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みなさん、こんにちは!今日は、私たちが「運を自分でコントロールできるようになる」「夢も願望もことごとく実現していける無限のエネルギーを生み出す」「自分と自分が関わる人・環境・物事の全てを幸運のスパイラルに導く」これができる「本物の強運の持ち主」になっていくために、是非知っておいていただきたい2つのこと、①「エネルギーは移動する」②「運も移動する」ということについて、お話しさせていただきたいと思います。(ちょっと難しいところが出てくるかもしれませんが、完全に理解できると、「運をコントロールする」ということの意味がますますわかってくると思いますので、どうぞお付き合いください!)「運やエネルギーは『移動』する」。これは、「物理の法則」や「エネルギーの法則」を多少なりとも勉強したことのあったり、化学の知識があったりする人であると、すぐに理解できる概念なのですが、この世の中には、本当の意味で「静止」しているもの、というのは、実は存在していません。私たちが生きているこの世界に存在する全ての物質や起こる事象というのは、何等かの形で必ず「運動」をしています。「常に動いている」ということですね。私たちの体に始まって、自然界のあらゆる動植物、液体、固体、気体状態で存在している全てに至るまで、です。例えば、肉体という物質であれば、その臓器、器官、細胞、染色体は、遺伝子レベルで常に動いています。(血液やリンパ液が流れ、心臓が鼓動し、呼吸をし、酸素を取り入れに二酸化炭素を排出し、新陳代謝やエネルギー代謝が行われ、髪の毛や爪や皮膚は再生を繰り返します。)子供を産み育てることで、次の世代にその遺伝子を残し続けています。植物であれば、常に太陽光と水を取り入れて光合成を繰り返し、種子を産出することで、やはり次の世代にその遺伝子を残し続けています。固体、液体、気体などのあらゆる物質は、その原子・分子レベルで常に「振動」していますし、要は、「熱量と質量があるもの全て」が、その固有の周波数で「振動」しているのですね。例え氷のように冷えきった物質であっても、やはりその固有の周波数のレベルで振動しながら、その固有の状態を維持しているわけです。私たちの目に見えていないだけで。なので、たとえ彫刻のように完全に「静止」しているように見えるものであっても、物理や化学のレベルでは「動いている」わけです。そして「動いている」以上、その物質は常に「エネルギーを発している」ということになります。こう考えると、この世の中の全ての存在、宇宙の全て、万物は、「エネルギー体である」ということにもなります。「宇宙」が出てきましたが(笑)、これは決して壮大なお話でもなんでもなく、「自然の摂理」を説明するお話なのです。「自然の摂理」、つまり「自然法則」ですね。本来、自然法則から外れて存在するものはこの宇宙には存在しないはずなのです。だから、目に見える全ての物質も、目に見えないレベルの全ての存在も、みな「エネルギー体」なのです。そして、エネルギー体から発せられるエネルギーというのは、自然法則に従うと、基本的に(エネルギーレベルの)高いところから低いところへと『移動』するのです。「エネルギーの法則」ですね。熱湯は冷めますし、電流は電圧の高いところから低いところへと流れます。輝度の高い光は暗くて輝度の低い空間に放出されてそのまま取り込まれて消えていきますし、滝の水は高いところから低いところへと落ちていきます。音波も同じですね。大きな音は空気の分子そのものや空気中に散在しているその他の塵や気体の分子にぶつかり、遠くへ行けば行くほど聞こえなくなり、そのうち音自体が消えてなくなります。つまり、周波数が高い→周波数が低いエネルギーレベルが高い→エネルギーレベルが低い状態へと、移行していくというわけです。この「エネルギーの法則」は、このブログで運とお話と絡めてよくお話していますが、これと同じことが、私たちの思考、感情、洞察、直感、認知などの、「目に見えないが確実に存在している意識体」にも起こっているのです。特に、内面の考えやアイデアを自分の外の世界で現実化しようとする場合や、自分自身の考えや思いを他者に伝えようとする場合などは、私たちの「意識体」としての「エネルギー」が、私たちの「内面」という次元から「外の世界(現実世界)」という別の次元へと「移動」して具現化されるわけです。ちょっと難しいでしょうか?でもお付き合いください。とても重要なことなのです!「簡単でわかりやすい」ということと「いろんな構成要素をふっとばして表面だけ理解する」ということは、全く違うことです。ここは、お花畑スキップではいけません。「腑に落ちる」まで理解できると、世界がぐっと広がるはずです!つまり、私たちの内面でも、また私たちの外の世界でも、あらゆるコミュニケーション、あらゆる計画の実行、あらゆる文化、あらゆる人間活動、その「あらゆる事象の全て」において、いつでもどこでも、エネルギーの移動が起きているというわけです。この、どこでもいつでも発生する「エネルギーの移動」が、実は、私たちの「運」にも大きな影響を与えている、といのが、今日のポイントなのです。「エネルギーの移動」とは、つまり「エネルギーの流れ」です。この「エネルギーの流れ」「エネルギーの移動」を自由に制御する、コントロールする、ということが、実はそのまま「運をコントロールする」ということにも繋がります。では、「運をコントロールする」とは具体的にどういうことなのか、なのですが、端的に言うと、2つのポイントがあります。①あなたの『内面のエネルギー』の移動☞「あなた自身から発せられるエネルギーがますます高まる状況を自ら作り、あなたの願望に対して一点集中で注ぐ形で、あなた自身が思うように、そのあなた自身のエネルギーを自由に『移動』させる」②あなたの外側に存在している『万物のエネルギー』の移動☞「あなたという存在以外の、外側の世界に存在している万物(目に見える物質、目に見えない意識体の全て)」のエネルギーの流れを、あなた自身が思うように、自由に『移動』させるということになるかと思います。これです。(自らの意思で)「エネルギーを移動させる」=「運を移動させる」のです。①あなた自身のエネルギーをあなたの思うがままに『動かせる』ということ②あなたの外側の世界に存在しているエネルギーの流れを、あなたの思うがままに『動かせる』ということですね。結論から言うと、これは『可能』なのです。可能というよりも、本物の強運の持ち主は例外なく、この2つの「エネルギーの移動」を普通にコントロールできています。驚かれる方もいらっしゃるかもしれませんね(笑)。自分自身から発生しているエネルギーを高める、それをコントロールする、というのは(ブログで徐々に書いていきます。)理解できても、自分以外の外の事象のエネルギーの動きを、一体どうやってコントロールするのか、ということですよね。まず、是非理解していただきたいのが、この宇宙では、自分が発しているエネルギーの他に、「浮遊霊」ならぬ「浮遊エネルギー」というエネルギーが、そこら中に漂っています。この「浮遊エネルギー」というのは、実に様々な種類のエネルギーであり、イメージ的には、まるで「渦巻きが巻く」とか、「地球の自転により空気の流れ(風)が発生する」ような状態で、あらゆる場所に実に様々な種類・波長・周波数のエネルギーが浮遊しています。浮遊エネルギーの例としては、例えば、地球の磁場が発しているエネルギー、大地(正確にはマグマや鉱石などから)のエネルギー自然の植物の発しているエネルギー動物の発しているエネルギー大気圏外からの紫外線、電波などのエネルギー月などの地球に近い天体の引力によるエネルギー更に、私たち人間の発するエネルギー(生体エネルギー、肉体エネルギー、エーテル体・アストラル体などのエネルギー、喜怒哀楽などの感情エネルギーや、願望などの正のエネルギー、嫉妬・恨みなどの負のエネルギー)こういった、あらゆる種類のエネルギーが、そこら中に漂っていたり、ある刺激などによってそれが様々な方向へと様々な濃度や強さで流れていったりしています。この「浮遊エネルギー」のうち質の良い波長と周波数の高いエネルギーを上手く自分に取り入れたり、同時に、その流れを自ら制御(コントロール)しつつ、自分が元々持っていて自ら発することのできているエネルギーの程度と合わせて使いこなせると、あなたの運のよさは相乗効果的に何倍にも強くなっていきます。これを数学では「積の法則」といいます。*「和の法則」→ある事柄●●と▲▲は同時には起こらないとする。 ●●の起こり方がxx通り、▲▲の起こり方がyy通りある場合に、 ●●又は▲▲のどちらか起こる可能性(場合)はx+yx+y通りである*「積の法則」→ある事柄●●の起こり方がxx通りあり、そのそれぞれの場合について、 事柄▲▲がyy通りある場合、●、●▲●、▲が同時に起こる場合は ●▲●▲通りである。要は、「何通りあるか」という確率の法則ですね。逆に、このブログで良くお話している、本物の強運の持ち主になるために絶対に克服しなければならない、「運やエネルギーの搾取」に遭遇する場合にも、この①あなたの『内面のエネルギー』の移動②あなたの外側に存在している『万物のエネルギー』の移動が、エネルギーを奪う存在から「意図的に」「可逆的に」「不自然に」強制されている、ということになります。エネルギーを奪う存在。このブログでは、もうお馴染みになっていると思いますが(苦笑)いわゆる、自己愛背人格障害者やサイコパスなどの「人格障害者」や「サイコパシー」、人の生命エネルギーや運を横取りする「エネルギーバンパイア」などのような存在ですね。運やエネルギーが奪われる、という時にあなたに起こっている現象としては、同様ですが3種類あります。①サイコパシーやエネルギーバンパイアなどから、あなた由来で発せられているエネルギーを「直接奪われている」場合②あなた由来のエネルギーは奪われていなくても、あなたの周囲の「良い浮遊エネルギー」を、まるで「引き潮」のように動かされている(あなたを取り巻いていた、あなたに向かっていた良い浮遊エネルギーの流れを、横から吸い取る、又は横から別の方向(搾取者側)へと移動させられている)③上の①と②が同時に発生している状況こういった現象が、上記の「運をコントロールするためのエネルギー的2つのポイント」と表裏一体となって発生してきます。次回のブログでは、このことに注意しながら、「運をコントロールするための(エネルギー的)2つのポイント」である、①あなたの『内面のエネルギー』の移動②あなたの外側に存在している『万物のエネルギー』の移動と、「運やエネルギーが奪われる時に(エネルギー的に)起こっている2つの現象」である、①サイコパシーやエネルギーバンパイアなどから、あなた由来で発せされているエネルギーを「直接奪われている」場合②あなた由来のエネルギーは奪われていなくても、あなたの周囲の「良い浮遊エネルギー」を、まるで「引き潮」のように動かされている(あなたを取り巻いていた、あなたに向かっていた良い浮遊エネルギーの流れを、横から奪い取る、又は横から別の方向(搾取者側)へと移動させられている)③上の①と②が同時発生している状況について掘り下げていきます。引き続き、「物理の法則」の概念と、新たに「心理学」の概念がでてきますので、興味のある方は是非お読みくださいませ!関連記事☟☟☟【『共感能力』が運をコントロールする鍵】~科学で考える「善」と「悪」~【運と『本物を見抜く目』の関係】~周囲にも幸運を振りまく『カリスマ的強運男・強運女』になる方法~【運のよさと『共感能力』の関係】~人間の能力の中で一番高度な能力が『共感性』である、というお話~【あなたの運とエネルギーを守り抜く】~『運を奪うエネルギーの遠隔操作と代理戦争』のお話~【自己組織化】「運のよい人」が持っている思考法~「螺旋ループ」と「芋ずる式」と「球体思考」~
Aug 31, 2020
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みなさん、こんにちは!今日は、前回、前々回とこのブログでお話している。「運がよい人、幸運に恵まれやすい人は、『共感能力』が高い」というお話に加えて、『共感能力が運をコントロールするための鍵となる』更に、運を自分でコントロールして、長期的に確実に「幸運のスパイラル」に乗って生きていくスキルをゲットしていくために、避けては通れない現実である、『この世には絶対的な悪が存在する』これを受け入れて対処していく処世術について、お話していこうと思います。このブログは、私たちが「運を自分でコントロールできる」ようになり、自分が目指す目標や願望を、楽しみながら余すところなく実現しつつ、自分だけではなく、関わる人や周りの環境まで幸運で満たしてしまえるような、そんな、自分にとっても周りの人にとっても大変有難い、「本物の強運の持ち主」になるためのブログです。それを、いろいろな角度から、いろいろな分野にわたって、科学、心理学、脳科学、発達学、行動学、哲学、文学、教育学、スピリチュアルの分野も含めて、、、、と、様々なアプローチと事例とで、なるべく分かりやすくお伝えしてく超前向きなコンセプトのブログを目指しております。「全ては繋がっている」とは、歴史と自然法則が証明していることで、例えば、理系分野である科学の分野と、その他の文系分野に分類される分野とは、互いに確実にリンクしています。歴史上の人物からヒントを得れば、分かりやすいように、レオナルド・ダ・ビンチは著名な科学者であり、医師であり、哲学者でもあり、また芸術家で文学者です。アインシュタインは、一般相対性理論や特殊相対性理論を唱えた『理論』物理学者ですが、同時に、特許に関わる仕事にも造詣が深い『実践』技術者であり、かつ音楽を愛したバイオリニストでもあります。ソクラテス、プラトン、アリストテレスなどの哲学者は、同時に、幾何学・天文学を極めた科学者でもあり、また、彼らの弟子たちは、哲学者であると同時に政治家であったり、建築家であったり、また画家であったりもします。現代の世の中でも、理系出身の政治家がいたり、医師で冒険家で探検家の方がいたり、漫画家で声楽家でかつ講演家の方がいたり、主婦で経営者の方がいたり、プログラマーで執筆家の方がいたり、と、一つの分野と別の分野との間には、必ず「接点」が存在し、その「接点」から芋ずる式に、別の分野へと共通項が繋がっていくものなのです。自然法則、万物の法則、つまり宇宙の法則ですね。そうです。「あらゆる分野は繋がっている」のです。そしてこれは、「運のコンセプト」にも当然当てはまります。どういうことか、というと、例えば、ブログの読者の方々は、皆さん、それこそいろいろな年齢、立場、経験、バックグラウンドをお持ちの、一人一人が本当に「固有」のユニークな存在です。皆さんがそれぞれお持ちの考え方、積んでこられた経験と努力、得意とする分野の能力・スキル、こういったものの組み合わせは「千差万別」なので、「個人」としてのユニークさは、本来、全ての人が一人一人「特別なパターン」を持っていて、その人に発生する「幸運のパターン」も、千差万別なのです。一見どんなに似ているようでも、全く同じ幸運は他の人には起こらない。あなたの「固有」のバックグランドの組み合わせに基づいて、あなただけに「独自のパターン」としての「幸運」が訪れる。千差万別なので。だから、皆さんが、今現在、たとえどんな状況にあろうとも、また、皆さんが、今現在、自分自身をどのように捉えていらっしゃるかも、現時点では関係なく、あなたは、あなた固有のパターンで、独自に「運を自分でコントロールできる」ようになります。そのために、このブログでは、運とあらゆる分野を結び付けて、一つづづ螺旋階段を昇っていくように、様々なパターンで「運」について書いています。(これから更にどんどん増え行きます。)「強力な幸運の持ち主」、それも「本物」であるために、多くの前向きなコンセプトをお話していますし、これからもそのスタイルは変わらないのですが、このブログでは、かなり現実的な「厳しいお話」「運を語る上でちょっとエグイお話」もさせていただいております。夢見るメルヘンお花畑スキップ状態では、本当に運を自分でコントロールできる「スキル」と「強さ」が身に付かないからです。その中でも、とても現実的で厳しいお話のうちの一つが、「残念ながら、この世の中には『絶対的な悪』というのが存在する」ということです。私たち人間は、なるべく前向きに日々の生活を営んでいたり、いろいろなことに、自分なりにド努力している過程で、普通に愚痴や我が儘が出ることがありますが、これは、しごく真っ当なことで、ごく人間らしい、普通の当たり前のことです。そんな、いいも悪いも、「清濁併せ持って」日々、頑張っていく中で、やはり私たち人間は、「性善説」を持って生きていると思います。どんなに酷い状況に見舞われても、どんなに酷い扱いを受けても、最終的に、「人は皆、『善』である」という全体意識です。前向きで、真っ当に生きている人であれば、誰でも皆そう信じていて当たり前です。あなたがそうであれば、本当に愛しいくらいに「真っ当」です。基本的に、そのスタンスでいいのですが、(むしろ、その「性善説」スタンスが、「運」の上昇を手助けしてくれるのですが、)あなたには、頭のほんの片隅に、しっかりと覚えておいて欲しいことがあります。「残念ながら、この世の中には『絶対的な悪』というのが存在する」ということを、です。この『現実』をしっかりと理解できていない段階では、あなたがいくら「運を自分でコントロール」できるようになり、自分と周りの人々や取り巻く環境を、あなたの強力な幸運パワーで一気に上昇させることができる力を得たとしても、パーフェクトな状態ではありません。暖かい幸運のエネルギーを、自分にも周囲の人達にも注いで、全てを上向きに上昇させる、非常い有難い存在になった優しいあなたには、想像さえできないであろう、極悪な存在というのが、確実にいるんですね。この世の中には。ここでいう「絶対的な悪」という意味は、実際に犯罪を犯すとか、社会の害悪になるような言動を行う人達、というのも含まれるのですが、ここでは種に、「あなたから運もエネルギーも能力も幸せも、容赦なく奪う人達」ということになります。このブログでは何度も登場している種類の人達ですが、今日は、彼らについて、もっと「科学的な観点」から、運を語る上で、なぜ『善の存在』と『悪の存在』に分かれるのか、もっと突っ込んで、なぜ『絶対的な悪という存在』が発生するのか、を、「運のよい人の条件=高い共感能力」に絡めて、お話していこうと思います。やっと本題ですが(苦笑)。結論から先にお話してしまうと、「絶対的な悪」が存在する原因は「共感性(共感能力)の欠如」であるということです。ここ数十年の間に、心理学や脳科学の分野の研究では、人間の「善悪」と「脳機能」の関係の研究が、飛躍的に進んできています。つまり人が「善悪」を判断できるかどうかは、「共感」、すなわち、本来私たちの脳に備わっているはずの「自分以外の他者の思考や気持ちを理解する能力」=「共感能力」に、深く関係する、という仮説と検証です。例えば、実際に犯罪を犯す凶悪犯などが取るような言動・行動は、共感能力の欠如が原因であって、その共感能力の欠如をもたらすのが、更に脳の神経回路の障害である、というものです。最近では、たとえ生まれたばかりの0歳の赤ちゃんであっても、確実に「共感能力」が備わっている、という研究結果も出ています。例えば、心理学者のマーヤン・ダビドフ博士の研究チームによれば、苦しんでいる人を目にした時の、幼児の反応・行動を調査分析した結果によると、たとえ生後6か月未満の乳児であっても、多くの被検乳児が実際に心配したような表情を浮かべることがわかっています。(*ただし、1歳を過ぎた頃から、専門家が「積極的無視行動」と呼ばれる行動をとる幼児もいます。)更に、今度は、思春期・青年期における冷淡さや無感情を測定した研究もあり、「悪いことをした時に後悔するかどうか」などの質問を調べた結果、その思春期・青年期の被検者が出した「冷淡で感情を欠く性質」のスコアが高かったほど、実際に深刻な問題行動を頻繁に取る傾向があることもわかっています。このような実験から、もし「共感性(共感能力)」がその幼児期まで遡って観察されるものであるならば、人間に「悪」の行為をさせるものは、遺伝子による影響である、という結果も支持されていますが、たとえば、例外的に、とても愛情深い親元で大切に育てられた経験のある人であっても、反社会的な人格を持っている人も、世界中で報告されています。「人を善行・悪行に駆り立てるもの何なのか」これは、例えば、反社会的人格障害であると言われている「サイコパス」の脳を調べた研究で、ある程度わかっています。例えば、神経科学者のケント・キール博士によれば、過去20年間にわたって、反社会的な犯罪を犯した受刑者の脳を、MRI(磁気共鳴画像法)で撮影し、その違いを比較・分析することで、通常の「共感性(共感能力)」を持つ一般の人と、サイコパスのような精神病質を有する人との脳の間に、決定的な違いがあることを、発見しています。私たちの脳内には、感情の処理に必要な「扁桃体」という部分がありますが、サイコパスであると判定された犯罪者の場合、この扁桃体の活動が通常者よりもはるかに弱いことがわかっています。また、彼ら犯罪者が、善悪の判断や道徳的な判断をどのように下しているかを調査するため、暴力的な写真を次々と見せたところ、彼らはその写真に「悪」の行為があり、明らかに道徳的な問題があることを認識することはできましたが、実際にその道徳的な問題に対する「判断」を助けるための脳の領域の活動が「極めて弱い」ということがわかっています。つまり、こうした「平気で人から奪う」ことのできる精神病質のサイコパシーたちの脳は、本来、感情処理や意思決定、衝動の抑制や目標の設定を助ける扁桃体、更には、思考、合理的判断、理性、共感性、といった、より人間らしい高度な脳機能を司る前頭葉や大脳新皮質といった領域機能に、なんらかの障害(又は機能不全)がある、ということを、科学者たちは確信しているのです。「人間らしい高度な脳機能」の欠陥。ここで、彼らサイコパシー達に共通しているのが、この「人間らしい高度な脳機能」の欠陥を補うために、本来その「人間らしい高度な脳機能」を司る領域で処理するはずの「善悪」などの判断を、他の認知を司る領域を使って、「機械的に知覚」するのだそうです。だから「感情」が伴わない。人の運やエネルギー、立場や人間関係、能力や手柄を平気で奪う、服装や持ち物、話し方やキャラ(人格)まで平気で真似する、それも当然の権利のように、何の罪悪感もなく、当たり前のように横取りする。これができる理由が、要は「人間らしさの欠如」なんですね。これがそのまま、サイコパシーたちの「良心の欠如」という現象となって表に現れてくるのです。良心の欠如-これは人間の肉体を持って人間の言葉を使い、人間社会で生きていく上でまさに致命的な欠陥であると、科学者たちは危惧しています。このブログでよくお話する「爬虫類脳」ですが、サイコパシー的精神病質を有する人達は、大脳辺縁系や脳幹などのより原始的な動物的「本能」を司る領域の活動が優勢であり、逆に、先ほどの人間らしい高度な脳機能領域である、大脳新皮質や前頭葉、扁桃体の機能が不全又は劣勢となっています。脳機能がより高度になっていく順番としては、脳幹→大脳辺辺縁系→大脳新皮質→前頭葉 (*位置付けとしてはこのあたりが扁桃体)ですので、こういったサイコパシー傾向を持つ人達の脳は、より原始的な「本能」領域の脳までしか、正常に発達していない、ということになります。だから「爬虫類脳」なのです。考えてみてください。あなたの学校、職場、地域、場合によっては家庭の中に、人間の肉体を持って、スーツや制服を着こなし、人間の言葉を話すが、その中身は本能むき出しの「爬虫類」が混ざり込んでいて、本能的な闘争心で、あなたが持っているエサ(運、エネルギー、良好な人間関係、能力、才能、立場、手柄、アイデア、いけてるセンス、ユーモア、人気、魅力、身体能力、など)を、片っ端から奪う-「横取り」-していくわけです。そう。まさに「横取り」です。なぜ平気で「横取り」できるのかといけば、これらは彼らにとっての生存のための「本能」だからです。彼らの「本能」とは、人間世界に存在する「あらゆるもの」-持ち物、評価、学歴、地位、立場、人気、人間関係、お金、雰囲気、アイデアなど-これら全てに対して限りない自己優越感、限りない自己への誇大評価限りない「自分が一番」感限りない特権意識、限りない欲望、限りない承認欲求、を満たす対象-エサ-としてしか認識していない、ということなのですね。そして、氷山の一角だけを綺麗に見せることだけに、膨大な時間のエネルギーを費やしているのです。中身を磨かずに。カモフラージュして「獲物」であるあなたを、油断させなければならないですからね。サバンナで、タイガーが捕えた獲物をライオンが横取りするチーターが捕えた獲物をハイエナが横取りするワニが捕えた獲物を別のワニが横取りするこんなことばかりやっているわけです。「人間社会」で。本能は込み上げてくる「衝動」ですから、これを、理性や合理的判断や共感性で成り立っている「人間社会」でやられたら、ある対策を立てていかない限り(これはおいおい別のブログ記事でお話していきます)私たちが簡単に勝てるわけがないのです。彼らは込み上げてくる「強烈な生存本能」で全力であなたが持っている「エサ」を奪いにくるからです。どうでしょうか。大変に残念ながら、この世の中には「絶対的な悪」が存在してしまっているのですね。例えば、元FBI捜査官のロバート・K・レスラー氏とジョン・E・ダグラス氏は、アメリカの犯罪捜査において、「サイコパシー的」精神病質を持つ、例えば、自己愛性人格障害者などが特異犯罪・凶悪犯罪者に占める割合が非常に高い、という報告を出しています。FBI操作では、独自の犯罪捜査手法である「プロファイリング」を採用していますが、これは、犯罪心理学と行動科学的な視点から、犯罪そのものの性質や特徴を分析し、見えない犯人の姿を推測する操作手法です。その「プロファイリング」でも、「サイコパシー(精神病質)」を非常に危険な性質であると認めて、犯罪捜査とその解決に利用しているわけです。それだけ、こういった種類の人達と言うのは、個人にとっても社会全体にとっても危険であり、また、生産性の真逆を行くようなデストロイヤー(破壊者)でもあるのですね。話が犯罪捜査まで行ってしまいましたが(苦笑)実際に、FBIが「サイコパシー(精神病質)」は大変危険である、と警告しているほどなのですから、私たちは、この警告を心に刻み付けなければならないと思います。普通に日常生活をおくる上でさえ、こういったサイコパシー気質の人達は危険ですし、実査に、こういう気質を持った人達というのは、あらゆるところ(学校、職場、地域)に意外といるものなんですね。そこで、どうするか。もともと運がよい人、又はこれから運を上げていける素質がある人、というのは、その共通する傾向として、共感能力が高めで、かつ頭がいい人が多いです。思いやりもあり、責任感もあり、何より「努力」できる人です。このいいところづくめの性質を、あざとく利用してくるのが、サイコパシー傾向を持つ人たちですから、あなたには、「正当防衛としての冷たさ」が絶対に必要となってくるのです。あなたが完全に「本物の強運の持ち主」にアップグレードしてしさえしまえば、そのエネルギーや波長のレベルの違いから、彼らはあなたに手も足も全くだせなくなるため、特に問題なく、決して絶望することはないのですが、あなたが「本物の強運の持ち主」になっていく、大切なプロセス過程の真っただ中にいる段階では、彼らからの「エネルギー搾取」に十分に注意・警戒・防御する必要があります。大変残念ながら、先ほどもお話したように、こういった、人の運やエネルギーや能力を奪って自分たちの欲望の糧にしているような(無意識・意識的にかかわらず)「悪」の塊のような人にとっては、この人間界は「食料をゲットするための『エサ場』」そのものだからです。エネルギーを自分で作り出すことができない彼らにとって、人間が放っているエネルギーは、それがどんな形であれ彼らにとっては貴重な美味しい「食料」なんです。とてもエグい言い方になってしまってアレなんですが、そんな「エサ場」の中に、ひときわ輝くほとばしる限りの良質のエネルギーを自ら(無限に)放っている、「本物の強運の持ち主」がいたら、どうでしょうか。彼らにとって、これほど美味しい「獲物」はないのですね。(先ほどのライオンやハイエナのお話ではありませんが。。)そんな彼らのターゲットになってしまったあかつきには、365日24時間、あなたは、彼らの狂気に満ちた妄想・幻想・嫉妬・嫌がらせの標的となってしまいます。彼らがあなたから運、エネルギー、能力、手柄を奪う時には、「隙あらば喰ってやる」という凄みを彼らから感じるはずです。だって「生存本能」ですから。彼らは、それだけ全エネルギーをかけて、四六時中、人から運やエネルギー奪うこと「だけ」に意識を集中させています。「真っ当な」私たちにとっては、ちょっと理解できない執念ですよね。まさに「尋常ではない執着心」。でも、この前代未聞の絶対に有り得ないようなことを、彼らはいとも自然にやってのけてしまいます。だって、「食料」を得ないことには、彼らにとっては「生存の危機」ですからね。何度も言いますが、彼らが人から運やエネルギーを奪いまくる、というのは、彼らにとっては「生きるための本能」に従った、生存戦略なのです。彼らは心理学でいうところの「サイコパシー(精神病質)」で、発達心理学的には「境界知能障害」「高次機能障害」、脳科学分野であれば「大脳新皮質劣勢」に該当しますし、スピリチュアル的な言い方をすれば「エネルギーバンパイア」にあたります。「サイコパシー(精神病質、人格障害)」が一番わかりやすい例であるかもしれませんが、自己愛性人格障害者境界性人格障害者反社会性人格障害者(サイコパス、ソシオパス)潜在的攻撃性人格障害者(カバードアグレッション)これらの種類の人達が、いわゆる「サイコパシー(精神病質)」の人達ですね。彼らは、人から「盗まずにはいられない」という病質を抱えています。爬虫類なので(苦笑)。何を盗むか。メインは、先ほどお話した、運、生命力、エネルギー、能力、才能、魅力、人気、身体能力、センス、業績、など、彼らの誇大な有能感や特権意識を満たしてくれるようなものですが、あなたが、その精神病質サイコパシーにとって、喉から手が出るくらい「欲しい」というキャラを持っている場合、(ここが最も理解していただきたい部分ですが)一番恐ろしいのが、あなたのアイデンティティー(人格)そのもの乗っ取ろうとしてくることです(恐!!)これは、実際にこの人格乗っ取りの被害に遭遇した経験者でなければ、その恐怖はわからないものだと思います。彼らは、実に「変幻自在」に(また全く一貫性なく)あなたの全て「コピー」しにかかります。人間関係を奪い、立場を奪い、振る舞い・服装・持ち物に至るまで全て真似て奪い、話す内容から態度から、何から何まで、完全に(あなたの)「全文コピペ」で迫ってきます。あなたの周囲にもいないでしょうか。なぜかあなたの「真似」をしてくる人。あなたを微妙に「下に見てくる」くせに、なぜかあなたの真似をする人。あなたの服装、持ち物、行動、趣味、話し方、親しい人間関係(に首をつっこんでくる)等、こういう場合、彼らはやはり「サイコぱいー気質」を持っている場合が多いです。単にあなたに憧れているので、あなたのようになりたい、そのために「努力もする」ではないんです。「あなたに成り代わりたい」→「私があなたに成り代わって、コピペ元のあなたの存在を消し去りたい」ですから、このパターンに巻き込まれると、非常にやっかいです。なので、共感性の高い優しいあなたがいつも心しておかなければならないのは、とにかく「正当防衛としてに冷たさ」なのです。人間関係とは、互いの相手に対する「尊重」と「思いやり」で成り立っているものです。あらゆる関係-例えば、学校の先生や先輩、職場の上司や同僚、義理の両親・義理の家族関係、親友、友人、知り合い、近所関係-など、全ての人間関係の在り方では、自分らしさを維持することと、彼らの存在を尊重することととの「バランス感覚」が必要となってきます。そこで、例えば、よく人間関係の悩みなどで上位にあがるトピックである「義理の両親(姑、舅、義理の姉妹・兄弟、義理の親戚の人達)」との問題を例に挙げてみます。ご結婚されている読者の方であれば、この問題は、生活の中で、物理的・心理的・精神的にも非常に多くのウェイトを占め、また、多くの負担となっている場合があることを、よくご理解されていることと思います。その中で、「義理の家族とは非常に良好な関係である」「義理の家族とは、本当の家族のように心が通い合える」という、非常にラッキーな方も、いらっしゃると思います。もちろん、その良好な関係は、単に「ラッキー」なのではなく、ご自身の努力や義理の家族方の努力もあるかと思います。そんな義理の家族との良好な関係、というのは、それこそあなたと、義理の家族方との「互いの相手に対する『尊重』『思いやり』」が、機能しているということなのですね。ポイントはココ、「互いの」という部分ですね。ところが、こういった、あなたに非常に身近な人達が大変残念ながら「サイコパシー気質」であることは、よくあります。この場合は、結論から言うと、先ほどの「良好な関係」を築くことは、不可能です。「良好な関係を築いているフリ」はできるでしょう。ただし、そこには、心の安らぎも安心感も、平和な日常感も期待できません。それは、あなた側に問題があるのではなく、ほぼ相手側に問題があり、相手側がそれを自覚することはないからです。ここであなたが「高い共感性(共感能力)」をフルに使って努力し、彼らを「愛」で包もうとしても、それは、先ほどの「互いの相手に対する『尊重』『思いやり』が機能している」場合にのみ、通用することなのです。相手側が人を『尊重』『思いやる』ことができない「爬虫類脳」の人物である場合、あなたは、「正当防衛としての冷たさ」を持って、接していくしかないのです。これがきるかどうかは、あなたが「運を自分でコントロール」できるようになる上で大変重要であるばかりでなく、あなたが普通の平和な日常を謳歌できるかどうかにも、大きく関わってくることです。これは学校でも職場で同じです。そして、あなたは、その高い共感性(共感能力)で、「愛」を注ぐ相手を見極めなければなりません。人間として相手を『尊重』できる、『思いやれる』真っ当な人間らしさを持っている人達に、思う存分あなたの高い共感性(共感能力)を発揮しましょう。そして、その人達に囲まれながら、あなたはこれからどんどん「本物の強運の持ち主」にアップグレードしていき、また、その人達にも幸運を注いでいくのです。「幸運のスパイラル」に入るんです。今日はちょっと長く、また多少辛口のお話でした。でも、読者の方には絶対に理解できるお話だと思います!関連記事☟☟☟【運と『本物を見抜く目』の関係】~周囲にも幸運を振りまく『カリスマ的強運男・強運女』になる方法~【運のよさと『共感能力』の関係】~人間の能力の中で一番高度な能力が『共感性』である、というお話~【あなたの運とエネルギーを守り抜く】~『運を奪うエネルギーの遠隔操作と代理戦争』のお話~【『運のコントロール』と『自分らしさを炸裂させること』との関係】のお話
Aug 27, 2020
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みなさん、こんにちは!今日は、あなたがどれだけ、『本物を見抜く目』を持てるかによって、あなたの生命力あなたの運の良さあなたの願望実現度これらが飛躍的に高まるお話と、それによって、あなたが周囲を巻き込んで、あなたもろともあなたが関わる周囲の人達や場に、「幸運のスパイラル」を発生させる貴重なカリスマ的存在になるというお話です。本当に幸運に恵まれ続ける強運の持ち主、というのは、自分自身の願望を次々と「楽しく」実現していく能力が高く、また、性格や体力とは全く関係なく「エネルギーレベルがずば抜けて高い」のは勿論なのですが、それ以上に、その人が関わる周囲の人々、組織、プルジェクト、ひいては彼ら全ての運まで否応なしに上げてしまうという、大変貴重で有難い存在です。つまり「本物」です。「強運」には明らかに二種類あって、一つは、この「本物」の強運の持ち主。この「本物の強運の持ち主」は、自分で幸運を引き寄せ実現していくエネルギーを元々自分で生み出すことができる、又は、宇宙からのエネルギーを際限なく受け取り、それを自分を通して内側(自分自身)にも外側(周囲の人々や環境)にも循環させることができる人、になります。このブログでもよくお話していますが、この世の中の全ての事象というのは、「宇宙の自然法則」に基づいた「エネルギーの法則」で成り立っており、「幸運」「不運」「願望実現」「」という現象も、同じように、個人間、組織間、環境間で生じる「エネルギーの移動」により発生する現象です。そして自然法則では、エネルギーは「循環すべきもの」であり、また「循環」によって、その質量はどんどん大きくなっていくべきものです。つまり、この「宇宙の自然法則」通りにエネルギーを循環・増大させている人、むしろ、この「宇宙の自然法則」そのもの、である存在が、本物の強運の持ち主、ということになります。自分自身も健康で、自己肯定感も能力も高く、どんどん願望を実現していきつつ、関わる全ての人達にも高いエネルギーを注いでくれる、関わる全ての人達にも、彼らから注がれるエネルギーのおかげで、どんどん幸運が舞い込んで切る。いますよね、そういう人。とても希少ですが。その人と関わると、いつも物事がスムーズにいく、首尾よく上手くいく。いつも元気づけられるような勇気をもらえる、深く安堵する、そしていつのまにか、自分の運も良くなっていく。。そういう、大変有難い貴重な存在です。何て言うんでしょうね、周囲全体を幸運のスパイラルに導く、「カリスマ的強運男・強運女」さん達ですよね。こういう人に運よく出会え、なおかつ彼らに慕われ、愛されたりなどするなら、あなたの人生は見違えるように輝き始めます。彼らと一緒に、どんどん上昇気流に乗れっていけるからです。その一方で、また別の「強運の持ち主」というのも存在していますが、こちらは、あなたがもし、この宇宙の自然法則そのものの「本物の強運の持ち主」に一度でも接したことがある、一度でも彼らからの恩恵を受けたことのある人であれば、その違和感に必ず気づくと思いますが、普段から、そういう「運」や「エネルギー」の流れについて意識していないであろうほとんどの人は、最初から最後まで彼らの「見せかけの強運」に騙され続けることでしょう。この二番目の「強運の持ち主」。彼らは「エネルギーの法則」に基づいた幸運論においては「偽物(ニセモノ)」です。つまり、比較的運のよい人~先ほどの強運の持ち主まで、エネルギーレベルの比較的高い、なおかつ心の優しい人を疑わないような人達から、そのエネルギーを「奪って」、自分の成功のためのエネルギーとしている人達です。それも実に巧妙にやるので、ほとんどの人達は、彼らがニセモノであることを見抜くことができません。しかも、彼らは、エネルギーをただ「奪う」という形で、循環させたり還元させたりすることがないので、確実に「宇宙の自然法則」「エネルギーの法則」に反している存在なので、その正体は「本来徹底的に運の悪い人」なのですね。なぜ「奪う」のかというと、彼らは元々普通の人よりもはるかにエネルギーレベル低く、また、自分でそのエネルギーを作り出すことができない種類の人達だからです。更に、ただエネルギーレベルが低いのではなく、そのエネルギーレベルを上げるために自分で努力することのできない人達です。不思議なもので、こういう人達に共通しているのが、とにかく「欲が深い」ということです。誰でも、「願望」や「希望」としての「欲」、自分自身をより向上させたり、生活の質をより向上させたりしたりという、前向きな「欲」、というものは持っているかと思いますし、これらの「欲」というのは、とても真っ当で健全なものです。しかし彼らの「欲」というのは次元が違います。お金に関わる欲、地位や名誉にかかわる欲、他人からの承認欲求、学歴、経歴、物欲、食欲、性欲、快楽欲、あらゆる分野に関係する「欲を抱く程度」が尋常でなく底無しなんですね。そう。「欲が深い」んです。半端なく。「欲が深くなる」原因はいろいろあります。例えば、心理学レベルでは人間性や人格の低さ、発達学レベルでは幼児性の優勢や認知の未発達、機能不全家庭での機能不全的成長、脳科学レベルでは脳機能の障害(大脳新皮質、前頭葉等の劣勢)、スピリチュアル分野レベルでは魂の未熟さ(魂レベルの低さ)、など、いろいろあるのですが、これらの状態というのは、人間が人間らしくあり得る「思考力」や「合理的判断」「理性」そして「共感能力」とうものが著しく低いか、欠如している状態、つまり、「(動物のように)より本能レベルで生きている」状態なんですね。本能って、努力とは対極にある資質です。本能は、生存して生き残るために体の奥底からうぬを言わさず沸き上がってくる「衝動」であり、努力は、人間としての「思考力」「合理的判断」「理性」そして「共感能力」から生まれる「意識的な行為」だからです。なので、この「欲の深さ」と「努力できない性質」から、この、人から奪って強運を維持している種類の人達というのは、常に手っ取り早い願望達成や成功を際限なく渇望して、人からガンガン「運」や「エネルギー」を奪いまくります。表では、それとわからないように、本物の強運の持ち主のような人格者の振る舞いをコピーしつつ、裏では、欲で見境が全く無くなった、エネルギーを奪う快感で狂喜乱舞になっている異常な興奮状態で、でです。イメージとしては、般若が踊り狂っているような(爆笑)。だから、その「願望達成」や「成功」のスピードやプロセスが、「不自然」なくらい早く、非常に違和感があるのです。本物の強運の持ち主が、自分にも周囲にも最高の幸運を降り注ぎながら、軽やかにグングン幸運のスパイラルで上に昇っていく、あの爽快で心地よく微笑ましい感覚とは真逆の感覚です。表面上は「本物」をコピーしていますからね。それこそ、「本物の強運の持ち主」と同じ立場にいて、肩を並べて何食わぬ顔をして、いろんな組織で尊敬されていたり、重鎮として尊重されていたりするのです。こういう「ニセモノの成功者」達が、この世の中のあらゆる分野において、その頂点に君臨していたりするから、非常に厄介なんですね。経営の分野、政治の世界、芸能界、芸術の世界、大学などの学術機関、病院などの医療機関、学校、職場、クリエイティブな分野、あらゆる分野に、です。「ニセモノの強運の持ち主」達を見抜くことができなければ、もしあなたにそれなりの「運」と「エネルギーレベルの高さ」が備わており、なおかつ「能力」や「目標」を持っている場合、場合によっては、あなたが彼らの強運を維持するための「ターゲット」として、その「運」や「エネルギー」を奪われ続ける立場にされてしまうかもしれません。(私はこういう人達をたくさん見てきました。そして私自身も「ターゲット」にされたことが何度もあります。だからこそ、こういう人達を守りたいと思いますし、こういう人達こそ、真に力を発揮して、自分も周囲の人達も幸せにしていって欲しいと強く思っています!)だからこそ、「本物」を見抜く目」を、どんどん養っていって欲しいと思います。先ほどもお話しましたが、「本物」は、それが人物であっても、物やシステムや環境であっても、あなたが受け取る「感覚」というものが違います。まず暖かい。軽い。そしてどんどんエネルギーが注がれる感じを受けるはずです。逆に、人や環境から「運」や「エネルギー」を奪うことによってその「見せかけの強運」を頑なに維持して成功にこぎつけている「ニセモノの強運の持ち主」達を見ていると、「外からエネルギーを取り入れているだけ」で、「彼らからエネルギーを発して循環させている」という感覚が全く感じられないことがわかってくると思います。更に実際に彼らの近くに寄ってみたり、彼らと話したり接したり、ましてや一緒に仕事や活動を送ると益々わかってくると思いますが、あなたに何らかの温かいエネルギーが注がれる感覚、というのが「皆無」であることに気づくことでしょう。むしろ、一緒にいるその時は、彼らの「偽りのカリスマオーラ」に圧倒されて変な興奮状態を感じつつ、別れた後や時間がたった後に、何とも言えない「疲れ」を感じるはずです。あなたの「運」と「エネルギー」が、奪われたのですね。これを「時間差」で更にバレないようにやる輩も沢山います。「奪う根本姿勢」は同じですが、その「やり方」は、ニセモノ達によって千差万別なのが、更に被害を分かりにくくしているという現実があります。では「本物を見抜く目とは、一体どうやって養うことができるのでしょうか。「勘」や「洞察力」、それこそ「共感能力」がポイントとなってはくるのですが、このニセモノ達の中には、非常にタチの悪い「高知能犯」というのがいて(苦笑)、本来共感能力がない動物脳であるにもかかわらず、なんと、「共感性」まで「コピー」して、相手の気持ちや思考を読み取って更に利用してくる輩がいるのです。こういう種類の高知能犯は、ニセモノ達の中でもかなり危険な部類で、普通の人達よりもはるかに共感能力が高いように自分を「見せる」ことができるため、かなり勘や洞察力の優れた人であっても、往々にして騙されることがあります。(私自身も、3年くらい騙され続けていた経験があります。彼らは一見非常に魅力的で思いやりに満ち溢れているように見え、共感性も高く、なおかつ、本物の強運の持ち主が醸し出すような「暖かさ」までコピーできているのです!)普通であれば「勘」や「洞察力」は、「本物の強運の持ち主」だけでなく、私たち一般の人達にとっても、幸運に恵まれるための重要な能力ではあるのですが、この「高知能犯」対策に限っては、更に有効な能力が大切になってきます。「勘」や「洞察力」は、人間が人間らしくあり得る「思考力」「合理的判断」「理性」そして「(本物の)共感能力」の部類に入りますが、ここではあえて、「違和感」という、人間が動物の進化系でもあるために備えている「(危険を察知する)より本能の部分」で、判断する、ということです。はい。先ほどの「ニセモノの強運の持ち主」の正体を裏付けている、「本能」ですね。「勘」や「洞察力」は、人間の能力の中でも「共感能力」と同様に、最も高度な能力であり、ほとんどの「人間らしい」活動において、私たちを守り、より向上するために導いてくれる、とても重要な能力です。しかし、それは「思考力」や「合理的判断」、「理性」や「共感性」と同じように、高度な知能を持つ「人間」に対して通用する概念ではありますが、そこから更に遥か原始的な「本能」という衝動で生きているニセモノ達には通用しません。これは大変恐ろしいことです。更に人間としての高度な知能では、目の前の、まるで本物と見間違うようなニセモノ達い対して、(ましてや成功している「共感性の高そうな」ニセモノに対して)、私たちは、その人間的な合理的判断と理性によって、後から「意味付け」を行って、彼らを「正当化してしまう」という無意識の過ちを犯してしまうかもしれません。(これは、相手が成功していればしているほど、確実に起こってしまうことです。。)だからこそ「違和感」から目を背けてはいけないのです。相手はとても成功している。性格もよさそうだ。(一見)他人に共感することができている。でも、あれ?何かおかしい。付き合えば付き合うほどに、相手を知れば知るほどに、「違和感」が頭をもたげてくる。。あれ?目が笑っていない?あれ?なにか冷たい感覚を受ける。。そういえば「暖かみ」が不自然?あれ?どうしようもなく疲れる(恐)!この感覚です。「違和感」。これを感じたら、徐々に距離を置き始めることをお勧めします。多分相手のニセモノ達は、あなたの異変にすぐに気が付くことでしょう。獲物が、ターゲットが逃げることを、彼らは何よりも恐れていますから。だって、あなたの「運」と「エネルギー」で、彼らはその成功や前進力を補填しているのですから。そして、先ほどお話してきた「本物の強運の持ち主」の感覚。あの暖かい、自分に注がれる、あの素晴らしいエネルギーの感覚を思い出しましょう(想像しましょう)。あなたが親しくなるべきなのも、そして目指すべき存在像も、「本物の強運の持ち主」です。自分の夢や願望をどんどん叶えつつ、関わる人達全てを否応なしに「上げて」くれる存在。そんな「幸運のスパイラル」を自ら発生させて増大させてくれる「本物の強運の持ち主」と一緒にいればいるほど、あなたの「運」や「エネルギーレベル」も確実に上がっていきます。そしてあなたが彼らの影響で「幸運のスパイラル」にハマっていくことで、今度はあなた自身が「本物の強運の持ち主」へと変貌を遂げていきます。徐々にですが。これこそ、意義ある「エネルギーの循環」「幸運の循環」ですね。そう意識するだけで、変化が始まります。こんな変化であれば、大歓迎ではないでしょうか。あなたの「幸運」を、いつも願っています!関連記事☟☟☟【『共感能力』が運をコントロールする鍵】~科学で考える「善」と「悪」~【運のよさと『共感能力』の関係】~人間の能力の中で一番高度な能力が『共感性』である、というお話~
Aug 23, 2020
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みなさん、こんにちは!今日は、一見「善良な人のフリ」をしてあなたに近づき、あなたの「運」や生きるための「エネルギー」、願望を達成するための「ビジョン」や「能力そのもの」をいつの間にか「奪う」人達について、また、そんな彼らから、あなたの大切な運やエネルギーや能力を守り抜くためのお話をしたいと思います。まず、「あなたから『運』や『エネルギー』を奪う人達」というのは、あなたが想像する以上に多く、また非常に身近に存在している場合がある、ということを、頭においておいてください。更に、あなたの「運」や「エネルギー」がかなり魅力的である場合、こういう人達は間違いなく、あなたに狙いを定めてターゲットにしようとしてきます。あなたがよほど多くのエネルギーに満ちいてるか、よほど強運を持っているか、又は、強烈な「自分軸」をしっかりと持った人か、のどれかで出ない限り、彼らはあっという間にあなたの人生に入り込んで、「運」や「エネルギー」を奪い、あなたの全てを支配してくるようになるからです。というのも、この「『運』や『エネルギー』を奪う人達」というのは非常にやっかいな存在で、自覚的に人の持つ運やエネルギーを奪っている場合だけではなく、「無邪気に」「無自覚に」奪っている場合も多く、自分の利益のために、他人の大切な運やエネルギーを奪うことになんの「罪悪感」も感じていないからです。それでも、そんな「奪う人」たちから受けるあなたの被害は絶大で、実際にターゲットにされてしまった被害者たちの幸せな生活はある時点から一転し、もう、仕事から人間関係から自分の目標や夢の達成まで、一事が万事全てうまくいかなくなっていきます。そう。今まで非常にスムーズにいっていたことが、何の理由もないのに徐々に滞りだす、ごく普通にやっていれば当然上手くいくはずの出来事に、なぜかトラブルが頻発するようになる、特に原因がみあたらないのに、なぜか体調や気分がすぐれなくなる、など、「あれ?何かがおかしい」という感覚で、自分自身らしくなく疑い深くなっていくのが特徴です。反対に、自分の調子がどうもおかしい、と気づくのと同時に、なぜか全く関係ないハズの「ある人」が、非常に「不自然」に成功しだしたり、なぜかその人の言動や雰囲気や自分に似てくる、「あれ?それって私だよね?私のハズだったよね?」というような、何とも言えない不可解な感覚に包まれ出したりします。この場合、かなりの確率で、あなたは、「奪う人」達から恰好のターゲットにされて、あなたがあなた自身の幸せや成功のために使うはずだった「運」や「エネルギー」を奪っています。奪われる「運」や「エネルギー」の種類は実に多岐にわたっており、それこそ、金運、仕事運、恋愛運、人間関係運、個人の能力、魅力、人気、センス、ユーモア、実行力、発想力、アイデア、好奇心、粘り強さなど、本当にあらゆる分野にわたります。要は、「奪う人」達があなたに対して「嫉妬」し、欲しいと思ったあなたの部分の「全て」の分野です。それも、自分では何の努力もせずに、手っ取り早くあなたから「奪って」、最初から自分のものであったかのように「強く思い込む」という荒業を披露します。要は、いろんな部分で「あなたに成り代わりたい」のですが、いろいろな種類の「運」や「エネルギー」を奪ったついでに、更に「あなたの存在」を消しにかかるような真似をすることもあります。それもシレ~っとです(苦笑)。もう最悪最高に胸糞悪い不愉快な人達なのですが(苦笑)、これだけでも、人の「運」や「エネルギー」を勝手に奪っていく人達の身勝な本質がよくわかります。これは決して他人事ではなく、実際に心あたりがある読者の方も、案外多いのではないか、と思っています。エネルギーがかなり強人でも、前回のブログでお話したように、「自分軸」がしっかりできておらず、自分と他人との「境界線」があいまいになっているような人(こういう人には、優しくて共感性が高く、実際に能力も高い人が多い)は、そのエネルギーの高さ、能力の高さ、共感性の高さに加えて、「入り込みやすい」という気質があるため、「奪う人」達の恰好のターゲットになりやすいです。************************************************************************過去記事☟☟☟【運のよさと『共感能力』の関係】~人間の能力の中で一番高度な能力が『共感性』である、というお話~【『運のコントロール』と『自分らしさを炸裂させること』との関係】のお話************************************************************************さて、そんな「奪う人」たちから、自分の貴重な「運」や「エネルギー」を守り抜くためにも、一つ、「奪う人」たちの特徴・傾向と対策をお話しておこうと思います。あなたが今何か、成し遂げようとしている目標や、生きがいとしている充実した人間関係や幸せを感じている事柄がある場合は、なおさら心のどこかに留めておいて欲しいお話です。その全てを奪われたり、ぶち壊されたりしないように。。。まず、「奪う人」たちの特徴と傾向ですが、以前のブログでもお話しているように、この種の人達というのは、「共感性(共感能力)が著しく低い」又は「共感性(共感能力)が完全に欠如している」という特徴があります。「共感性(共感能力)」とは、簡単に言ってしまえば「相手の立場に立って、相手の心や考えを理解できる(少なくとも理解しようとできる)」素質のことで、脳発達学では、人間が生まれてから老いるまでの一生において「一番遅く習得する能力」であり、つまり、人間が取得していく能力の中で「最も高度な能力」ということになります。なので、「共感性(共感能力)が著しく低い」「共感性(共感能力)が完全に欠如している」状態、というのは、はっきりと言ってしまいますが、その本人の「脳機能」に深く関係しており、更に誤解を恐れずに言ってしまえば、ある種の「人格障害」を発症している状態である場合が多いです。人格障害。パーソナリティ障害とも呼ばれますが、これには自己愛性人格障害境界性人格障害サイコパスソシオパスフレネミーなど、今現代社会で少しづつ認知され始めているものの、大昔から既に一定数存在していた人種の人達です。この「人格障害」的な人達に関わり、そのターゲットとされると、実生活の面においても、精神的にも、多大な被害を被ることになります。モラハラやパワハラ、DV(ドメスティック・バイオレンス)等の加害者は、この「人格障害者」達であることが多く、平和だった生活や人間関係が、全て彼らによってぶち壊されることになります。「人格障害者」たちは、自分の利益や自分の不健全で病的な自己愛のために、他人を不当に利用したり貶めたりするので、自分が属する組織や人間関係において「社会貢献する」ということがなく、全く生産性というものがない人達です。また、病的に優位に立つこと「だけ」に全ての神経や労力を使い果たすために、多くの事を学んだり、判断したり、合理的に思考することができない、という特徴があります。これが、実際の彼らの能力は低いことが多い理由であり、生産性が低い理由でもあります。そのくせ、自分よりも優秀な人達への尋常ではない嫉妬や劣等感・自己愛が傷つくことへの深い恐怖から、ターゲットの手柄や立場の横取りしたり、ターゲットが築いてきた良好な人間関係やチームをことごとくぶち壊す、という、実に非文明的な方法で、善きものをかたっぱしから破壊していく「デストロイヤー」でもあります。私の周りでも、多くの素晴らしいアイデアや製品を生み出してきた素晴らしい連携の素晴らしく生産的なある「チーム」が、この「人格障害者」が一人入り込んで、「不信の連鎖」を発生させたがために、途中で空中分解してしまった、ということがありました。あんなに素晴らしかった、世の中に非常に役に立っていた純粋無垢のチームが、たった一人の自己愛暴走者のために、消滅してしまったのです。これは本当に残念な出来事でした。一人一人のチームメンバーは、それぞれが能力も高く人柄も素晴らしく、みんなで一丸となって「良いもの」を作り上げていたのに、です。こういうことは、世の中のあらゆるところで起こっています。要は、「奪う人」=「人格障害者」たちが、自分の暴走した自己愛が傷つくのを回避するために、努力して自分を向上させていくのではなく、捏造したり、隠蔽したり、互いの人間関係に「不信感」を植え付けたりして、気に入らない優秀なターゲットをその周囲の人間関係ごと陥れようとする、そのほとんどの時間やエネルギーを使って、この余計な陰謀や策略のためだけに生きているから、なんですね。はっきりいって、とんでもない人種の人達です。こういう人達を即座に見抜いて、最初から十分な距離を置けるようになっていると、それだけで、あなたのかなりの部分の「運」や「エネルギー」が守られます。なんといっても心理学・脳科学の分野でいうところの「人格障害者」達なので、一般の私たちが診断的に断定できるものではありません。しかし、シンプルに推測する手はあります。それが先ほどの「共感性(共感能力)」です。あなたの「共感性(共感能力)」を使うのです。つまり、相手の立場に立ってみる。あなたがもし相手の立場であったら、同じ状況で同じことをするだろうか?ここで、「奪う人」=「人格障害者」たちの異常性にある程度気づくことができるのです。人格障害者たちというのは、脳科学でいうところの「認知に問題がある」人達ですから、物事に対する知覚が歪んでいます。そのため、その物事に対する「反応」も、まっとうな人格を持っている私達とは大きく乖離します。「私たちが喜ぶこと、嬉しく思うこと」に対して「悲しむ、怒る」「私たちが悲しむこと、辛く感じること」に対して「歓喜の表情・声を上げる」「私たちが賞賛すること、応援すること」に対して「否定する、侮辱する、見下す」「私たちがルール、モラルとして大切にするコンセプト」に対して「全く価値を示さない(むしろそのルール、モラルを破りまくる)」ということが、観察しているとわかってくることでしょう。どれも、まともな「共感性(共感能力)」がある人にとってはあり得ない、認知の歪みです。あー、確かに!と小躍りしている読者の方もいらっしゃるかと思います(笑)。あなたの基準や判断の物差しは正常ですし、あなたにはまず、とにかくあなたの「認知」をとことん信じることをお勧めします。ではまず、その「あなたの認知」をフルに働かせて、自分の身の回りで「怪しい」と思える人達のことを分析してみましょう。こういう「奪う人」=「人格障害者」らしき人というのは、一見して、傍目にはもの凄く「善い人」に見えます。まあ、本人が人格者のように振る舞っているだけなのですが、とにかく明るかったり、世話焼きだったり、場合によっては魅力的な人にさえ見えます。だからターゲットになるまで、またターゲットにならないと、その「人格障害者」の実際のヤバさに気づけないことも多く、これが、ターゲット以外の人にターゲットの苦しみや被害を訴えてもなかなかわかってもらえない、場合によっては、ターゲットが加害者として人格障害者を批判して被害を与えている、とさえ、周囲の人が見誤ってしまう原因でもあります。ここに、被害者であるターゲットの苦しみが倍増するんですね。後々、ターゲットを陥れるための捏造・隠蔽攻撃がどんどん酷くなった時に、誰にもその被害がわかってもらえない、というのは大変辛いものです。彼らがあなたを「奪う」ターゲットにした場合、まず、あまり親しくない段階であっても、他の人には話さないであろう「深い話」や「自分の秘密」などを、「あなただけに」といって、話してくることがあります。これが、あなたを今後支配するために「2人だけの深い関係」に持っていくための、とっかかりです。そして自己愛性人格障害者は「歪んだ自己愛」で、境界性人格障害者は「病的な依存」で、サイコパスやソシオパスは「悪意ある狂気」で、フレネミーは「あなたを見下すこと」で、ターゲットの心の奥まで入り込んできます。ここで、あなたの自分を信じ切る「自分軸」がブレる、共感性を持ちながらも、自分は自分、他人は他人、という「境界線」があいまいになり過ぎると、彼らはあなたの「罪悪感」や「」を揺さぶって、あっという間にあなたを支配にかかります。なので、「奪う人」=「人格障害者」達があなたの親友だったり、恋人や配偶者であったり、義理の家族であったり、会社の上司や同僚であったりと、交友関係で簡単には切れない関係、ましてや肉親であったりした場合には、あなたが受ける実生活での被害と精神的ダメージは、計り知れないほど深刻なものとなります。実生活での被害は少し上に書きましたが、とにかくあなたが築いてきた「形あるもの」(立場、人間関係、アイデア、手柄など)が全てぶち壊されたり、盗まれたりします。精神面では、人格障害のような歪んだ認知の人達に心の奥底に入り込まれたことにより、望ましくない思考の変化が被害としてもたらされます。人が信じられなくなったり、自分の分析や判断に自信が無くなったり、自虐的になったり、自罰的な気持ちが強くなったり、罪悪感に苛まれるようになったりと、あれだけ前向きで快活だった人が、人格障害者たちのターゲットになったことで別人のようにネガティブになったり、元々社交的だった人が全てに対して消極的になっってしまったりと、その被害は大変なものです。そして、「運」や「エネルギー」がことごとく奪われて、「奪う人」達がそれを好きなように使いたい放題となります。特に深刻なのは、ターゲットにされた後の、ターゲット自身の人格や人生そのものが、突然望ましくない方向に大きく変わってしまう、ということです。特に、対人関係においては深刻です。人は、初めて出会う人達を無条件に全面的に信頼する、ということは普通ありませんが、「共感性(共感能力)」の高い人であれば、その「許容値」も比較的高いため、新しく出会う多くの人達を高い確率で受け入れることができ、またいい意味でより親しくなることに長けています。たとえ初対面であっても、うまく交流していくことができます。しかし、人格障害者による精神的ダメージを受け続けると、この「許容値」が破壊されます。そして、今まで当たり前のようにできていた、この人間関係構築に自信がなくなってしまうのです。要は、あなたが今まで経験によって築いてきた、人間関係に関する既存の尺度・物差しが壊れて、使い物にならなくなってしまったような感覚に陥ります。今まで自分で自分に感じていた「自分への正当な高い価値観」が狂わされるんですね。結果的に、既存の人間関係だけではなく、新しい新規の交流も、怖くて避けるようになってしまうことがあります。既存の人間関係については、嘘の吹聴や悪口などで、人格障害者達に既に滅茶苦茶にされているパターンが多いのですが、ターゲットの人間関係に関する既存の尺度・物差しは既に壊れてしまっているため、人格障害者達に破壊された既存の人間関係を修復するにも、もはやその気力も自信もなくなってしまっているわけです。また、もともと快活で自己責任の取れる人であったはずなのに、ターゲットにされたことによるショックや、何とも言えぬ被害の不快さと混乱から、他者に責任を転化する感情に支配されるようにもなります。「奪う人」=「人格障害者」達の理論、というのは全て、彼らの「歪んだ認知」に基づいたものなので、当然、ターゲットを貶めたり支配するそのやり方が、正常な認知を持っているターゲットからしたら到底理解できるものではなく、尋常ではない「不快さ」となって、ターゲットを混乱させます。その「不快さ」が、ターゲットの正常な認知まで歪ませるからです。「人格障害者」達がなぜ非常に危険な人物であるのかは、この「他人の思考や認知まで歪ませる」ことにあるのですね。その、他者への影響の与え方ともたらす結果が、半端無く「邪悪」なんです。「共感性(共感能力)」の高い人達が、他人や社会にとても善い影響を与え続けているのとは、全く逆なんですね。この世に生まれたからには、私達が、関わる人や組織や社会に対して、少しでも「良い影響」を与えられたい、また与えたい、と思うのが普通です。問題なのは、この「人格障害者」達が他人や社会に及ぼす影響が「邪悪」であり「破壊的」であることであり、同時に、善悪の認知や倫理観がポッカリと抜け落ちいている、ということです。何度も言いますが、「共感性(共感能力)」も皆無です。「共感性(共感能力)」が多少ともあるように見える場面では、彼らはほぼ99%、「共感性(共感能力)があるようなフリ」をして振る舞っており、その中身は、「自分の利益」と「相手を利用できるかどうか」だけで行動しております。相手に共感を示しているフリをするのは、相手に心から共感しているからではなく、その共感性を示すことによって自分に利益があるから、その共感性を示すことによって相手の信頼を勝ち取り、利用するため、だからです。全くの偽物ですね。「奪う人」=「人格障害者」達は、相手の社会的背景も感情も立場も全くどうでもよく、自分が生きやすければそれでよく、また自分が生きやすくなるために「持っている」人をターゲットにして、その現実的な立場や人間関係、手柄をはじめ、その「運」や「エネルギー」もごっそり奪うのです。そこに「悪意がある・ない」は、実はあまり関係なく、彼らに悪意があろうがなかろうが、その存在自体とその存在が私達にもたらす結果が「邪悪」なわけです。ちなみに、「悪意がある」のが自己愛性人格障害者で、「悪意なく意図的」なのが境界性人格障害者、「悪意もあり意図的」なのがサイコパスやソシオパスで、「悪意あって無意識」なのがフレネミーです。悪意があってもなくても、「人格障害者」達がターゲットと話しがしたければ、相手の予定が潰れようが、立場が悪くなろうが、関係ありません。ターゲットが彼らが望むような態度で都合を合わせられなければ、一方的に不機嫌になり、怒り、何としてもターゲットに罪悪感を持たせて支配しようとします。自分がいいが、相手はダメ。自分の物は自分のもの、相手のものも自分のもの、みたいな態度で、全てを奪おうとしてきます。また、奪って当然、だと真剣に信じています。そして、ターゲットに多大な被害をもたらしながら、明らかに加害者である「人格障害者」達は、自分こそが「被害者である」と、ターゲットを「加害者」に仕立て上げて罪悪感を持たせ、また周囲に対して「自分こそ優先されて当然」という印象操作を行います。「運」も「エネルギー」も高いターゲットに、その「運」や「エネルギー」を自分で使わせずに放棄させるために、「奪う人」=「人格障害者」達は、ターゲットの心の弱い部分を瞬時に見抜いて、そこを責めてきます。場合によっては、直接自分の手を汚さず、別の第三者に「代理戦争」させて、あなたの人間関係を分断させ、その第三者を通して、ターゲットから現実の立場や人間関係と当時に、「運」や「エネルギー」を奪う、ということもよくやります。エネルギーの法則では、これは「エネルギーの遠隔操作による搾取」にあたります。こうなると、ターゲットは身動きがとれませんよね。自分が正しいのに、それを立証しようとすれば、更なる人間関係の分断が起こってしまうからです。なにせ、この状況下では、「加害者はターゲット」で、「被害者は人格障害者」という構図になってしまっているのですから。「人格障害者」達は、こうして実に巧妙な罠をそこら中に仕掛けて、ターゲットを追いこんでいくのですね。本当にどんな手でも使ってきます。憎たらしいですね(苦笑)。こうして、自分たちが欲しているターゲットの「持っている部分」、ターゲットが手に入れているような、羨望している状況を手に入れるまで、彼らはそれこそ手段を択ばずに、爬虫類のように執拗にターゲットに執着します。そう。あなたを支配して「運」と「エネルギー」を奪うために。とにかく、ポイントは、あなたの「共感性(共感能力)」をフルに使って、彼らに対する「違和感」を早々にキャッチしていくことです。「違和感」の力は絶大です。あなたを邪悪な存在から守ってくれます。普段からちゃんと意識していると、とても善い人だと思えるのに、何か「違和感を感じる」というポイントが、ところどころに見えてくる、ということがよくあります。嬉しそうにしているハズなのに、よく見ると「目だけが笑っていない」とか、誰かを賞賛しているハズなのに、「相手から緊張感が漂ってくる感じを受ける」とか、やたらと「あなたのためを思って」と言ってくるが、「なぜかプレッシャーを感じる」とか、そういった、あなたが感じる「違和感」というのは、十中八九、相手が隠している「邪悪な本性」を、あなたの潜在意識が、「共感性(共感能力)」を介して敏感に感じ取っている「シグナル」です。本当に信頼できる「善き人」というのは、独特の「暖かさ」を醸し出しているものです。あなたの「共感性(共感能力)」を使って相手を感じ取った時に、あなたが確実に納得でき、また理解できるのが、「本当の善き人」です。あなたの「共感性(共感能力)」に照らし合わせて相手を感じ取った時に「違和感」を感じる、ということは、本来「ただならぬ事」なんですね。なので、その感覚をフルに活動させて「奪う人」=「人格障害者」達を初期の段階で見抜ぬくこと。そして「自分軸」と「境界線」をしっかりと引くこと。万が一ターゲットになってしまってから、相手が「奪う人」=「人格障害者」であることに気づいた場合に、とにかく彼らに出会ってターゲットにされてしまった「前」の自分自身をしっかりと思い出すこと。彼らのせいで狂わされてしまった自分の感覚、歪められてしまった思考や認知は、あくまで一時的なものである、としっかり意識すること。そして再び「自分軸」を取り戻すこと。こういった「心の作業」が、特に「運のいい人」「エネルギーレベルの高い人」には日常的に必要です。ひと手間もふた手間もかかって、大変なんですけどね(苦笑)。「有名税」ならぬ「幸運税」みたな感じです(笑)。大切なのは、「あなたが自分の人生を大切にする」「あなたが幸運に恵まれ続ける」「あなたが自分の人生を生きる」ことなんですから。
Aug 21, 2020
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みなさん、こんにちは!今日は、幸運を自分でコントロールして、思うように願望を達成できるタイプの人達に共通して見られる特徴、「高い共感性」について、お話していきます。「共感性」は「共感能力」とも言われますが、要は、「自分と相手とが別の人間である」という「境界」をしっかりと認識しつつ、相手の心情や状況、立場や思い、考え方を理解することができる能力のことです。英語では「Sympathy(シンパシー)」がしっくりくる言葉ですね。日本人にはこの「共感性」「共感能力」が高め人が多い印象です。その高い「共感性」「共感能力」が、そのまま、キメの細かなサービスに現れている場合も多いですし、日本が誇る「文化」には、この「共感性」をベースに支えられている分野も多いと思われます。よく「繊細さ」であるとか、「敏感さ」であるとかが、「共感性」と一緒にされることがありますが、ちょっと違っており、「繊細さ」や「敏感さ」がどちらかというと「感性」であるのに対し、「共感性」は、脳が知覚する、れっきとした「認知能力」です。相手の立場や状況に立つことができる、ということは、それだけ多くの人生経験を自分自身が積んでいて、初めてその種々の立場・状況を実際に理解できるものであり、また、その立場・状況に立たされた時の思いや感情を感じ取ることは、「想像力」が高くなければできないものです。「共感性」「共感能力」とは、非常に洗練された高度な能力なんですね。実際に、脳科学や発達科学の分野では、人間が生まれてから成人へと成長し、やがて老年期を迎えていく、という一連の成長過程において、人間が習得していく能力の中で、一番遅くに獲得する能力が「共感能力」である、と言われています。人間が持つ様々な能力の中で、おそらく「一番高度な能力」が「共感能力」なんですね。だから、自分は●●ができない、●●の素質がない、などと悩んでいる方で、「でも自分は人の立場に立って考えたり行動したりできる」という自覚がある程度ある方は、大丈夫です(笑)。そういう方は、人間としてちゃんと高度な機能的能力を持って、世の中の役に立っていける素質のある方たちです。ここで覚えておいていただきたいのが、「相手の立場や状況を理解できる」ということが、決して「自分自身を後回しにする」ということではない、ということです。先ほどもお話しましたが、「自分と相手とが別の人間である」という心理的な『境界線』は、しっかりと引けており、前回のブログでのお話のように、「自分の人生の中心に自分自身を堂々と置く」というスタンスを、常に優先させている上で、のお話になります。************************************************************************過去記事~自分の人生の中心に自分自身を置くと、どうなるか!?~☟☟☟【『運のコントロール』と『自分らしさを炸裂させること』との関係】のお話************************************************************************自分と他人との間の『境界線』をしっかりと自覚しながら、同時に高度な「共感性」を持っていると、様々な場面で、「物事がスムーズに運ぶ」という現象に恵まれます。相手のその時の気持ちや考え方がある程度理解できる、その人の欲求や希望、建て前と本音が直感的にわかる、次にどう動いていいかが手に取るようにわかる、関わっている人が(意識的に・無意識的に)嘘をついていることを瞬間的に知る、自分にとって危険な要素をはらんでいるかもしれない、という状況を避けることができる、相手を尊重しつつ、自分を犠牲にすることなく、やりたいように行動できる、その上で「自分にとって最適な判断や決断」を、躊躇することなく堂々と下せる、という、好循環な流れに入っていけるからです。また「共感能力が高い」ということは、「想像力(創造力)が高い」ということでもあります。「想像力」も、人間の脳が成長過程で習得していく能力の中でも、トップレベルに高度な能力の一つです。人間の脳には、基本的に「強烈にイメージしたこと」と「現実に知覚したこと」との区別がつかない、という特性があるため、自分の意図するイメージや願望を強烈にイメージ(想像)する能力が高いと、潜在意識がそのイメージを「現実」として認識し、常にそのイメージ通りに物事が運ぶように脳内に指示を出していくようになります。気持ち、考え方、話し方、表情、神経の動き、体の反射、頭の働き、視覚、聴覚、自律神経、ホルモン、自分を構成している全てのパーツが、潜在意識による強烈な認識によって、そのイメージ通りの現実実現に向けて変化し始めていきます。まるでプログラミングのような感じですね。「共感能力」が高いことで、自分自身のテリトリー内の考え方や行動を思うようにコントロールしやすくなり、同時に、自分自身のテリトリーの外にある、他の人達とのより生産的な意思疎通が可能になり、更に、自分を取り巻く環境そのものを、より自分にとって都合のよい状況へと誘導できる可能性が高まるのです。これが直接、運のよさにも直結してくるのです。共感能力が高い人の本来の在り方としては、間違いなく運がよいです。このブログでよくお話している、「意味のある偶然の一致」=「シンクロニシティ」が起きやすく、幸運のスパイラスに入りやすいタイプの人達なんです。本来。でも、共感能力が高いのにもかかわらず、運に恵まれない人、むしろ運が悪いのではないのか、と思われる人たちというのが、残念ながらこの世界には沢山いるという現実があり、これには明確な理由がありますので、後述します。脳科学や発達科学の観点からは、「共感能力」も「想像力」も「創造力」というのは、人間の高度な思考や理性の制御、合理的な判断、といった「知性」の部分をつかさどっている「前頭葉」と「大脳新皮質」という脳の部分の発達によって、可能となっている能力です。動物的な本能とは対照的な、「より人間らしさ」をつかさどる脳の部分ですね。反対に、食欲・性欲・睡眠欲などの三大欲求や、嫉妬、怒り、闘争本能などの感情、危険を察知するより動物的な機能をつかさどっているのは、脳の部分でも大脳辺縁系や脳幹の部分です。生き物としての人間の、「本能」と「生命維持」全般に関わる部分です。怒りをはじめ、不安や恐怖といった、いわゆる「情動」と呼ばれる感情が湧いている時には、この大脳辺縁系が活発に活動していることがわかっています。爬虫類系の生き物や、下等哺乳類も共通して持っている原始的な部位で、人間を含めた生き物全般の本能的な部分に密接にかかわっている脳の部位なのです。動物だけではなく、人間社会でも、私たちが日常生活を送っていく中では、多くの危険や不快な出来事、感情的な状況、というのはたくさんあります。その、自分の存在意義を様々な形で脅かしてくる「本能的な危機」に対して、人間らしい「冷静さ」を取り戻してくれるのが、今度は「前頭葉」の働きなのですね。なので、「人間らしさ」とは、「大脳新皮質」と、この「前頭葉」の働きがより活発な状態であり、人間が人間らしく、知的であることの証みたなものなのです。余談ですが、よく会社や友人関係の中で「マウンティング」を仕掛けてくる人や、やたらと承認欲求が強い人、人間関係を「上下関係」でしかとらえない人、接する人を「利用できるかできないか」でしか判断しないような人、というのは、この、原始的な大脳辺縁系の働きが、より人間らしい高度な知性をつかさどっている大脳新皮質や前頭葉の働きよりも有利な人である、という研究結果が世界中で出ています。何を言わんとしているか、このブログの読者の方ならすぐにおわかりになるかと思いますが(笑)、私がこのブログでよく「爬虫類脳」「動物脳」と呼んでいる部類の人達である、ということですね。つまり「共感能力が低い」人達なのですが、それではその「共感能力」が極端に低い人達の場合、その人達自身、ひいてはその人達の周囲にいる普通レベルの共感能力の持ち主、更には共感能力が高目の人達に、一体何が起きるでしょうか。例えば、数ある人間の種類の中で、この「共感能力」に著しく欠けるのが、「サイコパス」「ソシオパス」「自己愛性パーソナリティ障害者」「境界性パーソナリティ障害者」「フレネミー」などの、精神医療分野では「人格障害」の域で区分できる人達です。スピリチュアル的には「エネルギーバンパイア」とも区分することができます。*************************************************************************人から「運」や「生命力」、成功するための「エネルギー」を奪う、「人格障害(パーソナリティ障害)」「エネルギーバンパイア」については、過去記事を参照ください。☟☟☟【前編】科学的に見た「エネルギー・バンパイア」(フレネミー、サイコパス、自己愛性人格障害)【後編】科学的に見た「エネルギー・バンパイア」(フレネミー、サイコパス、自己愛性人格障害)************************************************************************この種類の人達というのは、大変残念ながら、この社会には想像するよりもはるかに多く存在しています。モラハラやパワハラ、悪質ないじめやDVの加害者となる人は、ほぼ間違いなくこの種類の人達であり、実際に観察しているとよくわかるのですが、その考え方、行動、人や物事に対する反応、認識、偏見の持ち方などが、まるで申し合わせたかように、見事に共通しているのが特徴です。まるで「同じ人物であるかのよう」に、テンプレートで生きているのではないか!?と思う程です。特徴としては、とにかく同じパターンの現象や同じパターンの対象人物に対して、同じパターンの反応を示します。例えば、共感能力が著しく低い人というのは、だいたいが同じパターンの劣等感を持ち、同じパターンの対象に同じパターンで嫉妬します。そして同じパターンの言動で対象を攻撃したり、同じパターンの嘘や捏造や隠蔽を使って、ターゲットを陥れていきます。モラハラやパワハラ、DVなどの加害者が、だいたい同じパターンでターゲット被害者を攻撃したり、マウンティングを仕掛けてくる人のほとんどが、だいたい同じパターンの上から目線さで接してくるものです。本当に、これらの被害の相談に乗っているカウンセラーやコンサルタントの方々から話を聞くと、「全員同じ人物か!?」というくらいの、テンプレート具合なのだそうです。著しく共感能力の低い「爬虫類脳」の人達にとっては、「自分の存在意義に対する危険を感じる本能的ツボ」が、どうらや共通しているようなのです。なので、反応のパターンが恐ろしく類似するというわけです。これは、心理学、行動科学などからも明らかになっていることですね。では、運のよい人になるために、私達が「共感能力」を上げていく過程で一つ気をつけておきたいことをお話します。ただ「共感能力」が高いだけでは、むしろ、彼らの餌食になってしまう確率が高いということです。あなたの共感能力の高さに目を付けた「爬虫類脳」の人達は、その共感能力の高さを逆手にとって、あなたにつけこんでくることがある、ということです。共感能力が高いことによるあなたの「優しさ」や「相手の立場にたって考える思いやり」を利用して、あなたに譲歩させ、彼らに有利な行動をとるように仕向けてくることが多々あります。そして、「共感能力」が高い人達というのは、(大脳新皮質と前頭葉が発達している故に)得てして「その他の能力も高い」傾向にありますから、その「その他の高い能力」を彼らの利益のために、利己的に利用しようとしてくることも多々あります。実際問題、「爬虫類脳」の彼ら自身の能力はとても低いことが多く、問題人物であることが多いので、自分の実力や努力で何かを成し遂げる、ということがほぼできない人達です。実力がある風に見せかけたり、努力しているような「フリ」をしつつ、実のところは、お人よしで共感能力の高い人を陰で利用して、得たいものを得ている、というパターンがほとんどです。ここで、共感能力が元々高い人、これから共感能力を上げていこうとする人にとって非常に大切なのが、先ほどの、自分と他人との「境界線」という考え方です。「共感能力」というのは、人間の能力の分類でいうと、「拡大型能力」であるといえます。自分の内側・中心から拡大的に外に向ける能力。つまり、想像力にしても創造力にしても、自分以外の対象(他人、環境、社会、全ての分野の対象)に対して、外に目を向けて、自分以外のものの全体を理解する、というスタンスが前提です。そこには、自分の体験してきた経験値の範疇を超えた、未知の考え方や出来事にも自分の認知を適応させるボーターレス的心理スキルが必要となってきます。そのために、自分の認知に対する「枠組み」を外す必要があり、枠の無い世界に自分を置く、ということになります。「枠組み」とは「境界線」です。「自分」と「自分以外」を区別している境界線です。ある意味、自分の枠外の物事を理解するためには一時的に「境界線」を外す必要があり、そこで初めて、自分以外の人、事象、世界を理解することができるのです。共感能力が高い人達は、これを日常的に無意識にできており、そのおかげで、自分に必要な様々な情報やチャンスを、日々鋭く受信して受け取ることもできています。「境界線がない」「境界線があいまい」なことによる利点です。ただし、「境界線を外す」ということは、自分が外の世界に能力を向ける、というだけではなく、必要のないもの、場合によっては自分にとって「害」となるものも、無条件に受け入れてしまう危険性をはらんでいます。それこそ、共感能力の高い人達を利用して、その能力や運やエネルギーまで奪うのが当然の権利だと思っているような「爬虫類脳」の人達から自分を守るためにも、「自分軸」をしっかりと持つ。その上で「境界線」を自由に開いて外の事象を広く認知するイメージを持つ。そして状況によっては「境界線」を閉じるイメージを持つ。ことが大切です。なので、境界線がない・境界線があいまいな状態による利点をしっかりと享受しつつ、自分自身を何かにコントロールさせない「自分軸」にこだわること。これを意識していってください。「共感能力」が高い人=「運のいい人」というのは、人格も素敵なことが多いですが、更に絶対的に頭が良い人達です。ちゃんと、脳科学でも説明されていますので。自信を持っていただきたいと思います。なお、共感能力が比較的高い方でも、自分自身が何か問題にさらされていて、解決のためにいっぱいいっぱいになっているような逆境時には、一次的に共感性が落ちても、大丈夫です。何かを解決しようと努力したり悩んだりするために、一次的に大脳辺縁系が活発になるのは、生き物である人間であれば当たり前のことですし、それは、「健全な」爬虫類脳の使い方だからです。元々「爬虫類脳」だけで生きているようなタイプの人達とは、次元が違います。彼らは自分の歪んだ自己愛を守るため「だけ」に、無意識に自ら選択して、利己的に「爬虫類脳でいる」からです。あなたは、現実の問題を解決してから、また自分自身の「共感性」に心を開けばいいだけですから。自分を信じていきましょう。「自分軸」です!
Aug 18, 2020
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みなさん、こんにちは!今日は、「強運の持ち主は、常に一貫して『自分らしさを炸裂させている』」というお話です。「運のいい人」というのは、たいてい、健全な自己愛を持っていて、自己肯定感が高いです。「健全な自己愛」「自己肯定感」とは何か、というと、要は、自分の良い部分も悪い部分も平等に受け入れている、等身大の自分を認めている、他人からの承認を必要としない、自分を他人と比べて落ち込むことがない、という、当たり前に聞こえますが、実はとても強い心の持ち主です。相手から見て、自分がどういうキャラクターであるように映るか、という外面上の性格のことを「ペルソナ」と言うのですが、このペルソナが明るく元気である、活発である、逆に穏やかである、物静かではにかみ屋である、などの、見かけ上の印象は関係ありません。たとえどんな性格の印象があったとしても、その人の本質が、ありのままの現実の自分を受け入れている上に、「そんな自分は自分はできることは全てやっている」という確固たる自信があるので、非常にブレない心の持ち主ということになります。落ち込むことがあったとしても、それは「自分自身がベストを尽くせていなかった」という、自分自身への後悔や奮起が多く、他人が自分をどういう風に見ているか、という、「他人軸」では生きていません。価値観があくまでも「自分軸」であるために、自分の決断や行動に、しっかりと責任を持てるタイプです。このブログの「運を自分でコントロールする」というコンセプトをサポートするために、私はよく、その人にとって都合の良いめぐり合わせが連続して偶発する「意味のある偶然の一致」=「シンクロニシティ」についてや、そのシンクロニシティが発生しやすい、極度に集中した快感を伴う精神状態である「フロー」について書いていますが、この「自分軸」で生きることと「運を自分でコントロールする」ことは、本当に表裏一体です。特に「フロー状態」から得られる「フロー体験」は、これを何度か自分の人生で体験したことのある人であれば、その時の「高揚感」「幸福感」「充実感」そして「自己有能感」のハンパ無さに、もう一度あの素晴らしい経験を体験したいと、更に自分を信じて自分の目指す行動に没頭するようになります。フロー体験を発生させる「フロー状態」というのは、とにかく他人との比較で起こる「優越感」や「劣等感」とは無縁です。そんな誰かとの「相対的な比較」など全く無意味で、全身全霊で自分自身が価値を感じる事柄に没頭して、(それも楽しみながら)持てる限りの力を出し切っている時に、「フロー体験」が得られるからです。まさに「自分軸」の在り方です。「フロー状態」というのは、自分のチャレンジしている事柄の難易度と、自分の能力のバランスが絶妙に取れている時に発生します。自分にとって難し過ぎず、逆に簡単過ぎず、自分の現在の能力で達成可能な、ギリギリのレベルの事柄で、しかも自分が興味のある事柄です。自分がチャレンジしている事柄の難易度と、自分の能力のバランスが絶妙に取れている状態では、人はその作業に没頭でき、時間の感覚や「自分自身」という感覚すら忘れて超越します。この時、喜びの感覚を伴って、持てる能力を限界まで使って集中することになるので、その他のことにはほとんど関心が向かず、更に、絶妙な「高揚感」と「自己有能感」を味わうことができるため、自己肯定感もどんどん上がっていきます。まさに「のめり込んでいる状態」、そして「幸福な状態」です。この、「フロー体験」によって得られる「自分が重要だ」という感覚は、私たちに「生きている手ごたえ」を感じさせてくれます。「フロー状態」を何度も経験し、「フロー体験」を日々当たり前のように経験するようになると、自分の過去の経歴やステータスなどではなく、いかに、実際に自分が今現在「実体験していること」によって、自分の内部が肯定感や有能感で満たされ、そして「幸福感じられる」かがわかります。普段から自分が没頭できる仕事内容や研究などがあって、その自分の能力に見合った課題に日常レベルで熱中している人は、自分の内部を満たしてくれる、実体験による肯定感や有能感が、既に超絶レベルで存在してくれているので、他人と比較するようなこともないですし、そんな発想すら湧かなくなります。あまりの高揚感と快感で、他人の目も、嫉妬も、劣等感も、そんなものは全てどうでもよくなっていくのです。まさに「わが道」を行く。「相対観」ではなく「絶対観」で進む。逆に言えば、「ある能力を持った人が、その能力を使わないように制限されることほど、人間として一番不自然で苦しいことはない」ということです。そして、既に過去となったステータスや経歴にしがみつくことや、他人と比べて優越感に浸ったり、逆に劣等感に苛まれたりするというのは、「今現在の実体験」に集中も没頭もしていない、実はとても「惰慢」な心理状態なのです。幸福感が得られるわけがない。人間は、自分の能力を、取り組む課題との絶妙なバランスで100%出し切っている時に、その「パフォーマンス」で生きているエクスタシーを得るのです。その「パフォーマンス」が実際に形になった時の喜びもまた、次の「フロー状態」への原動力となります。「アッハー体験」なども、まさに「今を生きている」状態で実体験を積むことによって、瞬間的に訪れる幸福の体験現象です。アッハー体験を多く経験した人の自己有能感・自己肯定感も、正しい方向性で確実に上がっていくことは、心理学の分野でも通説となっています。*「アッハー体験」とは、自分にとって未知の分野であった事柄が、ある瞬間に知覚的に瞬時に理解できた、突然ひらめいた、というその体験そのものと、その体験によって、自分が深く感心することで脳に与えられる成功体験のことです。なので、自分の興味のある事柄に対して、日々、自分の能力とタスクとの絶妙なバランスでフロー状態に没頭することで、全ての「他人軸」の要素を吹っ飛ばし、自分らしさを炸裂させて生きることが大切です。何度も言っていますが、「フロー」は、運をコントロールする原動力となる「シンクロニシティ」を発生させます。言い換えると、「意味のある偶然の一致」=「シンクロニシティ」を発生させる必須条件が「フロー」です。運のコントロールには、「フロー」が不可欠です。人によっては、自分の中に凝り固まってしまった「他人軸」の生き方や考え方があると思いますが、少しづつでいいので、他人軸で生きることを辞める方向に意識していきましょう。まずは「自分」。自分の興味、自分の喜び、自分の幸せ。「絶対観」で行きましょう。
Aug 16, 2020
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こんにちは!今日は少し現実的なお話です。「強運に恵まれている人」というのは、ただ単に「運がいい」というレベルの人達ではありません。願望を叶える力が強かったり、人を引き付ける独特の魅力やオーラがあったり、といった末広がり的に上に昇っていくような幸運の恵まれ方をするのは勿論なのですが、決定的に強烈な特徴というのが、とにかく、「ことごとく『不運』から守られている」ということです。まず、凶悪な事件・事故には絶対に巻き込まれない。巻き込まれかけても、もう一歩のところで危険だったのを、結果的に「ごく自然に」かわしていた、信じられないタイミングで、いくつかの連続する危険や不運から全部ずれて行動していた、なんてことが何度もあり、特に、これが普通の運のレベルの人であったら、真正面からくらって一気に不機嫌になっていたであろう、日常の「中レベルの不運」(例えば、持ち物を無くした、しかも見つからない、故障した、壊れた、買い物でハズレ商品に当たった、配達されたら不良品だった、買ったとたんにもっと安くていい商品が現れた、緊急なのに連絡がつかない、パソコンの電源がつかない、クラス替えで友人仲間の中で自分だけが別のクラスになった、職場の配置換えでなぜか自分だけが上司と会い向かいの席に移動。。。など、数え上げたらキリがありません。)など、こういう、日常の中で自分を微妙に不愉快にさせて、結果的に気持ちや波長が落ちるようなような「不運」から、不思議なくらい無縁な人達です。実はもの凄い危険や不運が本人の近くに迫っていたことや、あと数秒・一歩の違いで大変なことになっていたことなど、本人は全く気づいていないことも多く、後から考えたり、人に驚かれて指摘されたりして、初めて「ああっ!実はすごく危なかったところを、偶然にも上手くかわしていたんだ。。。(驚・恐)」と、やっと自分の運の良さに気づくのと同時に、鳥肌が立たったり背筋が寒くなったりすることがある、という共通した特徴が彼らにはあります。幸運レベルが高い人、というのはエネルギーレベルも高く、そのエネルギーの振動レベルも高いことから、存在としての波長もより細かく高くなります。そのため、幸運レベルが高い人の周囲のエネルギーフィールドもより強く、「強い光が輝いて放たれ続けている」というような状態です。たまに、そのような幸運レベルの高い人でも、ちょっとした邪魔が入る、とか、凄くスムーズに進んでいた事柄が急に不自然に滞るとか、そういうことはもちろんあります。これは、このブログ記事でもよくお話していますが、幸運レベルの高い人達のエネルギーフィールドがあまりにも輝いているため、その「光」や「エネルギー」を喉から手が出るほど欲しがっている「エネルギーバンパイア(エナジーバンパイア)」みたいな人達に、しばしば不意を突かれてエネルギーを奪われることがあるためで、それでも、致命的となるような「危険」や「不運」とは本当に無縁の不思議な人達なのです。*************************************************************************エネルギーレベルの高い幸運な人達というのは、科学的オーラテストでも実際に「極めて強く輝いて見える」ため、エネルギーレベルの弱いエネルギーバンパイア達に狙われやすいです。*「才能、能力、雰囲気、人気、魅力的な人柄、人格の高さ」などの貴重な要素を持っているため、これらを喉から手が出るほど欲しい存在、強く嫉妬する存在の干渉が入ります。*幸運レベルの高い人の別の特徴として「とても優しい」ため、心理的に問題のある人達(自己愛性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害、サイコパスなど)に執拗に執着されて、一時的に運の流れを干渉されることもあります。参考過去記事☟☟☟【前編】科学的に見た「エネルギー・バンパイア」(フレネミー、サイコパス、自己愛性人格障害)【後編】科学的に見た「エネルギー・バンパイア」(フレネミー、サイコパス、自己愛性人格障害)【前編】ちょっと怖いスピリチュアル的「ガスライティング」(ストーカー)のお話【後編】ちょっと怖いスピリチュアル的『ガスライティング』(スピリチュアル・ストーカー)のお話************************************************************************それでも、「幸運レベルの高い人達」は、致命的となるような「危険」や「不運」とは本当に無縁です。これは、エネルギーレベルの高さや、このブログで紹介している、運を自らコントロールできる素質である「フォーチュン・メンタリティー」の高さとは別に、「ある種の頭の良さ」を備えているからです。この「ある種の頭の良さ」とは、みなさんが普通に考える一般の頭の良さとはちょっと違います。もっと「地頭」に近いイメージでしょうか。勉強ができる、とか語学が堪能である、とか計算が早い、とかそういった部類の「賢さ」ではないのです。幸運レベルの高い人のほぼ全てに、この「地頭の良さ」が共通しています。つまり、「『自己組織化』能力が高い」ということです。「自己組織化」については、かなり詳しく書いている過去記事がありますので、まだ未読の方には、是非一読することをお勧めします。科学的に運を解明していく研究は世界中で行われていますが、この「自己組織化」の概念は、「運の科学」の根底を成すものです。************************************************************************過去記事☟☟☟【自己組織化】「運のよい人」が持っている思考法~「螺旋ループ」と「芋ずる式」と「球体思考」~【フォーチュンメンタリティー】「幸運を自ら引き寄せる心の在り方と知性」のお話************************************************************************さて、人間の運を左右する上で必須の「自己組織化」とは、とても一言で語れるものではないので、詳しい過去記事を提示していますが、あえて一言で言ってしまえば、「物事をあらゆる角度から見る・認識する・考える・判断する」ための「後天的な能力」のことです。ここで大切なのは、「自己組織化」能力の習得は、あくまで「後天的」→後から自分で習得できるものであるということです。生まれながらの先天的な地頭の良さのことではなく、これから自分でいくらでも身に着けることができる地頭の良さです。幸運レベルの高い人達というのは、致命的な「危険」や「不運」を全く無意識に回避しているのではない、ということです。潜在意識とこの「自己組織化」能力を使って、表面上は意識していなくても、これから起こるであろう(まさに自分の身に起こりつつある)致命的な「危険」や「不運」の一部始終を、もの凄いスピードで感じ取って確実に分析しています。「自己組織化」能力を使うと、一を見て(聞いて)100万を知る(理解する)ようなことが、実際に可能になります。勘が極限まで高まった状態、それもその「勘」は、もの凄いスピードの経験的分析と論理的判断に基づいています。あなた自身が認識できていなくても(ここがミソですが・笑)。なので、幸運レベルが高い人達というのは、自分で意識していない状態で、完璧に危険や不運を察知して、非常に合理的にそれらを回避しているのです。「小さい不運はちょくちょく来るが、ここぞという場では絶対に守られている」と感じる人がいましたら、それは「守られている」というよりも、あなた自身があなたの「自己組織化」能力を効果的に使って、しっかり分析・判断して自分の身を守れているということになるのです。その上で、エネルギーレベルが更に高い場合や、「フォーチュン・メンタリティー」が高い場合には、更に幸運の流れを自ら作り出すことができる「運のコントロール能力」も高くなります。科学的には「自己組織化」能力を。心理学的には「フォーチュン・メンタリティー」を。これらを高めていくことで、必然的・劇的に「運」は良くなっていくものなのです。過去記事は、是非読んでみてくださいね!
Aug 9, 2020
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みなさん、こんにちは!今日は★保存版!★運を自分でコントロールするための具体的な方法、第七章(最終章)、「フォーチュン・メンタリティー」を習得するための、【努力するのではなく『人生の流れ』に委ねる】のテーマでお送りします!前回のブログ記事では、実際に「幸運の流れ」に乗って願望が達成し出すにあたって、「絶対に準備しておいたほうがいい心の在り方」について、お話しています。☟☟☟★保存版!★~第六章~【いつ成功してもいいように『心の準備』をする】運をコントロールする方法⑥いざ、運を自分でコントロールできるだけの力量がついてくると、ありとあらゆる「邪魔」が入るようになりますからね。せっかく大きな幸運の波を作り出しても、その都度、実現の直前に不発で終わらせられるとか、一度きりの波に抑えられてしまったりすることが、結構あるんです。既に気づかれている鋭い感性の持ち主の読者の方も、絶対にいらっしゃいますよね。「幸運の流れ」は、連続して発生し続けていることにこそ意味があり、その流れを持続し続けるための意識を持つことが大切なんです。「幸運」って、決してスピリチュアル的なものではないんです。「原因と結果」に基づく自然の法則、宇宙の法則、エネルギーの法則なんですね。その「しくみ」が、私たちにとって三次元レベルの「視覚」で見えないものですから、何か、不確かな印象を持ち続けてしまうのですが、決して制御できないものではないんです。あなたのエネルギーレベルがグッと上昇して、波長も上がり、幸運の流れが一気にあなたに流れ込んでくると、「いろいろなもの」があなたの変化に気づき始めます。ほとんどの場合、あなたを直接知る個人としての「人間」ですが、そうでない場合も非常に多くあります。これはいずれまた、別のブログ記事でもお話していきますが、決してオカルト的なものではありません。科学的に「エネルギーの移動」が起こり得る、全ての現象、物質、個人意識、集合意識が関係してきます。「幸運の流れ=エネルギー」ですから。これも、あなたの存在が「光」として輝き出し、エネルギー的に以前にも増して目立ってくるからなんですが、事前にそれなりの「準備」をしておかないと、本来あなたに属しているこの「幸運の流れ=エネルギー」が、ただ漏れになってしまう恐れがあります。「あなた以外のところに移動してしまう」んです。その手綱をしっかりと握っておくためのお話が、前回のブログ記事でした。**************************************************************さて、今回のテーマも、そのコンセプト上少し「概念的」になりますが、「幸運の流れ」がある種の「エネルギー」であることを第一に考えた場合に、その「エネルギー」をどう循環させるのが最も効果的か、というお話です。生きていくために、一時的に意に沿わない形でつらい努力をしなければならない時期、というのは、おそらく誰にでも必ずあります。こんな記事を書いている私自身も、思い返せば、今までの人生の半分以上は「意に沿わないつらい努力」をせざるを得ない状況にいましたし、そこから学べることももちろんありました。ただ、エネルギー的に「運をコントロール」して願望を達成する流れに持っていく場合には、この「つらい努力」というのはむしろマイナスです。「つらい努力を一切やめることで、初めて幸運の流れに乗ることができる」からです。これは「エネルギーの法則」を考えれば一目瞭然のことなのですが、実生活を生きている私たちにとっては、何しろ目に見えない「エネルギー」という分野のお話なので、なかなかピンとこない考え方かもしれません。「つらい努力」というのは、あなたがその達成目標や対象に対して、「そのプロセスを楽しめていない」という、まるで苦行のような「不自然なエネルギーの注ぎ方」なので、実は、「自然の法則」にも「宇宙の法則」にも反している努力の仕方なのですね。「運を自らコントロールする」というエネルギーの動かし方は始終一貫しており、「フォーチュン・メンタリティー」という、幸運の流れに乗りやすい資質を持っていることが前提の上で、⇊「意味のある偶然の一致」=「シンクロニシティ」を自ら発生させる⇊その「シンクロニシティ」を連発させていく⇊あなたにとって都合の良い幸運な出来事の波になっていく⇊幸運のスパイラルに入る⇊それを長期間維持するという、一連の「エネルギーの流れ」に基づいています。**********************************************************************「フォーチュン・メンタリティー」についての過去記事☟☟☟【フォーチュンメンタリティー】「幸運を自ら引き寄せる心の在り方と知性」のお話************************************************************************「エネルギーの流れ」というのは当然「エネルギーの法則」に基づいます。「自然の法則」「宇宙の法則」に基づいていると、不自然な現象は絶対に起こり得ませんから、あなたの「潜在意識」が、意識的・無意識的の両方で心地良くない、と感じている「つらい努力」は、結果的には「実らない」ことが確定なんですね。自分の過去の経験を思い起こしてみれば、思い当たることは意外と多いのではないか、と思います。つらい努力でなんとか達成したと思われる事柄には、本当の意味での達成感というものが伴わなかったり、かけた労力や時間の割には成果が少なかったり、時間と共に、達成した事柄が色あせてしまったり、場合によっては、そのまま「無かったこと」のように記憶に残りずらかったり、とにかく「本物を得た高揚感」という感覚が希薄なのが特徴です。これは私たちの育った「文化」の影響もあるかと思います。日本人である私たちにとっては「努力する」「頑張る」という言葉は当たり前で、小さい頃から大人たちに教えられてきた「美徳」です。この「美徳」のおかげで、日本のきめの細かなサービスや品質、思いやりの心が海外から賞賛される大きな理由でもあるのですが、この「努力」が不自然で間違った方向に使われてしまうと個人レベルでの「幸運の流れ」は途端に滞り始めてしまいます。分かりやすいのが「本音と建て前」です。例えば、自分が本当に良いと思う事柄をいったん端に追いやり、他者や組織が良いと思うことを自分も良し、とする風潮があります。「日本の文化」としてはとても尊い精神ですし、それで実際に社会全体がスムーズに回っているパターンも多いでしょう。しかし「エネルギーの法則」からすると、これは明らかに、あたな個人の大切な「エネルギー」を、その他者や組織に与えてしまっている、ということになります。つまり、あなたが「素晴らしい」と思うことにより、あなたの中に生まれた「エネルギー」が、全く別のところに流れて「移動してしまう」ことを、あなた自ら許してしまっている、ということになります。あなたがあなた自身のために「使わない」ことを承諾してしまった、あなたの「エネルギー」は、それを欲している人、場所、集団、へと、あっという間に流れて行ってしまいます。それで「運がいい」も「運が悪い」もないのです。自分が生み出したエネルギーは、まずは自分のために使う、というのが、「エネルギーの法則」の鉄則であり、「自然の法則」「宇宙の法則」の鉄則です。自分に集中すれば、その「エネルギー」は法則通り自分に注がれますし、別のもの(事柄)に集中すれば、その「エネルギー」は集中したそのもの(事柄)に注がれます。例外はありません。これは、決して自分勝手になれ、と言っているのではなく、あなたが何かを選択したり決断したりする時に、周囲の人達との協調性を尊重しながらも、核心の部分では、必ず「自分自身の本当の気持ち」に従って、あなたの「エネルギー」を確実にあなたに流すことが重要、ということです。肝心なところでは、必ず「自分が好きなも・事柄、興味があること、心地良いと感じる選択」のみにフォーカスする姿勢です。そうすれば、自然と、「つらい努力」がなぜ「幸運の流れ」の発生に反するのかが、一瞬で理解できるようになると思います。「つらい努力」をしている段階で、あなたは、あなたが本当に望む事柄にフォーカスしていません。あなたが本当に望む事柄というのは、本来「つらい」ものではないからです。あなたが本当に望む事柄を実現していく過程として、たしかに体力的・精神的に「つらい」ステップはあると思います。しかし、先ほどもお話したように、「本物を得た高揚感」「実現までのプロセスを楽しむ心」の比ではないはずです。日常で私たちが行う「選択」「決断」は様々ですが、その「全て」にもっと意識的になって、「意図」を持って意思決定していくことを強くお勧めします。大袈裟なくらい、選択・決断の本当に一つ一つが、実際あなたの人生全般に影響を与えてるものだからです。進学する学校や就職先を選択する時、住む場所を決定する時、自分が何かビジネスを立ち上げようとしている時、ちゃんと自分が勉強したいカリキュラムが組まれているのか、自分と価値観が似ている友人や環境に恵まれているかどうか、入社後に自分が本当にやりたい仕事をさせてもらえそうかどうか、自分が勉強してきたことを確実に生かせそうかどうか、こういった「あなた目線」を絶対に優先させるようにしてください。「人から良く見られたい」「とりあえず安定した立場が欲しい」といった理由は「実はあなたの願望そのものではない」ことに気づいてください。同様に、自分の本当の気持ちや素質を無視して「つらい努力」を続けた結果、勢いあまって、無意識のうちに強引に物事を進めようとしてしまう場合があります。強引さはそのまま不自然さに繋がりますから、これも「自然の法則」「宇宙の法則」に反しているわけですが、すると逆に「意味のある”不運な”偶然の一致」が起こって、あなたが間違った方向に進もうとするのを全力で「阻止」しようとしてきます。これには、私の知り合いで、この「意味のある”不運な”偶然の一致」のあまりにもドンピシャな例を体験した友人がいますので、ちょっと息抜きに(笑)このエピソードをご紹介させていただきます。私の香港の友人でとある不動産投資家が、奥さんの友人の勧めで、当時(8年くらい前)、マレーシアに不動産を購入する計画を立てていました。私から見ても、とても堅実な投資家さんで、主に地元の香港で着実に投資運用していた方なのですが、まだ海外で投資物件を購入したことがなく、友人仲間が次々とアジアの新興国に新しい投資用不動産を購入しているのを、前から羨ましく思っている、というようなことを言っていました。8年くらい前の当時は、フィリピン(特に首都マニラ)とマレーシア(首都クアラルンプールと、シンガポールとの国境に近い都市ジョホールバルなど)が、世界中の一般投資家の人達に人気で、特にマレーシアは、当時のマレーシア政府が大規模な国家的プロジェクトの一環として、公金を投入してまで、ジョホールバルに大型の投資用物件を数多く建設していました。私の友人は、このプロジェクトに目を付けたわけなのですが、私は友人からこの話を聞いた時、即座に「彼らしくないな」と思ったのをよく覚えています。なぜかというと、この友人の投資スタイルは長年地元密着型で、経済の流れとか、景気とか、自分が実際に住んでいる香港という土地の動きを「肌で感じ取る」ことで、流動的な需要や価格の振れ幅などを、的確に把握することで、うまく流れに乗った投資スタイルを実践してきていたからです。今までの彼の意思決定は、いつも「自分の信念」を優先させていていましたが、ここにきて、海外不動産投資を当時の「流行」のように捉えているところのあった、彼の投資仲間に、あきらかに影響されているのが私から見てもわかったからです。彼の奥さんも、当然このマレーシアへの投資話に気乗りせず、早速マレーシア行きの航空券を予約している旦那さんに不満でいっぱいながらも、しかたなく彼について現地に赴くことになりました。彼の奥さんと私の意見は一致していて、資金は十分にあっても、事情を熟知している香港で、今まで通り投資を続けた方がよい、というものでした。この時の彼のパターンは、過去のブログ記事でお話しした、「願望を達成するためには『リスクをとる』ことが大切」ということと、似ているようで実は「決定的に違う」ので、ここでしっかり確認しておかなければなりません。*************************************************************************過去記事☟☟☟「願望を達成するためには『リスクをとる』ことが大切」★保存版!★~第五章~【どの方向にも飛び出せるようにしておく】運をコントロールする具体的な方法⑤*************************************************************************この時の私の友人は、そもそも自分自身が本当の意味で「海外不動産投資に手を広げたい」と思っていたわけではない、ということです。あくまで地元での不動産投資に価値を置きながらも、投資仲間が次々と投資の幅を広げていくことへの「憧れ」や「嫉妬」や「焦り」が先に立ってしまい、むしろ「明らかに投資家らしくない」決断をしてしまったわけです。友人は、反対されればされるほど、マレーシアで不動産を購入することに「執着」するようになっていきました。そして、ついにマレーシアへと飛ぶ当日。まず前の晩から、その日まで元気だった友人の子供が高熱を出しました。仕方なく飛行機の日程を変更し、子供の回復を待ってから再び空港へと出かけました。香港空港へ到着すると、なんと次に、予約していた飛行機の積が「ダブルブッキング」でデータ削除されていたことが判明しました。ダブルブッキングなど、私の友人は今まで経験したことはなかったそうです。友人はカウンターで抗議をして、とにかく同じ時間帯でマレーシアへ飛ぶ別の便に急遽変更してもらいました。次に、マレーシアに到着したとたん、すぐ近くの目的のホテルまでの道のりが、小規模なデモで閉鎖されてしまっていたことがわかり、何時間もかけてやっとの思いでホテルにたどり着くも、今度は子供の病気がうつっていたのか、現地の食事か水が原因だったのか、私の友人自体が極度の下痢で現地の病院に緊急入院することになってしまったのです。翌日からの不動産見学は全てキャンセル、今まで海外で病気になど一度もかかったことのなかった私の友人は、今回も当然のことながら、海外保険には入っておらず、滞在期間いっぱいを病院で過ごし、高額な外国人医療費を払ったあげく、ついに不動産を見学することも購入することもできず、おまけに、香港に帰国してからは、今回のマレーシア行きに反対だった奥さんと、しばらく喧嘩が絶えなかったそうです。。。少し長くなってしまいましたが、ここまで徹底的に連続して起こった「意味のある”不運な”偶然の一致」の例を是非ご紹介させていただきました(苦笑)。私たちに合わない目標、やり方、タイミングで努力の方向を間違えたり、無理強いしたり、プロセス自体を楽しめない計画は、あなたが持つ貴重な「エネルギー」の無駄遣いになってしまいます。実質的に「自分に嘘をついている状態」なので、当然「意味のある偶然の一致」=「シンクロニシティ」が起こる余地がないのです。私の友人の例のように、物事がかみ合わなくなる上に、「意味のある”不運な”偶然の一致」が警報を鳴らしてきます。「幸運の流れ」とは、もっとスムーズに進むもの、「あなたのユニークな部分を生かして独自のパターンで発生してくるもの」なのです。人がやっているから自分も、では決してないのです。「人生の流れに乗ってなめらかに生きる」ために、あなたが「実は無理していること」を徹底的に辞めていきましょう。日常での「無理」や「周囲への心理的な構え」によってあなたが無意識に起こしている「行動」や「考え方」を解いた時に、あなたの中に自然に沸き上がる考えや思いにようやく従えるようになります。「あなた特有の成功パターンでなめらかに生きる」ことで、あなたの「エネルギー」を、ひたすらあなたの願望実現のために使うことができるようになります!
Aug 5, 2020
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みなさん、こんにちは!今日は★保存版!★運を自分でコントロールするための方法、第六章、「フォーチュン・メンタリティー」を習得するための、【いつ成功してもいいように『心の準備』をする】のテーマでお送りします。前回のブログ記事では、あなたの願望達成の可能性を最大限にし、「幸運の流れ」にスムーズに乗っていける資質の内、今まであなたの人生にはなかった要素を新たに追加していくために、「リスクを冒す」ことの重要性と、そのポイントをお話しています。☟☟☟★保存版!★~第五章~【どの方向にも飛び出せるようにしておく】運をコントロールする具体的な方法⑤https://plaza.rakuten.co.jp/fortunementality/diary/202007310000/************************************************************************長い間、「普通」の生活を営んできた私たちは、「その生き方以外に、もっと違った生き方がある」と頭ではわかっていても、なかなか具体的にイメージできないものです。それはなぜか、というと、「今の生き方以外の別の生き方」というのは、まだ私たちが「経験」したことのない未知の生き方だからです。脳科学では、人間は全く経験したことがないことはイメージできないので、「潜在意識」は反応しない、つまり「自分には実現できる余地はない」と、脳が勝手に決めつけてしまっているのと同じことだといいます。普通の日常レベルで長く生活してきている私たちが、いくらでも願望を実現することができるような「発想力」を手に入れる一番の近道は、実際に自分が持つ願望に近い願望を既に達成している人や、成功している人から、その生活や行動や考え方まで、実際に体験させてもらうことなのですが、これは、身近にそういう人達がいない場合や、彼らと友人や知り合いになるのが難しかったりと、一般の私たちにとってあまり現実的な方法ではありません。例えば、あなたの願望が「お金」や「収入」に関することだった場合、億単位の収入や資産がある人達が、毎月どのように生活しているかを知る、最も初歩的な方法と言えば、金銭的に成功している彼らの自伝や著書から、その生活パターンが伺えるような表現がないか、を探し出すことです。(ただし、その自伝や著書に書かれている「表面的」なコンセプトをそのまま鵜呑みにして取り入れることはお勧めしません。なぜかというと、以前のブログでもお話しているように、私たち一人一人には、それぞれ固有のバックグラウンドと、独自に積み重ねてきている千差万別の経験値があり、同時にその経験値の組み合わせパターンは無限です。そのため、成功している人達の成功パターンが、必ずしもあなたにとって効果的、とは限らないのです。なので、彼らの自伝や著書を参考にする時には、自分にとってヒントとなるような彼らの生活パターンや思考のパターンを、書かれている文章から直接得ようとするよりも、もっとその背後にある「抽象的な表現」から、あなたの生活パターンや思考パターンに取り入れることができる部分がないかを、直感的に感じる取ることが大事です。)先ほど同様、お金に関する事柄で言えば、もし私たちが自由になるお金が、例えば月100円以上になったとしましょう。自分が生活の中で実際に消費せざるを得ない生活費や、教育費、書籍、ファッション、美容、趣味などの最低限の自己啓発費を差し引いても、その消費分の(おそらく)何倍もの金額が、毎月毎月自動的に貯まっていき、その総額はどんどん増えていくわけです。「お金を使っていても、そのお金が更に増えていく」という現象は、収入が増えて資産額が増え続けていくか、投資などで資産額が増えて続けていくか、そのどちらかでしか発生しません。こうなると、私たちが買い物や意思決定などで取る行動も変わってくるでしょう。例えば、買い物に行く場所自体も変わってくるでしょうし、今までであれば電卓とにらめっこしながらの「欲しいもの」だったのが、自分が心から欲しい、と思う質や内容のものを、ためらうことなく購入するようにもなるでしょう。素材や好みのデザインで、自分が本当に手に入れたいもの「だけ」を選択できるようになりますから、今まで、本当に欲しかったものを手に入れることができないことの「代替」として、もっと安くて質も落ちる2番候補・3番候補の商品を仕方なく購入する、セール品という「枠」の中から選ぶ、心を満たすために安いものを大量に買って、使いきれずに結局無駄にする、といったことも大幅に減るでしょう。「本当に欲しかったものを手に入れる」という自然体の決断と行為というのは、何も買い物にかぎらず、幸運の波に乗るための「意味のある偶然の一致」の頻度を更に高めます。要は、あなたが「何かを決断する」際に、あなたの中から沸き上がる自然な欲求を素直に出していくことで、運の流れが滞ることなく、外側の世界へとスムーズに連結していくのです。その結果、「幸運の流れ」が発生する。あなたにとって正しいこと、心地よいことを素直に選択し続けていると、あなたの気持ちと行動が、よりダイナミックになっていき、その「幸運の流れ」には連続性が備わるようにもなる。そうして螺旋階段状に運もエネルギーも高まっていくのです。買い物一つを取ってみてもそうなのですから、いろいろな現実生活の制約があるとはいえ、決して変な欲望などではない、自分の真っ当な欲求を抑え込むことの不自然さは、本来、自然の理に反していることになります。アクセルとブレーキを一緒に踏み込むようなものなので、あなたの潜在意識にも、外の世界に反映されるはずの幸運の流れにも、矛盾が生じてしまいます。「本当に欲しいもの(事)を抑圧する」=「私にはこれを手に入れる価値がない」という、幸運の流れを決定的に遮断してしまう間違った思い込みを、無意識に自分自身にインプットしてしまうことにもなります。ちょっと「お金」と「買い物」という、あまりにも日常的過ぎる例で恐縮ですが、ここで気に留めていただいて欲しいのは、私たちのような「普通の生活レベル」で日常を生きている人達には、あらゆる分野において、「成功への障害になっている抑圧的感情がある」ということです。その一方で、運を自在にコントロールして幸運の波に乗っている人達、というのは、この「成功への障害となる抑圧的感情」をほぼ克服しています。よく、夢が実現することを強く望んでいたのにもかかわらず、いざその夢が実現しそうになると、急に「尻込み」してしまう人がいます。今この記事を書いている私自身も、今までの人生の中で何度も「尻込み」したことがあるので、その気持ちは痛いほどよくわかるのですが、そのような人に話を聞くと、決まって「あんなに頑張って手に入れたのに(手に入れられそうになったのに)、急に怖くなった」と言います。「急に自信がなくなった」という人もいます。これは、どんな心理なのかというと、自分が成功したり、夢を叶えていく過程で、今までの自分のレベルや住み慣れた環境、馴染みのある方法がその「効力」を失い、自分の夢を実現していくはずの「変化」に対する一種の「拒絶反応」を起こしている、ということです。成功したいと願いながらも、心の底では「変化」を望んでいない。これが、私たちが願望を達成する上で障害となっている、抑圧された感情なのです。これでは、確かに潜在意識は願望達成へのGOサインを出せませんよね(汗)。だって、潜在意識のご主人様は、それを「望んでいない」んですもの。これは先述した「リスクを負う」ということにも、もちろん関係があります。リスクを必要以上に恐れる人の心理、というのはまさにこれで、要は「変化」を恐れてしまっているわけです。逆に、私たちが「変化を受け入れて成功を恐れない」心の強さを身につけられるようになれば、次々と起こってくる「新しい展開」に動揺することなく、幸運の流れに乗ってやってくるチャンスを、ことごとく掴めるようになっていきます。「流れ」って「変化」そのものですからね。「幸運の流れ」も、「変化」により繰り広げられる「新しい展開」があって、初めてその最初の源流が発生します。その「変化」をものともせず、あなたの夢を叶えるためにむしろ楽しんでしまえる心境を得るために、「いつ成功してもいいような心の準備」が必要なのです。以前のブログ記事の「何かを期待する姿勢を保つと現実になる」にも直結する姿勢です。☟☟☟★保存版!★~第四章~【『何かを期待する姿勢』を保つと『現実』になる】運をコントロールする方法④https://plaza.rakuten.co.jp/fortunementality/diary/202007280000/「いつ成功してもいいような心の準備」とは、「チャンスに対して心を開く」ということであり、「どうせ成功なんかできっこない」「どうせ願望なんか叶いっこない」というあなた自身へのあなた自身による「偏見」や「構え」を解くことを意味します。同時に、この心の準備うすることで、実際に欲しいものを手に入れるために計画を立てて、一歩一歩行動をスタートさせる前に、「成功」や「願望達成」と同時にやってくる大きなストレスやトラブルも、同時に全て引き受ける「覚悟」をも養ってくれます。私たちがいざ目標を達成し始めると、確実に周りでいろいろなことが起こり始めます。人から注目されるようになる、今まで認めてくれなかったような人達が自分を評価してくれるようになる、収入が増える、持ち物や住む場所が変わる、付き合う人が変わる、場合によっては日本から海外へ活躍の舞台が変わる、など、良い意味でも悪い意味でも、あなたにとっては結構なストレスとなるはずです。また、あなたを取り巻く全ての人があなたを同じように応援してくれる、とは限りません。どんどん変化して上昇していくあなたを、強烈に嫉妬したり批判したりする人も、ほぼ必ず出てくるでしょう。念による精神的な嫉妬だけではなく、相手によっては直接行動に出て嫉妬を発散させてくる人もいるでしょう。こういう大きな変化を全て「受け入れて」対処する、恐れを克服した心の姿勢が、運を自分でコントロールし、「幸運の流れ」を発生させ、願望を達成していくためには、絶対に必要となってきます。******************************************【エクササイズ】変化を受け入れて成功を恐れない今回は「考え方」と「心の持ちよう」が全ての鍵を握るほど大切なコンセプトなので、エクササイズ自体は非常にシンプルです。先ほどお話してきたことを、しっかりと理解できているかを確認できれば十分です。自分が実現したい夢や願望を、生活の各ステージで具体的に書き出していきます。(例)は、本の一例で、大切なのは「あなた」が思う具体的な願望です。より細かく詳細を具体的にイメージしながら書き込んでいってください。例えば転職などであれば「〇年以内に外資系の会計事務所(できれば具体的な企業名まで)にコンサルタントとして転職する。待遇は〇〇、その後のキャリアは自分の事務所を立ち上げる(場所、規模、専門、具体的に。)」のように、詳細を具体的にしてください。【仕事関係】(例)半年以内に昇進したい。タイトルは〇〇。もっと条件の良い会社に転職したい。企業名、業種、職種は〇〇)。●●●【家庭生活】(例)伴侶ともっと仲を深めたい。家族で海外に移住したい。国は〇〇、都市は〇〇、〇年後、住居は〇〇、現地での仕事は〇〇。●●●【人間関係】(例)付き合っている恋人の両親と、結婚に向けてもっと親密な関係を作りたい。会う頻度は〇〇、〇〇な会話をしていきたい、結婚の具体的な案と時期は〇〇。●●●【健康】(例)3キロのダイエットをしたい。禁煙したい。期間は〇〇、具体的な食事法は〇〇、行う運動は〇〇。●●●【趣味】(例)大好きなジャズのアンティークLDを500枚コレクションしたい。検索は〇〇、購入は〇〇、交渉術は〇〇、コレクションの場所は〇〇、いずれ〇〇のビジネスにもしていきたい。●●●【クリエイティブなこと】(例)自分で事業を起こしたい。著作を発表したい。分野は〇〇、規模は〇〇、収益は〇〇、場所は〇〇、〇〇出版者から出版したい、〇〇万部を売り上げたい、〇〇的な存在になりたい。●●●「●」はあなたの願望の数だけどんどん増やしていってください。次に、「これらの願いが全て叶った場合」に備えて、「心」と「行動」の準備をしていきましょう。願いが叶っていく過程で、どんな「反対」があなたの周りで起こると想像できるでしょうか。願いが叶った後、どんな環境の変化に曝されることになるでしょうか。あなたはその環境の変化に、そういう反応をしていくのでしょうか。日頃から、こういった「願いを達成した後の自分」に起こる出来事を、想像したりイメージしたりすることを習慣づけるようにしてください。願望達成までの想像力は意外に高くても、いざ実際に願望を達成した「その後」にまで思いを巡らせない人が多いので、これは、せっかく上昇している自分自身の勢いを折らせないための、大切な要素だと思って、是非取り組んでみてください。いざ願いが達成されそうになった時、欲していたことが実現した時に、ためらいなくその成功を楽しめるようにそましょうね!!!****************************************************次回は★保存版!★運を自分でコントロールする具体的な方法、の第七章(最終章)、「フォーチュン・メンタリティー」を習得するための、【『努力する』のではなく『人生の流れ』に委ねる】です!
Aug 2, 2020
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