JINさんの陽蜂農遠日記

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2017.01.11
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カテゴリ: 国内旅行

二宮・吾妻山の菜の花畑を楽しんだ帰路に平塚駅で下車。

久しぶりに平塚八幡宮を訪ねました。 

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神奈川県平塚市浅間町(せんげんちょう)に鎮座する神社で、古くは鶴峯山八幡宮

(つるみねさんはちまんぐう)と呼ばれていた。

毎年5月5日に大磯町国府本郷の神揃山(かみそろいやま)で行われる国府祭(こうのまち)に

参加する相模五社の1社であるが、相模国における式内社ではあらず、また一国一社の八幡宮、

鎮地大神と称えられている。 

朱の一の鳥居を潜る。

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平塚八幡宮 境内絵図。

半分陰になり見にくいですが。 

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東御池のカモメ。 

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鴨と鯉が仲良く。 

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東御池の島の中にある鶴峯神社。 

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手水舎。 

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平塚八幡宮 説明板。

平塚八幡宮は第16代仁徳天皇の68年(今からおよそ1630年前)に、第15代応神天皇を

お祀りする社として平塚の地に鎮座し、往古は鶴峰山八幡宮と称し、一國一社の霊場として、

また鎮地大神として崇敬をあつめて来た。

その後も、歴代天皇や源頼朝公、徳川家康公など武家の崇敬篤く、現在でも、

武運、勝負の神として、また安産、健康生育など子育ての神として、震災や厄災からの

守りの神として崇敬されていると。

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平塚八幡宮・拝殿。

現在の祭神は以下の3柱である。

★応神天皇(おうじんてんのう)

★神功皇后(じんぐうこうごう)

★武内宿禰命(たけうちのすくねのみこと) 

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拝殿右に3つの境内外社があり、それぞれに以下の祭神を祀っている。 

右から諏訪社・若宮社・神明社。 

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諏訪社 : 祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)

『古事記』では大国主神(オオクニヌシ)の御子神、諏訪大社(長野県諏訪市ほか)の

祭神として知られる神様。

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若宮社 : 祭神は仁徳天皇(にんとくてんのう)

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神明社 : 祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)、事代主神(ことしろぬし)、

徳川家康公(とくがわ いえやす)。 

事代主神も大国主神の息子であり、国譲りの時にタケミカヅチ〈建雷命〉と

交渉した神様。

また、恵比寿様とも言われている神様。

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御神木の前には願掛けの絵馬がたくさんぶら下がっていました。

それぞれの年始の熱き願いが。 

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神楽殿。 

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浅間社と道祖神。

浅間神は安産・女性の守り神とのこと。

道祖神は昔の・・・・・・。 

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横綱・武蔵山碑。 

神奈川県日吉村出身で少年時代から怪力の持主で、右腕の怪力を活かした豪快な相撲で

大正15年初土俵から7場所で入幕を果たした。

昭和7年1月には小結から関脇を飛ばし一気に大関昇進。

昭和10年に横綱に昇進が決まりますが古傷が悪化し相撲が取れず在位8場所で

昭和14年31歳で引退します。悲劇の横綱と呼ばれたと。

(当時は現在と異なり年間2場所)

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記念碑の後ろで冬青(そよご)が栽培されていました。

モチノキ科の常緑低木。山地に自生。葉は楕円形で堅い。雌雄異株で、6月ごろ白い花が咲く。

実は丸く紅色に熟す。葉から褐色の染料をとり、材でそろばん珠などを作ると。

冬青は別名「正五位(しょうごい)」といい一般的な神社では神前に供える玉串やお祓いをする

祓具(はらいぐ)は常緑広葉樹の榊を用いるが、雪深い地方では榊が育たないため

冬青の木をもちいるのだと。

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太子堂。 

「建築土木の守り神」を祭ると。

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西御池。 

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今年の干支「酉」 。

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正月のニッポン放送「スズキ・ハッピーモーニング」で鈴木杏樹が

下記のごとき話をしていましたので紹介します。

【1/2(月) 『"酉"という漢字について』

 『酉年』の『酉』という漢字は、私達が日頃目にしている『鳥』という字とは違います。

これは『鳥』だけでなく、十二支の全ての漢字が本来の動物を表す漢字とは違っています。

十二支の漢字は"植物の様子"を表していて、今年の干支、『酉年』の『酉(とり)』という

漢字は"作物が完全に熟した状態"を表しています。

(最初の『子(ね)』は"種の中に、新しい命が萌え始めた状態"。

最後の『亥(い)』は"草や木の生命力が、種の中に閉じ込められた状態"

を表しています)

ところが、そのままの字では覚えにくいこともあって、分かりやすくするために、

馴染みのある動物の漢字を十二支にあてはめたのだそうです。

ですので、十二支の漢字は動物とは全く関係ないものなんです。

今年の干支の『酉』という漢字ですが、『酒』という字に関係しているそうです。

言われてみれば『酒』という字から"さんずい"を取ると、『酉』という字になります。

この『酉』という字は"お酒の壺"を描いたもので、さらに『酉年』は十二支の中で、

10番目にあたります。これを12ケ月にあてはめると10月になり、ちょうどお酒造りの

季節でもあることから、『酒』という字から"さんずい"を取った『酉』という漢字が

使われるようになった・・と言われています。】と。

なるほど、十二支の動物を表す別な漢字が存在するのです。

 子(鼠)、丑(牛)、寅(虎)、卯(兎)、辰(龍)、巳(蛇)、午(馬)、未(羊)

申(猿)、酉(鶏)、戌(犬)、亥(猪)

動物に何の意味は無かったのです。

そして、それぞれの漢字の意味は

子:散らばっている様

丑:生命エネルギーの様々な結合

寅:形をとっての発生

卯:さかんに茂ること

辰:物がことごとく震い動いて伸びていく生の活動

巳:とどまる、やめる、蛇の脱皮のように気の更新

午:そむく、逆らう、忤う、上昇する陰と下退する陽との抵触

未:成熟して匂いや味がそなわる。

申:のびる、陰気が伸びて老いて成熟する。

酉:壺の中で盛んに醗酵している様

戌:茂るにつうじ、欲求不満が一杯になる

亥:一杯になったエネルギーが一気に爆発する核で、生命の完全な収蔵含蓄

このように、植物が生長する様の順になっているのです。

そして、十二支の順番についても下の如き民話もあるとのこと。

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またまた勉強になりました。

西参道。 

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弁財天社 案内板。 

平塚弁財天社は平成23年3月に平塚市岡崎鎮座駒形神社末社の弁天社より御分霊を戴き、

平塚八幡宮境内に勧請された。その御祭伸は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)とも

弁財天とも称えられ、その御神徳は芸能や財福の神、また様々な災難を祓い去る力があると。

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七福神の石像・弁財天。 

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江ノ島の弁財天とは異なり立像。

琵琶を演奏する像。

この像は琵琶の名手として知られた太政大臣・藤原師長が信仰していた像とも

言われていると。

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西御池の島の中にある弁財天社。 

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社務所。 

ここで偶然、元同僚の娘さんにお会いしました。

元旦からこの場所で、巫女さん姿でバイトをされているとのこと。

この日までで終了とのことで、声をかけると直ぐに私と判ってくださいました。

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参集殿の中には縁起物の熊手が。

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宝船に乗った七福神、大判小判、松竹梅など様々な飾りが施され

「運をかっ込む」、「福を掃きこむ」と。

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様々な絵馬も。 

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カラフルな様々な鳥の姿が描かれた酉年の絵馬。 

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「鎮地大神」と書かれた御朱印を頂きました。 

平塚八幡宮は古くは鶴峯山八幡宮と称えられ、仁徳天皇の68年、この地方を襲った大地震に

苦しむ人々の様を見かねた天皇が国土安穏を祈り、應神天皇の御神霊をお祀りされたのが創祀。

その後、推古天皇の御代にも大地震があり、人々を案じられた天皇は「鎮地大神」の御宸筆を

捧げて国家安泰を祈願して社殿を造営し、さらに天武天皇はこの地の税を寄進、文武天皇は

宝剣「天晴彦(あめのはるひこ)」を奉納、そして聖武天皇は相州一国一社の八幡宮(霊場)

として法華経を奉納されたのだと。

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西御池。

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境内は6列でと。

初詣時の混雑が想像できたのです。 

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平塚八幡宮は、仁徳天皇の68年、この地方を襲った大地震に苦しむ人々の様を見かねた

天皇が国土安穏を祈り、應神天皇の御神霊をお祀りされたのが創祀。

神紋「鶴丸」は鎌倉・鶴岡八幡宮のご神紋と同じ。

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交通安全祈願場所への鳥居。 

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平塚駅構内の七夕飾り。 

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二宮・吾妻山の菜の花そして平塚八幡宮を訪ね帰路へ。






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Last updated  2017.01.12 07:27:38
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