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↑カナザワじゃないんだ、これが学部3年のゼミの時、指導の先生が仰った「カネサワと訓んでくださいね」。そういう記憶が蘇る金沢を舞台とする「金沢猩々」は金春流の復曲。 拙著『中世・鎌倉の文学』は鎌倉を舞台とするものを扱い、金沢を少し触れるのみで腰越も外した。当然江ノ島も対象外。そういう地域も出してほしかったという声もあり、ちょっと後悔している。そんな頃、金春で復曲したのがこの曲で、能「猩々」の舞台を武蔵国金沢にするというもの。ワキの出♪花ホトトギス、月雪も、暖め酒によもしかじこの言葉だけで笑ってしまう。金沢八景と呼ばれるような風光明媚な土地での磯遊びを見ても、それに勝るのは“酒”と言い切ってしまうおワキさん。本当に酒好きな人が作ったんだなぁと、つい微笑んでしまう。能の舞台を観ていて笑うなんて不謹慎だが。 後場の猩々は2匹(2人?)。シテもツレも扇を閉じて登場するので、[乱]ではなく通常の[中ノ舞]。そのためプルプルという感じの水切りの型などは見られない。それにしても、どういう経緯でどういう方が作ったものなのか、そのあたりがちょっと気になる。 この3公演、小鼓が同じ方だった。もちろん狙ったわけではない(苦笑)。でもそのうちの2つで、揃えたように同じ位置に居る自分(そもそもその辺りが好きなのだ)。当然あちらは気付かないだろうが、ストーカーみたいだ。
2005.11.26
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だからセイザンだって↑という書き方は前のブログを読んでいないとわからない話。 今日は蝋燭能で「経政」を拝見する。蝋燭能ははっきり言って好きではない。「それなら観るな」と言われそうであるが、今回は小書<烏手(カラスデ)>という喜多流独自の演出が入るので観に行った。 <烏手>は琵琶の譜を笛で奏する小書で、青山(セイザン)を愛した平経政の霊が、琵琶の音色に惹かれて登場するという演出。『平家物語』では(源平の争乱では)大した動きを見せない経政であるが、この能は風雅な平家の公達を描く小ぶりで上品な作品。 ただあれやこれや気になるところが多く、風雅な印象が出てこなかった。ワキの方が、開始早々の台詞でつまずいて、しかも後半で絶句というのは、舞台の印象をかなり損なうものだと感じた。他にも色々あったけれど。
2005.11.25
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校務の1つであるこの委員は、年に一度秋のイベントのための仕事(もちろん、それに付随する仕事はあるが)。 ということで、今回は全学総勢300名ほどの学生並びに教職員で劇団四季の「ライオン・キング」を鑑賞する。作品については、「他のもので……」という声もなくはなかったが、まぁ学生さんたちが最も楽しめるものということで。前期に1専攻で行った能楽鑑賞よりも楽しかったようだ(涙)。 オペラも能もOKなのに、なぜかミュージカルが苦手な自分。「んー、ここで歌わなくても」とか、時折引いてしまう。そういう個人の嗜好はさておき、劇団四季はいつもながらレヴェルが高いし、セット・演出も凝っている。男性も女性も身体を鍛えているのがはっきりとわかるし、発音・発声もしっかりしている。 鑑賞を終えて流れ解散となり、佐藤研は一路両国の江戸東京博物館へ川端龍子展を観に行く。長年馬込に居住した画家が今年生誕120周年を迎え、大々的な企画展となった。 予想はしていたものの、龍子記念館所蔵の作品が大部分を占めている。チラシの表を飾る「南飛図」は和歌山市立博物館所蔵のものくっきりと深い青に月と帰雁という構図で、斬新。もう1つチラシの表に出たのが、龍子記念館所蔵の「草の実」。これは黒と見紛う紺青の背景に金で秋の草花を描く。確か、RIMPA展だったかにも出された名品で、今回が3度目の対面。圧倒的な大画面に迫力の秋草は、その色の対比が衝撃的でありながら、不思議と下品さがなく、秋風をも感じさせる。それにしても、龍子って“会場芸術”と呼ばれるにふさわしく、とにかくデカイ! 惜しむらくは、馬込に長く住んだ作家でありながら、そういう生活を感じさせるものがないこと。今回も一応作品変遷の時代区分で展示されているものの、龍子の生きてきた軌跡を描く形にならない。 会期は12月11日まで。これとの関連企画が本拠地龍子記念館でも12月21日まで開かれている。
2005.11.24
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たいした手伝いもしていないが、伝統芸術振興会の年に1回の公演。さすが野村萬斎さんの出演回とあって、席はほぼ満席だった。能は『源氏物語』系の「半蔀(はしとみ)」、シテは櫻間金記さん。当たり外れのある方ではあるけれども、総体的に運ビや型が美しい。最後の蔀屋に戻るところがちょっと惜しまれるものの今回は良い舞台だったと思う。 『源氏』系の能が好きではない不埒者であるが、今回は光る君と夕顔の逢瀬が、シテの背後に幻影となって立ち現れ、胸に迫ってきた。 仕事の都合で表先生の解説&萬斎さんシテの「瓜盗人」は拝見できず。ここのリンク先であるあめみこさんのブログを参照されたい。
2005.11.22
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保育実習の見回り挨拶で水沢に行くことになった。水沢……岩手である。佐藤研の考えることはただ一つ。中尊寺に行きたい!というわけで蘇我(千葉県)での見回りから直行で平泉へ。恥ずかしながら、平泉は今回が初めての旅行。折りしも、義経ブームで特別展も開催されていた。嗚呼、こんなブームに雅有様が巻き込まれることは、この先3000年はないね(←3000年経ってもねぇよ、と自分で突っ込む) 宿泊先近くの毛越寺(もうつうじ)からスタートして、中尊寺・高館義経堂までひたすら歩く。毛越寺の遣水は平安期の遺構そのままだそうで、庭園そのものも美しい。●霧の毛越寺 金色堂も良かった。中学生の頃は、芭蕉の文を暗記させられながら、何で金ピカがいいんだ?と疑問に思っていたが、この年になると栄耀栄華とその後の衰退を同時に思えて、胸を打つ。金色堂を覆う“覆堂”はサヤドウと訓むのかと思っていたが、それは昔の話で現在はオオイドウと訓んでいいらしい。●中尊寺参道その1●中尊寺参道その2●旧覆堂 そして、実は一番の目的地白山神社へ。中尊寺鎮守として建つ白山神社は金色堂からちょっと上がった所にあるのだが、「山までは見ず」で訪れる人も少ない。ここにあるのは、現在の形に定着した能舞台で、しかも近世期に建った東日本唯一の作らしい。丹波篠山の能楽殿とほぼ同じ時期の建築であるが、あちらと違い、こちらは惜しげもなく能舞台を外気に晒している。フリーページへGO! いずこも紅葉が美しく、目を楽しませる。世界遺産認定に向けてか、道路などの整備もよく、回りやすかった。 追記:観光整備されているためか、朱印を捺す所が沢山あった。中尊寺境内の各堂とか、高館義経堂とか……おかげで随分と集まったが、冷静に考えると無駄遣いかも。
2005.11.17
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学生さんの保育実習の挨拶(見回り)で午後から佐倉へ行く。挨拶も無事済み、バス停に立つと偶然にも歴史民俗博物館へ行けるバスが到着。というわけで、歴博へ直行!(人はそれを計画的と呼ぶ) 歴博の現在の企画展示は国文学研究資料館との連携展示で「うたのちから―和歌の時代史」というもので、歴博所蔵品を中心に前半は歌書その他の伝本、後半には和歌をふまえた工芸品が並ぶ。ガラガラの展示室でおばさまがたがおしゃべりしながら鑑賞している。その会話を聞くともなく耳にしていると……嗚呼!江戸期の写本を見ながら作品成立当時の本だと誤解している様子。おおよその書写時代が書いていないものも多数あるので、勘違いしても仕方あるまい。 5つ目の展示スペースは「地方領主の文芸愛好」で、鎌倉の文芸圏が取り上げられていた。こっそり調査させていただいて、現在基礎作業中の歌書が新出資料として紹介されている。これで世間様にも存在が知られてしまった。早く何とかしなければ…… 純粋な歌書ばかりではなく、さまざまな方向からの和歌の集成という感じで立体的に楽しめた。閉館間際ということもあっただろうが、これぐらい人少ない展示をゆったり楽しめるのも、ここならではだろう。
2005.11.16
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なんだかミシマづいているが、まぁ11月だから許せ。 もう20年も前のこと(と自分で振り返って愕然とする)遅まきながら大学に入ってようやく<豊饒の海>4部作に手を出せた。その第1作が『春の雪』。松枝清顕を妻夫木聡、綾倉聡子を竹内結子という組み合わせで描く。『春の雪』だけを扱ってどう描いていくのかとは当初からの不審であったが、観てみたら……あぁ、なんたることか! 物語の展開のある面は押さえて進行させてはいるものの、あちらこちらで足りない部分が目立つ。まず何と言っても飯沼が出ない!タイ(シャム)のジンジャンは留学中の王子の妹なのに、恋人と紹介されたり(→留学する2人の殿下のうち1人の妹にしてもう1人の恋人でした)。堕胎のため関西に赴く聡子との別れの場面も淡々としていたはずなのに、発車間際に清顕が駆け込んできたり。そして、あの崇徳院の「瀬を早み……」の歌。あれは一体!?あんなチープなもの原作にあったかな?と思ってしまった(確認してみよう)。 結局、みんなが約束を破ったために起こった悲劇?とか思われるような作品になっていた。 確かに飯沼の不在は、展開を広げないための苦肉の策かもしれないが、やはりあの人物抜きには、物足りない部分も多い。飯沼を出さないということは、その先(『奔馬』)もないわけで、それならば体側の3つの黒子も、「また会うぜ、きっと。滝の下で」(←正確ではない)の台詞も不要なのだが、そういう辺りは使っているのだ。というか、結局、清顕死んでないの!?で終わってしまった。親友本多に託される夢日記も託す台詞は出てこないし。 「ごきげんよう」の挨拶も少なかったなぁ。「シャム」とか平気で使っているのに、「お母(たあ)さま」というような公家言葉は皆無だし。なんだかよくわからない、変な日本語を使う人々に見える。 映像は映画ならではの綺麗なものであったが、これまた三島作品らしい光の煌きは感じられない。もう少し強さのある部分があっていいいはずだ。 主役の2人は、ちょいと年を食いすぎている。18と20には見えない。竹内結子は確かに綺麗だけれども、公家の名門として伯爵家になった娘の凛とした風情はあまり感じられない。妻夫木聡については無言……ベテラン女優陣は揃ってお見事。濃い! エンドクレジットを見ていたら、なにやら知っている名前が!大正期の学習院の考証をなさったようだ。ご活躍のご様子何よりである。彼はこの映画をどう見るだろう?
2005.11.14
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くにぶりのうたまい……読めん! 今年最後の大学説明会を終えて、国立劇場へ。5時半始まりは土曜日に仕事のある身にはちょうどよい。前半が宮中儀礼で謡われる(古代からの)歌謡、後半が舞。非常に珍しいもの揃いで、中には大嘗会の時のみという曲で、楽師の方にとっても正式な演奏が一生に一度というものもある。ありがたや~という気分でいっぱいになる。 謡のわからなさにかけては能以上。最初の文字を一瞬謡った後、母音が延々と続く。途中でユリ(宮内庁雅楽では3度)があったりもする。そのため、文字として見るとほんのちょっとの歌なのに、すごく長い時間の歌になる。こういう音階をすべて覚えるのって大変だろうと思う。でも西洋音階よりも心地良いので、聞いていて飽きない。学校教育でも邦楽が必修になった今、神楽などの身近なものでいいから、日本の音階のものをしっかりやってほしい。
2005.11.12
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最も中心にしているつもりで、実は宗尊親王の論文に数で負けているのが雅有。二条(飛鳥井)雅有が20代の頃、須磨・明石を回って8月15夜の月を観に赴いた折の記事が『仏道の記』(あるいは『無名の記』)。冒頭部が欠落して伝わる日記文芸のため、名称は研究者によって異なっている。 雅有がなぜ須磨明石で月を観たかったのかというと、これは『源氏物語』の強い影響を受けているためである。そしてそれをさらに溯ると、在原行平「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつ侘ぶとこたへよ」という須磨謫居の歌があるからに他ならない。 雅有は『仏道の記』の中で、折角8月15日に明石にいるのに空は曇っていて、それでも海上に船を漕ぎ出すと、雲が晴れて満月が見えたと書いている。しかし、雅有の家集『隣女和歌集』でその折の歌を配列順に読んでいくと、8月15日に曇り空だったが、浜辺にいる間に空が晴れて月が見えたので、海上に漕ぎ出したことになっている。両者の差異を比べると、『仏道の記』の主人公雅有のほうがものずきであるように造形されている。 須磨明石を訪れる最大の目的は“月”であり、それは能「松風」にも窺える。松風・村雨2人の女性と契りを結んだ行平の話を作品化したもので、2人の女性の霊が潮を汲み、そして行平との思いに耽るという、夢幻能なのに1場構成という面白い曲。その「松風」を貫くのは月に対する美意識であり、名月が効果的に描かれている。 同時にこの作品は“夜寒”という語を複数回使用している。“夜寒”がたんに秋から冬にかけての夜の寒さではないことを拙稿で考察したこともあるが、都から見て辺境の地で、寂寥感を充分に出す語が“夜寒”である。 今日はシテ方宝生流の當山孝道さんの会で「松風」が行われた。 サシの「かかる所の秋なりけり」。「なりけり」は今改めて気付いたという意味合いを含む助動詞で、いつも慣れているのに、晩秋の明石の美しさに改めて気付いたという女主人公の嘆息が聞こえてくる。 物思いに沈んで行平ゆかりの装束を身にまとう松風。[物着]と呼ばれる舞台上での装束替えも、沈潜していく松風の霊が次第に恋に狂う情趣を維持していて、いかにも當山さんらしかった。思い出の松(作リ物)の周りを漂う場面で作リ物に触れてしまったのがちょっと残念だったが。
2005.11.09
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「サドってなぁに?」なんて恥らう年でもないので、東京国立博物館本館の1室を舞台会場に仕立てた、三島由紀夫作『サド侯爵夫人』を観に行く。近代の文芸に手の出せない(←研究という意味で)自分がなぜこのページで記すかというと、フフフ、このカテゴリを置いてしまったためだ。 『サド侯爵夫人』は昭和40年初演、三島の自決の5年前ということになり、彼の晩年の戯曲作品の1つ。澁澤龍彦シブタツの作品を戯曲化したもの。また、その半年前には映画脚本『憂国』と戯曲台本『聖セバスチャンの殉教』(上演はナシ)を発表している。濃いぃ、濃いぃぜ、ミシマ サド侯爵をめぐる6人の女性が登場し、夫人がサドと訣別するまでを描く。なぜ獄中のサドを信じて待ち続けた夫人が、革命と同時に解放されたサドと訣別したのか、その過程はあれこれと解釈が可能だ。 一方、パーツに関する飽くなき表現は、王朝物語の服飾描写にも似て、三島由紀夫らしい。装飾過多とも思われる言葉の洪水に、役者さんは必死で場面を作り上げているのを感じる。それぞれ表現力のある方々だと思うが、三島独特の表現に肉薄するまでには、もう少し時間が必要なようだ。 本館前の広場では石井幹子照明デザインの樹木とインスタレーション(ロビーと舞台の照明もこの方が手がけた)、三枝成彰の音楽が流れる。ちなみに舞台衣装はコシノジュンコ。3人揃って、豪奢にしてどこかうそ寒い感じが良い(←褒めてるのか?) ところで、さる4日に三島由紀夫の未発表原稿が新たに判明したと明らかになり、来月刊行の『全集』補巻に収載される。最終的に世に出すという意識が作者にあったかどうかは不問で、刊行まで行ってしまうのが近代の文芸だ。そこが存命期間に書写という行為を通して広まっていく古典の文芸と違うところだが、それでも未発表作品が読めるのは嬉しい。
2005.11.08
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「駒とめて袖打ち払ふ……」……それは大和の佐野だろ、と突っ込みをいれるのがご存知謡曲「鉢木」。そんな1首を硯箱に仕立てたのが、光琳蒔絵佐野渡図硯箱。昨日の五島美術館の1品。五島美術館でもよその琳派の展示でも出たことのある美しい品。 今日は一気に品下って勇壮な世界で能「実盛」を観る。年老いた白髪頭を黒く染め、木曾義仲との戦いに赴いた爺さんの話である。久しぶりの鑑賞ゆえ、全集本で予習をする。シテは野村四郎さん。“ぼろは着てても心は錦”が成功譚に終わる「鉢木」の常世に対し、「実盛」の実盛は討ち死にの結末を迎える。主要な見せ場ではないが「深山木のその梢とも見えざりし桜は花にあらはれにけり」という古歌をふまえた、実盛(前シテの老人)の台詞がいいなぁと思う。台詞を間違えなければもっと良かったのだが、やや興ざめ。
2005.11.06
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↑なんとも雅なタイトルだ。今年は記念切手も出たように『古今集』成立から1100年、『新古今集』の(一応の)成立から800年という記念の年で、そうした関係の展示も少なくない。 学園祭の振り替え休日ということで、大手を振って展覧会の鑑賞にもくりだせる今日の行き先は上野毛の五島美術館。ちょっと久しぶりでウロウロしてしまう(恥)。 タイトルどおり、展示作品は八代集(古今~新古今)の古筆切・写本・歌仙絵などなど。小さな展示スペースにえ~ぃ、これでもかっ!とばかりの貴重品が並ぶ。このうちの幾つかが展示されるだけでもメダマとなるようなものが、普通に並んでいる。それはまさに鼻血もの、いや、耳から血を流しそうな勢いの名品揃いであった。料紙の美しさ、手蹟の端麗さ、めくるめく空間である。本阿弥光悦・尾形光琳と、別の世界ではメダマな逸品ですら、ここでは目を休める一品になってしまっていた。 今日は尊敬してやまない岩佐美代子先生のご講演があり、それも拝聴できた。明日は冷泉家の和歌披講があるそうな。 お連れさんに紹介していただいた中華の店がこれまた秀逸。うっ、美味い……。花山椒の香り漂う四川系の味。辛さのみならず香りも楽しめる。極楽極楽。
2005.11.05
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