JINさんの陽蜂農遠日記

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2026.03.06
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「吾妻山公園展望台」の展望台下を廻り込んで。
展望台の下へと歩みを進めると、景色はまた違った表情を見せてくれた。
見上げる位置から眺める菜の花は、斜面を埋め尽くす黄金のうねり。
花の高さがより実感でき、まるでその中に入り込んだかのような臨場感が。
上からの眺望が「遠くを楽しむ景色」だとすれば、ここは「花の密度を味わう場所」。
四阿と青い海は少し遠くに下がり、主役は目の前の黄色。
陽光を受けた花房が、一つ一つ立体的に浮かび上がっていたのであった。



手前いっぱいに広がる菜の花の黄金色。
その向こうに、冬木立の黒い枝が細やかな線を描き、さらに奥では、陽光を受けた海が
静かに白く輝いていた。
近景の「黄」、中景の「影」、遠景の「光」。
三層が重なり合い、奥行きのある春景色をつくって。
菜の花は温かく、やわらかい色。
枝はまだ冬の面影を残し、海はまぶしいほどの銀色。



黄金の菜の花越しに見える展望台の南側。
手前では、花房が陽を受けてふくらみ、まるで春そのものが地面から湧き上がって
いるかのよう。
その向こうには石垣と記念碑、そしてゆったりとした広場。



黄金色の菜の花の向こうに、どっしりと構える大山。
手前の柔らかな春色と、奥にそびえる濃い青灰色の山体。
その対比が、季節と時間の奥行きを感じさせた。
大山は、ただ高いだけでなく、相模の大地を見守るような存在感。
なだらかな裾野から頂へと続く稜線が、静かな威厳をたたえていた。
菜の花は「今」の輝き。大山は「変わらぬもの」。



石積みの展望台を、下から見上げて。
ごつごつとした石の重なりが、この丘の確かさと歴史を感じさせた。
その上に腰を下ろす人の姿は、まるで空と対話しているかのよう。
青空は大きく、澄みわたり、人のシルエットをやわらかく包み込む。
座る人、スマートフォンを手にする人・・・それぞれが、この高みの時間を楽しんで
いるのであった。



樹の枝の間には鳥の巣の如きものが。



すっと空へ伸びる標柱。
「吾妻山 標高一三六・二m」
その文字が、静かにこの場所の高さを告げていた。
数字で見ると決して高山ではない。
けれど、ここに立てば、
海も、丹沢も、富士も望める・・・その体感の高さは、数字以上。
青空を背景に立つこの標柱は、登ってきた人への小さなご褒美のよう。
“ここが頂です”と、やさしく知らせる存在!!



広い芝生の頂に立つと、視界は一気に海へと開ける。
逆光の中、石碑と人影は黒いシルエットとなり、その向こうで相模湾が銀色に輝いていた。
光を帯びた海は、まるで大きな鏡のように空を映し、遠くの山並みはやわらかな影となって
重なる。



一面に広がる、銀色の海。
太陽の光をまとった相模湾は、波というよりも「光の織物」。
無数のきらめきが重なり合い、静かなのに、圧倒的な存在感を放っていた。
手前の丘は影となり、冬木立は黒いレースのように縁取る。
遠くの山並みは深い藍色で、光る海とのコントラストがいっそう鮮やか。
色は少なく、光と影だけが支配する世界。



光をまとった相模湾が、弓なりに続いていた。
海面は白くきらめき、その縁をなぞるように町並みが連なり、さらに奥には幾重にも
重なる山々の稜線。
近景の冬木立は黒いシルエットとなり、中景の町はやわらかな灰色、遠景の山は青の濃淡で
溶け込んでいたのであった。



ズームして。
空には小さな雲が浮かび、広がる空間に静かなリズムを与えていた。
吾妻山の高みから見るこの景色は、海と山と人の暮らしが一枚に収まる、
相模の縮図のごとくに。



淡い青のグラデーションの中に浮かぶ、なだらかな双峰。
箱根・二子山は、その名の通り二つの頂が並ぶ姿が特徴的。
手前の稜線より一段高く、やわらかな輪郭で空に溶け込むその姿は、
決して鋭くはないのに、しっかりと存在を主張している。
山頂付近に見える電波塔のシルエットが、現代の風景であることをさりげなく示しつつ、
全体はどこか静謐。

吾妻山から望む二子山は、はるか遠くにありながら、空と大地をつなぐ静かな
背骨のように。



その右側に 駒ヶ岳 神山
淡い青の層の中に、ゆるやかに連なる峰々。
二子山の右手に続くのが、箱根の主峰駒ヶ岳と神山。
駒ヶ岳は比較的なだらかな稜線を描き、その奥にやや高く、どっしりと構えるのが神山。
神山は箱根最高峰であり、古くから霊山として意識されてきた山。



金時山。
淡い青の層の中から、ぽこんと盛り上がる独特の山容。
箱根連山の中でも、ひと目でそれと分かる存在感がある。
鋭く尖るというより、力強く押し上げられたような台形に近い頂。
そのシルエットは、どこか武骨で、頼もしい。
坂田金時(まさかり担いだ金太郎)の伝説を宿す山。古くから東西交通の要衝を
見守ってきた峰。
吾妻山から望む金時山は、距離のせいで色は淡く溶け込みながらも、輪郭だけで
その個性を語る山。



そして 富士山、手前に矢倉岳
堂々と空に浮かぶ富士山。その手前に、こんもりと端正な三角形を描く矢倉岳。

濃い山影の上に、白く大きな富士が重なることで、遠近のスケールが一層際立っていた。
中腹にたなびく雲が帯となり、富士の高さと気高さをいっそう引き立てる。
手前の冬木立の細い線が、その壮大な姿に繊細な枠を与えていた。
小さく端正な矢倉岳、そして大きく悠然とした富士山。



そして再び光る海・相模湾。







吾妻山公園 ローラー滑り台の頂上駅



吾妻山公園の遊具。



水仙が迎えてくれた。



吾妻山公園 休憩室 に向かって。



休憩室内の「吾妻山公園 案内図」。



可憐な水仙の花が飾られていた。



壁には様々な展示パネルが。



「吾妻山公園草木マップ」



二宮の鳥(1)留鳥



二宮の鳥(2) 夏鳥・冬鳥



この時期の「 吾妻山公園 航空写真 」 



にのみや観光絵はがき



そして、休憩所を後にして。
可憐な水仙の花をカメラで追う。



浅間神社 」に向かって。










そして「 浅間神社(せんげんじんじゃ) 」に到着。
浅間神社は、一般的に「せんげんじんじゃ」と読みます。主に富士山を信仰対象とする
神社で、静岡県や山梨県を中心に「あさまじんじゃ」と呼ぶ地域もあります。
古くは「あさま」と読んでいましたが、鎌倉時代以降に「せんげん」と音読みされるように
なった歴史があるとのこと。

浅間山は「あさま」と呼ぶのに、富士山の浅間神社はなぜ「せんげん」神社と
言うのでしょうか?  その疑問には、まず「あさま」の語源を調べてみることに
しましょう。語源には色々な説がありますが、寺田寅彦博士の説が面白い。
曰く:《「古語でアサマは火山を意味したのではないか」という。日本の火山の名称には
「ア行音+サ行音(浅間、阿蘇、有珠、恐、恵山、雲仙、等)」という「音の類似」が
多くある。》他には:《「アサマ」はアイヌ語で「火を吹く燃える岩」の意味から
名付けられた。と言う説。》また南方説で:《マレー語では、「アサ」は煙を意味し
「マ」は母を意味するので、その言葉を火山である富士山にあてたとする説。》などなどです。
いずれも「浅間(アサマ)」は古来「火山」を意味したようです。それでは「アサマ」が
どうして「センゲン」と呼ばれるのか? これは、 元来、浅間は「アサマ」読みだが
江戸時代に「センゲン」と読みならわされたようです。「仙元」とも書いたようで、
「浅間嶺」にある浅間神社も以前は「仙元神社」とか言われていたとのことです。
「センゲン」と呼び始めたのは鎌倉から江戸時代にかけて、中国文化の影響が大きく
熟語をむやみに「音読み」にしたためと言われています。山や地名だけでなく、
学者や芸術家などもこぞって名前は支那くさい名をつけたからでといいます。
そう思うと「アサマ」でも「センゲン」でもなんとなく納得が出来ますが、
読みはやはり「訓読み」で「アサマ」の方が私は好きです。」とネットから。



浅間神社
祭神は木花咲耶媛、ニ宮町上町地区の祭神で土地の人には、浅間さんとして親しまれ
本社は富士浅間神社です
木花咲耶媛はその名のとおり、咲く花の匂うような美女で、良縁を得られたので縁結びの
神様として信仰されています。
今からおよそ八百年の昔、源頼朝が富士の巻狩りを催した時、曽我兄弟は父の仇、工藤祐経を
討取りました。この時姉のニ宮の花月尼はその成功を富士浅間神社に祈りました。
後、花月尼は大願成就に感謝の意をこめて自分の住まいのこの山上に、浅間神社をまつったと
言います。
この度社殿老朽にともない新築、内宮は大修理を施し装いも新たになりました。
尚、修復した内宮(一部の彫り物も含む)は千七百年後後期寛政の頃の作といわれています。
付記 修復されし内宮の各部
1、柱 2、象鼻 3、側面蟇股 4、左海老虹梁   以上平成十九年三月吉日
二宮町二宮  上町町内会」



大磯方面の海岸を望む。



石鳥居の扁額も「浅間神社」。



先ほどと同様な内容の掲示板。



現在地ポイント 吾妻山 」案内板。
「吾妻山(神奈川県二宮町)で緊急事態が発生した際は、登山道などに設置されている
看板の「ポイント番号」を119番通報時に伝えてください。
この番号を伝えることで、現在地が正確に消防や救急へ伝わり、迅速な救助活動に
つながります。」と。 



さらにツツジの間の遊歩道を下る。



水仙の群生地をカメラで追う。





途中にあった休憩所・展望台?から東海道線方向の眺望。
右下がJR「二宮駅」。



JR「二宮駅」。



我が市内にある「 江の島 」をズームして。



右端中央に「 平塚沖総合実験タワー 」が見えた。 
平塚沖総合実験タワー(以下、平塚タワー)は、相模湾平塚沖1km、水深20mの海域に
設置されている海洋観測のための研究施設であり、我が国の数少ない貴重な
沖合プラットフォームです。1965年に建設され(当時の名称は波浪等観測塔)、
主として波浪観測の分野で40年以上の長きに亘り、海洋データを集める上で大きな力を
発揮してきました とネットから。



「吾妻山公園案内図」。



今回は、「梅沢口」から「吾妻山公園」の上り、「役場口」へ下ったのであった。



そして「役場口」を振り返って。



JR「二宮駅」への道路脇にも、菜の花の植えられた大鉢がパンフレットとともに
展示されていた。



そいて JR「二宮駅」北口 に到着。 



そして、JR線で帰路に。
途中、 大磯の中国語の簡体字文字は「大矶」 と。
簡体字とは、従来の漢字を簡略化したもので、1950年代に中国で誕生した。
難しかった漢字の画数を減らすなど、わかりやすくしたものだ。
しかし、 旧来の漢字を簡略化した1950年代と現在とでは、事情が変わっている。
字は手で「書く」のではなくて、キーボードに「打つ」のが普通になった。
画数が多いかどうかは、大きな問題ではなくなってきているのではなかろうか。
子供の漢字教育の観点からは理解もできるが。
以上の点を考えて簡体字を見直し、極端に簡略化したものはできるだけ
本来の元の形に近づけて、象形文字等の漢字の本来の意味が解る姿に戻してほしい
のであるが。

東海道線 大磯駅 駅名標 - No: 22731058|写真素材なら「写真AC」無料(フリー)ダウンロードOK

磯」の文字の「成り立ち」 をネットから。
「崖の下に落ちている石と、機(はた)で織り物を織る時のような音に似た波の音」
から出来ている「磯」であることが理解できたのであった。


【​ https://okjiten.jp/kanji2619.html ​】👈️リンク より

そしてJR藤沢駅から小田急線に乗り換えて帰宅したのであった。

                             ・・・​ もどる ​・・・


                  ・・・END・・・

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Last updated  2026.03.06 05:42:30
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