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今年はどうしたわけだか、国立能楽堂の企画公演に平家特集がある。今日は直接その企画ではないけれども、特別公演で「加茂(宝生流)」と「摂待(観世流)」。「摂待」は奥州に逃げ延びる源義経一行に起こった挿話で、主な筋立てを『義経記』から、途中の話を『平家物語』から採っていると見られる構成。先日の関根祥丸君の子方(佐藤継信の子・鶴若)は安定度抜群だったけれども、今日の小早川康充君も眠気と闘いながら、子方の大曲を見事に勤めた。けなげに頑張っているのを観ると、それだけで泣けちゃうなぁ。 さて、平家特集だが、それに合わせたのか資料展示室も軍記関連でまとめている。能に描かれた軍記ということで、装束や面、舞台絵など、能楽堂以外の収蔵品も結構出ていて、ちょっとした展覧会となっていた。展示は本日より6月25日まで。必見。 鑑賞を終えて会場を出ると、長門本『平家』に関わる論考の抜き刷りを先日送って下さった、“闘う”軍記研究者をお見かけし、先日のお礼の挨拶をする(礼状はもちろん出している)。私のような者まで記憶に留めていただいてありがたいことである。 問題提起というか、長門本を扱う時に、絶対に念頭に置いておくべきこと(それを考察するか否かは別問題)を明記し、色々と広がりを見せる論考で、そのうちのほんの僅かでも自分で明らかにできればと思う論文だった。なんて思う前に、宗尊親王のことをちゃんとやれ!なのであるが。
2006.04.29
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当初は、声明の公演もある日(前期)に行って、後期にもう1回という目論見だったのだが、機を逸して後期にようやく間に合った。 中世文学の研究を行なう者としては、法華経信仰や密教化された点で看過できない宗派。しかも今回は国宝・重文がぞくぞくということでありがたい品々をゆっくりと鑑賞できる。とはいえ、断続的に行なわれる各宗派の特別展は宗派に関わる人物像や仏像、仏書が展示の中心であり、全体的にどうしても地味なものになる。ありがたや~な気持ちはあれども、紺地の紙に金泥の経典がずらりと並んでいる(←それはすごいこと)あたりもとっととスルーしてしまう罰当たり鑑賞者であった。獅子とか象さんとか、踏まれた邪鬼とか、どうでもいいところで立ち止まる、それまた不届き千万であるなぁ。状態の良い仏像が多くて目を惹くほか、ヴィジュアル物では曼荼羅図と六道図の出来に目を奪われたり、文学がらみの物では『入唐求法巡礼行記』や『是害房絵巻』などの古写本を実見できて、非常にありがたい。 展示品の番号と展示順序が合致せず、こういう部分が工夫されるともっと観やすかろう。
2006.04.28
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能「定家」については前に書いたよな……と思ったのだが、削除したもよう。先日観たのも記録していない。今日は“能楽進行形”という笛方・大鼓方・狂言方の旬の3人による会の第1回公演。一般にはほとんど告知していない会だったが、教えてくださるご奇特な方のおかげで観に行くことができた。 第1回の公演は、祝いの意味をこめたのか素囃子「獅子」に始まり、狂言小舞「七つ子」・能「定家」。小舞にも「テイカカズラ」の文句が出てくるので、揃えたのかしれない。といいながら、会場に着いた時点で「獅子」が始まったので小舞も観ずに休憩に突入。 さて能「定家」は歌人として名高い藤原定家と皇族歌人式子内親王の秘められた恋を描く作品。内親王没後、その墓所には定家の情念の象徴であるテイカカズラがまとわりつく。その情念から抜け出そうとする内親王の霊がシテとなる。藤原定家は登場しない曲。 実際、この2人の間に実事ありやなしや、は推測の域を出ない。関係があったのは確実だけれども、そこから1歩踏み込んだかどうかは確証がない。ただし能の世界ではあからさまに恋の妄執を描いている。それは2人の(別個に)詠む恋の歌が1つの作品として結実可能だからであろう。 本日のシテは京都から片山清司さん。可憐な3番目が綺麗に浮かび上がる方であるので、こちらの期待も高い。しかし予想通りというかはまりすぎというか、あまりにかわいくて、「定家」の妄執という感じは持てなかった。最後のテイカカズラにまとわりつかれて消えていく場面も「半蔀」の夕顔の霊のような可憐さを感じてしまう。全体の優雅さ・高貴さは目が離せず、2時間超の大曲を面白く鑑賞できたけれども。
2006.04.27
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25日朝の新聞で福田秀一先生・川平ひとし先生の逝去の報に接しました。川平先生は58歳、お話ししたことはほんの少ししかないけれども、まだまだ活躍なさるはずの先生でした。福田先生は古稀を回ったところ、もう少しご高齢かと思っていたほど、お若い時からものすごい量の業績を残されています。何度か助言を頂く機会があり、その温厚なお人柄にも惹かれておりました。ご冥福をお祈りいたします。
2006.04.24
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歌右衛門さんの五年祭、そして中村松江襲名披露も重なった今月の歌舞伎座。夜の部に舞踊「時雨西行」がかかる。初見の演目で興味があったが、やはり三階席は遠かった。先月、幸運にも一階を体験してしまったがためにオペラグラスも忘れ、全貌が見えない。 タイトル通り西行を中心に据えた作品で、『新古今集』収載歌と、普賢菩薩説話を織り交ぜた、さらに直接的には能「江口」をふまえた舞踊。もちろん能と歌舞伎は深くて広い溝があり、見せ方や情感は似て非なるものであるが、そうした先行文芸・芸能を凝縮しているだろうという予想の元に楽しみにしていた番組だった。 が!西行登場の前半はともかく、江口の遊女が出てきた辺りから意識が途切れはじめ、ところどころ記憶が抜け落ちてしまっている。やはり舞踊はもう少し近いところで見たいものだ。 今日の公演ではニザ様の「伊勢音頭恋寝刃」<油屋・奥庭>もかかる。上方風演出というのか、自分の記憶にあるこの作品の舞台と若干印象が違う。全体的には、前に見たタイプの方が好みではある。でも仁左衛門だから何でもOKだったりする(爆)。
2006.04.21
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ここのブログも10日間放置。お恥ずかしいかぎりである。自分の研究分野のことをまったく考えなかったわけではないが、まぁ言い訳しても仕方ないか。 研究室がまた引っ越しになり、荷物をようやくしかるべき場所に配置できた。昨年度にいた部屋よりうんと広くなって(前の部屋の大きさに戻っただけ)、研究環境はかなり改善された。授業の空き時間に、少しずつ歌の本文について考えられるよう、準備を進めているところである。 そんな矢先、先日ここのブログで記した西日本の先生より、3編の抜き刷りを頂く。届いたのは、ちょっと前で、さっと読んではいたのだがじっくりと読み始める。和歌に関するもの2編と日記文芸に関するもの1編だ。和歌のもの1編は自分でもコピーで入手していたのだが、2編は未見、しかも1編は雅有に関するものだった。ありがたいことである。幾つもの注釈書が出ているにも拘わらず、納得しがたい部分が多いのも、雅有日記の特徴だ(厳密には日記作品の特徴ではない、モチロン)。先日直接お目にかかった時もそういう話になって、あの時の会話がこの論文の伏線か……と思う次第である。その時点で、今回送っていただいた論文の存在を知らなかった自分が本当に恥ずかしい。 さっ、頑張ろっと
2006.04.20
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河口湖改め淵野辺のページを立てる。といっても、まだ何も書いていない。 非常勤講師は今日がその初日。厚木から淵野辺に移転した新しいキャンパスは、渋谷から見たら不便であるけれども、厚木に比べると雲泥の差。いや、厚木が不便なのではなく、本厚木駅からバス35分というのが大変だったわけだが。新キャンパスは淵野辺駅から徒歩数分(校地に入ってからが遠かったが)で、自宅からも1時間ちょっと。 1年生から取れる講義科目は、1年生中心かと思っていたが、案に相違して2年生が多かった。顔合わせながらもちょっとしたことを書くために黒板に向かうと……なんと向かって左側から横書きで始めようとする始末。やばい、ここでは日本文学なのに。いかに教育学関係の授業に慣れてしまっているかを痛感する。 この科目では拙著『中世・鎌倉の文学』を用いて、鎌倉と文芸との関わりを講義していく。地元神奈川ということもあり、授業後に「先日鎌倉に行ったばかり!」と話しかけてくれた学生や、出席票代わりの紙にちょっとしたコメントを書いた学生もいた。こういう反応の早さや気さくで素直な気質は、多分ここの大学の伝統的なカラーであろう。 2つめの科目は2年生対象の演習。こちらは中世和歌を扱う。本当は日記文芸か『徒然草』と思っていたが、新キャンパスでまだ参考文献の少ないこともあり、また専任の先生からの希望もあり、和歌の研究を行うことにした。解釈と本文研究になるので、他の分野に行くことになっても応用が利くだろう。 自分が厚木に通っていた頃の副手さんがこちらにご出勤だったり、記紀神話に建築学の成果を取り込んだご講義に感銘した恩師と久しぶりに話せたり、出席カードが昔と同じだったり……なんだか、些細なことに感動する1日だった。 授業を終えて一路渋谷へ。河口湖通いの2年間は、絶対に最初の番組を諦めていた武田同門会の公演。今日は間に合うと思っていたのに、授業に熱が入り、予定時間をオーバー。そのため1番目「高砂」も開始には間に合わなかった。だが、どうしても今回のシテ武田文志さんを脇能で観たかったし、後ろの方がかなり空席だったので、掟破りの途中入場(よい子は真似をしてはいけません)。期待の若手は、予想通りのキレを見せた。文志さんは脇能とか切能で、年齢らしいシャープさを見せるので、遠い席からでも心地良さが伝わる。 狂言「茶壺」で席を移動し、最後の「当麻(タエマ)」まで。今年は同じ流儀で2月にも観たけれど、今日のほうが面白かった。2月はシテの方以外のところで気になることが多かったが、今回はそういうこともなく、当麻曼荼羅世界の片鱗がほんのりと浮かびあがった。同じく中将姫を扱う能「雲雀山」は、現在能で趣の異なる作品、「当麻」の間狂言ではその辺りも語られる。 「当麻」は先日観た「海士」<解脱之伝>との類似性を感じる。それにしても、なんでこの曲が切能に分類されるのか、何度観ても不思議である。
2006.04.11
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宝生流今井泰男さんさんの能「雲林院」。東京宝生会の現役最高齢、80半ばの方が気品ある業平の霊になった。 中世の『伊勢物語』伝授を匂わせる作品。『伊勢物語』では「東の五条わたり」に「昔、男」が通った話があり、第5段の末尾にその相手が二条の后だったと追記の形で記されている。そういう背景でこの能を観ると、ワキ(『伊勢』愛読者の公光キンミツ)は、ワキツレの従者を伴わずに、たった1人で業平の霊と対峙してほしいところだけれども、現行の演出だからしかたがない。そもそも現行の「雲林院」と世阿弥筆「雲林院」とは後半がだいぶ違っているのだが(そうした点に言及した研究論文も幾つかある)。 切能のイメジを捨て去った現行「雲林院」はとにかく風雅であり、こういう貴人の出る物が好きな自分としては「あぁ、いいなぁ~」とぼんやり見つめるばかり。今井さんのお元気な姿で、こちらも幸せな気分をいただいた。 今日の宝生月並能は上代・中古に題を取った作品が並ぶ。「雲林院」と「右近」、いずれも業平に関連した作品で、『古今集』歌がちりばめられた詞章の美しい作品。そして最後は近藤乾之助さんの「国栖(クズ)」。<尉>面がこんなにはまる方もそういないだろう、という近藤さんは品位のある老人として登場。狂言方を追い返すところの毅然とした姿が、“ただものではない”という雰囲気を醸し出す(なんたって蔵王権現の化身ですから)。 今月の宝生会の公演は「雲林院」(月並能)・「須磨源氏」(五雲会)・「小塩」(夜能)と、似た構成の曲が並ぶ。「須磨源氏」は一応切能で最後の舞も異なるけれども、物語世界の貴公子が桜の下で舞うという点で共通している。
2006.04.09
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横浜能楽堂が10周年。あぁ、もうそんなに経つんだねぇ……な舞台で、脇能「老松」。松に梅という曲なので、ここの舞台(というか鏡板)にこそふさわしい選曲だ。観世流で<紅梅殿>の小書付きのシテは梅若六郎さん。 宝生流では先年、何十年ぶりかで佐野萌さんシテ&近藤乾之助さん紅梅殿で舞ったのが印象的だったが、他流でもあまりお目にかかれない曲、なんと梅若さんも今回が初めてだそう。後シテ老松の精が[真ノ序ノ舞]を舞う部分をツレ紅梅殿と一部相舞に変化させる小書(今回は最初が紅梅殿のみ、続いて相舞という形)で、まさに華麗優美。通常地謡が謡う部分をツレが謡うので、混乱した地謡が一部ザワついたが、慣れないゆえのご愛敬と言うことで。近世期には稀曲ではなかったようだが、確かに松の爺さんだけでは地味すぎかもしれない。 で、なにゆえこのタイトルかというと、菅原道真の天神信仰をふまえた曲だからだ。北野天神でのお告げに導かれてワキの辿り着くのが道真菩提寺の安楽寺となっている。道真といえば梅、梅といえば道真と、切り離せない関係の中で、飛び梅伝承も加えて作られている。初春の梅の香漂う舞台に仕上がり、雷電の恐ろしさはみじんも感じさせないので、鎮魂の目的もあるのかもしれない。 そういえば、先日、両親がバスツアーで水戸偕楽園の梅鑑賞に出かけ、その際にコウモンボクと解説されたらしい。コウモンって水戸のご老公じゃないんだから、と突っ込みながらコウブンボクと訂正した。文学(漢文)を好み、文学が廃れると色香褪せる木ゆえに“好文木”が梅の別称。現代の日本は梅が元気を失う世の中かもしれない。天神様も怒るよ、ホント。 観世流にこの小書があるんだ、と売られている観世の謡本―千鳥のほう―をめくる(←買えって)が、小書の欄に「紅梅殿」の文字は見当たらない。帰宅して『能・狂言事典』(平凡社)で確認したら、五流いずれにもある小書となっていた。増えたり減ったりするのが小書なんだろうけれど。
2006.04.01
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