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まぁ…見たくもないとは思うけど かじるとこんな感じ… この歯形は…私です(笑)
2008年02月28日
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昨日の夕食は天婦羅割烹、だから(笑)天婦羅の中には紅ショウガもあるわけで関西以外ではポヒュラーではないらしいので写真とって見ました。
2008年02月28日
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今日は姑の誕生日恒例になっているお食事会に、迷いつつやっぱり出張った。お家の前の天ぷら割烹で、お夕食をってことになってこれって、去年もそうだったよな・・って思う。去年、姑は「幾つになるのかな」というトドの問いかけに「50歳」今年は「74歳」と答えてた。去年よりは実年齢に近いけど、実際は今日で「79歳」微妙に鯖読んだ年齢になってる・・・(サバを読むのサバは鯖?なの?)すかさずPさんが「両親も兄弟も親戚も、そこまで生きた人は居ないね、君の実家は短命だから」といっている。あのね、今日は誕生日なんだから、Pさんは、おそらくは妻の長寿を祝うつもりで言っているんだけどその口調たるや、どうかすると「お前さんもそろそろやね」ってニュアンスに聞こえてしょうがない。「80歳を超える人は居ない家系だ」・・・もう逝けってかと突っ込みたくなる。まぁ去年の二月の時点で84歳だったPさんの「84歳寿命説の根拠」も不明なまま、現在寿命を超えた85歳を満喫しておられるわけでいつまでと思うのはむしろこちらのほう。お店のカウンターでお食事をしておられた紳士お二人が、いまどきのイージス艦事件、について話しておられるのを小耳に挟んだのか「あれは漁船が悪い」と突然言い出したPさん。んんあ「軍艦の前を横切るなんて、なんたるフトドキもの」はぁ???あかんやろ・・・その発言・・・トドと二人で思わず青くなり、あまりこの話題に拘泥しないようにと、話をそらせた。Pさんは従軍経験がある、だからなのか、この手の問題になると普段から、世間ずれした反応を見せることが多い。この年齢の方々の中には、Pさんのように考える人も居るのかもしれないと思うと恐ろしいよ、まったく・・・食事を終えて義理家に戻り、ケーキとお紅茶で再度お祝い。食後、おトイレの介助をトドにさせようとしたけど、姑をトイレに誘導して、一人で下着を下げてトイレに座るところまでをドアを閉めてやってもらうところまでは、良かったんだけど姑が便座に座っているであろう見当をつけて、そこでトイレのドアを開け、姑がすでに下げている下着もろともズボンも脱がせて、紙パンツとパジャマのズボンに足を通してもらうというところで「そんなこと出来へん」途中で逃げた「ナニ言ってんの!あなた普段そんなことを私にさせているのよ」と追いかけて言ってみた。結局トドは手を出さないので、いつもの通り私が姑の下着とズボンを脱がせ、カミパンとパジャマのズボンに両足を通すところまで、やった。姑は一人でカミパンとパジャマのズボンを上げて、トイレから出てくるので、そのまま洗面所に誘導し、洗面台の前に立ったところで椅子を後ろに置いて、ふらついた時にはすぐに座れるようにしておけば、後は姑が一人で歯磨きをし顔も洗う。「上半身は着替えさせてよ」といい置いて、使った食器を洗っていると、姑の着替えを一応は手伝ったトドだけど皮膚科で頂いてきているお薬を塗ろうとしない「お薬塗ってね」といっているのに「どこに塗るかわからん」と怒り口調。誰に?その口調で?文句言ってる?わけ?私が背中一面と首周り、二の腕あたりまで、お薬を塗らせて頂きましたですよ姑の体に素手でお薬を塗るのは、ほんとに、気持ち悪い。お誕生日のお祝いの食事会はしても、着替え一つ満足に手伝えず、何が同居だ「あなたがカミパンを取り替えられるようにならない状態で、同居なんか出来ませんよ」と言っておいた。実際問題、こんな状態で同居なんかしてみろ、二十四時間便利なヘルパーがいてよかったですね、な状態になっちゃうに決まってる。粘着依存体質のPさんに毎日べっとりされるのは、願い下げたまにだから、こうやって表面何事もなかったかのように、お付き合いさせていただけるのでございますわよPさんの住まいは、火曜日と金曜日が燃える塵の日。この前の塵の日に出し忘れたようで、もしかしたらその前も忘れたのか、帰りに40L袋を5つ、ごみ置き場に運んだ。帰宅すると11時。それから明日のお稽古でお弟子さんたちにお渡しする後援会のご案内をセットし、洗濯物を片付けたりアイロンかけたり明日は昼から仕事のトドは、先に寝て、朝から出かける私が、まぁ早く寝たいのに、日記なんか書いてるからだけど・・・明日はママさんの通院日なので、そろそろ寝ます(って十分遅いっ!)
2008年02月28日
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実母の洗面は、指先でぴちゃぴちゃ、お顔を濡らして終わり・・・だから、ママさんの洗面をするときは、まず洗面台に向かって立ってもらい、90度に近いくらい、ママさんに前屈をしてもらう。私は後ろから抱きかかえるようにして両側から手を前に回し、自分の顔を洗うように、ママさんの顔を洗う。お部屋の洗面台はお湯が出ないので、お部屋に置いている湯沸し(ティファール)ポットから洗面器にお湯を入れて、お水で薄めてちょっと暖かい程度の温度にしガーゼのハンカチを濡らして、ハンカチでお湯をすくうようにして顔を洗ってる。洗うタイミングは、寝る前やお出かけ前、目の周りや鼻の周囲、口元など、数箇所を強くはこすらないけど、ガーゼでクイっと拭きながら、洗ってる。昨日の姑は、Pさん不在の家に行くと、あまりこの季節に適しているとは思えない洋服を着ており、外出用の服に着替えたり(これは全介助)洗面もして(これは誘導のみ)外出の準備をした。でも、顔は・・・やっぱりちゃんと洗えてなくて、目やにが残っていたり、口臭もきつかった。ママさんには歯間ブラシサービスまで、手を添える私だけど姑の口腔内にタッチするのは、どうしても気持ち悪くておむつ交換はもう慣れちゃったけど、お尻そのものを拭くのも、とってもいや。その都度「さっき取り替えた」って言ってるけど、取り替えた直後とはとても思えない量の吸収をしているので、自分で取り替えては居ない。そこそこ・・・で、出かけたんだけどランチ食べながら正面から顔を見ると、やっぱり汚れてるよね・・って思う。そして姑と二人で出かけると、私がおトイレに困る、ということが良くわかった。ママさんとなら、車椅子トイレに二人で入り、交代で用を足す、と言うことも可能だけど姑の介助はしても、姑の前で一緒にって言うのは、やっぱりいや。こりゃ・・・あたしも紙パンツにすべきかな?(@_@;)Pさんにいたっては、目やにがついているからお顔を洗われた方が・・・と促すと「僕は目やにが出ないんだ、だから顔なんか洗わなくてええねん」・・・・・だから、そのめったに出ないという目やにがついてるんですけど・・・(しょっちゅう!)かねて色の白いことをもって良しとしているPさん特に色が黒いとも思わないけど、どちらかと言えば・・赤い?トドもPさんもそんな顔色だから私が使っていると思い込んでいる美白クリームなどには大変興味を持っておられる私はその手の商品は使っておらず、おかげさまで舅よりは色白ではあるけど・・嫁の化粧品に興味があってしつこく聞くって気持ち悪い・・・そんなことより顔洗え!
2008年02月27日
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ヘルパーさんが11時に来られても、Pさん不在で 通院は断念?と思ったアタリでPさん帰宅 んもぉ~主役はクライマックスを待って登場なの?((/_;)/) ともかくそれから出かけたので 「お母さんとご馳走食べておいで」って Pさんがご一緒て無いだけありがたいですが 姑とランチでデートってね… 早く送り届けて、ママさんの所へ行きたいよ…(T_T) 「私には選択権がないの」という姑に、大型ショッピングセンターの食堂街を歩きながら選んでもらって こんなプレートランチになりました。 姑の好み?でもなさそう…だったんだけど… 果たして1/3ほど残し、「ポポ子さん食べて」って言われたけど さすがに…それは勘弁してもらいたく… そのまま下げて貰いました。 それでも楽しいかと思う話題を振って、ランチはして来たんだから… アタシハエライ! 食べている最中から帰りの車中まで、Pさんからの電話が何度もかかり 一時半からの訪問看護さんがみえてる!早く帰って来ないと間に合わない(`ε´) だからPさんが朝から不在でなければ、午前中に済んだ話なんだから!っておもいつつ 訪問看護師さんに電話を代わってもらって 今日はキャンセル…したはずが Pさんが「アルバムでも見て…」と引き止めて 帰宅すると、まだおられたので、姑は濡れずにすんで助かりました。 ポテチン
2008年02月26日
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こんなん出ました。(-.-;) そして Pさん不在 どこ行ったんや! 通院に行けへんやんかっ! という今です。 んがぁ…(ToT)
2008年02月26日
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雨降ってるし、どうしようかな…姑の身体の痒み対策お薬が先週の金曜日になくなったので、皮膚科でいただかなくちゃ…なんですがしばらく本人が診察を受けていないので、(Pさんが出向きお薬をもらっている)痒み…治まらないのは、薬が合ってない疑惑もあるし、やっぱり本人が診察を受けた方が良いよね。って事で、これから義理家突入。波乱の報告をお待ちください←誰に言っている?(笑)
2008年02月26日
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事前に叔母連隊長に、ママさんがまだパパさんが生きていると思っていることを告げておいたので、パパさんの四十九日以来のご対面だったけど、皆さんパパさん関連の話題は聞かないで居てくれた。たどり着くまでずっと、やだな~って思いながら向かっていたのだけど、行ってしまえばなんてことはない、いつもの叔母たち思えば叔母連がそれぞれ結婚する前に、すでに私は存在しており姪としてどなた様の結婚式の集合写真にも、ちんまり納まっている筆頭孫の私なのだった。たとえば私にとって、花水木ちゃんやお沢庵がそうであるように、多少のことは許せちゃう相手、だとこちら側が勝手に思ってはいけないのだけど叔母連はそう思ってくれているようにも思う。だから和解は、一応、一段階段を上がったってことになるかなと思う。でもこれも、直接会わなきゃだめなんだなと、つくづく思う。会わないで話が姉妹の間で伝言ゲームのようにつながると、ニュアンスが微妙に違ったりで、後味の悪い思いをする。ママさんの妹たちは基本が人の良い人たちではあるので、本来は好きな叔母たちなのだった。義叔父も来ておられて、ご無沙汰をお詫びした。義叔父の一人が「ポポ子ちゃんは最初から居るもんな~」しゃぁない奴と言うニュアンスの苦笑いもあって、どーもです。元の鞘に納まる?と言う感じで法要が始まったのだった。ママさんはといえば、長女なので最前列で、と言われたけど長く正座をしていないので、多分座っているのは無理、だと思ったけど座ると言うので・・・手を添えていたら、やっぱり座れず(苦笑)膝が痛いというので後方で椅子にかけさせていただいた。中腰などと言う姿勢も難しく、座敷での法事はママさんには無理だなとつくづく、我が家の法事は、椅子で・・などと思った次第です。お寺さんがお帰りになるときに、家長意識があるのかママさんがご挨拶に、と場を立ちかけたのだけど、さっと動くと言う芸当は出来なくここはママさんの母親の実家であり、ママさんの妹が養女になっているので家長はそちらさまでもあるしそれでもお辞儀しようとして、お寺さんに当たりそうになっちゃったり・・叔母連隊長は一昨年から腰を痛めていて、去年は具合の悪い日も多く、効果のある治療法に出会うまでの間に5キロ減ったのだと言う。体重は少し戻ったと言うけど、「皺が深くなってるでしょ~」って言うんだけどまぁ、74だし、皺くらい・・・元々まったく無かったわけでもないし、だけど、以前は美しかったと言うべき?だとしたら今はアカンてことやし?相槌をなんと打ったものか・・とオタオタ思っていたら、ママさんが妹の皺を見ようとして、どんどん前に倒れてきて、つんのめって倒れそうになった。(笑)おかげさまで笑いにまぎれて相槌を打たずに済んだ妹たちに会っても、そのお連れ合いの義弟に会っても、誰だか判らないということはなくそれなりに話を進めるママさんを見ていると、またこういう機会を持ちたいと、やっぱり思う。叔母たちに対して思うことがないわけじゃないけど、またよろしくお願いしますな感じで、帰ってきた。ホームに戻るとママさんは、どうもパパにあってきたと思ってるみたいで「あんなに元気そうなのにまだ入院なのかな」なんて言ってた。法事のことは忘れてるみたいだけど、まぁ・・ええか・・って感じです。ママさんの疲れ様、今日は楽しかったね、皆にあえてよかったね。覚えてないみたいだけど・・・
2008年02月25日
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あの・・・すみません・・・なんだか突然、今日に限ってアクセス数がすごいことになってるんですけどなんで?(@_@;)なんかの間違い?(;一_一)今日のアクセス数、今現在で「8725」(@_@;)今まで多くても200を超えることはなかったので、棒グラフが・・変!ま、そんな感じで、(どんな感じ?)驚いております。数字に驚いて、クラクラしてきました。(^^ゞ
2008年02月24日
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おかげさま、で、姑の転倒は怪我にはいたらず、に済みそうで、ほっとしています。金曜日、結局私が夜更かしをしている間には帰ってこなかったトドはかなり遅くまで・・と言うか朝早くまで?遊んできたみたいで私が朝寝坊をして起きると、居ました。っていうか、鼾がうるさくて目が覚めたら、寝てました。そのままお昼まで寝て、起きてきたのは1時ごろ「昼飯どうすんねん」まぁ普段から、食べ物が並ばないと起きない習慣になってしまっていることから昼ごはんが並んだら起きる、と言う風情でしたので「お昼はカレーライスのつもりで用意してますけど・・ラッキョウを切らしてるんだけど・・・」といったら、カレーには絶対ラッキョウが必要なトドは、脱兎のごとく飛び起きて、ラッキョウを買いに行きました。こういうところは便利。(^_^)v義理家に我が家宛の今シーズン二ケース目の伊予柑が届いているので、車でとりに行かなくちゃ行けないってこともあって、事務仕事を少し片付けた後で、トドは義理家、私はママさんのところへ行きママさんのところからの帰りにトドを拾って帰るつもりで義理家に回りました。まぁ、でも、多分、トドのことだから、姑の着替えの準備なんか、しないんだろうしもしかしてトイレ介助もしてないかもしんないしやっぱり一応様子をチェックする必要もあるかなと思って、駐車場に車を止めて、義理家訪問。案の定、姑は夕食後の薬も飲んでおらず、もちろん着替えもしておらず、着替えを促すと「さっき着替えた」?なにに?何に着替えたの?って話でトイレにも促すと、というか傍へ寄ると、臭う・・・結構強烈。紙パンは例によって目いっぱい水分吸収して重いし、薬はと言えば、飲んでないし・・・確かにね・・仕事がらみで実家へ出かけているといっても、このまま寝ちゃったらどうなると思うの?いくら想像力がないからといっても、こりゃ紙パンを自分で処理してみないと、トドにも姑の悲惨さがわかんないんだろうなと、紙パンを袋に入れて!と手渡すと、めっちゃいやな顔。あのね、そのいやな顔をする出来事を、私がやってるって解ってる?「ぽぽ子は慣れてるやんか」っていうけどこれって、慣れればできるってもんでもない。仕事自体は慣れるけど、憎悪の感情とかってものは、そのつど増幅してたりもするってわかってないよな。あんたのお母さんなんやで!!わかってんの!?わかってないよね・・・
2008年02月23日
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翌日がお休みの夜は、やっぱり行ってる悪所その1、雀の館。11時を過ぎたあたりでトドから「もうちょっといいですか?」の電話が入り、「もうちょっとって朝までっすか?」って感じで今朝も早かったのに、体力あるよね、無駄に。。。(;一_一)今日の出来事を電話口でつらつら話すのを聞いていたらなんだか馬鹿らしくって、かえって来て話せば?って思うけど帰ってくると笠が高くて・・・それもめんどくさい(笑)「で、明日どうするん?」って機嫌よく聞いてきたので「どうする?と相談したことに対して確定したお返事がなかったので、宅配お弁当は断っていませんから、お夕食後一緒プランは、一応ないと了解してますが?」と機嫌よく言ってみた。前日の朝11時までに申し出れば、翌日のお弁当が断れる、と言うことを何度伝えたら覚えるんだろうね。断る電話を入れる、ことは私がしてもいいけど、断るかどうかを決めるのは私じゃない、トドですよ。当たり前のように私も一緒に行く、と思い込んでいるところもいかがなものかと思うけど、勝負事に興じているようなのでそれは今言わず明日の朝に申し上げることにしようと思うのでありました。土曜日もお昼はヘルパーさんが入ってくださるようになったのでお買い物やお掃除は本来頼めるはずとはいえ、火・木・土、とヘルパーさんが来てくださっているけど義理家の掃除は相変わらず行き届かないPさんが不必要なことを頼んでいるからだけど、まぁ仕方ないです。Pさんも姑も留守のときに、他人の私が掃除に行って、初めてまともな掃除が出来る。ヘルパーさんたちは留守宅でお仕事をしてくださることはないので留守宅は他人の私が担当になります。明日、特に食事の必要もなく、ただご機嫌伺いに行くのであればお一人でどうぞ♪ってこったわね。今日はごゆっくり~~~減点を稼いでくださいませ。お先に休ませていただきますわチェーンかけちゃおっと♪、無用心なんですものぉ~・・・いっひっひ♪
2008年02月22日
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ママさんに会いに行くと、よくズボンがローライズになってることがある。そして、それを直そうとすると、上半身の衣類が、ズボンより上に丸まっていることも多い。私が一緒にいるときは、ズボンの上げ下げも、お尻を拭くことも、私がしているけど一人のときは、ヘルパーさんがすべてを手伝ってくださるときばかりではないというか、ヘルパーさんにも個人差がある。すぐに命に直結している問題ではないし、ママさんは口が達者なので、ある程度のことは自分で出来そうな雰囲気がある、口では出来ると言っているし・・・でも出来ないんだけど・・・先日のお風呂の日、まだ寒波の厳しい間のことだったけどお風呂上りの時刻にママさんのところへ行くと、パジャマを着ており一瞬、具合が悪くてデイサービスもお休みをして、寝ていたのかと思ってびっくりした。今の施設のお世話になる前、以前の施設ではママさんはなかなかパジャマに着替えるということが難しく、一人では出来なかったので父が入院する前は、言葉で促してもパジャマに着替えないときは、「もう、お洋服のまま寝てもいいんじゃないの」ってことになったりしてた。父が入院してママさんの身の回りのすべてをヘルパーさんたちにお任せするようになってからは、一応毎晩パジャマに着替える生活にはなっていたけどそこでは週に三回お風呂に入っていたので、究極は次のお風呂まで着替えなくても、仕方ない、と思えたりしていた。今の施設はお風呂は週に二回なので、それまで着たきり、というのもいかがかと思うし日曜日以外は毎日デイサービスに出かけるので、やっぱりこざっぱりして出かけて欲しいかと思って、毎日の着替えをセットして帰ってくる。入居前に、着替えもおぼつかない母であることを伝えると、事務方の責任者の方は「夜はパジャマに着替えて寝よう、という生活を心がけている」とおっしゃって、それはそれでありがたく、そのようにお願いしているのだけどやはり一人では着替えられない母は、促されるだけでは自分で着替えられないので、ヘルパーさんにそのお時間をとらせることになる、からなのか、お風呂の日は、三時過ぎからパジャマ・・・ってことになってるみたいだった。私も、毎日夜の着替えまで付き合えるわけではないけど、どうかすると夕食時にこぼしてしまったり(エプロンはしているけど)変なところにお米つぶが張り付いていたりする母なので食事をした衣類のまま、お布団に入るのは・・・ちょっと考えどころではある。開いても二日の間隔で、私が衣類のチェックも出来るけれど・・・だから、そんなもんなんだろうなと思うけど三時からパジャマは、早くないですか?な印象。これもお風呂に入れてくださるヘルパーさんによりけりなんだけど・・・見た目が明らかにパジャマ、って物よりいいかなと思い、スゥェットの上下なんかに、変えつつある今です。家ですべて、責任を持って見れるわけでもなく、自分ですべて、整えられるわけでもなくだから、ある程度は、仕方ない。と思わなくちゃいけない・・・だろうか・・・
2008年02月22日
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木曜日は、姑はデイサービスに行かない日、で、Pさんは月に二回、出稽古に出かける日。なので、ヘルパーさんがお昼ごはんの用意も含めて11時から1時までの2時間入ってくださって午後はおおむね1時半から(後にずれることもある)1時間訪問看護で看護師さんがリハビリに来てくださる。夕方4時半ごろに夕食のお弁当が届き、おおむねその時間までにPさんが帰宅して受け取る、ということになっている。さらに、夜は6時45分から30分、夕食後のお薬の確認と、夜の着替え、オマタの清拭、などのためのヘルパーさんも、入ってくださってる。そんな木曜日、お昼過ぎにケアマネさんから電話が入った。お昼のヘルパーさんが姑の紙パンツ交換をしたときに、姑が転倒し、少し怪我をしているた、というもの・・・夜にいらしてるヘルパーさんは、最初から清拭も含めたお仕事でお願いしているので、紙パンツ交換はおトイレで行われると聞いている。私自身が取り替えるときも、姑にはトイレに入ってもらい、衣類の着脱時には、便座に座ってもらうことになっている。トイレには手すりも完備しているし、狭い空間でもあるので転倒の危険性は限りなく少ない。どこで転倒したんだろう・・・聞いてみると、リビングで紙パンツを交換したようだったのでお昼のヘルパーさんにも今後は着替えのときは、ついでに用を足すことも悪くないので、おトイレに誘導してもらうように、お願いをした。お昼と夜とでは、事業所が違うので、そのあたりの情報交換も必要。怪我は、すりむいた程度だというけど実母のときの経験からも、骨折とか、ありえない話でもなくかといって、今のところ見た目に特に異変が認められない姑の話を聞いてもすでに転倒そのものがなかったことになっている。だから安心かといえばよくわからない。夜のヘルパーを担当してくださっている事業所の方にも、その状況であることを伝え異変に気付いたら知らせてくださるようにお願いを、しておいた。その話の連絡のときに、多くの高齢者が、転倒などで体を痛めたことに気付かず、そのときすぐにレントゲンなどではわからない程度の怪我をしていてもそれをかばって動くということが出来ない生活の中で、さらに負担をかけて、結局骨折してしまう、ということが多いという話を聞いた。だから、一日待って、異変がないから安心、とは言えず数日の間、異変が起きないかどうか、見守らなくてはならないらしい。確かにね、少し痛む、くらいでは、あまりそれをかばった生活にはならないだろう認知症であればさらに患部に力をかけて、弱っている箇所が骨折に至る、ということもあるのだろうし動いた拍子に傷めた箇所をかばうことで、他のところに負担がかかり、本来傷めていなかったところを骨折、なんてこともあるのかと、こりゃ・・・こまったな・・・けど様子を見るしか仕方ないし・・・明日は、トドがお休みなので、よろしく頼みたいところだ。どう出るか、見もの・・・未だに母親のトイレ関連には深くかかわらない息子だけどいつまでもそれですむと思うなよ、ってポイントでもある。先日は、お挟まり事件(@_@;)もあったのだこれは姑が便をオマタに挟んだままになっていた・・らしいのだった。これも、夜のヘルパーさんにより整えていただいたとのこと深く感謝するとともに、これまた実母のそれより、心痛まず。ほんに・・・鬼嫁とはこのことなりかと・・・反省・・もこれまたしてなく・・・いや、お恥ずかしい・・・とも思ってもいなくったく、あたしゃ、小物だわ。(>_
2008年02月21日
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最後の晩餐に何を食べたいか?っていう質問が世の中にありますよね。パパさんは「ビフカツ」だったと思う。半熟ゆで卵も好きな人だったけど、一番の好物でだけど揚げ物なのであまり食べられないものでもあった「ビフカツ」。最後にそれを・・・という体力でもなかったので、叶わなかったけどパパさんの最後の晩餐は、「ビフカツ」という答えになっただろう。ママさんは・・なんだろう・・・何でも食べる人だけど強いて言えば「ビーフシチュー」かな・・・って思う。メニューにあるのがわかると、必ずそれを頼もうとするし実際大好きだから、やっぱり「ビーフシチュー」だろうな。姑は「チラシ寿司」、それもお店で売ってる上にお刺身が載った豪華版ではなく、お家で作る「チラシ寿司」。実際に質問をすると、う~~~ん・・・答えを探して「チラシ寿司」になってる。私はといえば「オムライス」なんであります。卵の黄色(阪神色?)に中のライスのと上に乗ってるケチャップの赤、なんて綺麗なんでしょ♪ってわけ。卵好きだし(^_^)v河童ちゃんには聞いたことないけど、好物は鰻だったりカレーだったり、でもおそらくその中で一つ、彼なりに決めて話になると思うんだよね。ところはトドは・・・・なんと一つに決まらない。以前にもこの話題になって聞いたことがあるけど秋刀魚の塩焼き・豚のしょうが焼き・鳥のから揚げ・肉じゃが・麻婆豆腐・お家のカレーライス・お店のカレーうどん・鮨・刺身・鍋各種・・などから、大根や豆腐やアサリの味噌汁・ポテトサラダなどにおよび、ツマミの明太子や板わさ・・居酒屋のメニューを読んでるわけじゃナシ(;一_一)結局食べたいものを順に書きとめてみたら、一週間、三食のメニューになってしまった。だからいったい最後はナニ?これって、まぁいわゆる一つの、なんだ・・その・・会話のアイテムなんだしとりあえずどれかに決めてもらえれば、って程度の話なんだけどそうは行かないらしく、なんかめんどくさい。この傾向はPさんにもあって、めんどくさいので聞いてないけど、聞くのも怖い。(聞かないけど)提供する話題も、相手によりけりだというお話なのでした。m(__)m夕べは頂き物の鯵の干物を焼いて、湯豆腐、小鉢は白菜とさつま揚げの煮物。「鯵の干物と湯豆腐もやな」最後の晩餐が増えたらしいよ・・・(-_-)
2008年02月20日
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何が重いかというと、25日の法事の件。ママさんの叔父の連れ合いさん、の法事なので、ママさんの姉妹が集まる。仲の良い姉妹だったし、私も仲良かった叔母たちだけど、今は負担。ママさんは妙に機嫌の良い人なので、会話は弾むと思うけどたとえば今回の法事の対象者である義大叔母さんは、ママさんの中では普段はまだ生きておられる設定になっていて、大叔父も生きておられるってことになっていたりするお相手なのだ。自分より高齢の方ではあるし、大叔父夫妻に関してはその場に合わせて亡くなった設定にはなるだろうけど問題はパパさんママさんは自宅で祭壇を見たり、お墓の前に立ったとき以外は、パパさんは入院中だと思ってる。その一瞬、亡くなったことがわかっても、私たちが傍にいるので笑い話に変えたりして、ママさんが混乱するのを防いできた。今回集まる姉妹たちは、そういう意味ではママさんのその扱いには慣れてないといえる。気にかかるのは、次妹叔母・・和解することにしたいと思って電話をかけたけど自分は悪くない、という話に終始する様子から、わかってないなと思ったりする。私も別にオバチャンが悪いと直接手を下して父を殺したわけじゃナシって思ってはいるんだよね。だけど・・・って言うニュアンスが伝わらない相手になった。これはコミュニケーション不足から来てることなので、仕方ないんだけど・・・考えてみれば母とは4歳違いの叔母なので、それは理解力って言うか、なんていうか、人の話を聞かないって言うか・・・自分の考えをおしつける傾向は昔からあって、先鋭化してるなと思うんだよね。言わなくていいことまで言うし(苦笑)もう一人、親切すぎて困ってしまう四女叔母に対して、私も思うところが色々あるけどあっちも怒ってる、とか言っちゃうし・・・(笑)これもまた悪気はないけど「お義兄さん亡くなって寂しいわね~」なんていわれると困る。「今の住まいどう?」なんて聞かれても、ママさんにはクリアに把握していることではないから、なんのこと?になるかもしれないし・・・入院前提でママさんがパパさんのことを話すだろうから、それを亡くなったと訂正されても・・・そんなところへ母を連れて行くのは、やっぱり無謀かなぁ~でも姉妹だし・・・連れて行く機会が減ると、ますます声をかけなくなるわけだし法事という行事そのものというより、姉妹にあって話をするのがいいかどうか、わかんなくなってきた。これまでもね、今回の法事の大叔父夫妻に関しては、次妹叔母が取り仕切っていて、大叔父の法事のときなんかにも、母を連れて行きたいなと思ってもあなたも忙しいだろうし・・・な言い方をして、母を省いてきたのは次妹叔母なのよね。だけど本人にはその自覚はなくてさ・・・言った覚えはない、風情なのでまいる。確かに母を排除するつもりなんかないんだろうけど・・・義大叔母が神経質な人だったので、母と話しをするのは疲れるといっている、なんていわれると、それを押してまで連れて行けなかったしね。まぁあまり深く思い悩まず、短い時間で切り上げて帰ればいいんだけどさ食事しないで帰るかな・・・お参りだけ・・・ってことにデモするかな・・・秘策としては「パパの病院に回るので」なんつう、禁じ手、もあるけど・・・な~んか、やだな~~~~~~ってうじうじ思う今日この頃でありまする。行くって決めたのにね(^_^;)
2008年02月20日
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この季節、たいていのコンビニで、温かい「おでん」を販売している。今日、立ち寄ったコンビニのレジ付近「おでん」の保温器?の前で同年輩と思しき女性が「オデンワありませんか?」とお店のお兄さんに聞いている。お兄さんは思いっきり怪訝な表情でだって目の前に「おでん」あるわけだし・・・実は私、同じような場面に以前にも遭遇しておりこれ、「お電話ありませんか?」なのである。最近公衆電話がめっきり姿を消してしまったように思うコンビニの前に必ずといって良いほどあった公衆電話も姿を消している。みんな携帯持ってるもんね。私も携帯を持って出るのを忘れて、公衆電話を探し回ったこともある。今日の女性も、携帯を忘れたんだそうだ。で、電話があると思ってやってきたコンビニの表になかったのであわてて店内へ、目の前の店員さんに、聞いたところが「おでん」の前思わず噴出した私が、「あのぉ・・電話のことですか?」身振り交じりで女性に聞いたのを見てお兄さん爆笑寒い夜に、面白かったよ~結局公衆電話はおいてなく、急ぎの御用らしかったので非通知設定にして、私の携帯を貸した。先方の電話番号も、彼女が見ている前で消した。「寒いですね~」「ほんとうにねぇ」見ず知らずの方と、ちょっと笑ってホッコリした夜でした。お電話が姿を消した替わりに、「おでん」はこの時期のコンビニにはほとんどある。・・・・変な国。(;一_一)そして気がつけば、私の身振り手振りで表された電話は片手を耳に、もう一方のひとさし指で丸いダイヤルを回すタイプ(笑)いまどき見かけない電話の設定・・・あのお兄さん、若いのによくわかったな~
2008年02月17日
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お正月以来ご無沙汰の河童ちゃんから昨日、電話が入った。姉夫婦の結婚記念日を寿いでくれるのかと思いきや、んなこたぁ覚えちゃいなく要は、2パターンでこちらへくる日程が組めそうなのでどっちがいい?って話だった。このところママさんも落ち着いていて、週に二・三度と私も顔を出せない時もあったりでだから去年パパが入院していたときのように、二十四時間一年三百六十五日体制でなくても良いわけでだから、2パターンの、どっちでもいい今週末なら、河童だけ、三月に入ってからならイングリ付きってことで、イングリがオプションで付いて来るほうを選んだのであります。私もどたばたしていて、こちらからも連絡を取っていなかったんだけどなんと河童、先月中旬、インフルエンザで寝込んでたうわさのタミフルを処方されるにあたって、医者から「もう若くないから大丈夫だと思いますが・・」なんて、言われてた!らしい・・・え~~~~精神構造ガキだし・・大丈夫かいな・・怖いよまったく・・・発熱して48時間以内に処方すると効果があるらしいタミフルをぎりぎりの時間内で投与されたらしくその効果はあったみたいだけど、きっちり一週間寝たそうだ。しかも、折良く折悪しく東京出張の帰り道で具合が悪くなり、新幹線沿線の自宅(つまりイングリが住んでる所)で倒れたってことで、そのまま一週間、寝込んだんだって~いやぁ、高熱出して(9度出たらしい)一人で会社の単身寮に寝てたのかと一瞬不憫に思ったけど名前だけでも嫁は嫁、ともかくもう一人家族がいるところで良かった~と姉は思ってほっとした。例によって、あんまり看病はしてもらえずしかも、イングリは河童からインフルエンザが移ったらしくこりゃすまんかったってとこらしい。いずれにしても二人とも今は治ってるけど河童には口やかましく予防注射受けろ!って言ったのにな~受けてないですよ、あのヴァカは・・・イングリは肝炎持ちなので、その辺安易にすすめていいのかよくわかんない一応、主治医と相談して、受けられるようなら・・って言ったんだけどね発病した河童と一緒にいるときも、マスクするでもないって事だから、移るべくして移った?ってところだ。で、何の話かといえば高熱で汗もかいて、お風呂に入れなかった数日の間河童は自分の体臭を、「あのね僕、お父さんみたいな臭いやってん」そうか~、ってかなんか嬉しそうパパさんも汗かいてたし、お風呂には入れなかったしなんともいえない、体臭が、きつくないけどあったよね。においの記憶、結構いつまでも残っていたりしてふとしたときに思い出す、似たにおいに出会うと、まざまざと思い出す。そんなことってあるよね。私にとっては、タバコも一つのパパの臭い。だから止められないっていうか、止める気がないって言うか←をいっな~んだ、河童もパパのこと、あれこれ思い出してんだなんて思った夜でした。去年の今頃、忙しい河童にもずいぶんと無理を言って来てもらったけど、そうして良かった。あの時身近で世話をしたから、河童は今自分の中に父を感じてるあの時は大変だったよね話が通じる弟は、今日は良い弟です。 遅ればせながらチョコ送っちゃおうかな~
2008年02月15日
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本日巷では、チョコを送る日になってるけどトドはお弟子さんから義理チョコを貰うしぃ~(年々減ってるけど)明日からトドはお留守になるので、帰ってからねってことにして今日は買わなかった。っていうか、売り場がすごい混んでた(@_@;)何でみんな当日に買うんだよっ!って思った私もじつは当日に買おうとしているのであった。で、あまりの混雑に、引けて、嫌になっちゃった。(笑)だから今日はチョコレートなし(^_^)vでもって、今日は結婚記念日だったので、今までは毎年、結婚式を挙げたホテルへ食事に出かけてたんだけど明日の朝も早いし(あ・寝なくちゃ・・)ってこともあってそれでも近くのホテルの天ぷら割烹に行ってお祝いご飯、食べてきた。一応記念日だしでも、これまでだって、記念日だからって何か品物貰ったこともないしあ?。。。あるわ、最初のころはお花貰ってた・・そういえば最近ないですな、お花・・・自分だけチョコ貰うって、なんかずるくない?この日に結婚したのは失敗だったな~って毎年思うよ。まぁ結婚自体が失敗だけど・・・(>_<)自分がチョコ貰う日だから、トドが忘れないのが良いのかどうか毎年疑問を感じてる。「ポポ子からはチョコレートないの?」って寝る前にトドが言ってた。(笑)日頃の我が身を振り返れ!ばよく言えたもんだ!「今日はいっぱいあるから、なくなったころにあげる」あ・・ちなみに、色々考えた末(と言うほど考えてもいない)他人なので義理チョコ(義理家チョコ)やめました~(^_^)vPさん、がっかりしてるみたいでございますよo(*^_^*)oへっへっへ・・・(*^m^*)
2008年02月14日
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ビゴちゃんの飼っているブログペットが可愛くて私も何か飼いたくなりました。色々並んだペットさんたちのなかから現実生活の中では、絶対飼わないペンギンを選んでみるのも悪くない(鳥類なので)自分を客観的に見るためにも、(ためにも?)ペンギンの視点から、我が家を眺めてみるのも悪くないペンギンになったつもりで、書いてみるのも悪くない・・・・どうかしてると思われる?ま、そんな感じで適宜更新の予定です。設定が正しければ、ペット自らが投稿してくれることもあるとかで楽しみにしています。こちらのブログを読んで、言葉を覚えてくれるペットなのでその発言は時に不快・・いや、深いものがあり意外と哲学的だったりします。お暇な方、お遊びにお出かけくださいませ。ペンギン「ぺぺの部屋」はこちらです。なお・・ブックマーク「妄想部屋」からもお入りいただけます。ま、これも一つの気分転換ってことで・・・
2008年02月14日
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昨年父が入院している間に、母方の大叔母が亡くなった。お通夜の日の午後、父は気管切開の施術を受けて、術後看護婦さんも普段より気を配って下さって、父も眠っているその間に、御通夜の前の大叔母に会い、お別れを言ったのだった。あれから一年、そうなんだ・・・一年たったんだ。父の一周忌のこともあれこれと日程を考えないといけないなんて話も、トドとの間で出ている今だけど一年って、早いね。今月末に母方叔母が集まって、大叔母の一周忌をするという大叔母の所へ養女に行った母の妹(五女/六人姉妹)の娘からの連絡。この叔母(五女)もアルツハイマーのという診断が去年下った。まだまだできることは多いけど、母と同じように明るくボケている。従妹に母を連れて行っていいかどうか、聞いてみたら快く「ぜひ」といってもらったので、ママさんを連れて行きます。久しぶりに会う姉妹たち、叔母連隊長とはいろいろ齟齬が続いて久しく顔を合わすことも無くなっているけど父の最後のときのことを思おうと、未だに・・忸怩たる思いが渦巻くけど本来は母より気の会う、私と気質の似ている叔母なのでそろそろ・・・和解すべきかな・・・と思い、今電話をかけてみた。私と気質が似ているだけあって、思うことを包み隠さず話す叔母には相変わらず閉口する(苦笑)確かに善意でお見舞いに来てくれたこと、そのこと自体は悪いことじゃないだからそれには感謝しなくちゃいけないのかもしれないけど善意も見せ方が難しいと思う、ということはあまり言わず私も直後は興奮していて、叔母たちの訪問が父の命を縮めたと思う一面は今もぬぐいきれないけどもう親の敵のように思うばかりでもないなにより和解したいと思う気持ちは共通しているのを感じる。ママさんも会えば嬉しい姉妹なのだし、最近やっと落ち着いてもいるので会う機会、増やしたいかと思います。
2008年02月13日
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思えば長い付き合いになる。初めて出会ったのは私が小学生のときだった。あまり覚えていないけど、キャンプの集合写真に小学校一年生の小さな私と、大学一回生の大きなその人が写ってる。あ~あのときから居たんだ・・・って後になって思ったっけその後、連続して毎年、夏は海辺で、冬はスキー場でお世話になりました。誰のことかといえば、その後私が大学生になって、ボランティアキャンプのリーダーになったとき、ボスだった方のことなのです。一回り違うその人は干支が一緒なので、去年還暦。ちなみに・・毎年恒例の忘年会を開いている仲間というのは、学生時代に一緒にキャンプをしていた、そのときの仲間です。学外サークルだったので、それぞれ大学は違っていたんですけど子供のころからキャンプに通っていた人も多くいて、半分くらいは小学生や中学生のころからの知り合いそのキャンプのキャッチフレーズが、「明日の指導者は今日作られる」というもので、何のことはないそのフレーズに洗脳されて(笑)、大学生になったらリーダーになる、そう思って大きくなった人が多いのだ。そういう私も、その口。(^^ゞ数年前までお手伝いをしていた介護事務所も、同じ系列のところで延々とボスをしていた(長い!)その人とも、久しぶりによく顔をあわせる、という状態になっていました。親よりは私たちに近く、かといってお兄さんと思うには離れてる年齢差、悪がきたちが親の言うことには耳を貸さない反抗期も、彼の言うことには素直にうなずけた、またそういうオーラを彼は持ってた。ピュアなだけに、家庭生活にはどうなんだって人で、私たちから見るとちょっと困った心配な年の近い叔父さん?って感じかな~仲間のことも半ば兄弟のような感覚でおもうから、その人は叔父さん?ってことになるかな・・(笑)私自身が子供時代に、両親も含めて、大切に接してもらった経験と、学生時代にキャンプに迎える子供たちにどのように接するべきかを身をもって教えてくれた人でもあるので、恩師・・・ともいえるか・・そんな構えた存在でもない。いずれにしても今の私の一部に深く影響を与えた人であることは間違いない、そんな人。くだくだ書いてますが、その方が今入院している、という話が新年会の時にわかり長い間の野外生活(といってもテントで暮らしていたわけではないけど)の疲れからかでもそれ以外の彼の生かし方があったのか・・微妙だけど・・家族と離れた生活をしていたその人は、離婚して今は一人だけどもう成人したお子さん三人と、同じ仕事に就いた私たちの先輩が交代で、看病しているとのことそのあたりから、どうも、あまり、良くないらしいという知らせが、今日ありました。今は保育所の園長先生をしておられえるその人は、子供に対してとてもピュアな感性を持っておられる方なので、お仕事をお持ちのご両親と子供たちの本当の味方になれる人なのだ。きっと、今、いろんな形でかかわっている人たちにも、きっと良い影響を残されるはずだからね、まだ早いよ!ダウンするのはまだ早いあなたの力を必要としている人たちが、まだまだいるお元気になってください心から現場復帰の日が来ることを、祈って、願っています入院しておられる病院は、その昔河童が生まれた病院だけど、産科はまだあるのかな・・このところ、産科を閉鎖してしまった病院が多いので、いまはもう・・ないかもしれないんだなぁ・・・少子化対策とか言ってるけど生む場所もないんじゃ、どうするんだって話よね。そんな世相を感じるからこそ、まだまだ必要な人なんだって、思う。看病チームには参加できないけど、様子を聞いて、迷惑でなければ少しの間、お手伝いにでも行きたいと思っています。私知ってるんだ~、あなたが看病しにくいわがままな病人だって事(;一_一)パパさんの眠る墓地の近くなのでついでに・・・って、縁起悪いか?(^^ゞ
2008年02月12日
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日曜日、今期最後の新年会ちょっとはなれた山間の料理旅館に出かけた。山間部には土曜日の雪が残っていそうで、車を運転していくには不安があって前日のうちに頼んでおいたタクシーで出かけた。新年会の会場になる大広間と、控え室に借りたお部屋の間の渡り廊下が外に面しており、そこに、こんなお猫がいた。ガラス越しに廊下を除いているお猫「摂っちゃん」と命名。場所から命名顔を見ると、めやについてるし(笑)野良らしいけどものすごく人懐っこくて、渡り廊下に出ると寄ってくる。立ち止まると足にまとわりついてきて膝に乗ろうとする。かとおもえば、清拭中?(笑)廊下をカリカリしてみたりついには私の膝で、丸くなった。摂ちゃんは暖かくてやわらかくて、臭くなかった。けど・・スカート汚れたー!土足だし!! あまりにも懐くので、連れて帰りたくなったけどそうも行かない住宅事情、ごめんね。今日は暖かい春の陽気、摂ちゃん元気だといいな・・・トドに、またこの会場を使おうよ、って言ってみた。摂ちゃんに会いたいし・・・
2008年02月10日
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土曜日の朝、義理家に届けてもらった饂飩すきセット多分二人分だろうな~と思っていたら、やっぱりPさんからいきなり「二人分しかない」という電話がかかってきた。どっちみち一緒に食べるんなら、食材を買い足さなくちゃいけないなと思ってはいたので、別に同ってことのない話。瞬時にトドに電話を代わり、相手をしてもらった。Pさんの電話は無意味に長いので、トドがいるときはトドの係りお昼近くなって、雪・・やまないなぁ・・車を出すのも迷ったけど、道路に出てしまえば路面は溶けていそうなので、ともかく出かけた。駐車場でしばし遊んだことは前述の通り(^_^;)介護サービスを見直して、土曜日も十時半から十二時までヘルパーさんに来ていただくことになったので、買い物を済ませて十二時過ぎに義理家着。お鍋の用意をして、さて、食べよう・・・ってところで、電話がかかってきた。私が出たその電話は、なんだかよくわからないけど、だれか来る?って言ってる。どういうご用件でしょう、と聞いているこちらに対して「あんた誰?」な反応の業者さん。舅に替わると、ガスコンロ関連の業者さん?と思しき方と話をしているようだ。もしかして電化を考えているのか?ちょっとぞっとして・・・聞いていると舅は「今電話に出たのは他人だから家のことなんかわからん」といっている。やったね♪私は他人♪おありがとうございます。他人だと認識してくれているなら、最低限のことでいい他人と一家団欒なんか、囲まないんだから~私がにやっとしたのを見ていたトドは、苦い顔をしてた。どうやら舅と業者さんとの間の電話も、話が通じていないようなので、もう一度替わった。どうやら、ガスコンロのお魚焼きグリルを取り替えたいらしくメーカーから取り寄せてくれと舅は頼んでいるのだが業者は現物を見なければ、取り寄せられないといっている。この業者、魚焼きグリルの受け皿と網、という言い方ではメーカーになんと事か通じないというのだ。ナショナルでは魚焼きグリルのことをなんと言うの?受け皿と網、も専門的な言い方があるのかな?(笑)確かに話の通じない業者ではある。「私はこの家の嫁ですけど、あなたはそもそもどういう業者さんなんですか?」と聞くと「行き違いが多いようなので、この話は断らせていただきます」と電話を切られた。なにこれ?ともかく、「あんたなんかに、わからん!」といっているPさんに、それでも話を聞くと要するに魚焼きグリルが腐っているから替えたい。ということらしかった。そういうことなら、ガスコンロのメーカーがナショナルなので、ナショナルに言えばいいんだと思うけどPさんが電話をかけたのはリフォーム業者?か、家具屋?だから、その業者の人が詳しくなく、話がややこしくなった。グリルが汚れているについてはなるほどありそうな話しで最近、義理家でお魚を焼くこともないので、私もしばらく触ってない場所だわ、あけてみたらなるほど・・腐ってるといいたくなるほどの堆積物が残ってた。義理家の掃除用に置いている重曹をふりかけ、熱湯をかけてお鍋を食べている間に汚れが浮き上がることを期待して、食事を続けた。Pさんは焦がしたお鍋や、洗えないものをすぐに捨てるというけれどまぁ他人なんだからどうでもいいんだけどそんなに手をかけなくてもちょっと洗えばいいんだしで、食後に洗うと、すっきり綺麗になりました。Pさんは、なんかモゴモゴいってたけど、他人だから無視。(^_^)vご家族の団欒に加えていただいた他人の私はお洗濯もし、トドの母上の衣類も整えて、帰って来ました。Pさんは他人だといっているけど、世の中では私たちは義理の親子で通っており残念ながらすっかり他人だと放置できないと、私は考える。だから家庭内の危険かもしれない状態に関しては、手を貸すけれど他人なんだから、同居なんて出来ないし~マイナス地雷ばかり踏んでいるPさんに、ある意味感謝?(^_^)vそして、Pさんの態度にムカついた分、トドの母上には優しい私なのであった。(^_^;)雪を見たい、というので、お玄関の外までおツレして、雪景色鑑賞、このところ朝食べるためのスープをに三日分づつ作っておくのでトドの母上にジャガイモと人参の皮を、皮剥き器で剥いてもらった。
2008年02月09日
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とっても見辛いと思いますが、 とある駐車場で見かけた車、の上の雪だるま! これまた痩せつつあるわけで… 何処から来たのか、 道中に落ちる事もなく鎮座ましましておられるお姿に 思わず合掌 (笑)
2008年02月09日
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何とも貧相な雪だるま、ダルマ?と言いにくい(^w^) 雪が足りなかったのか、時間なくて制作中なのか、はたまた溶けてきたのか… 謎です。
2008年02月09日
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駐車場のスロープにも積もっていたので、ウロウロ歩き回って見ました。 私の足跡(^w^)
2008年02月09日
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珍しく朝から雪 しかもけっこう本格的、お昼頃には降る雪が大きくなって 積もってます。 我が家の前にある川もすっかり雪化粧です。
2008年02月09日
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ママさんは今、火曜日と土曜日、ホームでお風呂に入れてもらう。週に二回はちょっと少ない、と私は思っているので間の木曜日あたりに、本当はお風呂に入れてあげたいけど、冬場、実家に帰ってお風呂に入ると夕方にホームに帰るので、寒いだろうね・・・ってこととこのところ義理家とダブルで会いに出かけることが増えて夕方に実家に帰る時間が取れないでいるのでだから、このところお風呂もご無沙汰になってます。ビゴチャンが自宅での入浴も大変だ、って書いておられたのでそうだよね・・・って思いながらちょっとママさんのお風呂の段取りを書いてみようかなってわけでママさんの母親(つまり私のお祖母ちゃん)の実家がお風呂屋さんだったこともあって、ママさんはお風呂大好き、なので、入浴を拒否するって事は、ありえないことで助かってる。当初、出かけるのを渋っててこずったデイサービスも大きなお風呂があるよ、ってことが、ママさんが機嫌よく出かけやすいきっかけになることも多く、助かった。だから、実家に帰って私がお湯をはり、「お風呂よ~」って声をかけると、嬉しそうに「私が先に入っていいの」なんて言ってる。んで、すぐに入るのかといえば、トイレに行ったり、グズグス脱いだりで、結構時間もかかる。だから三分の一くらいお湯が入ったところで声をかけて、トイレを済ませて衣類を脱いで・・・簡単に全身(特に下半身)にシャワーをかけて流し(流さないと時々トレペのもろもろがそのままついてたりするので、要注意)まだ、半分くらいのお湯のところへ、ママさんを入れる。そのままお湯を入れ続け、ママさんは浸かり続け・・・夏場だと、私も一緒に入ることもあったけど、秋口以降はママさんのみの入浴でぬるめのお湯に、ゆっくり浸かって貰ってる。ほっとくと、かなり長い時間浸かっているので、途中で声をかけて、以前は(夏場は)洗い場で洗っていたけど、これも少し寒いかな、と思う季節になってからは、湯舟にママさんが使っている状態のまま、まず頭を洗う。それから、浴槽のふちに腰掛けてもらって上半身を洗い、湯舟のお湯を抜きながら、下半身を洗う。そのまま浴槽の中でシャワーを使って、流す。これだと、洗い場で体を拭けて、一通り拭けてから浴室を出られるので体を拭いている間に冷えるということが防げるし長い時間を湯船の中ですごしているので、冷えることも少ないように思います。夏は私も汗だくになっちゃうから、私も一緒に入るんだけど冬はそれをすると風邪ひいちゃいそうなので、当面ママさんのみ、の入浴ってことになってるわけです。でもこれは、私は自分の家でお風呂に入れるからできることでビゴチャンのように、お母様と二人では、出来ない相談だよね。ビゴチャンご自身の入浴が他の時間を利用してできるならこんな風に母上だけの入浴って事にも出来るんだけど実際はなかなか難しいよね。ほんと、お風呂一つにも、悩みが耐えないよね。
2008年02月08日
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今日も今日とてご機嫌のママさんいつもの通り、ママさんに会いに行くと周りの方に「娘が来ましたの、ご挨拶を・・・」ってまぁいつもの通り毎回、始めましてのご挨拶をすることになるわけでここまではまぁ、いつもの通りだったんだけど・・・ヘルパーさんにもご挨拶を・・・ってことになったときに「あのぉ~息子でございますぅ~」ってママさんをいっ息子じゃないだろうがっ一瞬固まったママさんはそれでも間違いを訂正する気に?「いえ、あの、息子みたいな娘なんですの」言い訳って言うか、言い繕ってるって言うか・・・半ば正解というべき?か・・・まいりました
2008年02月08日
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うぎゃー!トドが遅い日なので、ママさんのところで鞍馬天狗を見てから帰ってきたらPさんから電話がかかってきた。お弟子さんが、お取り寄せお鍋を送ってくださるとの事で、(最初は、鍋本体を頂く話か?と思った・・・最近よく焦がすし)土曜日に仕事の話もかねてトドが行くといっていたので、その日に持ってきてもらうことにしたい、ということだった。日曜日に最後の新年会があり、それはちょっと遠方なので、送って行きがてら、私も一日付き合うことになっている。だから、土曜日は私はママさんのところへ行きたく、義理家はパスしたいところだ。お昼にそのお鍋とやらを頂いて、それから仕事の話にしてもらえばママさんがデイサービスから帰ってくる3時は過ぎるだろうけど間に合わなくもないな。Pさんは、一緒に食事をすることが私たちの労をねぎらってるつもりかもしれないけど実際一緒に食事をすることが一番嫌なのよね、私もトドも。PさんにPさんの好みで取り仕切られるのはたまらない。まぁトドも私も、あんまり言う通りしてないけど(*^_^*)ご馳走でつろうって思ってるなら、Pさん抜きで願いたいもんだ。Pさんは電話で長々と、お弟子さんが何かの御礼で送ってくださることになったその顛末を話してたけどいつもの事ながら起承転結がバラバラなので、途中から集中して聞くことが出来なくなって何で頂くんだか、よくわからない。Pさんが寂しいのもわからないではないけど、それをこちらに、特に私に信号を送られても、って感じです。あ、ご心配なく、私は執念深いたちなので、実父のときのことを思うと、とても今の義理家をかわいそうとは思えないのです。あの状態でも家で暮らせるのは、誰のおかげ?私でしょ。(笑)それで十分じゃないでしょうか・・確かに、高齢のしかも介護をしている意識の舅には、話し相手が必要。介護されている姑にも、気持ちを推し量ってくれる相手が必要。でも、私の母にも、話し相手は必要で、それは私の役割です。あなた方の子供は、私ではなく、トド。本日ただいま、現在時刻になっても、まだ帰宅していない、トド。お稽古は何時までなんでしたっけ?ってこってす。こんな日常を送っていて、同居なんてよく言えたもんだ。私の父は、定刻に仕事を終えられることの多い仕事だったこともあり祖父が手術をした後や、祖母が亡くなったあと、祖父のところへ立ち寄って、夕食をとって帰ってきていた。父がそのようにするので、母は毎日祖父のところへ通ってたし私も父の代わりに泊り込む気にもなった。そう、実子が出来ることを精一杯していたから同居して、それだけで安心されても困る。私には母もいて、母の近くには今、私しかいないのだから。ただ、今はまだ、母がいるから同居できないとは言ってない言えばたぶん、今度は「弟のところへやれ!」みたいなことを言うと思う。今はまだ、その言葉を聴きたくない・・・・
2008年02月07日
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タイトルは誤変換とか入力ミスではないよ。マグロってずっと泳ぎ続けている魚で、止まったら死んじゃうんだっていう話からトドも同じだな~って思ってる。だから、(マグロと一緒だからとは言わず)もし同居して仕事を整理しなくちゃならなくなるとがたがた崩れると思うよ、って言ってみた。というのも、やっぱりトドはひそかに同居を考えたりするみたいなのでそりゃ、あの状態の両親を見れば無理ないけどそのきっかけが、年末に姑の診察についていき主治医から暗に「息子がもっと寄り添わないと」って言われたことが堪えたらしい。そんなこと、これまで何度も私も言ってきてるけど、私が言ったんじゃ、聞く耳持たないしかも、姑は施設に入れて、Pさん(舅;省略形)と同居って話なのよ。冗談じゃないわ、それが一番大変なんだって物には時期があり、タイミングがある今からでも遅くないけど今までに、もっと姑と会話が成り立つときにこそ姑はトドに傍に居て欲しかったんじゃないのかなと思ったりする。震災の後、二年間の京都暮らしを終えて阪神間に戻ってくるについては義理家の近くで、と家を探しもしたけどあまりにも近いのは、過干渉のPさんが煙たくトドは嫌だったのだ。子供も仕事の邪魔だからいらず、親も仕事の邪魔になるからはなれて暮らす。家族や家庭のわずらわしさから回避した生活を彼は続けて、仕事に専念することで業界での評価を受けるようになった私も、そういうトドを変えようがなくそれでも時間のやりくりはしながら父を送り、母をみている今なのだ。だから私も、仕事に専念するトドを認めたわけでそれが、今になって変な仏心を出されても困る。トドよ、あなたは死ぬまで走り続けて仕事しなさい。止まったら死ぬと思うよ、あなたには仕事しかないんだからどうせ、同居してもトドが両親をみるわけじゃなく普段の生活は私が担当するんだろうこれからどういう形でPさんの認知症がすすんでいくかそれはわからないけど今までのような気ままな生活はもう送れない。私の両親のときは、私に対して切れて「心中したらええねんと毒づいてあくまでも自分は圏外で生活をしたトドだけど自分の両親のことであっても、きっと・・・彼は毒づくと私は思っている。そして、自分の両親の世話に明け暮れる私に自分に対して手が回らないという理由で悪所へ行く可能性も高い。仕事は出来る人だけど、トドはそんな程度の人。だから仕事してなきゃ価値はないの、あなたには。まぁ全部ぶちまけたわけじゃないけど介護を放棄するつもりはないけど、同居はしない。これを前提に今後のことを考えてもらいたい、ってことははっきり言った。奴の喉下まで、「親やのに・・」という抗議が出そうな雰囲気はあったけどそれを言っちゃあ、おしまいなんだよ。あなたは私の親のときの自分がどういう反応だったか忘れたの?「オヤジがかわいそうやんか」みたいなことを小さな声で言っていた。そう、かわいそうだよ、だけど、それは息子自身がどうやって解消するか考えてね。同じことをして仕返ししているつもりはないだって、できる範囲で私は義両親の面倒だって見てるもんっておもうけど・・・所詮、同じ穴の狢かな?(;一_一)同居して、トドが主夫やって、私が働くっていうなら考えてやっても良いかな・・って(^_^)v
2008年02月06日
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おかげさまで最近のママさんは落ち着いているといっても、要するに事故がないだけだけど・・・相変わらず出来ないことは出来ないし覚えてないことは覚えてない。特に最近のことに関しては、ほんとに記憶が続かないことが多くそれを幸い、私はママさん相手に義理家の愚痴をこぼしてる。聞き役としてのママさんは最適でこれ以上ないかとおもう絶妙のタイミングで笑ってくれる。ただ、「で、うちのお父さんはいかが?」ってな感じでパパの近況を聞こうとしていることがわかる。昨日は、「パパも退院してきたらここで暮らせるよね」なんていってた。「私から頼んでおくから・・・」って言ってるときはパパさんは退院間近でありそうかと思うと「今日は出かけたままで・・」って夜には帰ってくる前提だったりする。実際、毎晩枕元にでも出てるんじゃないか?と思ってみたり・・・もしそうなら、よかったらウチにも出て欲しかったりするパパさんのお化け。去年の6月に入居して、半年かかってやっと今の生活に馴染んだのかもしれないなと、思ったり思わなかったりの今日この頃です。とりあえず、義理家迷走中の今ママさんが落ち着いていてくれることはありがたい。
2008年02月05日
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月曜日の午後二時の約束で介護保険の区分変更調査の方が義理家に来られることになっていた月曜は普段、姑はデイサービスの日休んでもいいかなとも思ったけど、舅と二人で家にいるよりデイサービスのほうが良いかとも思い姑はいつもと違って昼食後に帰宅する予定にしてもらい一時に私がデイサービスに迎えに行き一緒に義理家へ戻った。姑は珍しく、興奮状態で途中見かけた犬の印象からか犬や猫の話になり、真偽取り混ぜてこれまで飼っていたペットの話などいつになく饒舌な車中だった。姑が自分から話をするというのはまれなのでこれは調査を前に良い兆候?といって良いのか微妙。駐車場に車を止めて、姑をエスコートし義理家につくと、姑は舅に「ちょうどマンションの下で心配してきてくれたポポ子さんに会ったの」Pさん(舅;省略形)はすかさず「偶然会った?迎えに行ってもらったんちゃうんか」ときつい口調で訂正。別にどうでも、どっちだって良いので、特に口は挟まず姑にだけ聞こえるようにお舅さんうるさいですね、と言ってみた。姑、にやり。Pさんはといえば、調査に来る方のことをお医者さんか看護婦さんだと思っていてなぜ・・・わからないけど・・・朝から、家庭医にをかけて「先生の書類が届いてない」とかなんとかケアマネさんも巻き込んで、一騒ぎしていたのだった。家庭医からの書類って・・なに何を想定して言っているのか、わからない・・・わかりたくもないけど・・・まぁ来訪者を医療関係者だと思っているから無理ないけどこのところ懸念材料である足先の血行の悪さをアピールしたく早くから靴下を脱いで、なるべく足先の血色が悪くなるようにPさんは準備万端整えていた。←何の準備やら・・・とほほ・・・台所のテーブルには新しく求めたのであろう急須と茶碗茶たくも添えて5人分のお茶の用意のつもりらしいPさんは「今日のお客さんように買ってきたんや」と介護保険関連のお仕事で見える方たちはお茶もおあがりになりませんよと言ってみたけど「出すのが礼儀や」とおっしゃって、でも多分、お茶を入れてお出しするのは私ふと見ると、ベランダに出る吐き出し窓のところにこれから干すのであろう衣類が、固まって置いてある。お茶を出す出さないで、Pさんと争う気はないのでとりあえず干そう、ってことで、ベランダに出て干した。台所の洗い物を片付けながら、いつも万年床の和室で、Pさんがお布団をたたんでいる気配を感じたけど自分でやるのも運動のうち、好きにしてもらった。その間姑は、何か手伝おうと思うのかふらふらとしつつ、あれこれと傍のものに手を伸ばす。その都度、「なにもせんと、座っとき」Pさんのイラついた声が飛ぶ。そんなところへケアマネさん登場。程なく調査の方も見えたので、礼儀にのっとってお茶をお出しし申し訳ありませんが、両親の水分補給にご協力をお願いします。と言ってみた。あ~水分補給ねといいながらお二方とも、協力体制に入りつまりお茶をあがってくださった。感謝。というか、そっか、こう言えば良いのか物は言いようだってことだねと思ったり思わなかったり。。。そもそも急須は、姑がたびたび割ってしまうので危なくもあるし、ということでステンレス製のちょっとおしゃれな急須を求めてそれを使ってもらっていたのだがPさんの美的センスにはそぐわなかったと見えてというか、また購買意欲が掻き立てられてるのかも?ね?また割っちゃうかもしれないけどそれで怪我をするとしても、もう仕方ないもんね。阻止する気も、起こらない。調査は二人ともなので、調査員の方が、どちらからにしましょうか?すかさずPさんが身を乗り出して・・・はいはい、お舅さんからどうぞ何か病気はありますか?大好きな質問なので、あることないこと・・並べ立て始めたのでそっと横から「話半分くらいでご判断くだされば」といっておいた。身の回りのことも自分で出来る、わけだし金銭管理から、妻の身の回りのことまで、こまごまと行き届いているってことになってでもまぁその風情を見れば、そうなのって感じもありありでそんなこんなで、舅の調査終了。姑の調査になると、自分ではきはき返事をしない人なのでいちいち人の顔色を見てる。誕生日も今日の日にちも住所もイチイチ私の顔を見る姑。その都度「お姑さんはどう思います?」私も首を傾けて対応。こちらも言葉の上ではすべて自己管理、出来てますそうでほんとにね、これじゃ、区分変更はいらないだろうって話だ。一応二人からの聞き取りを終えてそれじゃ・・マンションの一階のエントランスに場所を移動しケアマネさんと私とで、最近の衰え具合についての具体例を話す。Pさんについて調査の方の「認知症というより、理解力が衰えてますね」という言葉に今に始まったことじゃない・・けどそれは言わずそうなんです・・・で対応。まったく、理解力という点では、以前から独自路線のPさんなのだそれは認知症といえるのかといえばむしろ性格そういえば、ケアマネさんが来られた直後になぜか「近々引っ越そうと思ってね」って言ってたな。同居したい光線を放っていることをケアマネさんと調査の方に話すとお二人は「住まいを変えると進むよ」とのことこれ、心強いご指摘、採用させてもらおう・・・っと要介護2の姑が要介護3に、要支援1のPさんが、要介護1にというこちらの希望は、微妙なラインになるらしいけどまぁひとつ、よろしくお願いします。そしてPさんは、折に触れて私の実家の話もし私の実母は馬鹿のようにボケて可愛く(ムカっ)私の実父は怖い顔だったので(ムカムカっ)私は母に似てよかった(世間では父似で通っている)Pさんはどうやら褒めてるつもりらしい・・けどね・・・。もう、地雷踏みまくり同居しないためにも、もっと踏め
2008年02月04日
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ごみ置き場で発見された姑は見つけてくださったご近所の方に「息子のところへ行こうとおもって」と語った。Pさんが折に触れて同居したいような信号を発しているのでそのことが何か姑にそのようなことを言わせたのかもしれないデイサービスでもなんと「ポポ子さんと暮らしたいの」ですともう、行方不明の間にお世話になった方々に御礼に行くと口々に、「ご一緒にお暮らしにならないと・・・」言われまくった一日であった。やなこった高齢義理家にもてたって、うれしかないわ。さて、どうするか(同居するためではなく)一筋縄ではいかないPさん(舅;省略形)に困り果てているのはトドも同じだから同居は望んでないただ、今出かけている四国のお稽古場所もそもそもトドは引き継ぐ気がなかったところを引き継いで熱心に立て直し、むしろ盛会になった。Pさんとトドは、社中経営の意識がまるで違うというかPさんには経営能力はなかった半端な自身の美的感覚だけで、社中を構成していたので仕事として発展していけるとは考えられなかったそんなところ、引き継いでも・・・ってでも引き継いだ。それは、ちゃんと跡を継いでいる息子が居るのに息子は効率のよい仕事しかしないのか親の傾いた稽古場を引き継ぐことはしないのかと、同業者から突っ込まれることが嫌だったからだから、今回も同業者から、突っ込まれるかもしれないと気付くと同居すると言い出すかもしれない。それは、両親が希望するから、でもなく自身が両親を大事にしたいから、でもなくあくまでも一種の業界内の保身、これが出ると強硬に同居、と言い出すかもしれない。だから、気をつけなくちゃいけない。かといって・・あのPさん、どうしたらええべ適当な落ち着き先をさがさないと・・・・・ヤバッフンガーーーーおそろしや~~
2008年02月03日
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今日は四箇所目の新年会先日の日記にも書いたけど、去年のこの新年会の前日、父から具合が悪くなったと連絡があったのに、私はすぐに迎えに行かずその夜は施設で過ごした父から朝一番で「やっぱり病院に行きたい」という連絡がありトドにはタクシーを手配し、荷物を積み込みそれから父のところへ向かったのだった。ただ事ではなさそう・・な思いがあって父のところへ向かう途中、弟にも連絡をし私の切迫した様子から、弟も急遽、病院に駆けつけてくれたのだった。もう一度、母の待つところへ、父を送って帰るそう思って病院に向かった車の中の父は、本当に苦しげで、高速のパーキングなどで、おりおり車を止めて「なんてことないさ」と苦しさを和らげるために背もたれの角度を変えながら、私は不安でつぶれそうだった。なんてことを思い巡らせていた朝、舅から電話がかかってきた。「お母さんが居なくなった」へ?つまり、お家の中にお姿が見えない、わけですね?「僕がトイレに入っている間に出かけたらしい」それは何分くらい前ですか?お母さんの足なら、そう遠くへは行かないはずだからマンションの中におられると思いますよ「僕はまだパジャマだから廊下しか見てないけど居ないんだ」・・・・いつもの壮絶なお姿、なのね?もう9時だけど・・・お母さんのお洋服はどうなってますか?「デイサービスに行く服を着てる」それならまず、パジャマのままで出かけたわけじゃない?けど今日はまた、とてつもなく寒いし・・・ともかく舅と話していても埒が明かないのでお父さん、一旦電話切ります。もし、お母さんが帰ってこられたらお電話ください。ってことにしてまずマンションの管理人室に電話をかけ、事情を話し、マンション内を探してもらうことにした。重ねてご近所一番お弟子さんに(やっぱりお世話になってしまう)駅までの道を歩いてもらい、それで見つからなくても義理家に立ち寄ってもらうってことに・・・9時半にはお迎え予定だったデイサービスの方にも連絡を取り早めにお迎えがてら探索してくださるとの事この間、トドはお風呂に入っていて、出てきてから、姑の行方不明を伝えたのだった。今日もタクシーを呼んで一人で行くか?と言い出したけど以前と違い、姑が家を出てからそれほど時間も経過してない事を考えると、近くで確保される可能性が高いと私は思っていた。案の定ほどなく、マンションのごみ置き場に居たという姑を同じマンション内の方が気付いて下さってお部屋まで連れて帰ってくださったらしい舅から報告がありともかく安堵する。管理人さんに報告がてら電話をかけて御礼を言うと管理人さんが探している事を知った方がごみを捨てに行くと、姑が居た、ということで普段からお親しい方ではなく、管理人さんが探しておられなければ、その方にもわからなかったかも知れなかったのだった。いずれにしても、見つかってそのまま無事にデイサービスに出かけたので姑に関しては安堵。舅の疲労感のほうが激しそうだけど、致し方ない。トドは予定を少し遅れたのでいらいらしつつも車の中からみえる看板の気温表示が3℃だったのを見て「よく見つかったな・・・」と感慨深い様子。こういうことが頻繁になると・・というが前回の脱走事件は、去年の話で、ほぼ一年近く経過してる。なにかキーワードがあるのか、といわれても多分ないきっかけがあったとしても、それを舅が察知することは無理いわゆる徘徊を阻止することは出来ない相談で居場所がわかるように手を打つとか家から出るのに時間がかかるように道具を工夫するとかかといって、ドアチェーンなどを工夫してしまうと舅が扱いにくくなって困るだろうしお玄関にチャイムを採用しているお宅もあったりするけどそれも同居家族が気付くため、でありそれは舅には無理な相談だ。こういった出来事が頻繁になるようなら姑はやはり、施設に移って暮らさざるを得ないだろう私たちが同居したとしても、二十四時間監視することは出来ない。この状態で暮らしている限りこの先も徘徊し骨折などの可能性も限りなく高いでも、どうしようもない。父がアキレス腱をつなぐ手術のため、入院していたとき河童が泊ってくれた翌朝、河童が帰り、私が実家に行く前に、ママさんは出かけてしまった。私は母が無事かどうか、それこそ泣きそうになっていたけど今回は冷静だ。相手の違い、だけではないけど・・・これからご迷惑をかけた方に御礼を言ってデイサービスにも立ち寄りそれからママさんのところへ、行ってきます。(^_^)v
2008年02月03日
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年末の忘年会に参加できなかった友人から、新年会をしてくれ、との声もあって土曜日の夜、毎度おなじみ中華のお店に集合って事に、なってた。当初私は、トドが休みだし、どうなるかわかんないって思ってたけどどうせトドが休みだとママさんのところへは行けないそれより何より、義理家で通院なわけだから欠席のつもりだった。けど、トドが義理家に夕食時まで滞在する気がなくさらに、中華のお店界隈に用事もあってんじゃ、どうせどっかでご飯食べるわけだし合流する?ってことになり急遽、新年会に、しかもトドも参加、ってことになった。私の心のオアシスに、異物混入の夜、ではありながら友人の中にはトドの中学の同級生も大学の同級生も居るまんざら知らない間柄ではないし、んな感じで一緒にご飯を食べてきたのでした。一年前のことを思うと、胸がふさがりそうな気がする昨今彼らに会えるとほっとする新年会もまた悪くないっていうか、このところ、集まりすぎてない?(笑)私はいつも年末くらいしか参加できなかったけどこの数年、新年だ~春だ桜だ~連休だ~・・・って結構集まってるよね?(;一_一)トドが居たので、話は程ほど、しかできなかったけど一次会だけで帰ってきちゃったけどそれなりに・・・会えてよかったです。別に私の介護話ばかりをするわけじゃないけど普段一緒に居るトドより、近い気持ちの彼らに会うと介護燃え尽き症候群に陥るのではないかと言う不安も和らぐような気がする。父を痛む気持ちとともに、今走り続けて、実母が居なくなった後、私は虚脱するような気がして不安があるのだ。でもきっと、彼らがそれを埋めてくれる。ありがとね♪
2008年02月02日
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先週、舅のMRI検査をした病院は、普段姑が通っている脳神経科。姑は思えば年末にトドと舅と三人でお薬を貰いがてら通院だったので先週一緒に連れて行けばよかったんだけど舅と姑の二人を連れて私ひとりがエスコートして出かけるのは手間がかかるので先週は舅のみ出かけて、姑のお薬だけを貰ってきたのだった。結果、月一で難病のための注射を受けている姑なのだけど、一月は開いちゃった・・・ってことになってた。トドが月初めの金土とお休みだったので、土曜日にトドが病院に連れて行く、ってことにして予定を立てた。つまり、舅も通院には付き添うだろうから、私は車で搬送し、病院へはトドと義両親が三人ではいり、私はその間、一旦義理家へ戻って掃除などをし、診察が終わった時点で電話をかけてもらい、迎えに行く、という予定にしてた。土曜日だけど午後も診察がある病院なので、お昼ご飯を済ませたころに迎えに行った。ら、相変わらず、頭逆立ったままのすごい姿の舅がドアを開けてくれて姑はといえば、パジャマの上に服を着ている、という風情でとてもとても、すぐに出かけるなんて、無理。舅は「今日は僕だけ行けばいいね」って言ってるけどなんで?姑の通院なんだし、先週のことと混同してるのか?ともかくも言ってることがむちゃくちゃだ。トドが「ギャクや、お父さんこそ行かんでもええねんで」舅「じゃ、やめとくか」めずらし・・・・(@_@;)ってわけで、姑を着替えさせて、おパンツも替えて(満タンだった)お部屋を出てエレベーターへ向かっていたら、舅が呼び止めた。ん?「ここで言うべきかどうか判らへんけど・・・」なんでしょう?なにかお買い物でもありますか?「マンションを出ると前に道がある」んなこたぁ知ってる、その道を通ってここへ来たわけだし・・・「その道の先に坂があって・・・」それも知ってる。(;一_一)いったい何の話なんだろうって思ったら「140へーベーなんや」あ、また同居計画立ててる?(笑)即座にトドが「そんなん、後で聞くがな」却下。で、病院に向かった。姑は基本がおとなしい人なので、病院でも特に申し出る不快感もなく、ってことでいつものことだけど今何月ですか?という質問に「七月です」今日は暑かった?寒かった?という質問に「ちょうど良かった」要するにお医者様の話では、姑に意見を求めても無駄。だから必要なことを、いかに必要にお応じて提供できるかってことだ。そうなんだ、寒い?熱い?と本人に聞いても仕方がないだから私は実母については、手や足先やふくらはぎを触って冷えていれば寒いだろう、と推測をするようにしている。寒いだろうなと思ったら、寒くない衣類を提供する、お腹が空いていようといまいと、時間を決めて食事を提供する。夏場は特に、一日にこれだけは飲んで欲しいと思う水分量を決めて、それをおりおり飲ませるように・・・すべて周囲が配慮して行かなくちゃならない。姑にもそうすべき段階に来てるのはわかってるけど私たちは同居していないので、毎日そこまで手が回らないかといってそれは舅にも出来ない。トドも了解済みだけど、それはもう、仕方のないことでそこをきちんとつめようって事なら、どこかにお入りいただくしかない。だから、基本、同居はありえない。ただ、ここへ来て、舅の混乱振りがさらに混迷を極めているので姑を預かってもらって、舅は好きなように暮らせばいいと思っていたけどそれで果たして安全なのか・・・いやこれは、舅の安全ではなく、周辺にお住まいの方へのご迷惑を思うといずれ、時が来たら、引き取らなくてはならないのではないかと、思ったりする。舅の終の棲家も、探さなきゃだめだな。月曜日の午後、姑(要介護2)と舅(要支援1)の介護認定の再審査がある。願わくば、舅が混迷を極めてくださらんことを、願ったりする。もう少し介護サービスを使いたいので・・・・。
2008年02月02日
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ばかげたコメントとか、皆さん増えてませんか?コメントや掲示板の禁止用語?に「http://www.」を登録すると変なサイト紹介のコメントを受け付けなくなりましたよ。毎度消すのも、めんどくさくてさ。
2008年02月01日
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二年前の誕生日の記事に友人「お野菜君」が自然農法で農業を始めた、と書いたんだけどいよいよその収穫を販売してくださるそうで試作?を送っていただいた。おりしも、偽装だ毒だと食品の安全性が求められている時期いや、ありがたく頂いている。私は人参が大好きなんだけど、その人参が素晴らしく美味しいものすごくいい香りがする。そうだ、人参って、こんな香りがするんだったよね。河童も好物なので、一本贈ってやろうかと思うくらいバレンタインは人参だな?(笑)お大根もふかふかじゃなくしっかりしゃきっとしてる。もともと生真面目な友人が、生真面目に作ったお野菜だからこれ以上安心して食べられるものはなく調理する前に取り合えずなまでかじってみたりしてる。もっとも、我が家は私とトドの二人なので、さほど安全なものを頂かなくても、毒でも添加物でもいいんだけどこれからお身体が作られていくお子ちゃまたちには自然の命が感じられるものを食べて欲しいと思うなとりあえず給食センターは、地元の食材を使うべし!
2008年02月01日
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例年年初は忙しい、去年も忙しかった。今年もやっぱり忙しい、パソコンもフル稼働でお疲れさんだから、パソ前には居るんだけどね(ーー;)そんなこんなで一月が過ぎ、今日から二月、去年の今頃から具合が悪くなった父は、三ヶ月苦しんで死んだ。それをまざまざと、思い出すだろうな、と思ってはいたけどやっぱり思い出して胸が痛い。今度の日曜日、4箇所目の新年会がある。去年、この同じ新年会の前日の夕方、父から具合が悪いと電話がかかった。父が私にSOSを出してくるということは、相当に苦しいんだとわかっていたのに、翌日の仕事のことを気にして私はその日、すぐに迎えに行かなかった。あの時、すぐに病院に搬送していたら、父はあれほど長く苦しむこともなく、今も生きているのではないかと、私は思っている。これから、父が苦しんだ日を追うような気が、やっぱりする。去年のあの日、あの時、あの選択でよかったのか思い出しても、取り返せないけど自分がこんなにグジグジした性格だと思いたくないけどグジグジだ。(;_;)
2008年02月01日
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