JINさんの陽蜂農遠日記

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オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 予約時に保養所から確認の電話があるけど…
JINさん@ Re:再び大涌谷へ(05/16) Dさんが申し込んで下さいましたが、朝食を…
オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 朝食の食べそこないとは? 深酒? であれ…

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2019.03.15
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カテゴリ: 海外旅行
ケーブルカーを降り、徒歩にて旧市街地の散策に向かう。
アルティス アベニーダ ホテル(ALTIS AVENIDA HOTEL)が前方に。
Altis Avenida Hotelは、伝統的なポルトガルの建築とアールデコの影響を受けた
デザインが組み合わさった歴史的な5つ星のホテル。



こちらは、ホテル アベニーダ パレス(Hotel Avenida Palace)。
リスボン中心部のバイシャ地区、ロッシオ駅と地下鉄レスタウラドーレス駅の
そばに位置するホテル。
趣のあるヨーロピアンスタイルの建物で19世紀後期に建てられた歴史あるもの。



レスタウラドレス(Restauradores)広場の舗装工の彫刻像。




舗装工たちの活動に敬意を表し、「都市とコミュニティとしての我々のアイデンティティーを
表す芸術」であるとし設置したのだと。
彫刻家セレジオスチーニ(Sculptor Sergio Stichini )による作品であると。



『Tribute from the city of Lisbon to the pavers who build the ground we tread』
『リスボンの街から、我々が踏み歩いている地面を築き上げた舗装工への賛辞』と




ポルトガルで有名な、小石を敷き詰めて模様を描き出した伝統の「ポルトガル式歩道」。
白や黒の小石で波や幾何学模様を作る伝統技術は、15世紀までさかのぼると。
同国の植民地だったリオデジャネイロやマカオにもこの技術は輸出されているのだと。



リスボン市旗に描かれている船が描かれていた。



そして観光用トゥクトゥク( TUKTUK)が出番を待っていた。



見上げると先程展望台から見えたリスボンの象徴サン・ジョルジェ城が。



マリア2世国立劇場(Teatro Nacional D. Maria II)を横から。



そしてロシオ広場(ペドロ4世広場) (Rossio (Praca Dom Pedro Iv))に到着。
正式名称はペドロ4世広場だが、ロシオ(公共広場の意)の愛称で呼ばれていると。
バイシャ・ポンバリーナ地区にあり、中世からの歴史を持つ。
かつては民衆の反乱や祝祭、闘牛、公開処刑が行われた。現在は、リスボン市民や

広場の通称は、ポルトガル王ペドロ 4 世であり、のちブラジル初代皇帝となった
ペドロ 1 世にちなんでいるのだと。
フランスから輸入されたブロンズ製の噴水。



カジュアルなレストラン、カフェ、ショップが沢山並んでいて
店の前には「パステル・デ・ナタ」が大量に。



こちらは「ボーロ・デ・ココ(bolo de coco)」。
ココナッツたっぷりのケーキであると。



中央の円柱の頂から広場を見下ろしている人物の像が。



初代ブラジル国王となったドン・ペドロ4世のブロンズ像。
頭の上には鳩が。



ドン・ペドロ4世のブロンズ像を支える円柱の基部。



マリア2世国立劇場(Teatro Nacional D. Maria II)正面。
ロシオ広場に面した、ポルトガルでも一流の劇場。
劇場は、 1450 年に建てられた古いエスタウス宮殿のあった場所(ロシオ広場北側)に建設。
エスタウス宮は迎賓館の役割を担っていたが、 16 世紀に入りポルトガルが異端審問の熱に
飲み込まれると、宮殿は宗教裁判所が設置された。エスタウスは 1755 年のリスボン地震で
倒壊を免れたものの、 1836 年の火事で全焼した。
ロマン派の詩人で劇作家でもあるアルメイダ・ガレットの功績に謝意を示し、女王マリア 2 世に
より宮殿跡地が新しい劇場のために提供された。建設は 1842 年から 1846 年まで行われ、
イタリア人建築家フォルトゥナート・ローディによるネオクラシカル様式の劇場が完成した。
劇場の建物は、リスボンに影響をもたらしたパラディアン建築の好例である。ファサードの
主な姿は、 6 つのイオニア式円柱のあるポルチコ(屋根付き柱廊玄関)である
(この円柱は、元のサント・フランシスコ修道院と三角形のペディメントから再利用された)。
破風のティンパヌムは、アポロンとミューズの彫刻レリーフで装飾されている。



ペディメントの上には、ルネサンス期の劇作家でポルトガル演劇の祖といわれる
ジル・ヴィセンテの像が。
ペディメントとは西洋建築における切妻屋根の、妻側屋根下部と水平材に囲まれた
三角形の部分の事。



再び噴水を。



公園の周囲には、多くのジャカランタの木が。



花が咲けば・・・。

「ロシオ広場 ジャカランダ」の画像検索結果

噴水、ドン・ペドロ4世のブロンズ像、マリア2世国立劇場を一緒に。



ロシオ広場を囲む建物群。



アウグスタ通りの先に見えたのがアルコ・ダ・ルア・アウグスタ (Arco da Rua Augusta)。
時計と、栄光の像と呼ばれるヴィリアトゥス、ヴァスコ・ダ・ガマや
ヌノ・アルヴァレス・ペレイラ、ポンバル侯の像が。



勝利のアーチ (凱旋門) ・Arco da Rua Augusta (Triumphal arch)
の先のコメルシオ広場(Praça do Comércio)に立つジョゼ1世像の姿も。
コメルシオ広場は リスボンの海の玄関口であるテージョ川に面した約200m四方の広場。

テレイロ・ド・パソ(宮殿広場)とも呼ばれると。



真っ白に塗りまくったストリートパフォーマー?の女性。



フィゲイラ広場(Praça da Figueira)に到着。
ロシオ広場のすぐ東、ジョアン1世の騎馬像が立つ広場。
かつて欧州最大の市場があったが、1949年に解体。現在も多くの商店やカフェがあった。
特に老舗菓子店、コンフェイタリア・ナシオナルは有名。



広場のジョアン1世像。



ジョアン 1 世( João I, o de Boa Memória, 1357 4 11 - 1433 8 14 日)は、
ポルトガル王国アヴィス王朝の創始者でポルトガル王(在位: 1385 - 1433 年)。
ペドロ 1 世の庶子で、フェルナンド 1 世の異母弟。エンリケ航海王子の父に当たる。
政治・軍事の多くに成功を収め、ポルトガルの全盛期の基礎を築き上げたことから
「大王」と呼ばれているのだと。



アウグスタ通りを右折しサンタ・ジュスタ通りを進むと前方に見えて来たのが
サンタ・ジュスタのリフト( Elevador de Santa Justa)。



サンタ・ジュスタのリフト ( Elevador de Santa Justa )は、ポルトガル・リスボンの
カルモ通りにあるリフト(エレベーター)。通称「カルモのリフト」( Elevador do Carmo )。
カルモ広場の登り坂で、バイシャ・ポンバリーナの通りとつなぐ。リスボンの観光名所の一つ。
サンタ・ジュスタのリフトを設計したのは、フランス系でオポルト生まれのエンジニア、
ラウル・メスニエル・デ・ポンサルドである。建設は 1900 年に始まり 1902 年に終わったと。
リフトは高さ 45 メートルあり鉄製である。ポルトガルではこの建築様式の典型である。
テラスからはサン・ジョルジェ城、ロシオ広場、隣のバイシャ・ポンバリーナ地区の素晴らしい
眺めが楽しめると。見上げると多くの観光客の姿があったが我々は登ることは出来なかった。



再びロシオ広場(ペドロ4世広場)横まで戻る。



カルモ通りの先にはサンタ・ジュスタのリフトからの空中連絡橋が。



ロシオ広場でひときわ光っている有名なイワシの缶詰屋さん
(O Mundo Fantástico da Sardinha Portuguesa)



鮮魚が氷の上に美しく飾られた店。



ファドを歌う像も。



そして再び レスタウラドーレス広場のオベリスクが見えた。



1640年にスペインの支配から解放された記念のオベリスク。 




                  ・・・​ つづく ​・・・






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Last updated  2019.11.01 23:47:42
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