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「薄くなっているのを開けた」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。真っ白な陸奥紙(みちのくにがみ)の白い色紙を結び文にした上に引いてある封じ目の墨が、書くなり凍ったらしく下の方が薄くなっているのを開けたところ、とても細く巻いて結んである。折り目が細かくひだになっているのに、墨の色はとても黒く、また薄く行間が狭く、裏にも表にも書き散らしてあるのを、繰り返し長い間読んで何が書いてあるのかしらと、はたから眺めているのもおもしろい。読みながら思わず笑ったところは、その内容をとても知りたいけれど遠くに座っている者には、黒い文字などぐらいが、そこなのだろうと思われ額髪が長くて、顔立ちのいい人が、暗い頃に手紙を受け取っている。灯火をともす間も待ち遠しいのであろう、火鉢の火を挟み上げて、たどたどしそうに読んで座っているのは、おもしろい。
2021.08.31
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「召使の出す手紙のないのは寂しい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。いつも逢瀬の明けた朝、男性が手紙をよこす人が、なあに、今さら言ってもどうにもならない。今はもうと言って、翌日音沙汰もなくさすがに、夜が明けると、召使のさし出す手紙のないのは寂しい。そのような事を思って、それにしても、はっきりした性格だなぁと言って、その日は暮れた。その翌日、雨がひどく降る昼まで音沙汰もないので、すっかりあきらめたのだわなどと思った。端近に座っていた夕暮れに、傘をさしている者が持って来た手紙をいつもより急いで開けて見ると、ただ、水増す雨のと書いてあるのはとてもたくさん詠んできた歌よりもおもしろい。今朝はそんなふうにも見えなかった空が、急に真っ暗に雲って雪があたり一面を暗くして降るので、とても心細く外を眺めている間に白く積もって、それでもどんどん降るのに、随身のほっそりした男が傘をさし、脇の方の塀の戸から入り、手紙をさし入れたのはおもしろい。
2021.08.30
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「女の所に夜青色の袍を着て」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。六位が着る緑衫(ろうそう/緑色)の袍でも、雪にさえ濡れていても、不愉快な感じはしなかった。昔の蔵人は、夜など、女の所に青色の袍を着て、雨に濡れて来ても、それをしぼったりして入ったそうだ。今は緑衫(緑色)の袍は、昼でさえ着ないらしい。ただ緑衫だけをひっかぶって着ているようだ。衛府の役人などが着ているのは、ましてとても素敵なものだったのにと思った。これを聞いて、雨の夜に歩かない男も出てくるかもしれない。月のとても明るい夜、紙がまた非常に赤いのに、ただ、あらずともと書いてあるのを、廂に差し込んでいる月の光にかざして人が見ていたのはおもしろかった。雨が降っている時には、そんなことができるだろうか。恋しさは 同じ心に あらずとも 今宵の月を 君見ざらめや(拾遺集・源信明) 恋しく思う気持ちは同じではないかもしれませんが、今夜の月をあなたも見ているでしょうか。
2021.08.29
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「言葉も古めかしく見所も多くない」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。こま野の物語は、何処と言って面白い事もなく、言葉も古めかしく見所も多くないが、月に昔を思い出して、虫の食っている蝙蝠扇(かわほりおうぎ/夏扇)を取り出して、もと見しこまにと言って男が女の家を訪ねたところが、しみじみと心に染みる。夕闇は 道も見えねど 古里は もとこし駒に まかせてぞくる(後撰集・読人しらず)雨は、風情のないものと思いこんでいるせいか、ほんのしばらくだが雨が降るのもひどく憎らしい。宮中での高貴な儀式、おもしろいはずの催し尊く素晴らしいはずの法会でも、雨が降ると、どうしようもなく悔しい。悔しいのに、どうしてその濡れて愚痴をこぼしながらやって来る男が、素晴らしいのだろうか。交野の少将を非難した落窪の少将などは、おもしろいし、昨夜、一昨日の夜も通って来ていたからこそ、それもおもしろいと思うが、雨の夜に来て足を洗ったのは、気にくわない。さぞ、汚かったことだろう。風などが吹いて、荒れ模様の夜に男が来たのは頼もしくて、嬉しくもあるだろう。雪は素晴らしい。忘れめや葵を草にと一人口ずさんで、人目を忍ぶ仲はもちろん、そうではない女の所でも、直衣などは言うまでもなく、袍(ほう)も、蔵人の青色などが、とても冷たく濡れているようなのは、たいへん趣があるだろう。
2021.08.28
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「早く雨がやんでくれればいい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。ましてや、まったくそんな風ではない家などでは、早く雨がやんでくれればいいのにと思ってしまう。おもしろいことも、しみじみとした事もないのだからと思ってしまう。月の明るい時には、過去のことから、将来のことまであれこれ思い心もさまよい出るほどで、素晴らしく、しみじみとした点では、並ぶものがなく思われる。月の明るい夜に来る男は、十日、二十日、一月、あるいは一年でも、まして七、八年経ってからでも思い出して訪ねて来た時には、たいへんおもしろく思われて、とても逢えないような無理な場所でも、人目を避けなければならないわけがあっても、必ず立ったままでも話をして帰しまた、泊まっていけそうだったら、引き止めたりもするだろう。月の明るいのを見るぐらい、遥か遠くに思いをはせて、過ぎ去ったことの嫌なことも、嬉しかったことも、おもしろいと思ったことも、たった今のように思われることが、ほかにあるだろうか。
2021.08.27
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「ひどい雨を物ともしないで」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。そのようなこともあるだろうが、昨夜も一昨夜も、その前の昨夜もとにかくこの頃頻繁に訪れる男が、今夜もひどい雨を物ともしないで来たのだったら、やはり一晩も離れたくないと思ってくれているようだ。その事を聞いて感動するにちがいない。だがそうではなく、普段も訪れないで女を不安にさせて過ごしている男が、そんな雨降りに限って来たからといって、絶対に、愛情のある証拠にはしないと、わたしなら思う。でもこれも人それぞれの考えの違いなのだろうか。経験豊かで、思慮もある女で、情趣もわかると思えるようなと関係し、ほかにもたくさん通う女の所があり、もともと妻などもあるので、頻繁にも通って来ないのに、それでもあんなひどい雨降りの日に来たのだなどと人に広めさせて、褒められようと思うのが、男なのだ。それもまったく愛情のない女の所には、実際、そんな作り事までして、逢おうとは思わないだろうが、でも私は、雨が降る時は、ただ鬱陶しくて、今朝まで晴れ晴れとしていた空とも思えないで、憎らしく、御殿の立派な細殿を、素晴らしい所とも思えない。
2021.08.26
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「全然起きなく夜が更けた」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。ぐっすり寝ている様子で、全然起きないようですと、うるさく呼んだ人のところに言いに行ったが、そのままそこに座りこみ話をしているらしい。ちょっとの間だろうと思っているうちに、夜がひどく更けた。権中将(成信)のようね。いったい何をこんなに座り込んで話 すのかしらと言って、密かにただもうひどく笑うのを、当人たちはわかるはずがない。権中将は夜明け前まで話し続けて帰った。中将の君ってひどく変な人だったのね。もう絶対、そばにいらしても、口をきかないし、いったい何をあんなに夜通し話すのかしらなどと言って笑っていると、引き戸を開けて、兵部が入って来た。翌朝、いつもの、ひさしの間で、人が話しているのを聞くと、雨がひどく降っている時に訪れて来た男には、感動するわ。何日も待ち遠しく耐え難いことがあっても、そんなふうに濡れて来たら、辛い事もみんな忘れてしまうとは、どうしてそんなふうに言うのだろう。
2021.08.25
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「おもしろいところもない」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。容姿は格別よいこともないし、おもしろいところもないのだが、それでも人の仲間に入りたい気持ちなどがあるのを、中将の君は、中宮様の前を通り過ぎるのも、見苦しいなどとおっしゃるが、意地が悪いのか、その陰口を当人に告げる人もいない。 一条院(今内裏)にお造りになった一間の所には、嫌な人は絶対に寄せつけないで、東の御門と向かい合っているとてもしゃれた小廂(こびさし)に、式部のおもととわたしは一緒に、夜も昼もいるので、帝もいつもご見物に入って来られる。今夜は中で寝ましょうと言って、南の廂に二人で寝た後に、大きな声で呼ぶ人がいるのを、面倒だわねなどと話し合って、寝たふりをしているとやはり酷くうるさく呼ぶのを、二人を起こしなさい。嘘寝でしょうと中宮様のお言葉もあったらしく、あの兵部が来て起こす。
2021.08.24
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「気立ても優れていらっしゃる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。成信(なりのぶ/源成信23歳)の中将は、出家なさった兵部卿宮のご子息で容貌がとても美しく、気立ても優れていらっしゃる。 伊予の守(かみ)兼輔(かねすけ)の娘を、中将は忘れられなく、親が伊予へ連れて下った時には、しみじみと感じたことだと思われた。娘が夜明け前に伊予に行くというので、その前夜いらして、有明の月の中を帰って行かれたという直衣姿などはどんなだっただろう。その中将の君は、いつもこちらに座り込んで話をなさり、人のことなど悪いのは、悪いとはっきりおっしゃっていたのに。物忌などを神妙に、物忌に使う何とかいった物の名前を姓に持っている女房がその人が他の人の養子になって、平(たひら)などという姓になったけれどただその前の姓のほうを、若い女房たちは言い種にして笑った。
2021.08.23
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「歩いて来て弓の弦を鳴らす」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。とても寒い夜中などに、ごとごとと音を立て、沓をすって歩いて来て、弓の弦を鳴らしてから、時刻を告げ知らせるのは、とてもおもしろい。何の誰それ。丑(うし)三つ、子(ね)四つなどと、はるか遠くの方で言って、時の杭を刺す音など、たいへんおもしろい。子九つ、丑八つなどと、民間の人は言う。すべて、どんな時でも、ただ四つだけを杭に刺すようだ。時の杭を刺す音、清涼殿の殿上の小庭に時のふだがあり、一昼夜十二時の四刻ごとに「時の杭」という木釘を刺すという。日がうららかに照っている昼頃、また、とても夜が更けて、子(ね)の時という頃になっているのだろうか、帝もおやすみになってるのかしらなどと思っている時に、蔵人の男たちとお呼びになるのは、とても素晴らしい。夜中ごろに、御笛の音が聞こえているのは、また、とても素晴らしい。
2021.08.22
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「使わないままの空家」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。神は、松の尾(松尾大社)。八幡(やわた/石清水八幡宮)は、祭神がこの日本の国の帝であったというのが素晴らしい(応神天皇)。八幡への行幸(ぎょうこう)などに、帝が葱(なぎ)の花の御輿に乗るのはとても素晴らしいし、大原野神社。春日大社、とてもりっぱである。平野神社は、使わないままになっている空家があり、一体何をする所なのと尋ねたところ、御輿を納める所と答えたのも、とても素晴らしい。 神社の垣に蔦(つた)などが随分たくさん掛かって、紅葉したのが、色々あったのも、秋にはあへずと、紀貫之の歌が思い出されて、しみじみと長い間自然と車を停めていた。賀茂神社は言うまでもない。伏見稲荷神社。崎は、唐崎(からさき)。みほが崎。検索すると、島根県美保の崎か。滋賀県高島郡などの異説もある。小屋は、丸屋(まろや)。東屋(あずまや)。丸屋(まろや)とは、茅や葦で屋根を葺いた粗末な家。東屋(あずまや)とは、屋根を四方に葺きおろした粗末な小屋。
2021.08.21
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「下襲の後身の裾が非常に長くなった」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。下襲(したがさね)は、冬は躑躅(つつじ)。桜。掻練襲(かいねりがさね)。蘇芳襲(すおうがさね)。夏は二藍(ふたあい)。白襲(しらがさね)。下襲は直接に袍(ほう)の下に着る垂領(たりくび)で身頃二幅仕立ての腋(わき)あけの内衣。 平安時代後期以降,衣服の大型化,広袖化と共に下襲の後身の裾(きよ)尻(しり)ともいうが非常に長くなった。扇の骨は、朴(ほお)。色は赤い。紫。緑。扇子の骨は、竹や木などを使用し、 一番外側にある、太い骨。 檜扇(ひおうぎ)は、無地。唐絵(からえ)。檜扇はヒノキの薄板20〜30枚をつづり合わせた板扇で、平安時代から束帯衣冠などの服飾品として用いられ、笏(しゃく)の代用ともされた。
2021.08.20
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「私の前世の宿縁が素晴らしい」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。翌朝来てみると、どうしてそんなに気が利かないのなどと言うが、従者たちの弁解ももっともなところがある。翌日、雨が降ったのを、関白殿が、これでわかった、私の前世の宿縁が素晴らしいのかを。この事をどうご覧になりますかと中宮様に話す自画自賛も尤もである。しかし、その時に、素晴らしいと拝見したすべてのことも、現在の事と比べてみると、まったく同じこととは思えないほど変わってしまったので気が滅入って、他に色々沢山あったこともみな書くのをやめた。尊いこと。 九条の錫杖(しゃくじょう)。念仏の回向文(えこうもん)。観無量寿経の光明遍昭十方世界、念仏衆生摂取不捨の十六文字をいう。光があまねく全世界に及び、阿弥陀如来の光明は、十方を照し念仏を称えるものを救い収めて決して捨てないと言う意味。歌は、風俗歌。中でも「杉立てる門」。神楽歌もおもしろい。今様歌は歌詞が長くて節まわしが変わっている。わが庵は 三輪の山もと 恋しくは とぶらひ来ませ 杉立てる門古今集・読人しらず
2021.08.19
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「黄色みがかった緑色」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。指貫(さしぬき)は、紫の濃いのがよい。萌黄(もえぎ)。夏は二藍(ふたあい)。とても暑い頃、夏虫の色をしているのも涼しそうだ。指貫ははかまで裾に紐を通し縛ったもの。萌黄とは色の名前で、黄色みがかった緑色で、平安時代以降、公家階級に用いられた色名。狩衣(かりぎぬ)は、香染(こうぞめ)の薄いのがよい。白いふくさ。赤色。松の葉色。青葉。桜襲。柳襲。また青い藤。男はどんな色の狩衣でも着る。狩衣は平安時代以降の公家の普段着で、元来狩の時に着用したのでこの名前がついたが、活動的であり次第に普段着として定着した。単衣(ひとえ)は白いのがよい。正式の装束の紅のひとえの衵(あこめ)などを仮にちょっと着ているのはよい。でも、やはり単衣は白いのがよい。黄ばんでいる単衣などを着ている人は、ひどく気にくわない。練色(ねりいろ)の衣なども着るが、やはり単衣は白でなくては。
2021.08.18
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「女房が大声をあげてお泣きになる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。お供をするものは、いつものように四位、五位がとても多い。桟敷で、女房の中にお抱き入れると、女房にどういう粗相があったのか、大声をあげてお泣きになるのまで、たいそう見栄えがする。法会がはじまって、一切経を、蓮の花の赤い造花一つずつに入れて、僧俗、上達部、殿上人、地下、六位、その他の者までが持って行列して行く。その姿は、たいへん尊く感じ、導師が参上して、経の講義がはじまった。講義の合間合間で舞楽(ぶがく)などをして、それを一日中見ていると、目もだるく疲れて苦しくなる。宮中からのお使いとして五位の蔵人が参上した。桟敷の前に胡床(あぐら/椅子)を立てて、それに座っているところなど、本当に素晴らしく、夜になる頃、式部丞則理(のりまさ)が参上してきた。このまま夜には宮は宮中に参内なさるだろう。そのお供をしろと帝のお言葉を承りましてと言って、宮中に帰ろうともしない。中宮様は、二条の宮に帰ってからとおっしゃるけれど、また蔵人の弁が参上して、関白殿にもお手紙があるので、帝のお言葉に従って、直接参内なさることになった。
2021.08.17
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「赤色の表着に桜襲の五重の唐衣を着て」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。もっともなことと拝見して、皆が涙ぐんでいると、私が赤色の表着に桜襲の五重の唐衣を着ているのを、関白殿がご覧になり、法服が一つ足りないので急に大騒ぎしたのだが、これをお借りすればよかった。もしかして赤い服を独り占めになさっているのかといわれる。大納言は、少し下がって座っていらしたが、お聞きになり、清僧都(せいそうず)の法服でしょうとおっしゃり、一言だって素晴らしくないことはない。法服は僧の正装。僧都以下は赤色の袍、裳を着用。清僧都は清少納言の清にちなんだ冗談。僧都の君(隆円15歳)は、赤色の薄色の衣、紫の袈裟、とても薄い紫お召物を何枚か、それに指貫などをお召しになって、頭の格好が青くかわいらしく、地蔵菩薩のような姿で、女房たちに混じって歩きになるのも、おもしろい。僧綱(僧官)の中に、威儀を正してもおられないで、見苦しくも、女房の中におられるなどと笑う。大納言殿の桟敷から、こちらに松君をお連れする。葡萄染(えびぞめ)の織物の直衣(のうし)、濃い紅の綾の打衣(うちぎぬ)、紅梅の織物の衵などをお召しになっておられる。
2021.08.16
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「高貴な方々の桟敷などを見渡す」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。本当に身の程を過ぎたこともいろいろとあるだろう。女院の桟敷や高貴な方々の桟敷などを見渡すと、素晴らしい。殿は、この中宮様のおられる御前から女院の桟敷に参上なさり、しばらくしてから、こちらに来ていらっしゃる。大納言お二方、三位の中将は陣に詰めておられる姿のままで、弓箭(弓矢)を身につけて、とてもお似合いのしゃれた格好でおられる。殿上人、四位五位の人々が大勢連れだって、関白殿のお供をして並んで座っている。関白殿が桟敷にお入りになって拝見なさると、どなたも御裳、御唐衣を、御匣殿(みくしげどの/四の君)までが着ておられ、殿の北の方(貴子)は、裳の上に小袿(こうちき)を着ておられ、関白殿は、絵に描いたような皆さんのお姿だ。もうお一人(貴子)も、今日は一人前のお姿だとおっしゃり、三位の君(貴子)、中宮の御裳を脱がせなさい。この中の主君は、中宮のほかにはおられない。御桟敷の前に陣屋(近衛の衛兵)を置いておられるのは、並み大抵のことではないと言って、感激のあまりお泣きになる。
2021.08.15
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「趣のある贈物などを持って」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。女院の桟敷から、ちかの塩釜(こんなに近いのに話もできない)などという歌のお便りがあり、中宮様もお返歌をされた。趣のある贈物などを持って使いの者が行き来するのも素晴らしい。陸奥の ちかの塩釜 近ながら からきは人に あはぬなりけり続後撰集・恋二 読人しらず陸奥の ちかの塩釜 近ながら 遥けくのみも 思ほゆるかな古今六帖・第三法会が終わって、女院はお帰りになり、院の庁の役人、上達部など、今回は半数がお供をされた。中宮様は内裏へ入ったことも知らないで女房の従者たちは、二条宮にお帰りになるのだろうと思って、そこへ皆行って、いくら待っても私たちが来ないまま、夜がすっかり更けた。一方、宮中の私たちは、宿直用の衣類を早く持って来てと待つのに、まったく音沙汰がなく、新しい晴れ着のまだ体になじまないのを着て、寒いので、文句を言って腹を立てるが、どうしようもない。
2021.08.14
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「畳一枚を横長に縁を端にして」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。三尺の御几帳一双を表裏互い違いに立てて、こちらとの仕切りとして、その几帳の後ろに、畳一枚を横長に縁を端にして、長押の上に敷いて、中納言の君というのは、関白殿の叔父の右兵衛の督(かみ)忠君と申し上げたお方の娘、宰相の君は、富小路(とみのこうじ)の右大臣の孫。その二人の女房が長押の上に座って見ていらっしゃる。中宮様は辺りを見渡して、宰相はあちらに行って、女房たちが座っている所で見なさいと言われるので、宰相の君は、中宮様のお気持ちを察して、ここでも三人ならとてもよく見ることができるでしょうと申し上げる。すると、中宮様は、それでは、中へ入りなさいと言われ、私をお呼びになる。それを、下に座っている女房たちは、殿上を許された内舎人(うどねり)といったところねと笑うけれど、私を童殿上の内舎人と思ってらっしゃるのと言うと、馬の口を取るほうの内舎人よなどと言うけれど、そこに上がって座って見るのは、ものすごく名誉だとおもった。こんなことがあったなどとじぶんで言うのは、自慢話でもあり、また中宮様のためにも軽々しく、この程度の人をそんなにご寵愛だったのかなどと、自然と物事が分かり、世の中を批判したりする人は、余計な事を言うから、畏れ多い中宮様を巻き添えにして勿体ないが、事実だからどうして書かないでいられよう。
2021.08.13
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「几帳のこちら側に出て来られた」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。中宮様は、どこに居るのとおっしゃって、几帳のこちら側に出て来られた。まだ裳や唐衣をお召しのままでいらしたが、素晴らしい。紅の打衣が平凡であるはずがない。中に唐綾の柳襲の袿、葡萄染の五重襲の織物に、赤色の唐衣地摺の唐の薄絹に象眼を重ねてある御裳などをお召しになっていた。そのお召し物の色などは、まったく普通のものとは比べものにならない。今日のわたしはどう見えると中宮様はおっしゃるので、本当にとても素晴らしいですなどと、言葉にすると、平凡すぎてしまう。長く待ったでしょう。それはね、大夫(だいぶ/藤原道長)が、女院のお供の時に着て人に見られた同じ下襲のままでいたら、人がみっともないと思うだろうというので、別の下襲を縫わせていらっしゃったので、遅くなったのよ。とてもおしゃれだねとおっしゃって、お笑いになる。とても明るく晴れがましい場所では、普段よりもう少し際立って素晴らしい。額髪を上げている御釵子(ごさいし)で、分け目の御髪(みぐし)が、少し片寄りくっきり見えているのまでが、申し上げようもなく素晴らしい。釵子(ごさいしとは、正装のとき髪上げに用いた飾り。金属製でかんざしの類。
2021.08.12
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「地髪が短く結えない時の添え髪」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。髪が黒く、かもじの赤いのが、はっきり見分けられるほどになっているのが、とても辛いので、すぐには降りられない。かもじのかはかつらを指す。日本髪を結う時に、地髪が短くて結い上げられない時に使用する添え髪。まず後ろの人からなどと言っていると、その人も同じ気持ちなのか、離れてください。もったいないですなどと言う。大納言殿は、恥ずかしがっていらっしゃると笑って離れて、私がやっとのことで降りようとすると、近寄っていらっしゃった。多くの人へ見せないで、隠して降ろすようにと中宮がおっしゃるから来たのに察しが悪いとおっしゃって、わたしを車から引き降ろして、中宮様の所に参上したが、中宮様がそんなふうにお話しになったのだと思うと畏れ多い。中宮様の御前に参上すると、先に車から降りた女房が、よく見える前に、八人ほど座っていた。中宮様は、一尺余り、二尺ぐらいの長押(なげし)の上に座られ、大納言殿が、私が立って隠して、連れて参りましたと伝える。
2021.08.11
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「生きたまま仏の国に来たよう」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。御輿が前を通り過ぎる間、車の轅(ながえ)を榻(しじ)から一斉に、下ろしてあったのを、また牛に大急ぎでかけて、中宮様の御輿の後に続いて行く気持ちの素晴らしく楽しいことといったら、言いようもない。積善寺にお着きになると、大門のそばで、高麗楽(こまがく)、唐楽(とうがく)を演奏して、獅子や狛犬が踊り舞い、乱声(らんじょう)の音や鼓の音に、どうしてよいかわからない。これは生きたまま仏の国に来たのだろうかと、楽の音は空に響き上がるように思われる。お寺の中に入ると、いろいろな色の錦の幄(あげばり/仮屋)に、御簾をとても青々と掛け渡して、屏幔(へいまん/幔幕)などを引き巡らしているなど、すべてこの世のこととはまったく思われない。中宮様の桟敷(さじき)に車を寄せると、またご兄弟の方たちがお立ちになり早く降りなさいとおっしゃる。乗った所でさえそうだったのに、ここはもう少し明るくあらわなので、かもじを入れて整えていた髪も、唐衣の中でぼさぼさになって、変な格好になっているだろう。
2021.08.10
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「葡萄染の織物の指貫をはいている」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。豊前(ぶぜん)という采女は、典薬(てんやく)の頭(かみ)重雅(しげまさ)の愛人であり、葡萄染(えびぞめ)の織物の指貫(さしぬき)をはいているので、重雅は禁色を許されたのだななどと、山の井の大納言がお笑いになる。葡萄染は禁色の紫に似ているので、大納言はこういう冗談を言った。采女たちがみな馬に乗り続いて立っていると、やっと中宮様の御輿が出て行かれる。先ほど、素晴らしいと拝見した女院のご様子に、これは比べようがない素晴らしさだった。朝日が華やかにさし上がる頃、屋根の葱(なぎ)の花の飾りが、とてもくっきりと輝いて、御輿の帷子(かたびら)の色艶の美しさまでが格別である。御綱(みつな)を張って出て行かれる。御輿の帷子のゆらゆら揺れる時、本当に、髪の毛が逆立つなどと人が言うのも、絶対に嘘ではない。それを見た後では、髪の格好が悪い人もそのせいにするだろう。驚くほど美しく威厳があり、やはり、どうしてこういう中宮様のような尊いお方に親しくお仕えしているのかしらと、じぶんまでが偉くなったように思われる。
2021.08.09
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「女房の装束が美しく映えて」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。日はとてもうららかな日差しで、空は青く霞みわたっているところに、女房の装束が美しく映えて、立派な織物やいろいろな色の唐衣よりも、優雅でおもしろいこといったら、この上ないと感じた。関白殿や、その次々の弟の方たちで、そこにいらっしゃる全員で、女院の牛車を大切にお守りして供しているのは、とても素晴らしい。わたしたちはこの女院の行列をまず拝見して、褒めて騒ぐ。こちらの車が、二十両立て並べてあるのも、あちらでも同じように、おもしろいと見ていることだろう。早く中宮様が出て来らればいいのにと待っているのに、とても時間がかかる。どうなっているのだろうと不安。やきもきしながら思っていると、ようやく、采女(うねめ)八人を馬に乗せて、御門から引いて出る。青裾濃(あおすそご)の裳、裙帯(くたい)、領巾(ひれ)が風に吹かれてなびいているのが、とてもおもしろい。青裾濃は、青色で上のほうを薄く、裾のほうになるほど濃く染めたもの。裙帯は、腰の上に締めて前側左右に長く垂らした幅の狭い飾り帯のこと。
2021.08.08
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「牛車の前に長く出た二本の棒」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。みなが乗り終わったので、車を御門から引き出して、二条の大路で轅(ながえ)を榻(しじ)にかけて、物見車のように立て並べたのは、とてもおもしろいと、胸がどきどきする。轅(ながえ)は牛車の前方に長く出た平行な二本の棒でその前端にくびきを渡し、牛をつなぐ。四位、五位、六位など、とても大勢出入りして、わたしたち女房の牛車の所に来て、世話をしたり話したりする中で、明順(あきのぶ)の朝臣(あそん)の心境といえば、得意そうに空を仰いで、胸をそらしている。明順は高階明順のことで、中宮の伯父にあたる。まず女院(一条帝の母、詮子)のお迎えに、関白殿をはじめとして、殿上人や地下(じげ)なども、みな参上した。女院がこちらへお越しになってから、中宮様はお寺にお出かけになるということなので、とても待ち遠しいと思っているうちに、日が高くなってからやっとお越しになる。女院のお車を含めて十五両、うち四両は尼の車で、女院の車は唐車である。それに続いて尼の車、車の後ろ口から水晶の数珠、薄墨色の裳、袈裟や、衣裳などが素晴らしく、簾は上げないで、下簾も薄紫色の裾が濃くなる。次に女房車十両、桜襲の唐衣に薄紫色の裳、濃い紅の衣、香染めや薄紫色の表着(うわぎ)が、とても優雅だ。
2021.08.07
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「飾りの腰ひもを刺し化粧をする」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。わたしは今夜参上し、南の院の北面に顔を出したところ、いくつもの高坏(たかつき)に火を灯して、二人、三人、四人と、親しい女房同士、屏風を立てて仕切っている者や几帳などを隔てにひきうつして書く者もいる。また、そういうのではなく、何人か集まって座って、衣装を縫い重ねたり、裳(も)の飾りの腰ひもを刺し、化粧をする様子は、今さら言うまでもなく、髪などといったら、明日から後はなくなってしまいそうに見える。寅の時(午前三時頃)に、中宮様は積善寺(しゃくぜんじ)に出かけるそうです。どうして今まで参上なさらなかったの。扇を使いに持たせて、あなたを探している人がいたと知らせてくれる。それで、本当に寅の時かと思って、身支度を整えて待っているのに、夜が明けて、日も出てしまった。西の対の唐廂(からびさし)に、車を寄せて乗るというので、渡殿(わたどの)を通っている限りの女房が行く時に、まだうぶな新参者たちは、気が引けて、西の対には関白殿がお住まいなので、中宮様もそこに行かれた。
2021.08.06
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「車まで歩いて出て行く気持ちは」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。まず女房たちを関白殿が車に乗せるのを拝見したいというので、御簾の内に中宮様、淑景舎(しげいしゃ)、三の君、四の君、関白殿の北の方、その妹の三人が、並んで立っていらっしゃる。女房車の左右に大納言殿(伊周)と三位の中将(隆家)のお二人で、簾を上げ、下簾を引き上げてわたしたちをお乗せになる。女房たちがせめて大勢集まってさえいるなら、少しは隠れ場所もあるだろうが、四人ずつ名簿の順に従って、次は誰、次は誰と大声で呼んでお乗せになる。なので、車まで歩いて出て行く気持ちは、本当に情けなく露わだと言うのも愚かであり、御簾の内側の、大勢の方の目の中でも、中宮様が見苦しいと思い込んでしまうくらい、やりきれないことはない。汗がにじみ出るので、きれいに整えた髪なども、みな逆立っているだろうと思われる。中宮様の前をやっと通り過ぎたところ、車のそばで大納言殿と三位の中将とがこちらが気後れするほど、さっぱりと美しいお姿で微笑んでご覧になるのも夢のようだが、倒れないで車まで行き着けたのは、偉いのか厚かましいのか と、判断に迷ってしまう。
2021.08.05
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「遅くなり引っ張られて参上する」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。女官たちは、車から降りた順に、四人ずつ中宮様の御前に参上して控えているのに、変ね。いないの。どうしたのと言われたのも知らないで女房たち全員が降り終わってから、やっと見つけられ、あれほど言われたのにこんなに遅くと言って、引っ張られて参上してみると、いつの間に、こんなに長年の住まいのように落ち着いているのかと思うと、おもしろい。どういうわけで、こんなにいないのかと探すほど姿を見せなかったのと中宮様が聞かれても、私が何も申し上げないので、一緒に乗っていた人が最後の車に乗った者が、どうしようもなかったのです。どうして早く参上できるでしょうか。それも、御厨子が気の毒がって、車を譲ってくれたのです。暗かったので心細くてと辛そうに申し上げると、係の役人が悪いわね。それにしてもどうして。事情のわからない人は遠慮もするけど、右衛門などは苦情を言えばいいのにと中宮はおっしゃる。でも、どうして人を押しのけてじぶんが先に乗ることができるでしょうかなどと右衛門が言うのを、そばにいる女房たちは、憎らしいと思って聞いているだろう。みっともなく、身分の高い車に乗っても、偉いわけでもない。決められたとおりに、順序を守るのがよいのではと不快に思っている。車から降りる間が、とても待ち遠しく辛いので、先に乗ったのでしょうという。一切経供養のために、中宮様が明日積善寺(しゃくぜんじ)へ行かれるという。
2021.08.04
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「他の女房たちは慌てて乗り終わった」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。斎院の帰りの時の行列のように倒れそうなほど慌てているのは、酷くみっともなく、もうどうともなれと乗れる車がなく参上する事ができないなら自然と中宮様がお聞きになって車を回してくださるでしょうなどと話し合って立っている前を、他の女房たちは一団となって、慌てて出て来て乗り終わった。中宮職の役人が、これで最後かと言うと、まだ、ここにと誰かが言った。役人が近寄って来て、誰と誰がいらっしゃるのですかと尋ね聞いて来てとても妙な事ですね。もう皆、乗ったと思っていたのに、どうしてこんなに乗り遅れたのです。今はもう得選(とくせん)を乗せようとしていたのに。得選とは御厨子(みずし)所の女官で、食膳および雑事に従事した女房の事。呆れてしまうと驚いた様子で車を寄せさせるので、それならまず乗せたいと思っている人を乗せなさい。わたしたちはその次でもと言う声を聞いて、とんでもない意地悪なことなどと言うので乗った。その次は、役人が言った通り 御厨子(みづし)の女官の車なので、道を照らす松明もとても暗いのを笑って、二条の宮に参り着いた。中宮様の輿はとっくにお入りになり、部屋の設備を整えて座っていらした。少納言をここに呼びなさいといわれたので、どこかしら、どこかしらと右京や小左近(こさこん)という若い女房たちがわたしを待って、人が参上して来る度に見たけれど、わたしはいなかったらしい。
2021.08.03
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「わたしの魂は夜に九度のぼる」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。いつもよりのどかに日が照っている昼頃、花の心はまだ開かないのと言葉があったので、秋はまだ先のことですが、わたしの魂は夜に九度のぼる気がしていますと返事を申し上げた。連歌の席より藤原公任が、今日の景色によく似合っていると言いながら下の句に、少し春ある心地こそすれと題して、清少納言に文を届けた。錚々たる人の集まりを知り、清少納言は「空寒み花にまがへて散る雪に」と返書に上の句を書く。このとき清少納言は、白居易の南秦の雪を引用した。南秦の雪は、雲冷やかにして雪を飛ばし山寒くして春有ること少なしとある。一日中空が寒いので、花に似せて散る雪のために、二月になっても山は寒々として、春らしいことは少しだけだ。当時白居易文集を手にする女性は稀で清少納言は目を通しているようだ。(白氏文集・長相思)中宮様が内裏から二条宮に退出された夜、牛車の順番も決まっていなく、女房たちが、わたしが先にと騒いで乗るのが気に入らないので、気の合いそうな人と、やはり、牛車に乗る様子がとても騒がしく、斎院のお帰りの時の行列のように倒れそうなほど慌てている。
2021.08.02
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「少納言は春の風のせいにしたの」 「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と清少納言のエッセイ枕草子の研鑽を公開してます。少納言は春の風のせいにしたのと中宮様がお笑いになったのはおもしろい。山田さへ 今は作るを 散る花の かごとは風に 負ほせざらなり山や田でさえ今は耕す時期になったのに、散る花の恨み言は風のせいにしないで。古今六帖・第二 紀貫之。紀貫之(きのつらゆき)は、平安時代前期から中期にかけての貴族・歌人恨み言ではなく散った花を春の風と嘘をついたのだな。今は、山や田も耕すだろうからなどと、その貫之の歌を口ずさんでいるのはとても優雅でおもしろい。それにしても、見つけられてしまってしゃくだよあれほど注意しておいたのに。宮の所にはこういう警備役がいるからという。春の風とは、とっさとはいえ、とてもうまく言ったものだなどと、また貫之の歌を口ずさんでいらっしゃる。中宮様は、歌ではなく、ただの言葉にしては、気の利いた言葉を思いついたものね。今朝の桜の様子はどうだったのでしょうなどといってお笑いになる。小若君(こわかぎみ)が、その桜を、少納言がいち早く見て、露に濡れたると詠まれたのが、これでは不名誉と言ったのですと申し上げると関白殿がひどく悔しがられるのもおもしろい。それから、八日か九日の頃に、わたしが退出するのを、中宮様は、もう少し当日近くなってからというが、退出した。
2021.08.01
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