の感覚をしっかりと感じ取りつつ、「前向きな歩みを止めないでいて欲しい」ということです。本当に自分のやり方が適切でないこともあります。実際に方向性がベストではない場合もあります。ただ、その「邪魔」として現れてくる逆境が、「本当に道を正してくれようとしているのか」「実は、自分の進歩を快く思わない存在からの『罠』なのか」しっかり見極めてから、先に進むなり、あきらめるなりしていただきたいのです。ポイントは、「自分が感じ取っている体感」です。「何かがおかしい」という感覚です。自分って、自分が思っている以上に、実は賢い存在だったりします。潜在意識が教えてくれている感覚、人間本能のような感覚、これを絶対に大事にしていって欲しいのです。あなたなら、絶対に大丈夫なので。
Jun 25, 2020
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今日も2回い分けてお届けします。皆さんは「ガスライティング」という言葉を聞いたことはありませんか?これは、モラハラ(モラルハラスメント)、パワハラ(パワーハラスメント)、DV(ドメスティック・バイオレンス)、ストーカー、などと並んで悪質な「虐待」、それも特に「心理的な虐待」の種類です。自分に都合が悪い相手、気に入らない相手、嫉妬している相手、などを「ターゲット」にして、その「ターゲット」に対して、誤った情報の伝達や、些細な嫌がらせを繰り返して、精神的に追い込む「集団ストーカー」の一種です。この「ガスライティング」の由来は、1938年にまず演劇として作製されて、1944年には映画化された、「ガス燈」という物語なのだそうです。どういうストーリーかというと、作品の中で、世間的には仲の良いおしどり夫婦を演じているも、家の中の物を「少しづつ」動かしてみたり、「少しづつ」奇妙な音を立て続けることで、妻の正気を徐々に失わせて追い込んでいく夫と、いくら夫に奇妙な出来事を訴えても「妻の勘違いだ」と夫に「わざと」取りあってもらえずに精神的にどんどん追い詰められていく妻、の悲劇の物語です。ここでは夫が「加害者」で妻が「被害者」です。加害者である夫は、間違った(あり得ない、本来存在していない)情報を、わざと妻に強要し、被害者である妻は、最終的に「自分が間違っているのではないか?」と自信を喪失させられて「自分軸」を失っていく、というものです。加害者である夫は被害者である妻にとって「(精神的)虐待者」であるにもかかわらず、精神的に追い詰められて真実が見えなくなっている妻は、この「加害者である夫」と共依存になってしまい、結果的に虐待を受けながらも離れられない状態となっていってしまうのです。「ガスライティング」は、こうして、心理的にターゲットに揺さぶりをかけることで、相手が自分を信じる心を破壊していきます。自分を信じられなくなった被害者であるターゲットは、自分軸が外されるのですから加害者の言いなりです。実は「モラハラ」や「パワハラ」や「DV」というのはみな、規模や範囲や起きる環境の違いはあれど、この「ガスライティング」のような心理的虐待が原因なのです。これがなんと複数の加害者によって団結された「集団」で行われることがあるのも、「ガスライティング」の非常に恐ろしいところです。最近よく耳にする「集団ストーカー」などは、ガスライティングそのものですね。例えば、つい最近でもSNSを通して、なんと有名人が自殺に追い込まれるなどの悲劇が起きています。「SNS」や「インターネット」上では、実はガスライティングのようなことは日常茶飯事で起こっています。匿名での痛烈な批判や、度を超えた個人批判がそうですよね。インターネット上で痛烈な批判を浴びているターゲットの人にっては、自分のことはガスライティングの相手達に筒抜けなのに、彼らの情報は皆無なわけです。それでいて、自分に身の覚えのないことを仕立て上げられて攻撃を受ける、身に覚えがあったとしても、大袈裟に事実を湾曲されたり、誇大に吹聴されるわけです。それも悪意を持ってやられる。「風評被害」なども、ガスライティングにやられている場合が多々あります。これはとても不気味だし怖いですね。とにかく「相手が見えない」。それでいて自分がどんどん貶められていく。それで仕事や人間関係や健康にまで、現実の被害が出てくる。それでいて、ガスライティングの加害者たちは、あくまでも被害者である「ターゲット」がおかしい!、悪い!!、常軌を逸している!!!という構図を作り上げていきます。場合によっては「加害者のくせに被害者のフリをする」ということを、エゲツなくやってのけます。「自分たちだけの正義」を振りかざすのですが、あくまでも加害者彼らが意図的にやっていることです。実際に被害にあわれている方の数は、決して少なくないといいます。現実世界で繰り広げられる、悪意あるガスライティングのターゲットにされたら、本当に人生を台無しにされてしまいますね。それではこの現実社会で起きている「ガスライティング」が、なんと「スピリチュアルの世界」でも起こっている!という、恐ろしいお話を、次回の【後編】ちょっと怖いスピリチュアル的「ガスライティング」(ストーカー)のお話でお話していきたいと思います。
Jun 24, 2020
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「目に見える世界」と「目に見えない世界」の全てが、科学、特に物理の法則で解明できることがわかってきています。 「目に見える世界」とは「物質世界」のことで、「見えない世界」とは「精神世界」のことです。 私たちが住んでいるこの世界というのは、この「物質世界」と「精神世界」の2つの世界で成り立っています。 逆に言い換えると、それ以外の要素がありません。 「目に見える世界」は、私たちの肉体、物、お金などの物質的な事柄で構成されています。 「目に見えない世界」は、私たちの心、意識、感情、想い、思考、そして念などで構成されています。 これらは、エネルギーが形を変えてこの世に「現象として」現れている(振動数が違って現実に現れている)だけで、 「エネルギー」の塊であることに変わりありません。 「目に見える世界」が太陽のような「陽」の世界であるとしたら、「目に見えない世界」は月のような「陰」の世界です。 「陰陽説」ではありませんが、この二つの世界は、互いが絶妙なバランスを保って成り立っています。 バランスが完璧に取れている時には、その世界観は素晴らしいものになります。反対に、少しでもバランスが崩れれば、その世界観は一気に崩壊します。 何が言いたいか、というと、ここでも「物理の法則(自然法則)」が登場してきます。 吊り橋やアーチ形の架け橋を当たり前のように渡っている私たちですが、あの「橋」を「橋」としてしっかり丈夫に留めておくためには、 「慣性の法則」「運動の法則」「作用反作用の法則」 のような物理法則を使って、最小限のパーツで(しかも頑丈に)橋の構造を仕上げてく必要がありますよね。 実際に橋にかかっている力が目に見えなくても、その「力」が現実に存在しているからこそ、橋は保たれているわけで、その物理的にかかる力のバランスたるや、見事なものです。 コンピュータグラフィックなどで、橋にかかっている力とその絶妙なバランスを、細かい色付きの矢印などで視覚的に表示させてみると、一目瞭然なバランスの良さです。 このバランスが「ちょっとでも崩れる」と、橋も崩壊してしまいますよね。 いつも幸運に恵まれているような人、というのも、この「バランス」感覚に優れいるんです。「目に見える世界(物質世界)」と「目に見えない世界(精神世界)」の両方のバランスです。 ここで「バランスを崩す」というのはどういうことか、というと、 「目に見える世界(物質世界)」だけにこだわる(肉体の若さ・美貌、物、お金など)、 反対に「目に見えない世界(精神世界)」(考え、想い、計画を立てるだけ、スピリチュアルなものに傾倒し過ぎ、など)にこだわる、みたいに、 どちから一方の世界に偏った考え方・行動の仕方に固執してしまっている、ということです。 「これは正しいけど、あれは間違っているよね」みたいな、どちらか一方に偏った白黒思考も、視野が狭まる上に、バランスが悪くなりますね。 「運をよくする」という観点からは、「インプット」と「アウトプット」にもバランスの良さが求められます。 例えば、 貯金という「インプット」だけでは資産は増えないし、いずれその貯金が付いたら「頭打ち」です。消費している「アウトプット」だけでもお金は尽きますから、やはりいずれ「頭打ち」です。 勉強して知識を詰め込むという「インプット」だけでは、実生活に応用することはできませんし、計画もなく行動するという「アウトプット」だけでも、これまた何かを達成するには不十分です。インプットとアウトプットとは、常に「対」になっているべきもので、ここで初めて相乗効果で物事が先に進んでいくわけです。 いずれの例もそうですが、陰陽説と一緒で、 「目に見える世界(物質世界)」と「目に見えない世界(精神世界)」の両方のバランスがとれて初めて、エネルギーが「循環」します。 エネルギーは「循環」してこそ、そのパワーが増大していきますから、「循環していない」段階で頭打ち(いずれ消滅)なんですね。 だから「運がいい人」は、どんな場面でも、常に何らかの形で「エネルギーを循環させている人」ということになります。 これは「清濁併せ持つ」ということにも通じていきます。 「清濁併せ持つ」とは、良い面も悪い面も、同時に理解して制御する、ということです。つまり、これは善でこれは悪、という決めつけを、自分自身にも他人にも、そして環境にさえもしない、ということです。 全く正反対の考え方、やり方、立場、存在、価値観、というものを、全て包括して自分の中で消化できる人が持つ姿勢です。 これも大変「バランスが取れている」ということになります。 もっとズバリ言うと、「現実にも夢にも、どちらにも向き合える人」ということになります。 現実だけに躍起になるのでもなく、夢に耽ってしまうだけでもなく、 夢を持ちながら現実を変えていける、そんな人が「運のいい人」です。 「現実」という「目に見える世界」と「夢」という「目に見えない世界」との折り合いをつけることが非常に巧みな人ですね。 やること成すことの「バランス」が凄くいいことが特徴です。 これができるのが、本当に運がいい人達です。 綺麗ごとでは、本当に運をコントロールすることはできません。 「エネルギーをコントロールする」「エネルギーを動かす」イコール「運をコントロールする」「運を自由自在に操る」ということ。 それにはまず、自分がかかわる全ての「エネルギー」のバランスを整えること。 こういった意識をいつも持っていることが大切です。
Jun 22, 2020
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「引き寄せの法則」は「物理科学の自然法則」で説明できる、というお話。 世の中には確実に「運がいい人」がいます。いつもツイていて、何をやってもうまく行く人です。 一方で、「運の悪い人」もいます。いつもタイミングが悪かったり、何をやっても失敗ばかりする人です。 この違いは「運の強さ」や「生まれつきの体質」などではなく、「引き寄せの法則」が働いているからだ、という説があります。 「引き寄せの法則」は、もう何年も前から有名ですが、「意味のある偶然の一致」や「シンクロニシティ」にも関係ある、幸運の波に乗る、というコンセプトですね。 ずっと「運のコントロール」を研究してきている私ですが、「運のメカニズム」を科学的なアプローチから解明してみたいな、と思った時、ある重要なポイントに気づいたのを覚えています。 「運がいい人」と「運が悪い人」の違いというのは、心理的なものや体質、というより、 「自然の法則」、つまり「物理の法則」で説明できる部分が多々ある、ということです。 つまり「幸運」とは「自然法則」にのっとったものであり、「自然法則」なのですから、当然「再現性」があるわけです。 それも「法則」というのは一度きりのものではなく、「何度も」再現できるものでなければなりませんから、 「運をコントロールする」「引き寄せを使う」「シンクロニシティを発生させる」ことは意図的に行えるものであるはずです。 「引き寄せの『法則』」ですしね(笑)。 私たちが何となく感覚で感じていることを、自然法則のように論理的かつ科学的に説明されると腑に落ちますし、それこそ「感覚」として右脳で感じ取ったものを左脳に落とし込んで理解すると、私たちは実際の「行動」を起こすことができるようになります。 では、さっそく物理科学の領域から「運をコントロールする」ことの原点を見ていきましょう。 「運のコントロール」は、物理、特に「量子力学」の領域では「超ひも理論」で説明することができます。 超ひも理論とは何かというと、かの有名なアインシュタインが研究していた「万有引力の法則」や「相対性理論」などの、自然界にある全ての法則をひとつにまとめた「万物理論」です。 何やらスケールが大きくてよくわかりずらいかもしれませんが、要は、 「物質の最小単位は丸い粒形ではなく、極小の「ひも」のような形をしている」「その『ひも』は常に振動しており、その振動の周波数の違いによって様々な種類の素粒子を発生させている」という理論です。 物理で「物質の最小単位」にあたるのは「素粒子」ですが、自然界には全部で17種類の素粒子があるといわれています。 それらの素粒子が「ひも」状であり、それぞれ振動の周波数が違う17種類の素粒子が存在している、ということになります。 ノーベル物理学賞を受賞し「量子論の父」と呼ばれたドイツの物理学者マックス・プランクによると、 物事の全ては「振動」であり、その振動が及ぼす影響である。現実には何の物質も存在しておらず、全てのものは振動から構成されている」 のだそうです。 前回の記事で「波長」について少し触れていますが、この「振動」とは「波長」にも大いに関係しています。 振動は波のように波打っており、その1回の波の長さが「波長」だからです。ラジオやテレビの電波、病院で使用される超音波なども振動による波ですね。 また、私たちの脳も、1日のうちでもリラックスしたり緊張したりして、脳波の波は常に変化しています。 更に、全ての物質は「固有振動数」と呼ばれる固有の振動数を持っています。 前回も「水と油が混ざり合わない」ことをお話しましたが、この「水と油が混ざり合わない」のは、固有振動数が違い波長が合わないからなのです。 人間関係で「あの人とは波長が合わない」などど、性格やコミュニケーションの問題もこれと同じで、打ち解けたり仲良くなったりと「気が合う」のも、互いの波長が合っているからなのです。 また、同じ振動数であれば、触ることなく振動だけでガラスなどを割ることも可能です。これらは全て「波長が共鳴現象を起こしている」ことによるものです。 また、前回の記事でも「目に見えないからといって『存在していない』わけではない」というお話を、少しスピリチュアルな例も挙げてお話しましたが、 例えば、電磁波には、「目に見える」可視光線(赤、オレンジ、黄、緑、青、紫など)と呼ばれる波長があります。 同時に、「目に見えない」赤外線と紫外線と呼ばれる不可視光線や、X線やガンマ線などがあります。 たとえ人間には見えなくても、爬虫類であるへびには赤外線が見え、昆虫類には紫外線が見える、などの違いもあります。 人間にとって「存在していない」ように思われる波長が、別の生き物には「存在している」というわけです。 つまり、「何が(どのように)見えるか」は、実は「波長の違い」から生じている、ということです。 また、波長が長くなるとエネルギーが低くなり、波長が短くなるとエネルギーが高くなるという性質もあります。これがそのままスピリチュアル分野で「魂のレベル」であるとか「エネルギーレベルの違い」として現れてくるわけです。 これは当然「音」にも関係しています。 例えば「人に聞こえる音」と「動物に聞こえる音」も波長によって変わります。コウモリやアリなどは超音波によって障害物の位置を認識していますし、イルカは電波を飛ばし合うことによって互いにコミュニケーションをとっています。 切実な話ですが(?)、「人間」も年齢によって聞こえる音の範囲が変わってきます。 例えば50代くらいまでは比較的高音を聞き取ることができますが、それ以降であると、高音が聞き取りづらくなり、より低音が心地よくなる、という現象も起きてきます。 このように、全ての存在(一見「非存在」と思われるものも含めて)は、物理科学では「波長」によって説明していくことができるのです。 ここまでで、波長について何となく理解することができたかと思います。では、この「波長」と「運のコントロール」に一体どのような関係があるのか。 「テレビの映像」を例に挙げて説明していきましょう。 テレビは、電波局から飛んでくる電波を受信側のリモコンで切り替えることによって、見たい映像が映し出されるという仕組みになっています。 つまり「チャンネルを変える」ことによって見えてくる映像が変わる、という仕組みです。 これはラジオも同じで、それぞれ周波数を合わせることで目的の聴きたい番組に変えることができます。 つまり、「チャンネルを変える」ことによって、自分に「見ているもの」や「聞こえているもの」が別のものに変わる、ということです。 これが、そっくりそのまま「私たちの現実世界」にも「仕組み」として当てはまっているのです。 自分の意識をどのチャンネルに合わせるか、によって、実際に現実として見えるもの、聞こえるものが全く変わってしまいます。 テレビと一緒、というと、何とも庶民的な感じですが(苦笑)、この現実に投影される「チャンネル」は、自分でいつでも変えることができ、どんな時にも自由なチャンネルを選ぶことができます。 自分で意識して「楽しかった(嬉しかった)思い出」に想いを馳せたりしてみると、「楽しかった(嬉しかった)」という周波数のチャンネルに合わせることができます。 逆に、人生で辛かった思い出に意識を向けてみるとどうなるでしょうか。体が強張るような緊張した感覚、悲しい感覚、が蘇ってくるのではないでしょうか。悲しい重い周波数に自らチャンネルを合わせた瞬間です。 つまり、私たちの現実というのは、この「チャンネル」を「どこに合わせるか」によって、映し出されてくる映像(結果として現れてくる現実)は変わってくるわけです。 同じ環境、同じ経験、同じバックグラウンドでも、嫌な部分に意識を向けると、嫌な部分としてしか映し出されません。 逆に、素晴らしい部分に意識を向けてみると、素晴らしい部分として映し出されていくのです。 つまり、人生を素晴らしいことで満たしていきたい、幸運に満たされていたい、運をコントロールしたい、のであれば、自分の「チャンネル」をそちらに合わせるようにすればいいのです。 そうして嬉しい気持ち、ワクワクするような波長が自分の波長になってくると、同じような高い波長のものと共鳴していきます。人間関係も、持ち物も、チャンスも、全て、です。 波長同士の共鳴現象。これがまさに「運をコントロールする」ということなのです。 プラスの波長はプラスの現象と共鳴し、マイナスの波長はマイナスの現象と共鳴し、それぞれ引き寄せが始まります。 ピアノの調律、ギターの弦の調律と同じです。固有振動数の音叉同士は共鳴するため、音叉(おんさ)を使って音の調律をしていきますが、これは同じ波長として音を「共鳴」させることにより、より心地よい「絶対音」へと調律していくものです。 素粒子はもの凄いスピードでと怒っていますから、たとえ離れた場所であっても「共鳴」します。空間・時空を超えるのですね。 とても「科学的」ですね。 だって「自然法則」ですから。
Jun 19, 2020
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【前編】【科学的に見た「エネルギー・バンパイア」とその同類たち(フレネミー、サイコパス、自己愛性人格障害)】記事の続きです!私たちが幸せに生きるために宇宙からいただいている「宇宙エネルギー」の波長と周波数はとても高くて強いため、 エネルギーバンパイアたちのような波動の低い存在は、この「宇宙エネルギー」に同調することができずに、生きる原動力となる生命力が枯渇しており、なおかつ、願いを叶えていくための大きなエネルギーのサポートを受けられない、と前回の記事でお話しました。だから、彼らはいつでも慢性的にエネルギー不足に陥っており、その手っ取り早い打開策として、比較体波動が高く、宇宙エネルギーを自分の波動に取り入れて振動させている人達から、そのエネルギーを手っ取り早く「奪う」、より簡単にエネルギーをチャージしている、ということもお話しました。エネルギーバンパイアたちのエネルギーの奪い方は、「相手の周波数になんとか同調して共鳴させ、それにより、相手のエネルギーが自然と自分の方に流れ込むようにする」というものです。水と油ははっきりと分かれてしまって、決して混じり合いませんが、水同士であれば、たとえ色分けしてもあっという間に混じり合ってしまいます。あんなイメージです。だから、エネルギーバンパイア達はだいたい、まるで取り入るように私たちに近づいてきて、すり寄りながら、こちらの気を引く話題などを投げかけてくるわけです。「気」の引き方はエネルギーバンパイア達の種類にもよるのですが、過剰な賞賛だったり、こちらの罪悪感を誘ってきたり、理不尽に攻撃してきてこちらの感情を揺さぶったり、といろいろです。「賞賛」を使ってこちらの気を引こうとしてくるエネルギーバンパイアの場合、よく「あなただけ」「あなただから」「あなたは特別だから」「そんなあなたを理解できるのは私だけ」と、やたらと「あなたと私の関係は『特別』」であることを強調してきます。「あなただけ」にやたらと贈り物をしてきたり、「あなただけ」を独占」してみたり、あなたが徐々に相手を信頼しだして、逃げられないようにしてから、彼らはあなたに、あなたのあらゆる情報や秘密を自分から開示させて、あなたをがんじがらめにするのです。あなたはいつの間にか、相手に全てを「コントロール」されているような気分になってきます。この時、既にエネルギーバンパイアは、あなたからエネルギーをどんどん奪い始めています。「罪悪感」を使ってこちらの気を引こうとしてくるエネルギーバンパイアの場合では、こちらが悪いと思わせるような言動を執拗に繰り返し、気のいいあなたがちょっとでも「罪悪感」を持ってしまったなら、彼らはそこにすぐにつけ入ります。「罪悪感」を持つことで、あなたのエネルギー・フィールドが相手に向かって開いてしまい、彼らは難なく、あなたのエネルギー・フィールドに進入して、エネルギーを取りまくってしまいます。「理不尽な攻撃」使ってこちらの気を引こうとしてくるエネルギーバンパイアの場合、彼らは、ありとあらゆる卑劣な手段を使って、あなたを「怒らせよう」としてきます。あなたの感情が揺さぶられ、冷静さを失なわせるように、いわれの無い「言いがかり」や「難くせ」をつけてきたり、「嘲笑」してきたり、パワハラやモラハラを行って、とにかくあなたが苛立ち、怒り、悲しみ、憎悪の感情が掻き立てられるように仕向けてきます。要はあなたの感情が大きく揺さぶられることによって自分を見失い、その分のエネルギーが相手に吸い取られてしまうのです。いずれにしても、どのパターンにも共通しているのが、とにかく「こちらの『気』を引こうとしてくる」ということです。それも不自然なまでに。「気」は見事に「エネルギー」ですから、一生懸命にこちらの「気」を引こうとしてくるわけですね。私たちが常に意識していなければならないのは、とにかく彼らエネルギーバンパイア達の特徴をよく掴んで、エネルギー’フィールドを強くするためにも日ごろから自分の健康状態や精神状態を良好に保ち、他人との「境界線」をしっかりと意識していることが大事です。エネルギーバンパイア達は、とにかく周波数を(偽りに、ですよ)合わせてこようとしてきますから。自分と相手とは同じではない、自分のエネルギーはあくまでも自分のもの、自分のエネルギーは「善き目的」のために使うもの、許可なく自分のエネルギーを与えない、ということを、常に意識していることが大切ですね。冒頭に、エネルギーバンパイアには、「フレネミー」や「サイコパス」、「自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害)」も含まれる、とお話しましたが、彼らの特徴と、彼らからの被害を防ぐためのエネルギー的防御法もまた、少しづつ記事にまとめていこうと思っています!
Jun 18, 2020
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今日も2回に分けてお届けです。先日からトピックに上がっている、「運」や「エネルギー」や「才能」や「能力」を私たちから盗む「奪う人」というのは、エネルギーバンパイア(エナジーバンパイア)、フレネミー、自己愛性パーソナリティ障害(自己愛性人格障害)、サイコパス、ソシオパス、など、世間ではいろいろと呼び方で呼ばれていますが、基本的に「同じ人種」だと思っていて間違いありません。10年前くらいからでしょうか。アメリカやロシアなどの科学者、心理学者などが、科学的にその存在の詳細を捉えるような研究や論文が出始めています。やはり「エネルギーの法則」にのっとって、人と人との間で、エネルギーの流れや循環が起きていることを前提としています。例えば、最近では特に、この「奪う人」を「エナジーバンパイア」「エネルギー・バンパイア」と呼ぶパターンがあちこちで増えてきいるようで、社会的な記事や経済紙にまで取り上げられているのをよく目にします。「エネルギー・バンパイア」の特徴を7つや9つ、としている説もあるようですが、実際に「エネルギー」の観点から、ここでは3種類のパターンに分けてみます。1つ目のパターンは、自分のターゲットとなる人の周波数に潜在意識レベルで波長を合わせることによって、その人のエネルギーフィールドに同調して、エネルギーを吸い取るパターンです。彼らは「不自然」なほどの親しみをあなたに見せて、あなたに取り入ってきます。顔をのぞき込んだり、やたらと目を見つけてきたり、何かにつけてボディタッチをしてきたりします。そのうちあなたの趣味や話し方や性格や気性にまで合わせてくるようになります。こちらとしては戸惑いながらも、初めのうちはもの凄い好待遇で相手が自分を尊重してくるため、不思議に思いながらも、悪い気もせずに相手を受け入れていってしまいます。そのうち、あなたのやることなすこと全てを逐一真似してくるようになる、あなたを独占するような態度を示しだす、最初は前面的にあなたを賞賛していたのに、徐々にあなたのことを否定してくるようになる、既に仲良くなってしまった後なので、優しいあなたは邪険にすることもできずにズルズルと相手のペースにはまっていきます。こうして、少しづつあなたのエネルギーや運や才能が奪われて、何かおかしい、と気づいた時には、既に人間関係もあなたのポジションも乗っ取られていた、あなたに「成り代わっていた」いったパターンです。私たち人間は普通、生きていく上で2種類のエネルギーを取り入れています。1つは「食べ物から得られるエネルギー」、もう一つは「宇宙エネルギー」(「気」や「プラーナ」とも呼ばれています)です。人間が「有機生命体」として生きていくには、その他の動物と同じように食物を取り入れて、それを消化・吸収・代謝することにより、はじめて生命活動とその維持ができます。水も同様です。でも、人間がその他の動物と違うのは、「宇宙エネルギー」も取り入れる必要がある、ということです。昔、僧侶や神官たちがある一定の期間、食事をいっさいとらないで修行をしたり、現代であれば、ヨガのプロ達が、ある一定期間食事を一切取らずに水だけで体を保つ訓練をしていますが、あれは、いわゆる「宇宙エネルギー」を取り入れているわけです。私たち人間自体が一種のエネルギー体で、光のようなエネルギーフィールドで囲まれています。「エーテル体」や「オーラ」とも呼ばれます。これは、私たちの体自体から生命力が溢れているのと同時に、そこに更に、宇宙エネルギーを取り入れて循環させて増大したエネルギーによるものです。これが、「私たち個人個人に特有の」周波数と振動数で、振動しています。つまり、宇宙から取り入れたエネルギーが、人間(それも個人)の波動エネルギーに変換されて、振動しているということです。エネルギー・バンパイア達が主に狙うのは、この「人間の波動に変換された波動エネルギー」です。彼らは、本来人間に無限に注がれてくるはずの「宇宙エネルギー」を、直接取り入れることができません。これは、彼らのエネルギー体としての波動が「低すぎる」ため、宇宙エネルギーと同調することが困難だからです。どういうことかというと、例えば、この地球上に存在している物質(動物や植物などの生命体を含める)には全て「波長」があり、それぞれの「波長」には独自の「周波数」があります。例えば、色や光や音にも「波長」があって、ラジオなどには「周波数」がありますし、色や光であれば、「赤外線」や「紫外線」のように、「スペクトラム」をベースにした色の波長・光の波長の長さ、というものがあります。これと同じように、人間にも、醸し出している独自の周波数の「波長」というものがあり、それが「波動」として、私たちの体の周りに放出されています。これが、色のついた「オーラ」として見える場合がありますが、先ほどもお話したように「色」にも波長の長さと周波数があるので説明ができます。通常「波長」というのは、繊細で細かい(波長の「波」が細かい)ほど「高い波動」としてアウトプットされてきます。周波数が高い音ほど高音に聞こえ、周波数が高い色ほど透明に近くなっていくのはこのためです。周波数が「高すぎる」音などは、「実際に存在」していても、私たちの耳には聞こえないため、それが「存在しない」ものとして扱われることもあります。高次の「霊体」や「テレパシー」などは、その周波数が相当高いために、普通、その存在を目や耳や触感で感じ取ることはできません。なので「そんなものは存在しない」となってしまうのですが、この世の中では、あくまでも「目に見えているもの(耳に聞こえているもの)」というのは、「その波長帯の範囲内にあるというだけ」、のことで、「存在していない」ことと同じではないのです。宇宙エネルギーの波長と周波数はとても高くて強いため、エネルギーバンパイアたちのような波動の低い存在は、同調することができません。それでも生きている人間ですから、自然や食べ物から、かろうじて、最低限の宇宙エネルギーの「かけら」くらいは吸収して凌いでいるような状態です。だから、彼らはいつでもエネルギーが枯渇している状態です。そのため、比較体波動が高く、宇宙エネルギーを自分の波動に取り入れて振動させている人達から、そのエネルギーを手っ取り早く「奪う」わけです。より簡単にエネルギーをチャージできるから、です。それでは次の記事で、「エネルギー・バンパイアが私たちからエネルギーを奪う手口」をお話していきます。
Jun 18, 2020
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「幸運」をコントロールしながらいろいろな夢を一つづつ実現してきた私ですが、最近になって、それでも「本当の自分はまだまだこんなものじゃない」という感覚が(それこそ「津波級」で!)日々押し寄せてきています。特にここ1年くらいでしょうか。 みなさんもそんな気持ちになることはないでしょうか。凄く頑張っている、凄く努力している、やれることは結構全部やっている。でもやっぱり「本当の自分はまだまだこんなものじゃない」と。その感覚は十中八九正しいです。おそらくかなりの確率で「あなたはまだまだそんなものじゃない」です。「運をコントロールする方法」をずっと研究していると、それと同時に、いつも対になって考えていかなければならないコンセプトがあって、その中でも、特に「運」と表裏一体いなっているのが、私たち一人一人が持っている、私たちなりの「能力」と「才能」です。これは決して誰かと比較する前提に立ったものではなく、あくまで「あなた個人の強み」としての能力・才能のことです。私は以前の著書の中で、いくら成功者の真似をしても意味がない、ある人の「成功の秘訣」は他の人には「実現不可能」、「万人に通用する手っ取り早い『成功法則』なんてこの世に存在しない」、と、少々辛口気味で書いています。私も相当数の成功哲学本や自己啓発本を読破してきており、その経験から思うのは、「私たちはとても『固有の存在』で、その生まれた時の状況、育った環境、出会ってきた人、選択してきたもの事、取ってきた行動、そして決断してきた内容、その全てにおいて、「どれ一つ同じ人なんていない」ということです。成功したい、上手く行きたい、運を上げたい、自分を生かしたい、と思う人の数だけ、「千差万別の人生」があるわけです。ついでに言うと、この世の中に存在する、全ての人の人生にそれぞれ起こる「出来事」には、どれ一つとして同じパターンはありません。私は「特許」に関わる仕事もしているためか、例えば、歴史の中で私たちの生活を劇的に飛躍・向上させてきた画期的な発明や新規の科学技術、思想や文化などは、人間が作り出す「無限のアイデアパターンの組み合わせ」であることをよく理解しており、更にその「無限のアイデアパターンの組み合わせ」からできた1つの新規のアイデアに、更に追加された新しいアイデアを少しづつ追加していくことによって、全く別の最新のアイデアに進化していき、別の新たな特許や発明や科学技術や思想が生まれてくる、という仕組みで物事が成り立っているのを沢山見てきています。何がいいたいのかというと、私たちの「人生」も全く同じである、ということです。誰一人「同じ人」ではない、全員「千差万別」の経験と生き方をしてきている、当然持っている能力や才能も「千差万別」、人生に起こる出来事のパターンとその組み合わせも「千差万別」、だからこそ、ある人にとって重大な「現実」は、別の人にとっては全く意味がなく、だからこそ、ある人にとっての「成功の秘訣」や「能力開発法」は、他の人にとっては「実現不可能」なことが多い。そんな「矛盾」が起こってしまうわけです。つまり、私たちにとって本当に必要なのは、他の人が真似しようのない「あなただけに通用する」成功法則」や「運のコントロール方法」を知ることなのです。そこで次に大切になってくるのが「あなたの能力と才能」の見分け方です。自分になんてたいした能力はない、自分の才能がわかならいので模索している、という人から、この能力が強みだと思うからもっとレベルを上げたい、おそらくこの部分が自分の才能の可能性があるから鍛えたい、という人まで、いろいろだと思います。自分の能力の知り方、自分の才能の見つけ方についてなどは、また徐々にブログにアップしていこうと思っていますが、今日はまず、それ以前に、「最も大切なこと」を皆さんに気づいてもらおうと思います。これは皆さんの中で、「薄々このことに気づいている」方もいらっしゃるのではないか、と思っています。こんな風に思うのは、もしかしてちょっと恥ずかしい?こんな気がしてしまうのは、もしかして私ってちょっと傲慢?と気恥ずかしくなりながらも、でもどこかで「ちょっと待って、でも。。。」なんとなくこういう風に思った経験はないでしょうか。自分の能力は何か、才能は何か、の云々以前に「もしかして、自分の『能力』と『才能』が『封印されている』のではないか」という思いです。自分としては何の根拠もない、周りの人に話したら絶対に笑われるにきまってる、でもある分野で自分はいつも結構いいせんまで行く、出そうでで切らない能力、なんとも言えないもどかしさ、でも何となく「自分の能力や才能」が見えて隠れしている微妙な感じ。。。でもやっぱりなぜか「形」にならない。。。。これって実は大アリなのです!おそらく、みなさんの中で、何とも言えないもどかしさを感じている、あなた自身のその「能力的部分」、これは「開花したら相当ヤバい」レベルになる可能性が秘められている「宝物」だと思っていてください。絶対そうだから。十中八九あなたのその「感」は正しい。場合によっては、自分の中で見え隠れしている「自分の能力・才能」と思わしき部分だけではなく、むしろあなたが「苦手」だと思い込んでいた分野が、実は思いっきりあなたの才能であったりする場合もあります。このパターンは本当に多くて、前回の「魔物」のお話ではありませんが、「苦手だと思い込まされるている」場合が非常に多いのです。あなたが能力を発揮しだしたり、あなたの才能が開花してしまうと「都合が悪い」存在、というのは絶対にいるんです。要は、能力や才能を「封印」されていることがあるのです。これはちょっと怖いことですね。だって自分の最も強い部分を、生涯にわたって「封印」されて「無いもの」とされるんです。人生にかかわるような大問題です。それで大きくキャリアが変わってしまうかもしれません。それで大きく幸福感を(それも長期にわたって)奪われてしまっているかもしれません。もしかしたら生涯収入にも大きく影響しまくっているかもしれません(コレ、実際よくあります。)大問題です。例えば、私は今でこそ理系分野で能力を発揮することができていますが、今まで生きてきた人生の4分の3以上の時間、「理系分野こそ私の最大の弱点」だと思い込まされていました。理系に強い方であれば、なおのこと理解していただけると思いますが、理系の思考法や技術者の仕事というのは「逃げ場」がありません。数学でも化学でも物理でもそうですが、自分が間違っている限り永遠に結果は出ませんし(実験やっていればよくわかります)、製品開発の分野、ましてや「特許」の分野などは、何百通りの手順を試して失敗、また試して失敗、の繰り返し。まさにエジソン状態に延々に向き合いながら、ベストな道を模索していくしか、「正解」にたどり着けないのです。「文系」がそうではない、と言っているのではありません。文系と理系では、この世での「存在意義と使命」が全く違います。いずれにしても、「能力や才能」というものは、その規模や深さに関係なく、私たちに与えられた「ギフト」です。それを、最初は自分のために、徐々に人のために、最終的には世の中のために、開花させて役立てていくために「能力や才能」があるんです。料理が上手、話し上手、聞き上手、思いやりがある、忍耐力がある、努力家である、こういった、「分野」ではなくもっと抽象的な「能力・才能」だって立派に世の中に貢献できます。だから「封印」されたままではダメなのです。そこで大事になってくるのが、「まず、自分の能力や才能はちゃんとあって、それが封印されているかもしれない」という可能性をまずは認識してみることです。意識してみるのです。そうすると、「思い当たること」が芋ずる式ででてくるかもしれませんね。私はそうでした。そしてそこで「遠慮」しては絶対にいけません。あなたが「あなたの能力・才能」を自分で認識して使えるようにすることは、あなたの絶対的権利です。「封印」を解いていく方法、心構えについても、また徐々にブログで書いていきますね。誰もが、自分の「能力・才能」にどんどん気づいて、それを自分のため、人のため、世の中のために思う存分使っていけるような時代が、ようやくこれからやってくるみたいですけれどね。これはまた別のお話で。。
Jun 16, 2020
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山のような仕事や自分の身の回りでいろいろやらなければならなかった事を全部片づけて、ようやく自分の時間ができたので、「さあ、やりたかった事に思う存分やるぞー(喜)」と着手し出した途端に、風邪を引く、熱を出す、あれれ?体調がおかしい、となる。いろんな人を説得してオッケーをもらったり、万端に準備し終わって、 さあ、やるぞー、という時に限って、突然パソコンが壊れる、携帯電話の画面が真っ黒(そしてもう二度と開かない。。)それでもせっかくチャンスが来たので、とにかくそのまま頑張って取り組もうとするも、もうダルさと体調不良で、何一つ手に着かなくなってしまい、いつのまにか予定やプロジェクトが止まってしまう、キャンセルになってしまう、こういうことはないでしょうか。肝心のツールが故障する、買ったばかりの必需品を品を無くす、家族が病気になる、急に介護や世話が必要になる、約束が破られる、 などなど、私は、何か新し事を始めようとする時や、悩んだ末にやっと吹っ切れて決断したとたんに、これでもかと邪魔が入る、という経験をよくしています。毎回「ああ、またか。。。(疲)」と思っています。もちろん「意味のある偶然の一致」にスイスイと乗って、最初から最後まで全てスムーズに物事が運ぶことも多いですが、 私の場合はだいたいパターンが決まっていて、「本当に人生に影響を与えるような大きな決断をした時」とか「今手掛けているプロジェクトの、もう一段上にアップグレードしようとしている時」とか「これをやると沢山の人に影響を及ぼすことになるな」といった結構重要な予定やプロジェクトほど、 自分や自分の手掛けている事柄の影響力が外に放出され始めたタイミングで、まず必ずと言っていいほど強力な「邪魔」が入ります。もう不自然なくらいに!絶対におまえにはやさせないぞー絶対におまえの計画潰してやるぞーみたいな(恐!)。何か、「魔界の意図」を感じずにはいられません(苦笑)。こういう「肝心な時に必ず邪魔が入る」という現象の裏にある原因は2種類あります。一つは「目に見えないエネルギーの干渉が入っている」もう一つは「自分の心と潜在意識にブロックがかかっている」というものです。「自分の心と潜在意識にブロックがかかっている」ことが原因で、一見邪魔が入っているように見える状態であれば、 それに気づくことで、少しづつ自分の潜在意識にかかっているブロックを外していくことも可能なのですが(これも徐々に記事に書いていきます)、もっと問題なのは、「目に見えないエネルギーの干渉が入っている」時。つまり、自分以外の原因で「本当に邪魔が入っている時」です。「目に見えないエネルギーの干渉が入っている」とは、なんらかなのネガティブな「念」や「集合意識」が負のエネルギーとなって、私たちの決断や行動を阻止しようとストップをかけてきている状態です。 要は、「あなたに活躍されると困るので思うようにはさせませんよ」というメッセージであり、霊的脅迫みたいなものです。 嫉妬や恨みなどの「念」によって相手の体調や運気が下がるような「サイキックアタック」という現象があるのですが、これも含まれます。*サイキックアタックとは・・・・「霊的攻撃」「霊的干渉」のことで、嫉妬、恨み、憎しみなどのネガティブな想念が、負のエネルギーとなって、実際に嫉妬や憎しみを抱いている相手に飛んでいってしまうエネルギー現象。「羨ましい」「羨望」「憧れ」の度が過ぎても、同様にサイキックアタックとなって飛んでいってしまいます。サイキックアタックを受けた人は、原因不明の体調不良(得体のしれない頭痛、いつもと違う独特の目の痛み、首・肩の異様なコリと痛み、吐き気、全身の筋肉が硬直するような原因不明の緊張状態)にみまわれ、 ほとんどの場合極度の「不眠」に悩まされます。 これが短期間で済めばよいのですが、 サイキックアタックを飛ばしてくる相手にいつまでも執着されることにより、症状が慢性化・長期化してしまうこともあり、 サイキックアタックを受けている人は日常生活にも支障をきたしてくるようになります。 だいたい病院で診察・検査してもらっても、体のどこにも異常がないことがほとんどです。 肉体的なダメージだけでなく、気分が落ちこみやすくなる、もともとポジティブ思考だったのにネガティブになりやすくなる、頭が働かなくなる、判断ミスが増える、人間関係がうまくいかなくなる、 といった、精神的ダメージも膨らんでいきます。 顕著な特徴としては、 サイキックアタックを受けている時の症状があまりにも辛いのに、サイキックアタックの念が途切れる時にはフッと体が軽くなって、一瞬で元の体調に戻ってしまうことです。 そしてまた相手の負の念がサイキックアタックとなって戻ってくると、また突然体調が悪くなり、その体調の波が非常に激しいという特徴があります。実際に物事がスムーズにいかなくなる、つじつまが合わないような出来事が立ちはだかって先に進めなくなる、というような実際の行動に悪い影響を与えてくる邪魔と、サイキックアタックのように私たち個人の体調や精神状態を揺さぶって前に進めないように仕掛けてくる邪魔と、どちらもエネルギーに乗っけて干渉してくるため、物事がうまくいかなくなるという実際の被害に加えて、原因もわからないままそれに対処しようと更に頑張ってしまう私たちは、自分自身のエネルギーを大きく浪費させられてしまいます。 本来、新し事にチャレンジしたり、よいアイデアを実行に移すために使うはずだったエネルギーを、ただただ悪化した状況を立て直すためだけに浪費させられます。 これはエネルギーの法則から考えるともの凄い「大損」です。フローマスター達やそうなろうとしている人達が、エネルギーをクリエイティブな意義のある事柄、社会や地球への貢献になる事柄に使おうとするのを阻害している存在、というのは確かにこの世界にいるのです。 目に見える存在であっても、目に見えない存在であっても、です。 それはとにかく「申し合わせたようにうまくいかない」という非常に不自然な現象として私たちに突き付けられます。こうった時、実際目に見えないエネルギーの世界では一体何が起きているのか、というと、私たちが自分の目的、それも「善い目的」を設定して行動に移そうとする時に、前向きな気持ちやウキウキした気持ちが沸き上がるのと同時に、私たちから発せられるプラスのエネルギーレベルが上がっていきます。 私たちの「光が強くなる」のです。「善い目的」とは、自分にとっても周囲の人や環境にとってもプラスになる、世の中の「次元が上がる」ような目的です。 個人の場合だったら、自分の知識や技術をレベルアップさせるために新しい勉強を始めるとか、もっと自分を生かせる会社に転職するための転職活動を始めるとか、でもいいですし、 他者のためになることであれば、困っている人の相談にのったり、一緒に問題を解決するために具体的に行動を始めたり、今まで有るようで無かった新しい製品を開発して消費者に喜んでもらうためのプロジェクトを発足するとか、要は「自分もWIN」、他者も周囲の環境も「WIN」になるような目的です。次元を上げるような強い光を発するエネルギーというのは、初めのうちは小さく弱いものの、私たちの実際の行動が伴うにつれてどんどん強く明るくなっていきます。 どんどん目立ってくるのです。 「善い目的」に同調してくれる人達が集まれば、その集団のエネルギーは瞬く間に増大してくので、 エネルギーの流れ的には誰も止められないくらい勢いが強くなっていきます。 エネルギーの質としてはとにかく目立ちます。ところが、この世の中には、 自分の利己心や欲望や惰慢といった理由から、 そういった、人や社会や地球全体の「次元が上がる」ことを嫌がる存在というのが存在しています。先ほども言いましたが「目に見える存在」であっても「目に見えない存在」であっても、です。 あなたを嫉妬したり妬んだりする肉体を持った実存の人物たけではなく、依存、傲慢、欲望、自己愛といったネガティブな集合意識の塊であったり、 それこそ「霊的な存在」である場合もあります。(「霊的な存在」もエネルギーなので、「霊」ってちゃんと存在してるんですよ。科学的に「霊」は存在しているので。「霊」というより、過去・現在・未来に存在しているあらゆる「念」のエネルギー体ですね)。こういうまるで魔物みたいな存在が、よってたかって私たちの「善い目的」を邪魔しては、初期の段階で潰しにかかってきます。先ほどお話した、瞬く間に大きくなろうとしている強いエネルギー、強く光っているエネルギーを即座に見つけては、 そのエネルギーがより大きくなって彼らに収拾がつかなくなる前に、邪魔をしてそれ以上先に進む気力を奪いにかかってくるのです。ではなぜ、私たちの「善い目的」のエネルギーが大きくなると、「魔物」達に都合が悪いのでしょうか。それは、世の中の次元が上がってしまえば、次元の低い彼らℌ存在できなくなってしまうからです。 街中が和気あいあいとし、皆が満足し、どんどん助け合いが行われ、全ての人が「WIN-WIN」になって誰もが幸せになり、努力が報われ、才能が開花し出し、次から次へとエネルギーが循環して上へと上がっていってしまったら、 彼ら「魔物」の出番はもう無くなってしまうからです。そんな誰もが幸せな光の世界では、嫉妬も傲慢さも、欲も惰慢も一切通用しなくなるからです。 魔物にとっては存在自体が危機にさらされます。だから、誰かのエネルギー、どこかの集団や場所のエネルギーが一気に上がないように、彼らは常に目を光らせて監視しているのです。 いざ光を見つけたら一気に潰せ―、となるわけです。エネルギーが搾取されてしまうのも辛いことですが、このように「エネルギーを抑え込む」⇒「エネルギーを開花させない(使わせない)」ということをされている人達は沢山います。これが、「上手くいき出すと必ず「邪魔」が入る」「何かを始めようとすると必ず「邪魔」が入る」という人達に起こっている、エネルギーの抑え込み現象です。一般の前向きに頑張っている人達や、(ましてや)フローマスター達から「運」や「エネルギー」を奪うのは、れっきとした「スピリチュアル的犯罪行為」で許されるべきものではないですが、エネルギー的干渉で邪魔をして、相手が自分のエネルギーを自分で使えないように抑え込んむやり方も非常に卑劣ですね。世の中の自己啓発系の書籍やサイトでは、人生で上手くいかない場合の原因を、*自分の心や潜在意識にブロックがかかっている*今現在手掛けていること自体が、あなたにとっては間違っているというサイン*もっと良い道があることを示唆している*単純に今のやり方や方向性に問題がある*現時点での社会の風潮に合っていないこういった意味で捉えているものが多く、実際これらはその通りです。ただ、自分に原因があるのではなく、本当に「エネルギー的干渉」に合っている場合もあるので、ここは見極めが重要です。エネルギー的干渉は間違いなく、あなた側に問題があるのではありません。 一方的に攻撃を受けているようなものなので、何かをはじめようとした時や上手くいき始めた時に頻繁に「邪魔」が入っていると思われる時には、 まずは落ち込まない、自分を責めない、焦らないことが大切です。 あなたが自分を責め出したり落ち込んだりすると、それは「魔物」達にとって、まさに「思うツボ」なので。「エネルギーの搾取」「エネルギー的干渉」についても、徐々に別の記事で書いていこうと思っていますので、知りたい方はもうちょっと待っていてくださいね。最終的には体系化されたブログにしたいのですが、今はとにかく書くべきこと・書いてお知らせしていきたいことがあまりにも有り過ぎるので、 とりあえずランダムに書き進めていっております。 そのうち全てが繋がっていくはずなので、読んでくださる皆さん、待っててくださいね(有難う)!
Jun 15, 2020
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今日は「運」を自分でコントロールできるようになるのに必須の考え方 「自己組織化」と「球体思考」についてお話します。 ちょっと難しいお話かもしれませんが、例を挙げながらお話したいと思います。 まずは「自己組織化」からです。 「自己組織化」という漢字から受ける印象ですが、文字そのままに「自分を組織化する」ということです。 「自分を組織化する」とはどういうことかというと、 「入ってくる情報とそれに対する自分の思考を、分類・整理・連結させること」です。 バラバラに入ってくる情報を体系化させて、実際に使える情報にまで落とし込むことでもあります。 更に体系化させた情報の量を「どんどん増やしていく」、情報の習得と体系化の速度を「どんどん上げていく」という考え方です。 わかりやすい例を挙げましょう。 自己組織化のプロセスは、人がものを学習していく過程によく似ています。 例えば生まれたばかりの赤ちゃんが言葉を習得していく時を思い浮かべてください。 当たり前のことですが、赤ちゃんを育てる大人は誰一人、赤ちゃんに向かって「言葉を習得しなさい」とは強制していません。 赤ちゃんは、ただ言葉のシャワーを浴びているだけで自然に言語を身につけていきますよね。 周囲にいる親や家族の会話を聞いているだけで、赤ちゃんの能は自発的に単語の意味や使い方を分類したり理解したりしています。 その時の脳は活発に成長しており、脳内の神経ニューロンは凄まじい勢いで電気信号を伝達しています。 脳細胞はどんどん増殖していき、この時期に英語や中国語などの多言語に接する機会があると、日本語だけではなく、他の言語をネイティブの発音で習得していくことも可能になります。 更に言葉だけではなく、この脳細胞がどんどん増殖していく時期には、人の顔や場所の認識、色の違い、生活習慣であるとか、幼児であればその他の科目をどんどん理解し吸収していきます。 ひとつの事柄から別の事柄を「連想」したり、目に見えていることを理解・認識するだけではなく「想像力」も伸びていきます。 混ざり合っていたりバラバラに分断されている情報を分類・区別する能力、あるものとあるものとを関連づける連結能力や、具体化、抽象化、といったもっと高度な認知力も伸びていきます。 なかなか理解が難しいでしょうか。 ではもっとわかりやすく。 デジカメの「画素」を思い浮かべてください。 ここでは「画素」が情報や思考、「写真に写っている被写体の見え方」が情報や思考に対する認知です。 画素が低いデジカメで撮った写真の写り具合はどうでしょうか。 全体的に目が粗く、被写体がゴツゴツしていて色もクリアではなく見づらいですね。 ではもっと高画素のデジカメで撮った写真はどうでしょうか。 被写体がなめらかではっきりくっきり移っており、色も鮮やか。 一つ一つのディテールが繊細ですね。立体感もより高まります。 プロが撮ったような写真になりますね。 つまり、画素が低い→同じ情報量を受けてもその理解が狭い、それに対する思考が浅い画素が高い→同じ情報量で理解が広い、それに対する思考が深い ということになります。 100万画素と2000画素では、その情報や思考の質、量、認知力、理解力、その情報と思考を使った応用力に雲泥の差が生まれます。 「自己組織化」ができると、例えば勉強などで顕著に成果が出てきます。同じ情報、同じ環境、同じ時間で、より多くの情報をより早く脳が収集・分析し、より深く理解できるようになるからです。 資格試験などではとても有効だと思います。 自己組織化を意識していない人が10年かかって習得する技術、達成する目標を、自己組織化を意識している人は1年で習得・達成してしまう、という現象が起こってきます。 1を見て100を知る、ようなイメージですね。 当然、人の100倍の密度で習得・達成していくわけですから、人生密度は非常に「濃く」なります。時間の感覚まで違ってきます。 「自己組織化」はもちろん、アイデアなどの創造性にも関係しています。 アイデアがどんどん湧いてくる時、というのは「芋ずる式」でアイデアが浮かんできます。連想ゲームのようなもので、横へ、横へ、と思考が拡大していきます。 アイデアが尽きない人、魅力的な話題やコンテンツが尽きない人、というのは、こういう「芋ずる式の思考」ができる人達です。 この「芋ずる式の思考」を「拡大思考」と言います。 これと当時に、思考を「拡大」させていくだけではなく、一つのテーマを狭く、でも深く「掘り下げる思考」を行います。 これを「立体思考(縮小思考)」と言います。 「拡大思考」と「立体思考」は、一見矛盾する反対の思考方法に思えますが、実は本当の意味で「頭がいい人」、もちろん「運もいい人」というのは、一見矛盾するようなこの2つの相反する別々の思考法を(無意識であっても意識的であっても)両方同時に備えている、というケースがほとんどです。 もう少し例を挙げてみます。ルービックキューブの一面、若しくはオセロのゲーム板のような「マス目」を想像してください。 正方形が並んでいますよね。 その正方形の一マスの周りには、全部で8個の別のマスがあり、その周りは更に16個のマス目で取り囲まれています。 更にその周りは24個のマス目、その周りは32個のマス目、、、とその数は、中心のマス目を囲っている最初の周りのマス目の積で増えていきます。 そんなマス目が無限に続いている大きなシートを思い浮かべてください。 ではそのシートの中で「一番小さな正方形のグループ」を形成する部分、「中心の1マスとその周りの8個のマス目」にフォーカスしてください。 全てのマス目は、この時点では「無色」です。 そのマス目の塊は、外から与えらえた「1つの情報」に反応する、あなたの脳の部分だとしましょう。 今情報が与えられ、あなたの脳が反応します。 赤でも青でも何色でもいいので、マス目の塊に1種類の「色」がつきます。その部分は、与えられた1つの情報のみに反応しています。 自己組織化が進んでくると、まず、この1種類の色付けされたマス目の塊の周りのまだ無色のマス目に、色が広がっていきます。1つの情報に対するあなたの理解が深まっている、という現象です。 さて、それとは全く関係なく、全く別のマス目の部分に、これまた全く別の情報が1つポッと与えらえれます。あなたの脳の別のマス目部分が、これまた別の色付けで単独で反応します。 この全くランダムな情報の色付けが、全く無作為に次々と与えらえていき、あなたの脳のマス目の様々な部分が、それぞれ単独で次々と色付けされていきます。 そうこうしているうちに、あなたの脳の無限に広がるマス目シートのあちらこちらが様々な色に染まっていきます。シートの一部分だけ取り出して試しに見てみると、染まっていない部分の方が少なくなっています。 別個の情報が与えらえたそれぞれの色のマス目の境界線が、だんだん「曖昧」になっていきます。コアのマス目の部分の色はしっかりとしたままで、ところどころの境界線部分のマス目同士の色が混ざり合って、グラデーションになっていきます。 ここで、全く別々だった情報(マス目の色付け)に、ある「繋がり」が発生し出します。 別個だった情報がそれぞれ繋がって、独自の認知が発生する瞬間です。 「閃き」とは、ここで起こる現象です。 解けなかった問題が「わかった!」瞬間でもあり、とんでもないアイデアが思いつく瞬間です。 このマス目は、なんと平面ではなく、立体構造となっており、いままで書いてきたマス目の色付けの現象が、水平方向だけではなく垂直方向にも広がっていきます。 先ほどの「拡大思考」と「立体思考」の両方で、多面的に自己組織化が進んでいくのです。 ここで次の思考体系である「球体思考」の出番です。 「球体思考」は「立体思考」と似ているようで異なる思考形態です。 「球体思考」を端的に表すと、要は 前・後・右・左・上・下・斜めの角度全部から、それこそ「球体」を眺めるようにあらゆる方向と角度から1つの情報を吟味して、物事を思考・認識・判断することです。 この思考法を実践している人は意外に少なく、頭では理解できても、いまいちやり方がわからない、という人が多いかもしれません。 例えばとてもシンプルな例ですが、「ある人」が信頼に値する人かどうかを確認したい時、その人が現在発している言葉だけから人となりを判断するのではなく、過去の言動、表情、目の動き、自分以外の人と接している時のふるまい、言動の一貫性、その人の経歴、経験、友人関係、志向、全てを総動員してあらゆる角度からその人に向き合います。 つまり、与えられた1つの情報をあらゆる角度から検証するのに加えて、別の情報を入手しつつ、平行して考える。 今、目の前で自分に見えていないであろう情報にまで意識を向ける。そういう姿勢を持った思考法。 これが「球体思考」です。 球体思考はまた、状況に応じて「難しいことを簡単にできる」「簡単なことに付加価値をつけて複雑にもできる」という、やはり相反する2つの性質を持っています。 よく頭がいい人は「複雑なこと、難しいことを簡単に説明できる・シンプルに捉えることができる」と言われており、実際にこれは本当のことです。 ただもう一歩進化して、 状況に応じて「シンプルなものに付加価値を付けて、一段上のレベルのアイデアに繋げる」 という複雑思考ができることも、運をコントロールできるような性質を習得するには絶対に必要です。 「簡単」→「難しい」→「簡単」→「難しい」を自由に行き来できる柔軟性。 どれも、「運をコントロール」すること以前に、日常の生活、勉強、仕事、ビジネス、人間関係、全てに応用できることばかりでもあります。 なかなか一言で端的に表すのが難しいのですが、要は「網羅する」思考法ですね。まるで「螺旋ループ」のようにいろいろな情報を巻き込みながら上へ上へと上がっていくような、上がって行くのと同時に、自分のフィールドが末広がりにどんどん拡大されていく、というような感覚です。 それが「運のコントロール」にもどんどん繋がっていくものです。 ●「自己組織化」●「(立体思考)縮小思考」→内に掘り下げていく思考●「(平面思考)拡大思考」→外に広げていく思考●「球体思考」→前・後・右・左・上・下・斜めの角度全部から、全部確認していく思考 覚えておいてくださいね。 「運をコントロールできる人」は、例外なくこのことを体感として理解しています。 自己組織化と球体思考については、もっともっと詳しく記事にしていきます。
Jun 13, 2020
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今日はショッキングなお話をします。世の中には本当に人柄の良い善人の塊のような人達が一定数いて、真面目に誠実に善良に日々の生活を送っておられます。私もとても幸いなことに、こういった性格の良い、接したりお付き合していて本当に気持ちの良い素敵な方々に日々お会いすることができています。大多数が皆さん努力家ですし、能力的にも優れた方々が多いです。前向きなパワーをちゃんと持っていて、それでいて何気ないし、自然体だし、その上謙虚な方ばかりです。 そういう方々は、何というのか、見ていてすごく「真っ当な生き方」をしています。 何をもって「真っ当」なのか、と思われる方もいるかもしれませんが、要は「安易な方法で欲しいものを得ようとするのではなく、それが得られるだけの実力を得るために、自分を向上させることにフォーカスしている」→要は努力を惜しまない「絶対に人を利用しない」→卑怯な方法、ズルい手段は決して使わない「身勝手さがない」→自分も周りの人も大切にする「人の幸せを自然に喜べる」→嫉妬することがほとんどないこういった、当たり前の心構えをしごく自然にできているという「真っ当さ」です。勉強でも仕事でも人間関係でも健康管理でもちゃんと「王道」を行っている。とても凄いことです。この「王道を行く」というのは、実は並大抵なことではないからです。ちゃんと等身大の自分を見つめる心の強さがないとできないことですし、それができる、ということは地道な努力の大変さや苦労を受け止めるだけの器がある、ということですし、その器がある、ということは、他の人達の努力や苦労にちゃんと共感できる人である、ということになります。当然「思いやり」も深い人達です。自分がちゃんと努力したり苦労を乗り越えてきた人達、といのは得てして、他人の努力や苦労を決して笑うようなことはしません。 自分が物凄く地道に頑張っているために、軽々しく他人を嫉妬するようなヒマもありません。だからこういう人達はいろんな意味で信頼できるのです。子供のころから、ちゃんとこういう人達と接する機会に恵まれてきたことは本当に幸せなことだと思っています。 だからこそ、逆境に見舞われたり、騙されたり、犯罪まがいのことをされてきたことがある私でも、最終的には「この世も人も信頼できる」と性善説に立って思えていますし、それが心の拠り所の1つとして、新しいチャレンジに邁進する原動力となっていることは確かです。ところが、こういった信頼できる人達も含めて、それが更に「自分で運をコントロールできる」フローマスター達となると、その数は残念ながら決して多くはありません。「2:8の法則」というのがありますが、ここにもそれが当てはまります。20%がこういったいわゆる「善良」に生きている人達。その中でも「フローマスター」レベルの人達はおそらく数パーセント、残りの80%には、普通の人達と「奪う人達」とが入り混じった構図となっています。言い換えると、現状では、「幸運のスパイラル」をガンガン起こして、人と人とが「WIN-WIN」で互いに幸せになっていけるような考え方・態度・行動を実践している人達の絶対数が、そもそも圧倒的に少ないのです。そういう人達がちゃんとこの世の中に存在しているにもかかわらず、世界中で紛争が絶えなかったり、犯罪が横行したり、賄賂がしれーっと行われていたり、忖度が通用しまくったりするのはそのためですし、もっと身近な例では、学校のいじめや職場のパワハラ・モラハラ、家庭内のDVや裏切りが頻発しているのもこれに起因しています。この人口的な絶対数の決定的な違いに加えて、残念ながら「この世の中は『奪う側の人間』」に都合がいいようになっている」ことがさらに問題です。なぜ運やエネルギーといった大切なものをお互いに相乗効果で大きくしていって、誰もが「WIN-WIN」で幸せになるように協力し合あえないような世の中なのか。そこには理由があります。先ほどもお話しましたが、 運を自分でコントロールして幸運を自ら引き寄せられるような人、エネルギーが底無しに沸き上がって螺旋状に運気が上昇していくような「フローマスター」に近い人というのは、本当にとても希少な存在です。とにかく人口としての絶対数が圧倒的に少ない。かたや、ごく普通のエネルギーレベルの人達、どちらかというとエネルギーが枯渇しているようなタイプの人達、フローマスター達の応援や「運のおこぼれ」をもらいながらも頑張っている人達 の人数が多ければ多いほど、 まるで「多数決」のように彼らの都合で世界が回ってしまうのです。法律でとても納得いくようなものではない判決が下る、企業人事であり得ない人が昇進する(その逆にあり得ない人が失脚する)、学校のいじめが隠蔽される、モラルハラスメントが野放しにされる、消費者に貢献している利他主義の企業が薄利なのにあこぎな商売をしている団体が利益を貪る、優しい人が利用される、ズルいやり方がなぜか通ってしまう、実力ある人が生かされない、傲慢な人が猛威を振るう、組織やグループでマウンティング(独りよがりな格付け)が横行する、 などなど、数え上げたらキリがありません。そこに更に「運やエネルギーを人から奪う人達」が加わると最悪です。「運やエネルギーを人から奪う人達」というのは、自分でエネルギーを作り出すことができません。 どちらかというと、現実の生活面でも実力があるタイプではありません。 もっと辛辣に言ってしまうと、「本当の意味で」自分の努力や能力で勝負して目標を達成したりできるような「器」がないのです。 当然自分で運をコントロールできるような次元の人達ではありません。 そのくせ、自己愛やプライドだけは異様に高かったりするのです。 自分さえよければいいという気持ちが根強く、等身大の自分を見つめることが苦手で、現実を見つめることができなかったりします。 本当の自分に向き合うことができないために、コツコツと努力して実力を磨いていくことも苦手です。 コツコツ努力なんかしてしまったら、自分の本来のレベルを自分で目の当たりにしなければなりませんから、発狂してしまうかもしれません。 (私はそうやって実際に「発狂」して自滅してしまった「奪う人」達も結構見ていますので、それについてはまた別の記事で)。 そのくせ「自分は特別な存在である」という意識が強く、常に「特権意識」をもって相手や状況をコントロールしようとしてきます。だから「奪う」のです。実力はないが自己愛と特別意識だけは異様に強い。だから手っ取り早く「持っている人」から運やエネルギーを奪うのです。奪った運やエネルギーを使って自分を飾り立てます。自分の実力を底上げします。奪いにくるのは何も運やエネルギーだけではありません。あなたの能力、才能、性格、趣味、人間関係、目標、なんでもです。自分が持っていない、あなたのキラキラと輝いている部分、それをまるごと「乗っ取り」にかかります。こういう人が身近にいたらそれこそ大変です。あなたが、自分は比較的運がよくて恵まれているところがある、と自覚している場合、こういうことがあったら要注意です。●ある日、いつも出来ていたこと(それもどちらかというと得意だったこと)ができなくなる●出来てはいるのだが、スムーズに行かなくなってきている●特に調子の変化やストレスもなく、勉強もしっかりしているのに、なぜか「成績」や「仕事のパフォーマンス」が落ちてくる(家事、子育て、もしかり)●いままで絶好調だったのに、なぜか何の理由もなく小さなトラブルが増えてくる●その小さなトラブルがだんだん大きくなっていく●いつの間にか生活全部にトラブルが頻発するようになる●あなたの気力や元気が失われていくような感覚に陥る●とてもうまくいっていた複数の人間関係に、なぜか理由もなく陰りがでてくる●体調が悪くなる●本当に怪我や病気が増えてくる●理由もないのに気分が沈む、イライラする●自分が受け取るはずだった成果や賞賛を、なぜかその人が受け取ることになる(そして自分の成果などは初めから「なかったこと」になる) その一方で、あなたの周りにいる人が急に「不自然に」輝き出していることに気づいたら、これはもう「確定」です。●自分と言動が似てくる●自分の趣味がいつの間にかその人の趣味になっている●いつの間にか自分の人間関係の中に入り込んでいる●気づいたら自分の「自分のポジション」の位置にその人がいる●あなたの人気が理由もなく落ちていき、代わりにその人の人気が不自然に上がる●気づいたら自分の居場所が消されている●自分の受け取るはずだったもの全て(成果、賞賛、人間関係、物、チャンス、)を、自分の代わりにその人が受け取っている●見た目も気持ちも自分が「老け込んだ」感覚に陥り、一方でその人が「若くなっている」要は、「何の理由も見当たらない」のに「なぜか」、あなたとその人の状況が「反比例していく」ような感覚と現象です。こういう「奪う人」達の最も恐ろしいところは、運やエネルギーや能力を持っている人達からいろいろなものを奪っておいて、その上で更にそのターゲットの人格そのものを「乗っ取り」にかかるというころです。 「成り代わり」というやつです。 これは実際に「奪う人」のターゲットになってしまい、この状況を経験したことのある人にしかわからない恐怖ですが、 まるで自分が「抹殺」されて、初めから存在していなかったかのような、なんとも言えない恐怖に見舞われるのです。 (ちなみに、私も1度だけ、このような人生最大の「乗っ取り」にハマりそうになったことがあります。本当に恐怖以外の何物でもありませんでした!!これもまた別の記事で書いてみようと思います)。また、彼らはよく「善意を装って」ターゲットを貶めるように策略をかけてくることもしばしばです。 「無知を装って」いることもあります。場合によっては「被害者を装って」こちらに罪悪感を持たせてコントロールしてこようとする場合もあります。いずれも「事実を捻じ曲げて」自分の都合のよいように状況や周囲の人をコントロールしていくのですが、目的はあくまでもターゲットにした「運の良い人」からその運やエネルギーを根こそぎ奪うことです。怖いですね。 怖いと当時に、「運」を研究している私としては、こういう人達にとても怒りを感じてしまいます。 「幸運」の意味をはけ違えた、人の道に反するような、「エネルギーの法則」を冒涜するような生き方だからです。まあ、「エネルギーの法則」は「宇宙の法則」ですから、この法則に反するような生き方を続けていると、いずれとんでもない「バチ」が当たることになるのですが。。。これはまた、別のお話で。
Jun 12, 2020
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「運がいい」「幸運だ」という感覚は、一過性のものだとあまり意味がない場合があります。もちろん自分にいいことが起こる、臨時収入が入った、くじに当たった、売り出していた家が予想より高く売れた、欲しかった物や情報が意外なところから手に入る、思い通りの結果に落ち着く、と単発で幸運に恵まれた時、私たちは誰でも嬉しいですし、一時的に気分も調子も上がるものです。しかし、そのまま喜んでその場が終わってしまては、せっかく自分に発生しだしたと思われる幸運、もしかしたらそのまま幸運のスパイラルに突入していけるかもしれない可能性が、本当にただの「グットラック」のままで終わってしまいます。次にそれだけの幸運に恵まれるのはいつになるのか?それこそ不確実で無計画な神頼みに終わってしまっては、とてももったいないお話です。また、その「幸運」が、私たちの願望や素質とは噛み合わない「ただのまぐれ」のようなものであってもいけません。私たちの持つ才能とか、能力とか、得意分野とか、可能性を、その「幸運の流れ」に乗りながら継続的に開花させていけるようなものである必要ばあります。実は、「運をコントロールする」「幸運を自分で作り出す」「意味のある偶然の一致を自分で引き起こす」ことができるようになるには、日常で「単発の幸運に恵まれたその直後」がとても大切なのです。「幸運な状態でいる」「その幸運な状態をできるだけ長く保つ」「更に幸運に恵まれる頻度と規模を増やす」「幸運が頻発することが当たり前の日常になる」「幸運の頻発がいよいよ連続した束になる」「日常の全てが幸運で満たされる」、これが「幸運の波に乗っている」という状態ですが、フローマスターであることを習得していくためには、まずここを目指さなければなりません。「幸運」とは、私たちの充実した日常のために明らかに運が手助けしてくれている、ということであり、ここの部分はどんなに優秀で努力家の人であっても、「運」に対して一度謙虚になったほうがよいのです。人生は、自分自身の努力と能力の向上プラス、誰かに(何かに)助けてもらいながら階段を上がっていかないと、決して万事滞りなく、とはいかないものです。なので、自分の日常で「意味のある偶然の一致」が連続で起きていると思われる時には、本当に注意深くなることが必要です。なぜならそれは自分に大きなチャンスが訪れていることを一生懸命知らせてくれようとしている「シグナル」だからです。私たちは日々あまりにも忙しかったりするのでなかなか気づきにくいのですが、「エネルギーの法則」から考えると、万物は根底で本当に全て繋がっているために、一度「意味のある偶然の一致」というシンクロニシティの形で幸運な流れに入っていくと、最初は単発だったものが徐々に束になって発生し、それが連続で起きるようになり、自分だけに意味のある出来事や行為が必要なもの(人との出会いや情報、チャンス)を次々と引き寄せながら一貫したパターンでかみあって、思いがけない意義のある展開を個人にもたらしていくようになります。物事の根底には「秩序」があり、例えば幸運に恵まれていない時、私たちは自分に起こる物事の全てが「バラバラ」に見えます。つまり一つ一つの行動や出来事それぞれが互いに何の関連性も持たず、一つ一つの現象が単発で終わっていきます。もし焦りや怒り、緊張や不満でいっぱいになっている「幸運とはかけ離れている状態」の時であればなおのこと、自分に起こることは全て「無秩序」で、良い結果や願望を達成するための「相乗効果」は得られません。こういう状態の時には、関わる全ての物事が非常に重く感じられ、なんとなく物事がスムーズに行かないような感覚に陥ります。調子の良いときにはサクサクと出来ることであっても、です。これはなぜかというと、決して心理的なプレッシャーであるとか、構えてしまう心だけがそうさせてしまっているのではなく、無秩序に、バラバラになった自分を取り戻すためのエネルギーが並大抵のものではなく、エネルギーを浪費して疲れ果ててしまうからです。また、自分の才能や素質と最初からまったく噛み合わないことをうまくやろうとして、本来自分にあった事柄に注ぐべきエネルギーを浪費してしまい、努力が行かせなくなってしまうパターンもあります。「自分にとって正しいこと」をしていないと、当然「意味のある偶然の一致」が起こる余地がなくなってしまうのです。例えば自分自信に嘘をついている人(本人は「自分に嘘をついてる」と思っていない)、自分をごまかしている人には、願望や目標を後押ししてくれる幸運が起こりにくいのが現状です。これは心理学では「潜在意識と顕在意識との壁」というのですが、要は、本当は心の底では望んでいない事柄を自らの願望や目標である、と思い込み、間違った方向に努力してしまうことで、本来の能力や適性を無視することとなり時間とエネルギーを浪費してしまう、ということです。いわゆる「努力の限界」とか「努力の壁」ができてしまうのは、こういうことです。「意味のある偶然の一致」を自分で作り出す、それも、連続して幸運状態を維持・拡大させていく、とは、本来不必要な努力を何もしなくても成功の基盤が自然と創られていく、ということに繋がります。そのための方法も、徐々にブログにアップしてこうと思います。
Jun 11, 2020
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1つ、「運をコントロールする」ということについて、分かりやすく面白い逸話があるので、是非紹介させてください。 このお話は、私の著書の一部分で「現代版『わらしべ長者』の『幸運な人生の流れ』の話」として出てくるものです。意味のある偶然の一致を示す「シンクロニシティ」や、シンクロニシティが頻発するようになることで幸運の流れができる「フロー」状態」というのは、私たちの日常でのある事柄がいろいろ重なって、最終的に驚くほどうまく物事が運ぶ現象のことです。いわゆる「幸運なでき事が重なる」というやつです。自分に都合がいい出来事が頻発してうまくいく「流れ」ができる-多くの人はこれを「原因と結果」という概念で説明しようとするものです。 「これをしたからこうなった」「こう考えたからこう行動するに至った」「これが起きたから、こう対処した」「ここを間違えたから結果がこのように変わった」などと考えるのが普通です。 でも「結果」が「原因」から導き出されるのは誰だって理解できますが、それでは最初の「原因」は、いったいどこから来るのでしょうか。「運をコントロールする」観点から言うと、物事の「原因」を作り出しているのは、常に「自分」です。 自分の内面の思いや考え方が強ければ強いほど、その影響が必ず現実となって外面に現れてきます。 「思考のクセ」がある場合や、場合によっては「偏見や思い込み」がある場合でも同じです。 100通りの考え方や思いがあれば、外面に現れてくる現象は100通りをゆうに超えます。 100通りの考え方と、その人の置かれた環境や立場やバックグラウンドの違いが掛け合わさって、それこそ無限の組み合わせによる無限の現象になって個人個人に訪れてきます。そこで「わらしべ長者」のお話になるのです。「わらしべ長者」とは日本の有名な昔話で、日本人であれば多くの人が知ってるお話でしょう。貧しい若者が、観音様のお告げを受けて藁(わら)から交換していき、最後には大きなお屋敷を手に入れて裕福になった、というおとぎ話です。7~8年程前だったでしょうか。実に面白い方法で「願望」を「実現化」した青年がしました(実話です)。 この青年の実話が、この日本の「わらしべ長者」のお話そのままなのです。彼は「幸運の原因」を自ら作っていき、最初は小さかった波を大きく強力な波変えていったのです。その青年はカナダに住んでいる20代のフリーターでした。 かれの仕事は非常に流動的で、当時ピザの配達員や実演販売のアルバイトをして生計を立てていたようです。 そうしながら、外国にバックパックを背負って旅に出る、という気ままな生活を送っていました。彼は藁ならぬ「一本のクリップ」をはじめにインターネットを使って物々交換していき、最終的に、たった一年で持ち家を手にいれられるかもしれないところまでいき、カナダで大きくニュースとして取り上げられ、一躍時の人となりました。彼は自由気ままな生活を楽しむ一方で、ひそかに地に足のついた生活にもあこがれ始めていたようです。 生活を安定させる十分な資金も後ろ盾もなかった彼は、ほんの遊び心から、住んでいる地域のローカル情報を掲載しているインターネット・サイトの「物々交換のコーナー」に広告を載せることを思いつきました。最初は自分の家にあった、何の変哲もないただの「赤いクリップ」に目をつけた彼は、「このクリップよりも大きくて良いものを交換してくれる方、求む」と広告を出しました。やがてこの赤いクリップを、魚の形にしたペンに交換してくれる女性が現れました。続いて、ある芸術家の女性が知人の息子がつくったという陶器の湯のみカップと魚の形をしたペンを交換してくれました。この時青年は、インターネットの書き込みで芸術家の女性が冗談でリクエストしたとおり、自分から芸術家の家に出向いて物々交換をしてもらいました。青年は日ごろから「自分から行動を起こす」をモットーにしていたので、この交換が実現したようです。陶器のカップは、更にアウトドア用品で有名なコールマン社製のキャンプストーブにかわり、キャンプストーブはアメリカ・カリフォルニア州の海兵隊員によって発電機に交換されました。ここで思いもよらない「逆境」が青年を襲うことになります。ニューヨークに住む男性の所有するパーティー・バックと呼ばれる、バドワイザーのビールの樽とネオン看板のセットと交換されるはずだった発電機が消防署に没収されてしまう、という事態が起こってしまったのです。しかし青年はパニックに陥ることなく、夢を達成するために自ら消防署に乗り込んで、なんとか発電機を返してもらうことに成功します。その後無事に交換されたパーティーバックは、同じくカナダに住むDJによってスノーモービルに交換されました。この時点で「赤いクリップ一個」から「スノーモービル」です。普通の人だったら、この時点で十分満足してしまうところかもしれませんが、この青年はなんと、この物々交換で「最終的に持ち家を獲得する」という目標をひそかに立てていました。 赤いクリップ一個から住宅一軒!彼の交換履歴と目標をつづったブログがやがてマスコミの目にとまり、カナダ全土で話題沸騰となったのです。 テレビ局からインタビューを受けた時に彼が発した「スノーモービルを交換するのに絶対に行きたくない土地」が、とあるスノーモービル専門誌の編集者の「ツボ」をつき、 ロッキー山脈に位置するヤークという集落への旅費がスノーモービルと交換されました。 (「絶対に行きたくない土地」とは、ロッキー山脈山中だったようですね。確かに一人で行くのには体力も勇気もいりそうです・苦笑)。赤いクリップ交換プロジェクトの対象は、その後急ピッチで高価なものへとアップグレードされていきます。「ヤークへの旅行」がある制服支給会社の社用車と交換され、その社用車はカナダ・トロント在住のミュージシャンによって「専用スタジオでレコーディングできる権利」に交換されます。最終的には、アメリア・アリゾナ州フェニックスを中心に活動するある女性歌手によって「フェニックスの自宅」を1年間無料で住む権利に交換されたのです。 ちなみにその自宅は豪邸であったといいます。青年は「持ち家を手に入れる」という目標達成まで、本当にあと一歩のところまで行っています。ちなみに、当時、この実話はハリウッドから映画化の話が持ち込まれていたそうです。 数年たった今現在、私はあえてこの青年の「その後」について特に動向を追っているわけではありませんが、私が注目しているのは、彼のその後ではなく、この青年の「人生に対する態度」です。このお話の中にはいくつかのエッセンスがところどころにちりばめられていて、まずこの青年が最初に交換した赤いクリップは「日常で起こるささいな幸運」です。彼は真面目に誠実にこの「ささいな幸運」を「大きな成功」に変えていっています。まるで、単発のシンクロニシティ(意味のある偶然の一致)であったものを、徐々に束になってやってくる規模の大きいシンクロニシティへと、自ら誘導しているのです。「幸運な人生の流れ」、つまり「フロー」を生み出しています。この青年は、随分と長い間外国を放浪していた経験があるために、行く先々で出会った人々と友達になったり知り合いになったりしていたようです。 大の地図マニアだった上に、インターネットでのブログやSNSを通しても、大勢の人達と知り合いになっていったのだそうです。アルバイトで行っていた実演販売では、うまセールストークを鍛えられ、人とかかわる時にも豊かなコミュニケーション能力をいかんなく発揮できていたのかもしれません。青年は「自分は『まっとうな人生』を送ってこなかった」から地に足のついた生活に憧れていた、と冒頭でお話しましたが、 その『まっとうな人生』を送っていると思っている人からみれば、 一見気ままに見える彼の暮らしと経験の全てが「幸運」を引き寄せるかもしれない貴重な学びであり、 何一つ無駄なことはない、ということを教えてくれています。実際、「些細な事の中にも『意味』をみつける」という心構えは非常に重要です。運をコントロールしていくことの出発点は、まさにこの「些細な事の中にも意味をみつける」という姿勢そのものだと言えます。
Jun 10, 2020
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今日の記事はちょっと長いです。私は常々「Win-Win(自分も勝って、相手も勝つ)」をモットーにしていて、意識的に「Win-Win」を日々の行動に取り入れるようにしてます。自分の考え方や行動が確実に自分のためになるようにもっていくのは当然として、あわよくば、それが誰かのために役立ったり、手助けになったり、その相手の成功に対して、微力ながらも良い影響を与えらえるようなやり方にこだわってきました。もちろんそれが余計なおせっかいになってしまわないように、必ず「相手が望む」状態を具現化しながら、です。全てが全てそうなってきたわけではありませんが、なかなかの確率で、生き方全体を「Win-Win」で満たしていけるようになってきています。そうやって、小さい成功をちょこちょこしながら一つづつ目標を達成していき、同時に数えきれないくらいの失敗も犯してきました。そうです。たくさんの失敗をしてきているとはいえ、たしかに私は「運を科学する」ために、トライ&エラーを繰り返す過程で、それなりの(というようりも「自分なりに納得できる」)成功を得てきました。シンクロニシティやフローのことをずっと研究してきて、引き寄せの法則や運をコントロールすることを謳っているわけなので、まずは自分が体験と体感の両方を通して、あるの「実践的見本」にならなくては(それも意識的・意図的にです)、このテーマを掘り下げていく資格がなくなってしまいます(苦笑)。エジソンじゃないですけれど、99%の努力と1%の才能、そこにパーセンテージでは到底測れない「運」を組み合わせて、自分自身の人生をそのまま「運」を研究する実験台にしてきていることは確かです。ある程度の自己開示も大切なので、私自身のちょっとした例を挙げてみますね。上手くいってきたこと、上手くいかなかったこと、両方です。本当に例としては「一部」ですが。私は子供のころから、「達成したい」と思ったほとんどの目標を、直接的にも間接的にも、たとえ多少の時間差があったとしても、最終的に全て達成してきています。子供のころは、いわゆる「超勉強ができる」上に「子供起業家」みたいなところがありました(子供の頃だけですよ!)。わかりやすく言うと、演劇の脚本、演出、監督、出演(俳優として)、ついでに照明音楽衣装担当を全て一人でこなしてしまう上、メンバーとの人間関係も抜群にうまくやる、というタイプの子供でした。ピアノで作曲することが好きで、高校生の頃には普通科の進学校であってにもかかわらず、音楽の先生から音大の作曲家に行くように猛烈に勧められていました(結果的に音大には行かない選択をしました)。演劇にもある素質があったようで、それこそ脚本と監督をしながら自らも他の仲間たちと一緒に自分の物語に出演していましたし、9年間連続で学級委員であるにもかかわらず、生徒会にまで押し出されそうになり、当時器用で好奇心旺盛過ぎる学生だった私であっても、時間が足りずにその他のオファー関係を全て断って自分の時間と心の安定を確保してきたようなところがありました。学年で1位を取る、地方自治体の国際交流企画で市費の交換留学生に選ばれてアメリアに行く、そこから世界への興味が広がって、大学時代からバックパッカーにはまる、相当数の国を訪れる、取りたい内定は全て取る、行きたい企業には必ず受かる、畑違いであっても自分に向いているとわかれば国内海外を問わず大学や大学院にも行き直す、最終的に学位も取る、海外移住も果たす、行きたいと思った国には何等かの形(旅行、投資、ビジネス)で必ず行く、結婚相手を見つける時もそうでした。これほどはないベストなタイミングで伴侶が現れ、子供も持つことはないだろうと思っていた矢先、やはりこれほどはないベストなタイミングで(それも私のところに来てくれるにはもったいないくらいの「最高の魂」を持ったと思われる子が)しっかり来てくれる、子供に教えられる、いろいろな国に家を持ってみる、世界中どこにいても自分でできる専門職を得る、それをビジネス化する、という目標が1つづつ確実に達成され、今でも現在進行形で夢を達成し続けています。おそらく興味と好奇心の賜物なのでしょうが、球体思考(1つの方向から考えるのではなく、あるテーマを前後右左とあらゆる方面から考える思考法)が得意だったことから、力むことなく自然に夢や目標をどんどん達成していくタイプの若者だったのかもしれません。自分の興味と好奇心と球体思考が、運をどんどん押し上げていってくれていたかのような感覚でした。自分の体調やものの考え方や人間関係や目標達成が絶頂期だったころには、本当に頭のてっぺんに宇宙からの気が無限になだれ込んでくるような、そんな前向きでパワフルな感覚に何度も陥ったことがありました(本当に宇宙からのエネルギーが太い管になって頭頂にひたすら注ぎ込んできるような感覚です!)。さあ、これだけ聞くと、何の苦労もない恵まれた人間のように聞こえますが、ここからが本題です。私が実際に行ってきた生き方や、経験してきたこと、経歴は全て事実で、その部分だけを聞いた友人や知り合いたちからは「スーパーウーマンだね」とか「超人だね」と言われます。そんな私を心から慕って、一緒に更なる目標に向かって手を取り合ってくれる人達もいます。しかし時にはたとえ知らない人からであっても激しい嫉妬を受けることがあります。それはもう猛攻撃です。彼らからの嫉妬は「ちょっと悔しいな」というものから「何が何でも絶対に潰してやる」という強い念まで様々です。実際に攻撃の行動を起こされることも多かったですが、「嫉妬」という感情がなんといっても厄介なのは、強烈な負のエネルギーとなって、実際に相手に飛んで行ってしまう、ということです。これも「エネルギーの法則」で説明できるので、どこかの記事で「嫉妬」について詳しく書いていこうと思っているのですが、私は昔から第六感が極めて強く、幽霊こそ見えませんが(笑)いろいろなものを感じ取っては、それが実際に起こってみたり、異常にカンが当たったり、予測が的中すること頻発でした。なので、こういった嫉妬や悪意のエネルギーが飛んできて、容赦なく自分に突き刺ささると、本当に体調や具合が悪くなったものです。 どんなに傍目に目標を達成しているように見える私であっても、おそらく経験してきた失敗や逆境や挫折や苦悩は相当のものだと思います。かなり行動してきているので、その分多くの成果を手に入れていますが、同様にその100倍は失敗したり、挫折したり、嫉妬で陥れられたりしているのです。安易に嫉妬してくる人達には想像もつかないであろう努力と苦労もしてきています。人が生きていく、とは、根本的にそういうことだと思います。「光の部分」だけを見るのは簡単ですが、それと表裏一体の「影の部分」もちゃんと見つめて、ちゃんと自分と向き合って、初めて「運」の上昇スピードは加速してくものだと思います。では、先ほどの私の成功してきたと思える「光の部分」に対する、もう一方の「影の部分」を書き出してみます。 輝かしく聞こえる私の学生時代に、私は一時的ですが「登校拒否」と「引きこもり」を経験しています。後から考えると、これも「エネルギー」の動きに問題が発生していたからなのですが、例えば、私は勉強では「学年一位」と「学年ほぼ最下位」をひ延々と繰り返していました。普通ここまでジェットコースター式だと、なかなかあり得ない現象かもしれませんね(笑)。卒業後に、当時の担任の先生方に話を聞いたことがあるのですが、本当に不可思議な生徒であったと、今でも記憶にはっきりと残っている、とのことでした。県内一の進学校の入試で満点の一位で入学しており、その後、一位と最下位を本当に延々と繰り返しているんです。登校拒否と引きこもり気味の前後にはもちろん最下位、学校に復帰すると上位に戻る、でもクラスメートからは断トツに支持されて学級委員を9年間務めているし、音楽、美術、英語、弁論大会、あらゆる賞を総なめなんですね。また大学生1年生~2年生の頃には、鬱病とパニック障害を起こしています。これも完全に「エネルギー」の循環と問題に関連していました。言い換えると「エネルギーの搾取」に合っていたわけですが、当時エネルギーの法則に関して全くの無知だった私が、どれほど苦しんだかは想像にお任せします。青春なんてものは当時皆無でした。当時エネルギーの法則を知っていたら回避できたであろう、かなりキツイ経験で、今から考えれと本当にもったいない時代だったな、と思います。「学年ほぼ最下位」の時期が大学入試と重なり、私は鬱のまま日本でほぼ一番偏差値の低いとされている四流大学に進学するざるを得ませんでした。本来、中学、高校、大学3年くらいまでの一番楽しいはずの約10年間は、私にとっての「失われた10年」ということになります。その後、体感でエネルギーを操ることを習得し出していくんですが、ここから旺盛な興味と好奇心を取り戻していった私は、その後、海外を含めて更に3つの大学を卒業していきます。そのうち2つは海外の超一流有名大学の大学院です。もともと生粋の文系だった私は、ここで初めて「実はめちゃめちゃ理系に強い人間だった」ことに気づきます。晴天の霹靂でした。だって、数学をはじめとした理系分野の科目というのは全部、当時の私の「苦手科目」であったはずだからです。高校時代の数学の先生に「エネルギーを搾取」され、理系の才能を封印されていたことも判明しました。化学を中心に物理と数学にどんどん目覚めていき、その関連の一流企業で仕事したり、自分の専門分野で独立もすることができました。私の履歴書を見ると何かのジョークではないか?と疑う人事の人も多かったようです。結果的に日本と世界の名だたる何社かの一流企業にちゃんと就職しているのに、その間の履歴にはフリーターになってしまった時期、非正規雇用者として働かざるえなかった時期、中小企業でにいた時期など、いろいろあるのです。就職していた大企業で何度か賞をいただいたりもしていましたし、その内の1つは社長賞であったため、社長やCEO(最高経営責任者)の方々からの覚えもよく、そのために、社内の派閥政治的な動きで、もう少しのところで社内でのポジションを奪われそうになったこともありました。結果的にその逆境にも打ち勝っているのですが、いまから考えるとあの状況下でよく持ちこたえたな、と背筋が凍るような思いです。本を出版した時もそうでした。ある程度の部数が全国的に売れると、本の内容に共感を持って応援してくれる読者の方々から大きなサポートをいただくことになり、その度に感動と感謝で言葉にならなかったものです。その一方で、そんな状況を利用しようと近づいてくる「奪う人達」も一気に増えるものです。著者としての立場を利用しようとしてくる人、印税を狙ってくる人、何等かの団体に引き込もうとする人(宗教的なものもありましたが、一番怖かったのはカルト的な経済団体です!)など、アプローチされた時点ではそうと気づかず、徐々に「何かおかしい」となっていき、最終的には被害を受ける前に気づいて逃げ切る、ということが何度もありました。こういう経験で人間不信になってしまう人達もいるのも仕方のないくらい、手が込んでいて悪質なやり方でした。私は海外で不動産投資も手掛けているのですが、ここでも4か国7拠点に投資を広げるまでには多くの困難がありました。結果的には成功していると言えるのですが、本当に精神的に参ってしまった事例も多々あります(あまりにもエグすぎる経験なので、ここではあえて割愛します)。海外に行っている時でもそうです。私用でも仕事でも50か国以上は訪れているのですが、行ったことのある国の数よりも、私の場合はその渡航回数が半端ないのです。元来好奇心の塊であるため、たとえ仕事であってもまるで未知の冒険のような素晴らしいワクワク感で滞在中の全て楽しんでいますし、現地の多くの人達と交流もしてきています。それでも、人が聞くと驚くような逆境的経験も沢山しています。例えば、私はなんとイギリスで2回「拉致」されかけています。「誘拐」ではありまん。「拉致」です。言わずもがな「組織的」なものです(おそらく皆さん誰もが知っている「組織」です。。)。大学で有名な街オックスフォードと、その近郊の街で2回。同じ組織、同じ工作員達に、です。わかるのです。何時間も街を散策している間に、どこの道を通っても、どんなに人込みの多い場所であっても、ふと見上げた場所、何気なく目をやった場所に、常に「同じ顔たち」がいるんです。はじめはボツボツと。私が気づいた後からは急激にその数が増える。どんど増えていくし距離が近くなってくる。あんな恐怖はおそらく人生で初めてだったと思います。直観的に「まずい。狙われている」と思ったものです。当時22歳。バックパッカーとしてイギリスを周遊していた時だったと思います。ここでも私の「危機を察知する能力」がビンビン働き、すぐさま最寄りの駅に避難して職員に状況を説明し、予定を大幅に変更して秘密裏に列車に乗せてもらい、逃げ切ったのをよく覚えています。ヨーロッパで、ジプシーの大家族に囲まれて姿を消されそうになったこともありました。「光と影」の両方の経験をたくさんしていると、「チャンスを掴むセンス」と「危険回避能力」の両方が著しく上がるようです。チャンスに関しては、そもそもそれがチャンスなのかどうか、を見極める判断力や、チャンスを具現化する時に必要な信頼できる人達を見つける・見抜く感度、チャンスを生かすための行動を実行するにあたって必要な、具体的な方法と考え方、次に何をしたらよいかを即座に思いつく発想力等が、各段に上がります。「危険回能力」に関しては言うまでもなく、悪意を見抜く、信頼できない人を寄せ付けない、万が一寄せ付けてしまったとしてもすぐに気付いてうまく距離をおける、間違った方向性に舵取りしていないかを随時感じ取れる、どの時点で軌道修正すればよいかがわかる、そもそも目標設定段階でそれが本当に自分の求める「目標」であるのかどうか(目標設定段階で既にハシゴを掛け違ってしまっている人達がどれほど多いことか!)を冷静に見直せる、などです。とりとめもなく書いてしまいましたが、「運の科学」を研究する研究者が、今までどのような成功と失敗を繰り返して現在に至っているか、そもそもなぜ「成功と失敗の両方」をテーマにする必要があるのか(今後ブログでどんどん本質を書き溜めていく前段階のためです)、が少しでも読者の皆様に伝われば幸いです。
Jun 9, 2020
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「運」の研究をしている私にとって、自分の人生に起こること、自分の人生における選択や行動や履歴、というのは、もうそれ自体が格好の「実験材料」なんですね。もちろん社会心理学をベースに実際に大学院時代から引き続き研究しているわけですから、膨大な資料や日本・海外を問わず、成功している人達や、幸せに生きていると言われている人達の生き方や考え方のデータ、というものは沢山集めてきています。その上で、自ら実践してみる!自分に起きた「幸運」「不運」、自分が達成してきた「成功」、陥った「失敗」、経験してきたあらゆること、挑戦し続けていること、全てが意味と価値のある大切な「データ」です。もちろん、努力と同時に「運」を自分で操る、エネルギーを自分でコントロールする方向で実際に達成してしまった目標や願望もたくさんあります。だから私は、今までの生き方全てが自分にとって「素晴らしく価値のあるもの」だと信じています。逆境もしかり、苦悩してきたこともしかり、窮地に立たされたことだって、全て今の研究に意味を成すものばかりです。これはきっと全ての人に当てはまります。無駄なことは人生に起こらない。「運」の視点から見れば、あなたに起こってきたことは、結果的に全て意味があることばかりのはずです。私は今までたくさんの「草鞋(わらじ)」を履いて、活躍したりしなかったり(?)してきていますが、ここで実際に履いてきた草鞋(わらじ)(一部現在進行形です)を、試しにザっと書き出してみます。★プロの科学技術系翻訳者、国際特許翻訳者です。★プロの特許調査士でもあります。★スモールビジネス(特許関係)の経営者でもあります。★社会心理学の研究者です。★心療カウンセラー(有資格者)です。★国内・海外の不動産投資家(現在4か国で展開、所有拠点は7か所)です。★作家(増版決定、読者様には今までに1万部程購入していただきました)でもあります。★世界的なIT企業(誰でも知っています)で、多言語ソフトウェアのシステムエンジニアをしていました。★化学系の世界的大企業(これも誰でも知っています)で化学物質の分析員をしていました。★国際的な証券投資会社で(やっぱり誰でも知ってします)アセットファイナンス(資産金融)に携わっていました。★速記者でもあります。★日本語教師でもあります。★4つの大学&大学院卒業と3つの学位保持者です(海外の一流大学院を修了、もう一つの海外の一流大学院の前期修了で退学経験もあります。日本で四流と言われる大学から海外で超一流と言われる有名大学院まで、全て経験しています。また別の記事でも書きますが、不登校であった時期を含め、本当に「どん底落ちこぼれ」と「優等生」の両方の気持ちがよくわかります。)★国際結婚しています。 ★子供(今は小学生)の5か国語(英語、日本語、北京語、広東語、ドイツ語)マルチリンガル教育に挑戦中です。★自分も4か国語使います(英語、日本語、北京語、広東語)★旅行家です(もう何十か国、何百回飛行機に乗ったのか、数えられません。。)★ブロガーでもあります。★凄まじく第6感が強く、四柱推命、算命学、数秘学、ホメオパシー、ホリスティック医学、精油、薬膳等のスピリチュアル的分野にも、それなりの知識と経験があります(場合によってはリーディング及びヒーリングを行うこともできてしまいます)。このままずっと書き出し続けると本当に百足行ってしまうので、まだまだ書き出せばきりがなく、この辺にしておきます(笑)。ここであえて自分の経歴を書き出したのは、変な自己顕示や、逆に自虐のためではありません。多くの目標を達成してきはいるのですが、おそらくその裏で、100倍以上失敗や逆境を経験してきています。いろいろな成功と失敗の経験の中で得られたある「傾向」は、それら全てが、それこそ「運」とは切ってもきれない関係でした。努力や勉強を続けていくことはもちろんだし、ちゃんと経験を積んでトライ&エラーを繰り返していき、論理的に考えることや、合理的判断ができるようになった上で、その上に「直観」を載せていく。そこで初めて自分のやってきた事柄が「運」の乗る。意味のある偶然の一致が起きてくる。フローの状態に導いてくれるような傾向があります。「百足の草鞋(わらじ)」のテーマでは、それこそ私自身の目標達成の履歴や傾向、逆に失敗してきたこと、逆境に見舞われたことの傾向、良いも悪いもその後の顛末、どう次のステップに繋げていったか、全体的にどう螺旋状の上昇気流に乗っていったか、を記事にしていきます。また私が研究で調べてきた「うまくいく人達」の中でも、うまくいっている時期の傾向やうまくいっていない時期の傾向、ユニークな突破法だなと思ったことを、少しづつ記事にしていきます。
Jun 8, 2020
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以前著書を出版したことがあります。8年くらい前のことになるでしょうか。その中で、「運」を自分でコントロールして、意味のある偶然の一致、つまり「シンクロンシティー」を自ら引き起こして、いろいろなことを思うように達成していく人達(フローマスター)に関して、また彼らが持つその独特の特性について書いています。彼らが持つこの独特の特性を、私は「フォーチュンメンタリティー」と名付けています。「フォーチュン」は「運」「幸運」「未来に起きる善きこと」、「メンタリティー」は「知性」「知力」「心理状態」「心的傾向」または「精神の持ち方」、などの意味があります。いずれにしても、フォーチュンメンタリティーは「幸運を自ら引き寄せる心の在り方」と「運を自らコントロールできる知性」を併せ持った性格のようなもの、であると言えます。好奇心、興味、行動力、目標達成願望が強く、そして「他人の承認」を求める必要がない、非常に「自己完結型」の性格を有しているのが特徴です。私自身、まだまだ「フローマスター」の途上にあります。もっと上級レベルの運の達人であるフローマスターの方々にも沢山で出会って来ましたし、彼らから学ばせていただいていることが山のようにあります。それを自分の生き方で実践→検証→仮説→また実践と、螺旋階段を昇るように地道に運を上げてきています。螺旋階段はぐるぐるといつまでも同じところを動いているような錯覚を覚えますが、着実に実力を重ねながら確実に上に昇っており、それも先が小さくなっていくのではなく末広がりに上がっていく感覚です。著書を出版した頃、私は海外の大学院を修了して「社会心理学者」の卵として次の研究段階に向かっていました。研究内容はもちろん「運の科学」。私は科学技術関連のプロの翻訳者でもあり、特に専門が「特許」に関するということもあって、いわゆる理系科目といわれる分野、特に化学系、物理系、バイオテクノロジー系の分野に強みがあります。文系か、理系か、と何かと分けたがる風潮がある中で、自分は完全に「文理系」だと思っています。日本にいた頃に心理学やカウンセリングも勉強していて、そこで産業カウンセラーと心療カウンセラーの資格も取得しています。エネルギーの法則から見ると、物事は全て潜在下で繋がっている、というのが定説ですし、実際に、一見他分野にまたがっているような現象や情報は、全て互いに影響し合っています。科学を勉強したことのある人であれば、ピンとくる場合も多いでしょう。化学は生体化学にも薬学にも医学にも関わるし、西洋医学や東洋医学は、それぞれ外科的力学・内科的生物学や漢方・薬膳に関わります。物理はリハビリテーションや産業・工業に関わりますし、数学や統計は経済にも関わります。経済は内需や外交にも関わるし、文化交流や教育にも関わっていきます。心理学は心療的処置やカウンセリング、様々な分野のコンサルティングや子育てにまで関わってきます。スピリチュアルな物事や考え方にも大いに関係しています。こういうコンセプトで、自分の知識や考え方、経験を無限大に(それも広げるのと深めるのとを同時に)拡大させていくことを、「自己組織化」というのですが(「自己組織化」については、また別の記事で。)自己組織化が深まってくると、今まで理解できなかったことが理解できる、できなかったことができるようになる、経験を生かせるようになる、できることが増えるために自信が強まる、合理的考え方ができるようになる、更に合理的考え方と経験の上に「直観」を載せて判断できるようになる、そのだからその「直観」が鋭くなる、そのために的確な判断ができるようになる、自分にとってベストな選択ができるようになる、などなど、これらが体感できるようになります。こういったことを一言で端的に「運がよくなる」と表現することも可能になってくるわけです。この「フォーチュンメンタリティー」は1つの特性だけではなく、自己組織化のようにいくつもの特性が共鳴し合って成り立っているのですが、これは「フォーチュンメンタリティー」のテーマ内でまた別の記事にてお話します。********************************「フォーチュンメンタリティ」がわかります!(私の本名もわかります・笑)☟☟☟***現在アマゾンはじめとしたオンラインブックショップでは紙の書籍は品切れのようですね(キンドルは大丈夫です)。中古価格が高騰しております(2020年6月現在)。自己啓発書ベストセラー作家の千田琢拓さんの本でご紹介いただいているようです(驚!)☟☟☟~死ぬまでお金に困らない力が身につく25の稼ぐ本~ 千田琢哉・著 徳間書店私は著者として新品在庫を一定数持っていますので、ご興味のある方は、メールでご連絡ください。☟☟☟FlowMaster Jamillo fortunementality@gmail.com
Jun 7, 2020
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この世の中には、どういうわけか、自分の思い通りに生きられている人、とうのが一定数存在しています。はたから見ていてあまりにも不自然なくらい次々と夢を実現していったり、目標をスルスルと達成していったりしている人達です。何も海外のセレブのような、そういった「大成功」の仕方だけを言っているのではありません。もっと日常の生活に落とし込んだ「身近」な成功を次々と達成している人達です。みなさんも不思議に思ったことがありませんか?「あの人はなぜいつもうまくいくのだろう」と。この「運のよさ」は、本当に小さい些細な事柄から、結構大きなことまで実にいろいろです。あと、こういう人達に限って言えるのは、その「運のよさ」に支えられて彼らの目が達成されていく頻度の高さとスピードの速さです。人によってはそのスピードが尋常ではない速さなのです。普通の人が1つの目標を達成していく間に、こういった幸運な人達はもう10くらいの目標を次から次に達成していて、更にその次のステージに向かっているのです。印象としては、まるで螺旋状にグングン上昇していくような感じです。それもとにかく「楽しそう」にやってのけているわけです。努力はしているのだけれど、全く苦しそうな素振りがない。こんな人達には、当然ながら、「意味のある偶然の一致」が頻発しています。いわゆる「シンクロニシティ」というやつです。運に味方されてどんどん物事がうまく進んでいくこのような人達に起こる、この意味のある偶然の一致は、そのほとんどが本人にとって「嬉しい」情報を含んでいます。それは今まさに必要としている情報であったり、誰かからの具体的な援助であったり、それこそ臨時収入であったり、これから行おうとしてる物事を何等かの形でサポートしてくれる要素が満載の「偶然の一致」です。それも本人にとってのみ「意味のある」、他の人にとってはそれが何の意味もなさないか、または他の人が同じ偶然で同じようにうまく物事を進めようとしてもそれができないようなものです。この「意味のある偶然の一致」は、最初はとてもシンプルな形で始まります。ちょうど必要としていた情報が、たまたま手に取った雑誌に克明に書いてある(それもパッとめくって出たそのページに)とか、連絡を取ろうと思っていた人から偶然にも電話がかかってくるとか、狙っていたポジションがあなたを待ってました、とばかりにちょうど空く、とか、単発で起こるのです。その時あなたは、なぜか非常に心地よく、「正しい時に正しいことをしている感覚」になるでしょう。この単発で起こる「意味のある偶然の一致」に素直に従っていくと、今度はその頻度が更に増してきて、束になってシンクロニシティが発生し出すようになります。本当に芋ずる式に、です。それが次々に繋がっていき、やたらと幸運な出来事が増えていきます。そのうち、それが日常の些細な望みであっても、自分の具体的な目標や夢であっても、その具体的な目標を後押しするような出来事まで頻発するようになるのです。こうなってくると、その本人は一種の無敵状態に入ります。おもしろいように物事が滞りなく進み、必要なものが次々と手に入り、それをサポートしてくれる人が現れたり、行き詰っても、そこで意外なヒントが意外な場所からもたらされたりするようになります。こうして、目標が次々に達成されていく最中でも、「意味のある偶然の一致」であるシンクロニシティは更に起こり続けていきます。こうして次の目標達成に拍車がかかり、その人の幸運には更に拍車がかかっていくわけです。当然、目標達成のスピードが桁違いに上がっていきます。これを、意識的に、または無意識的にできる人達がいます。言い換えると、この「意味のある偶然の一致」を自分で発生させることができる人達です。私は彼らを「フローマスター」と名付けています。先ほども言っていますが、彼らはいずれも世界的な成功者ばかりではありません。本当に私たちの身近にいる、ごく普通の人達の中にも存在しているのです。それも、決し大勢ではありませんが、それでもある一定数いるのです。それこそ学生さんであったり、主婦の人であったり、経営者たちばかりでなく、サラリーマンである人もしますし、芸術家の人達や音楽家、有名になってくれば、それこそテレビでよくみかけるような有名人の中にもこういった人達は存在しています。彼らには共通するある特徴がありますが、これに関しては「フローマスター」のテーマで今後どんどん書いていこうと思っています。私たちには、この「フローマスター」になることを目指す価値があります。「なる」というより、フローマスターであることを「習得する」と言ったほうがいいかもしれません。ただ、ここに気を付けなければならいことがあります。こういう「運」に味方されたような人達は「2種類いる」とうことなのです。一件表面上は、どちらも同じ「フローマスター」に見えるのですが、私のようにずっと「運」について研究してきていると、「フローマスター」とは似ても似つかぬ、(残念ながら)悪魔のような存在を発見してしまうことがあります。「フローマスター」は自ら意味のある偶然の一致を引き起こすことができ、なおかつ自ら「運」をコントロールできる人達です。シンクロニシティもある種の「エネルギー」であり、彼らは「エネルギー」を自由にコントロールできる、言い換えれば「エネルギー」を自分たちで作りだしたり増幅させたりできる人達です。ですから彼らの内面や周りには非常に「善き」オーラのようなものが流れています。しかしこれと反対に、実はこの「エネルギーを奪って」自分の運の向上に充てている人達が存在しています。彼らに奪われる「エネルギー」とは、それこそ運であったり、場合によっては「能力」や「才能」であったり、健康を司る「生命エネルギー」であったり、時には「魅力」や「人気」であったりもします。要は、「エネルギーのあるところ、溢れるところから奪う」ことが日常化している人達です。こういう人達には、奪ったエネルギーにより、まるでフローマスターのように次から次へと運に味方されているような現象が起こります。「エネルギーの法則」をまだ理解していない人が端から見ていると、まったく区別がつかないのですが、実はこれは大変恐ろしいことです。こういった人達は、最近ではよく「エナジーバンパイア」などと呼ばれているようですが、その数は本当に多く、また奪っているのは「エネルギー」だけではないことがわかってきています。シンクロニシティやフローの観点からは、彼らは個人にたまたま起こる意味のある偶然の一致や、フローマスターたちが華麗に起こしているシンクロニシティの束、その場に流れている「うまくいきそうな気」や世界的に上昇しようとしている幸運を、エネルギーを奪うのと同時にことごとく破壊して塞き止めてしまいます。「フロー」にしてもそうです。「フロー」とは「流れ」という意味ですが、フローは物事が落ち着くべきところに落ち着き、様々な障害が消え去り、チャンス、時間、お金、情報といった必要なものが全て必要な時にタイミングよく手に入ったり、適切な場所で適切なことをしているという強い感覚を伴って、物事がスムーズに進みながらどんどんそのいい状態が展開していく流れのことであり、意味のある偶然の一致であるシンクロニシティが束になって発生しだして、そのままフロー状態へと展開されていきます。よく興味のある物事に没頭しているときに、時間を忘れて集中してしまい、気づいたら時間の感覚もなくなったまま、大きな成果を上げていた、それも素晴らしい満足感を伴って、ということがありますが、あれが「フロー状態」でもあります。この「フロー」を、先ほどの「エネルギーを奪う人達」はことごとく壊していきます。「奪った上で、他の善い流れを破壊していく」わけです。そうしながら多くの物、本来、誰かが自分の力と努力で正当に享受するはずだった成果、能力、満足、地位、お金、人間関係などを、ことごとく奪っていきます。「運を奪う人」は本当に傍目には凄くうまくいっているように見えます。ただ、こうしたことをずっと研究してきた私から見ると、こういう人達の「輝き方」はどこか不自然で人工的であり、お会いしてから人によって多少の時間差があっても、ほぼ100%の確率で「奪う人」であることを見抜くことができます。幸運を自らコントロールして、場合によっては関わる人までも一緒に「幸運にしてしまう」力量を備えたフローマスターたちとは、まったく正反対の生き方なわけです。「運」を研究している観点から言うと、こういう人たちが「運を奪う(エネルギーを奪う)」のを安易に許してしまうということは、本来非常に危険なことです。巷の自己啓発書やカウンセラーの方々はよく「自分も許し、相手も許そう」「許せない相手を許していきましょう」とか「許すことが自分自身の解放につながります」などと説かれています。確かに、カウンセリングの分野では、「許す」ということは自浄効果にもなり、怒りや悲しみへの執着を防ぐことができるので、心理的には大変効果的ですし、本人の気持ちは楽になります。しかし、エネルギーの動きを理解して、運をコントロールしていくという分野に限っては、「奪う人を許す」ということはご法度です。なぜなら「奪う人を許す」のは「奪う行為を許す=奪う行為を認める」ということにつながるからです。先ほども書きましたが、「許す」ということ自体はとても大切です。世界的に見ても、私たちはまだまだ「性善説」で生きている部分が多いのです。人は間違いを犯すこともあるし、誤解することもあるし、まだ実力が足りずに時が熟していなかったり、時には嫉妬したり、いろいろいな要因で、「一時的に」自分にも相手にも不本意な状況を作り出してしまうことがあるからです。でも多くの場合、思い直したり反省したりして、再び前向きに捉えるようにもなります。しかしこの「エネルギーを奪う人」に限っては底無しの状態です。私は多くの「奪う人」を見てきてその傾向がわかってきましたが、エネルギーを奪う程度の差はあれ、こういう人たちは残念ながら反省して変わることはありません。相手から「エネルギーを奪うことで何かを容易に得る」ことに慣れきってしまっており、その安楽さと欲は底無しだからです。更にやっかいなのは、自分が相手から運やエネルギーを奪っている、という自覚がありません(一部、自覚ありありで意図的にやっている場合もあるので、これはまたどこか別の記事で。)。 これを「許す」ということは、自分の貴重なエネルギーを好きなだけ搾取させて、自分の幸運をないがしろにする、ということになるのです。これは運やエネルギーを奪われる本人だけではなく、その他のフローマスターを犠牲にすることになったり、コミュニティ全体が善い運気で充満しているところに、突然運気の低迷がもたらされてあっという間に組織自体が解体してしまったりする危険性をはらんでいます。(実際に「エネルギーを奪う人」はデストロイヤー(破壊者)であったりします!彼らの利己的な搾取で、良い人間関係の環に亀裂が入ったり、優秀なプロジェクトがことごとく破壊されていたりします)運やエネルギーを奪う人達というのは、何もエネルギーで満たされているような個人ばかりを狙うわけではないからです。彼らはとにかく、エネルギーがあるところから容赦なく奪っていきます。こうした「奪う人」たちから上手に距離をとりつつ、どんどん「幸運の循環」で自分も周囲も満たしていける、本物の「フローマスター」を目指していきましょう。
Jun 6, 2020
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7年ぶりの更新です!みなさん、お元気でお過ごしですか?さらっと言っていますが、7年って、凄く長い時間なのかもしれません(笑)!以前のブログでお世話になった読者の方でも、さすがに私のことを忘れてしまった方々の方が多いかもしれませんね。。それもそのはずです。7年のブランクですから!でもこれ、本当はブランクなんかじゃないんです。だって「なるべくしてなっている」「起こるべくして起こっている」からです。ブログはすぐにいリニューアルする予定でした。ところが、凄い凄い。。それどころではありませんでした。。人生でステージが変わる時、というのは、怒涛のように一気にいろんなことが起きるんですね。私はもともと昔から、人生そのものがもうジェットコースターみたいな人だったんですが、このパターンはまだまだ健在のようです。歌手の小沢健二さんが、20年近くシンガーソングライターの表舞台から消えていましたね。おととしくらいから、本格的にシンガーとしての活動を再開されているようですが。この20年近くのブランクとされていた間、小沢健二さんはそれこそ世界中に出かけて行って、新たな経験を沢山積んでこられたみたいです。私もまさにこのパターンでした。密度的にはおそらく30年分くらいの変化をたったの7年で経験してしまったような感覚です。。でもその分、いろんな意味でパワーアップして帰ってきましたよ!わかる人にわかってもらえればよい!そのためにブログ発信を一新するんですから。さて、私は現在も「運」についてずっと研究してきていますが、この7年の間にも、山のように新しい発見のオンパレードでした。これから更にどんどん発信していく予定ですが、「幸運」や「不運」について、100人いれば100人に独自のパターンがあるにもかかわらず、「運」のメカニズムにはずっと基本の法則のようなものがあるのではないか、と思ってきました。基本の法則がありつつ、そこに人それぞれのバックグランウドや経験や個性が重なって、本当に千差万別の独自の幸運や成功パターンが体現されている。。。(もちろんその反対に、うまくいかない時期や逆境に思えるパターンにも、それがあてはまる、みたいな。)同時に、これが一番重要なんですけども、この世界にあるもの、出来事は全て「エネルギーの動き」で説明できるんですね。エネルギーは何も電気や熱や光だけではないんです。お金もよくエネルギーに例えられますけど、人の思考や感情、想いや念までもが全て「エネルギー」に置き換えることができるんです。だからそのエネルギーを自分でどんどん大きくして夢を達成することもできるけれど、そのエネルギーを誰かから奪うことなんかもできてしまうんです。奪う目的はそれこそいろいろですが、利己的な目的が多いです。世の中で成功している人達には確実に2種類あって、1つはエネルギーを誠実に願望実現に向けて使ってきた人達。そしてもう一方は、良いエネルギーを持っている人、団体、環境から「奪って」それを自分の成功の糧に充ててきた人達。。。更にそれが集団になれば、プラスの善の目的で、仲間意識をエネルギー増大に向けて、何か意義あることを達成することに使うこともできるし、その逆に、状況やその時代を支配することもできる。こういうことは政治でも国と国との間でも、しょっちゅう行われているのが現状です。まるで映画スターウォーズに出てくる正義の騎士「ジェダイ」と悪の騎士「シス」の存在そのものです。とても対照的ですが、使用する基本の「エネルギー」は一緒です。これは「運」を語る時にも「エネルギーの法則」が当然あてはまってしまいます。「運」も生命エネルギーと同じように「エネルギーの一種」として発生しているからです。これは個人の「才能」や「能力」や「魅力」にもあてはまります。これらは全て目には見えないが確実に存在している「エネルギー」です。私がメインで研究しているのは、自分の生活や人生全般に幸運をもたらす「意味のある偶然の一致」(シンクロニシティ)や、完全な没頭状態に入って類まれな成果を出す状態(フロー)についてですが、これらにも例外なく「エネルギーの法則」が当てはまることがわかってきました。つまり「エネルギー」を自ら扱えるようになっていくことで、生活や人生で決断してかなければならない局面で、かなりの確立で自分の望む方向に自分を持っていくことができるようのなるのです。世の中には、人の数だけ求める望みや目標や希望があるはずなので、一口に「運をよくしたい」「成功したい」「幸せになりたい」といっても、その方法やそこに至る過程や結果は本当に千差万別なんです。だから巷にあふれている「成功法」が全ての人に充てはまるとは限らない。もし1000人いたら、その1000人は全て異なる経歴やバックグラウンド、性格や能力を持っていいるのですから、当たり前と言えば当たり前のことなのです。成功法則や運をよくする技術が存在するとすれば、それは「その個人独自の成功法則」や「その個人独自の運の上げ方」が一人一人に存在するはずなんです。その千差万別な望みに対しても全て「エネルギーの法則」が使えます。それでも、この「エネルギーの法則」が一番顕著に理解できるようになるのが、おそらく「健康」「人間関係」、それから「お金」あたりかもしれません。能力開発したい、自分の才能を見つけたい、勉できるようになりたい、いい恋愛や結婚がしたい、こういったことにも全て当てはまります。自分の持っているエネルギー、場のエネルギー、人から受けるエネルギー、地球のエネルギー、そういった周囲で渦巻いている様々なエネルギーをいかにうまく集約して、善い目標のために集中させるかが大切なポイントになってきます。そうすると、そこで必ず「エネルギーを奪いに来る」存在も発生します。国際的な紛争から政治、実生活で起きる会社での権力争いやパワハラ、学校でのいじめ、これらも「エネルギーの動きと流れ」が大いに関連しています。「エネルギーの奪い合い」と表現したほうがわかりやすいかもしれませんね。「運」も当然ある種のエネルギーですから、これを接する人同士で高め合って、お互いに「WIn-WIn」にもっていって最高の結果や満足を得ることもできますが、反対にこの運のエネルギーを誰かから奪うことも可能になってしまいます。エネルギーを奪われた側は当然「運」が下降気味になります。また、エネルギーは「集中したもの、意識を向けたもの」に向かいますから、意識をむけたものがたとえ善いもの、悪いものであっても、分け隔てなく集中してしまいます。だから私たちが意識を向けるもの、というのは、実は非常に重要であって、むやみにネガティブな人や事柄に意識を向けすぎると、エネルギーは簡単にそちらに流れていってしまいます。善いことや願望などに意識を向け続けることの重要さがここにあるわけなんですが、ここらへんのお話はとても大切なので、別のブログでしっかり説明していこうと思っています。「運がいい」とは、自ら「エネルギーを望む方向に操れる」ということであり、これができるようになることで、もちろん自身の努力は必須ですが、多くの結果は劇的に変わってくるはずです。
Jun 5, 2020
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