2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全31件 (31件中 1-31件目)
1
食費は外食費を除くといつもより少なめだが、家族の夏のイベント+誕生日でフランス料理フルコースとワイン2本が原因で8%膨らんだ。旅先の夕食はクーポン券を利用できたのでラッキーだった。出先での喫茶費も増えた。教養娯楽費は映画、動物園の入園料&ガイドブックなど、美術館入園料&絵葉書、と10月の音楽会のチケットもあって予算消化率148%だった。これだけ出かければ仕方ないか。額では以上が大きい出費だが、暑くて全員が髪を切ったので理容衛生費も158%、住居費はリビング快適化計画で夫のGOが出たので椅子を購入、息子も学習机の椅子を卒業したので新しい機能の椅子を購入したことによる増大。ただしリビングの椅子は人気商品だったらしく、まだ届かないので支払いは先になる。昼はお出かけ、夕方一眠り、夕食後二眠り目、夜中オリンピック、朝遅めのスタートという8月の生活を閉会式とともに終了し、9月からはまた早起き生活に戻る。本当に真夏の夢のような毎日だった。9月は学費の納入もあり、縮小した生活をして行きたい。台所も涼しくなるので、じっくり煮物もいいなぁ。
2004年08月31日
コメント(0)
「父と暮らせば」は最初の回でも10分前では、もう一番前しか空いてはいなかった。でもスクリーンは奥だったので、見上げるというわけではなかった。広島弁が効果的だった。なぜ父が押入れに居るのかおいおい分かってきて、二人の掛け合いが面白く、悲しい現実なのに、笑いが起こること数回。原爆資料収集はGHQが目を光らせていたことを知った。本当はもっとたくさん当時の証拠があるはずなのにと思っていたら。父に「人間の楽しいことも悲しいことも伝えて行くのが図書館員の仕事だろ。」と励まされていた娘。映画で図書館員は結構取り上げられる。だいたいはきれいなお姉さんだが。今は活かされなくても、時がたてばきっと必要とされることがある。それで地味な仕事をコツコツとできるのだろう。「華氏911」は報道されているのを、もっと鮮明にしたような映画だった。中途で入ってもついて行けると判断して、後半から見ることになった。貧しい母が子どもの死を悲しむ。イラクもアメリカも。実際に戦うのは貧しい人々同士という理不尽な現実を映していた。写真展で見たのと同じ情景だった。やりきれなさが充満して、矛先が豊かな支持者に囲まれた大統領に向かう。選挙でしか変えられないのか、選挙もコントロールされてしまうのか。手の届かない人たちの一声で原爆が落とされたり、国が滅茶苦茶にされたり。女の人が戦うとか、自爆してなんてあってはいけないことが起きている。お願いだから男の人のマネはしないでと思う。夫の夏休みは重い映画2本をみて締めくくられた。半分以上一緒に出かけ映画や動物園、美術館を楽しんだ。これからの長い時間を共に過ごす予行演習のようだ。課題はお互いに伝え合うこと。今夏は街であった寂しいおじいさんが印象に残った。百獣の王ライオンも1人で過ごす檻で大きな声で吼えていたが、寂しくてたまらないように聞こえてしまった。家ー水道橋ー歩いて神保町で映画ー古本屋ーカフェー歩いて後楽園駅ー池袋で映画ーデパ地下でパンー家
2004年08月30日
コメント(2)
バザーの準備をするために、物置に入ると、あのりんごの絵のダンボール箱はと牧師さんが話し出した。盛岡の信徒さんのりんご園の箱だそうだ。宛名は静岡から川崎となり、日暮里にある。バザー用の紙袋がぎっしり詰まっていたので、これは盛岡を発ってから、かなり長い間運ばれながら、また物置で待機しながら役に立ってきたことになる。流転の経緯はその箱しか知らないが、突然特別のダンボール箱になった。箱でも人でも同じこといえるなぁ。
2004年08月29日
コメント(0)
出かけてばかりで、溜まったアイロンかけを黙々とこなす。夫は書類の山を分類して月曜日までに片付けることを約束。探していた鳥獣戯画の扇子がやっと見つかった。ということは1年間かけたヤマだったのね。多少長めの夏休みの終わりに、ご自分の書類の整理で休み明けのトレーニングとなる。きちんとファイルされた文書はもう宝物なんだけど、そのためには我が家が、いわゆるインテリアとは別の次元の空間を生きることになってしまう。息子もワレワレも「いろんな人がいるんだ」を体験した夏休みだったが、ワレワレもその類の一つ。
2004年08月28日
コメント(0)
30日(月)までの写真展 <都美術館「1枚の写真が国家を動かす」世界の戦場から「戦火のイラク」一般500円。学生300円高校生以下無料>に行った。その前に寄った藝大美術館横山大観「海山十題」展は29日までなので、賑わっていた。平和でなければ風景画など愛でられないなぁ。写真はこれでもかと生々しく伝える。小学生に説明しながら見るお母さんもいらした。子どもはちゃんと写真を読み取って質問をしていた。イラク、アフガニスタンだけでない見るとショックな写真が続く。時々落ち着いた状態に戻った時の笑顔の写真がある。どうしても絶望漂う空間になってしまう。だれも取材に来ない地域は悲惨さが増してしまう。報道されれば、まだ援助に繋がるが。知られない悲劇も山のようにあることを知る。ここ何日かは写真を思い出してしまいそう。疲れて体調崩しているワタシには辛い。家ー根津ー藝大美術館ー都美術館ー御徒町ー上野公園ー家
2004年08月27日
コメント(2)
「みんぱく」は水曜日が休館日なので断念。疲れた頭では歴史関係は無理と考え、海遊館に行くことになった。入場料一般2000円は高くないという結論になった。結構たくさんの人が来ていた。夏休みは動物園より水族館が常識なのかもしれない。日本の森から始まるが、ガイドブックに、あのサンショウウオが脱走し、エスカレーター94段40mを下りて下の階に現れたとか。このおっとりしたサンショウウオが?深い水槽を上から見ると、陸には動物が、下に下りて行くと魚がというパターンで見る。動物はコツメカワウソ、リスザル、ナマケモノ(落ちたらどうするの?手指しか見えなかったが。)が陸に、ラッコ、ゴマフアザエアシ、カリフォルニアアシカは陸からかなり深く潜る姿を見ることができる。ペンギンは雪の中に立っている。こちら側まで冷気が伝わってくる。泳ぎの上手いカマイルカはかなりのスピードで、縦横無尽。カメラで捉えるのが難しい。ジンベエザメの水槽はミニディープ・ブルーの世界だった。マアジの群れをクロマグロが時々乱入していた。魚の種類が豊富でずっと見ていたかった。カタクチイワシの群れの水槽も、今まで見た中で一番大きく深い。銀色がとても美しい。大きさがマチマチで同じ種類かと思う。4時に海遊館を後にして、新幹線の時間まで梅田を歩くことにする。東京にないデパートの阪神デパートに入って、車内で食べるお弁当と是非大阪のたこやきも調達しようということになった。京都の老舗のお弁当が500円引きというので1個購入。たこやきがいざとなると見つからない。聞いて、スナックコーナーで焼いているのを並んで待って、10個525円で手に入った。これで夫婦二人分。上手く分け合えるので夫婦って便利だ。ほぼ目的を達して、新幹線で一眠りして10時半前に家に着いた。
2004年08月26日
コメント(3)
新大阪のロッカーにおみやげを預けて。天王寺動物園へ。地下鉄の出口の売店にはアヒルとマガモと犬を連れたおばさんがお店番をしている。しかもアヒルのたらい持参。どのように出勤してくるのだろう。本日のインパクトNo1!動物園にたどり着く前に、横丁を歩くことになる。大阪かぁと思う。上野と似ているが、話し声が多く、やさしい言葉かけをしている。天王寺動物園は通天閣が見え隠れ、高速道路がしっかり存在を見せつけている。ここに動物園??という感じがする場所だ。ところが、それを逆手にとって、思い切りアフリカになっていた。遠景は高速道路、近景はサイが歩くサバンナ。あまりのギャップに、人間の発想の凄さを思う。密猟者に殺された骨まで展示している。キリンは高い木から葉っぱを食べ、ダチョウ、グラントシマウマ、エランド、アフリカハゲコウ、トムソンガゼルと暮らしている。時々ホロホロチョウの群れがワッとやってくる。エサでなく、自分で木の葉や草を食べている。ビューポイントは水辺が近いので、何かしら寄ってくる。シママングース舎の岩にはナイルオオトカゲが張り付いている。よくできたレプリカ。人がお掃除に来たら、シママングースは穴に入ってしまったのに、トカゲは動かなかったので分かった。夫がシママングースはここが公開される前、脱走してしまい、捕まえるのにも大変で、脱走防止の電気の線を張りなおしたこと、次は肉食獣のゾーンを建設する計画があるという話しを聞いてきた。完成したらもう一度来よう。目的のカバ舎もお金かかっていて、また広い。透き通った水の中のカバに、魚が群がっているのはまさに圧巻!!聞くと見るの違いが歴然。大小の魚たちとアマサギ、エジプトガンとの共生生活を見せてくれる。ゾウ舎も新しく、バナナ畑や畑を荒らすゾウの見張り小屋などの演出が興味深い。爬虫類生態館も面白い。警備員の人数が多いのは理由があるのだろうか。亀がひっくりかえっていたら、飼育係に連絡しないと1人では起きられないので、死んでしまうと業務連絡をしていた。ゾウガメのところで、熱心に話していたおじさんはワタシに話しかけてくれていたのでした。気付くの遅れて失礼しました。チンパンジーの赤ちゃんのレモンのかわいらしさ、家族のほほえましさを見ていたら、見ていたおじさんが「ブチハイエナにも赤ちゃんが生まれて15日だよ。」と言っていた。「よく来ているんですね。」と言ったら、「ここしか来るところないんで。」と言ってらした。幸せなことですよ!お年寄りにも優しい動物園でした。都会の動物園ならではのこと。ワタシも上野動物園にどんなに助けられていることか。コアラ舎に小さな小さな子守熊(こあら)神社があった。木から落ちないので、入学祈願のお札も。お賽銭がバラバラおいてあった。天王寺動物園はどうも、どこも出口が先に行き当たるので、入り口を探すことになってしまう。動線に大阪ルールがあるのかも知れない。エレベーターの左が急ぐ人用となっているように。新大阪ー天王寺ー本町で昼食ー大阪港ー海遊館ー梅田ー大阪ー新大阪ー東京ー上野ー家
2004年08月25日
コメント(6)
類人猿展、GWに会えなかったゴリラのヤマト、大きくなっただろうゾウのモモちゃんに会いに行った。まずモモちゃんはなんと100kgゾウの298kg。ひとまわり大きくなったようす。ゾウ舎増築工事中だった。音が聞こえるので落ち着かない感じだった。新しいゾウ舎に慣れた春ごろ、また訪れてみたい。ゴリラ舎にはヤマト♂26歳がお昼寝。反対側でサクラ♀25歳はほんのちょっとしか見えなかった。ヤマトは亭主関白で気が小さく神経質という典型的オスゴリラ。サクラは温厚でしっかり者という紹介が分かるような気がする。類人猿展では、小規模だが、興味深い内容だった。本物のゴリラの脳(ヤスコ♀さんと知ると、痛々しい。レプリカで良いかも。あえて本物を展示しているのかも。それが正しい理解に繋がるから。)、野生、動物園、霊長類研究所における類人猿の能力と文化が分かりやすく展示されていた。子どもたちのために、ゴリラになりきって写真を撮るコーナーもあって、オオウケしていた。「ゴリラを保護しようよ。」と親に募金に応じるよう声をかける子どもも。圧巻はヤマトとサクラのビデオ。なんと仲むつまじいこと!こんなに接近しているゴリラの夫婦をみたことがない。仕草が信頼に満ちているような。3度見てしまった。他に、オランウータンのバレンタイン♀の両手両足を上に向けて棒をつかみ、ぶら下がり状態でウンテイ?して行く姿と、木組みを登って見晴らしのよさを楽しむチンパンジーの表情がよく捉えられていた。面白いこといっぱいだったので王子動物園を堪能することにした。ほんとうは「みんぱく」まで足を伸ばす予定だったが、明日もあるので、教会をお店にした有名パン・お菓子屋さんにタクシーで行って、美味しいお茶とケーキの時間にしてしまった。なるほど礼拝堂をこう使うのかと感心。おみやげにアサッテのパンとクッキーを購入。上野ー東京ー新神戸ー徒歩で神戸王子動物園、途中で昼食のサンドイッチを町のパン屋で購入ータクシーでフロインドリーブー徒歩で三宮ー三国ー徒歩で新大阪一泊
2004年08月24日
コメント(2)
人を連れて行くよう頼まれて、翌日の神戸行きの前にやっておきたかったことを先延ばしして、出かけた。人の都合にあわせて動くのは大変なことだ。喉も渇き、おなかも空く。もう一生来ることはないだろうナァと思う駅のバス亭のベンチで、迎えに来るという車を2時間も待っていた。もう1人の方と一緒でなければ、かなり辛かったと思う。なんとか役目を終え、一度は食べようと思っていたラーメン屋さんでラーメンと餃子を食べた。それと感じの良いパン屋さんで明日のパンを買った。ちょっとでも良い方の思い出にしようとした。郊外とはいえ、パンの味は研究しないと。お店の外観に負けてしまうよ。
2004年08月23日
コメント(0)
9月5日の教会バザーのポスターを作成した。あまりに暑いのでペンギンのイラストをWordのクリップアートからにぎやかしく登場してもらった。プリンターのポスター印刷でA44枚に分割して印刷、子どもたちに手伝ってもらって、キリトリを切り取り、ノリシロを貼って、大きいポスターの出来上がり。ダンボール箱を大きさに切り取っておいて台紙として、透明ゴミ袋をかぶせてガムテープでビニールひもを取り付けた。計4枚。サンドイッチマンやりたいと、公園をひとめぐり。大人は木やフェンスにしばって取り付け完了。献品を呼びかけるポスターは小さいものを貼っておいた。近所の方から持ってきてくださると電話があった。小さい教会のゆえ、新品と古本のみという、かなりバザーとしては思い切った内容にした。中古衣料の山を汗だくで選別する苦労はもうしないようにして行きたい。
2004年08月22日
コメント(0)
息子の誕生日のお約束のフランス料理を、やっと時間の調整がついて予約することができた。上野の大通りの地下に降りて行く老舗のレストランで、狭い階段からは想像できないステキな空間で、バッハが流れ、外の世界とは全く違っていた。前菜5種も美味、冷製枝豆のポタージュ、スズキのポアレと続き、肉料理は仔羊のローストをなぜか夫以外は選んだ。デザートも5種の中よりワタシは桃のムース、キャラメルソースを選んだ。この日ワイン好きの息子は多少遠慮も働いて、手ごろなお値段の白と赤を選らんだ。ところが、テイスティングを任されたワタシは、「クセがなさ過ぎるほどスッキリした味」なんて報告しておきながら・・・時間バラバラな家族との楽しいひと時を過ごして、階段を上がり、上野の街に出たとたんに歩けなくなってしまった。気分も悪く、ちょっとしゃがみこんで休む。お茶を買ってきてくれた息子、買い物をしてビニール袋を差し出す娘、明日のパンを買うべく別行動する息子、声をかける夫と、家族を危機状態にしてしまった。なんとか手を引かれ、タクシーに乗せてもらって、無事家にたどりつくことができた。もしものことが起こった場合に、ワタシ自身が動けなくなった場合というのを考えに入れていなかった。全体を見て指令する人が必要だった。おおげさに言えば、ジェフ・トレーシーのように。ジェフも妻亡き後、危機管理を身に付けたのだろうか。ワタシのしょうもない不覚から、家族の危機管理の方法を伝えて行かなければと思った次第。家ー歩いて上野ータクシーで家
2004年08月21日
コメント(0)
教会創立者の牧師さんと2代目の牧師さんの著作が、母校の図書館のちょっと離れた収蔵庫にあることを知り、取り寄せてもらった。夫の知人でもある司書の方から手渡された4冊は光り輝いて見えた。やっと待望の書にめぐり合えた気分。空襲で教会が燃えてしまって、戦前の書物は全くなくなってしまった。やっとPCで見つけた本だった。1冊は昔のまま、1冊は牧師夫人の追悼文のため手すき和紙風の表紙でリボンで綴じてあった。2冊は新しい黒の厚い表紙で金文字でタイトルが入れられ、修復してあった。しばし机の上で広げ、夫と作戦会議。どこをコピーすれば100年史の史料として使えるか。さすがに慣れている夫は表紙と目次、と関連ある章のコピーを始めた。膨大なので、2冊は上記の方法で、残りのページ数の少ない2冊はすべてをコピーした。追悼文には写真が入っていたので、これはワタシがデジカメで撮った。光が入るコピー室で床にダンボール箱を出して白い紙を敷き、写真を撮っている姿は??と学生さんに思われたかも。理論派だった創立者の粂吉先生、粂吉先生の急逝の後、危機に瀕した教会を支え、戦争のなか教会存続のため苦労された弟の文蔵先生の姿勢が伝わってくる。100年経っても、メンバーは変わっても教会の姿勢はそうは変わっていないことを知った。面白いのは夫人の日記も追悼文には入っていて、当時は赤裸々過ぎていたかもしれないが、現代のワタシたちにとっては「〇〇さんよりお見舞いにおみかん。」などとちょっと前に高齢で故人となられた方のことも書かれていることがうれしい。ファイルに入れて、読みやすい形にしてから、教会のみなさんと共に読んでみたい。根津ー池袋で食事ー母校ー買い物ー家
2004年08月20日
コメント(0)
山椒の葉がいい具合なので、夕食のうなぎ寿司に飾ろうと思っていたら、すっかり枝のみになっていた。しばらく犯人は見つからなかったが、さらに硬い葉を食べて大きくなったアゲハの幼虫2匹を発見。ここまで大きくなったら、是非蝶々に変身するまで面倒をみようと家族会議で決まった。かなり大きくなって、台風の風にも枝をしっかり持って動じない。枝先にお尻を向けバックしながらお食事している。上の方はほとんど食べ、あと4分の1ほどしか残っていない。これも食べ尽くしても足りるのかどうか心配してしまう。そろそろサナギにならないと山椒の木も植木鉢の小さな木なので、養えない。葉っぱを食べる種族は本当に大食い!!もう1鉢必要になるのかしら。そこまではちょっとつきあえないなぁ。
2004年08月19日
コメント(2)
六本木で「スチームボーイ 19世紀ロンドン展」、東京国立博物館で「万博の美術」を見ていたので、ロンドンの万博が身近に思えてきた。ロンドンの街並、クリスタルパレスの描き方もすばらしい。ロンドンの街をここまで壊さなくてもと思ってしまう。ヴィクトリア女王もセントポール大聖堂の牧師さんも映像に入っていた。牧師さんの服装がもっと正確であったらと思えた。ギザギザの衿は普通では見たことがない。特別?セントポール大聖堂で前に座っても牧師さんは遠いので正確になんて難しいかもしれないが。ヴィクトリア女王は残っている絵や写真は確かに黒っぽいドレスが多い。蒸気機関の発明は確かに世界を変えた。その後電気、原子力と開発されたものの、19世紀と同じような事故が21世紀にも起こってしまった。蒸気機関の壮大な映像は、原子力に変わっても近くにあって目にふれないだけかもしれない。新しい発明は先ず武器に応用する状況は、鉄器を発明した時から同じ発想が続けている。人間に役立つものへの応用は日本人が得意とするところとなっていったと思う。「スチームボーイ 19世紀ロンドン展」のパネルに蒸気機関を使った揚水機も発明されていたと書いてあった。たぶん英国製?揚水機を使って畑を田んぼにしようと試みたひいおじいちゃんの父だから4代前のおじいちゃんの話をレポートにまとめたことがある。明治中頃、日本の片田舎でも私財を投げ打って挑戦していた。いったんは成功したらしいが、導入した機械よりもすぐ高度な機械が現れて、長くは続かなかったらしい。私財は投げ打っただけに終わった。でも残っていた文書から、当時の熱が伝わって来た。スチームボーイは各地にいたのかもしれない。銀座松屋ー日比谷で映画ー根津で買い物ー家
2004年08月18日
コメント(0)
電車に乗っている時間はそれほほどではないが、バスを待つ時間が長いと思ってしまう。家族連れが多く、小学生が多かった。小さな子どもやお年寄りには園内が広すぎてタイヘンかもしれない。火曜日が休園日だが、8月17日は例外だったので、前回昼食難民になってしまったため、今回はオージーヒルレストランで食べようと出かけた。(和風御膳は6~7分待ち、なかなか美味しい。)(ソフトクリームはバニラとバナナのミックスがあって、こちらも良し。)入ってすぐ、ゾウさんの像。上野動物園はコレを取り入れたのか。がっちり作ってあって、乗って写真を撮っている。ところどころに実物大(たぶん)の動物の像が配置されている。インドゾウは広い放飼場でおいしそうに、実を取った後のトウモロコシを食べていた。青々して新鮮そうだったのは、近くの農家と契約しているとキーパーズ・ニュースに書いてあった。3頭のうち1頭は体が黒っぽい。ウンピョウは木に洗濯もののようにたれていた。毛皮が見事で翌日銀座のブランドのウインドウで見かけた同じような構図が貧相に見えた。眠っているのに、大きな吼える声はウラのインドライオンとか。インドライオンたちも遠くで眠っていたのに、隔離されているライオンがいるのだろうか。尻尾の長い美しいおサルさんたちが続く。フランソワルトン、ドゥラングール、ダスキールトンたちのお家は枝が張り巡らされ、小屋もあり、日差しも避けられ、快適そう。どうしてこんなデザインなのと思うほど配色が絶妙。オカピは新しい放飼場にまだ木が繁って死角がないせいか、隅の狭い場所に見えないように寄り添っていた。ディズニーランド風な演出でベースキャンプに見立ててあった。オカピに関する展示は詳しく、やはり発見したのはイギリス人だった。大英帝国の功罪は大きい。オオアリクイのキーパーズトークを聞いた。6頭いるが、単独行動なので1頭ずつ放飼場に出しているという。1日1頭2~3万匹のアリを食べるという。ズーラシアでは1.5kgの特製のエサを食べるが換算したら、ちょうど3万匹にあたったとか。おおきな写真を見せながらのお話だったので分かりやすかった。舌が長くベトベトしていてアリ塚のアリをくっつけて、口に入れる。天敵はジャガー。聞いている人たちも気軽に質問をしていて楽しかった。もりだくさんの動物園なので、また広くていささか疲れてきた。本当は次に横浜新聞博物館に寄りたかったが断念。行きは東海道線+相鉄線ーバスーズーラシアー帰りは中華街で夕食ー座って京浜東北で帰宅
2004年08月17日
コメント(5)
DVD「愛は霧のかなたへ」を、なんと銀座で1575円で手に入れることができた!!ゴリラ関係の本はミテミテとエネルギーを送ってきている。「ザ・グレイト・エイプス」も何年か前に破格のお値段で日本橋で手に入れることができた。1988年の映画はもちろん映画館で見て、本を買い損ねたことを悔やんでいた。マウンテンゴリラは残念ながら剥製のムニディさんしか会ったことがないが、日本のゴリラ研究者の方の本を何冊か読み、非常に感動した。また、ダイアン・フォッシーに直接お会いしたという山極先生のお話も聞いている。たぶん若いころはダイアン・フォッシーと同じように思えたと思う。いろいろなことが許せば、あこがれのマウンテンゴリラに会いに行ったと思う。いつでもお手軽に上野動物園のゴリラの森に行けば会える状態になってしまうと、ちょっと冷静に考えることもできるとうになった。時間が経ってみると、ダイアンの願いは世界に広がり、現地ではゆっくりとゴリラの保護や環境教育活動も始まってきているし、動物園では、ゴリラさんの前で親父みたいという感想とともに、大切にしたい気持ちを語る人々が多くなってきた。「霧の中のゴリラ」では映画を見てもらえなかった時代だったなぁと思う。16年という時間が、絶滅の危機が深刻になってしまってはいるが、共通の意識を持つのにかかる時間だったかもしれない。
2004年08月16日
コメント(2)
人形劇TVを見た世代にとっては、人形に似た顔立ちの俳優さんが演じているので、違和感なくストーリーに入って行ける。ペネローペとパーカーが特にあの頃を思い出させる。時代は変わり、ハイテクの機械を駆使しているのに身分関係は同じところが面白い。また、どうしても悪者は金貨とダイヤを求めてしまうのが可笑しい。映像としては金貨の前でほくそえまないとねぇ。ワタシは2号がロンドン・アイの広場に着陸した場面が、懐かしく、うれしかった。昨年あの場所をあの橋を何度往復したことか。あのスタンドで飲物を買ったことも思い出した。でもサンダーバードが着陸できるほどのスペースがあったかしら。教会ー有楽町ー銀座でDVD購入ー銀座のドトールでお茶ー「有楽町で液晶TVを見比べて先送りとするー映画ー家
2004年08月15日
コメント(0)
カテゴリーに分けるって、何よりワタシにとって便利。大変メンドウな作業となるが、出かけない暑い日に休みながらやろうと思いついて作業をした。せっせと過去にさかのぼり、お休みして確認すると、なんとアクセスされた方がたくさん。びっくりしてしまった。多々ご迷惑をおかけしたかもしれません。古い日記を見られた方、申し訳ありませんでした。新しい機能を生かせたのは、いつものデスクトップではなく、小さめのノートPCの方だった。デスクトップは便利だけれど、どうしてなのか色の指定をして、変更しましたが表示されても、変わらなかった。ノートPCは快適にできたのに。2日間かかって、なんとか作業を終えた。ワタシのふりかえりの材料として行きたい。
2004年08月14日
コメント(0)
8月13~15日の3日間、東園は午後7時、西園は午後8時まで開園している。入園は午後6時まで。4時半ころ入園したら、「ちょっと横からのぞいてみよう!ライオンの森」と「新ゾウ舎、放飼場に入るゾー」にはもう列ができていた。まだまだ陽がキツイ中、並ぶエネルギーはなかったので、(国立博物館の万国博覧会の美術見学2回目の後で、つかれた~~)、まずはソフトクリーム。もうインドライオンの見学は始まっていた。見学通路付近にライオンたちが集まっている。遠目で見て、ゴリラさんたちに挨拶。残業ご苦労さまです。プレゼントされた氷にはもう飽きてしまったらしく、ほったらかし。トト♀がケンタ♂にちょっかいを出して、ケンタが小走りする場面もあった。距離は狭まっていた。トトの目が気になる。ローラは隅で寝そべって、我カンセズ状態。お隣ではムサシ♂は定位置。リラコ♀とピーコ♀は寄り添って通路側でゴロン。やけど防止のため、屋根が付けらたゴリラの親子の銅像前は人気で、家族で記念写真を撮っていた。今日はユーラシアカワウソが元気に泳いでいた。寝ている姿か、麻袋が呼吸で上下するが姿は見えず状態だったので、キビキビ動くのを見ることができてうれしい。頼もしい顔立ちでファンになりそう。ゾウの門から入ってゾウ舎を抜ける見学者のレツは長いゾー。で、サル山で生まれたばかりの赤ん坊を大切に世話する母ザルをずっと見ていた。西園に移動して、ビールセットで不忍池の風情を楽しむ。池の真ん中の島からペリカンの親子?が偵察にやって来た。大きなコイたちがバシャバシャしている。早めの夕食をとり、「キリンのお庭は首長タイプ」に参加した。つぶつぶの焦げ茶色の土?砂?の敷かれたお庭に足を踏み入れることができた。エサ台が外から見るより高い感じがする。人のサイズとずいぶん違う。上野のキリンは「キリン」としか表示できない亜種であることを知る。フミ♀とコハル♀に幸せなキリン生を送っていただきたいと思う。夫は見つけたフンをつまんだ。ゆったり「カバトーク」を待って、室内カバ舎でながいことカバを見ていた。カバのかみ合い?キス?とにかく大きな口を相手に負けじと豪快に開ける。時にばしゃーんとお客さんにも水がかかる。迫力満点の遊びが続く。かべにお尻が近づいた。やっぱりウンチ。カバの気持ちを読めるようになってしまった。トークが始まると人の熱で暑い。扇子は必需品だった。野生では雄の方が体が大きいが、動物園では大きい母から生まれたサツキ♀が小さめの母から生まれたジローより大きいそうだ。外は暗くなり、キャンドルでいい雰囲気のビアガーデンを後に、鳥たちは本当に眠っているのか確かめながら門を出た。じっとしているが、目は開いていた。東京国立博物館でパスポート購入(1年間)ー上野動物園パスポートで入園(合計2940円の飲食)ー上野公園を歩いて家
2004年08月13日
コメント(2)
六本木しか上映していないので、めったに行かないロッポンギに行った。チケット売り場で初めてのプレミアスクリーンのチケットを購入。夫婦50割引の3倍のお値段で、ドリンク付き。リクライニングシートでミニテーブルに飲物を置いて、飲みながら映画を楽しめる豪華な席だった。ビールもソーサー付きのホットコーヒーもOKだった。映像も紺碧、ベルリンフィルの音楽も重厚。よくぞ捉えたという映像ばかり。エンペラー・ペンギンの着地の見事さ、3ヶ月間絶食して-50℃を超える寒さと風速45mに耐えてスクラムを組んで卵を足の上で温めているオスたちのけなげさに感動する。ホッキョクグマの母子もアザラシの巣穴を掘ってみるものの、空振り。シロイルカを狙っていた別のクマも上手くは行かない。動物園のホッキョクグマの餌は保証されているが、暑くて狭い閉じた世界との落差が極端で、クマの人生もタイヘンだ。動物園のノンビリお昼寝のアシカの姿からは想像もできなかった自然界での子どもアシカを襲うシャチの獰猛さ。執拗に6時間もコクジラの親子を追い、母と子を分けてしまってクジラの子どもを溺れさせ、舌と下あごだけ食べるだけという。白と黒の配色の美しいが獰猛さと頭の良さを持っているシャチに、人間は芸をさせてしまえるなんて。無数のマアジの泳ぐ塊りを、下からは優れたハンターのキハダが襲い、空からは海に潜って海で飛ぶように泳ぐオニミズナギドリが追いかける。魚にとってはいつも危険な日々。たぶん近い種類のオオミズナギドリは御蔵島で繋いであった哀れな姿を目にしたことがある。あの鳥も実は同様に海では逞しく活躍していたのか。夕食にキハダマグロのお刺身をカルパッチョにして舌鼓を打つワタシが一番の獰猛な種族であった。六本木ー六本木ヒルズ50F「スチームボーイ19世紀ロンドン展」ー根津ー藤屋ー家
2004年08月12日
コメント(4)
101歳になる祖母は老人ホームにお世話になっている。会っておかないとと思い、実家の次の駅から徒歩10分というHPを見て、歩くことにした。HPと地図ソフトから印刷した地図を持って、無人駅に初めて下りた。ところが、地図と実際の道は角度が微妙に違い、曇ってしまって方角が混乱してしまった。案の定道を間違えていた。第1村人は地元の人ではなかった。第2村人は草取りをされていたが、地図を見てココですよと親切に教えてくれた。ちょっと離れた方向に歩いてしまったらしい。教えられた道を夫と歩いていたら、後ろから車が合図している。先ほどの方がわざわざ追いかけてきて、車に乗せてくださるという。「暑いから、カクランするといけないから。」と老人ホームまで送ってくださった。ご親切に感激してしまった。本当に感謝!!受付の方も親切で、祖母のようすをお話くださった。祖母はよく眠っていた。指を握って、会いに来たよと言ってみたが、眠りは深く、邪魔しないように写真だけ撮って退出した。帰りは「タクシーを呼びましょうか?」と職員の方が声をかけてくださり、待っている間に施設内の見学をした。広く、新しく快適そうで、温度管理され、食事もミキサー食など家庭ではここまではできないだろうと思う。祖母ももうワタシの顔はとうに忘れてしまっているだろうけれど、いろいろな方が親切に接してくださり、まだ命を燃やしていられるのだと思った。タクシーであっという間に実家に着いた。用意してきた東京みやげは父にはポロシャツ、母にはシルクTシャツ、共にデパートの最終バーゲンで。ごま豆腐9種のうち父の選んだ3種を一緒に昼ごはんに食べた。着るものは探すのがたいへんなので、気の利いたデザインは喜ばれる。上野ー無人駅ー老人ホームー実家ー上野で買い物・お茶ー家
2004年08月11日
コメント(2)
上野駅6番線の電車に乗って、窓の外を見ると、なんとまだ50cmくらいの高さだが、大きな厚い立派な緑色の桐の木が生えている。6番線と7番線の微妙な間にしっかり根をおろして、交互に入って来る電車の風を受けて揺れていた。駅構内の目に付く場所に、元気に成長している。冷房機からの水が電車から流され、地面に落ちているので干からびないでここまで育ってきたと思われる。でも保守点検があるとすれば、確実に切られてしまうだろう。根っこは石も傾かせるし、割ることもできる。線路は安全第一。動き出してからも、桐の木はこれを含めて3本あった。さすがに、壁際に張り付いていたり、もっとじゃまにならない場所だったが。ヘリコプターのような種は上野公園、谷中の墓地、道路のわずかなすき間にも飛んでいってしっかり育っている。無関心な人がほとんどという環境なので、切られることもなくある程度は大きくなっている。名前は知らないが、我が家のプランターにも見かけない木が育ってきた。たぶん上野動物園のドール(食肉目イヌ科)の敷地内と同じ木だと思う。だれが運んだのだろう。カラス?ハト?風?
2004年08月10日
コメント(0)
予告編のストーリーが面白そうなので、夫婦50割引で見てきた。でも物語は置いといて、やはり戦いメインの映画になっていた。性能の良さそうな宇宙船も出てくるのに、不思議なのは戦いの甲冑はローマ的。このところ、どれを見てもデザインは200年前のローマ兵を模している。戦いもイタリアンか中華風かアメリカン。程よい(扇子が必要かな)冷房で、ついウトウト。目を開けると、悪夢のようなキツイ戦いが繰り広げられている。陽が昇ると700度になるという惑星の映像はなかなかすばらしい。地上のものはみな融けてしまう。光が強烈で、逆に夜の部分は極寒。なんだか続編もありそうな終わり方だった。映画館を出ると、地球とは思えない強烈な光と熱。あの惑星にワープしたのかと思った。母校の図書館ー第一学食ーリディック
2004年08月09日
コメント(0)
教会の礼拝後、教会報の発送作業を終えて、牧師さんともども散策しながら、西洋美術館に行った。もちろん850円の入場料が50円引きとなるHPを印刷したものを人数分持って。あと1週間なので混んでいて、もう絵葉書は売り切れてしまっていた。地味な展示なのに、またこういうものに興味ある人たちが結構たくさん存在していることに驚いた。Tシャツ姿の牧師さんだったので、だれにも気づかれることなく、小さな声で質疑応答しながら楽しく観ることができた。集められた聖杯は特別な礼拝の時に使われていたようなな感じがするとか。これ何人分でしょうね?とお聞きしたら、大きめのは100人分とか。かなり重そうなので、筋トレが必要かもなんて。一番最後の聖杯には注ぎ口が付いていた。確かに深いものは最後の方になると、ぶどう酒を注ぎにくいので、これは便利という。きっとそのための特別注文の聖杯かもしれない。聖杯が略奪されて戻ってきたというパネルがあった。その教会のものとみなが知っているので、売れなかったのか、改心?したのか。時代によって、大変な紆余曲折があって、ここに来ている。とにかくも2000年間細々と、あるいは華やかにパンとぶどう酒は、毎日曜日に人々が受け続けてきている。感慨深い。常設展を観て、文化会館のオープンカフェでみなで一休みして感想など語り合った。楽しかったので、涼しくなったら教会の100年史を歩いてみようということになり、下谷万年町、車坂界隈探検が決まった。教会ー寛永寺ー教会の仮聖堂跡ー国際こども図書館ー国立西洋美術館ー文化会館オープンカフェ響
2004年08月08日
コメント(0)
意外と賑わっていた。夏休みの家族連れ、中高年のご夫婦、若者たち、最初のビデオの展示で足が止まっている。やはりTVで見たグランドピアノ、電器釜、襟裳岬、薬師寺の修復が印象に残った。展示ゾーン2の体験コーナーでは自動改札機に人が集まっていた。いつもは通り過ぎなければならない場所で、じっくり説明を聞いている。みなさん、知りたいと思っていたことなんですねぇ。感動を盛り上げてつくる番組のプロジェクトXのプロジェクトXを見たいなぁと思ってしまった。事実を積み上げる歴史の学問でなくてなにかを引き出して次に繋げる作業でなくては、歴史に魅力がなくなってしまうと感じている。ささやかな100年史の作業をしているので、話し手の短い心に残る言葉を拾って行きたいと思った。ちょっと疲れていたので、画面での150の番組を選んで投票のコーナーで投票して、カフェに行くことにした。上野動物園ー東京ドームシティ・プリズムホール:特別展プロジェクトX21ー池袋:シュレック2
2004年08月07日
コメント(0)
ほとんどなにも知らないで、見ることになった。エディ・マーフィーのドンキーはさすがに上手く、ドンキーと妖精のおばさまなくしては成り立たないお話でしたねぇ。強烈なおばさまをお話に盛り込めるのは、さすがにアメリカ。童話の主人公が入り乱れて、見かけではないことがメッセージされている。それから、結婚してめでたしめでたしだったその後、結構身分の違いから気を遣う人生を送らなければならなかったこともうかがえる。今週中にシュレック1おビデオを見ることになった。
2004年08月06日
コメント(0)
1人は水泳の北島選手。友人の元PTA仲間からはTV放送の予定が当時の電話連絡網で届いたらしい。出身の学校では体育館に集まってみんなで見るとか。夜遅く、暑そうだが、地域の結束もできてよいかも。その余波をいただいて、話題を共通のものとすべく、ワタシも冷房した部屋でTV観戦いたしましょう。もう1人は井上恵選手。異色の音大出身でホルンを演奏していたとか。それでクレー射撃でかなりの腕前と新聞には書いてあった。音楽と射撃って?スポーツとはいえ射撃ってどんなものだろう。よくTV番組欄を見ておかないと。録画しないと見られない時間になるかも知れないが。
2004年08月05日
コメント(0)
エクスカリバーを抜く場面がなかなか出てこないし、延々と続く戦いにちょっとウンザリ。時代がハドリアン・ウォールの時代、ローマが撤退して行く時代に設定されている。ローマ、ウォード、サクソンの三つ巴となって行くのかと納得もできる。かなりの威力を持つ斧や火矢古代の力任せの戦い、、氷の上の戦いなど、映像技術を駆使しての画面作りは理解できる。でも、もうしばらくはこの手の映画は見たくなくなってしまっている。高校時代、期末試験が終わった日に市内の映画館をクラス貸切状態で見た「キャメロット」が懐かしい。美しい映像だと思った。魔法使いマーリンはやはり妖しい魔法使いの衣装でないと。できれば伝説は美しく描いて欲しい。ウォードはブリトン人の一派というが、力強いケルト文化というイメージが強い。ローマもサクソンも甲冑で身を固めているが、衣装デザインはこれでよかったのか疑問。
2004年08月04日
コメント(0)
横浜までわざわざ見に行ったことのある、時事ネタ大道芸人のだめじゃん小出さんが上野公園の桜並木で細い風船を膨らまして作った地雷探査機?で「大丈夫このあたりには地雷ありませんよ。」とショーを始めていた。見ている人ワタシ含めて二人。木陰とはいえ一番暑い時間。聞いていると危ないスレスレで面白いのだけれど、お客さんも同時に頭を早く働かせないと笑えない。この時間には難しいかも。もう少し見ていたかったけれど、疲れていて喉が渇いて、だめじゃんさんの言うとおり、少しずつ離れて一礼して帰って来てしまった。残念!!
2004年08月03日
コメント(0)
本屋さんで目に留まってしまって、どこから読んでもキツイ面白い、それも国別ジョーク、が興味深い。中近東、旧ソ連、東欧、国を持たない人たち、アジアの国別となっている。ルポライターの方が現地で直接聞いたお話がほとんどで、厳しい状況の中で、笑いが人々を助けているという。一休さんのようなトンチ話も、馬鹿馬鹿しい話しも水や食糧のように必要とされるが、笑いが負ける悲劇もたくさんあり、笑顔を奪うやりきれなさもあると、あとがきにあった。のんびりお昼寝のお供にしては申し訳ないが、面白くてページが進む。最初のページより・誘拐事件ある時、サダム・フセイン大統領が何者かによって誘拐された。数日後、犯人グループから大統領宮殿に脅迫電話がかかった。「いますぐに百万ドル用意しろ。さもなければ大統領を生かして帰すぞ。」
2004年08月02日
コメント(0)
学生時代のサークルの友人からお誘いのハガキがあり、新宿御苑のインフォメーションセンターに、暑い時間に出向いた。野生植物を描いた絵と写真の展示だった。サークルでは植物も育てたが、ワタシもはじめて持った1眼レフカメラで、背景をぼかして撮る花の美しさを体験した。多数決でプレートに植物の名前を書いたり、大温室で華麗なランより地味なエビネにウンチクする人もいた。蒔いて育てた花の写真は種の袋にしたいような感じに仕上がってうれしかった。しかし、次に興味が移って植物写真よりも動物写真を面白いと思うようになってしまった。彼の場合は、学生時代の趣味はこう生かされてくるのかと感心する。自然を歩いて撮って行く。不思議な1枚「コスモス」は花だけ静止して、まわりの葉は風で流れて濃い緑と淡い緑の線がなびいている。デジタルカメラで捉えた写真もあった。印刷がとてもキレイに仕上がっていた。卒業依頼お会いしていなかった先輩とも再会した。せっかくなので、御苑の日本庭園まで歩いた。巨木調査票の付いた木はさすがに大きく、高い。でもプレートが高い位置だったので、詳しくは読めなかった。木の皮が裂けていたり、太い幹が包帯で巻かれてリハビリ中の巨木もあった。4時にもう一度教会に戻り、若者の婚約式に参加した。知り合うことの大切さがメッセージとされた。お互いを知るって原点で大切でした。その後長い結婚生活に。
2004年08月01日
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1