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「春の風がしたことでしょう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。もし、花泥棒だとしても、こんなにすっかり全部を盗めるのかしら。殿が隠されたのでしょうとお笑いになるので、いえ、まさかそんなことは。春の風がしたことでしょうと申し上げると、それを言おうと思ってはっきり言わなかったのね。泥棒ではなくて、随分と雅なことだったのねといわれる。そのように話されるのも、珍しいことではないが、本当に素晴らしい。関白殿が来られるので、寝乱れた朝顔では、季節はずれとみられると思い私は引っ込み、お見えになるとすぐ、あの花がなくなっているが、なぜあんなにすっかり盗まれたのだ。だらしない女房たちだね。寝坊して気づかなかったのだなと驚かれると思った。でも、わたしは、先に起きていた人がいたと思っていましたと小声で言うと関白殿はすかさず聞きつけられて、そうだと思っていたよと言いながらまさかほかの女房が、出て来て見つけたりはしないし宰相とお前位と見当をつけていたと、ひどくお笑いになる。桜見に 有明の月に 出でたれば 我より先に 露ぞおき桜の花が露に濡れているのを見ると泣いて別れて行った方の事を思い出て恋しくなってます。忠見集(成立の事情は明確ではないが壬生忠見没後間もなく原型が成立)父の右衛門府生・壬生忠岑の子忠岑とともに三十六歌仙の一人。
2021.07.31
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「桜を引っ張って逃げて行った」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。花を取っては、だめと言うと、ますます急いで桜を引っ張って逃げて行った。やはり関白殿のお心は素晴らしく配慮が行き届いていらっしゃる。造花を持っていかなかったら、枝なども花が濡れてからみついて、どんなに見苦しくなっていたことだろうと思う。わたしは何も言わないで部屋に入った。山守は 言はば言はなむ 高砂の 尾上の桜 折りてかざさむ山の番人は文句があるなら言うがいい 峰の桜を折り取って髪に挿そう後撰集・素性法師兼澄(かねずみ)の歌。言はば言はなむは素性法師の歌で源兼澄の歌ではない。研究が進み、作者の記憶違いだろうということだ。掃司(かもりづかさ)が参上して、御格子を上げる。掃司とは、宮中の掃除や、儀場の設営などをつかさどる役所。主殿司(とのもりづかさ)の女官が掃除などに来て終わってから、中宮様は、起きてこられ花がないので、まぁ、あきれた。あの花はどこへ行ったのと。主殿司は、後宮の清掃・乗り物・灯火などのことをつかさどった役所の事。夜明け前に、花泥棒がいると言ってたみたいだけれど、それでもやはり、枝などを少し取るのかしらと思って聞いていたのに。誰がしたの。見たのと。見届けたわけでは。まだ暗くてよく見えなかったのですが、白っぽい姿の者が見えたので、やはり花を折るのかと心配になったので申し上げる。
2021.07.30
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「この雨に濡れた桜は見劣りがする」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。宮中からのお使いは、毎日参上する。御前の庭の桜は、造花だから露に濡れて色が優(まさ)るわけでもなく、日などに当たってしぼんでみっともなくなるのさえ残念なのに、夜に雨が降った翌朝は、まったく見栄えがしない。とても早く起きて、泣いて別れたという顔に比べると、この雨に濡れた桜は見劣りがする。(ももが小学生の列を見送り、生後3か月前のもも)桜花 露に濡れたる 顔見れば 泣きて別れし 人ぞ恋しき桜の花の露に濡れた顔を見ると、泣いて別れた人が偲ばれて、恋しくなってくる。露に濡れた桜の花を見て、泣いて別れた女性を連想して偲んでいます。桜花を擬人化して、恋する女性の面影を見る。露にぬれたる顔とは、泣き顔を連想する。拾遣和歌集・302・読人しらずわたしが説明するのを中宮様がお聞きになって、本当に雨が降る気配がして来た。桜はどうかしらとおっしゃって、お目覚めになる頃に、関白殿のお邸の方から侍の者たち、下仕えの者などが大勢来て、花のところにどんどん近寄って引き倒して取って、こっそり持って行く。まだ暗いうちにと、おっしゃったじゃないか。夜が明けてしまった。まずいな。早く早くと、倒して取るのが、とてもおもしろい。言はば言はなむと、兼澄の歌を踏まえてそんな事をしているのかと、教養のある人なら言いたいところだが、あの花を盗むのはだれと言う。
2021.07.29
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「紅梅のお召物を引けを取らないように」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。酒の肴などもあるので、お使いを酔わせたいと思うけれど、今日は大切なことの担当者であります。わが君様、どうかお許し下さいと、大納言殿にも申し上げて席を立った。姫君達はとても綺麗に化粧をされ、どなたも紅梅のお召物を引けを取らないように着ていらっしゃる。(もも生後3か月から4か月の画像)三のお方は、御匣殿(みくしげどの)や二番目の姫君よりも大柄に見えるので奥方と申し上げた方がよさそう。関白殿の北の方(貴子)もこちらにおられる。御几帳を引き寄せて、新参の女房には姿を見せないので、不快な気がする。寄り集まって、供養当日の衣装や扇などのことを話し合っている女房もいる。また、お互いに競争し秘密にして、わたしはなにもしない。ただあるもので間に合わせると言って、相手から、いつもの、あなたの手だと嫌われる。夜になると里に退出する人が多いが、供養の日の支度があるのだから、中宮様も無理にお引きとめにはならない。関白殿の北の方は毎日こちらにお越しになり、夜もいらっしゃる。姫君たちもいらっしゃるから、中宮様の御前は人が少なくはならないからとてもよい。
2021.07.28
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「御下がりの着物一つも頂戴してない」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。あなた方はこの宮の心をどんなふうだと思って、こんなに大勢集まって来られたのかな。宮がどんなに吝嗇(けち)で物惜しみをなさるかというとわたしは宮がお生まれになった時から、一生懸命お仕えしてきたけれどもまだ御下がりの着物一つだって頂戴したことがない。これは陰口ではなく堂々と公言できるなどと話すのがおかしいので、女房たちが笑う。本当のこと。ばかじゃないかと思って、こんなふうにお笑いになるのが、恥ずかしいなどと話しているうちに、宮中から式部の丞なんとかという者が参上した。帝のお手紙は大納言殿が受け取って、関白殿にお渡しになると上包みを引き解いて、拝見したいお手紙ですね。お許しがあれば開けて読んでみたいと言うが、畏れ多いことで、宮ははらはらしているようだ。お渡しになる手紙を、中宮様はお受け取りになっても、広げようともなさらないこのお心づかいは誰にでもできることではない。御簾の中から女房がお使いに敷物をさし出して、三、四人御几帳のところに座っている。あちらへ行ってお使いの褒美の品を用意しようと言って、関白殿がお立ちになった後で中宮様はお手紙をご覧になる。お返事は紅梅の薄様にお書きになる。お召物の同じ紅梅の色に映ってぴったりなので、こういう中宮様のご配慮をご推察申し上げる人は私達の他にはいないだろうと思うと、残念でならない。今日のは特別にということで、関白殿から褒美をお出しになる。女の装束に紅梅の身幅が狭く丈の長い細長が添えてある。
2021.07.27
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「控える女房たち皆が着ている」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。小さな家が建て込んでいた家や木などを取り払い、新しく建て替えたので、木立は見所があるわけではないが、御殿の様子は親しみやすく、趣がある。関白様(藤原道隆)がいらっしゃった。青鈍(あおにび)の固紋(かたもん)の指貫(さしぬき)、桜の直衣(のうし)に紅の御衣(おんぞ)三領ほどを、じか(直接)に直衣に重ねてお召しになっていらっしゃる。青鈍(あおにび)=緑みの暗い灰色を表す伝統色名のこと。固紋(かたもん)=織物の紋様を、糸を浮かさないで、固く締め織り出したもの指貫(さしぬき)=裾(すそ)を紐で指し貫いて絞ったはかまの一種。桜の直衣(のうし)=表が白、裏が紫か赤の重ねの直衣。春物で貴人の平常衣装中宮様をはじめとして、紅梅の濃いのや薄い織物、固紋、無紋などを、控える女房たち皆が着ているので、あたり一帯がただもう光り輝いて見える。唐衣(からぎぬ)は、萌黄、柳、紅梅などもある。関白殿は中宮様の御前にお座りになって、お話などなさる。中宮様のお返事の理想的な素晴らしさを、実家の人たちに少しでも見せたいと思って拝見する。関白様は女房達をご覧になり、宮(中宮)は、どんな事を思ってるのだろうこれほど大勢の美人たちを並べてご覧になるとは、うらやましい。一人も劣った容姿の人はいない。この人達は皆立派な家の娘たちだからね。たいしたものだ。十分に目をかけて、お仕えさせるのがいい。
2021.07.26
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「梅も桜も綺麗だが造花だった」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。関白(藤原道隆)殿が、二月二十一日に、法興院(ほこいん)の積善寺(しゃくぜんじ)という御堂で、一切経(いっさいきょう)の供養をなさる時に女院(にょいん/東三条院詮子)も来られるはずなので、二月初めの頃に中宮様は二条の宮にご退出になる。わたしは眠たくなったから、何も目に入らない。翌朝、日がうららかに射す頃に起きてみると、御殿は白く新しく趣のある造りで御簾をはじめとして、昨日新しく掛けたようだ。室内の調度は、獅子や狛犬など、いつの間に入って座っていたのかと思うと、おもしろい。桜が一丈(3.3㍍)ほどの高さで大変よく咲いているように、階段の所にあるのでずいぶん早く咲いたものね。梅は今が盛りなのかと見え触ると、造花だった。花の色艶など、すべてにおいて、まったく本物と変わらない。作るのはどんなに大変だったことだろう。雨が降れば色落ちや型崩れすると思うと、実に残念だ。
2021.07.25
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「不思議がっていろいろ言う」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。御座(ござ)は貴人の御座所の畳の上にさらに重ねて敷く畳のこと。心の中では、中宮様からではなどと思うが、やはりはっきりしないので人々を出して探させたが、いなかった。不思議がっていろいろ言うが使いの男がいないから、言ってもどうしようもなかった。届け先を間違えたなら、また言って来るだろうと思い探さなかった。中宮様のところに事情を伺いに参上したいけれど、中宮様でなかったら逆に嫌味と捉え兼ねなく嫌だと思うけれど、やはり誰が理由もなくこんな事はしないであろう。中宮様に決まってると、決めつけていた。二日ほど音沙汰もないので、中宮様に間違いなく、右京の君のところに、こう言う事があったのです。そんな様子をご覧になりましたか。こっそりと様子をおっしゃってください。そういう事がなかったら、私がこのように申し上げたことを、決して言い触らさないで下さいと書いて送った。中宮様がお隠しになっている事です。決して私が申し上げたとは、口にもなさらないでとあるので、やはり思った通りだと、確信して手紙を書いて、また密かに中宮様の御前の高欄に置かせたところが、使いが慌てていたので、そのまま落として、階段の下に落ちてしまったらしい。
2021.07.24
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「とても簡単な息災の祈りのよう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。控えている女房達は、とても簡単な息災の祈りのようねなどと言う。高麗縁(こうらいべり)とは、白地の綾に菊・雲などの模様を黒く織った畳のへりの事で、そのへりをつけた畳の事を言い、貴族の邸宅や社寺で用いた。その後しばらく経って、心から思い悩むことがあって、里にいた頃、素晴らしい紙二十枚を包んで中宮様が、わたしにくださった。お言葉としては、早く参上しなさいなどとおっしゃって、この紙はお聞きになっていたように、上等ではないので、寿命経も書けないでしょうがと、女房の代筆で話されたのは、とてもおもしろい。私でさえ忘れてしまっていた事を、覚えていて下さったのは、普通の人でさえ大変だと思うのに、まして中宮様なら並み一通りである筈がないと思った。心も乱れて、返事の申し上げようもないのだけれど一筆認めおいた。
2021.07.23
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「こんなに簡単に気分が変わるなんて」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。中宮様へ書き認めた返事には、かけまくも かしこきかみの しるしには 鶴の齢と なりぬべきかな口にするのも畏れ多い神/紙のおかげで 鶴のような千年も生きられそうですあまりにも大げさでしょうか、とでも思ってお受け取り下さいと書いてご返事を差し上げた。かしこきかみ=神と紙。鶴の齢(とし)=鶴は千年台盤所(だいばんどころ)の雑仕(ぞうし)の女が、お使いとしてやって来ていた。褒美として青い綾織りの単衣(ひとえ)をお与えになり帰した後、実際に、この頂いた紙を草子にして作ったりして大騒ぎしているうちにイライラした煩わしい気持ちが紛れるような気がして、こんなに簡単に気分が変わるなんて面白いものだと心の中で思っていた。二か月ほど経って、赤衣(あかぎぬ/退紅色の狩衣)を着た男が、畳を持って来てこれをと言う。あれは誰なのと無愛想に言うと、男は畳を置いて帰った。どこからなのと尋ねさせたが、帰ってしまったと言うので、取り入れてみたら特別に御座(ござ)という畳の形で、高麗縁(べり)など、とてもきれいだ。
2021.07.22
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「もうどこかへ行ってしまいたい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。中宮様の前で、女房達と話をしたり、中宮様がお話されているときにも、世の中が腹立たしく嫌になって、少しの間も生きていられない気がして、もうどこかへ行ってしまいたいと思う時に、普通の紙で白くきれいな、上等の白い紙や色紙や筆、陸奥紙(みちのくにがみ)などが手に入ると、すっかり気が紛れて、このまましばらく生きていてもよさそうだと思う。高麗縁(こうらいべり)の畳の筵(むしろ)で、青くて細かく厚く編んであり、縁の紋(模様)がくっきりと、黒く白く見えているのを、広げて見ると、やはりこの世は決して思い捨てる事ができそうにないと、命までが惜しくなりますと申し上げると、ずいぶんちょっとしたことで慰められるのねと言われ、姥捨山(うばすてやま)の月は、いったいどんな人が見たのかしらねなどとお笑いになる。姥捨山(うばすてやま)の月わが心 慰めかねつ 更級や 姥捨山に 照る月を見て更級にある姨捨山に照る月を見てもわたしの心を慰めることはできなかった 古今集・読人しらず
2021.07.21
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「女同士より男の方がいっそう嬉しい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。女同士よりも、男の方がいた方がいっそう嬉しい。相手は、この仕返しを必ずしようと思っているだろうと、いつも心配りする事もおもしろいのに相手がたいそうさりげなく、何とも思っていない様子で、こちらを油断させたままでいるのも、またおもしろい。憎らしい者がひどい目にあうのも、罰があたるかもと思いながらも、また嬉しい思いがする。何かの機会に着物を打ちにやって、仕上がりはどうだろうと思っていると、きれいに出来上がってきた時も嬉しい。挿櫛(飾りとして髪にさす櫛)を磨かせて、美しくなったことも嬉しい。他にも人に頼んだことで嬉しい事は多いが、何日も何か月もひどい症状で患っていたのが、治ったのも嬉しかったが、愛する人の場合は、尚、嬉しい。中宮様の御前に女房たちがぎっしり座っているので、後から参上した私は、少し遠い柱の所に座っているのを、中宮様はすぐに見つけられて、こちらへと言われるので、女房たちが道をあけてくれたのも嬉しい。
2021.07.20
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「知らなかった事を知った事も嬉しい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。親しくない人が話してくれた古い詩歌で、私が知らなかった詩歌を聞き知ったことも嬉しい。また、その歌を後で、なにかの本の中などで見つけた時はただもうおもしろく、これがあの歌だったんだとその歌を詠んだ人までが懐かしくなる。陸奥紙(みちのくにがみ)や、普通の紙でも、上質なのを手に入れた時。こちらが気恥ずかしくなるほど立派な人が、私にある和歌の上の句や下の句を尋ねた時に、それをすぐに思い出した時は、自分ながら嬉しい。いつも覚えている歌でさえ、突然人から尋ねられた時、きれいさっぱり忘れてしまっている事が多い。急いで探している物が見つかった時や、物合わせとかいろいろな勝負事に勝ったのは、どうして嬉しくない事があるだろうか。また自分こそはと思って得意顔をする人を、ぎゃふんと言わせた時は嬉しい。
2021.07.19
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「全快したと人づてに聞くのも嬉しい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。自分が大切に思っている人が、遠い所は勿論、同じ都の中でも離れていて、病気だと聞いて、どうだろう、どうだろうかと心配して嘆いている時に全快したと人づてに聞くのもとても嬉しい。愛する人が、人に褒められ、高貴な方が、なかなかの人物だと思われて話される時や、何かの時、あるいは、誰かとやりとりした歌が世間で評判になって、打ち聞き(うちぎき)に書き込まれるとき。じぶんのことではまだ経験がないけれど、想像はついてしまう。打ち聞きとは、聞いたままのことを書き記しておくことをいう。特に聞いた歌の記録としての私撰集のこと。
2021.07.18
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「人が破り捨てた手紙を継いで読む」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。嬉しいもの。 まだ読んでない物語の一の巻を読んで、ぜひ続きが読みたいと思っていた残りの巻を見つけたとき。ところが、読んでみてがっかりするようなこともある。人が破り捨てた手紙を継ぎ合わせて読み、続きを何行も読めたときにどうなるだろうと思う夢を見て、恐ろしいと、どきどきしている時に夢解きの者が、何でもないと解いてくれたのは、とても嬉しい。平安時代は、夢に見たことが実現すると強く信じられ、その予知として盛んに「夢解き」が行われた。身分の高い人の前に、女房たちが大勢控えている時に、昔あったことでも今お聞きになって、世間で噂になっていることでも、お話になるのにわたしをご覧になりながらおっしゃるのは、とても嬉しい。
2021.07.17
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「人が破り捨てた手紙を継いで読む」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。嬉しいもの。 まだ読んでない物語の一の巻を読んで、ぜひ続きが読みたいと思っていた残りの巻を見つけたとき、嬉しくて小躍りするような気持ちで女房達に得意げに話した。ところが、読んでみてがっかりし女房達には何も言えない事もあった。人が破り捨てた手紙を継ぎ合わせて読み、続きを何行も読めたときにどうなるだろうと思う夢を見て、恐ろしいと、どきどきしている時に夢解きの者が、何でもないと解いてくれたのは、とても嬉しい。平安時代は、夢に見たことが実現化すると強く信じられ、その予知として盛んに「夢解き」が行われた。身分の高い人の前に、女房たちが大勢控えている時に、昔あった事でも今起こった事のように、世間で噂になっている事を、お話になる。そして私をご覧になりながらおっしゃるのは、とても嬉しい。
2021.07.16
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「中将は人の声をよく聞き分ける」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。成信(なりのぶ/村上天皇の孫)の中将は、人の声をよくお聞き分けになった。同じ所にいる女房の声などは、いつも聞いていない人はまったく聞き分けることができない。特に男は人の声も筆跡も、見分けたり聞き分けたりできないのに、この成信の中将は、非常にかすかな声も見事にお聞き分けになった。大蔵卿(藤原正光)ほど耳の鋭い人はいない。本当に蚊のまつげが落ちる音さえも聞くことができそうだった。職の御曹司の西面に住んでいた頃、大殿(藤原道長)の新中将(藤原)が宿直なので、お話をしていた時、そばにいる女房が、この中将に、扇の絵のことを言ってよとささやく。そのうちあの方(大蔵卿)がお立ちになったら、その時にと、とてもひそかに言ったのを、その女房でさえ聞きとれない。なんだって、なんだってと、耳を傾けて来るのに、大蔵卿は遠くに座り、近くへ来なく憎らしい。そうおっしゃるなら、今日は立たないよとおっしゃったのには、どうして聞くことができたのだろうと呆れてしまった。
2021.07.15
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「髪を襟から前に出していたのが残念」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。十月十日過ぎの月がとても明るい夜に、女房達十五、六人と歩いた。みな濃い紫色の着物を着て、裾を折り返していたが、中納言の君(女房)が紅の糊で貼り付けたのを着ていたが、髪を襟から前に出していたのが残念。卒塔婆(そとうば)にとてもよく似ていた。清少納言は少納言である。雛の典侍(ひなのすけ/お人形のすけ)と若い女房たちがあだ名をつけた。後に立って笑っても、中納言の君は気づかない。卒塔婆とは釈迦の遺骨を納める建物として造られたもので、現在の卒塔婆は故人を弔う追善供養の意味で木板に名を書き建てる。
2021.07.14
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「古風な人が指貫を履く時は」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。古風な人が指貫(さしぬき)を履く時は、ひどくぎこちない。指貫の前を体に当てて、まず着物の裾を指貫の中に押し込んで後ろの腰紐は結んであるままに、着物の前を整え終える。腰を曲げて袴の紐を手探りで、後ろの方に手を伸ばし、まるで猿が両手を縛られたような姿で、腰紐の結び目をほどきながら立っているのは急用で出かける時に間に合いそうには見えない。指貫を履く前に腰紐をほどかなければならないのに、はいた後に結び目をほどくのは手順が悪く、急用の時に間に合わないことを言っている。
2021.07.13
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「人の顔で特別に良いと思える所は」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。人の顔で、特別に良いと思える所は、何度見ても素敵素晴らしいと思われる。絵などは、何度も見ると目も引かれない。近くに立ててある屏風の絵などはとても素晴らしいけれど、見向きもされない。人の顔は、おもしろい。顔のそれぞれの部分が醜くても、一つよい所があると見つめてしまう。同様に、醜い所が一つあるのも見つめてしまうと思うと、やりきれないけれど失礼にならないかと思ってしまう。
2021.07.12
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「清少納言は噂話が好きだった?」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。人の噂話するのを聞いて腹を立てる人は、まったく分けがわからない。どうして言わないでいられようか。じぶんのことは別として、人の噂ほどじれったくなるぐらい話したいことがあるだろうか。清少納言は私が思っていたより噂話が好きだったようである。でも噂話は悪いことのようで、それに、噂された人は自然と聞きつけて恨んだりするから、困ってしまう。また、思い捨てることができそうにない人には、悪口を言うのも、かわいそうだなどと大目に見るので、我慢して言わないだけだ。そうでないなら、口に出して、笑ったりもするだろう。ある意味、清少納言は才女でありながら意地悪な女性だったのかも。
2021.07.11
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「どんな事よりも思いやりのある事」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。どんな事よりも思いやりのある事が、男はもちろん、女も素晴らしいことだと思われると、何でもない言葉で、心に深く沁み込むわけではないけれど、気の毒な事には、お気の毒にとか、可哀そうな事には、本当に、どう思っていらっしゃるのでしょうなどと言ったのを、人から伝え聞いた時は、面と向かって言われるよりも嬉しい。なんとかしてその人に、思いやりが身に染みたとでも知ってもらいたいといつも思われる。じぶんを必ず思ってくれる人、訪ねてくれる人は、思いやりがあるのは当然だから 、格別なことはない。思いやりのなさそうな人が、ちょっとした受け答えをこちらが安心できるようにしてくれるのは嬉しいことだ。(レンズには手振れ補正が付いているが風でブレている)それはとても簡単なことだが、なかなかできないことである。だいたい気立てのよい人で、本当に才能がある人は、男でも女でもめったにいないようだ。いや、両方備えた人も たくさんいるだろう。
2021.07.10
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「男は不思議な考えをするものだ」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。男は、やはりとても珍しい不思議な考えをするものだ。とてもきれいな女を捨てて、醜い女を妻にしているのも、不思議でならない宮中に出入りしている男や、名門の子息などは、沢山いる女の中でよい人を選んで愛すればよいのにと思う。手が届きそうにない女だって素晴らしいと思えるのを、死ぬほど恋したらいい。家柄や身分の高い娘や、才能ある未婚の女なども、いい人だと聞くのを何とかして妻にしたいと男は思うようだ。ところがその一方で女から見ても魅力がないと思われる女を愛するのは、どういうことなのだろう。顔がとても可愛く、心も素敵な人が、字も上手に書き、歌もしみじみと詠み男を恨んで手紙を送ったりするのに、男は小賢しく返事はする。だが、女の所には寄りつかず、可愛らしくため息をついている女を見捨ててほかの女の所に行ったりするのは、呆れるばかりで、他人事ながら腹が立ちはた目にも不愉快に見えるけれど、男はじぶんのことになると少しも女の辛さというものが分かっていないようだ。
2021.07.09
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「世の中でやはりとても嫌なものは」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。世の中でやはりとても嫌なものは、人に憎まれることではないだろうか。どんな変人でも、じぶんから、人に憎まれたいとは思わないだろう。自然と、お仕えしている所でも、親子兄弟の間でも、愛されるとか愛されないの違いがあるのは、とても辛い。身分の高い人のことはもちろん、身分の低い人でも、親が可愛がっている子は注目され関心を持たれるので、自然と大切にしたくなる。見た目のいい子なら当然、可愛がらないではいられないと思う。親からでも、お仕えする方からでも、親しくつき合う誰からでも、人に愛されるほど素晴らしいことはない。格別なこともない子は、これまた、こんな子を可愛いと思っているのは親なればこそとしみじみとした気持ちになる。
2021.07.08
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「大変な準備をして婿を取ったのに」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。大変な準備をして婿を取ったのに、間もなく通って来なくなった婿が舅に出会った時は、気の毒だと婿は思うのだろうか。ある人が、たいそう羽振りがよく、時めいている人の婿となってたった一か月ぐらいもまともに通って来ないで途絶えてしまったので娘の邸では家中であれこれ言って騒ぎ、娘の乳母などは、不吉なことなどを言う者もいるというのに、その翌年の正月にその婿は蔵人に昇進した。こういう間柄では、まさか昇進することはないと、誰もが思っていたのに驚いたな、などと言って噂するのを、婿も聞くことだろう。六月にある人が法華八講をなさる所に、人々が集まって聞いた時に蔵人になった婿が、綾織の上の袴、黒半臂(くろはんぴ)など、とても鮮やかな服装で、あの忘れた女の車の鴟尾(とみのお)というものにじぶんの半臂(はんぴ)の紐を引っ掛けるほど近くにいた。車中の女は、どのような気持ちで見ているのだろうと、車に乗っている人々も事情を知っている人はみな気の毒に思ったが、関係ない人々も、男のことをよくも平気な顔をしていたものだなどと、後でも言っていた。やはり男は思いやりとか人がどう思うかと言うような事は、分からないようだ。
2021.07.07
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「ひどく汚いものは、なめくじ」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。ひどく汚いもの 。なめくじ。粗末な板敷を掃く箒(ほうき)の先。殿上の合子(ごうし)。清涼殿の殿上の間に備え付けの蓋つきの朱塗り椀。五年に一度新調するという。ひどく恐ろしいもの 。夜に鳴る雷。近い隣に泥棒が入ったとき。自分が住む所にやって来たのは、無我夢中だから、なにも感じない。近くの火事は、これまた恐ろしい。頼もしいもの 。病気の時に、お供の僧を大勢連れて加持祈祷をしているとき。気分がすぐれない時に、とても誠実な恋人が言葉をかけて慰めてくれるとき。
2021.07.06
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「注意されて体裁が悪いからだろう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。私がこんなふうだから、あまり世話をやきすぎるなと人が言うのも、注意されて体裁が悪いからだろう。殿上人や宰相などを、その人の実名で少しも遠慮しないで言うのは、聞き苦しいが、はっきりその名を言わないで、女房の局で使われている女でさえ、あのおもと(あのお方)などと言うと、言われた人は、めずらしく嬉しいと思って、褒めること大変なものである。殿上人や貴族の子息たちは、尊いお方の御前以外では、官名だけを言う。御前で自分たち同士で話すにしても、尊いお方が聞いていらっしゃる時は、何故自分のことを、まろが(わたしが)などと言うだろうか。そんなふうに言うのは御前では恐れ多く、まろ(わたし)と言わないからといって何も不都合なことはない。
2021.07.05
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「失礼な言葉で申し上げる者は」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。身分のある立派な人を、失礼な言葉で申し上げる者は、ひどく癪にさわる。田舎じみた者などが、ぞんざいな口をきくのは、元々教養がないのだからそれはそれでいい。男主人に無礼な事を言うのは、ひどくみっともない。自分に使う者が、何とおはするや、のたまふなどと言うのは、滑稽だ。そこの所に侍(はべ)りと言う言葉を使わせたいと思って聞くことが多い。謙譲語を使う時に尊敬語を使うことを言っている。現代語の例として、私のお子さんは三人いらっしゃいます。言葉づかいを注意できる者には、それでも教養のある人なの、愛想がないわねえ。どうしてあなたの言葉は、そんなに乱暴なのと言うと、聞く人も言われ、当人も笑うだろう。
2021.07.04
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「顔を隠して行くのもおもしろい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。細殿の遣戸(やりど)を、朝早く押し開けたところ、御湯殿の馬道(めどう)から下りてくる殿上人が、着崩れした直衣・指貫がひどくはだけているので色々な衣がはみ出しているのを押し込んだりして、北の陣の方に歩いて行くのに、空いている局の遣戸の前を通るというので、纓(えい)を前に回して、顔を隠して行くのもおもしろい。纓(えい)とは、冠の後ろに垂れている部分。燕尾とも呼ばれ装飾化した。岡は、船岡(ふなおか)。片岡。鞆岡(ともおか)は、笹が生えているのがおもしろい。かたらいの岡。人見の岡。降るものは、雪。霰(あられ)。霙(みぞれ)は嫌だが、白い雪が混じって降るのはおもしろい。雪は、檜皮葺(ひわだぶき)の屋根に降るのが、とても素晴らしい。少し消えそうになっているところが。また、それほど多くも降らない雪が瓦の目一つ一つたまって、瓦が黒く丸く見えているのは、とてもおもしろい。時雨(しぐれ)、霰(あられ)は、板屋根に降るの。霜も板屋根や庭がよい。
2021.07.03
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「こざかしいもの。近ごろの三歳児」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。小賢(こざか)しいもの。近ごろの三歳児。幼児の祈祷をして、腹などを揉み療治する女。いろいろな道具を頼んで出してもらって、祈祷に用いるものを作るのに紙をたくさん重ねて、あまり切れ味のよくない刀で切る様子は紙一枚だって切れそうもないのに、こういう時はその道具を使うことに決まっている。なので、じぶんの口までひん曲げて無理矢理押し切り、刃が沢山付いた金物などで御幣を掛ける竹を打ち割りなどして、とても神々しく仕上げて体を揺り動かして祈る言葉は、ひどく小賢しい。祈る一方では、何々の宮様が、あの殿の若君が、ひどく苦しんでおられたのをぬぐい取るように治してさし上げたので、ご褒美をたくさん頂戴したこと。この人、あの人とほかの祈祷師を召いたが、効き目がなかったので、今でもこの婆(ばば)をお召しになるご贔屓に与っておりますと話している顔も卑しい。身分の低い家の女主人公。ばかなやつ。でもそのばかさが小賢しく本当に利口な人を教えていたりする。
2021.07.02
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「言葉づかいが無作法なもの」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。いい加減なもの。下級の女官たちの髪を結い上げている姿。唐絵に描かれたの革の帯の後ろ姿。聖(ひじり)のふるまい。言葉づかいが無作法なもの。宮咩(みやのべ)の祭文(さいもん)を読む人。「宮咩の祭」で宮咩五柱の神に家門繁盛を祈る、卑俗滑稽な文句を並べたもの。舟を漕ぐ者たち。雷鳴(かんなり)の舎人(とねり)。雷鳴が三度鳴ると、近衛の大将、次将は弓と矢を帯して清涼殿の孫廂に伺候し、将監以下は簑笠を着て紫宸殿に詰めた。これを「雷鳴の陣(かんなりのじん)」という。相撲(すもう)取り。
2021.07.01
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