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第132回和泉会&第18回和泉姉妹の会。こんな年末に……であるけれども、九世三宅藤九郎十七回忌追善の会なので、この時期がふさわしいのだろう(九世の命日は12月19日)。 実はここの楽天(の前のinfoseek時代)の日記を書き始めたのが、九世十三回忌追善の会なのだった。今回の追善の曲は「似せ阿弥」。多くの新作狂言を手がけた九世藤九郎の作品の1つで、シテ盗人を十世藤九郎が、アドの某を和泉元彌が演じた。 作品題名を見てわかるように“せ阿弥”つまり世阿弥を取り込んで、盗人が世阿弥の霊に扮する話。「奥義アウギ」と「扇アフギ」は掛詞のルールから外れるけれども、「時分の花」「自分の鼻」といった言葉遊びを盛り込み、なおかつ著名な狂言(「仏師」「瓜盗人」など)のエッセンスを加えた佳品だった。 十三回忌の時は「三番叟」に<陰陽之式>の小書を付け、鈴ノ段で鈴を使わずに錫を用いたが、今回の「似せ阿弥」には鈴ノ段を真似た舞が入るので、鈴を使用している。そういう辺りを意識したのかもしれない。 『花伝書』を最初に読んだのは高校2年生の時だった。教材で読まされた評論文に『花伝書』が出てきて、読んでみようということになったのだ。当時は講談社の普通の文庫に様々な古典作品が並んでいて(その点では新潮・角川なども同様)、格安の値段で本文と対訳が読めた。近現代に飽きると古典というのを随分と繰り返した時期である。研究対象にしようとは思わないが、芸道に関する古典作品というのも面白い。仏教関係の思想書よりもなじみやすいし、何百年も前の思索が時を超えて目の前に広がってくる。
2006.12.27
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14世紀初頭に帝の位にあった花園院。かの方の呼称が萩原の院。出家後、花園の萩原殿に居住したことによる。能「富士太鼓」は能の中でも数少ない鎌倉時代末期を作中時間とし、ワキによって萩原の院の御代であることが語られる。本来“萩原の院”であれば鎌倉倒幕以後の呼称となるが、かの方の内裏での出来事と語られるので、1308-1318の話と設定されることになる。 学芸に優れた帝らしく、この作品の発端は、2人の楽人“富士”“浅間”のうちどちらを選ぶかという時に、帝の口ずさんだ歌で決まったことによる(この手の話もわりとある)。その歌によって“浅間”が選ばれるのであるが、興味深いのは“浅間”がなおも不安に思って“富士”を討ってしまうことである。「そんな男を楽人にするのはどうよ?」というツッコミはなしで、遺された“富士”の妻子が辛い思いを太鼓に打ち込めて恨みを晴らす形で終わる。 類曲に「梅枝」があり、こちらは“富士”の妻が霊となって現れて恨みを述べる夢幻能。現行で2曲もこの話が遺っている点も興味深い。どうした典拠で、この帝の時代に設定されたのだろう? 今日の舞台では、絶句とも思われない箇所で、どなたかの訂正が入った(後見からとも思えなかった)。言い間違いをしたのかもしれないが、それほど大きな違いだったのかは不明。絶句したとも感じられなかったので、謎のままだ。それが尾を引いたのか、その少し後で言い間違いがあった気がする(そちらは訂正なし)。 割と好きなシテ方さんだったので、なんだか全体にぴりっとせず残念であった。 そして今日は「乱」が。当たり年(と私が密かに呼ぶ)3人の2人目水上優さんが「猩々」<乱>を舞う。今日の「乱」は端整。ぴたっと収まる動きで上半身のぶれもなく、宝生流の地味な「乱」にふさわしい。片足を上げてぴたっと静止するのはかなり筋力を要すると思われるが、ぶれないで舞いきった。抑え気味な笑みの品のある面で、水上さんの端整な舞と上手く調和する。 例年通り、年末の会は大混雑。仕事帰りのため、最初の「絵馬」(武田さんが……)と狂言「文荷」(善竹兄弟が出たのに……)を観られなかったが、最後が期待通りで満足の会だった。
2006.12.16
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本日、紀要の論文提出。おめでとう<自分 紀要委員会に入っているので、他の方のものを査読(<おこがましい)したり、和文の論文タイトルを作ったり、そして最後の最後まで自分のもので足掻いたり。 嬉しさで、帰りに寄り道をして新しいテニスラケットを購入。もちろん、論文執筆はただの口実だが。
2006.12.13
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久しぶりに学生引率の能舞台となった。本務校では学科専攻単位での企画はあったものの、小人数で希望者のみというのは久しぶりだ。よそ様の大学の学生さんであったが、こういう機会に積極的に参加してくれるのは教員として非常に嬉しい。 今日の演目は狂言が「墨塗」、能が「砧」。自分が秋の生まれだからかもしれないが、学部生時代に『徒然草』の秋を描いた段から出発して、『新古今集』前後の秋の歌をちまちまと調べていた。その後、何年も経ってから“夜寒”という語をめぐって論文を2編書いたのも、実はその根底に学部生の頃の調べがあったからだ。当時は宗尊親王に着地する予定ではなく、連歌に着地する予定だったが、予定は未定と言うことで。 能「砧」も“夜寒”の語が出てくるので、そこの前後は自分でも言いようのない不思議な気分に陥る。 今日のシテは梅若万三郎さん。執心を残して死んでいった妻というよりは、気品のある死霊だったように見受けられた。
2006.12.07
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慌ただしいなどと書きながら、観世会なども行ってしまう自分は自覚が足りない。もっと言うと、観世会の前にエッシャー展も観た。面白かった!子どもの頃、世界の謎などの本にエッシャーの挿絵が使われているのを記憶している方も多いだろう。それらの多くが、今目の前に並んでいるというのが感慨深い。今回の企画では、エッシャーの人生を追いながら作品を鑑賞するばかりでなく、現代のCGというのか、動く映像としてエッシャーの作品をとらえるものもあった。小さい作品がぎゅぎゅっと並んでいるのは、かなり集中力を要したが、それでも充実の展覧会である。不思議な世界がお好きな方は是非!予想以上に混んでいてやや驚いた。 さて、肝心の論文はその後もぐだぐだとしながら、ようやくまとめを終えた。2005年スタートの栄養教諭教職課程を置く大学は多いだろう。しかし、4年制大学ならばまだ教育実習は入らない。今年から大学生として実習が始まるのは短期大学のみで、千葉県だと本学ともう1校になる。そうした実習について考察できたのは、幸運とも言えよう。 今日からは久しぶりの“雅有様”に突入する。
2006.12.05
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