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2006年の終わりがくる。 一年という単位なんて人が勝手につくったもの。それでも。人は区切りがあるから目標を持って進めるんだ。心新たにすることができるんだ。人は、案外気持ちの持ちようで簡単に変われる。でも。それがまた。「人」なんだろうな。 地球が廻り、太陽が地表に光を映す。今。闇に包まれている場所が再び光を取り戻すとき人それぞれがいろんな思いを胸に思い思いの初日の出をどこかで見てるんだろうな。寒く冷たい朝だとしてもどこか心地よく感じる。それが来たる2007年初日。 今宵。あなたは誰と一緒にいるんでしょう?家族?友人?それとも・・・。 もう少しで。除夜の夜半、正子の刻。日本を鐘の音が震わせるまであと少し。あの鐘の音が108回鳴り終わったとき何か響いているだろうか。何か気付くことがあるだろうか。 来年。いい年になりますように。誰かが心深く悲しむことがありませんように。・・・笑顔でいられる年になりますように。
December 31, 2006
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今年に得たものってなんだろな? やっぱり「自分自身と向き合った」ことかな。 この一年は、かつてないほどいろいろ考えた気がする。 「どうして勉強するのか」「何をしたいのか」「何を考えているのか」 でも。 これらを全部一人で考えられたわけじゃない。 僕と関わってくれた人たち。その人たちの考え方、生き方を見たから。 「自分はどうするのか。」 深く考えることができた。広く考えることができた。そして。その考えを文章とすることでまとめることができた。それがこのブログ。人とのつながりが僕の思考をつないでくれる。それが僕の素となる。 ありがたいです。とても。 この一年でもっといろんなことできたんじゃないか?そう思わないでもないけれどなかなか充実してたそんな一年じゃないんでしょうかね。ホントにあっという間に過ぎそうな2006年。来年は・・・・・・・もっと早いんだろうな。充実すればするほどに時間って早く流れていっちゃう。。。。。ったく。得してんだか、損してんだかわかんないや。
December 30, 2006
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昨日がイブで今日がホントのクリスマスなんだっけ? まぁ・・・・・いいや。 今日も、昨日や一昨日と変わらない。あっけない。そんな一日でしたから。 あ。すこし違ったな。 今日の朝。服を取りにベランダに出たら白い子猫と遭遇したんだ。その猫はすぐに走って逃げたけどなんだか気になるみたいでそっと様子を覗いながらこっちに戻ってきた子猫。僕はしゃがんでじっとしていた。そしたらだんだん寄ってきて手を差し出したら指先を舐められた。 そのまま15分ぐらい。寒いベランダでネコと戯れていました。 なんてあったかい時間・・・・♪なんて心がなごむ時間・・・・♪ すぅっごい癒されたぁぁぁぁぁ(叫全回復です(笑 ま。こんなクリスマスもいいかなと。カワイイし。これがクリスマスプレゼントだと思ってみようかなと。のど撫でたら目細めて、カワイイし。 僕はネコ派だ!!大好きだぁ。 そんな僕のホワイト(なネコの)クリスマス。 ついでに。帰宅時も。家の前にいた猫と戯れてた♪ さらについでに。あなたはネコ派?それともイヌ派?
December 25, 2006
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サンタがいるのかいないのか。そんなことは、おいておこう。 誰かの夢を壊す権利を僕は持ってないからね。 信じていようが信じていまいがサンタが来る理由なんて一つだろ? プレゼントを楽しみに待つ君を見たいから。プレゼントに喜ぶ君に会いたいから。 ・・・・だから素直に喜ばないような子供のとこには来ませんよ(笑 僕の家にもサンタは来ていたよ。心の内はどうあれど「もらえるものはもらわにゃ損!」とばかりに大げさに喜んでいた子供でしたから。 でも実際。すごく楽しみだったなぁ。 うちのサンタはどこの家庭の事情か知らないけど毎年24日の夜にくるはずなのにいつだったか一度だけ。23日の夜に来るというフライングをしてさ。 次の年から23日の夜から楽しみで楽しみで。 それと。小学2年ぐらいだったかな。クリスマスの真夜中に目が覚めて、トイレに行ったとき。 玄関にドーンと。マウンテンバイクが一台あったんだ。 当時の僕は、それを見て驚いた。なんつー邪魔のとこに!道塞いでるやんか! ・・・・・・・父の自転車だと思ったんだよなー。 んで。また寝た(笑 それで朝。「父が新しい自転車を買った。」なんて話も出てこないし・・・・・・じゃあ。アレは何??誰の?夢? って感じですんごい疑問で。 この時は、サンタが「自転車」を持ってくるなんて思いもしてなかったんだよ! だから。 サンタかっ!!これはプレゼントかっ!!!! ってわかったときは嬉しさより驚きのほうが大きかったなぁ。 クリスマスはたいていの子供が楽しみにしていて落ち着かない日。サンタはそれを見るのが幸せなんだ。 あぁー。。。。。子供に戻りてぇ。 +++addition+++ 我が家にサンタが来なくなってから親からもらったクリスマスプレゼント。高二のときなんだけど。 「センター予想問題パック」・・・・・・クリスマスにこんなのくれなくていいよ(泣 なんてこともあったクリスマス。 最後に。 誰かプレゼントください。(切実) ♪Merry X‘mas♪あなたの家にサンタクロースは来ましたか?
December 24, 2006
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街で灯る人工の光。 自動車のヘッドランプ。街灯。イルミネーション。 それは。 通り過ぎていくだけの光。ただ照らすだけの光。様々な色で彩るためだけの光。 夜に生まれる光と影。足元に生まれる僕の影。 そんなに僕の足は長くないよ?人工に光に照らされて地面に映る僕の影。それは本当に僕の影なのか? そんなに小さい僕でもないよ?通り過ぎてく光が足元で廻る僕の影を生み出して。 影がそのままの僕を映すこと。そんなことがあり得るのだろうか? 影は僕の何を映すのか?その黒は一体僕の何なのか。偽りの姿なのか?それとも本当の姿なのか? 影に何かが潜むというのなら・・・・・・。影の無いそんな夜。足元に広がる黒にはどれほどの大きな何かが隠れているのか・・・・。 ・・・・あなたの足元にも影はあるでしょう?
December 19, 2006
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ある交差点に供えられていた花。 人を悲しませる出来事と悲しむ人の背中がそこにはあったんだ。 僕が笑っているときも消えていく生命はあるはずなんだ。生まれている生命もあるはずなんだ。 この世には生きている人がいて生に悩む人がいる。亡くなっていく人がいて死に憧れてる人もいる。そして、自らで選ぶ人もいる。 生まれたくてもダメだった命もあるんだよ?まだこの世にいたくてもどうしようもないことだってあるんだよ? 人って一日に何回の呼吸をするんだろうね?君は何度目の命を繰り返してると思う? 最近寒くなったよね。息も白くなっちゃって自分の息で眼鏡が曇って大変なんだ。自転車乗ってたら前見えなくなって危ないし。電車に乗っても家に帰っても眼鏡は白く曇るんだ。世界は白く染まるんだ。 僕のこの白い息。これは何度目の呼吸なのかな? 世界が憎くて人が疎ましくてそれどころか自分が嫌いで悲しかったり辛かったりして消えちゃいたくなる時もあるかもしれない。 でも。消えていいトキなんて無いんだ。僕は君に消えて欲しくないんだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・消えないで欲しいんだ。
December 18, 2006
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なんとなくやってみた占い。予想以上に的中したのでのせてみる(笑コレ↓http://www.geocities.jp/standing_art/hoheto/kazu.html一度お試しあれ。てか、当たりすぎて怖いんですけど。「思いつきでお金使う」って・・・・何故バレた!!!!! (マテでも。これだけ当たるとちょっと嬉しくもなったり♪ 1987年 6月 10日生まれのあなた 生まれてこのかた7131日目です、 あなたの ほへと数秘は 5 Db7 a+ です。年齢19歳は 新たなスタートの年、環境や人間関係の変化の暗示。後ろは振り返らず、新たな興味に注意してみて下さい。 > 5の意味 ・基本性格:鋭い洞察力と臨機応変さ。物事をいろんな角度から見る事ができます。頭の回転も速く、何かあってもその場で臨機応変に対応してみせます。好奇心旺盛で多趣味です。感受性が高すぎて精神的に疲れやすいところもあります。・人間関係:一見社交上手ですがもう一歩踏み込めず、薄い関係になりがちです。身内には熱く、他の人間関係はさわやか。人間関係とは移り変わる景色の様な所が有ります。こどもからお年寄り、相手に会話を合わせる事がうまいです。・生活:十年に一度ほど、精神的にダメダメになる事がある旅行などしてリフレッシュして・金運:お金が入ったとたん思いつきで使っていたのでは貯まりません。技術力で出世するのではなく世渡り上手で出世。 >補正オプション Db7:数秘の持つ力を過激に増幅しながらも、サブに数秘:7の性質を合わせ持つハイブリッド車。7の数秘の意味は探して見て下さい。 a+:前向きで積極的であるが、意識の位置が常に不安定で気力を消費しがち、休養できる時間や場所を作らないと、精神力が低下する。バランス的にp-の人を探してみては。
December 17, 2006
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一年前も昨日も今日も明日も一年後も。することは同じ。鏡に向き合い、身支度をして。その日の自分を映し出す・・・・ 自分の姿を映すモノ。鏡。硝子。水面。 そういうものがなかったら もしこの世になかったとしたら 何を視て何処に目を向ければ 自分が自分であることに気付けるんだろう?自分の姿を確認できるんだろうね? 自分で自分を見ることの出来る生き物なんて存在しない。 自分じゃ自分に気付くことさえできやしない。 他人の顔はわかるけど自分の顔はわからない。そんな世界。 ・・・そんなの困るよなー。・・・。 ・・・どうして困るんだろう?・・・どうして自分自身を確認したがるんだろう?鏡を見てミエルモノって何なんですか?あなたはしませんか?鏡に向かって睨んでみたり。笑顔を見せたり。変な顔をしてみたり。怒った顔を映したり。。。自分という他人を鏡の中に見つけることを。それは自分自身を見つめるためだったりするのかもしれないね。笑ってることを確かめたくて。悲しいのかを知りたくて。疲れているのかを気付きたくて。自分をそこに見つけたくて。人は鏡の前に立つんじゃないのかな?何を考えているのかわからないのは他人だけじゃないから。自分のことでもわからないことは、たくさんあるから。自分を自分で視るということ。そこには何が見えるのだろうか。自分を自分で視るということ。それは自分が二人ということ。一人じゃないということ。どんな人も臆病者でさびしがり屋でそしてわがままなんだ。それでいいんだ。
December 13, 2006
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12月7日は父の命日。この時期、母は情緒不安定になるんだけれど。今年は何故だか僕までおかしい。・・・・昔の作文を読んだのがキッカケなのかな? 急に。父のことが頭から離れなくなって「いない」。そのことが今更、心に迫ってきた。何もしていないと、寂しくなって悲しくなって無性に泣きたくなってきて父がいないことが嫌で嫌でたまらない。「なんで?どうしていないんだ?」体があつくなって目頭もあつくなってどうしたらいいかわからなくなってそして最期は腹が立つんだ。 思い出すのはあの夢ばかり。父が入院してすぐに見た夢のこと。絆創膏を顔に貼った父がドアを開けて現れて元気に一言。「家に帰るぞ!」って言った夢。 あれが夢なんだってそう気付いたときの哀しさも全部よみがえってきたりしたんだ。 今まで出掛けてた感情が突然帰ってきたような。一体今までどこ行ってたんだよ? 何もしていないと思考に沈んでしまいそうだから答えのでない感情から答えのある勉強へと逃げ出したんだ。ただノートに黒鉛を擦り付ける作業へと没頭した・・・。 夜。家への帰り道は、どうしようもなく暗くな る。 空も。心も。なにもかも。
December 7, 2006
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2001年8月20日、午後1時頃、電話が鳴った。僕は何か緊迫した雰囲気を感じた。それは、登山に行っていた父の滑落事故の知らせだった。この時の張り詰めた空気。自分達の行動。母が泣き出した事。病院に駆けつけるまでの一挙一動をとても鮮明にリアルに覚えている。それから3ヶ月後父が死んだ。それは、覚悟していたとはいえあまりに急でそして漠然としていた。そのためか、心が未だにきちんと受けとめきれていない気がする。僕も母も弟も、家族全員が。この本(「葉っぱのフレディ」)を題材に、二年前にも作文を書いている。再び読んでみると、感想がとても変わっていた事に驚いた。以前は、文字を読んでいただけで、特に深くは考えていなかった。しかし、現在では、フレディの死への恐怖が、全てとはいかないが、少しは想像できるようになっている。父は意識のない状態ではあったが、その中で一体何を考え、そして、自分を見守る僕達をどのように見ていたのだろうか。それは、誰にも解らない。しかし父は、「こんな事になってすまない。」と考えていたに違いない。僕の見ていた父は、人一倍、いや三倍程も活発で元気で、自転車のパンク修理、日曜大工もうまく、スポーツ万能。なんでもかんでもやってしまう、とてもパワフルな人だった。僕はこんな父を自慢に思い、尊敬し、憧れていたことに、今となって気付いた。そして、僕にとって、なくてはならない存在だということも。母はどのような気持ちなのだろうか。誰よりも大切な人を失い、1番悲しんでおり、今でも時偶涙を見せている。でも僕は、何故だかそうはならない。泣きたくなる程悲しくなれない。僕と母の悲しみの違いは、何なのだろうか。僕も大人となり、大切な人ができるとわかるのかもしれない。でも、まだ今は想像が及ばない。友達などが、父親の話をしているのを聞いていると父と一緒に遊んで楽しかった事やいろいろな事を思い出して少し辛くはなるがその場限り。洗面所には、まだ父の歯ブラシや髭剃りが残っていて、それを見た時にも悲しくはなるが、それも稀な事。父のいた時のままにしているのは、逝ってしまった事を否定しているのではないか。このままただ何と無く、この現実を納得しないまま、混沌とした気持ちで過ごしていくのだろうか。僕や母、弟をはじめ、父を知っている多くの人が、父の死を嘆いてくれているにもかかわらず、一人勝手に度だった父を腹立たしく思ってしまう事もある。以前は「葉っぱの寿命は一年、人間はおおよそ80年ぐらい」などと、勝手に考えていたが、事故だったとはいえ、人並み外れた生命力を持っていた父が、40才という若さで逝ってしまった事で人間も葉っぱと同じように、人により寿命が決まっているのだ、と考えてしまう。それを運命と呼ぶのではないか。実際、最後の夏。父はいつも以上に自分の趣味に時間を使い、そして僕達と遊ぶ機会を作ってくれていた。まるで、時間を惜しんでいるかのように見えた。もしかしたら、もう自分には時間がないのではないかと感じていたのではないだろうか。そのようにでも考えなければ、あの父がいなくなるはずがないし、今の自分の気持ちに整理をつけることができない。人はいずれ死んでしまう。でも、残された者は、それを乗り越えていかなければならない。きっと父は、僕と母、そして弟にとっての心の支えとなり、僕達の中で、永遠に生き続けるだろう。ダニエルが言った━「いのち」は永遠に生きている。━という言葉のように。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆3作目。これも2002年。当時中学三年の僕が書いた読書感想文。「死」という言葉をあまり使わないように心掛けて書いた記憶がある。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆3作とも読んでくれた人に感謝♪これらを読んで、何か考えていただけたら幸いです。
December 4, 2006
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「いってきまーす。」それが、僕が最後に聞いた父の言葉だった。一年前の夏、父は大好きな山登りの途中、滑落事故にあった。僕の父は明るく活発だった。いろいろ遊びにも連れていってくれた。そんな父が重傷だとは聞いたけれど、「死んじゃうのかなぁ。」とまでは思っていなかった。テレビで奇跡的に助かった人達などをよく見ていたので、「あんなに元気な父が死ぬはずはない。」と思っていた。自分でもよくわからないけど、そう思いたかったのかもしれない。祖父も二年前に亡くなったが、その時のことはあまり覚えていないし、今でもあまり実感していない。僕自身、「身内の死。」ということがあまり理解できていないのかもしれない。「死」とはいったいどんなものだろうか。父も死ぬのが恐かったのだろうか。もし自分が死ぬのだったら、とても恐い。「死」とは、生きる者の運命の中で自然なことなのかもしれない。しかし、やっぱり僕は死ぬのが恐い。死んでしまった後に、どこへ行ってどうなるのかも、まったくわからないから。父が亡くなったことで、引越しや転校の変化はなかった。僕から見て、兄も別に変わっていないように見えるし、母は、時々少し泣いているものの、明るくふるまっている。僕の中で少し変わったことといえば、友達との会話で、「死ぬ。」という言葉を使うのがいやになった事と、いろんな人に会う度、「お母さん助けたりや。」とたいてい言われるようになったことくらいだ。今は一見、父が生きていた時と変わらぬ生活に戻ったようにも思えるが、将来僕が大きくなると、もっといろんなことがわかったり、感じたりするのかもしれない。「もし、父じゃなく母が亡くなったら・・・。」と考えると、とても悲しくなる。この差はなんだろうか。たぶん父は僕の知らない所で働いていて、まさに縁の下の力持ちだけれど、母はいつも目の前で僕達を育ててくれているからだと思う。だからといって、父を好きじゃなかったわけではない。新聞を読んでいる時にじゃまをしても、笑って相手をしてくれたし、キャンプや自然にふれ合う機会をよく作ってくれた父が大好きだった。時々、学校の男の先生や、友達のお父さんを見て、「こんなお父さんなら、どんな生活を送っているんだろう。」と考えてしまう。しかし、僕の父以上の父はこの世にいないと思う。父が山から落ちている時に考えていた事は、あくまでも想像だが、もっと多くの山に登りたかったという事だと思う。そして、もっと僕達の成長を見たということだろう。だから、僕は大きくなったら父のような明るく元気で活発な父親になろうと思う。亡くなった父に胸をはれるような人でありたいと思う。父の死を経験し、家族というものは、父・母・子で成り立っていることを実感した。そして何より人の死についてよく考えさせられた。人はいつ逝ってしまうかわからない。だからこの一分一秒を大切に生きようと思う。そんな姿を見て、天国の父は喜んでくれると思う。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆2作目。これは2002年、当時小学5年だった弟が書いた作文。はじめは、読書感想文として提出したんだけれど、本(これも「葉っぱのフレディ」)に関する部分を編集して作文に書き換え、そして「はとぶえ」の特選に選ばれ、表彰されたもの。弟は全然覚えてないそうですが・・・。ていうかさ。中一の俺。小5の弟に文章力負けてるよね・・・・・(泣
December 3, 2006
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これから三回にわたって僕と弟の書いた読書感想文を紹介しようと思う。3作とも「祖父・父の死」について。祖父は1999年12月。父は2001年12月に他界しました。これをふまえてお読みください。では。一作目は2000年。当初中学一年の僕の読書感想文。「葉っぱのフレディ」を読んで書いたものです。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆去年12月、祖父が突然いなくなった。なんだかわけのわからない不思議な気持ちになった。その後、ぼくは「葉っぱのフレディ」という本を読んだ。。。祖父は、自分が死ぬなんて思ってなかったと思う。ぼくもそんなこと、思いもしてなかった。母たちは、あと何日ぐらいしか生きる見込がないといわれていたらしいけれど、ぼくは、知らなかった。「胃の調子が悪い。」としか、聞かされていなかった。でも、本当は胃ガンだったんだ。少し前はあんなに元気だったのに。。。急に旅だってしまった。祖父が死んでしまったとき、悲しかった。でも、涙がでなかった。「死んだ」ということが理解出来なかった。したくなかった。祖父が横になっているのを見て、起き上がってほしい。生き返ってほしいと願っていた。どうして死んだんだ。なんで死ぬんだ。人間はなぜ死ぬんだ。悲しくなるだけじゃないか!祖父はどんなことを考えながら、死んでいったんだろう。何も考えることなく、眠るように死んでいったのだろうか。苦しみながら死んでいったのだろうか。でも、葬式のとき、祖父の顔はすごくいい顔をしていたから、苦しむことなくいったのだとぼくは思う。荼毘に付すとき、息をしていなくても、まだ生きているようで、怖かった。骨になってでてきた姿を、これは祖父じゃない・・・と否定したかったけど。でも、現実だった。「死ぬ」ってことは、怖いかもしれない。でも、フレディのように、たった一年しかない生涯を有意義に、思い残すことなく、「生まれてきてよかった。」と思いながら死んで行くのと、人を殺したり、自殺などをして死んだり、「いったい何のために生きていたんだ。」「生まれてこないほうがよかった。」なんて思いながら死んだりするのとは、全然違うと思う。きっと前者は、気持ちよく、すっきりした気持ちで、あの世でも過ごすことができると思う。しかし、後者は、苦しくて、寂しくてつらい気持ちだったと思う。特に、殺人などを起こして死んだ人は、あの世ですら、いることを許されないかもしれない。祖父は、前者のように、あの世でも元気にしてくれていたらうれしい。生と死ってなんだろう。生きることって、自分で考えることができるだけなのかな。・・そうじゃない気がする。自分が生きていることを。この世にいることを喜んでくれる人がいること。自分を一人の人間として認めてくれる人がいることだと思う。でも、そういう人がいないからと思って、自殺なんかしてはだめだ。どこかにそんな人がいるかわからないからだ。人はいずれ死んでしまう。しかし、死ぬということは、この世からいなくなることだ。人が死ねば、多くの人々が悲しみにのまれ、つらくなってしまう。。。。。きっと人生の価値は、何年生きていたかじゃなくて、その人生の中味が、薄いか濃いかで決まるものだと思う。人間なんか、いつ死ぬかわからない。だから、この時。今の一分一秒を大事にして有意義にくらしていきたい。そのためには、身の回りをきれいにし、毎日気持ち良く、友達と元気に楽しく「あの時、ああしておけば。」と思わないように過ごしていくようにする。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
December 2, 2006
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