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国立劇場の民俗芸能公演も第106回という。すごい公演数である。 今回は阿波の芸能。本当は土曜日の神事芸能を観たかったのだが、勤め人の身なのでわがままも言えず。やれねばならぬことが沢山あり、先日の声明も涙をのんだのだが、2週続けてヒッキーな日曜日も哀しいので、バタバタと家のことを済ませて赤坂へ。凄まじく汚らしい格好で座ったら、1つ置いた隣の席にお知り合いの方が……(汗)。きちんとした姿で来るべきだった。プリンスご夫妻もお見えだったし。 2日目の今日は地域に残る人形操りが主体で「式三番叟」「傾城阿波の鳴門」「絵本太閤記」の3作品と“襖からくり”という見せ物があった。面白いとは思いつつ、どろんとした暖かさ(国立のあの暖房はなんとかしてほしい)に疲労が重なり、所々意識を失ってしまった。もったいないものである。 驚くのは、地域芸能として残っているとは思われない質の高さ。義太夫も人形遣いもレヴェルが高い。三番叟関係は奥が深く、こういう地域の芸能を観ていったら際限がないけれども、少しずつ異なる形をこれからも楽しみたい。
2007.01.28
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本日で稲城も終了。半年という短いつきあいであったが、楽しく中世のことばについて考察ができたと思う(信じる)。こちらの大学も試験は教材・ノートすべて持ち込み可の応用力テスト。難しい……の声が続出。 サーヴィス問題と思っていた「上代特殊仮名遣い」の説明がなんとほぼ壊滅状態。音仮名表記・訓仮名表記の説明にインパクトがあったのか、「上代……」のあたりでみんなの意識が吹っ飛んだのか、懸命に「『万葉集』の音仮名表記」について説明している。おそらく“信頼できる”と思われた学生さんのノートが出回ったのだろう、判で捺したような同じ回答が散見された。最後に信じられるのは自分だけである(笑)。 演習授業のほうは試験ではなくレポート。これがまた受講生25名(2年生)が全員三段構成のレポートを作成し、書式の徹底化が垣間見えた。“文献に当たり、問題点を挙げ、それについて考察しなさい”という出し方をしてはいるが、きちんとその形を全員が踏襲しているのは基礎教育のどこかでそれがなされているからであろう。 わずか数ヶ月のつきあいだったが、能の鑑賞希望者が出たり、演習発表はほとんど立候補だったり、積極的に参加する学生さん達で、こちらも非常に勉強になった。
2007.01.26
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昨年の今日は雪かきオヤヂだった……というわけで、今年も公開講座の裏方担当の順番がやってきた。以前は勤務校の独立した講座だったものが、市川市との協力で3大学開催の講座(基本は各校独立)になり、各大学で年10回の講座を持っている。 今年も曇天で冷え込んだものの、雪は降らず(ありがたや~)、受付・誘導を行なう。今日は中国茶の話。実演(実飲?)もあったようで、寒い日にはちょうど良かったのではなかろうか。 今日は「仕事が終わったら水道橋で羽衣だ~」と思っていたのだが、木曜日に今日の担当であることを思い出し(汗)、残念ながらそちらの鑑賞はできなかった。
2007.01.21
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“異聞”である。何が“異聞”かというと、樵(実ハ渡辺眤ムツル)が見つめる大原の建礼門院という形で、能「大原御幸」を元にしたドラマが展開するからである。大原に隠棲した建礼門院、それに付き従う阿波内侍・大納言局、そして後白河法皇と、能「大原御幸」の人物が登場し、能の詞章に拠りながら、六道語りをしていく。樵夫である眤は『平家物語』壇ノ浦の戦で入水しかけた女院を助け出した男として語られる。その彼が、女院上洛後も、こっそりと付き従い、常に女院を見守っているのである。この樵夫の役を山口馬木也さんという役者が演じ、他の人物はシテ方観世流の梅若六郎家の人々が演じる。監修が六郎さんで、企画・脚本・演出を土井陽子さん。 山口さんはきりっとした顔で、渡辺競もかくやという俳優。一方の女院は梅若晋矢さん。気品のある面遣いで、ひっそりとした大原に隠れ住む女院の雰囲気充分。謡曲をベースにしながらも、新しい試みとしては面白く思われた。 ただ、あれやこれや気になるところがあったのも事実。徳子をトクコと読むのはさておき、出家して院号を得たように語る時間設定もどうだかだし、「トクコ様~」と叫ぶ樵夫にいたっては、「女院様~」にしていただきたいところ(実名を身分の低いものが呼ぶのはどうかと思う)。 そして「忍ぶれど色に出にけり……」の歌、「色にデニケリ」と詠みました。困ったちゃんです(笑)。 初夏の設定であるので、ほととぎすの鳴き声なども効果音に使うのだが、樵夫の手にしているのは、満開の桜の枝。散り残りなら良かったのに。“法皇の先触れが騒々しく走り回っていた”という説明も、後半の雰囲気にそぐわない。能や『平家』と違うという批判は無意味であるが、独立した作品として、内部で破綻というか矛盾が幾つもあるというのは苦しいところではなかろうか。 女院はなぜ生き続けたのか、そういう部分でも解釈の提示が今ひとつ。「生きたかったんだぁ(軽めに叫ぶ)by樵夫」というのもどうかと思う。
2007.01.19
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相模原の今年度の授業が終了。試験はちょいと変な出題にした。学生の感想で、「思いもよらない問題だった」という旨のものが幾つかあった。“うんうん、それがわかっている君は正しい”であった。基本的なことは授業の平常点で判断できるので、今回の出題はポイントを外した問題ばかり出したのである(教科書・ノート・プリント類持ち込み可の試験)。ただ単に難しい、ではなく、メインではないところからばかり出ていることがわかるならば、それは総体を理解していることになる。しかも、意外な出題だという感想を書いた学生に限って、これが出来ているのである。 90名の大所帯だったが、授業時の反応が良くて、こちらも学ぶことの多い授業だった。
2007.01.16
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昨年末から作成していた教員免許の申請が終結。今年から幼稚園のほうに廻ったので、中学家庭は隣人さんのお仕事になり、私は幼稚園教諭関係。各学生に作らせた免許申請書をチェックし、単位を書き入れ、認証印を捺す。戸籍で判明した文字の訂正に関する報告書も作成。こういう仕事も教員が行なうのである(“行なう大学もある”が正しい)。今回は私がちょっと目を離したすきにぽかをやからした学生がいて、驚くような申請書が2通(やや不安)。できあがった書類は隣人さんが県の教育委員会に併せて持っていってくださる。こういう仕事も教員が行なうのである(“行なう大学もある”が正しい)。
2007.01.15
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宝生会も「翁」でスタート。今年は東川光夫さんの披キ、千歳も當山淳司さんの披キ。小鼓の頭取が鵜澤洋太郎さん。これも初めて観る気がする。サンバソウが大蔵流なので三番三を大藏千太郎さん。大蔵流「三番三」は和泉流ほど見せるという部分が強くないが、その分土臭いというか朴訥な感じでこれまた面白い。好みでいえば和泉流のほうが観やすいけれども、こういう素朴で力強い「三番三」も良いかなと思う。真摯な印象だった。 それはさておき、狂言「千鳥」をはさんで(善竹十郎さんの酒屋が面白すぎ)、能は「熊野ユヤ」。平宗盛のわがままに翻弄される熊野。辺りは花の盛りであるのに、気持ちが晴れないという形で進行し、最後に病床の母の元へ帰ってよい許しをもらう。権力者の心一つで行動が決まっていく哀しさ切なさを描いた名曲。宗盛のわがままというか肝っ玉の小ささが、『平家物語』の人物造形と重なって興味深い。この宗盛の心を動かすのが、俄に降り出した雨に対して熊野が詠んだ歌ということになるのだが、歌そのものはたいして上手でもなく、宗盛の許しを得る必然性を考えると、演じる方は大変だろうと思う。
2007.01.14
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昨日に続いて今日も渋谷で「翁」。梅若万三郎さんが“翁附キ”を正式の形で行なって3度目になる。「翁」の後、一端下がったシテが続く脇能も演じるという、最近ではほとんどお目にかかれない舞台を見せてくださる(一昨年が「高砂」昨年が「賀茂」、今年は脇能ではなく「楊貴妃」)。当初は3年で終わりということだったが、今回の会誌を拝見すると来年も行なうらしい。演目ももう決まっていて来年が楽しみである。 さて、今回は二世万三郎十七回忌追善ということで小書<法会之式>のついた「翁」。詞章が異なり、「三番叟」も[鈴ノ段]の鈴が錫に替わる。以前にここで書いたが和泉宗家では黒式尉の面をかけた三番叟が面箱持ちとの対話の中で、錫に替える意味合いを説明するが、今回の野村万作一門のものにはその説明はない。こういう差異も興味深い。 本来は「翁」はあれこれ云々する芸能ではないはずだけれども、興行として発展したものでもあるのだから書いてしまうと、橘の実を意識したのか黄みの装束で揃え大変に美しい(会誌も今回は黄色みが強く、もしかしたらそういう美意識が働いたのかもしれない)。型も観ていて安心の舞台だった。今月は阿波の地方芸能として残る「三番叟回し」も観られる。様々な形で伝承される神事芸能をこれからも楽しみたい。 ……なんて遊んでばかりもいられず。紀要の校正は極力手を入れないという方針なのでささっと済ませるものの、次の日記作品に関する論文執筆が停滞気味。仕上げたい着地点のイメジはあるのだが、構成が今ひとつといったところ。早く仕上げて、次のものに取りかからねば。
2007.01.08
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