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東京ゲームショーの開催まで1ヶ月を切りました。出展する各社の開発者は忙しい毎日を過ごしております。このゲームショーですが、最新のゲームを発売前に体験出来る事で有名ですが、そこで、学生達が製作したゲームの展示も行われている事をご存知でしょうか?このゲームショーには自らが志望するゲーム業界の人間、たくさんのユーザーが来訪する機会ですから、学生達が、そこにかける意気込みは並々ならむものがあるようです。まさに、学生達の総決算と呼ぶに相応しい華やかな舞台です。学生達がこのような機会を持つ事は自己の発展を促す意味でも非常に好意的に捉えております。さて、では、今年において、私がこの学生達の展示会に足を運ぶかと問われれば答えは否です。それには幾つかの理由があります。まず第一の理由、それは、この展示会を誰に対して最も見せたいのかが伝わって来ないという理由です。その学校に進学を希望する進学希望者であるのか、或いは、自らが志望するゲーム業界の人間に対してであるのか、その点が非常に不透明であると感じられます。加えて、第二の理由、これは、アピール不足、プレゼンテーション能力不足です。学生とは言え、立っている場はプロと同列の場である事を意識するべきです。その中で、どのようにしたら自分が望む方々に足を運んでもらえるのか、それらを創意工夫する必要がありますが、その点においての工夫に欠けていると感じます。そして、第三の理由にして最大の理由、それは、学生達の真剣さの欠如です。この東京ゲームショーは3日間だけの機会です。真剣さの欠如とは書きましたが、勿論、彼らは真剣です。それは伝わってきます。然し、それでも全く足りないと感じます。以前に、この展示会に足を運んだ際にゲームを遊ばせて頂いたのですが、その際に、担当者と少し話してみたいと思う機会がありました。当然ながら、担当者をお願いしたのですが、席外しという事で不在でした。そこで、戻る時間を聞いたところでも不明という回答でした。このように自己を売り込む貴重な機会に対して、このような行動を取るという事が私を大きく失望させました。知らなかった担当者はチャンスを潰したと感じる機会は無いでしょうが、知らないところでチャンスが潰れたのです。さて、厳しい事を書き連ねてしまいましたが、これは、それだけ学生達に期待している事の裏返しでもあります。これらの理由は全て自分達の努力で取り除く事が可能です。学生時点でこのような大きな機会を与えられた事に満足せずに、そこから自分の人生にどのように生かしていくのか先を考えてほしいと思います。この場で人生が変わる事もあるのです。その可能性がある場です。この東京ゲームショー、自分の人生がかかっている位の気合で望んでほしいのです。少なくともゲーム業界の人間は仕事として来場しますから真剣な目で判断します。最後に、学生達が、この東京ゲームショーを受動的ではなく、能動的に過ごしてくれる事を祈ります。
2006.08.30
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ゲーム開発者がゲーム雑誌に代表されるメディアに露出する機会が増えています。この傾向は、主にPS時代以降に見られるようになった現象です。ゲーム雑誌においてのインタビュー、対談、形態は多種多様ではありますが、ゲーム開発者という名の元にメディアに取り上げられる事は珍しい話ではありません。この露出については開発者の顔が見え易いという点に限れば、肯定的に捉えてもよいであろうと考えています。然し、実は、私は今のゲーム開発者のメディア露出の在り方については否定的な意見を持っています。何故、否定的かという点を説明させて頂きますと、メディア露出という公的な露出に値しない人間がメディアに露出し、ゲームについて講釈をたれているのが我慢出来ないという事が最大の原因です。以前に、売れないゲームを作っていたクリエーターがインタビュー記事の中で、「このゲームが売れるか否かは、ユーザーが真に面白い物を判断出来るかどうか、ユーザー側への挑戦なのです。」というような記述がありました。極めて傲慢な話であると感じました。私は、このようにゲーム開発者としての力量に疑問符が付く段階のクリエーターは、メディアに露出すべきでは無いと考えています。そのような人間の記事を誰が読みたいと思うのでしょうか?そのような機会には、それに相応しい人間が応じるべきであるかと思っております。彼らは、スターでも何でもなく、ただの開発者にしか過ぎないのです。自己のタイトルを一定量以上を売り上げて、尚且つ、ユーザーの評価を勝ち得てから講釈をたれるべきなのです。その点において、任天堂の宮本氏に代表されるぐらいの面白いタイトル、ヒットタイトルを飛ばす方については、メディア露出に関して異を唱える必要性は皆無であり、むしろ、積極的な露出を促すべきであると思います。その理由は、彼らは露出に足る人間だからに他なりません。昨今のメディア露出は、それに足る人間がどうかの判断に欠けているように感じます。ゲーム開発者にスポットライトを当てる事については、私も開発者と喜ばしい事であるとは思っておりますが、それは、それに相応しい位置まで登りつめた人間が担うべき役割であり、それによって始めてメディアに露出する意味を見出せるものであると考えています。作られた偶像のようなゲーム開発者を多く生み出さないためにも、実を伴った偶像にならないだけのゲーム開発者だけが露出するように望みます。最後に、皆さんは、このメディア露出問題、どのようにお感じになっておりますか?
2006.08.28
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PS3、言わずとも知れた現在における据え置き機の覇権を握るPS2の後継機です。このハードを次世代におけるゲーム機の覇者と予想される方も多いでしょう。そんなPS3に今、異変が起きつつあります。それは、PS3で開発されているゲームの開発中止という異変です。当初、PS3は、その圧倒的性能において他の追従を許さず、また、過去のコンテンツの豊富さによって覇権を維持するものであると考えられてきました。然し、時代は完全に戦国時代へと踏み込もうとしているようです。PS3は、その圧倒的性能と比例した圧倒的な開発費による圧倒的な開発リスク、それらをサポートする上で不足している開発環境、それらによって止むを得ず開発を辞めるという決断を下すタイトルが増加しております。既に、中止を発表されているものもあり、この流れは公然の情報となりつつあります。これには、PS3の販売価格も影響している事は疑いがありません。この価格で一体、如何ほどのユーザーを獲得出来るのか、ソフトを開発するメーカーにとっては死活問題でありますが、その点に懐疑的であるからこそ、高い開発リスクを容認出来なくなってきているのです。尤も、それでもPS3が多数の人気タイトルを抱えている現状には変化は無く、その点においては、大きな優位性を持っている事には疑問の余地はありません。然し、PS3ゲーム開発中止の影で俄かに勢い付く勢力があります。それはWiiです。PS3ソフトの開発に尻込みするメーカー達は、その活路をWiiに見出そうとしているようです。特に、中小ソフトメーカーに至っては、その傾向が一層に顕著です。この傾向は、大手メーカーが中小ソフトメーカーにPS3ソフト開発リスクの高さから発注をしない、中小ソフトメーカー単独では、PS3の開発が難しいなどの理由もあり拍車がかかる一方です。次世代機戦争、それは発売後に大局が動き出すであろうと考えておりました。ところが、そんな読みを笑い飛ばすかのように激しい動きが起きています。この動きが次世代機発売までにどうなっていくのか目が離せません。PS3がリードを保ったまま発売に踏み切れるのか、或いは、Wiiが直前において逆転してしまうのか、この次世代機戦争、開発者にとっても本当に結末が予想不能になってきました・・・
2006.08.25
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ゲーム業界の噂に関して、ご質問を頂きました。噂の内容としては、ゲーム業界にまつわるネガティブなものであり、給料が安い、残業が多い、体調を崩して辞めてしまう人がいるという類のものです。(注)尚、今回のブログですが、特定の個人宛への返信という意味合いでは無く、志望する方々全般へのメッセージと受け取って頂ければ幸いです。ご質問頂いた方には申し訳ありませんが、その方へのメッセージという事ではなく、噂に関しての質問から題材を広げさせて頂きました。そのご質問して頂いて方が、この例に当てはまるという意味合いではありません。まず、この質問に関してお答えする前に噂という言葉の意味を再確認したいと思います。辞書には、このように記述されております。「世間で言いふらされている明確でない話。」ここで重要である箇所は明確でないという点です。つまりは、噂というものは明確でない話であり、その真偽に関しても合わせて明確でない話という事になります。では、それを気にする事が、意味のある事なのかという疑問に突き当たります。それらを気にしたところで真偽は明確ではなく、その正確性を確かめる術はありません。仮に、その噂を確かめる術があったとしても、その行為自体には疑問が残ります。噂というものは得てして無責任なものです。それらの真偽を確かめる事に貴重な労力を費やす事が建設的と言えるでしょうか?まず、私がご質問にあった噂に関してお答えするよりも先に問い掛けたい事があります。「噂が、あなたの決断にどのような影響を与えるのですか?」噂に影響されて自己の決断に影響を与えるとするならば再考された方がよいでしょう。以下、噂を気にして決断を下すという前提において話をさせて頂きます。噂を正とした場合に、業界を志望する事を辞めた場合の仮定です。その場合に、将来に待ち受けているのは後悔です・・・何故、あの時に噂に惑わされずに進めなかったのか、今とは違う人生を歩めていたのかもという後悔に苛まれる事になります。次に、噂を非とした場合の仮定においても、将来を待ち受けているのは後悔です・・・何故、あの時に噂を信じて進む事を辞めなかったのか、今とは違う人生を歩めていたのかもという後悔が襲う事になります。何故、このような事になってしまうのか、その原因は全て消極的な選択をした結果なのです。噂という不確かな物に惑わされて、消極的な理由において決断を選択をするという事は、人生の色々な局面において消極的な選択を連続してする事に繋がっていきます。消極的な選択の先に待ち受けているのは消極的な人生であり、噂に惑わされて決断を下す事は、自らの決断を他人に委ねるようなものです。はっきりと断言出来ますが、自らで決断を下さなかった場合に、将来において待ち受けるのは後悔と責任転嫁です。決断を他人に委ねたため、責任を他人の責任にしやすいのです。然し、これは意味の無い事です。何故ならば、自己の人生の責任は自己で取るしかないからです。自分の問題を正しく自分で判断し決断を下す。一見、当たり前のような事ですが、これが出来る、出来ないでは大きな違いが生まれます。決断を下せない人間が将来において大成する事が出来るでしょうか?その可能性は皆無であると言えます。私が言いたい事は、噂如きに惑わされない気持ちの強さを持ってほしいという事です。更には、噂に惑わされないだけの決断力の強さ、自己の信念を持ってほしいという事です。自分が選んだ事の責任は自分が負うしかないのです。その責任を放棄しないで下さい。今、噂に惑わされ、その選択を委ねる事は簡単かもしれません。然し、問い掛けたい事は、本当に噂に影響された決断で後悔はしませんか?という点です。是非、この点を自己に問い掛けた上で噂と向かい合ってみて下さい。この点について、しっかりと考えた上で下した決断であれば、業界志望を辞める、辞めないに関わらず後悔は無く積極的な人生を歩めるものと思います。最後に、ご質問頂いた点にお答えさせて頂きます。「給料が安い、残業が多い、体調を崩して辞めてしまう人がいる」それらの噂に関してですが、側面的には正しいとお答えさせて頂きます。然しながら、全ての業種において、上記の側面を持ち合わせていない職業があるのでしょうか?仕事という物においては、その成果において給料が安い人も高い人も生み出すのが必然です。残業においても同様です。残業が無い仕事がこの世界にどれだけあるのでしょうか。体調を崩して辞める人も全ての仕事において多くいます。金銭を稼ぐという事は、そう簡単な事ではありません。では、次に噂を全く正反対に変えてみましょう。「給料が高い、残業が無い、体調を崩して辞める人がいない」その噂も同様に側面的には正しいのです。物事には必ず二面性があり、相反する要素を持っています。この二面性に関しては自然の摂理でもあります。宇宙の根源がゼロで成り立っているという理論があります。この宇宙は、実数と虚数によって総和がゼロによって保たれるという理論です。この理論によれば、私達の世界そのものが対極の存在によって成り立っている事になります。話が少し大きくなってしまいましたが、何事にも二面性はあり、そのネガティブな要素だけを注視する事は意味の無い事だと言いたいのです。さて、噂に関して纏めに入ります。給料については、ゲーム業界は完全な能力制です。高い方は極端に高いと言えます。年収で何億も稼ぐ方もいます。下は、他の業界と同様に年収200万以下も存在しています。その額は、自分次第といった結論になろうかと思います。残業については、会社によっての違い、個人のスタンスの違いに影響されます。選択した会社、どこまでを目標とするかのバランスによって変化すると思われます。業界としては、年中泊まりという方もいれば、一年間で一日も泊まり無しという方も存在しています。体調を崩してという点に関しては、どの業界でも同じようにおりますから、特筆すべき事はないかと思います。以上、大まかではありますが、噂の真相という事になろうかと思います。では、本当に最後に一言だけ追記させて頂きます。この噂の真相も私という目を通した上での真相でしかありません。その真実は見るものによって変わる事があります。では、この真実をどのように捉えるか、それは各人の判断に負うしかないのです。
2006.08.23
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マイクロソフト社が一般に向けてゲーム開発環境を公開しました。その名は、「XNA」ゲーム製作の常識を変えるかもしれない製品です。この名前は、是非、ゲーム開発にご興味がある方には覚えて頂きたい名前です。何故ならば、この製品こそがゲーム業界と、ゲーム業界を志す方の関係や環境に変革を起こす可能性を秘めているからです。 従来、ゲーム業界と志望者の間には太い境界線が敷かれていたと感じております。これについては、ゲーム開発における特殊性の一つが起因していたものと考えております。種々の職業については、その根源は学校教育にあると思いますが、ゲーム開発は、その根源が学校教育には無い性質であるため、特殊な性質であるという位置付けが出来ます。私達が職業を選択するにあたって大きな影響を与える要素としては、大人になるまでに経験してきた事である事については頷かれる方も多いかと思いますが、その観点から言えば、ゲーム業界と志望者の最大の壁は、ゲーム開発に関わる何かを、部分的にであれ触れた事があるのかという点に集約されるかと思います。 これについては、私は以前よりもゲーム業界最大の問題点であると考えておりました。いくら優秀な素養を持ったゲーム開発者になれる人間であれ、そのための機会が無い事が、ゲーム産業全体における損失に結びついているのではないかと懸念を持っておりました。当ブログでも、多くの方から色々なお話を拝聴させて頂き、益々持って、この点についての改善の必要性を認識致しました。 前置きが長くなってしまいましたが、その問題の解決、それ以上の問題に対処するために、高い理想を持って開発されたのが、この「XNA」なのです。これが何であるのか、それはゲーム開発環境です。 この開発環境の理念を簡単に説明しますと、誰でもゲーム開発に携われる事、異なるプラットフォーム間での開発を容易にする事、ゲームの開発自体の難易度を極度に落とす事、それらによって、誰もがゲーム製作を可能とする事を理想として掲げております。 今までは、ゲーム開発環境はプロの占有物でしかありませんでした。そのため、志望者の大多数は、その占有物に触れる事すら叶わずに、結果として、一番、効果的である勉強を出来る機会を逃しておりました。更に、ゲーム開発という分野の教育は今まではゲーム専門学校のみの専売特許であり、ゲーム開発は一般の方から縁遠いものとなっておりました・・・ ところが、このXNAの登場によって少しずつですが、状況に変化が現れております。まず大きい点、それはプロと同様の環境を手に入れる事が出来るようになったという点です。学生が勉強する上で、これは大きなアシストになると考えております。今まで不明確であったところが、これによって明確な物へと変わっていく事でしょう。他にも、学校機関にも影響が出始めております。国内の話ではありませんが、大学教育に、この「XNA」を導入する学校が増加しております。これよって、今までは無縁であった方をもゲーム開発に引き込む可能性が生じました。 さて、「XNA」ですが、既に入手する事が可能です。ご興味がある方がいらっしゃいましたら、以下のページにもアクセスしてみて下さい。http://www.microsoft.com/xna/ 最後に、この製品については、現段階では、その高い理想に見合った地点には到達しておりません。然し、その高い理念が共感を呼び、いつの日か、その理念に相応しい商品が誕生する可能性は大いにあります。既に、賽は投げられました。その影響は方々に出始めております。業界と志望者の間の境界線を除去する製品へと上り詰める事を期待しています!
2006.08.17
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完全に回復した私は、再びゲーム業界で色々な仕事に関わらせて頂きながら、周りのプロの人間からも、徐々に仲間として認められるようになり、ゲーム製作と学生生活の両立した充実した毎日を送っておりました。そして、ここで更に私にとっての運命の出会いが待ち受けておりました。私には、学生時代に特にお世話になったプログラムの師と呼べる方がおります。その方との出会いを果たしたのです。彼は、某老舗PCゲームメーカーのプログラムセクションを束ねる人間であり、有名シリーズを生み出した偉大な人物でした。通常であれば、学生の私に対して何かを教えてくれるわけも無い人間なのですが、ゲーム業界で仕事をするようになって、偶然に出会い、そして、偶然に彼が忙しくない時に、偶然に私と出会ったのです。私も、そのような方と直接に色々なやり取りをする機会は無かったものですから、この機会を是非とも活かしたいと考えるようになりました。そして、彼に教えを請う事にしたのですが、驚いた事に彼は快く受け入れてくれました。仕事と教えの中から、プログラマーとして成長していく自分を感じながら、毎日が輝くほどに充実している時間を過ごす事が出来ました。然し、この毎日も就職戦線の出現によって変化を余儀なくされる事になりました。尤も、毎日が充実していると感じていた私は、就職活動に全く興味が沸きません。たくさんの学生が周りで就職先を決定し、両親、祖父、祖母からは、就職への圧力が日増しに強まっていきますが、それすらも、全く意に介さないのが当時の私の姿勢でした。考えてみれば、やりたい事を既にやっているわけですから就職という形に拘りが無かったのかもしれません。そんな親不孝者であり、就職浪人間違い無しと思われた私にも転機が訪れます。突然に、複数のゲーム会社から就職のお声が掛かかるようになったのです。バイト経験のある会社から熱心な正社員雇用のお誘いを受け、何故か過去に接点の無い会社からも、無試験での入社を保証され勧誘を受け、更に、うちを受けに来てほしいと会社の人事担当官から、私に会いに来て直接に名刺を手渡されたりと、一ヶ月の間に何社からも、大手中小問わずに正社員雇用のお誘いを受ける事態となりました。これには、非常に戸惑いを覚えました。何故に学生である私如きに、そこまでの扱いをなさるのかと思いましたが、恐らくは、私を可愛がってくれた沢山の業界の先輩方がそこに影響していたのだと思います。両親も、これを聞いて胸を撫で下ろし、何処に就職するのかが両親の話題の争点でした。そして、肝心の私がとった選択・・・それは、全ての会社にお断りを入れる事でした・・・狂っていると思われるかもしれませんが、これが当時の私の選択です。その中で、バイト経験のある会社からは、入社日である翌年の4月1日の前日までお誘いの電話を受ける事になり、その選択をした私としては、非常に心苦しい思いでした。然しながら、この選択には私なりの複数の意味がありました。一つ目の意味は、あちらから自分を選んでくれた会社に関しては、自分を認めて頂いて非常に嬉しかったのですが、既に認めて頂いている前提がある分、そこにチャレンジがありませんでした。二つ目の意味は、自分が望む分野の仕事が出来るかの保証が無かったからです。勿論、プログラマーという分野は同じですが、もっと細かいところでの話です。その後、私は自分が望む仕事が出来るであろう会社を一社だけ受験する事になります。その結果、めでたく合格を勝ち取り、私は社会人としてゲーム業界の一員になる事になったのです。思い返せば、私が業界に入る事になった全てのきっかけは出会いでした。ファミリーベーシックに出会わせてくれた友人との出会い、C言語、アセンブリ言語に出会わせてくれた友人との出会い、プログラムの世界へと誘ってくれたフリーのプログラマーとの出会い、熟練されたプロのゲームプログラマーの方々との出会い、学生時代に成長を助けてくれたゲームプログラマーの師との出会い、これらの出会いが連鎖し、私の人生に多大な影響を与えたものと考えられます。やはり、人間は人間として生きる以上、人との繋がりこそが大事なのだと思います。私のゲーム業界への就職、それは、たくさんの方との貴重な出会いによって無事に成りました。最後に、これから、ゲーム業界を志望される方も、それとは全く無関係の方も、全ての人々が出会いを大切にしてくれる事を願います。以上、長い事、つまらない私の過去の話をしてしまいましたが、これが、私が社会人としてゲーム会社に入社するまでの経緯です。その後、ゲーム業界人として色々な経験をする事になりますが、それは、私個人を特定出来る情報を多分に含むため、又、私の略歴に関しては、然程の意味を感じないため、この場で公開する事は控えさせて頂きたいと思います。宜しくお願いします。・・・ふと考えてみれば、他の会社の就職をお断りしておいて、その後に受験した会社に落ちていたらと思うと怖いですね・・・あの当時は、何も考えていない若者でしたが、今、同じ選択を迫られたと仮定したら違う結末を迎えるかもしれません。
2006.08.15
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ゲーム会社へアルバイトとして出社初日、私は、複数のプロのプログラマーの方と挨拶を交わす事が出来ました。その中で、私が、今後、どのような仕事をやっていくのか、私自身の実力は現場に入って、どの程度のものなのか、より詳細なところをテストしたいとの事でした。そして、この方々と一緒に仕事をする事になって数日間が経過したのですが、この時ほどに、自分の無力さを痛感した事はありませんでした。今だからこそ幸いであったと言えるのですが、この配属されたチーム、選りすぐりのプロであるプログラマーを数多く抱えるところでした。彼らは、数学的にもプログラム的にも一流と呼ぶに相応しい人間であり、それと比較し、自分が三流にも満たない存在である事を、しっかりと思い知らされました・・・彼らからの私への評価は低くはありませんでしたが、それは、私が学生だからと低く想定しているからに他ならず、プロとして生きていく上では実力が不足している事は自分自身が一番、理解出来ました。この時、私の頭を占めていた事は、彼らに追いつきたい、追い越したいという事でした。それには、どうするべきであるのか、この当時は暗中模索が続き、とにかく苦しかった記憶が残っています。私が出した結論は、とにかく勉強する事、その一点でした。この当時の私の睡眠時間は、常に平均3時間を切っておりました。然し、それだけ勉強しているにも関わらず、彼らとの差は縮まっている感じがしません。そんな生活を続ける中で、精神的、肉体的に疲労が溜まっていき、ついに、それが弾けてしまう日がやって来る事になりました。倒れたのです・・・夜中の病院に搬送され、意識は朦朧とし、世界がぼやけて見えます。医師の声も遠くに聞こえるのですが、良い話では無い事だけは明らかでした。倒れた原因の診断結果は、過労でした。実は倒れる1ヶ月以上前から両親に過労を再三に渡って注意を受けていたのですが、自己を成長させるためには、止まるわけには行かなかったのです。医者から絶対安静を言い渡され、休むしかない状況に追い込まれた私は、例えようの無い無力感に苛まれる事になりました。病院のベッドの上で途方に暮れ、ゲーム業界に通用しなかった自分を嘆きました。そんな無意味な日々も病状の回復と共に変化が訪れるようになります。思えば、毎日が焦りに満ちており、ゆっくりと考える暇もありませんでした。然し、これを機会に、色々な事を思い返してみました。その結果、冷静ではなかった自分に気付く事が出来たのです。確かに、彼らは一流の人間です。然し、それらに一朝一夕で追いつこうと考える事自体が、そもそもの間違いだったと気付いたのです。恐らく、彼らの実力も長い期間、自分を磨いた結果に身についたものです。この心境の変化で、私の気持ちも、ようやくに落ち着きを取り戻す事が出来ました。何も焦る必要は無かったのです。自分自身に妥協せずに最善を尽くして、自己を磨く事が重要なのであり、他人と比較する事ばかりに囚われ、闇雲に走るのは愚かな事でした。私は、自分がゲーム業界に通用する人間だと証明したいが為に、ただひたすらに焦っていただけだったのです。それに気付く事が出来てからは気持ちも晴れやかで、毎日を穏やかな気持ちで充実した日々を過ごす事が出来るようになりました。これから先は、その日々の中で、ゲーム業界の仲間として認められるためのステップへと話が進んでいきます。本当に私事が長くなってしまい申し訳ありません。次回が最終回ですので、お付き合いお願いします。
2006.08.14
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人生において、貴重な出会いというのは誰しもが訪れるものであると思っておりますが、私にも、その出会いがやってくる事になりました。最初の貴重な出会い、それは、偶然にパソコンの授業に協力するために来ていたフリープログラマーとの出会いです。この方はゲーム関係のプログラマーではありませんでしたが、その方とプログラムの話をする間に意気投合し、ゲーム外のアプリ作成のお仕事を頂ける関係までに発展していきました。これは、私にとって初の商品化されるものをプログラムした経験であり、非常に貴重な経験だったと思っております。私は、この経験を土台にプログラマーとしての第一歩を踏み出せたのです。今でも、その当時、私に仕事をくれた方へも、その出会い自体にも感謝しております。そして、この仕事を終えた私が向かった先は、ゲーム業界です。このゲーム外アプリの経験を元に、目標へ向かってのステップアップを目論見、私はゲーム業界のドアをノックしました。尤も、学生だったためにアルバイトでの採用のお願いに向かいました。はじめての接触するゲーム業界、本来であれば極度の緊張が襲うのでしょうが、若さ故か、事の重大性を考えずに、全く緊張を感じる事はありませんでした。私は、筆記試験と面接試験を受ける約束まで取り付ける事に成功したのですが、本番当日になって愕然とする事になります。この筆記試験ですが、信じられない程に難しかったのです・・・試験は、数学、プログラム、物理を基本に複数科目のテストを受験したのですが、膨大な問題数、高度な内容、そして問題数と全く比例しない短い制限時間、私は、この試験に全力を投じましたが、はっきりと不合格を確信しました・・・そして、この後に面接試験へと挑む事になるのですが、不合格を確信していた私にとっては、面接で良い印象をアピールする事に意味を見出さずに、この機会を何とか自分の技術を進歩させる機会にしたいという気持のみでした。そこで、面接という機会を使って、プログラムの技術的な話に焦点を絞り、色々と技術を盗む方向へと面接を持っていきました。例え、僅かでも技術を盗む事が出来れば、不合格だったとしても一歩前進する事が出来る、私の頭の中には、そのような考えしかありませんでした。そして、試験を終えた次の日に、一本の電話が鳴りました。その電話は、その会社からのものであり、何と採用という通知の電話でした。採用を諦めていた私にとっては、何よりも嬉しいお知らせです。ここで、ついに私はゲーム業界へ足を踏み入れる事に成功したのです。思い返せば、筆記試験の後に開き直れた事が結果的に良い方向に作用したのかもしれません。面接での行動も、熱意の表れと受け取って頂けたのかもしれません。数日後、遂にゲーム会社へと出社する日になりました。ここからは、順調に活躍して上へと飛翔していく野望を企てておりましたが、野望は儚く散る事になります・・・そこには、高い壁が聳え立っていたのです。
2006.08.11
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C言語とアセンブリ言語に出会ったきっかけですが、これは、友人の紹介で出会う事になりました。私の高校時代の友人でプログラムが好きな人間が何人かいたのですが、そこから、今の時代の主流はC言語という話を聞き、それに影響されてC言語へと移行していく事になりました。ベーシックと違い、たくさんの事が出来るC言語は、今までの世界の枠を取り払ってくれる非常に便利な言語でした。私は、更なるプログラムの可能性を感じました。加えて、アセンブリ言語との出会いも、これと同時になります。より早いプログラムを習得するために、アセンブリ言語の習得は必須だったのです。この友人の紹介を経て、私は15歳から、この二つの言語の習得に力を注ぐ事になりました。然し、この時点でも、まだゲーム業界に入るという明確な意識はありませんでした。この当時以前は、バブルと呼ばれていた時代であり、良い大学、良い会社、サラリーマンになり終身雇用が望ましい時代でした。私も、その道を歩む事に関して疑いを持っておらずに、ゲーム業界への就職というのは憧れはあっても、実際に進もうという意識まではありませんでした。プログラムに関しては、金銭を稼ぎたいという意識はありましたが、それは副業的なもの、或いは、ビジネス系ソフトウェアの就職という意識でした。ところが、突然にバブル崩壊が訪れました。これは、皆さんもご存知であると思いますが、これを境にして日本の就職に対する考え方は大きく変わっていく事になります。私も、これを機会に、再度、自分の将来を考え直すようになっていきました。これからの未来は終身雇用等は望むべくも無く、だとしたら、職業的な安定に拘る必要が果たしてあるのだろうか?そのような自問自答を続ける内に私の考え方にも変化が訪れるようになりました。どうせ、どんな業種についたところで、今後は実力社会に移行し、終身雇用など夢物語になってしまうのだろう・・・今、高い報酬が得られる仕事が、今後も同じだとは限らない、だとすれば、自分が本当にやりたいと思える仕事に就く事こそが一番、良いのではないか?そのような考え方に変化してから、ゲーム業界を志す気持ちが溢れ出すまでに、然程の時間はかかりませんでした。私は、バブル崩壊を最大の機会としてゲーム業界への道を歩み出す事になったのです。その道を心に決めたのは17歳の頃です。然し、どのようにゲーム業界を目指していいのか当時の私には皆目、検討も付かずに闇雲にプログラムに打ち込む日々でした。然し、そんな日々にも終わりがやって来る事になりますが、それは、一つの出会いがきっかけでした。
2006.08.10
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私の学生時代に関して、ご質問を頂きました。当ブログには、ゲーム業界を志す方々もいらっしゃいますので、その点に、ご興味を持たれるのも自然な事であると思います。そこで、今回は私が社会人としてゲーム会社に入社するまでのあらましをブログしたいと思います。完全な私事でありましため、大多数の方にとってはお耳汚しとは存じますが、お付き合い頂ければ幸いです。尚、今回の話題に関しては文章が長くなってしまうために、複数回に分けてアップさせて頂きたいと考えております。まず最初に、再度、申し上げる必要があるかと思いますが、私の本職はプログラマーです。勿論、そのプロジェクトによってプログラマ以外の役割を担う事もありますが、私の基本はプログラマーという職種だと覚えて頂ければ間違いはございません。さて、では、私とプログラムとの出会いから話を始める事にします。私がプログラムと出会ったのは小学生時代ですが、二つの要素によってプログラムの楽しさに目覚める事になりました。まず、一つ目の要素はファミリーベシックの存在です。その当時はファミコンが全盛の時代だったのですが、当時、ファミリーベーシックという製品が発売されました。これは、ファミコンを使用してベーシックを使いゲームを作ろうという主旨の製品で、ゲーム好きの私にとっては、ゲームが作れるというコンセプトが何とも魅力的に思えました。結果、この製品を通して私とプログラムの最初の接点が生まれたわけですが、この製品は比較的簡単にゲームを作成する事が出来るため、プログラムの面白さ、ゲーム作りの面白さが子供心に強烈にすりこまれる事になりました。次の二つ目の要素は友人の存在です。私の友人の親が幸運にも、プログラムが出来る人間でした。その友人宅にはPCがあり、その親が作ったオリジナルゲームでよく遊ばせてもらいました。その影響によって、プログラムが出来るという事は、自分の大好きなゲームを自分で作れるようになる事と同義だと感じるようになりました。プログラムさえ出来れば、自分の大好きなゲームを買わないでも好きなだけプレイ出来る、子供らしい安易な考えではありますが、強烈なモチベーションになった事は間違いありません。これら二つの要素によって私はプログラムの楽しさに目覚め、ベーシックを基本にしてプログラムの世界へと足を踏み入れる事になりました。この後、暫くは、それを基本として進み、簡単なゲームをいくつか作成しては自分で楽しんでおりました。この当時は、まだゲーム開発者になろうという明確な目標も無いままに、ただ楽しいという理由だけでプログラムで遊んでいた時代です。そして、次の大きな分岐点は15歳になってから訪れました。この分岐点というのがC言語、アセンブリ言語との出会いです。ゲーム開発における主流言語は、この二つの言語であり、この出会いが、ゲーム業界への出会いのきっかけとなっていきます。
2006.08.09
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一時期、ゲーム業界の人間がゲーム業界の過酷さを訴えるHPが、ネット上に存在しておりました。そのようなHPやブログは依然として存在しており、ゲーム業界は残酷なまでに過酷なのかと疑問を持たれる方も多いでしょう。実際に、私も業界志望者から、その点について質問を受ける事があります。今回は、ゲーム業界の過酷さという点に焦点を当てたいと考えています。まず、ゲームを開発する仕事は過酷な仕事かと問われれば、私は間違い無く過酷な仕事であると答えるでしょう。然し、これはエンターテイメントを作る上では致し方ないと考えています。面白い物を作るというのは想像以上に大変な作業です。最初の企画書通りで面白いゲームが出来るかと言えば、そんな事は通常、有り得ません。それを可能にするのは、不断の努力であり、試行錯誤を繰り返し、面白いと思える物まで持っていく膨大な労力です。そこは、怠ける事が出来ない領域であります。一度、作った物を壊してしまう事も珍しい事では無く、そんな事を繰り返すものですから、当然にゲーム開発は過酷さを帯びていく事になります。そのため、ゲーム開発者の週当たりの労働時間は多い傾向にあり、肉体的に大変な仕事である事は疑いようがありません。では、精神的な面はどうかという点ですが、こちらも、同じようにキツイところがある事を申し上げておきます。ゲームという物は、ユーザーの反応が一番、大切です。そして、このユーザーの反応こそがゲーム開発者の精神に多大な影響を与えるのです。自分が作ったゲームに対してのご意見というものは、開発者にとっては神の言葉にも等しく、この言葉一つで開発者は地獄にも天国にも行く事になります。自分の作ったゲームに対してユーザーのご意見が厳しい物であったら・・・その時の開発者の精神的な追い込まれ方は尋常ではありません。なかには、意気消沈し再起不能に追い込まれゲーム作りから去っていく人間がいるほどです。どんな面白いゲームであれ、否定的な意見は必ずあります。それらの意見を全て前向きに汲み取れる人間以外にとっては、この点において精神的にかなり負荷のかかる仕事だと言えるでしょう。加えて、上司や周りの人間の意見も同じように負荷を掛けます。妥協無き面白い物を作るためには、各担当者が作った物に対して、恐ろしいまでの厳しさが必要です。この仕事は精神的にタフな方ではないと厳しい仕事であると言えます。簡単に説明してまいりましたが、肉体的にも精神的にも過酷な仕事である事についてはご理解頂けたかと思います。何度も申し上げますが、ゲーム業界は優しい業界ではありません。間違いなく過酷な仕事なのです。最後に、このまま終わってしまっては夢がありませんので、少し追加させて頂きます。では、何故にゲーム業界が魅力的かと言いますと、物作りの楽しさを凝縮した業界であるからと言えます。音楽、映像、プログラム、シナリオ、沢山の種類の物作りの上に、ゲームは存在しております。これだけ多くの種類の物作りが関わっているエンターテイメントは、私は他にも類を見ない程であると思っています。ゲーム開発には、物作りの全てが凝縮されている、本気でそのように思える程です。これは、ゲーム開発の辛さを差し引いても御釣りがくるだけの魅力です。更に、ユーザーの反応があります。自分が作った物を誰かに面白いと言って頂ける。この喜びは、何度、味わっても何物にも変え難い喜びだと感じます。これも、ゲーム業界を魅力的にしている大きな要因です。ゲーム業界は過酷な業界でもありますが、それ以上に魅力的な業界でもあるのです。労働時間に触れましたが、最近は改善傾向にある事を付け加えておきます。勿論、会社にもよりますが、開発終了付近の修羅場は別として、最近は、通常のサラリーマンと変わらない環境の会社が多数派になっております。これは、あまりにも過酷な労働を強いる会社から人が逃げる事も無関係ではありません。しかも、過度の労働は開発者から意欲を奪う事にも繋がります。あまりにも、無理な労働を強いる会社のゲームは楽しさが足らない傾向にあるのですが、それは、開発者が疲弊しすぎて意欲が消失している事と密接に関係しています。人間が人間として生きるために必要な休息は開発者にも必要です。ゲーム業界が過酷だとは言え、最近は、そのラインは守られるケースが多い事を最後に付け加えさせて頂きます。
2006.08.07
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以前に、ゲームバランス調整に関してご質問を受けました。ゲーム会社がどのようにバランス調整を行っているのか、ゲームをよくプレイされる方は、一度は疑問に思った事があるのではないでしょうか? まず、バランスの目安は何を基準という点についてですが、これは、そのゲームが狙っている購買層を基準に難易度を設定する事が基本です。同じようなゲームであっても狙っている購買層が変われば、必然的に難易度の目安が変わってくる事になります。例えば、これはシリーズ物でも同様です。今回のシリーズは高校生に売りたいという場合と小学生に売りたいという場合、その狙いによって大きく難易度は変化します。国の違いも重要です。日本の場合は低い難易度を好み、北米の場合は高い難易度を好みます。このように、難易度の基準は基本的には、狙う購買層を目安に決定付けられるのです。但し、世間の流行も見逃せません。今は難易度が高いゲームに流れが来ていると感じれば若干、上げるようになりますし、その逆も然りというわけです。 次に、バランス調整を行う工程について話を移します。では、最初に、バランス調整のコツは何かを発表しましょう。ずばり根性、これに尽きます。冗談と思われる方も多いかと思いますが、これは、冗談でも何でもなく本当に根性と気合と時間が重要なのです。 ゲームのバランスを調整するタイミングは大きいところでは2段階存在します。一つは、ゲーム開発初期においてのバランス調整です。この段階では、細かいデータを作る前にテスト版のゲームを作成し、今から作ろうと思っている物が果たして面白い物なのかをテストする工程です。ゲームという物は膨大なデータを必要とするゲームが増えております。そのデータ(分かり易い例ではグラフィックスデータ)を作る前には、必ず、そのデータがゲームとして理に適った物かのテストを行います。 この段階で、例えば、遊ぶにはフィールドが狭いなという感覚であれば、広げて調整し、適切なレベルまで繰り返し調整する事になります。この段階のバランス調整を担当するのは、主に開発者のみになります。開発者同士が意見をぶつけ合って、適切なバランスを見つけていく作業を繰り返します。この時間をどれだけ捻出出来るか、調整が適切なところを見出せたのか、この点が最終的にゲームバランスに大きな影響を与える事は言うまでも無いかと思います。 そして、最後の大きいバランス調整のタイミングは開発末期です。この時になりますと、ゲームのバランス調整に携わるスタッフは開発者だけではありません。アルバイトでユーザーを雇ったり、デバッガーを雇ったりと、開発を行った人間以外にプレイして頂く事によって、実際のユーザーに近い視点でのデータ収集が可能になります。それを活用し、どのようなバランスにするのか、延々と何度も調整を繰り返すのです。この調整は、ゲームの最終バランスを決めるために、膨大な時間が掛かるケースが多くあります。この最後の調整でバランスが決まると言っても過言ではない程の重要工程です。 上記の重要工程、加えて、ゲーム開発中の細かなバランス調整を経て、ゲームは商品として完成する事になります。バランス調整、それは労力の賜物であり、労無くして生み出せるものではありません。もし、バランス調整が甘いと感じるゲームがあったとしましたら、この工程において開発者が誤ってしまったのか、或いは、何らかの事情でバランス調整に足る充分な時間を捻出出来なかった事情が窺い知れます。 最後に、このバランス調整データですが、非常に貴重な財産になります。某RPG有名メーカーのプロデューサー、ディレクター等は、自分だけの経験値レベルアップ表や、どのタイミングでどれだけの敵を倒してレベルが上がる事が適正なのか等の、色々な情報を集めたデータを保持しております。次回は、これを元にバランス調整を行うわけです。 ユーザーがバランスの良いゲームに出会えた時に、センスがあるというお言葉がありますが、今度、その機会がありましたら、この開発者、根性があるなと思ってみて下さい。ゲームバランスは紛れも無い根性の産物なのですから。大作RPGのバランス調整は特に大変な作業です。あまりにも大変な作業のため、次回はRPGは作りたくないという人間も・・・
2006.08.05
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最近、ユーザーのゲームの楽しみ方について、多少、思っている事があります。それは、ゲームの楽しみ方がネガティブになっているのではないかという事です。時代は進んで、ゲーム発売前からたくさんの情報を手に入れる事が可能になりました。そこから、発売前のユーザーの反応を開発者も手に入れる事が容易になったのですが、その反応の仕方が、以前とは違う傾向にあるように感じます。ユーザーの目が肥えた事も一因であるかと思いますが、ゲームを楽しむ前に、最初に欠点を探すような傾向が強くあるような印象を受けています。勿論、ユーザーという立場からすれば、ゲームを貶す事も、褒める事も全くの自由です。プレイしたゲームをどのようにも評価する権利があります。その権利については侵害されるものではありませんが、ゲームを楽しむ上で、減点法は適さないように思います。減点法では、あくまでもゲームの楽しさの最高は100点にしかなりません。欠点によって、点数が減っていくのみです。それよりも、加算法の楽しみ方が良いのではないでしょうか?最高点が100点なんて、誰が決めたのでしょうか?欠点、欠点と欠点を探すよりも、ここが面白いというところを楽しむ法が建設的であり、また、ゲームをより楽しめると思うのです。最近は、発売前からゲームの評判が悪い、ゲームのシステムが発表される前からゲームの出来に対しての不安の書き込みがあったりと、ユーザーの多くがネガティブな気持ちに支配されてしまっているように感じます。これは、楽しみ方が下手になってしまっていると言い換える事も出来るかと思います。どうせ、楽しむならポジティブに楽しむ方が絶対にゲームを堪能出来ます。せっかくのゲームです、まずは面白い物だと思ってプレイしてみてほしいと考えています。ユーザーも開発者も、頭の中を真っ新にしてポジティブにゲームを楽しみたいものです。その方が、遥かに徳であると思いませんか?蛇足ですが、つまらないゲームを面白いと思えという事ではありません。まずは、ポジティブな気持ちでゲームに触れてみた方が、ゲームを堪能出来るだろうという事ですね。
2006.08.02
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