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チョッとだけ、ただいま~~・・・なーんて実は私、またもお引越しをしてしまいました。まだ、途中です。それに、おnewの方にはまだ慣れていませんし・・・しかしhana blogです。新しいblogへも来て下さいませね~~何時も来てくださっている方、何時もコメントを下さっている方、大変申し訳ありませんがブックマークをお願い致します
May 17, 2009
また、旅に出ます私の行き先はどこ?お願い、探さないで~~
May 15, 2009

毎回長くて申し訳ないのですが、明日まであと二回ほどお付き合いくださいませ。今日は、蓼科湖畔にあるマリー・ローランサン美術館について書いておこうと思います。チェックアウトと朝食の前に、まだ緑の少ない時期でしたけれどせっかくですから女神湖の周りをお散歩しました。ここの山菜の時期は、GW明けとなるそうです。確かにようやく木々が芽吹き始めてきたばかり、湖周辺の散策も新緑の時期でしたらもっと気持ちの良いことでしょう。そして何と言っても、こちらは紅葉の時期が最高のようです湖周辺の木々の紅葉、下に落ちた色とりどりの落ち葉で一面となる様子はとても美しいそうなのです・・・などと書き、その時期に思いをはせてみるともう一度訪れてみたくなってしまいますが昨夜の食事がとても満足できるものであっただけに、朝食もと思ってしまいますね朝食は別のところプラザホールにてのビュッフェ・スタイルのもので、出された内容もごく普通のものでした。中は沢山の人でいっぱいです。こんなに多くの人が宿泊されていたのですねぇ並べられた数々は、卵に地元で生産されているとの表示があったくらいでごく普通の品揃えです。パンやペストリー、フルーツ、ヨーグルトも、前回の新潟のホテルの方がずっと美味しかったように思えました。しかし宿泊してみて、お部屋はまあまあ、夕食は美味しくて満足!と、全体的な印象は良いものです。家からそれ程の距離でもないことからも、別の季節にもう一度行ってみたいものと思っております翌日はあいにくの曇り空、寒い一日です。予定していたロープウェイも山の上に行くともっと寒そうですし、「どうしましょ」と行ったところは「マリー・ローランサン美術館」でした。こちらの美術館、 隣に位置するアートランドホテル蓼科のオーナーが多年にわたって蒐集した個人コレクション100点余をもとに、マリーの生誕100年を記念して1983年に開館しましたものだそうです。淡い色調と簡潔なフォルムによる憂いをたたえた詩的な女性像という、独自の画風を作り上げた画家マリー・ローランサン。1920年代のパリでデビューをし活躍をした、当時はマリーに肖像画を注文することが上流婦人の流行となり、また舞台装置や衣装のデザインなどでも成功を収めました。画学生時代から晩年にいたるあらゆる年代の代表作を網羅した油彩画のコレクションを核として、美しい水彩画や、学生時代の膨大な量のデッサン帳を含む素描、希少な初期版画をはじめとする版画などの絵画作品が展示されておりました。また、マリーの原画による挿絵本や、画家自身の著作集、あるいは画集といった貴重書のコレクションまでも。館内は撮影禁止となっていましたので、内部で撮った画像はありません。最後にショップで、カンバス地の複製画をお買い物して来ました。その絵は今、我が家の玄関に飾ってあるのです。いまいちの天候のせいか、私達の後からも次々と入館してくる人がいましたけれど。「興味がないから、ふたりで行ってきて」と夫はホテルのロビーで待っておりました。確かに淡い色彩、この女性らしい繊細な官能を表現した画風は女性向けと言わざるをえないことでしょう。そこからすぐ近いところに、日本を代表する映画監督の小津安二郎記念館 無藝荘(むげいそう)があります。小津監督は 名作「東京物語」 をとり終えた頃、蓼科にあった脚本家の野田高悟の別荘「雲呼荘」 を訪れ、それ以降仕事場を蓼科に移し没するまでの7作品すべてのシナリオがここで書かれたという事です。2003年には、小津安二郎生誕100年を記念して小津監督・作品に魅了された国内外の監督・ゲストを招いて国際映画祭として「蓼科高原映画祭」が開催されて、それ以降その映画祭は現在まで続けられています。建物の内部は無料で公開をされていますので、誰でもが自由に中の見学が出来るようになっています。腰を屈めてはいる玄関、中は広い二間続きの日本間、北側には台所、洗面台、お風呂は五右衛門風呂です。火の炊かれた囲炉裏端で、来館者にガイドの方が説明をされていました。この後、私達もうかがう事ができました。蓼科の仕事場として、また蓼科での生活の場として野田夫妻と暮らした「雲呼荘」は既に取り壊されて残っていません。しかし映画関係者を招待したり、所用で来蓼した中央のいろいろな人々をもてなした迎賓館として、まさしく小津監督自らが心を解き放った場所こそが小津監督自らが名づけた現存する「無藝荘」なのだとのことです。「無芸荘」は戦前、諏訪の製糸業で名高い片倉家が蓼科の別荘として地元の農家の旧家を移築したもので、大木戸やくぐり戸、板戸や囲炉裏、屋根下全面に張りつけられたシラカバの皮などが特徴的な萱葺きの建物です。当時「片倉山荘」と呼ばれていたものを小津監督が「無藝荘」と名づけました。そうこうする内に、外では少しずつ雨が落ちてきています。帰宅するにはまだ早い時間ですが、やはりここは蓼科。だんだん気温も下がり、寒くなってきてしまいました。この日、最後に私達が訪れたところはどこでしょうか・・・・
May 13, 2009

日曜の日記に「今日は母の日」、何かプレゼントは・・・と書きましたが我家でも今朝、ゴールディンウィークの後に北海道旅行をしていた息子から大きなタラバガニが届きました。ほんの少し遅れたプレゼントです。札幌の二条市場に買い物に行くと言っておりましたが、送られてきたものはなぜか根室かに市場のもの。生きたままの、3~4Kほどの大きさのタラバです。発泡スチロールの箱の中には私のリクエストのウニも。その方が美味しいから、ウニが海水の中を泳いでいるパック入りの方をねってこのオレンジ色の、色の濃さは蝦夷バフンウニですね。それからなぜかホッケが一匹。北海道のホッケだから美味しいと思いますが、実は家の夫はホッケが大嫌いホッケは大きなお魚ですし、あの皮のシマシマも怖いようで、絶対に食べようとしないのです。こんなところは本当に子供みたいホッケはあまり塩辛くさえなければ、とても身体にも良いお魚です。それなのに・・・きっと私ひとりで食べる事になるのでしょうね。ところで生きたカニをさばくのに、何と我が家には魚用の出刃包丁がない今まではどうしていたかって?鯵や秋刀魚、イカ、塩鮭などでも、普通の万能包丁でも充分に切れます。大きなお魚を頂いた時には、実家へ持っていって母にやってもらっていました(実家には、出刃も刺身包丁もあります)私が全く出来なくなってからは、もっぱら近所のスーパーの鮮魚コーナーへの持込みをしておりました。しかし、せっかくの新鮮なカニです。美味しいものを美味しく食べる為には、その為のツールも必要と言うわけでして・・・そこで昨日から夫には、このチャンスに出刃包丁を買ってきてと頼んでおきました。昨日は、以前から気になっていた鍛冶屋さんで見てきたら、一挺がなんと2万円だとかホームセンターでしたら4000円くらいだそうです。「その中間はないの?」って思いませんか。実は連休前にも、毛蟹を頂いているのです。夫の会社の方が4月に、北海道の旭川に転勤されました。栃木~旭川転勤は突然の事だったようです。転勤を聞かされた夜は、色々と心配で眠れないほどだったそうですが・・・2~3週間後に連絡があった時には「北海道は最高です!毎日が楽しくて、いいっすよ~」ですってその方は、私達がまだ新婚さんの頃に何度か我が家の食事に招いていた中のひとりでした。今の若い人はそういったことを喜ばれないかも知れませんけれど、30年近く前は職場の先輩が後輩を家に招いて一緒にお酒を飲んだり、ご飯を食べたりをしていたのです。私達も、彼も、そのようなことをしていた最後の年代なのかと思ってしまいます。まだ幼い息子と遊んでいてもらう間に、私がお酒のつまみとなるものを用意したり、大量のご飯を炊いたりしました。大皿に揚げ物や、作ったサラダをのせて出して、皆さんが食べる様子を見ていた事が思い出されます。私が倒れてからは、出張も、宿泊を伴う会議、夜の送迎会等、全てを断ってしまっている夫。もうひとりでのお留守番は大丈夫、全く心配する事はないと思うのですけれどね今回の送別会へも欠席して、その代わりにお餞別を渡したのですって。それに対する御返しなのでしょう、紋別に近い雄武町のオホーツク海で獲れる新鮮な毛蟹が届きました。今日のメニューは、何時にない豪華版ですぞ~夫よ!早く帰ってきて~~!そして、この大きな蟹をさばいておくれ~
May 12, 2009

またGWのお話に戻ってしまいますが・・・ふふふ・・・夕ご飯は頑張ったから、ホテルのメインダイニング「ル・プラトー」でフレンチのフルコースなのです。レストラン入り口もご覧のようにシンプルそのもので、とても落ち着きます。ディスプレーされているワインの黄色いラベルは、ルイヴィトンジャパンが正規輸入するシャンパン「ヴーヴ・クリコ」でしょうか。夏には屋根が開閉してオープンエアのベランダ席になる、ガーデンテラスがなかなか良い雰囲気です。眼下に広がる女神湖が美しい、夏でしたら絶好のロケーションと共に食事が出来そうです。照明が落とし気味でしたから、画像が少し暗いかな案内されたお席、テーブルの上には見た事もないくらいにカラトリーが並んでしまっている まずは乾杯です母と夫は、この日通過してきた東御市の地ビール「OH!LA!HO」の生、私は白のグラスワインです。では、メニューをば・・・・和歌山産鮪のミキュイと蓼科牛赤ワインマリネのタルタル蛍烏賊と桜海老を添えて・八ヶ岳山麓日本鹿のロティ ソースシュヴァルイユパンは2種類よもぎパンと白のプチパン、よもぎパンは香りと食感がとてもgood!・メバルと蛤のアクアパッツァ・フォアグラのポワレ 花豆のスープ仕立てここまでが、第一弾です。スタッフがお料理の紹介をさらっとしながらサーブしてくれますが、カタカナばかりの名前は舌をかみそう。ここからは私もビールでまいります。・信州サーモンのポワレ 蕗と胡麻の香り・グラニテ=シャンパンととフランボワーズの氷菓美しい、クリスタル~~でも、特に味はありません。・信州櫻井和牛ロースのグリエと仔羊の香草パン粉焼き・ 桜風味のパンナコッタと苺のソルべこのお皿は真ん中の丸い部分が深くなっているので、苺のシャーベットの下にパンナコッタが隠れているのです。・蓼科産蜂蜜とくるみの焼き菓子&チョコレート・有機栽培の珈琲・紅茶以上10品。頂いたのはフレンチフルコース「Nature」 よりもお高い、グルメプランでした。食材にこだわって作られたメニューは、目で楽しんで、味は勿論の事。どれも皆とても美味しかった~ボリュームのある内容で、気分良くお腹が満たされました。こちらのレストランのレベルは、かなり高いものと思います。夜のロビーでは夕食後に、日替わりでロビーコンサートが開催されます。この日はサックスの演奏でした。女性のサックス奏者です。家の息子も週末には都内のバンドで活動をしているので、とても身近に思えてしまいます。一青 窈の「ハナミズキ」から始まり、映画音楽や、ジャズのスタンダードなど30分ほど、アルトとソプラノの両方の楽器を曲によって使い分けています。食後の優雅な一時ですね夜8時前後くらいまでは、フロント横でいくつかのイベントが行われていました。Tシャツの絵付け・実演販売コーナー。子供向けには木片ストラップ作り、ガラス細工・とんぼ玉作り体験など。その前には星空観察会もあったようです。そっと外に出てみました。夜のロータリーの雰囲気も素敵水盤がライトアップされていました。こんな時間に車から乗り降りしている人がいます、外に食事に行ってきたのでしょうか。部屋に戻ってからお風呂に入ったら、あっという間に眠くなってしまいました。寝る前に眠剤を呑まなくちゃなどと言っていた母も、すぐに眠ってしまったみたいです。出かけるとやはり何かと欲張ってしまうから、疲れてしまうのですね
May 11, 2009

ゴールデンウィークも終わって、例年でしたらもうとっくに食べているのが山菜料理です。しかし今年はなぜか、まだ我が家の食卓には一度ものぼっておりません。そんなことを話していましたら、道の駅で販売されている「シラキノメ」を頂きました。シラキノメは、一般には「コシアブラ」と呼ばれている山菜の女王様? 最近、タラの芽に匹敵するほど人気の出てきている山菜ですね。 ウコギ科の長く伸びた枝の先端に出る芽です。4月の終わりから5月の初めが採集の最盛期だそうです。タラの芽と同じく、今の時期に是非食べたい山菜のひとつです。柔らかい若い芽、これはやはり天ぷらにして頂きたいもの天ぷらの他では、ごまあえにしても美味しいそうです。バターで炒めたこしあぶらをご飯と混ぜるだけ(味付けは塩のみ)の混ぜご飯も。もうひとつの混ぜご飯の作り方は、炊きあがったご飯に刻んだのをたっぷりと放り込み、軽く塩を振ってご飯と一緒に蒸らします。蒸らしたところで混ぜ込めば出来上がり。これは特にウコギ科特有の香りを楽しむ調理方法だそうですから、是非チャレンジしてみましょう。春先に出回るセリ。田んぼに出る田ゼリをさっと湯がいてから刻んで、麺つゆとごま油で味付けをしてご飯に混ぜ込んだ、セリご飯は美味しく出来ました。これは、お勧めです。※コシアブラを入れてから炊きますと、色も香りも逃げてしまいますのでご注意を。。。天ぷらにしたら、やはり山菜は油とよくあいますね。口に入れると、あの独特の香り、上品な山の恵みが広がりました。しかし量が多くて、一度に食べきれないので困りました。そこで検索してみたら、保存方法で塩漬けにして冷凍保存する方法がありました。真似てやってみます。水分があると冷凍したときに凍ってしまうので、丁寧に水気を拭き取ります。面倒な作業ですが、これは念入りにします。そして出来たものはパックして冷凍庫へ。こうしたものは生のとりたてを素早く頂くのが一番です。そうかと言って、連日天ぷらばかりでも飽きてしまいますもの。冷凍しても美味しく頂く事が出来るでしょうか。葉の部分が溶けてしまって、繊維ばかりになってしまわないかしら昨日はとにかく暑くて、暑くてという一日でした。だから夕ご飯は、シラキノメと家にあるもので天ぷらを揚げて、それからおそうめん。早い!「男前豆腐」の冷奴に、山形の「だし」をのせて。これはどちらも、どこのスーパーにでも置いてあります。簡単メニューばかりでしたけれど、にとてもよく合いました5月の第二日曜日は、「母の日」ですね。我家のカーネーションは、ミニカーネーション母の日のプレゼントは何か差し上げましたか・・・
May 10, 2009

この日宿泊したのは、ホテルアンビエント蓼科です。以前は会員制リゾートクラブ事業や法人保養所事業を展開するセラヴィリゾート泉郷でしたが、会社更生法の適用を東京地方裁判所に申請した後はこの名前になったようです。3月頃に、夫の会社の保険組合を通じて申し込みをしました。女神湖周辺は、こうした会員制の大きなリゾートホテルが多くあるところでした。夏には避暑のため、スキーシーズンの冬にはウィンタースポーツを楽しむ高原リゾート地なのですね。長野県内でも標高の高いこの辺り、冬の間閉鎖されていた「ビーナスライン」も開通したばかりです。5月になっても氷点下になってしまうこともあるのだとか。女神湖周辺は、少しずつ春の気配が漂ってきたかも・・・と言う感じ前面に広がる女神湖と、敷地中央にあるガラスの教会がシンボルとなっています。教会の手前にあるのは、水盤型の池です。まだ緑が少なくて寂しい景色ばかりですので、夏の頃にまた再訪したい気分になりました。↑は、翌朝の散歩の時に撮ったものです。翌日は一日中雨模様の寒い日でしたが、朝のうちだけは青空がのぞいていたのです。右端は、チェックアウト前。一応は記念写真を車でエントランスに近づくと車寄せでホテルマンのお出迎えがあり、すぐにカートに荷物がのせられます。会員制だからでしょうか、フロントは木製の大きなドアとガラス、ホテルの外観も地味で落ち着いたものでした。チェックイン後、すぐに隣のディスクで係りの人とレストランの夕食時間を決めます。このホテルは思っていたよりも大きい。ロビー、プラザホール、レストランのあるホテル棟の他に、敷地内には三棟のアネックス棟が建っています。私達は3名での宿泊となりますので、アネックス棟の長期滞在も可能なお部屋・キッチン付きのファミリータイプになりました。入り口脇にクローゼット、バスルームの反対側には電磁調理器、電子レンジもあるミニキッチンが。その先は簡単な扉の付いたアーモアに入ったテレビや、ソファやイスのある八畳くらいのリビングになります。3人でも狭くはない広さはあるものの全体的には使い込まれた感じで、イスのデザインや色は???と思ってしまうソファベットがすでにベッドメイクされていたので、写真は撮りませんでした。荷物を置くバゲッジラック、ディスク、チェストのあるツインのベッドルームからは、ガラスのチャペル。その先の女神湖の湖面が、少しだけ見えました。バスルームは、特に洗面スペースは広くはありません。洗面台、おトイレへは全く段差のないバリアフリーです。お風呂の浴槽は古いタイプなのか、かなり深さのあるものでした。バスチェアの用意を依頼しましたら、ないとの事・・・家から一応はバスチェア持参で行きましたが、それはなしでも入浴は大丈夫でした。でもこのように洗い場のあるタイプのバスルームは、本当に入りやすくて助かります。アネックス棟への途中に、私は入れませんが露天風呂つきの大浴場があり、湖を眺めながら入浴が出来たのだそうです。このホテルは贅沢さとか豪華さとかはなくて、全体的にシンプルな造りだなぁって思いました。自由気ままに、のんびりするには良いところですね病気の発症、その後のリハビリ等ですっかり回り道をしてしまいましたが、こうして普通のホテルに宿泊出来るようになったことはとてもうれしい事です。それ以前も、温泉巡り、海外旅行と興味が別のところにありましたけれど・・・ハイピークシーズンでも手軽に宿泊の出来る、このような施設はこれからも利用していきたいものです。
May 9, 2009

チェックインの前に、もう一箇所だけ寄り道したところがありました。それは、御射鹿池(みしゃかいけ)と言う名前のところ。国道191号沿い、奥蓼科温泉峡の入り口にある神秘の池です。 日本画家・東山魁夷の「緑響く」という名画のモデルになったと言われています。また、シャープの液晶テレビ「AQUOS」のコマーシャル撮影もされたとの事。蓼科の奥座敷と呼ばれる奥蓼科温泉郷、そちらへの道のはずれに人知れずひそやかに水面を輝かせている池があります。御射鹿池は、人工による、農業用ため池でした。でもこの静かな、神秘的なたたずまいに、心惹かれるものがあったのでしょう私の見た御射鹿池は、まだ冬の気配が残るままでした。しかし、後数ヶ月したら・・・池の周りに広がる木々。深い様々な色調の重なる様子が、鏡のような湖面に写って・・・描かれた絵のようになるのでしょうね
May 8, 2009

昼ご飯を食べてから時間があるので、この辺りで少しは観光もしましょう。小諸、佐久から北上すると、軽井沢となります。しかし今回は、もう少し大人のムードでいきたいもの国道18号を小諸から上田方面に戻っていきますと、道路脇に案内板が出ているのですぐに解りました。目指したのは、江戸時代に北国街道の宿場として栄えたという海野宿(うんのじゅく)。長野県東御市((とうみし)にある北国街道の宿場町です。社会で習った五街道に次いで、重要な脇街道に位置づけられた北国街道。北陸道の高田(新潟県)と、中仙道の追分(軽井沢町)を結ぶ約140キロの旧街道は江戸時代の重要な幹線道路となっていました。佐渡で採掘された金の輸送、善光寺までの参拝客、北陸大名の参勤交代などで利用されて非常な賑わいをみせていたと言う。明治時代には宿場町の利用客が減った後は、養蚕業を主に生業としていたとの事です。駐車場からすぐの白鳥神社。この神社は、元領主海野氏の氏神だったという由緒のある神社だそうです。何年経っているのと思える太くて大きなケヤキの木が何本も、何本もあります。現在でも本陣、問屋、旅籠などの跡が残っていました。家々の開口部は、一階も二階も細い格子が組まれています。養蚕農家として利用されていた、海野宿特有の建物である海野宿資料館。靴を脱いで上がるのが面倒で行かなかったけれど、館内には海野宿の風土・歴史資料が展示されているそうです。勿論、お蕎麦屋さん、カフェもありますが、私が入ったのはガラス工房です。奥の工房では、その時も吹きガラスの最中でした。通り沿いに一際大きくて立派な門がありました。そこは、武士が宿泊・休憩をした本陣跡との看板が。大きな門構え、立派なつげの木に隠れた中庭の奥の母屋もとても大きい。東御市は、胡桃や巨峰の生産の盛んな土地らしく、周囲にはぶどう畑も見かけることが多くありました。ここの道路脇で売られる土産物には、ぶどうやりんごなどのドライフルーツ、胡桃や豆類、山のものを干した保存食が多かった。大切に保存された歴史ある家並み。道路には用水が流れて、芽吹いたばかりの柳、その両側には磨きこまれて黒く光った海野格子の家々が立ち並ぶのです。ここでのキーワードは、何といっても「うだつがあがらない」の「うだつ」でしょう。私も、立派な「卯建」が目に入ってきました。元々は隣家からの火を防ぐ為の防火壁ですが、裕福でなければ造れないものであったことから「うだつがあがらない」の言葉がうまれたそうです。昭和61年には「日本の道100選」に、昭和62年には「重要伝統的建造物群保存地区」に選定を受けています。同じ長野県内では、旧中山道の妻籠宿、奈良井宿の方が知名度は上かと思われるものの。こうしてかつての面影を色濃く残す海野宿も、なかなかに見ごたえがあるところ。江戸時代へのタイムスリップ気分も味わえるところでした寒くなる前に、今夜宿泊するホテルのある蓼科へ向うことにします。
May 7, 2009

ゴールディンウィーク最終日は、季節が逆戻りをしてしまったかのような雨でした。今日からは、昨夜帰宅したばかりのミニ旅行について書いていこうと思っています。ミニ旅行の名の通り、一泊でしたが長野へ遊びに行ってきたのです。今回訪れた長野県の蓼科 (たてしな) は、長野県中部と山梨県境にそびえる標高2,500~2,800mの峰が連なる八ヶ岳の西麓にある高原地帯。 内陸である事と標高が高い為に5月初旬でも山に残る残雪、花見と新緑、結果として三つの景色が一緒に楽しめてしまえるところでした。本州で一番最後に桜の咲くところとして知られていますが、6月になればツツジです。きっとその季節も、見事なことでしょう。宿泊したホテルは、女の神山と呼ばれる蓼科山を水面に映す女神湖の畔です。さてその朝の事。いつもでしたら早起きなど出来ない私なのに、連休初めからの連日のテレビニュースによる高速道路の渋滞情報が気になって早朝5時に目が覚めてしまいました。今回一緒に行く事になった母を実家に迎えに行ってからになりますので、まずは東北道へ。やはり朝から混んでいますね、今までのゴールディンウィークよりも車の数が多く感じてしまいました。その後は信越自動車道の群馬経由で長野までのコースとなりますから、道路の状況はその他の高速道路の様なことはありませんけれど、SAなどはやはり多くの人です。長野県内へ入って初めは真田氏の城のあった上田から、こちらでは上田駅前の長野銘菓「みすず飴」を製造販売する飯島商店でお買い物をしました。ここのお店は長野へ来る時には必ずと言うくらいに寄り道をしていますし、このブログ内でも何度か登場をしていますから今回は画像もレポもなしです。次はまだ午前中でしたけれど、夕食を美味しく頂く為に早めのお昼と参りましょう。夜はフレンチを予約しましたから、お昼は和食です。それも軽くがポイントですね。上田から東に少々戻ります。懐古園や、島崎藤村の詩「小諸なる古城のほとり・・・」の、小諸市内の「中吉(なかきち)」で頂きました。このお店は、以前夫婦で温泉巡りをしていた頃からいつも読ませていただいたあるご夫婦のサイトで知ったのです。築120年も経つ家屋を、そのまま利用してお店としています。小諸は今まではただ通り過ぎていただけでした。江戸から善光寺への参拝客の通った北国街道。その通り沿い、店舗の入口は小さいけれど風情のある粋な佇まいです。ドアを開けると静かにジャズが流れる店内は、昔懐かしいクラシカルなムードでいっぱいです。私の着席したテーブルの、隣には「箱階段」が。見上げると天井の一部は吹き抜けになって大きな梁の残る造り、それ程広くはない店内に開放感をもたらしています。店の奧に中庭が見えました。その横には小上がりの和室があって、ここではグループでの食事も落ち着いて楽しめそうです。すでに予約済みとなっていましたが、このテーブルは重厚な引き戸を利用したもの。店内はどこも、女性好みのとても良い雰囲気ですねお店のキャッチフレーズ「町屋でごはん」は、お箸袋にも書かれています。私と母の女性陣は、浅間高原特産の花豆を蒸篭でむした「花豆おこわ」を食べてみたかった。大きな茶碗蒸しも魅力です、そこで一番人気の千曲膳を。夫はおこわではなくて、冷たいお蕎麦のついているそば膳?にしました。それぞれに出されるサラダと野沢菜漬け、このサラダは結構美味しかったです。錦糸卵?と点心の皮をパリパリに揚げたものがトッピングされているの。かかっていたドレッシングは、オリジナルかしら。花豆が信州の特産品なのは前から知っていたけれど、こうして「おこわ」で頂くのは初めてです。甘すぎるいかと思っていた程ではない。大きな花豆はすごく柔らかくて、ちょっと甘めですがとても美味しく頂きました茶碗蒸しの上のトロリとしたあんは、生姜が効いていてこちらも初めてのお味。お蕎麦用の七味味唐辛子は、善光寺門前に店を構える「八幡屋礒五郎」の唐辛子。これは勿論の事ですね。長野県民は七味唐辛子と言ったら、こちらのブランドしか使わないのだとか・・・私もこの唐辛子は過去に何度か買って来たことがありましたし、今回も自宅用に購入しました。中吉・支店は、軽井沢にも出店されているとの情報もあります。元気だった頃、桜の時期訪れている懐古園はパスして、せっかくなので小諸駅へ行って見ることにしました。この駅は、しなの鉄道とJR東日本の共同使用駅なのです。軽井沢とその反対の長野行きが出ている、しなの鉄道。小海・小淵沢方面への小海線は、ここが始発です。駅構内で新鮮な野菜や山菜が売られているのは、面白いですね山ウドやミズナが新鮮で美味しそう~、タラの芽は売切れてしまっていました。
May 6, 2009

しつこいようですがこれで最後、高速に乗る前に見た「豪農の館」について書きます。 見かけによらず、古いものフェチな私。(念のため言っておきますが、これは本人自身が古いからではありませんのよ)最後に選んだのは、「北方文化博物館」でした。博物館の名前が付きますが、越後随一の大地主であった「伊藤家の館」なのです。平成12年に、国の登録有形文化財に登録されています。ここは新潟市内から東へ、阿賀野川の西岸に位置して「沢海(そうみ)」という集落内にあります。阿賀野川に近い為に大雨が降ると沢の海になるほどの地形だったことからそう呼ばれたそうです。受付で入館料800円を支払い中へ入るのですけれど、私は手帳の提示のより無料、夫は半額になりました。明治15年から8年がかりで建てられたという、豪農「伊藤家」の本邸です。外堀でぐっるっと囲まれた広大な敷地内にはいく棟もの木造の建物、中でもこの本亭は大変に大きなものです。「豪農の館」と呼ぶにふさわしい、豪壮さを備えている大玄関。観光客も多く訪れるのでしょう、団体入口と個人入口とに分かれています。内部には、天皇・皇后を初めとする皇族方、画家の東山魁夷 、枡添大臣など、ここを訪れた方々のパネルの展示もされていました。江戸時代中期に農民から身を起こして豪農への道を歩み、代を重ねて巨万の富を築いていった伊藤家一族。全盛期には、1市4郡60数ヶ町村に田畑1,370町歩(1,372ha)を所有し、越後随一の大地主としてその名は県下に鳴り響いていたそうですが、このお屋敷内を見学すると豪農の館と言われるだけのことは十分に感じられました。伊藤家の昭和期の作徳米は3万表余りであったとのことですから、これは江戸時代でしたら大名と同じです。部屋だけで64室って充分にそれを物語っていますね。40M近くある廊下 軒の横梁が杉の一本ものと言うのにもビックリです。材料は全てここまで、福島県の会津から川で運んだとのことです。「大広間」や「お座敷」の様子・・・実際はもっともっと広いのです。こちらが使われるのは冠婚葬祭などの特別行事のみ、年に数回程度の時だけのですって。100畳のお座敷って、どれだけ広いの?って感じですね。左側の数枚は、屋内から見た「回遊式庭園」の様子です。個人の庭とは思えない、とても贅沢な造りとなっています。 邸の中には漆器や陶器をはじめとした、沢山の美術品が展示されています。伊藤家歴代当主のコレクションですね。今は静かな台所の様子も。家族の他に60名近い使用人がいたと言われています。かまどでは毎朝1俵(60K)のお米を炊いていたそうです。スゴッ!手入れの行き届いた庭園、こちらには約300本のツツジが。毎年色とりどりに咲いて、訪れる人々の目を楽しませてくれるのだそうです。北側へ回ると大藤棚がありました。この時にはまだ全くでしたけれど、今月にはうす紫の花が満開となることでしょう。私にはたぶん今年最後となる、枝垂桜の木。他にも八重桜の木も何本か。八重桜は何度見ても、可愛くて、華やかです。「飯米蔵」として使われていた白壁の「集古館」やお茶室、その他にも幾棟も。 また敷地内には同じ新潟県内の三条市、柏崎市から移築復元した建物もありました。けた外れなスケールの大きさ、当時の農民達との暮らしの違いに目を見張りました。お土産物屋さんでは、お土産や地酒もしっかりと揃えて置いてあります。ティルームやレストラン、そば処、パン屋さんまでもあるのです。農地解放後の現在でさえこんなに広いのですから、はるか彼方へ思いをはせると想像さえも出来ません。そちらで遅めの昼食を済ませて、帰りも同じく休日割引を使い自宅まで帰ってきました。その時には栃木県内の那須付近が少々渋滞したくらいで、6時過ぎには家にたどり着く事が出来たのです。さあ、すでに始まっている今年のゴールデンウィークですが、今年は高速道路がかなりの渋滞となるのでしょうか。私達の行き先は近い、それに大人だけ、翌日もお休みですから、心配はしておりません。それよりも今、こんなに晴天が続いてしまう事、天候の方が気にかかってしまいます。どうか皆さんもお休みを楽しんでくださいね
May 2, 2009
これは「大人の塗り絵」です。地味な野草ばかり・・・タンポポ、土筆、スミレ、カラスノエンドウ、ナズナ、ハナ大根など・・・一見すると目立たない、地味で身近にある花ばかりなのです。ピンクや紫、黄色、淡い緑の色鉛筆を使い、パステルっぽく可愛らしく塗ってみました
May 1, 2009
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