全7件 (7件中 1-7件目)
1

みなさん、こんにちは!前回のブログ記事で、才能には3つの種類①『コアの部分にかかわる才能』②『コアの部分以外の全てを網羅する才能』③1つ目の『コアの部分にかかわる才能』、2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』をそれぞれ発揮する上での『「良心」となる才能』に分類することができる、というお話をしています。************************************************************************関連ブログ記事☟☟☟【誰も知らない『運と才能の秘密』①】~運に関わる「3つの才能」からあなたの才能を読み解く~************************************************************************少しだけ前回のブログから一部抽出して復習してみますが、『才能』を3つに分類して掘り下げることで、自分がどのタイプの『才能』に近いかを把握することから、『才能の発掘』は始まります。1つ目の「才能」の種類は、『コアの部分にかかわる才能』です。「コアの部分にかかわる才能」とは、誰が見てもすぐに突出した才能であるとわかる具体的な才能です。「芸術分野」や「科学分野」で顕著に際立った才能、と言えばわかりやすいでしょう。音楽(楽器演奏、声楽、指揮)、美術(主に絵画、彫刻、建築など)、文学・映像(小説、映画、舞台芸術など)、数学(新しい数学の定理や方式を発見・構築するなど)、科学(ノーベル賞級の発見や発明を化学分野、物理分野、医学分野などで達成するような学問的能力)、などの、要は、各分野の「コア」の部分に関わる、非常にわかりやすく突出した才能=「ピンポイントの才能」ということになります。これがビジネス分野であると、短期間に社会に多大な影響力を与えつつ、大きな利益を出し続けるような才能、となります(ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、マークバッカーザーグなどが、非常にわかりやすい例ですよね)。普通、一般に「才能」と呼ばれる突出した能力は、この1つ目の『コアの部分にかかわる才能』のことを指す場合が多いようです。だから、その突出したピンポイントの『才能』がノーベル賞級であったり、オリンピック級であったりするために、私達のような一般人が、通常の生活では体験できない・(ましてや)自覚しずらい才能の分類なのです。2つ目の才能は、『上のコアの部分以外の全てを網羅する才能』です。各分野での具体的なピンポイントでの才能とはまた違い、そのコアの部分以外の全て-例えば、俳優・女優さんのような人の意識や注目を集めるような魅力・カリスマ性そのもの、IQやEQの高さそのもの、博学さそのもの(ずば抜けた知識の豊富さ)、IQ以外の知能全体の高さ(様々な分野をまんべんなく網羅しているような知恵を持っている)、新しものを無限に生み出す創造性・クリエイティビティ、リーダーシップ、人の心を掴む人柄、何かにハマれる集中力、強い好奇心、手先の器用さや技術的な能力、人に何かを教える技術、多様性を受け入れることのできる人間的器(うつわ)、世界中に何年も冒険旅行に出かけてしまうような行動力、仕事や勉強などの生活全般における並外れた実行力など-具体的にピンポイントで突出した才能以外の全ての部分で、なんらかの好ましい特性がある場合に、この2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』が、私達一般人の多くが実は有している『才能』の種類です。目に見えて分かりやすい1つ目の才能とは違った、いわゆる、生きていく上での技術、世渡りの上手さ、人間関係を円満に築くスキルなどに関係する才能ですね。この2つ目の、様々な種類のコア部分以外の才能は、人によっては、複数をまんべんなくバランス良く持っていたり、人によっては、これらの才能の内、ある一定の範囲の能力に特化して長けている場合もあります。そして3つ目の才能が、1つ目の『コアの部分にかかわる才能』、2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』をそれぞれ発揮する上での『「良心」となる才能』です(これが実は一番重要な種類の「才能」かもしれないと、私は思っています)。『「良心」となる才能』とは、一体どういう才能かと言うと、どんな時にも、自分が持って生まれた『才能』・自分が磨いてきた能力や『技術』を、「良い目的のために使う」ことに徹することができる才能です。要は「責任感」を自発的に感じられるかどうか、です。「良い目的のために才能を使う」とは、それこそ、関わる人や社会全体に『貢献』することを指すのですが、現実問題として、才能や高い能力を持っている人が、この『貢献』というコンセプトを理解できていない場合や、本人の自己愛が強い場合、この才能や高い能力を「利己的な目的のためだけ」に行使しようとするんですね。本人が自分の才能や高い能力を誰のためにどう使おうが、基本的にその本人の自由ですし、その基本的権利が当の本人にはあります。しかし、才能や高い能力を与えられた人には「責任がある」というのが、私の考えです。その「責任」とは、人並み以上の才能や能力を与えられた人が、その恩返しとして世の中に『貢献』するという姿勢を持つ、ということです。また才能を使って世の中に『貢献』したほうが、自分自身の才能をより有意義に生かせるし、自分自身が多くの人の役にたっていることに対する幸福感や至福感も違ってくるからです。先ほどもお話しましたが、『貢献』とは、『WIN-WINの関係』を常に念頭においてベストを尽くしていくということです。『WIN-WINの関係』を構築していくのにはとても責任が伴います。「義務」という意味での責任ではなく、「自発的な責任感」が必要となってくるのです。要は『自分の才能をミッション(使命)として捉えられるかどうか』ということです。与えられている類まれな才能や高い能力を、自分の『ミッション(使命)』としてしっかりと生かして伸ばしていく、という責任感があるのとないのとでは、ずっと謙虚に学び続ける姿勢や、世の中に貢献できる実現度が大きく変わってきます。逆にこの「責任感」がないまま自らの才能に溺れてしまうと、「才能が暴走するリスク」が高まってしまうのです。なぜなら、この「責任感」が欠如した状態だと、『才能』と『人格』のバランスが取れなくなるからです。『「良心」となる才能』を持ち合わせていない人が、1つ目の『コアの部分にかかわる才能』や2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』の突出した能力部分だけに溺れると、世の中のパターンとして、人格に障害がある「サイコパス」や「ソシオパス」などの人格障害系の人物が、その『才能』を悪用しにかかる、ということが起こってくるのです。これは、『「良心」となる才能』が欠如した状態でいる才能ある本人を、そういった人格障害系の人達が利用しにかかる場合と、『「良心」となる才能』が欠如した状態でいる才能ある本人自身が、自己愛のために人格障害系の人達と同じような行動をとって、別の被害者が発生してくる場合と、があります。また、良心を持って才能を使いこなそうとすれば、必ず何らかの形で社会に貢献でき、自分自身も心の平和や生きがいなどの幸福感を得続けることができるにもかかわらず、良心となる才能が欠けて、突出した才能部分だけが暴走した結果、世の中からの正当な評価を得ることができずに自分の世界に籠るようになります。才能を、自分のためだけに使おうとすればするほど、「孤独」に陥っていくのですね。才能に溢れる人や、歴史上の天才たちの中で、残念ながら自分達の才能を生かしきれずに、また貢献することもできずに、埋もれてしまった人達もまた、活躍している才能に溢れる人達の影に沢山います。自分の存在が自分自身の『才能』を支えきれずに、押しつぶされてしまった結果です。だから、私達のような一般の人達が自分の『才能』を見つけてそれを生かしていく一番の王道は、まずは3つ目の『良心の部分としての才能』を持てるように自分自身を律し、なおかつ、2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』を見つけて伸ばすことにフォーカスする。更に、より現実的に自分の能力生かしていくために、しっかりと「努力」していくことなのです。まとめると●1つ目の『コアの部分にかかわる才能』が、天才的な能力としての『才能』●2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』が、(守備範囲の広さとバランス感覚の良さでいうところの)秀才的な『才能』●3つ目の『良心となる才能』が、人格的な『才能』のような感じで捉えることができるかと思います。また、★1つ目の『コアの部分にかかわる才能』は天才型の才能として、世の中に多大なインパクトを与える能力である ⇒人々に感動や喜びを与えるという形で世の中に『貢献』する才能★2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』は秀才型として、より実社会に役に立つ実践的な能力の数々である。 ⇒実際に人々の生活や社会の発展に役立つ知識や技術と言う形で、世の中に『貢献』する才能★3つ目の『良心となる才能』は人格型として、上2つの才能が正しく発揮されてるように制御する才能 ⇒本人を含めて、関わる人全てが幸せになれるようなパターンを作り上げるという形で、世の中に『貢献』する才能である、と定義することができますね。以上のことを踏まえて、私達が自分の『才能』を本格的に発掘していくステップ①どうやったら自分の「才能」を見つけられるか?②どうやったら見つけた自分の才能を発揮できるのか?③どうやったら発揮し始めた才能を潰されなようにできるのか?の部分の①どうやったら自分の「才能」を見つけられるか? について、次にお話していきます。自分の『才能』を見つける方法については、自分の『強み』や『得意分野』、能力を発揮できそうな『スキル』にフォーカスして発掘していくための記事や書籍が、結構出ていますよね。ただ、コンセプト的なことと、実際に『才能』を見つけるための実践的な方法には、微妙な違いがあります。なぜなら、先ほどお話してきたように、『才能』にはそれぞれ3つの異なった種類があるため、それを一括して捉えることには、最初から無理があるからです。1つ目の『コアの部分にかかわる才能=天才型の才能』と、2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能=実践的な才能』との間には決定的な違いがあり、土俵が違うので才能発掘のアプローチが全然違ってきます。また、3つ目の『良心となる才能=自分の能力を「使命(ミッション)としてとらえる責任感)』に至っては、その本人の元々の性格や人格をベースとした「本人の意識の変革」が必要になってくるため、とにかく本人が「自覚を持てるか持てないか」が、この3つ目の才能を生かせるかどうかの決め手になるからです。このブログで、「運とIQ・EQの関係」や「運の勉強の法則」に関連する記事でもお話していますが、いずれの場合も、あなたの『洞察力』が決めてとなります。************************************************************************関連記事☟☟☟【★絶対保存版★】『IQ・EQ』と『運』の関係①~高IQ高EQはどのように「運」に影響するのか~【★絶対保存版★】『IQ・EQ』と『運』の関係③~『アハ体験』と『フロー状態』~強運と知性のお話【★絶対保存版★】『運』と『勉強』の法則~「フロー状態」が運も勉強も突き抜けるカギ、というお話~************************************************************************この、自分の才能をみつけるために必要不可欠な『洞察力』について、よりわかりやすいように、今日は、世界的に有名な、もちろん日本でもおなじみの架空の名探偵「シャーロック・ホームズ」を例に、具体的に解説していきます。サー・アーサー・コナンドイルの名著「シャーロック・ホームズ」の推理小説を知らない人は、ほぼいないといっても過言ではないかもしれませんね。このブログの読者の方の中にも、シャーロック・ホームズの物語に夢中になったことのある方は多いかもしれません。私も大の、シャーロック・ホームズファンですね(笑)。シャーロック・ホームズは、その類まれな頭脳と特異な「観察力」「推理力」で、ロンドンを中心に、イギリスやヨーロッパの国々の難解事件を次々と解決していく私立探偵です。相棒のドクター・ワトソンも、物語中ではホームズの良き理解者・パートナーとして描かれていますよね。シャーロック・ホームズ自身が、既に『才能』の塊のような人物像として描かれていますが、彼の推理の手法や思考そのものが、なんと、私達自身の『才能』や『能力』を見つける上で、大きなヒントを含んでいるのです。シャーロック・ホームズの思考法は、多くの点で、とても先見性があったようです。事実、彼の思考法が推理小説として出版されたその100年以上後に、ようやく同じような思考法が心理学や神経科学の分野で取り入れられ始め、体系化されて現在の『科学的思考法』として確立されていったのですね。『科学的思考法』とは、シャーロックホームズの思考法に見て取れる「独特のマインドセット」で成り立っています。「独特のマインドセット」とは、私達が日常生活で様々な事柄に対応する時、その行動の開始から目的の達成までのプロセスに、ある特徴的な認知状態・思考状態で挑む、ということです。その、ある特徴的な認知状態・思考状態である「マインドセット」とは、「マインドフルネス」という状態です。「マインドフルネス」という概念自体は、決して新しいものではなく、既に19世紀末にはアメリカの心理学者・哲学者のウィリアム・ジェームス博士や、現代では1970年代にハーバード大学心理学教授であるエレン・ランガー博士などにより提唱されています。「マインドフルネス」とは、私達が「注意力」や「観察力」を鍛えることによって、洞察力・判断力・創造力・生産性などが劇的に高められ、私達の人生における幸福度や成功度により貢献してくれるような高い能力を開花させてくれる状態です。私がこのブログでもよくお話している、高揚感や幸福感を伴った極度の集中状態である「フロー状態」にもかなり似ている状態ですね。要は、「マインドフルネス」とは、無意識で物事を流して見てしまうのではなく、「能動的」に「意識的」に「注意を持って」物事を「分析しながら」見る、という心の状態と思考形態です。私達はに日常生活の多くの場面で、自分の目の前に起こっている事柄を何も考えずに「無意識」に見ていることが多いのです。そのため、その事柄の裏で起こっている別の現象や、伏線のように関連している重要な情報やヒントなどの多くを見逃していることが多いのです。つまり、「マインドフルネス」とは正反対の「マインドレス」の状態です。言ってみれば「思考停止」のような状態ですね。「注意力」と「思考」というのは密接に関係していますから、「マインドレス」の状態とは、まさに「考える」ということをしない状態です。「マインドレス」の状態により、私達は多くのチャンスや貴重な情報を見逃しており、更にはその「損失」に自分では全く気付いていない、という状態に陥っている場合が、非常に多いのです。例えば、「子供」というのは「マインドフルネス」の達人です。皆さんも子供の頃のことを思い返してみてください。子供の頃というのは、実に様々なことに非常に良く気が付いたのではないでしょうか。大人になってからでは到底追いつけないようなスピードで、新しい知識や情報を吸収したり理解したり記憶したりできる。初めて見たり聞いたりした事柄、初めて学んだ事柄、初めて出会った人々や環境に対して、驚くべき適応能力で習得していく。何もかもが斬新で刺激的で、全てに好奇心が生まれ、時間の感覚すら大人のそれとは違う。要は、ずっと「夢中」な状態でいられる。ずっと「マインドフルネス」な状態でいられるんですね。当然、物事を学習する時の「注意力」も良好な状態です。しかし、大人になるにつれ、私達は徐々に様々な事柄に「慣れて」しまって、日常生活の中で「無関心」になる要素が急激に増えていきます。これはもうやったことがある、そこへはもう行ったことがある、これにはもう注意しなくてもできる、と、外の世界に対する「意識」や「注意」や「感心」が徐々に薄れていくのです。そして様々なことを「能動的」「マインドフルネス」に習得していった子供時代と比べて、より「受動的」で「マインドレス」な状態に陥っていくのです。もちろん一概に全ての人に当てはまるわけではありません。「傾向」としてのお話です。大人になってからも「マインドフルネス」に満ちた人達は一定数存在しています。私が良くお話している「フローマスター」の人達ですね。大人になると「マインドレス」な状態により陥りやすい、という根拠の一つとしては大人の生活の中では「マルチタスク」が増えるからという見解を持っている学者も多いようですね。大人には、仕事でも家庭生活でも、とにかく「マルチタスク」をこなしていかざるを得ない状況が沢山ありますからね。脳科学的にも、人間の脳は「一つのことに集中的に取り組む」「その後、別のことに再度集中的に取り組む」ということを繰り返した方が、「マルチタスク」で意識が分散するよりも、結果的に生産性が上がる、という報告がなされています。いずれにしても、この「マインドフルネス」という独特のマインドセットを持つことで初めて、『科学的思考法』を習得することができるのですが、今日のメインテーマである ①どうやったら自分の「才能」を見つけられるか? という問いに対して、この『科学的思考法』が見事に使えるのです。ここで、シャーロック・ホームズの推理小説の中で、ある「逸話」を例に出して、この『マインドフルネス』と『科学的思考法』をより詳しく説明していきます。シャーロック・ホームズとドクター・ワトソンは、ある時期、イギリス・ロンドンのベイカー街221B番地の下宿先で共同生活を送りながら、様々な事件を共に解決していくのですが、そのベイカー街221B番地の部屋へ続く階段について、二人が何気ない話を始めるのです。シャーロック・ホームズの自宅兼探偵事務所となっている部屋の肘掛け椅子に座って、ホームズがワトソンに唐突に質問を投げかけるのです。「ベイカー街221B番地のこの部屋への階段は、一体何段あるか?」そして、毎日、ベイカー街221B番地のその部屋で生活しながら共に探偵業の補佐をしているはずのワトソンは、この質問に答えることができません。そこでホームズは、ワトソンに『見ること』と『観察すること』の決定的な違いを教授していくのです。毎日そこで生活し、何百回も上り下りしているはずの馴染みの階段を、ワトソンはただ受動的・無意識に「見ている」のですが、決して意識的に「観察」していたわけではありません。しかしホームズの場合、彼はこの単なる「階段」だけにとどまらず、彼が事件で類まれな推理力を発揮していく前段階の、この意識的な「観察」というものを、実に「マインドフルネス」な状態を日常的に保ちながら、行っているわけです。更に、ホームズは、事件を解決する糸口となる推理を、意識的な「観察」に基づいて、次のような『科学的思考』を使って手順良く行っています。『科学的思考法』は、幅広い基礎知識をつける、事実に対する的確な理解(偏見、思い込みを排除する)、これから自分が取り組もうとする問題の「概略(全体像)」を把握することから始まり、これを、『科学的思考』を行う上での『基礎(エレメンタリー)』といいます。そしてこの『基礎(エレメンタリー)を土台として、次に『仮説』を生み出す段階に入ります。この時、誰が見ても明らかにわかる表面上の可能性にこだわるのではなく、自分の想像力を使って、他に考え得るあらゆる調査の方法を模索します。また、『仮説』をたてる時にはただやみくもに推論するのではなく、あくまでも最初の『基礎(エレメンタリー)』にのっとって、自分の経験値(実際の過去の経験)・非経験値(まだ経験していないが、知りうる知識を使った推測)の両方から得られた『予測』により、『観察』と合わせて行います。そして、次に『検証』の段階に入ります。自分が立てた『仮説』から得られたを示唆が何を意味しているのか?考え得る可能性を一つ一つ全て調査して、検証に見合わない事柄を消去していきます。そして「最後に残ったものが、どんなに「ありえなさそう」な事柄でも、それが真実」であるという結論に至ります。この時、あらゆる角度から考える『球体思考』という思考の形態を使います。『球体思考』とは、以前このブログでもお話していますが、何か一つの事柄について考える時、その事柄のに関連する事柄を、あらゆる角度から立体的に(イメージとしては、上・下、前・後、横の全ての角度)考える思考法です。同時に、時系列では、今目の前の事柄・問題(「現在」)を、その事柄に関連しそうな「過去」「未来」にわたって考える、という思考法をとります。例えば、先ほどの、その問題に適用できる基礎知識(『基礎(エレメンタリー)』も、時代や状況が変わるにつれて、常に「最新のもの」にしていかなければなりません。そこまで考えて、環境が変わる度に『仮説』を常に修正し、再度『検証』していくことが大切なのです。************************************************************************関連記事☟☟☟【自己組織化】「運のよい人」が持っている思考法~「螺旋ループ」と「芋ずる式」と「球体思考」~************************************************************************つまり、簡単にまとめると、『科学的思考法』とは、問題点を理解して組み立てて、観察し、仮説を立て(もしくは想像・予測し)、検証して『推理』する、これらを繰り返していくことです。外部から得られた情報や手がかりだけを当てはめて結論を出すのではなく、自分の頭に浮かんだ「あらゆる考えにも当てはめて推論」していく、そして、状況に応じて、今目のまえに繰り広げられている事柄に関する他人からの評価や印象自体を「疑ってみる」、突き詰めると、自分の考えすら「疑ってみる」ということです。つまり、最終的には、問題の概略(全体像)を把握すること、観察、仮説、調査、検証、推論)を、全て「自分の頭で考える」とうことです。「自分の頭で考える」ということは、「思考停止」の全く反対の状態ですね。「思考停止」とは、まさに先ほど、ホームズとワトソンとの「階段の数」のやりとりで、残念ながらワトソンが見せてしまった状態そのものです。自分で考える能力の高い人、観察力の豊かな人というのは、日常生活の中で遭遇する全ての事柄を、的確に系統的に(更に意識的に)観察することによって、普通の人が思いもよらない事柄、気づくことができない細部の情報に至るまで、実に多くの「本質」を見抜き、また学普通の人の何十倍の速さで、あらゆることを学んでいくことができるのですね。「1を聞いて(見て)10を知る」そのものです。『基礎(エレメンタリー)』を駆使して意識的に「観察」することで、一見意味のないような事実から「重要な意味」をくみ取って推理することができるようになる。一つ一つの観察と訓練、一見単純に見える事実から引き出される単純な推論をあらゆる角度から検証する(球体思考する)ことで、本質や真実を引き出すことのできる必要複雑な考え方をする能力を高めてくれます。これを『洞察力』を駆使しつつやる。『才能』を見つける時にもそうですが、この『科学的思考法』は、生活のありとあらゆる場面で使えます。一見何気ないことのように見えますが、そうすることで、観察力が驚くほど鋭くなり、目の前の事柄を「ただ受動的に見る」のではなく、問題の本質を見抜くために、どこに目を向けるべきか、何を見るべきか、が必然的にわかってきます。何かを選択する時(学校選び、就職、転職、勉強、結婚するかしないか、子供をもつかどうか、何かを購入する時、進路全般の選択)、相手の嘘を見抜こうとする時、信用に値するかどうかを見極める時等、全ての事柄に応用できる思考法です。この、『基礎(エレメンタリー)』と『観察』をベースにした『科学的思考法』を、日々の訓練によってあなたの『第二の天性』にしていくことで、人生における重要な場面であらゆるチャンスを即座にに着けて掴んでいけるようになります。自分の『才能』を見つける時も同じです。「あなた自身」に対して、この『基礎(エレメンタリー)』と『観察』をベースにした『科学的思考法』を使って、あなたの『才能』や『能力』を『分析』していくのです。『科学的思考法』を身につけると 自分自身を理解することも容易になります。より自分自身の長所や短所も把握できるようになります。そしてこの『科学的思考法』は誰にでもできるものです。特に『基礎(エレメンタリー)』の部分をしっかりと身に付けることができれば、文系出身であっても、学生さんであってもできる。(*ちなみに、読者の皆さんは、アメリカの人気推理ドラマ『エレメンタリー』をご存じでしょうか?『エレメンタリー』は、シャーロック・ホームズの原作を、現代のニューヨークを舞台に「リメイク」した『現代版:シャーロック・ホームズの事件簿』です。ホームズ役を俳優のジョニー・リー・ミラーが、そしてなんとワトソン役を女優のルーシー・リューが演じています!ホームズの相棒ワトソンが「女性である」という設定で作られたドラマですね。ここでも、ドラマのタイトルにしっかりと「エレメンタリー(基礎)」というキーワードを使用しているあたり、シャーロック・ホームズの思考法そのものが『科学的思考法』に基づいているものであることを、脚本家がちゃんと理解していることが伺えますね!)エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY シーズン1<トク選BOX>*************************************************************【編集後記】みなさんは、「知的変容型の性格」というのをご存じでしょうか。性格にもいろいろあるのですが、この「知的変容型の性格」というのは、本人のキャラクターというよりも、その本人の「知的レベル」が、接している人の知的レベル、置かれている知的環境のレベルに合わせて「変容する」という、大変珍しいタイプの人のことです。こういう人は、周囲の人からの「評価」が極端にバラバラなのが特徴です。つまり、その「知的変容型の性格」の人に対する評価が、ある人にとっては大変高く、逆にある人にとってはとても低いんですね。もしあなたが、「自分から見てレベルが高いと思える人ほど、あなたのことを高く評価してくれる。逆に、自分から見てあまり尊敬できない人ほど、あなたのことを低く評価してくる」ということがあったら、あなたは「知的変容型の性格」の持ち主かもしれませんね。あなたのことを高く評価してくれる人の高い知的レベルを、あなたがいい意味で吸収して、相手と同じレベルになっている逆に、あなたのことを必要以上に低く評価してくる人の知的レベルを、あなたが感じ取って拒絶しているのかもしれません。「知的変容型の性格」の人については、実は私もとても興味があって、以前から調べています。今度、次期をみて是非記事にしてみようと思います!************************************************************************関連ブログ記事☟☟☟【誰も知らない『運と才能の秘密』①】~運に関わる「3つの才能」からあなたの才能を読み解く~【自分自身の秘密!】あなただけの才能~1人に1つの「成功パターン」をみつけよう、というお話【★絶対保存版★】『運』と『勉強』の法則~「フロー状態」が運も勉強も突き抜けるカギ、というお話~*************************************************************************
Oct 30, 2020
コメント(0)

みなさん、こんにちは!今日は、「運」とも密接に関係のある、私達の「才能」について、お話していこうと思います。どうやったら自分の「才能」を見つけられるか?どうやったら見つけた自分の才能を発揮できるのか?どうやったら発揮し始めた才能を潰されなようにできるのか?誰もが、一度は考えたことがあるのではないでしょうか。「自分の才能」について。結論から言うと、実はどんな人にも、ある程度世の中に役立つことのできる「才能」というものはあります。ただ、その「才能」を、自分自身で自覚できていない人の、なんと多いことか。「運」の研究をしてきている私から見ても、「この人には才能がある!」と感じられる人は、実は本当に沢山います。みな、ごく普通の生活を送っている一般の方々です。ただ、いろいろな場面で、彼らの「才能」に触れる機会があって、私がそのことをそれとなく伝えてみると、みな、意外な顔をして尻込みしてしまうのですね。「それとなく」でも結構ストレートに私が話すからでしょうか(苦笑)。その度に、いつも思うことなのですが、「もったいないな」というのが正直な印象です。「才能」と聞くと、何か特別な価値を備えたカリスマみたいに受け止める人が多いのかもしれませんが、「才能」というのは、その本人の内側から自然に溢れ出す得意分野の能力の中で、その才能を発揮する自分自身を幸福にし、なおかつ自分以外の人々や社会全体にとって、なんらかの役に立つ能力のことです。そして、「才能」と「貢献」は必ずセットになるべきものです。逆に、その「才能」と思える能力に「貢献」が伴っていない場合、それは本当の意味での「才能」ではない、というのが私の見解です。自分の能力を自分のために使うだけの段階では、その「能力」は、まだその本人にとっての「ある一種の能力」でしかありません。そこに世の中に「貢献」していく、という意識が伴って、初めて「才能」へと進化していくのではないかと思っています。そこでようやく、実践レベル・具現化レベルで「才能」が輝き出すのです。多くの人に「愛される」のが「才能」ですから。「貢献」とは、「WIN-WINの関係」です。自分の才能を発揮することによって、その本人が生きがいや遣り甲斐で満たされてより「幸福」になり、同時に「貢献」を受ける人々や社会全体がどんどん発展していく。双方にとってとてつもない意義と可能性を秘めているのが、「本物の才能」なのです。しかし、世の中の現実として、幼い頃その「才能」の片鱗が見え隠れしていたのにもかかわらず、また、元々誰が見てもはっきりと確認できていた本人の「才能」が、なんらかの「外的要因」によって本人の中に抑え込まれていってしまう、ということがよくあります。場合によっては、ある程度その「才能」を発揮し始めたところで、やはりなんらかの「外的要因」によって潰されてしまう。「才能」が日の目を見なかったり、ある時点で消されてしまうことの原因のほとんどは、本人の「内的要因」ではなく、だいたいは「外的要因」-環境的なミスマッチ、周囲の人々の「才能」に関する不理解、その「才能」そのものが社会的に認知されていない-等によるものです。もし本人に「内的要因」がある場合、それは、先ほどの「外的要因」によって心理的に負荷がかかった結果、その本人の「才能」が委縮して、長期的に発揮されない状態に陥ってしまっている、ということがほとんどです。そうやって、自分でも気づかないうちに、日々の忙しさに押し流されてどんどん「才能」が埋もれていってしまい、まさか自分自身に、世の中に貢献できるような能力があるかもしれないことなど、忘れ去ってしまうというわけです。なので、このブログの読者の方の中にも、本当はある「才能」を秘めていているのに最初から気付いていない方、随分昔にそういった「才能」を使っていたことを忘れてしまっている方、自分でもなんとなくそのことに気づいているところがある方、実際に「外的要因」のためにその「才能」を追求すること自体をあきらめてしまった方、というのが、一定数いらっしゃるかもしれません。「才能」を見抜くポイントは、「他の人達と比べて、あまり苦労なく上手くできる事柄」に隠されていますが、「才能」という言葉自体、何か、漠然とした特別感だけが独り歩きしてしまっているような印象を与えてしまうこともあります。だからこそ、最初にお話したように、一般の私達が、誰か別の人に「才能あるね」と言われた時に、なんとなく気恥ずかしさとあいまって、尻込みしてしまったりするのです。もっと「才能」を細分化して、具体的にどのような能力に関係することなのか、私達自身が掘り下げて認識したほうが、より自分自身の隠れた「才能」を自覚しやすいのです。基本的に、私は「才能」を3つの種類に分類して診るようにしています。1つ目の「才能」の種類は、『コアの部分にかかわる才能』です。「コアの部分にかかわる才能」とは、誰が見てもすぐに突出した才能であるとわかる具体的な才能です。「芸術分野」や「科学分野」で顕著に際立った才能、と言えばわかりやすいでしょう。音楽(楽器演奏、声楽、指揮)、美術(主に絵画、彫刻、建築など)、文学・映像(小説、映画、舞台芸術など)、数学(新しい数学の定理や方式を発見・構築するなど)、科学(ノーベル賞級の発見や発明を化学分野、物理分野、医学分野などで達成するような学問的能力)、などの、要は、各分野の「コア」の部分に関わる、非常にわかりやすく突出した才能=「ピンポイントの才能」ということになります。)これがビジネス分野であると、短期間に社会に多大な影響力を与えつつ、大きな利益を出し続けるような才能、となります(ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、マークバッカーザーグなどが、非常にわかりやすい例ですよね)。普通、一般に「才能」と呼ばれる突出した能力は、この1つ目の『コアの部分にかかわる才能』のことを指す場合が多いようです。だから、その突出したピンポイントの『才能』がノーベル賞級であったり、オリンピック級であったりするために、私達のような一般人が、通常の生活では体験できない・(ましてや)自覚しずらい才能の分類なのです。2つ目の才能は、『上のコアの部分以外の全てを網羅する才能』です。各分野での具体的なピンポイントでの才能とはまた違い、そのコアの部分以外の全て-例えば、俳優・女優さんのような人の意識や注目を集めるような魅力・カリスマ性そのもの、IQやEQの高さそのもの、博学さそのもの(ずば抜けた知識の豊富さ)、IQ以外の知能全体の高さ(様々な分野をまんべんなく網羅しているような知恵を持っている)、新しものを無限に生み出す創造性・クリエイティビティ、リーダーシップ、人の心を掴む人柄、何かにハマれる集中力、強い好奇心、手先の器用さや技術的な能力、人に何かを教える技術、多様性を受け入れることのできる人間的器(うつわ)、世界中に何年も冒険旅行に出かけてしまうような行動力、仕事や勉強などの生活全般における並外れた実行力など-具体的にピンポイントで突出した才能以外の全ての部分です。イメージとしては、1つ目の『コアの部分にかかわる才能』が、天才的な能力としての『才能』、2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』が、(守備範囲の広さとバランス感覚の良さでいうところの)秀才的な『才能』、のような感じで捉えることができるかと思います。この2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』が、私達一般人の多くが実は有している『才能』の種類です。目に見えて分かりやすい1つ目の才能とは違った、いわゆる、生きていく上での技術、世渡りの上手さ、人間関係を円満に築くスキルなどに関係する才能ですね。この2つ目の、様々な種類のコア部分以外の才能は、人によっては、複数をまんべんなくバランス良く持っていたり、人によっては、これらの才能の内、ある一定の範囲の能力に特化して長けている場合もあります。1つ目の『コアの部分にかかわる才能』が天才型の才能として、世の中に多大なインパクトを与える能力であるとすれば、2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』は秀才型として、より実社会に役に立つ実践的な能力の数々です。1つ目の『コアの部分にかかわる才能』は、人々に感動や喜びを与えるという形で世の中に『貢献』し、2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』は、実際に人々の生活や社会の発展に役立つ知識や技術と言う形で、世の中に『貢献』することができます。そして3つ目の才能が、1つ目の『コアの部分にかかわる才能』、2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』をそれぞれ発揮する上での『「良心」となる才能』です(これが実は一番重要な種類の「才能」かもしれないと、私は思っています)。『「良心」となる才能』とは、一体どういう才能かと言うと、どんな時にも、自分が持って生まれた『才能』・自分が磨いてきた能力や『技術』を、「良い目的のために使う」ことに徹することができる才能です。要は「責任感」を自発的に感じられるかどうか、です。「良い目的のために才能を使う」とは、それこそ、関わる人や社会全体に『貢献』することを指すのですが、現実問題として、才能や高い能力を持っている人が、この『貢献』というコンセプトを理解できていない場合や、本人の自己愛が強い場合、この才能や高い能力を「利己的な目的のためだけ」に行使しようとするんですね。本人が自分の才能や高い能力を誰のためにどう使おうが、基本的にその本人の自由ですし、その基本的権利が当の本人にはあります。しかし、才能や高い能力を与えられた人には「責任がある」というのが、私の考えです。その「責任」とは、人並み以上の才能や能力を与えられた人が、その恩返しとして世の中に『貢献』するという姿勢を持つ、ということです。また才能を使って世の中に『貢献』したほうが、自分自身の才能をより有意義に生かせるし、自分自身が多くの人の役にたっていることに対する幸福感や至福感も違ってくるからです。先ほどもお話しましたが、『貢献』とは、『WIN-WINの関係』を常に念頭においてベストを尽くしていくということです。『WIN-WINの関係』を構築していくのにはとても責任が伴います。「義務」という意味での責任ではなく、「自発的な責任感」が必要となってくるのです。要は『自分の才能をミッション(使命)として捉えられるかどうか』ということです。与えられている類まれな才能や高い能力を、自分の『ミッション(使命)』としてしっかりと生かして伸ばしていく、という責任感があるのとないのとでは、ずっと謙虚に学び続ける姿勢や、世の中に貢献できる実現度が大きく変わってきます。逆にこの「責任感」がないまま自らの才能に溺れてしまうと、「才能が暴走するリスク」が高まってしまうのです。なぜなら、この「責任感」が欠如した状態だと、『才能』と『人格』のバランスが取れなくなるからです。『「良心」となる才能』を持ち合わせていない人が、1つ目の『コアの部分にかかわる才能』や2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』の突出した能力部分だけに溺れると、世の中のパターンとして、人格に障害がある「サイコパス」や「ソシオパス」などの人格障害系の人物が、その『才能』を悪用しにかかる、ということが起こってくるのです。これは、『「良心」となる才能』が欠如した状態でいる才能ある本人を、そういった人格障害系の人達が利用しにかかる場合と、『「良心」となる才能』が欠如した状態でいる才能ある本人自身が、自己愛のために人格障害系の人達と同じような行動をとって、別の被害者が発生してくる場合と、があります。また、良心持って才能を使いこなそうとすれば、必ず何らかの形で社会に貢献でき、自分自身も心の平和や生きがいなどの幸福感を得続けることができるにもかかわらず、良心となる才能が欠けて、突出した才能部分だけが暴走した結果、世の中からの正当な評価を得ることができずに自分の世界に籠るようになります。才能を、自分のためだけに使おうとすればするほど、「孤独」に陥っていくのですね。才能に溢れる人や、歴史上の天才たちの中で、残念ながら自分達の才能を生かしきれずに、また貢献することもできずに、埋もれてしまった人達もまた、活躍している才能に溢れる人達の影に沢山います。自分の存在が自分自身の『才能』を支えきれずに、押しつぶされてしまった結果です。だから、私達のような一般の人達が自分の『才能』を見つけてそれを生かしていく一番の王道は、まずは3つ目の『良心の部分としての才能』を持てるように自分自身を律し、なおかつ、2つ目の『コアの部分以外の全てを網羅する才能』を見つけて伸ばすことにフォーカスする。更に、より現実的に自分の能力生かしていくために、しっかりと「努力」していくことです。***************************************************************【編集後記】私は、8年ほど前にブログを立ち上げてから、日々のあまりの忙しさに一時期情報発信を中断していたのですが、数か月前からより新しいコンセプトで再び記事を書くようになりました。私はある強烈な経験がきっかけとなって、22歳の時には既に「運の研究」をライフワークの一つにしよう!と心に決めていました。それをやっと実行に移しだせたのが30代以降だったのですが、本当に、誰にとっても生きているといろいろなことが起こります(苦笑)。 私自身のことをちょっとお話しますと、私は、運勢的に「ジェットコースター運」という超波乱万丈気味の宿命を持っています(苦笑)。要は、人生が平坦に平和にゆったりとは行かないんですね。良いときと悪いときの落差が激しすぎたり、物事の展開が早すぎたりするわけです。その分、非常にユニークな経験をたくさんできたり、普通の状態よりも多くの物事を成し遂げることができたりするのですが、精神的・肉体的負荷も相当あります。同じように頑張っている周りの人達が小休止でつかの間の休憩をしたり、次のステップに進むまで比較的自由に過ごす時間が得られていても、私の場合、間髪入れず、克服しなければならない事柄が矢継ぎ早に次から次へとやってくるのです。ここでちゃんと向き合って、受け止めて乗り越えると、その都度、問題解決能力が各段に上がるのですが、受け止めきれずに流してしまうと、速攻で代わりの似たような問題が発生して、私を絶対に逃がさないわけです(乗り越えるまで・苦笑)。思い返しても、この「ジェットコースター」という言葉は自分の今までの人生全般にピッタリと当てはまっていると思います。もの凄い人生トレーニングをさせていただいていることはわかっていても、あまりにも辛いと「なぜ自分だけが!?」と思うことも多々ありました。でも今では、その意味も理由も実感できるんです。「苦労が多い人生」「逆境や困難に見舞われやすい人生」って、実はとてもユニークなことだからです。それを乗り越えるだけのエネルギーや、ここぞという時の「火事場の糞力」的パワーに、実は恵まれている人が多いです。それだけ運勢的に「負荷」をかけられているのには必ず理由がありますし、また負荷をかけられればかけられるほど、魂も、心の強さも、現実世界での実力も鍛えられるんですね。「厳しい運を生まれ持ったのには『意味がある』のです。そして、「運」とは「エネルギー」だ、とよくお話していますが、「物事は全ては繋がっている」ということを常に意識して日々を送ることで、苦労や逆境が、実はそのまま「次の運の到来」へと絶妙に繋がっていることが、徐々に理解できるようになっていきます。日常的な事柄も、心理学的な心の問題も、哲学的な本質も、スピリチュアルな考え方も、科学的な現象も、体や脳などの肉体的なことまで、本質的には全て繋がっており、自分を高めるためにいい意味で利用できるものなのですね。それをこのブログで少しづつお伝えしています。これからもいろいろなアプローチとトピックで、説明できていけたらと思っています。特に、私達が上手に扱おうとしている「運」もそうなのですが、私達の「幸せ」に密接に関係している『自己肯定感』や、私達の「生きがい」に密接に関係している「才能」についてのお話などは、これからもブログのあちこちでお話していこうと思っています!************************************************************************関連ブログ記事☟☟☟【自分自身の秘密!】あなただけの才能~1人に1つの「成功パターン」をみつけよう、というお話【運と『本物を見抜く目』の関係】~周囲にも幸運を振りまく『カリスマ的強運男・強運女』になる方法~************************************************************************
Oct 28, 2020
コメント(0)

みなさん、こんにちは!ここ数回、IQ、EQ、PQなどの『知性』と『運』との関係についてお話していますが、今回は、『運』と『勉強』との関係についてのお話です。ここでお話する『勉強』とは、学校での勉強のことだけではありません。社会人になってからの資格試験や生涯学習といった、「キャリアアップ」「ライフワーク」としての『勉強』や、趣味・生きがいとしての読書・研究などの、私達の「知的好奇心」を満たす手段としての勉強全般についてです。前回、素晴らしい高揚感と快感を伴った「自己有能感」が得られる、瞬間的な「気づき」「ひらめき」「理解」「納得」などの高度な認知的体験である「アハ体験」について、「運」と絡めてお話しています。************************************************************************関連記事☟☟☟【★絶対保存版★】『IQ・EQ』と『運』の関係③~『アハ体験』と『フロー状態』~強運と知性のお話************************************************************************この「アハ体験」は、小さな程度のものであれば、私達が勉強をしている間にもかなり頻繁に発生している脳の状態です。何日も考え続けていた数学の問題で、ある時突然「わかった!!(歓喜)」という瞬間作文やレポートの題材を考えている時に、突然ユニークで意義のある題材を思いついた瞬間試験中に複雑な問題が出た時に、制限時間ギリギリで突然「糸口」が見つかって、連想的に答えにたどり着いた瞬間その「問題解決」にたどり着いて瞬間的に「これはいける!」と確信した時の高揚感と達成感は、誰もが一度は体験したことがあるのではないか思います。これは、脳が、高速かつ瞬間的に、ある真理や正解、アイデアにたどり着いた時に私達が体験することができる、歓喜を伴うアハ体験の心境です。「アハ体験」を経験する前後や経験している間、私達の心と体は大抵リラックスしているのに、脳の状態は極めて活発になっています。この非常に心地よい「集中状態」「没頭状態」は、言い換えれば「脳内でアルファ波が出ている状態」にも近いです。同時に「アハ体験」は、運が非常に良い人達に共通している日常的な脳の状態である「フロー状態」と酷似しています。「フロー状態」とは、このブログで何度もお話していますが、自分の内側で発生している願望や目標を、実際に外の世界に実現化・具現化させることが可能な「極度の継続的集中状態」のことです。そしてその特徴として、このフロー状態に没頭している間、素晴らしい「幸福感」「高揚感」「知的快感」を伴います。************************************************************************関連記事:「運が非常に良い人達に共通して見られる「フロー状態」とは!?」☟☟☟【フローマスター】幸運の流れを自ら発生させてコントロールできる人達のお話************************************************************************フロー状態により入りやすい状況というのは、例えば、自分がもともと興味を持っている事柄、知的好奇心を刺激されるような事柄、自分が価値を置いている事柄などに、時間的制約なく没頭できている時、あるいは、先ほどの「アハ体験」を経験した直後、などです。そして、フロー状態自体は、そのフロー状態を体験している本人の集中力、理解力、創造力を(現時点での本人の)限界にまで高めます。要は、精神的にも脳機能的にも「能力的な全力を出し切っている状態」に、無理なく本人をシフトさせます。幸福感、高揚感、快感を伴っているのですから、本人は全力を出し切っている状態なのにもかかわらず、辛さや苦しさを感じません。そのままフロー状態が継続することで、能力的な「現時点での限界」を本人が少しづつ超えていけるようになるのですね。ここで「フロー状態」のもう一つの特徴なのですが、脳内で「フロー」がおきるのは、本人にとって簡単過ぎず、また難しすぎず、その本人の能力よりも「ほんの少しだけ上のレベルの事柄」に対して知的好奇心が刺激された時です。その本人の現時点での能力に対して、実に絶妙な難易度の事柄に関わる時に、最大限のパフォーマンスを上げるのが「フロー状態」の真骨頂です。だから、フロー状態に没頭していると、自分の能力を最大限に発揮して最高のパフォーマンスを上げることができていることに対して、本人にしかわからない充実感、満足感、有能感、自己成長感を得ることができます。「フロー状態」を体験した場合、その「結果」はほとんどの場合、良い結果だったり成功だったりしますが、「フロー状態」の素晴らしさは、実は「結果」にかかわらず、その作業・活動の「プロセス自体」から大きな満足感を得られる、ということです。だから、自分の行っている行動自体にも、自分自身の存在そのものに対しても、素晴らしい肯定感と幸福感が伴い続けます。これは、自分自身を「強運の持ち主」へと導く上では、とても有利な状態なんですね。なぜなら、「アハ体験」にしても「フロー状態」にしても、現実に脳内で起こっている現象であるために、その本人の実際の能力自体も開花させつつ、その外側の世界にその意義のある状態を反映させていくことができるからです。「運=エネルギー」である、とこのブログでも再三お話していますが、「アハ体験」や「フロー状態」の高揚感や快感というのは、その本人のエネルギーレベルを大幅に上昇させます。「喜び」や「幸福感」というのは、私達人間のエネルギー源そのものだからです。これが「強運体質」に大きく貢献するのですね。同時に、「アハ体験」や「フロー体験」によって得られる「充実感」「満足感」「有能感」「自己成長感」というのは、そのまま私達の「自己肯定感」に直結します。このブログの過去記事でも、「自己肯定感」が「強運」や「運のコントロール」にいかに大切な要素であるか、お話していますね。************************************************************************関連記事:「自己肯定感と運の関係」☟☟☟【『運は移動する』そのメカニズム③】自分由来のエネルギーと潜在意識との関係~自己肯定感の重要性~【強運と『自己肯定感』の関係】~あなたが『最高の自己肯定感』を育むための簡単なステップ・序章~************************************************************************この世の中には、どういうわけか、かなりの分野で「自分の思い通りに生きられている人」とうのが一定数存在しています。次々と夢を実現していったり、目標をスルスルと達成していったりしている人達ですが、彼らが「本物の強運の持ち主」として願望を実現して続けているのであれば、間違いなく日常的に「フロー状態」に没頭することができている「フロー体質」の人達です(私はこういった人達を「フローマスター」と呼んでいます!)彼らの「運のよさ」というのは、本当に小さい些細な事柄から、結構大きな成功まで実に様々です。「フロー体質」の「フローマスター」達というのは、とにかく、その「運のよさ」に支えられて彼らの目標や願望が達成されていく頻度とスピードの速さがずば抜けています。普通10年くらいかかりそうな事柄を1年で成し遂げてみたり、ものすごい努力や労力を使いそうな事柄でも、端から見ていて、空を飛ぶように華麗に成し遂げてしまっているように見えたりするんですね。だから、普通の人が1つの目標を達成していく間に、こういった「フロー体質」の「フローマスター」たちは、もう10個くらの目標を既に達成していたりして、更にその次のステージに取り掛かっていたりするわけです。螺旋状にグングン上昇していくような感じです。それもとにかく「楽しそう」にやってのけているわけです。努力はしているのだけれど、全く苦しそうな素振りがない。ただ、「フローマスター」というのは、特別な才能や脳機能を持った人たちだけで構成されているわけではないんです。「フロー状態」というのは、私たちの「誰もが」到達できる境地だからです。目に見えて大きな社会的成功を収めているカリスマの人達だけではなく、本当に日常で私達の周りに存在してるのですね。それこそ一般の学生さんや会社員の方や、主婦の方の中にも「フローマスター」はたくさんいます。彼らはただ、彼らの今までの経験や思考や性格を通して、「フロー状態」にスムーズに入り込める術を知っているのです。また、自らが入り込んだ「フロー状態」により達成してきた過去の目標・願望実現の成功体験から、「フロー状態」の大切さや価値をよく理解できているのですね。そしてこれは当然、今日のブログのメインテーマである「勉強」においても全く同じ威力を発揮します。私達が、学校や資格試験や生涯学習等で「勉強」をしていくとき、記憶力や思考力、論理力や判断力が必要になってくることは言うまでもありませんが、同時に、難しい問題で壁にぶつかったり、それ以上理解できなかったり、暗記に限界があったりした時に必要になってくるのが、粘り強く問題解決していくための忍耐力や適応能力です。最近では、そういった非認知的能力全般のことを「レジリエンス」と呼ぶ風潮があるようですが、要は、ストレスにうまく対応したり、脳や心にかかる負荷からの回復力や復元力全般を示すようです。本当に意味で「勉強」をものにして結果を出していくためには、これら、記憶力や思考力、論理力や判断力などの「認知能力」と、レジリエンスや問題解決能力などの「非認知能力」の両方の能力全般がバランス良く必要になってくるのですが、実は、「フロー状態」というのは、これら「勉強」に必要な能力の全てをカバーしてくれる精神的・脳科学的状態であることが分かっています。これは、幸福感に満ちた極度の集中状態である「フロー状態」が知的好奇心を限界まで満すために、集中力、記憶力、論理力、判断力などは脳機能的に、忍耐力、ストレス対応力、問題解決力は精神科学的に最大限活性化されるために、一種の「無敵状態」を生み出すからなのですね。例えば、「フロー状態」で脳や精神が最大限活性化された状態では、洞察力や予測力、危険回避能力も各段に上がります。つまり、「物事を予見する能力」や「あたりをつける能力」が非常に高くなるのですね。************************************************************************関連記事:「運がよい人(フローマスター)は危機管理能力が高い、というお話」☟☟☟【「運と危機管理能力」の関係】絶対に事件事故に巻き込まれない人~「自己組織化」がカギ、というお話************************************************************************「物事を予見する能力」や「あたりをつける能力」というのは、私達が思っている以上に、日常生活全般にわたって価値が高い能力です。勉強では当然、テスト範囲や資格試験範囲の「あたりをつける」ということが、効率的な勉強には必須ですし、仕事の場では、マーケティングや広告などで「消費者のニーズを予見する」ことが非常に大切になってきます。出題者の意図を読んだり、上司や顧客の意向を的確につかむことで、結果が大きく違ってくる、ということは、生活のあらゆる場面で起こってくるからです。「ある程度予見してあたりをつける」ことにより、明らかに「自分に適さない」職場や団体に最初から入社しないなどの対策をたてることも、事前に可能になってきます。要は、「自分によりふさわしい環境」に自分自身を持っていき、自分自身をより生かすことができる確率を上げることができるわけです。「事前に物事をある程度予測する」という脳力は、例えば犯罪に巻き込まれることを予防することにも非常に有効です。人の嘘を見抜く、詐欺師からの被害を防ぐ、善意を装った悪意や他人からの理不尽な支配を上手くかわす、ストーカーやパワハラを事前に予防する、交通事故や人災などの不慮の事故を未然に防ぐ、場合によっては、食生活などの生活習慣を事前に見直し、慢性病や重病などを予防することにも役立ちます。こういった「物事を予見する能力」や「あたりをつける能力」というのは「洞察力」の高さにも関係しています。「洞察力」というのは、物事の本質を見極めるための集中力が日常的に高められている状態です。やはり「フロー状態」のような高い集中状態を維持したり、自在に没頭できる性質を習得することにより、必然的に「洞察力」も高められていきます。例えば、私達は、日常で様々な物事を体験して、それを「勉強」して取得していくことで、「未知の事柄」を「知識としての既知の事柄」にしていくのですが、普通、私達の多くは、「未知のことを未知のこととして処理」して終わってしまうのです。つまり、何か新しい物事を知った時に、その瞬間「ああ、そうなんだ!これはまだ知らなかったな」と考えてしまうわけです。これは当たり前のことではないか?と思う人もいるかもしれませんが、実は、本質は全く違います。私達の脳というのは、生まれてから「認知」してきた経験、知識、会話、映像などを、実は「全て記憶している」んですね。一度脳が認知したことは、全て脳の記憶の中に刻まれている。人間は知的な存在ですから、その一生の中で認知する知識や経験の量は測り知れない大量になります。つまり、私達の脳というのは、私達自身では想像もできない程の「情報量」を既に処理して蓄えているのです。ただ、その大量の情報を常に全て意識していることは、脳機能的に困難です。脳機能を効率的に活動させて人間としての「恒常性」を保つためには、全ての情報の記憶を顕在意識に昇らせていくには「不都合」なのですね。だから人間の脳というのは、実に効率的に「忘れる」という作業を繰り返しています。「忘れる」といっても、完全に記憶から削除されるのではなく、「一時的に顕在意識に昇ってこないようにシャットアウトしている」という状態です。なので、潜在意識的には「全てをちゃんと記憶している」ままなのですね。そしてこの脳の「効率的に忘れる」という機能自体が脳そのものへの負荷を防ぎ、より効率的な脳の活動をサポートしているのですが、ここで、先ほどのように、私達が勉強によって、何か未知の新しい事柄を知ったり経験した時に、「ああこれは知らなかったな(今初めて知ったのだな)」と思うことと、「物事を予見する能力」「あたりをつける能力」には、絶妙な関係があって、なぜ私達の脳が物事を予見できたり、あたりをつけられたりするのか、というと、脳そのものが、瞬間的に「知らないこと」の中にある「知ってること」を検索しているからなのですね。なぜなら、先ほどお話したように、脳は今までの一生に蓄えたあらゆる知識や経験則というものを全て「記憶」しており、この世でまったく新しく新規で発生した事柄でない限り、この世界で起こる「未知の事柄」のほとんどは、「100%未知の事柄」ではないからです。そして脳は、その一見「未知の事柄」の中に、すでに「既知」である事柄の断片や関連性を、高速で検索して結びつけを行っているのです。そしてその検索により得られた「結び付け」こそが、「物事の予見」や「あたりをつけた結果」としての判断として、顕在意識で処理されるわけです。これが「予測」であり「見当」なんですね。つまり「本質を見抜く能力」に加えて、「未知の中から既知を見つける能力」が、「洞察力」でもある、ということです。これは、勉強では本当にとても役に立ちます。例えば、理科や社会の授業や、実技を伴う資格試験などの「実学」に近い分野の勉強であれば、なおのこと功を奏します。私がよくこのブログでお話している「物事は全て繋がっている」ではありませんが、例えば、歴史の勉強の中で、全く知らなかった国と国との紛争を勉強して知った時、その背景にある戦争の理由や歴史上の登場人物の経歴などが、現代の政治的紛争や企業同士の競争のパターンに似ていたり、その歴史上の人物の経歴や逸話などから、その人物象を自分が既に知っている有名な人物や身近な人物と比較して心理学的に推測することができたりと、要は自分がすでに知っている「既知の事柄」と重複する部分がある程度含まれていることに必ず気づきます。「フロー状態」の高い「フローマスター」の人達も、ほぼこの「何か新しいことを勉強する時に、すでに自分が知っている事柄と結びつく部分を即座に見つけて、その『既知の事柄』を足掛かりとして理解していく能力」が非常に高いのです。こういった、「フロー状態」の高い人が得意な、具体的な勉強方法なども、このブログもテーマリストの内の1つである、「運と勉強」の項目で、徐々に記事をアップしていく予定です。ところで、このブログで何度もお話してきていますが、そもそもこの目に見えない「フロー」とは、一体何なのでしょう。「フロー」とは「流れ」という意味ですが、フローは物事が落ち着くべきところに落ち着き、様々な障害が消え去り、チャンス、時間、お金、情報といった必要なものが全て必要な時にタイミングよく手に入ったり、適切な場所で適切なことをしているという強い感覚を体験したり、物事がスムーズに進みながらどんどんそのいい状態が展開していく流れそのもののことです。「フローマスター」である人達は、当然ながらこの「フロー」の素晴らしさを理解していますし、だからこそ、「意味のある偶然の一致」が頻発しています。いわゆる「シンクロニシティ」です。彼らが今まさに必要としている情報であったり、誰かからの具体的な援助であったり、それこそ臨時収入であったり、これから行おうとしてる物事を何等かの形でサポートしてくれる要素が満載の「偶然の一致」が頻繁に起こります。この「意味のある偶然の一致」は、最初はとてもシンプルな形で始まります。ちょうど必要としていた情報が、たまたま手に取った雑誌のたまたまめくったページに書いてある、連絡を取ろうと思っていた人から偶然にも電話がかかってくる、学校や会社で目指していたポジションがちょうど空く、など、最初はポツポツと単発で起こるのです。その度に、あなたは、意外な幸運に恵まれていることに軽く喜びながらも、なぜか非常に心地よく、「正しい時に正しいことをしている感覚」になります。この単発で起こる「意味のある偶然の一致」に素直に従っていくと、今度はその頻度が更に増してきて、束になってシンクロニシティが発生し出すようになります。そして芋ずる式に、あなたに都合の良い出来事が連発するようになり、それらが一定の関係を保って繋がっていきます。そのうち、それがたとえ日常のごく些細な望みであっても、自分の具体的な目標や夢であっても、「それらを明らかに後押しするような出来事」として頻発するようになっていきます。こうなってくると、先ほどお話したように、その本人は一種の「無敵状態」に入ります。おもしろいように物事が滞りなく進み、必要なものが次々と手に入り、それをサポートしてくれる人が現れたり、行き詰っても、そこで意外なヒントが意外な場所からもたらされたりするようになっていきます。こうして、目標が次々に達成されていく最中でも、「意味のある偶然の一致」であるシンクロニシティは更に起こり続けていきます。こうして次の目標達成に拍車がかかり、その人の幸運には更に拍車がかかっていくわけです。当然、目標達成のスピードが桁違いに上がっていきます。だから「普通の人が10年かかることを、1年で成し遂げる」という離れ業を、いつのまにかやってのけてしまうことができるのです。これを、意識的に、または無意識的にできる人達=「意味のある偶然の一致」を自分で発生させることができる人達、これが、「フローマスター」なのですね。「フローマスター」は、「フロー状態」により、自らの能力を最大限に高めて最高のパフォーマンスを出し続けることができ、なおかつ自ら意味のある偶然の一致を引き起こして「運」をコントロールできる人達です。シンクロニシティもある種の「エネルギー」であり、彼らは「エネルギー」を自由にコントロールできる、言い換えれば「エネルギー」を自分たちで作りだしたり増幅させたりできる人達なのですね。************************************************************************【編集後記】「苦手なものが実は得意だった!(驚)」という経験を、ここのところ頻繁にしています(苦笑)。自分自身に起きたこともそうなのですが、自分の子供であるとか、自分の身近な人にも、そういった「苦手なものが実は得意だった!(驚)」ということが立て続けに起きていて、とても興味深いです。。これって、実はもの凄く重要な事柄なんじゃないか、と、今深く考察中です。なぜなら、本来得意だったはずの事柄が、自分自身で「苦手だ」と長年思い込んでいたことの裏には、何か原因があるはずだからです。自分自身に起因する原因なのか、それとも外部から受けてきた原因なのか。。。。。読者の方の中にも、本来得意なはずなのにもかかわらず、正反対の思い込みがある方が、きっといらっしゃるかもしれませんね!考察が済んだら、いずれブログ記事にしていきたいと思います!************************************************************************関連ブログ記事☟☟☟【★絶対保存版★】『IQ・EQ』と『運』の関係①~高IQ高EQはどのように「運」に影響するのか~【★絶対保存版★】『IQ・EQ』と『運』の関係②~「運」と「IQ・EQ」と「集団潜在意識」~ 【★絶対保存版★】『IQ・EQ』と『運』の関係③~『アハ体験』と『フロー状態』~強運と知性のお話************************************************************************
Oct 25, 2020
コメント(0)

みさなん、こんにちは!前回に引き続き、『IQ・EQ』と『運』の関係に関係するお話です。今回は、素晴らしい高揚感と快感を伴った「自己有能感」が得られる、瞬間的な「気づき」「ひらめき」「理解」「納得」などの高度な認知的体験である「アハ体験」について、「運」と絡めてお話していこうと思います。「アハ体験」(Aha experience)について聞いたことのある方は多いと思います。また、実際に、「アハ体験」を経験してきた方も多いと思います。アハ体験とは、「気づき」「ひらめき」「理解」「納得」などが瞬間的に訪れることで脳が極度に活性化し、同時に知的高揚感と認知的快感に満たされた状態を一瞬で経験することです。同時に、今までわからなかったことが瞬時に理解できたり、価値の高いアイデアがまるで「降りてきた」かのようにひらめくことで、強烈な自己有能感が得られる貴重な体験です。このアハ体験ですが、実は、脳科学者や心理学者の間では様々な見識の違いが存在しています。「鶏が先か、卵が先か」のように、その瞬間、脳が極度に活性化することで「気づき」「ひらめき」「理解」「納得」が得られるのか、それとも反対に「気づき」「ひらめき」「理解」「納得」が得られたことで、それに脳が瞬間的に反応して極度に活性化するのか、の二者の間で見解が分かれています。前者の「その瞬間、脳が極度に活性化することで「気づき」「ひらめき」「理解」「納得」が得られる」とう見解は、なんらかの刺激を脳が受け取ることになったその環境と、実際にその特定の刺激を受けとった脳の状態との間に「相関関係がある」という見解です。その「相関関係」とは、「環境」と「脳が受けた刺激」との、特定の「認知の組み合わせのパターン」が発生することで、その「認知の組み合わせのパターン」が脳に記憶されている「過去の様々な学習・経験の記憶」と繋がったり、それらの記憶を呼び起こしたりすることで、結果として、脳のシナプス(神経)に高速で情報が伝わり、特定の「気づき」「ひらめき」「理解」「納得」が瞬時に得られる、というものです。(*「シナプス」とは、脳内の神経細胞であるニューロンと、別のニューロンをつなぐ接合部のことで、神経情報を出力する側と入力される側の間に発達している、脳内情報伝達のための接触構造のこと。この「シナプス」の機能が高いほど、より高速で反射・認知・理解・判断等ができる、いわゆる「頭の回転が速い」という状態になります。)ここで特に興味深いのは、「環境」と「脳が受けた刺激」との、特定の「認知の組み合わせのパターン」の部分です。「脳がおかれた環境のパターン」には、その個人の経歴、行動、今ある状況、考え方、人間関係、、所属団体、所在地等によって無限のパターンが存在します。同様に「脳が受けた刺激」にも、その個人の成長過程における反応パターンや学習経歴、健康状態、嗜好、信条、感受性、場合によっては認知バイアスなどによって無限のパターンが存在します。その無限のパターンの組み合わせである「認知の組み合わせのパターン」もまた、統計的には気が遠くなるような組み合わせのパターンとなりますね。その、理論的には無限の「認知の組み合わせのパターン」が、個人の脳に記憶されている「過去の様々な学習・経験の記憶」の特定の記憶と繋がると、全く新しい「ひらめき」や「アイデア」となったり、何か一つの記憶の断片をきっかけとして、芋ずる式に連想が繋がって、今までわからなかった(と思っていた)事柄の全てが繋がったかのように、突然理解できたり納得できたりするわけです。なので、この前者の見解からすれば、「想像力」=「認知の組み合わせのパターン」×「過去の様々な学習・経験の記憶」と言っても過言ではないかもしれません。こうして微妙に新規の部分を備えた「アイデア」が無限に生まれてくる。この点、以前ブログでお話した、特許・科学技術において『新規発明』部分の発見・アイデアが生まれる仕組みにも関係してきますね。************************************************************************関連ブログ記事☟☟☟【『特許・発明』に見る『運のコントロール』】~視点や発想を変えると『凄いもの』が見えてくる~************************************************************************そして後者の、「「気づき」「ひらめき」「理解」「納得」が得られたことで、それに脳が瞬間的に反応して極度に活性化する」という見解では、反対に、「先に思考がある」状態で、ある程度の理解・納得ができていて、なおかつ、もう一歩深いレベルの理解や今あるアイデアの更なるブラッシュアップのために脳が試行錯誤している時に、先ほどの、個人の脳に記憶されている「過去の様々な学習・経験の記憶」のうちの特定の記憶と繋がった場合に、「糸口」をつかんだ脳が瞬間的に反応して極度に活性化し、更に深いレベルの理解やより斬新なアイデアを生み出す、というものです。 いずれにしても、「アハ体験」を経験するその瞬間、今まで全く結びつきのなかった脳内の神経細胞間では新たな情報伝達が高速で行われ、脳の活性化が進み、快感ホルモンでもあるドーパミンの分泌も活発になります。このために、「アハ体験」には素晴らしい知的高揚感と快感が伴うわけです。楽しみながら「脳トレ」しているような感覚ですね。一度「アハ体験」を経験すると、その素晴らしさに、何度でも「アハ体験」を経験したくなる人は多いと思います。「アハ体験」で「わかった!」という瞬間に、ただ「わかった」というだけではなく、脳内では一時的な活性状態がその後一定時間続きます。様々な事柄が連鎖的に理解できたり、アイデアが出続けたりすることがあります。時間にして5分~長いと1時間程の極度の「脳機能の向上」が見られるんですね。ドーパミンの分泌や脳への血流が活発になったことも一因なのですが、その時に一気に頭が良くなった感覚を感じる人も少なくありません。ほとんどの人は、まるで自分が一時的に「天才」にでもなったかのような感覚に陥ります。「冴えわたっている」という状態が非常にクリアに体感できるからです。ただし、この「アハ体験」による「脳機能の向上」は非常に瞬時的・一時的なもので、先ほどもお話したように、「アハ体験」で瞬間的に閃いたり理解できたりしてから、時間にして5分~長くて1時間程度で、その「脳の絶好調状態」と「高揚感・快感」は薄れていきます。「アハ体験」そのものも、その後の脳の一時的な活性化も、非常に短時間でもとの鎮静状態に戻ってしまうのですね。実はこの「アハ体験」は、このブログでよくお話している「フロー状態」にかなり近い状態なんです。「フロー状態」とは、素晴らしい高揚感や快感を伴う「極度の集中状態」で、今目の前で取り組んでいる物事に喜びを持って深く没頭している状態であり、自分の能力の全てが出し切れている状態、そのために高いパフォーマンスを上げることができる心と脳の状態のことです。本人が「喜び」と「高いパフォーマンス」を同時に感じられていることが特徴であり、そのために、「強運」に必須の「意味のある偶然の一致(シンクロニシティ)」をどんどん発生させていく原点となる状態です。************************************************************************関連ブログ記事☟☟☟【フローマスター】幸運の流れを自ら発生させてコントロールできる人達のお話************************************************************************ところで、「アハ体験」がかなり瞬時的・短期的なものなのに対して、この「フロー状態」というのは、その「フロー状態」に入っている個人の状態によっては際限がありません。一日中「フロー状態」に没頭している人もいれば、通常の覚醒状態と「フロー状態」の穏やかなアップダウンを実に綺麗に繰り返せている人もいます。言い換えれば、「アハ体験」がずっと継続的に起こってる状態というのが、まさに「フロー状態」なわけですね。極度の集中状態である「フロー状態」でも、瞬間的な閃きや理解が、快感や高揚感を伴って体験されます。今までわからなかったことが瞬時に理解できたり、素晴らしいアイデアが閃いたりと、高揚感・自己有能感・知的快感が得られつつ、脳機能が著しく上昇している状態ですね。脳の状態としては極めて理想的な状態です。そして、この極めて理想的な脳の状態というのは、人間の能力や才能を最大限に使っている状態であるとも言えます。「アハ体感」も「フロー状態」も、決して特別な脳の機能や状態を保っている人だけではなく、私たち誰もが到達できる脳状態の境地のですが、「アハ体験」や「フロー状態」を頻繁に繰り返すことで、シナプスの状態も飛躍的に向上し、必然的に脳機能やIQが向上していきます。これは、小さい子供たちを観察していると特に顕著です。子供たちの脳というのは、完全に発達しきる前、脳細胞がどんどん発達している途上にある状態で、なおかつ無限の可能性を秘めた状態であると言えますね。子供たちほど、「フロー状態」に没頭できる資質を持っている存在はいません。彼らは、日常のほとんどを「フロー状態」で過ごしているといっても過言ではないと思います。夢中で遊びや運動に没頭したり、夢中でゲームやパズルを解いたり、夢中で好きな科目を勉強したり、夢中でレゴブロックやプラモデルを組み立てたり。。。「夢中」というのが、既に「フロー状態」なんです。自分の子供の頃の記憶をたどってみると、ほとんどの人が既に「フロー状態」を経験しているのですね。「夢中」には素晴らしい満足感、意義を感じる高揚感、そして当然今没頭している物事にかかわっていることに対する快感が伴ってきます。そしてその幸福感から、更に好奇心が強まり、興味のある物事に深く集中するようにもなりますし、努力を努力と感じずにその状態を継続していくことができるのです。そして没頭しつつ、いつの間にか高いパフォーマンスやアウトプットを上げている。それが何度も繰り返されて、実力も周囲の人達からの信頼も上がっていくわけです。まさに相乗効果で自分を取り巻く状況まで良くなっていく。「心から幸せそう」に結果をどんどんたたき出していく人を、応援したくない人などそうそういませんよね。いろんな意味で、物事が次第にどんどん上手く運ぶようになっていきます。(*ただし、「嫉妬」等でその無垢な活躍を妨害されることはよくあります。次回以降のブログでより詳しく「嫉妬」についてお話していけたらと思います。実際、他人からの「嫉妬」により、自分の「運」が悪影響を受けることはよくあるからです。「嫉妬」は人間にとって、永遠のテーマですからね。。(苦笑))。そして、その「フロー状態」に没頭している人を手助けするかのように、「意味のある偶然の一致(シンクロニシティ)が次々と発生して、運が巡っていくわけです。そしてその時、私たちは「絶好調」な状態で、難しいと思えていた事柄にも、今まで以上に試行錯誤で挑戦するようになっていきます。高揚感や快感が、実際の労力をはるかに超えるからなのですが、一種の「ランナーズ・ハイ」のような境地になるのですね。「今の自分のレベルよりも『ちょっとだけ』上のレベル」に段階的にどんどん挑戦していくことが当たり前になると、ある時、かなり高いレベルにまで自分を上げていることに気づくというわけです。でも大人になるにつれて、「夢中」とは別の心や脳の状態を保つ必要もたくさんでてきます。その折り合いをつけながら、私達は日々の現実に対処していくのですが、それでも「アハ体験」を得たり、「フロー状態」に没頭できる資質は、何歳からでも手に入ります。ところで、先ほどのように、素晴らしい満足感、意義を感じる高揚感、そして当然今没頭している物事にかかわっていることに対する快感を伴う「アハ体験」や「フロー状態」を長時間繰り返すことで、脳機能的にIQが向上するのはもちろんなのですが、当然EQ(忍耐力、共感性などの非認知能力)やPQ(問題解決能力、臨機応変さなどの潜在的知性・社会性)も向上します。なぜかというと、「アハ体験」や「フロー状態」により得られる高揚感や快感というのは「知的高揚感」「知的快感」のことであり、これは、脳の前頭連合野の働きに密接に関係しているからです。前頭連合野の機能が高まると、読書や計算、勉強だけではなく、会話や人間関係の構築、仕事と遊びの両立、個人性と社会性の両立、適度なストレス耐性の向上など、「認知分野」「非認知分野」の両方において、様々な思考や活動でまんべんなく良い結果を出す可能性が高まるからです。前回、前々回のブログでお話している、IQ、EQ、PQ全体が、バランス良く向上していくのですね。そしてずっとお話してきているように、「フロー状態」により、運も向上していきます。************************************************************************【編集後記】***今回から始めました(笑)。最近、今後ますます『強烈さ』が必要になってくる時代になるんじゃないかと思っています。「インパクト」ですね。無理に出そうとする「インパクト」ではなく、私達の中から自然に湧き出てくる「インパクト」です。「インパクト」=「強烈なオーラ」「強烈な個性」「強烈な強み」「強烈な思い」「強烈な願い」「強烈な生きがい」。。。。いろいろありますが、運やエネルギーを「奪う」人達って、この、私達の中から自然に湧き出てくる「インパクト」「強烈さ」を狙っていますね(苦笑)。エネルギーに変換して自分にチャージしようとしているのでしょうか?自分の中にある「インパクト」「強烈さ」を出していきましょう。良い目的のために、関わる人が「WIN-WIN」になるために、あなたの「インパクト」「強烈さ」を有効活用しましょう!************************************************************************参考ブログ記事☟☟☟【★絶対保存版★】『IQ・EQ』と『運』の関係①~高IQ高EQはどのように「運」に影響するのか~【★絶対保存版★】『IQ・EQ』と『運』の関係②~「運」と「IQ・EQ」と「集団潜在意識」~ ************************************************************************
Oct 20, 2020
コメント(0)

みなさん、こんにちは!本日も、前回に引き続き、『IQ・EQ』と『運』の関係~高IQ・高EQはどのように「運」に影響するのか~の続きなのですが、今回は、それに付け加えて、少し前のブログでお話している、実際に「運」や「エネルギー」を自由自在に動かしてコントロールしていく場合の「現場」となる、「個人の潜在意識」と「集団潜在意識」についても、絡めてお話していこうと思います。************************************************************************関連記事☟☟☟【★絶対保存版★】『IQ・EQ』と『運』の関係①~高IQ高EQはどのように「運」に影響するのか~【『運は移動する』そのメカニズム③】自分由来のエネルギーと潜在意識との関係~自己肯定感の重要性~************************************************************************前回のブログでは、とても意義あるお話ができたものの、長くなり過ぎてしまってすみませんでした(苦笑)。余談ではあるのですが、実は、前回の「IQ・EQと運の関係」のブログを書いた直後、やられてしまいました。「サイキックアタック」に!!!(苦笑)丸6日間寝込みました(仕事が全く進まずに参りました。。)。まだ病み上がり状態でこの記事を書いているところです(苦笑)。サイキックアタックは、「霊的攻撃」「霊的干渉」と呼ばれることもありますが、主に「運」や「エネルギー」を奪う存在から、ターゲット(「運」や「エネルギー」、場合によっては「能力」「人気」等を持っている人)に向けて送られる「負の想念」が、ターゲットの心や体に様々な害を及して、実際の精神的症状や体調不良などを引き起こす現象です。多くはターゲットに対する嫉妬、妬み、恨み、被害妄想など「念」がヒートアップして、サイキックアタックの原因となっている本人すら気づかない状態で飛ばされてくるものなのですが、サイキックアタック自体も「エネルギー」の一種なので、非常に破壊的な被害をターゲット自身やターゲットの周囲の状況に与えるもので、特に「意図的」にサイキックアタックを仕掛けてくる存在がいる場合は、そのダメージが結構深刻なレベルになる場合もあります。今回、サイキックアタックを受けてしまったといっても、私の中では既に今回のサイキックアタック元が「判明」しているのですが、サイキックアタックを仕掛けてくる存在というのは、何も私達のような生きている「人間」に限ったことではありません。私の場合、最近は個人からのサイキックアタックを受けることはほとんどなくなりました。その代わり、どんどん増えているのが「集団意識からのサイキックアタック」です。「魔界の意図」のよる霊的干渉、などとも呼んでいますが、もっといい名称をつけられないか、と考え中です。要は、私達人間の意識や波長が上がって、物事の本質をより理解できるようになり、その結果、「運」にも関連する「エネルギー」レベルが上がっていく事により、個人だけでなく、地球規模で人類全体の存在レベルが上がることを良しとしない存在、というのが、この宇宙には存在しているのですね(それらを総括して「魔界の意図」と呼んでいます)。************************************************************************関連記事☟☟☟【魔界の意図!?】上手くいき出すと必ず「邪魔」が入る人には、一体何が起きているのか!?【これも魔界の意図!?】あなたの能力&才能、ひょとして「封印」されたりなんかしていませんか?************************************************************************「運」や「エネルギー」を語る上で、とても大切な「本質の部分」や、「確信となる部分」に触れようとする時、それをいろいろな人にお伝えしようとする時は、だいたい決まって、サイキックアタックに見舞われることが多いです。要は「邪魔」が入るわけです。「脅し」でもありますね。皆の意識が上がるような本質的なお話をお伝えしていく、というのは、言ってみれば「布教活動」みたいなものです。多くの人にお伝えしようとすればするほど、それをさせたくない存在からの「干渉」が強くなるものです。私も随分このサイキックアタックをかわせるようになっていきてはいるのですが、やはり「まだまだ」です。修行が足りないかな(苦笑)。こういった魔界の意図的存在がどうやって個人に対して集団意識によるサイキックアタックを仕掛けてくるのか、というと、これは、以前のブログでお話している「集団潜在意識」を使ってターゲットの「個人の潜在意識」にアクセスすることにより、ターゲットに精神的苦痛(イライラや落ち込み)・肉体的苦痛(異常な肩こりや頭痛・吐き気など)を与える、更には、集団潜在意識からターゲットの周囲に浮遊している「浮遊エネルギー」の働きを歪めることによって、ターゲットに都合の悪い現実を引き起こしたり、本来良い目的で使われるはずでターゲットの元に集まりつつあった浮遊エネルギーを、まるで引き潮のように奪って、ターゲットをエネルギー不足にしてしまう状態を作り出すことにより、サイキックアタックを成立させていきます。************************************************************************関連記事☟☟☟【『運は移動する』そのメカニズム!!②】~あなたの外側にある「浮遊エネルギー」を制御する~************************************************************************「浮遊エネルギー」というのは、あなたの周囲に常に流動的に浮遊しているエネルギーであり、人間、動物、自然(植物、大地、海、河川)、光エネルギー、熱エネルギー、電気エネルギー、風力、地場力、電磁波、紫外線などから発せられているエネルギーと、人間の思考、感情、想念などから発せられているエネルギーなどの、この世界で目に見えている・目に見えていない両方の種類のありとあらゆるエネルギーのことです。私達が「運」を動かそうとする時、自分自身から発せられている「個人のエネルギー」と、この「浮遊エネルギー」を取り入れて動かすことによって、自分に向かう全体のエネルギーレベルを相乗的に増大させることにより、実際にエネルギーとしての「運」を動かし、現実に反映させていくことができます。「ツイている」「波が来ている」「流れに乗っている」という状態、幸運に恵まれて物事がスムーズに滞りなく、どんどん進展していくような状態にある場合、通常、個人のエネルギーレベルを上げているのと同時に、この「浮遊エネルギー」を非常に上手く取り入れたり動かしたりして、目の前の状況を都合の良い方向へと上手くコントロールできている、ということになります。よく、何もかも上手くいって、次々と目標がスムーズに達成されていくような状態では、個人のエネルギーの他にこの周囲の「浮遊エネルギー」が上手く集まって増大されている時なのですね。まさに「個人のエネルギー」と「浮遊エネルギー」の相乗効果で、強いエネルギーのスパイラルを作っていく感じです。「個人のエネルギー」がメインのエネルギーではありますが、「浮遊エネルギー」は、運を高めるうえでその「援護射撃」のような役割を果たしてくれます。逆に、今まで上手くいっていた物事が、なぜか急に「波が引く」ように噛み合わなくなるようなことがあった場合、これは、この浮遊エネルギーが「離散」していってしまっている時に起こります。この浮遊エネルギーの離散も、様々な理由で起こり得ますが、理由の一つのしては、先ほどの、「運」や「エネルギー」を奪う存在による霊的干渉によって、意図的に作為的に浮遊エネルギーが干渉されて離散する(奪われる)ということが挙げられます。「浮遊エネルギー」は、特定の誰か、一定の場所に所属しているものではないため、その名の通りいつも「浮遊」していますから、これを意図的に集める・離散させる、ということが可能です(このブログの目的の一つが、この「浮遊エネルギー」を自分で自由にコントロールできるようになる素質をお伝えしていくことです)。良い目的でこれを行えば、目標達成や願望達成に利用できますが、悪い目的でこれを行えば、他人の「運」や「エネルギー」を奪ったり、他人の成功を阻んだり失敗を誘発させたりすることにも利用できてしまいます。この「浮遊エネルギー」をコントロールするのにも、また先ほどのサイキックアタックを防御するのにも、必要となってくることが、「集団潜在意識を理解する」ということです。潜在意識には2種類あって、一つが「個人の潜在意識」、そしてもう一つがこの「集団潜在意識」です。個人の潜在意識というのは、よく氷山などが例えに使われますが、最も上の部分が私達が意識できている「顕在意識」の部分、そしてそこからまさに垂直方向に、下に行くほど深く広がっていくような幅のある広がり方をしています。より垂直方向に深く広がっていく潜在意識の部分には、私たちの能力のもっと奥深い部分、才能、アイデアが無限に詰まっています。前回のブログで種に「IQ・EQ」と「運」の関係についてお話していますが、まさに、この「IQ・EQ」の部分も、個人の潜在意識に厳密に関係しており、IQを少しづつ上げていくことも可能である「脳の自己組織化」がどんどん進むと、この個人の潜在意識のより深い部分に眠っている能力やアイデアを、より取り出しやすくなっていきます。************************************************************************関連記事☟☟☟【自己組織化】「運のよい人」が持っている思考法~「螺旋ループ」と「芋ずる式」と「球体思考」~************************************************************************一方、「集団潜在意識」というのは、個人の潜在意識が空間を超えて集まっている状態、そしてその状態が、横方向を中心に縦に無限に広がっているような状態です。より「立体的な構成」になっているのが特徴です。例を挙げると、地球や火星のような「惑星」が「個人の潜在意識」、その「惑星」で構成されている「銀河系」が最小単位の「集団潜在意識」、そして、「多数の銀河系」がいくつも無限に点在している宇宙空間全体(ユニバース)が「集団潜在意識」、そしてその宇宙空間の外に、更なる「*多元宇宙(マルチバース)」が無限に存在している、こんなイメージです。(*「多元宇宙(マルチバース)」とは、宇宙は唯一無二ではなく複数平行して存在し得る」とする理論・仮説における宇宙の集合を指す語のことです。)これに「運」や「エネルギー」がどう絡んでくるのか、というと、「運が流れ込んでくる」のも「運が奪われていく」のも、自分の「個人の潜在意識」の範囲が境界線を越えて「集団潜在意識」にまで広がった時なんですね。ここで、現実世界であなたの周りに浮遊する「浮遊エネルギー」が「善」や「光」やといったパワフルな「正のエネルギー」である場合、集団潜在意識を介してあなたの中にその浮遊エネルギーを取り込むことができます。これが「運」を上げるのに多いに役立ってくれます。例えば、あなたが何かの目標を達成するための原動力となったり、それこそ体力や気力となって、あなたの願望達成や日常生活の行動の大いなる手助けになってくれます。しかし、先ほどのように、「運」や「エネルギー」を奪う存在がサイキックアタックなどの霊的攻撃・霊的干渉を仕掛けてくる時にも、彼らはその境界線を越えて、あなた個人の潜在意識にアクセスしてくるわけです。この時、あなた自身は、まさか自分の潜在意識が集団潜在意識に「筒抜け」になっているなどとは夢にも思っていないはずです。だから、自分の能力やアイデアを駆使して手掛けていた事柄などが、途中から急に「波が引く」ように上手くいかなくなっていったりした時に、その理由の不明さに混乱したり、また不可解な状況に不快な後味を感じたまま、しかたなくその状況を見送るしかない、という状況に立たされたりするのです。「集団潜在意識」というのは、「それが良い目的と意図でフォーカスされた場合、多くの人々を「啓蒙」することができる」という点ではとても素晴らしいものです。実際、ガンジーや、マザーテレサなどの例は、言ってみれば「集団潜在意識」に訴えかけていった結果、それが「集合意識」として多くの人々に連帯感を与えて、世界的な一致団結を実現した顕著な例ですね。経済的な例を挙げれば、例えば、本当にあらゆる場面でよく引き合いに出される、スティーブジョブズ、ビルゲイツ、ジェフ・ベゾフなどは、かれらのビジネスを、単に「ビジネス」として世界的に展開させて大成功を収めてきているだけなのではないと思われます。彼らのビジネスの「コンセプト」や「信念」が、そのまま「集団潜在意識」のフィールドに反映されて、多くの人々に「共感」を起こさせ、そして「啓蒙」できているのが、彼らのビジネスの世界的な大成功の要因の内の1つだと、私は考えています。要は「多くのファンに恵まれる」ということが、単にそのビジネスが優れているというだけではなく、「集団潜在意識」を介して与えられたその啓蒙的影響力によって、そのビジネスコンセプトの良い影響が個人個人の潜在意識に深く刻み込まれて、そして熱狂的なファンが次々と生まれる、こういったしくみが働いているのではないか、というのが私の考えです。それでも、先ほどの「運」や「エネルギー」を奪う存在というのがこの世に存在してしまっている以上、やはり「集団潜在意識」の扱いは時として非常に「やっかい」なものですね。プラスにもマイナスにも働いてしまう。。更に、その「集団潜在意識」というのは、前回のブログでお話している「『IQ・EQ』と『運』の関係」にも影響し得るものなんです。「IQ」「EQ」(更に「PQ」)については、前回のブログでお話していますが、「IQ」は、論理性やパターン認識能力といった「認知能力」を数値化したもの。「EQ」は、共感性や忍耐力、思いやりや感情のコントロールといった「非認知能力」のレベルを示す概念。そして実はもう一つ「PQ」が、「変化に対する耐性」、「臨機応変性」、「問題解決能力」、「発想力」、「創造性」、といった、「EQよりももう少し範囲の広い高度な非認知能力」のレベルを示す概念ですね。そして、EQが人格形成や自己鍛錬と共に上がっていくことがあるのと同様に、基本的に先天的なもので生涯を通して変わらないとされてきたIQの値も「上下する」ことがある、というお話をしてきました。この世の中で生きていく上で、IQというのは、高度なパターン認知能力や論理力といった部分的な能力のレベルを示しているにすぎないので、あくまでも「人間の能力の一部分」にすぎませんが、実際問題、IQが高いにこしたことはないことも事実であり、IQが高いことで得られる(利己的・利他的)利点も沢山ある、というお話もしています。そして一番のポイントは、EQ(感情のコントロール)やPQ(問題解決能力や臨機応変さ、アイデアの閃き具合)に加えて、IQも高めであれば、「認知能力」と「非認知能力」の両方のバランスがとりやすく、結果として、その人の本当の幸せや社会への貢献度にが飛躍的に高まる、ということもお話してきました。実際、自分のIQを上げていくことができると、様々な場面で人生が劇的に変わっていきます。付き合う人、所属する場所、持ち物、考え方、価値観、自信の有無、こういった自分の在り方そのものが、全て変わっていく(それも全て、今までの自分の認知や思考よりも高いレベル・広い範囲の世界にアップグレードする)という感覚を体験することができるようになっていきます。例えば、IQを上げていくには、それなりに基本となるIQ値があり、だいたい平均で100~105くらいのIQ値であると可能性が高まるのですが、日本人の平均IQ値が「100前後」と言われている中で、まずあなたが「平均値」を持っていて、そこから思考の訓練、認知の訓練、EQに関わる非認知能力の分野(共感能力、想像力、忍耐力、困難に対する)を含めた訓練をしていくことで、ある程度の期間で、その時点のあなたのIQ値から2~5程上げることは十分可能であることもお話しています。そしてその訓練をしていくにあたって、基礎となる考え方が、以前このブログでお話している「自己組織化」と「球体思考」であり、これらを自分自身にクセづけることで、数か月単位でIQを数スコア程上げることは実際可能です。実際に、IQ値が上がっていくことであなたが「体感」できることは沢山あります。思考力、記憶力、注意力、集中力、忍耐力、瞬間的な判断、ひらめき等が、全て明らかに向上するのが自分でわかりますし、いい意味での「高揚感と快感」が得られるのも面白いです。そしてこのブログでよくお話していますが、「高揚感と快感」を伴いつつ、思考力、記憶力、注意力、集中力、忍耐力、瞬間的な判断、ひらめき等の全てがバランスよく向上していくと、それに伴って、運を自分でコントロールして自分に都合の良い「意味のある偶然の一致」を次々と引き寄せることが可能な「極度の集中状態」である「フロー状態」にも入りやすくなるのですね。思考力、記憶力、注意力、集中力、忍耐力、瞬間的な判断、ひらめき等のレベルが上がれば上がるほど、脳や心にかかる「負荷」は大きくなるのは確かなので、その「負荷」に耐えられるだけの「耐性」や「前向きさ」といったEQの部分も鍛えられていくでしょう。IQ値としての「脳力」も上がっていくため、認知や理解のスピードといった脳機能そのものも上がっていきます。更に、より高度な理解や認知を得るために必要な「問題解決力」も同時に上がっていくので、PQ値まで高まっていきます。まさに全体的なバランスを伴って、極めて強力な「フロー状態」へと自分を引き入れていくことが可能となってくるのです。************************************************************************関連記事☟☟☟【フローマスター】幸運の流れを自ら発生させてコントロールできる人達のお話************************************************************************しかし、既にお話していますが、その一方で、「IQを上げていくことができる」ということは、当然ですが、「今あるIQ値が下がっていく」ことも起こり得ます。つまり、今あるあなたの考え方、物事に対する向き合い方、態度、環境、同時に頻繁に接している人の質や彼らとの会話によっては「あなたのIQが下がってしまう」ということです。更には、「運」や「エネルギー」を奪う人によって、万が一、あなたが彼らの搾取のターゲットにされてしまった場合、彼らは「集団潜在意識」からあなたの「個人の潜在意識」に無断でアクセスすることにより、あなたの能力や才能やアイデアまで奪っていくのですが、その時、あなたの「IQ・EQ(更にPQ)」まで荒らしていきます。人は、自分自身のIQが下がっている時、IQが高めだった時の判断や思考ができなくなる、という特徴があります。更に、再びIQが以前のレベルにまで戻らない限り、自分のIQが下がってしまっていること自体を「認知できない」という悲劇も起こってきます(IQが下がってしまうと、今のIQレベル以上の思考・判断・創造ができなくなります)。「運」や「エネルギー」を搾取されているターゲットの人達、というのは、実は、もともとIQもEQも(PQも)高い人が多いのです。だからこそ「ターゲット」にされるわけなのですが、高IQ、高EQ、そして高PQをバランスよく持ち合わせている人、というのは、実際に能力も人格も優れた人が多い。それでいて「優しい」のが特徴です。その優しさに付け込んでくるのが、「運」や「エネルギー」を奪う人達なのですが、ここで覚えておいていただきたいのが、「運」や「エネルギー」を奪う人達というのは、「集団潜在意識」を利用してターゲットの「個人の潜在意識」に入り込んで、能力や才能、アイデアや運やエネルギーを奪っていくだけではなく、ターゲットの価値そのものを下げるために、その「IQ、EQ、PQ」を貶めるような「操作」をするんですね。どういうことか、というと、例えば、「運」や「エネルギー」を奪う人達には、自己愛性人格障害者やサイコパスのような「人格障害者」の人達が多く、なおかつ、スピリチュアルの分野では「エネルギーバンパイア(エナジーバンパイア)」という部類に分類される人達です。こういった「人格障害」を持つ人達というのは、ターゲットに依存して、ターゲットに自分自身を「投影」し、ターゲットの才能や魅力を「取り入れ」て、そのままターゲットの「人格」そのものを奪いにかかります。モラハラ、パワハラ、いじめというのは、この「人格障害」を持つ人達の専売特許みたいなもので、モラハラ、パワハラ、いじめによってターゲットを「支配」することが目的なんですね。「支配」して、その「運」や「エネルギー」や「能力・才能」をより奪いやすくする。ここで、彼らから人格攻撃などを受けてしまったターゲットの「IQ・EQ・PQ」は確実に下がります。なぜかというと、モラハラ、パワハラ、いじめによって、ターゲットの「自己肯定感」が著しく傷つけられてしまうからです。このブログでも何度かお話していますが、「自己肯定感」は「幸運」とは切っても切れぬ関係だからです(もう一つ「共感能力」も「幸運」とは切っても切れぬ関係です)。「個人の潜在意識」と「集団潜在意識」との「境界線」を明確にするためには、この「自己肯定感」が絶対に必須だからです。自己肯定感、それも「強烈な自己肯定感」が確立されていると、それが「明確な境界線」となって、あなたは、集団潜在意識からの悪い意図での「逆流」を防ぎつつ、世の中の素晴らしい価値観や考え方を集団潜在意識を介して取り入れることができ、なおかつ個人の潜在意識を高めていくことができます。更には「自己肯定感」は「EQ」に密接に関係します。前回のブログでIQを上げる→EQが上がる又はEQが上がる→IQも上がるそれにPQの向上が付随するそして「IQ、EQ、PQ」が上がることで高まった「フロー状態」により「運が上がる」(シンクロニシティが連発してくる)という流れを説明していますが、人は「EQ」が下がると、それ以上IQもPQも上げることができなくなります。言い換えると、「EQ(感情のコントロール、前向きさ、忍耐性、共感性といった「非認知能力」全般)」が全ての基本となる能力であり、その延長でIQやPQが成り立っている、ということなのです。だから、まず、あなたのEQを貶めることによって、「運」や「エネルギー」を奪う人達はあなたのIQやPQにわたって、あなたの存在を全体的に貶めてくる方法を取ってきます。前回もお少しお話しましたが、このIQが下がることによる弊害の別の例が「認知症」です。「認知症」というのは、一般には「脳機能自体の低下」「脳そのものの劣化」「脳細胞の萎縮」が原因ではあるのですが、ここに、もう一つ「別の種類の認知症」というのが存在しています。これは、脳科学分野の「認知症」ではなく、心理学的な「認知症」です。「心理学的な認知症」とはどういうことか、というと、先ほども説明した通り、モラハラ、パワハラ、いじめなどの「人格障害者達による(ターゲットへの)人格攻撃」によって、心に傷を受けたターゲットのEQが下がり、PQを発揮する意欲や術がなくなり、結果としてIQもろとも全体的に下がる、ということで引き起こされる心的外傷性の認知症です。この心的外傷性の認知症というのは、鬱病でも発症するものですね。そしてIQ(とEQ)が低下している状態に「自分で気づかなくなる」という最悪の状態を無理やり引き起こされて自身を喪失させられ、「運」や「エネルギー」を奪う人達の、ターゲットへの「支配」が完了するというわけです。なので、先ほどのEQが上がる→IQも上がるそれにPQの向上が付随するそして「IQ、EQ、PQ」が上がることで高まった「フロー状態」により「運が上がる」(シンクロニシティが連発してくる)の前に、「強烈な自己肯定感」を確立させる、とうのが、本来の順番になりますね。*************************************************************************「幸運」に必要不可欠な「自己肯定感」については関連記事☟☟☟【『運は移動する』そのメカニズム③】自分由来のエネルギーと潜在意識との関係~自己肯定感の重要性~【強運と『自己肯定感』の関係】~あなたが『最高の自己肯定感』を育むための簡単なステップ・序章~【『自己肯定感』とシンクロニシティ】~『強烈の自己肯定感』が奇跡を連発させる~【『潜在意識』と運のコントロール】~『強烈な自己肯定感』で潜在意識の境界線を作る~************************************************************************ここでもう一度まとめると、★IQの向上(「自己組織化」と「球体思考」のマスター。EQの向上と前後する場合もあります)★「フロー状態」のマスター★「自己肯定感」の確立と喜び・幸福の確立(一番最初と前後します。)★自己肯定感が上がることによる「共感能力」の向上★自己肯定感と共感能力の向上による、EQの向上★EQの向上によるPQ、IQの向上(IQの向上は前後します)★「フロー状態」の日常化、意味のあるい偶然の一致(シンクロニシティ)の頻発化★幸運の流れの発生★願望の達成という「幸福の連鎖」を目指すことを、まずは頭に入れてください。同様に、今日お話した「個人の潜在意識」と「集団潜在意識」との関係、その「境界線」について、また、その「境界線」を守る防御壁としての「強烈な自己肯定感」の確立を目指す、ということについても、次回以降、再び必要になってくるコンセプトですので、是非、覚えておいてください。********************************************************************次回も、もう少し「『IQ・EQ』と『運』の関係」について続けてお話していきたいと思いますが、私が一つ面白いな、と思っていて是非ブログ記事にしよう!と思っているのが、「『アハ体験&IQ』と『運』の関係」ですね。もちろん「個人の潜在意識」と「集団潜在意識」にも密接に関係しています。「アハ体験」(アッハ体験、アッハー体験とも呼ばれます)って、素晴らしいアイデアが突然閃いたり、今までわからなかったことが突然理解出来たりしたときに、「ああ!!!そういうことか!?(歓喜)」という、あの感覚のことです。この「アッハー体験」ですが、これも「運」にもの凄く密接に関係しています。それこそ、前々回のブログでもお話している、私の専門分野の「特許」「科学技術」などでは、この「アッハー体験」で閃いたアイデアを落とし込んで、新たな特許にしている例もたくさんあります。「アッハー体験」って、確実に「フロー状態」にある時に発生しますね。このことからも、運と絡めて、次回以降お話していこうと思います!
Oct 14, 2020
コメント(0)

みなさん、こんにちは!今日はちょっと前置きがあるのですが、ここ最近、私がとても強く感じていることがあります。それは、これからの時代、どんな状況にあろうとも、とにかく「生き残ることが大切」ということです。いろんな意味で。毎日非常に忙しく、仕事も勉強も子育ても家事も、やることも目白押しの人がほとんどだと思います。実際の行動が忙しくなくても、頭の中の考えや心の中の思いが非常に忙しい人達もたくさんます。それはそれで充実しているのですが、自分に負荷がかかり過ぎているかもしれない時には、どうぞ、これから更に飛躍するための充電期間である「斧を磨く時期」だと思って、十分に休息を取ったり、楽しんだりして、自分自身のバランスをとっていってくださいね。斧は磨かないと徐々に錆びていってしまいます。素晴らしい杉の木を、毎日たくさん斧で切って豊かになろうとしているのに、斧を使い続けたままでは、その斧はいずれ錆びて「切れ」が悪くなってしまいます。刃が傷み切ってしまってからでは、もう今までのように効率よく杉の木を伐り続けることはできなってしまいますから。あなたはこれからどんどん「運」を上げていくわけだし、とても良い意味で、もっともっと忙しくなっていくかもしれない。なので、いざという時に最大限の力を発揮してチャンスを掴むために、エネルギー状態を良くしておくことが大切です!さて、前回のブログ記事では、私の専門分野の「特許」を引き合いに出しながら、「運」についてお話しています。「特許」となる「発見」や「発明」って、なにかワクワクする響きがないでしょうか。私は、特許に関わる仕事に何年も携わっていますが、今でもワクワクしますね。そうです。だって「特許」「発見」「発明」というのは、人間が人間たる「思考力」や「発想力」そのものを駆使した「アイデアの宝庫」だからです。科学技術や文化芸術が全くの新規の発見や発明を生み出しながらも、その既存の発見や発明に「新しいアイデアの部分」を付け足したり組み合わせたりしながら、全く別の特許に生まれ変わらせることを繰り返す。そこから無限のアイデアパターンを世に送り出し続けている。そして、その進化や発展が、このブログのテーマである「運」の考え方に非常に似ている、というお話を、前回のブログでしましたね。************************************************************************関連記事☟☟☟【『特許・発明』に見る『運のコントロール』】~視点や発想を変えると『凄いもの』が見えてくる~************************************************************************ちょっと前回のブログで書き忘れていた部分があるので、今回のブログで補足させていただいてから、今日のテーマである「IQ・EQの運の関係」についてお話していこうと思います。特許というのは、所謂「知的財産権」なのですが、その中でも科学技術に関連する知的財産権が多いです。また「著作権」などもこの「知的財産権」に含まれます。「コピーライト」というものですね。いずれにしても、この世の中で実際に非常に役に立って、私達の生活や社会全体の「発展」に寄与する、素晴らしいアイデアの数々が「知的財産権」です。「アイデア」って、本当に素晴らしいと思うのですが、「ひらめき」や「想像力」と「今まで学んで蓄えてきた知識」を全て駆使して(つまり組み合わせて)、「知恵」のレベルにまでそのアイデアを高めることで、知的財産権はその力を発揮していきます。「知恵」というのは「アウトプット」のレベルです。「知識」というのは、この世についての現象だとか、先人たちが発見してきた物事の法則や作用というものを「インプット」するレベルです。その「知識」と今までの自分の「経験」をもとに、「想像力」が自分の内側から沸き上がってきます。そしてそこに、上から降りてくる「ひらめき」が加わります(なぜ「降りてくる」という言葉を使うのかというと、数個前のブログ記事でお話した「個人の潜在意識と集団潜在意識」が絡んでくるからです。これはまた別の「潜在意識」関係のブログ記事でお話していきます)。 これらを総動員して互いに結びつけて、実際に現実に使えるレベルへと「新しく創造していく」のが、「知恵」(アウトプット・具現化)のレベルなのです。そしてこの「知恵」の部分が一番価値があって、なおかつ「難しい」。料理に例えると、「知恵」が食材で、「経験」が調理器具、「ひらめき」がスパイスや調味料、「想像力」が料理の出来具合(見た目や食器類の選択)、そして「知恵」(アウトプット・具現化)が、実際に料理を進めていく手順(混ぜ合わせる、切る・煮る・焼く、等)とスキルで、一番複雑で腕の見せ所である部分になります。なので、この「知恵」(アウトプット・具現化)の部分こそが、その人の脳力や才能を測る上での、本当の指針になるものなのです。そして先ほどの料理の例でもわかるように、この「知恵」(アウトプット・具現化)の部分が、その人の「オリジナリティー」を決める最も重要な部分となります。最終的に出来上がった料理(「想像力」の賜物)というのは、一見、結果的にはそれが「アウトプットされたもの」に見えますが、実は、その料理を生み出した人の「料理プロセス」こそが本当の「知恵」(アウトプット・具現化)の部分になるのです。なぜでしょうか。それは、最終的に出来上がった料理には、それに付随して必ず「レシピ」が発生するからです。その「レシピ」というのは、もし公開されれば、それは誰にでも「再現可能」となります。つまり、公開されて「再現可能」となった時点で、その「オリジナリティー」というのは多くの人にシェアされることになります。それでも、味付け加減であるとか、火加減の調節加減であるとか、微妙なタイミングの違いであるとか、人によって、同じレシピを再現したとしても、その出来上がった料理を食した人が感じる「美味しさ」には決定的な違いが出ることがほとんどです。「料理プロセス」が、人によって微妙に違ってくるからです。それが「オリジナリティー」なんですね。そしてこのことが、「知的財産権」の世界で、特許や著作権にも当てはまってくるのです。例えば、特許の世界では、日常茶飯事で「特許侵害訴訟」が起こっています。要は、似たような発明を申請した出願人や企業同士が、自分の発明した特許や作品の「先行権利」や「優先権」を主張するというものですね。簡単に言うと、これが似ている、あれが似ている、こっちの発見・発明が先だ、こっちが本家だ、といった感じです。池井戸潤氏の「下町ロケット」のお話を知っている人であれば、すぐにピンとくることと思います(笑)。実際には、その特許を「申請」して「登録」された時に、初めてその特許の「先行権利」が確定して「先行利益(先に得た者がより多くの利益を長期にわたって受け続ける実際的な権利。例えばブログやユーチューブなどで、早い時期に始めた人ほどアクセスやチャンネル登録が増える、アフィリエイトで稼ぎやすい、など)」を享受できるわけですが、実際に特許侵害のやりとりなどを見ていると、本当に「鶏が先か、卵が先か」ではありませんが、実のところ、鶏が先だったのか卵が先だったのか、判断が難しい案件がたくさんあります。その特許に関わる文献を何年も遡ってリサーチしてみると、実はその特許がある企業や発明家によって「登録」される随分前に、その特許の重要な部分を既に発見・発明していたと思われる研究者などの論文が、どんどんでてくるわけです。つまり、その特許が世界初!であると国際的に認められるはるか以前に、他の発見者や発明者がその類似技術の道筋を大きく作っていたり、同様の発見・発明の大部分を完成させていたり、そのまま実用化しても特許化していなかったりするものが、この世の中にはいくらでもある、というわけです。これをとても端的にわかりやすく説明することができるのが「ノーベル賞の候補者をどうやって決めるのか」「そのノーベル賞候補者の中から最終的に誰を選ぶか」ということです。例えば、ノーベル賞の候補者を決める時、そしてその候補者の中から最終的に誰をどうやって「受賞者として」決めるか、みなさんはご存じでしょうか。これの顕著な例が、2002年度のノーベル化学賞受賞者・田中耕一氏です。田中氏は、「ソフトレーザー脱離イオン化法」という、タンパク質などの生体高分子の「質量」を正確に測定する方法の発見により、海外の他の3名の化学者と共にノーベル化学賞を受賞しています。このノーベル賞化学賞受賞者の決定にあたって、当時、ある議論が科学者の間で交わされていました。それは、この質量分析の方法を生み出していたのは、別の科学者(2名)であったはすだ、という議論です。なぜかというと、この2名の科学者は、この新規の質量分析法を田中氏よりも早く論文発表していたという経緯があったからです。田中氏もこのことは理解しており、自分が受賞することになるとは思ってもみなかったそうです。しかし、当時、物理部門と化学部門のノーベル賞受賞候補者を決定するスウェーデン王立科学アカデミーの調査で、この英語論文が発表されるかなり以前に、田中氏が同様の研究を進めており、日本で学会発表を行っていた事実をちゃんとつかんでおり、この経緯から、田中氏の貢献が先であった、と認められたわけです。スウェーデン王立科学アカデミーの調査は大変細部にわたっており、化学賞、物理学賞、医学・生理学賞、経済学賞など、全てにおいて、過去の世界中の研究を入念に調べて、その貢献度を実にフェアにジャッジしているのですね。このことからもわかるように、多くの有用な発見・発明の類似したコンセプト、というのは、あなたがアイデアを温め続けているのと同じように、その時、世界中でも同じような類似のアイデアを具現化しようとしている人達が沢山いる、ということなのです。そしてそれは、非常に価値のあることで、発明者の権利を守りながらも、その「オリジナリティー」を世界中の人があらゆる場面で「再現」できるように、公開していくわけです。ちなみに、田中氏はノーベル賞受賞後も、新たに「血液一滴で病気を早期発見する技術」を開発しています。この「血液一滴で病気を早期発見する技術」は、海外でも多くの研究者・科学者たちが、切磋琢磨しながらこの技術の実用化を目指しています。一部では既に実用化されている特許もあります。それぞれ「微妙に違ったオリジナリティー」を持ちながら、類似のアイデアを様々な形で世に送り出しています。その目的はただ一つ。「貢献」ですね。世の中全体の進化発展に貢献する。人々のより良い暮らしに貢献する。その国の経済や知力を高めて、自国の国際的なアドバンテージに貢献する。もちろん、技術開発には常に「利益を追求する」という面も求められています。新しい技術開発をどんどん世に送り出しながら、極限にまで自社の利益を高めていくことによって、更に新たな技術開発研究に投資することもできます。働いてくれている自社の研究者、技術者、社員などの雇用者たちにも、報酬として利益を還元していくことが可能になっていきます。しかし、技術開発で最もインパクトのある目的というのは、やはり「貢献」なんですね。(同時に、このブログでもよくお話していますが、田中氏は「化学」の専門家でありながら、このように「生化学」「生物学」「医療」の分野にまで、その化学の知識を応用して進出していますね。「全ての分野は繋がっている」ということを、更に裏付けてくれています。)そして大切な考え方があるのですが、「貢献する」という姿勢は、「運のよさ」に関しても、「成功」に関しても、そして「幸せ」に関しても、確実に関わってきます。科学者であっても政治家であってもクリエイターであっても、もちろん一般の私達にとっても、「自分の出したアイデアは自分のものである」という意識が強まるのはあたりまえのことですし、その権利を主張するのも当然のことなのですが、その「アイデア」を世の中に役立てるためには、確かに「自分のもの」ではあるのですが、その「自分のもの」という意識を一度脇に置いて、「世の中全体の財産」として観る視点を持ってみると、大局がどんどん変わってきます。つまり「世の中に役立たせるために、私達全体の発展と進化のために、たまたま自分が「率先して」この宝物(アイデア)を世に送り出す代表を買って出ている」というスタンスです。これが「貢献」です。「WINーWIN」です。そういう謙虚さがあると、そのアイデアは確実にあなたから発せられていつつ、ちゃんとあなた自身を中心に、しっかりとあなたのものであるという権利が損なわれることなく誰かの助けになっていきます。もしかしたら、そのあなたのオリジナルのアイデアに、別の誰かのアイデアが加わって、元のアイデアをはるかに上回る新たな新規のアイデアとして、どんどんグレードアップしていくかもしれません。 このことに関しては、「運が奪われる」「エネルギーが奪われる」ということであると勘違いしてはいけません。「運が奪われる」「エネルギーが奪われる」とは、誰かの「欲」のために、あなたの許可なく無理やりあなたの運やエネルギーが奪われることであり、これは絶対に防がなければならないことです(だからこのブログでも、よくこのことに関してお話しています)。でも、「アイデア」が同じようにエネルギーであるならば、これは「自然の法則」にのとって「循環」させていかなければなりません。ブログでよくお話していることですね。エネルギーは「循環」させて、螺旋状に上へ上げていきながら、より大きくより強くしていくことが大切であると。「WINーWINにしていく」これですね。先ほどの特許のお話に戻れば、「特許侵害」というのは、実際にはあります。ただ悪質な特許侵害と「アイデアの切磋琢磨」は全く別物です。運やエネルギーを容易に奪わせることは勿論絶対にだめですが、自己表現に関しては「奪われた」「侵害された」と捉えすぎるのではなく、でも何かに遠慮する必要なく、ましてや諦める必要もなく、自分のアイデアを十分あたためて、思う存分自己表現していくことが運の向上にもつながります。それでいて、あなたはあくまでもそのアイデアの生みの親であって、更にそのアイデアを「社会の子」として世の中に送り出す。あなたの子供(アイデア・自己表現)は「社会全体の宝物である」というスタンスでいると、本当に上手くいきますよ。ああ!本当に長くなってしまってごめんなさい!(笑)それはようやく本題です。「IQ・EQと『運』の関係」です!「IQ」「EQ」という言葉は、もう説明するまでもなく、みなさんよくご存じですよね。「IQ」は、論理性やパターン認識能力といった「認知能力」を数値化したもの。「EQ」は、共感性や忍耐力、思いやりや感情のコントロールといった「非認知能力」のレベルを示す概念。そして実はもう一つ「PQ」というのが近年謳われているのですが、これは、変化に対する耐性、臨機応変性、問題解決能力、発想力、創造性、といった、EQよりももう少し範囲の広い高度な非認知能力のレベルを示す概念です。よくEQは人格形成や自己鍛錬と共に上がっていくことがあるが、IQの値は基本的に先天的なもので生涯を通して変わらない、というのが通説・定説となって久しいですね。ただ、私はIQに関しては「別の見解」を持っています。つまり私は、IQも変動すると考えています。それも「上下することがある」と考えています。例えば、今あなたのIQが105であったとすると、それが108や110になったりと、IQの値を上げていくことができるということです。PQはちょっと特殊なのですが、IQもEQ同様に後天的に上げていくことができる、となると、なんか、ワクワクしてきませんか?この世の中で生きていく上で、IQというのは、高度なパターン認知能力や論理力といった部分的な能力のレベルを示しているにすぎないので、あくまでも「人間の能力の一部分」にすぎません。大切なのは、先ほどのEQ(感情のコントロール)やPQ(問題解決能力や臨機応変さ、アイデアの閃き具合)に加えて、IQも高めであれば、「認知能力」と「非認知能力」の両方のバランスがとりやすい、結果、その人の本当の幸せや社会への貢献度に高まる、ということなのです。しかし、IQが高いにこしたことはないことも事実です。IQが高いことで得られる(利己的・利他的)利点もたくさんあるからです。だから自分のIQを上げていくことができると、いろんな意味で、様々な場面で人生が劇的に変わることもあるのです。付き合う人が変わる、所属する場所が変わる、持ち物が変わる、考え方が変わる、価値観が変わる、自信もつく(それも全て、今までの自分の認知や思考よりも高いレベル・広い範囲の世界にアップグレードするという感覚です。)ただこれを達成するにはいくつかの条件があります。例えば、IQを上げていくには、それなりに基本となるIQ値があり、だいたい平均で100~105くらいのIQ値であると可能性が高まる。日本人の平均IQ値が「100前後」と言われているようですが、まず平均値を持っていて、そこから思考の訓練、認知の訓練、EQに関わる非認知能力の分野(共感能力、想像力、忍耐力、困難に対する)を含めた訓練をしていくことで、ある程度の期間で、その時点の自分のIQ値から2~5程上げることは十分可能です。(以前このブログでお話している「自己組織化」と「球体思考」をクセづけることで、数か月単位でIQを数スコア程上げることは実際可能なのです。************************************************************************関連記事☟☟☟【自己組織化】「運のよい人」が持っている思考法~「螺旋ループ」と「芋ずる式」と「球体思考」~************************************************************************例えば私の例で大変恐縮なのですが、文系女子として特許と科学技術にいきなり関わり始めた修行時代、私はこの「自己組織化」と「球体思考」を勉強に取り入れていますが、新しい科学技術分野の知識や考え方を習得していた時に、実際にこの自己組織化の方法と球体思考術でIQスコアを上げたことがあります。「元のIQ値」は秘密ですが。。笑))これははっきり言って、「意欲のある人」であれば、誰でもできると私は踏んでおります。。方法さえしっかりしていれば。思考力、記憶力、注意力、集中力、忍耐力、瞬間的な判断、ひらめき等が、全て明らかに向上するのが自分でわかるので、いい意味の高揚感と快感が得られるのも面白いです。このブログでよくお話している「フロー状態」にも入りやすくなりますね。元のIQ値が80~90くらいである場合も、こういった思考の訓練で同様にIQを上げていくことは同じように可能ですが、むしろ、元のIQ値がこのくらいの幅の人のほうが、平均値を持っている人よりも、一時的なIQ値の上昇幅は大きくなるみたいですね。これは「偏差値」の考え方と一緒です。本来「偏差値」と「IQ」というのは全く別物であり、「偏差値」が学力を数値に変換して測る物差しの一つであるのに対し、「IQ」はパターン認知能力と論理力を中心とした「知能」の測定値であるため、簡単には比較できないものなのですが、例えば偏差値50の人が偏差値を55に上げるよりも、偏差値30の人が偏差値50に上げる方がはるかに上げやすいということです。その上げ幅の差が「15」もあるのにもかかわらずです。ただ、偏差値55以上から更に上に上げていく場合、もちろん可能なのですがその「上げ率」に対する「負荷」は上がっていきます。これは当然のことで、より簡単でシンプルな理解レベルから平均レベルの理解まで上げていくことよりも、より難しい複雑な理解レベルから更に高度な理解へと自分自身を上げていくことのほうが、脳にかかる「負荷」が大きいからです。レベルが上がれば上がるほど、脳や心にかかる「負荷」は大きくなるため、まずその「負荷」に耐えられるだけの「耐性」や「前向きさ」といったEQの部分を鍛えなければなりませんし、IQ値としての「脳力」を上げていくために、認知や理解のスピードといった脳機能そのものも上げていく必要があります。更に、より高度な理解や認知を得るためには「問題解決力」が何よりも重要になってきますから、先ほどのPQ値も同時に上げていく必要があります。まさに、既にお話している「バランス感覚」が求められてくるのです。更に、「IQを上げていくことができる」ということは、当然ですが、「今あるIQ値が下がっていくこともある」ということです。つまり、今あるあなたの考え方、物事に対する向き合い方、態度、環境、同時に頻繁に接している人の質や彼らとの会話によっては「あなたのIQが下がってしまう」ということもあります。そしてIQが下がっている時、人間は、IQが高めだった時の判断や思考ができなくなります。ついでに、よっぽどのことがあってIQが再び上がらない限り、自分のIQが下がってしまっていること自体を「認知できない」という悲劇も起こってきます(だってIQが下がってしまっているから・苦笑)もともとIQもEQも高いのにもかかわらず、このパターンに悩まされて「わけがわからなくなっている」「混乱している」状態に追いやられてしまっている人達というのが、モラハラ、パワハラ、いじめの被害者に大変多いのですが、これが私にはたまらなく悔しいです。これは考えてみたら大変恐ろしいことで、実は、このIQが下がることによる弊害の別の例が「認知症」なんですね。「認知症」というのは、一般には「脳機能自体の低下」「脳そのものの劣化」「脳細胞の萎縮」が原因ではあるのですが、ここに、もう一つ「別の種類の認知症」というのが存在しています。つまり、脳科学分野の「認知症」ではなく、心理学的な「認知症」です。「心理学的な認知症」とはどういうことか、というと、先ほどのモラハラ、パワハラ、いじめなどの「人格障害者たちによる(被害者への)人格攻撃」によって、心に傷を受けた被害者のEQが下がり、PQを発揮する意欲や術がなくなり、結果としてIQもろとも全体的に下がる、ということで引き起こされる心的外傷性の認知症です。実は、こういった「心的外傷性の認知症(ごく軽い認知症レベルの脳内変化)」が、たとえ若い年代の人であっても、このIQ等の下降によって日常で引き起こされているという現実があります。鬱病を患っても、同じようにIQ(とEQ)の著しい低下がみられます。そしてIQ(とEQ)が低下している状態に「自分で気づかなくなる」というのが、大変問題となるところなのですね。もう一つ、IQが下がってしまう日常的な要因があります。それが「固執」です。「固執」とは、ある一つの考え方に「執着」する思考のクセなのですが、もっと分かりやすく言うと、「白か黒か」「上か下か」「勝ちか負けか」「敵か味方か」「良いか悪いか」などのように、思考が「極端」な方向に偏る考え方視野が狭くなり過ぎている考え方多様性を理解できない考え方マイノリティー(少数派)を理解できない考え方これらが、IQを大幅に下げる「固執」的な要因ということになります。こういった「固執的思考」というのは、言い換えてみれば「依存的思考」でもあるんです。極端な方向に偏り過ぎていたり、「●か●か」の二者選択的な考え方のほうが、実際「楽」だからです。「楽」なほうに人は流れやすいんですね。「楽」だから「依存する」んです。つまり、こういった「固執的な考え方」とうのは「思考停止といっしょ」なんですね。IQは確実に下がり続けます。「楽」なほうに流れやすい、ということは、その人はより「本能的なタイプである」ということでもあります。以前にもこのブログでお話していますが「本能」を司っている脳の部分は、より原始的な「大脳辺縁系」や「偏桃体」の部分です。そしてより人間らしい高度な思考力や論理力、合理的判断(まさにIQを司る部分)というのは「大脳新皮質」や「前頭葉」の部分になります(感情を合理的判断でコントロールするのは「前頭葉」ですから、この部分はEQも司っていることになります)。これだけで何を言わんとしているか、このブログの読者の方であれば、よくおわかりになれると思いますが、そういうことです(笑)。ただ、あくまで人には様々な考え方があり、なおかつどういった考え方をするかは全くもって「その本人の自由」であり、例えば「保守的でいる権利」も「偏る権利」も「思考しない権利」も、全ての人にあるわけです。なので、これは、こういった「固執的な思考」をする人達を批判するものでは全くなく、単に、IQ(やEQ)を高めるには、どういった思考法で日常を過ごせばいいのか、の指針としてのお話であることをご理解いただければ幸いです。これに関連するのですが、心理学分野の研究では、リベラルな考え方(民主的な考え方)の人に比較的高IQの人が多い、というデータがあります。なぜかというと、リベラルな考え方をする人というのは、一般的に物事の捉え方や視野が広く、「多様性」を受け入れる器の大きい性質を持っているからです。「多様性」を受け入れる器が大きい、ということは、臨機応変な思考や行動をとれる、ということでもあります。「あいまいなもの」「断定できない事柄」「最後の段階にならないと結果が読めない事象」に関わる時のストレスや負荷を、うまく処理できる能力がある、ということでもあります。多種多様な考え方、多文化・多言語への理解なども高く、場合によってはIQだけではなくEQも高い傾向にある人も多いです。PQに関しては、言わずもがな、というところがあります。一方、共産主義的考え方の人の中にも、もちろん比較的IQの高い人もいますが、「集団」となると、その「集団的IQ」というのは低下傾向にあります。それは、共産主義の独裁的な考え方や慣習・風習に捕らわれたものの見方をする傾向が強いため、「(共産主義という)価値観に固執する」ことになり、視野が狭くなり、思考停止が日常化する場合があるからです。もちろん、リベラルな考え方でも「極端にリベラル寄り」であると、人のIQは下がる、という傾向にあるようです。やはり、一方向に極端に偏り過ぎると、結果的にどちらの方向であっても「固執的な思考」に陥るからですね。では、IQを上げるために、思考が「極端」な方向に偏らない考え方視野が狭くなり過ぎない考え方多様性を理解できる考え方マイノリティー(少数派)を理解できる考え方をマスターしていくには、どうすればよいのでしょうか。人間の能力というは一度に(一気に)上げることは難しいのですが、「限界まで突き詰めていく姿勢」(実際に限界に行きつくかどうかは別)でいると、その分野の能力がほんのちょっと上がる。0.1ミリ上がる。脳トレみたいな感じですね。その0.1ミリを少しづつ少しづつ積み重ねることによって、時間をかけて高IQへと上げていくことが可能です。それこそ先ほどお話し、過去記事でもお話している「自己組織化」と「球体思考」による訓練なのですが、これは、「知識」をちょっとづつ蓄えていったり、「知恵」を働かせていったり、頭を使って脳に程よい「負荷」をかけ続けることによって、思考力、論理力、判断力、認知力(同時に相乗効果で非認知力)を全体的に上げていき、同時にこれらの能力を互いにリンクさせていくことで更に能力全体が上がっていく(IQの向上として現れてくる)、ということが起こり始めます。そしてこれを「限界」まで少しづつ行っていくことで、ある時点で苦しさが一気になくなって、まるでランナーズハイのような高揚感を伴う快感となっていきます。このブログでよくお話している「フロー状態」(運の流れを作り上げていくきっかけとなる、自分自身の高揚感を伴った極度の集中状態)ですね。この状態を繰り返していくことで、脳の「自己組織化」はどんどん進んでいき、更なる強烈なフロー状態に一段と入りやすくなっていくのです。「フロー状態」が日常になってくると「喜び」が生まれてきます。大変幸せな精神状態がずっと続くことになります。その幸福な精神状態が外の世界に反映され出して、幸運の流れができていきます。そして結果的にEQまで上がっていきます。素晴らしい連鎖が発生してきます。そしてやはりこのブログでお話している、強運に必要な「自己肯定感」と「共感能力」も連鎖的に上がっていきます。本当に「全ては繋がっている」という状態を、自分自身で体験して、それを具現化していくことが可能となっていきます。流れとしては、★IQは上げられる★「フロー状態」をマスターしていける★喜びや幸福を感じられるようになるため「自己肯定感」が上がる★自己肯定感があがるので「共感能力」も連動して上がる★結果的にEQも上がる★付随してPQも上がる★「フロー状態」が日常化するので、意味のあるい偶然の一致(シンクロニシティ)も頻発してくる★幸運の流れにどんどん乗っていける★そうしていずれ全ての願いを叶えていくという幸福の連鎖が始まっていきます。IQが上がることで、あなたが「できるようになること」「理解できるようになること」「判断できるようになること」は著しく増えます。自分自身の認知や決断にも大きな自信がついてくるようになります。先ほどもお話したように、本来、IQが上がることで実はEQもPQも上がってくるものなのです。(IQは高いがEQやPQが低い、と揶揄されるような高IQ、高知能の方がよくいますが、それは、そういった批判してくる人達が、IQを「脳の高度機能としての突出さ」として「機能だけで測定してしまっている面があるから」です。)本来、本当にIQが高い優れた人というのは、実はEQもPQもバランスよく高いです。このバランスの良さが、自分自身の精神の安定にとても貢献しているために、高度なフロー状態を維持し続けることのできる類まれな素質として、実際の行動や得られる結果にも表面化されてくるのですね。これが「IQ、EQ」と「運の良さ」との関連の、とてもおおざっぱな説明です。運も後からいくらでも挙げられるように、IQもEQもPQも後から上げることができます。というより、本来の順番としてはIQを上げる→EQが上がる又はEQが上がる→IQも上がるそれにPQの向上が付随するということですね。そして「IQ、EQ、PQ」が上がることで高まった「フロー状態」により「運が上がる」(シンクロニシティが連発してくる)ということです。ところで、余談なのですが、このブログでよくお話している「運やエネルギーを奪う人」なのですが、こういう人達というのは、IQ、EQ、PQの全てにおいて「値が低い」と言えます。もちろんエネルギーも低いし、運=エネルギーですから、当然運も弱いですよね。全てにおいて「低い」んです(苦笑)。だから「奪う」わけなんですが。これは今までお話してきたことを振り返れば当たり前のことでして、このブログでも、「運やエネルギーを奪う人」というのは、心理学でいうところの自己愛性人格障害者だったり、スピリチュアルでいうところのエネルギーバンパイアであったりと、お話していますが、彼らは例外なくIQもEQも低いのです。なぜなら、彼らは「快か不快か」「勝ちか負け可か」「欲が深い」「上か下か」といった、先ほどお話してきた「(極端な)固執的思考」でしか物事を考えられないからです。いえ、実際には「考えてもいない」んですね。本能的に「反応」しているだけ、とでも言いましょうか。。「0か100か」「黒か白か」の極端二者択一思考は決して頭のよい人の特徴ではないです。なぜなら、先ほどから何度もしつこくお話いていますが、☞この世の中に存在しているほとんどの現象というのは「グレーゾーン」で「あいまい」なものだから。☞この世のしくみとして「多様性」は排除できないから。☞この世の中は「具体的」な物事よりも「抽象的」な物事のほうが多いから。☞普通、現実社会では簡単に「白か黒か」なんてはっきり線引きできない事柄で溢れかえっているから。☞一つの物事の背後や周囲に、様々な要因が複雑に絡んでいるため、それらを総合して認識したり判断したりしなければ、この世の中の現実に対して上手く対処できないから。☞IQやEQの高い人、というのは、この「抽象的な物事」「あいまいな物事に対する認識・対処」の能力が高いから。☞世の中でおこっている「現実」というのは、トレンディ―ドラマのように「単純明快」ではないから。ですね。たからこそ、それがわかっている高IQ、高EQ、高PQの人達は、物事に対して単純に結論を出したり、決めつけたりしないのです。必ず、物事の「二面性」「複雑性」「多様性」というものを認めることができる。ある物事の表面上だけでなく、その裏に見えていないが実は存在しているであろう伏線や、意外な理由や、隠されている事実があるかもしれないところまで、ちゃんと見ているし、考えているのですね。そして現実対応力も高く、なおかつ、物事を成し遂げるにはそれなりの準備や能力を上げていく「努力が必要である」ということをわかっているし、また上手くいく場合と上手くいかない場合があるということを受け入れているので、「成功と失敗の両方」を受け入れて、どちらも学びに変えていくことができるんです。しかし彼ら(自己愛性人格障害者・エナジーバンパイア・運を奪う人達)というのは、複雑な事柄に対処する能力が低く、なおかつ欲が深い。だから常に「手っ取り早い成功」「手っ取り早い快楽」「手っ取り早い見栄え」などが欲しいため、「手っ取り早く、運やエネルギーを持っている人から奪う」のですね。更に、彼らには「多様性」を受け入れる器もないので、自分だけの狭い視野や認識で人や物事を勝手に「決めつける」。それも自分に都合のよいことは増長して、自分に都合の悪いことはなかったことにするように、「認知の歪み」を駆使して「記憶の改ざん」「捏造」「隠ぺい」ということをするんですね。だから能力的にも人格的にも成長しようがない。なのに「欲」だけは人一倍強い。そして「本物」に対する尋常では考えられない「嫉妬」をするわけです。そして自分の存在意義を脅かすような能力や地位や才能や人間関係や容姿を持った嫉妬の相手に、執拗で陰湿で理不尽な攻撃を(あの手この手で)するわけです。こう考えると、つくづく、自己愛性人格障害者・エナジーバンパイア・運を奪う人達というのは「低IQ」「低EQ」(ついでに「低PQ」)であると思い知らされます。彼らは、だいたい本能だけで行動していることが多いです。彼らの根本は「恐怖心」なのですね。予想外のことには対応できないし、臨機応変さもないですね。「予想外の事柄」を想定する能力も想像力もなく、更には(物事を裏付ける)データすら集める気がない。だって、「データ」を出されたら、彼らの「捏造・隠蔽」がバレちゃいますからね(笑)。更に、努力する忍耐力も信念もなく、あるのは人一倍強い自惚れ・自己愛・プライド、そして欲だけです。だから私は声高に、彼らを「爬虫類脳優勢の爬虫類」と呼んでいるんです(苦笑)。爬虫類のIQというのは(低すぎて)測定不能です。爬虫類は大脳辺縁系や偏桃体といった「本能」を司る部分優勢の生き物ですから、人間らしい「共感力」「思考力」「合理的判断」「感情・欲望の統制機能」を司る大脳新皮質や前頭葉の出番はないのです。そしてIQ、EQ、PQというのは、まぎれもなくこの大脳新皮質や前頭葉の分野なのですね。勉強や努力というのは、この記事の最初の方でお話した「想像力」や「創造力」の基本となる「知識」と「知恵」を得るためのツールのようなものです。でも本人がそれをしたがらないとしたら、まさにその本質は怠慢極まりない。でも欲望は果たしたくて躍起になって人の「運」や「エネルギー」を奪いたいのであれば、それははっきり言って「愚か」としか言いようがありません(けちょんけちょんに言っていますが・苦笑)。だって、そんな自業自得のツケを、嫉妬している相手-能力や人格や運の強い「本物達」-に(無償で)払わせようとするなんて、虫が良すぎるお話ですから。さあ、長くなってしまって大変恐縮ですが、あなたのIQ、EQ、PQ、そして「運」も「エネルギー」もどんどん上げていくために、とにかく、冒頭でもお話したように、★自分を大切にする★自分がいかに「ユニークな存在であるか」を知る★上手くいかないことが立て続けに続いても自分を責めない★ついでに「自分はダメ」などと思わない。★既に「ユニーク」である自分を常に褒めるを徹底していってください。私は、このブログで何度もお話していますが、私達には「1人に一つの成功パターンがある」のです。みなユニークで、誰一人として同じ人はいないんです。全くもって当たり前のことなのですが、これに深く気づいている人、この本質を自覚している人って、実際にはかなり少ない。★どれ一つとして同じ経験値、全く同じ能力、考え方、才能の組み合わせの人はいない。★アイデアも個性も運の良さも、全て「無限の組み合わせのパターン」である。★だから「比較する」なんて、「無限の組み合わせのパターン」に対して無謀すぎることである。★IQのお話をしてきてはいますが、「凡人」「天才」の枠組みなど意味がない。ということを、よく覚えておいていただけたらと思います。例えば、あなたのことを必要以上に過小評価してくる人、やたらとあなたを「凡人」だとか、能力がない、とか言ってくる人がいたとしたら、彼らは、そうすることによって「あなたを支配したい」わけです。何のためかと言うと、支配してあなたの「運」や「能力」や「才能」や「エネルギー」を「奪う」ためですね。「彼らは持っていないのに、あなたが持っている」ので、その部分が欲しいわけですね。執拗に言ってきて、あなたを「支配」にかかろうとしている場合は、彼らの話を聞く必要はもはやないです。あなたは既に凄い「ユニーク」な存在。さっきも言ったように比較する必要もない。いるだけで十分「ユニーク」。あなたは、あなたの能力、才能、経験値、生育環境、全てにおいて、その無限の組み合わせのパターンを持った「ユニークな人」ですから、そこからどんどんスタートすればいい。「等身大」で行きましょう。それでも、もしかしたら、あなたには、今までの生き方の中で「後悔」している部分があるかもしれませんが、それはそれでいいのです。当時、あなたは既に、その時の自分なりのベストを尽くしてきたはずなんです。「その時あたなが信じていたベストな選択、ベストな決断」をしていたはず。それを否定する必要はないと思います。その時のレベルが、結果的にあなたの求めていたレベルとは違っていたとしても、その時、あなたは確かに自分のできる「ベスト」でいたはずなので。さあ、今回は大変長くなってしまってごめんなさい!(笑)お付き合いくださり、本当にありがとうございます!!*************************************************************************「IQ・EQと運の関係」は、テーマ別で今後も記事をアップしていく予定です。IQ・EQ・PQ全ての上げ方についてのお話もしていきます。その基礎部分のお話を「自己組織化と球体思考」の記事でしていますので、まだ読まれていない読者の方がいらっしゃいましたら、一度ザっと読んでみてください!今後の「IQ・EQと運の関係」の新着記事が、よりわかりやすくなると思います!☟☟☟【自己組織化】「運のよい人」が持っている思考法~「螺旋ループ」と「芋ずる式」と「球体思考」~***********************************************************************
Oct 7, 2020
コメント(0)

みなさん、こんにちは!私はいつも、「運を可視化できないか?」ということを考えています。実際に運が可視化できれば、これほど誰にとってもわかりやすく運を上げる手助けになること間違いなしなのですが(笑)、残念ながら、この世の中というのは、「確実に存在しているの」にもかかわらず、私達が「目視」では見ることのできない事柄で溢れかえっています。「運はエネルギー」であると、よくこのブログでお話していますが、「エネルギー」こそ、私達が実際に目で確かめることができない存在の代表格ですね。電気エネルギー、熱エネルギー、光エネルギー、運動エネルギー、圧力、大気圧、etc...。光っているように「見える」電球も、炎も、懐中電気の光も、木々をなびかせている風も、私達が直接その「エネルギー」を見ているわけではなく、そのエネルギーによって「引き起こされた結果としての現象」を見ているだけです。物質の分子や原子なんて、目視で見えるわけがないし、心の分野に関わる事柄も、なかなか目で見ることが難しいですよね。私達の感情(楽しい、嬉しい、悲しい、悔しい、許せない、寂しい etc)や思考も、自分が「感じて」いても実際には本人にすら見えないし、他人ならなおさらで、その表情や言葉から「そうなのではないか!?」と憶測するだけです(それが実際にあたっているかどうかは別で・苦笑)。こういう、目に見えない事柄を説明する時に、私がよくするのが「科学的なトピックを例に挙げて、結び付けてお話してみる」ということです。科学的な事柄というのは、分野によっては「明らかに目に見える事柄」と「明らかに目には見えない事柄」の両方が存在しているので、説明にはもってこいだと思っています(笑)。ましてや「運」のお話ですと、そっくりそのまま「エネルギー」のお話なので、結びつけて説明するのが楽なんですね。それには、私の経歴が多少役に立っていると思われるのですが、私はもう何年も「特許」に関わる仕事をしています。「特許」って、要は「発明」ですね。でも、現代の世の中では、「発明」というのは、天才発明家トーマス・エジソンのように具体的な「製品」や「部品」が全く新規のアイデアのもとに発明されている、というのは稀でして、現代の多くの「特許」「発明」というのは、「既存の特許・発明・アイデアに、新たな『新規の価値(概念・技術)を上乗せして、全体として「新しい特許・発明」とする」ものが大多数です。そしてそれらは、疑いもなく「全体としては今までに存在していなかった『新規技術』」であり、その登録が国際的に認められています。「特許」に関わっていると、本当につくづく思うのは、「全ての分野は絶妙に繋がっている」ということですね。これは「運」を語る時にも全く同じことが言えると、最近痛切に感じています。あなたから溢れ出るエネルギーそのものである「運」というのは、能力、才能、経験値、環境、その全ての、どれ一つとして同じパターンが存在しない「無限のパターンの組み合わせ」である、あなたという存在そのものです。あなたが何かアイデアを持っているとする。そのアイデアに限りなく似ているアイデアを、別の人も持っている。そんな人が、おそらく世界中にごまんといる。でもあなたとその人(達)のバックグラウンド、能力・経験値が組み合わさった性質は、限りなく「同じではない」。あなたとその人との表現の仕方、アイデアを具現化するやり方、アイデアを世に送り出したい理由、そういった全ての要素が、それぞれの「アイデア」を全く別の「固有のアイデア」にしています。そしてそれぞれが、世の中に出る時に結果的に切磋琢磨され合って洗練されていく。誰かの役に立つようになっていく。「運」もこれと全く同じです。だから「1人に一つの成功パターン」なんです。それぞれが比較する必要も、上下関係になる必要も、勝ち負けの土俵に上がる必要もないんです。全てが「固有」なのだから。話を「特許」の戻しますが、私が特許に関わるにあたって、当時「師匠」というものがおりました。この師匠が、もの凄いスパルタの厳しい人で(苦笑)、この方の口癖が、「お花畑スキップは今すぐやめなさい」というものでした。科学技術全般の分野をまんべんなく習得していくためには膨大な時間が必要です。全てを細かく理解する必要ななく、むしろ「広く浅く」各分野の基礎を押さえることがポイントとなってくるのですが、ある部分(例えば物理関係と数学関係)では「深く」理解していないと大変な間違いを犯すことになってしまうので、いずれにしても膨大な努力は必要です。だから、勉強中も実際の仕事の場面でも、イメージで「お花畑スキップ」していると全く実力がつかず、夢見る夢子ちゃんで終わって永遠に特許の本質に関われない、仕事がとれない、ということになってしまいます。師匠はそれをいつも言っていて、もともと文系出身だった私は、理系出身の人の10倍くらい集中して取り組まないとらちが明かないようなスタートラインで、こてんぱにスパルタをやられました(苦笑・でも心から感謝しています。師匠!)。(のちのち、実は自分が「理系脳」の人間だったことを知ることになるのですが、これも、ブログでよくお話している「エネルギー干渉」により、自分が理系に向いていたことをわからなくさせられていた、という経緯がありました。いつかまた別の記事で。。。)一つの特許、例えば半導体関係の特許であれば、機械の知識に加えて、回路構成、回路を作るにあたって必要となる「土台」を作る化学物質について、電気、回路を埋め込む基板について、基板全体を埋め込む「本体」部分の知識等、それこそ「科学技術全般」の知識や考え方を広く浅く(場合によっては深く)習得していかなければなりません。例えば、「化学」がベースとなって、薬学、物理、数学、機械、電気、工学、光学、金属学、結晶学、と、ありとあらゆる分野の基本知識と応用的な考え方を知っておくことが大切です。だって全部繋がっているから。例えば、世に出回っている様々な製品というのは、固体、液体、ゲル、(場合によっては気体)の状態にかかわらず、ほぼ「化学」の知識を使った技術です。プラスチック製品や金属製品には、ほぼ化学反応の知識が必要です。ポリマー分子の結合とか、金属結晶の知識ですね。例えば何かの機械製品や自動車、宇宙航空関係のものは、その部品の組み立て方法・実際の作用には「物理」の知識が関わってきます。自動車やロケットに組み込まれている「加速度センサー」などは、「角度」や「速さ」がポイントとなってくるため、数学の知識までもが必要になってきます。IT関係では「機械分野」だけではなく「電気分野」が関わってきますし、新規の薬やワクチン開発では、化学を基礎として薬学、生体化学、生物学も関わってきます。例えば、私の専門分野の一つである医療分野の特許で最近多いのが、心臓カテーテル器具や、3Dプリンタを使用した血管再生技術、外科手術ロボットなどが多いのですが、これらはたとえ「医療分野」であっても、例外なく「機械」「電気」「物理」「(データをコンピュータ回析するための)数学」の知識が全て必要になってきます。IT分野でもコンピュータ関係に特化した特許では、主にソフトウェアなどが多いですが、先ほどお話したように、データを解析するための数式や、統計学の知識などが微妙に絡んできます。ところで、そうしたあらゆる科学技術分野の知識や技術が利用されて、根底で全て繋がっている「特許」「発明」なのですが、今までの科学技術の歴史上で、「完全に新規」な特許、発明、発見、というのは、実は20世紀でほぼ出尽くしている、という事実を、現在の世の中で知っている人は、かなり少ないです。どういうことか、というと、数学者ピタゴラスの時代から始まって、レオナルド・ダ・ビンチの時代以降、物理学者ニュートン、発明家エジソン、理論物理学者アインシュタインなどの時代で、「完全に新規なアイデア」はほぼ出尽くしているんですね。では、その世紀以降の、私達が今現在生きているこの時代の凄まじい科学技術の発展って、一体どういうことなのか?というと、まず皆さんに知っておいていただきたい重要な「本質」があります。それは、「この世の中で新たに生み出されていく新規のアイデア、発見、技術等というのは、先人たちが見出したアイデア、発見、技術の無限のアレンジ、無限の組み合わせ、無限の付け足し」なのだということです。「完全なオリジナル」というものは、今の21世紀ではほぼないといっても過言ではありません。必ずなんらかの「パターンの組み合あわせ」でアレンジされたものが、無限に生み出され続けているはずです。逆に、この無限のパターンの組み合わせとアレンジにより、「新規のアイデア」として、永遠に新しい価値のあるものを生み出していくことができる、ということでもあります。そしてそれが、「新たなオリジナル」になっていくのです。この繰り返しで、世の中は常に「発展」し続けています。要は「価値」を生み出し続けている限り、この世界は「発展」し続けます。個人であってもそうです。そして「発展」が滞れば、大袈裟に聞こえるかもしれませんが、淘汰されて滅んでいってしまうのもまた、この世の中であり私達人間です。自然界に存在する生き物の種であっても、私達人間のDNAであっても同じです。全ては「無限のパターンの組み合わせ」なのですね。「特許」しかり。「科学技術」しかり。「アイデア」しかり。「本当に新規の部分」というのは、どのようにもアレンジ可能な、実にシンプルなものなんです。逆にどのようにもアレンジ可能でなければ、またそれが許されていなければ、「発展」はあり得ません。そして、これは悪い意味でもなんでもなく、とても意義のあることで、「『基本となる重要な法則、発見、発明、アイデア』のコア部分を利用して、様々な組み合わせやアレンジにより、更に進化・発展した新たな法則、発見、発明、アイデアを生み出し続ける」という、人類発展の根本原理に基づいた、正しい技術発展の在り方なんです。先ほども少しお話していますが、人間って、本来ほっておいても「発展していく」はずの存在なんです。これは、人間の存在が「宇宙の法則=自然法則」に基づいているからであり、逆に発展し続けないと淘汰され滅びてしまう存在だからです。私はこの部分を引用して、よく「だから私達は、本来何もしなくてもどんどん運が上がっていく存在である」とお話しています(そこに様々な「干渉」(例えばエネルギー干渉)が入ることにより、運が下がったり、エネルギーを奪われたりする、ということも、何度もお話しています)。更に、このこととあいまって、先ほどもお話している「1人に一つの成功パターン」であるとか、全ての人は、その能力、才能、経験値、生育環境等、「無限の組み合わせのパターンを持ったユニークな存在である」、ということも含めて、あなたは既に、幸運を自分でコントロールしてどんどん運を上げていける要素を持った重要な存在なんだということに、早く気づくべきなんですね。今回、特許や発明の例を挙げて運との関係を説明しているのは、これが目的で、こういうことをずっと考え続けて理解していけば、自分に価値がない、とか自分に自信がない、とかいう次元ではない、一刻も早く、「自分も必ず発展していくハズの存在である、と自覚するべきだ」と、あっという間に腑に落ちるはずなんです。もう一つ、例を挙げてみますね。「健康・病気と医学」の関係で説明してみます。例えば、「健康」な状態が、「あなたがほっておいても運が上がって発展していく『本来の陽転した状態』」「病気」が、エネルギー干渉によって「あなたの運が下がって発展が阻まれる『陰転した状態』」「医師(外科医や内科医)」が、そんなあなたの状態を治そうとする手段であるとします。全てを結び付けて考えてみましょう。全ての分野は全部繋がっている、という前提で。だから「総合的」に考えないといけない。通常、外科医や内科医は「病気をスポット的」に直そうとします。これは当然のことで、まずは綿密な検査のもとに「病巣」を見つけ出して、外科医はそれを除去する。 更に手術後に、内科医と連携して治癒を目指しますが、ここで治療が終わってしまうと、後々再発することがあります。その「病巣」の部分が治癒しても、闘病や手術で衰弱した体や精神全体を「再び健康に戻す」ためには、更なる別のアプローチが必要です。更に理想を言えば、予後を、病気する前よりももっと健康にエネルギッシュにしたい、ということも言えます。これを「全体的・総合的」にやろうと試みる医療アプローチが実はあって、「ホリスティック医学」と呼ぶことがあります。外科医、内科医だけではなく、漢方医や精神科医や、リハビリテーション医、場合によっては予防医学に見識のある医師や看護師の協力を仰ぐケースもあります。ホリスティック医学では、「スポット(病巣)と全体を一緒に考えて『総合的』に健康になっていこうする」考え方で、長期的な治癒を目指します。つまり、部分的に解決することをただ繰り返すのではなく、全体的に解決し、次に同じパターンの疾病を繰り返させない、最終的な目標としては、疾病以前の健康よりも更に強い健康を手に入れるために、体全体を改革していくんです。これが、「運」のコンセプトにもそっくり当てはまるから、私はいつも大変興味深く感じているのです。「運」が落ちたと感じる時(疾病状態)、私達はつい、単純な理由を探してしまいます(スポット治療)。でもそれでは、幸運にもなんらかの処置で本来のあなたのエネルギー状態に戻ったとしても、その後長期にわたって、その運を維持して(ましてや)更に発展させていくことは難しいのです。自然の法則にのっとって存在している人間は本来、「何もしなくても(運勢的に)発展していく」ようにできています。進化していくようにできています。これを「逆向」させてはいけません。先ほどの例に戻りますが、外科医だけでは「治せない状態」というのがあります。内科医だけでは「治せない状態」というのもあります。悪いところをスポット的にポイント的に治療する場合、その後、それだけでは体調が戻らないことで長期の体調不良や鬱傾向を発症することもあるようです。この場合、漢方やハーブを使ったレメディを施したり別のリハビリをしたりして、自律神経やホルモンを整えていかなければならない場合もあります。更には精神的なケアも必要です。もし「心的外傷症候群(PTSD)」などがあれば、それもケアしていかなければなりません。まさに「総合的」に治して、かつ「今まで以上に体調を良くしていく」必要があるのです。再発も防がなければなりません。それこそ、先ほどのように、麻酔医、漢方医、リハビリテーション医、精神科医、カウンセラーなどと「連携」することで、「全体的」に処置しないと良くなっていかない状態というのがあります。「ホリスティック医学」のように、「トータルでその人の人生の運を上げていく」ことが必要なのです。ここで一つ、こういった「全体的な考え方」に対してよく批判をしてくる人がいます。要は「話が大きくなり過ぎている」という批判です。いろいろな意見があることは大切ですし、批判そのものは「別の意見」でもあるので、意義はあります。ただ、「運」のお話にしても、特許や科学技術や医療のお話にしても、今までしてきた「発展させていく」というところにフォーカスしてみると、「必要な批判」と「意義が感じられない批判」とに分かれることは確かです。批判の中でも「発展」を後押ししてくれるような意義があれば、その批判はとても役に立つものです。しかし、「すべてが繋がってる」以上、全てを総合的に考えて「発展させていく」のに、「話が大きくなり過ぎているもなにもない」というのが本質だと思います。なぜなら、突き詰めていったら、必ずそこに行きつくから。全部繋がってくるから。先ほどのいくつかの例のお話のように、小分けに分断したり分けて考えてしまったら「発展」できなくなることが多いから。「分断」してしまうと、エネルギーがまわらなくなってしまうんですね!わかりますか?大きく全体的に考える・捉えることによって、エネルギーまで「大きく」回すことができるんです。「一つ一つのディテール(詳細)」「一つ一つの症状(陰転具合)」「一つ一つの(解決すべき)問題」、これを「一つづつ対処していく」ことは、もちろん重要です。また、心理学で「課題の分離」という概念があるように、何かの問題に巻き込まれた場合に、問題の中に含まれている一つ一つの詳細を分けて分割し、自分の心に負担がかからないようにシンプル化して対処していく、という方法が必要な時もあります。しかし、それぞれの状態を「分断」して捉えることはお勧めしません。「全体的に治していく(運を取り戻していく、陽転状態に戻していく)」ことが大切で、そうでないと、この部分は治ったけど、また別の疾患(運の搾取・下降)が連鎖的に出てきた、というように「永遠に医者に通い続ける」ことになってしまいます。その時間、コスト、エネルギーは莫大になります。特に「慢性病(長期にわたって日常的に「エネルギー干渉」を受けている場合、長期にわたって運勢が思わしくないと思われる場合)」、このことは真剣に自覚したほうがいいと思います。それには、まず、思いもよらなかったことに「気づく」ことが大切なんです。まさか、実はそうではなかった、実は自分のせいではなかった(他に原因があった)、ということに「気づく」ことが大切です。例えば、運の下降でまず最初に疑われる原因の筆頭格に、あなた自身の原因ではなく「あなたを邪魔に思っている存在による『運の搾取』」というものがあります(よくこのブログでお話していますよね)。これは、責任転嫁でもなんでもなく、実際にこの世の中で頻繁に起こっている現象で、この「運の下降」が本当に自分自身の原因で起こっていることなのか、それとも別の外部的原因により起こっていることなのか、しっかり見極めることが大切です。こんなところで変に「謙虚」になっている必要はないのです。あなたの大切な「運」に関わることなのですから。「あなたを邪魔に思っている存在」というのは、とにかく「あなたが悪い」ということにしたいんです。罪悪感であなたを縛って、あなたの能力や才能や運やエネルギーを奪って自分のものにするためにです。要は「支配」する目的ですね。でも実際には、あなた側に何の原因もない場合も多々あります。そういう風に「仕向けられている」ということが往々にしてあるのです。そういうことにあなた自身が「気づく」と、縛られないようになる。あなたがそれに気づいた時から、もはやこれ以上有無を言わさず「支配」されることがなくなっていく。この悪循環のパターンにはまらなくなっていく。そのために「全体的に捉える」ことが必須となってくるのです。ポイントは、誰にも何にも「遠慮」しちゃいけないところでしょうか。あなたが「遠慮」する必要な全くないんです。あなたには、あなたの「運」を生かす「権利」がある(同時に「義務」もあります!このお話は別の記事で。。)。あなたに「独特の才能」や「あなたならではの性格」や「ミッション」を与えてくださっている目に見えない存在(ここでは「上の存在」とでもしておきましょうか)というのが必ずいます。あなたをこの世に送り出してくださった存在ですね。もしあなたが、今回の人生で、他の人や出来事に「遠慮」して、せっかくその「上の存在」があなたに送ってくれた「ギフト(運、才能、エネルギー)」を、あなた自らが遠慮することで思う存分に発揮できない状態でいることを、彼らが望んでいると思いますか?あなたがあなた自身を100%発揮させて、自分も他人も世の中も幸せにするために「自己表現」することが、「上の存在」に答えることになるのだと、私は思っています。なので、もしあなたが、自分にはとりえなどない、価値がない、能力がない、運もない、などと密かに思っている「ふし」があったら、その思いや時間やエネルギーを、何かに役立つことに使う方向に気持ちを上げていってください。なかなか信じられないかもしれませんが、実際には「あなたがそこにいる」というだで、実は救われている人というのがいる場合もあります。そのために、今日お話ししてきたように、常に「物事を全体的に捉えること」「自分を貶めるもの=自分を執拗に過小評価するもの=あなたを『支配』して『奪おう』とするもの」は、人、物事、環境、考え方、慣習にかかわらず、全て切っていったほうがよいです。それも、淡々と、罪悪感や怒りや悔しさ等を交えずに、ただ、「自分の発展を阻むためにやむを得ず」といったスタンスで、静かにそっと手放していくことが大切です。あなたは本来「ほっておいても発展するはずの存在」だからです。それも「等身大の自分のまま」で。自然にのっとった、本来の陽転したあなたでいることこそが、「あなたをこの世に送り出してくださった存在」に報いることにもなるのですから。
Oct 1, 2020
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1

![]()
![]()