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お気に入り登録しているいしざーさんではないが、大晦日になって佐藤研も部屋の掃除。送っていただいたりコピーしたりした論文を、作品別に分類してファイルする。昔の書きかけ・調べかけのノートが出てくると、ちょっと読み返したり…… 「あぁ、こういうこと書こうと思っていたんだねぇ……」とか思い返すので、作業は遅々として進まない。“まぁ、年度が終わらないと本当に整理はできないからね”という悪魔の囁きが聞こえるのも、毎年のことだ。一生でどれくらいの論文が書けるのか、なんて若い時はまったく思ってもいなかったが、この年になると段々そういうことも考えるようになってくる。これまたいしざーさんと同じ。やっぱり、自分のやりたい作品を真剣に見つめていかないと、なんてことも思う大晦日だった。 この2、3年、鑑賞した舞台の記録を捨てないようにしてきた。もうそろそろ、これも一気に消去したほうがいいかなとも思う。このスペースがあれば、自分の直接関わる分野のものがもう少し置ける……という誘惑に抗えない。どの作品を一番観たかな?と思って数えてみたら、自分の予想通り能の「海士(海人)」「融」が同数で第1位だった。役者(囃子方は数えない<笑)では歌舞伎のニザ様と能楽シテ方の梅若万三郎さん。
2005.12.31
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放置していたフリーページの論文題目を少しずつ入力した。1年に1つずつは雅有と宗尊親王を……と思っていたが、気が付けば宗尊親王に関する論文は雅有のそれとダブルスコアにまでなっていた。修士論文が教育学の時も文学の時も雅有中心であったため、なんとなく雅有のものが多い気がしていたのだが、こうやって並べてみるとお寒いばかりである。 雅有と正広というあまり接点のない2人の日記文芸を扱ってきた。この2人のみならず、中世の男性による日記・紀行をもう少し考えたいなぁとも思う。時折、読み返して、あれやこれや思いをめぐらすのだけれども、まとまった文章になっていかない。もう少し、じっくり考える時間が欲しいところである。でもその前に、宗尊親王周辺のことで中途半端に調べているものが幾つもあるので、それも早くまとめないと……。
2005.12.28
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今年最後の宝生会夜能は「通小町」と「融」。訓読みの同じ文字が入る曲だ(←関係ないだろうに)。 前にも書いていると思うが、老女物とか小町物と呼ばれるものはあまり好きではない。能の世界の小町は老醜のイメジが強すぎるからだ。もちろん、“老醜”は文芸全体の中での小町伝説の重要な主題ではあるけれども。 今日の解説でも触れられているように、「通小町」は詞章の中で「姥」とあるのに若い女として登場する点が興味深い。 「通小町」はシテ深草少将の霊、ツレ小野小町の霊という形で、百夜通いの果てに死んだ深草少将の執心が中心となる。前半、若い女として登場するツレが「市原野辺に住む姥ぞ」と言い残す時、若い女の背後に老女の霊がふんわりと広がる。今回のツレは小倉伸二郎さん。元々好きという贔屓目があるが、あぁ、こういう浮かび上がり方ができる方なんだなぁ、と改めて思った。囃子方も申し分なし。笛の松田弘之さんは言うまでもなく、小鼓大倉源次郎さん・大鼓柿原崇志さん代役光博さんもしっとりとした場面を描いた。光博さんは「松尾」以来、「芦刈」「龍田」「海士」「通小町」と続いた。オッカケのようだ。 そんなあたりで興奮しすぎてしまい、肝心の後半、深草少将の霊が現れ、被いた衣を取り去ったあたりから、忘我というか空中遊泳というか、夢か現か幻かとなってしまった。残念。
2005.12.21
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待ちに待った今日がやってきた。小倉健太郎さんの「猩々 乱」の披キである。おめでとう!年末に「猩々 乱」を持ってくる会は多いけれども、宝生会では若手研鑽の場でもある五雲会の夏の会で「石橋」、ついで別会で「道成寺」、そして再び五雲会12月会で「猩々 乱」と進んでいく方が多い。色でいうと赤(牡丹)・桜(桜)・緋(猩々)と赤系統の大曲を3年ほどで終えることになる。健太郎さんは、お若い頃から(←今でも充分に若い)楽しみにしていた方の1人で、実はこの3曲の披キを通して観ることができたのもこの方が初めてである。 観世流などの見せ方ほど華やかではないが、簡素にして必要充分な宝生の「猩々」。橋掛リを滑るように進む部分も停滞なく、本舞台での[乱]も軽やか。地頭高橋章さん&副の小倉敏克さんの渋い地謡共々堪能できた。いやぁ、やはり年末は「猩々」だね。酒呑みたいぞ、と。 太鼓方が梶谷英樹さん。後見がお師匠の惣右衛門さんで、観ているこちらもドキドキ。もしかしたら、<乱>を初めてお勤めなのかもしれない。
2005.12.17
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3月に香川に写本の調査に行くことがあり、ついでに屋島にも寄ったことがある。あぁ、こういう所だったんだなぁ、と中世とは地形が異なるのはわかっていながらも、なんだかしみじみとした気分で歩き回ったのを覚えている。 今日は観世流で「屋島」。今年は大河ドラマが義経だったせいか、義経関連の能の公演も多く、観世座12月公演はこの曲を<弓流><素働>の小書を併せた<大事>という小書で行った。さらに間狂言も<那須之語>の小書で通常のものとは違い『平家物語』「扇の的」として知られる挿話を狂言方1人の語りで行う。<弓流>も『平家物語』で広く知られた義経の挿話であるが、通常の型と異なり写実性を帯びる。全体に格調高くなるほか、シテの語りの時に通常使用する葛桶ではなく、小鼓方の人が使っている床几を使用する(代わりに小鼓方が葛桶にかける)。多分この曲のこの小書の時だけの演出だろうが、葛桶よりも床几のほうが合戦の最中という感じになる。いつごろから取り入れられた演出なのか興味深い。 さて、義経の最期がさまざまな伝説となっているが、義経の霊が屋島に留まったという設定のこの曲。世阿弥作といわれるこの曲が、尉(前シテの老人)として義経を登場させる点でも興味深い。この点は既に考察もあり、今回のパンフレットで松岡心平氏も触れておられるが、ちょっと違った視点でも考察できそう。 能楽観世座は人気のせいか、通常の会員でない自分のようなものにはあまり良い席が来ないが、今回は驚くほど良い席だった。しかも前の席が空席で非常に観やすかった(って何を?)
2005.12.15
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今日は国立も矢来もあるし、きっと空いているだろうなぁと思ったら、案の定空いていた。普通は国立ねらいだろう、たぶん。 昨日は當山孝道さんで「芦刈」。風邪でも召していたのか、本調子ではない様子。やや残念。徹夜での仕事がたたり、こちらも本調子でないことも原因か。 今日は金森秀祥さんの「龍田」、小林与志郎さんの「竹雪」、佐野由於さんの「項羽」の3番。んー地味すぎる。 「龍田」は冬の龍田明神を描く曲で、紅葉の歌および「紅葉」をふんだんに盛り込みつつ、やや冬の気配を漂わせる気品あふれる佳品。四番目物でありながら脇能のような情感を持たせ、その意味では「三輪」にも通じる。「三輪」はそれほど好きではないのに、「龍田」は結構好きだ。なぜだろう?と今回思って気付いたのは、三輪明神=男神(←おだまき伝説)というイメージを自分が持ちすぎていることだった。金森さんは気合充分で出てきたのだが、残念ながら早いところで1回絶句。有名な古歌を踏まえての場面だったので、残念。後半は持ち直して、見事に舞った。ウコン色というか黄色の長絹に緋大口と、秋の襲の色目のような配色で美しい。 宝生(と喜多流?)の「竹雪」。継子いじめを扱う叙事性の強い作品。舞台の上でいじめられた子ども月若が死んでしまうという。継母は狂言方の大切な役で、今回は山本則孝さん。「あー、こんな憎まれ役をなさるなんて……」と子方近藤颯一郎くんの澄んだ謡と併せて涙。従者として登場するもう1人の狂言方は山本則重さんで、雪輪の肩衣。曲に合わせたのだろう、こういう装束の合わせ方は嬉しい。ちなみに則孝さんは千鳥に帆掛け舟の縫箔。冬、そして友なし千鳥という和歌の世界を描く装束で、こちらも曲にふさわしい。 「項羽」は中国の話を材にとる唐物で、後場に怪士(あやかし)の面をかけるいわゆる切能だけれども、虞美人との情愛も感じさせる作品。勇壮な戦士の霊でありながらも、佐野さんの柔らかな謡と力強い手の動きがそうした情感を出していく。地頭が近藤乾之助さんで、きっとそういう強さと愛情の両様が出てくるだろうと思っていたのに、今日の地謡はやや変。なんだか力入り過ぎている方が居るとお見受けする。路線変更でもするのだろうか、とやや不安に思った。 別会(松尾)・国立普及(芦刈)・月並(龍田)とこの流儀の3公演で連続して大鼓に柿原光博さんが入っていた。弘和さんがだんだん良い感じになっていったように、こちらもいまや伸び盛り。頑張っていただきたい。 さて、今日は高橋勇様の逝去の話を聞いた。最後の舞台がちょうど2年前のこの月並能での「六浦」だと思う。年明けに倒れられて、約2年の闘病生活。いつかもう一度拝見できればとひそかに願っていたが、それもかなわなくなった。合掌。 注)ここのブログの趣旨とは色合いが異なりますが、なんだか書き残しておきたくなりました。お目汚しで申し訳ありません。
2005.12.11
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論文……んー、一応論文の領域だろう。今日出来上がりが到着。学内の学科で刊行する雑誌に投稿したもので、題目は「『高等小学読本』における教材化の一側面―能楽作品を例に―」というもの。扱った作品は狂言「狐塚」と能「小袖曾我」「鉢木」。高等小学校(今の中学校年齢)はこういう作品を読んでいたんだねぇ。一番興味深かったのは「鉢木」で、能ではツレとして登場する常世の妻の台詞をすべて削除し、ワキ旅の僧(北条時頼)とシテ(常世)との対話劇に仕立てていること。結構大胆な書き換えが見られる。 当初は違うものを書こうとしていたのだが、期日の関係で今回はこれを発表することになった。専門領域に関わるものは、もう少し考察を重ねてどこかで発表できればと思う。あっ、ここの概要も更新しなきゃ……
2005.12.08
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