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源氏物語〔21帖 乙女 12〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。しかし、そっと身を細くして廊下を歩いていると、女房たちが少年たちの恋について話している声が聞こえてきた。不思議に思い立ち止まって耳を傾けると、それは自分自身のことだった。「賢ぶっていても、結局は甘いのが親よね。とんでもないことが起こっているのに気づいていないのだから。『子を知るは親にしかず』なんて嘘よ」こそこそと話しているのを聞き、大臣は愕然とした。恐れていたことが現実になった。放っておいたつもりはないが、子どもだからと油断していたのだ。人生はなんと悲しいものか。すべてを悟ったが、何も言わずそのまま立ち去った。前駆が人払いの声を上げると、ようやく女房たちはこの時間まで大臣が留まっていたことに気づいた。「殿様、今お帰りになるのね。どこに隠れていたのかしら。あのお歳でまだ浮気はやめられないのね」内緒話をしていた女房たちは焦った。「さっき、すごくいい匂いが通ったと思ったけれど、若君が通ったのだと思っていたのよ。まさか大臣だったなんて。怖いわね、悪口が聞こえていたかしら。何か仕返しをされるかもしれないわ」内大臣は、車中で娘の恋のことばかり考えていた。特別悪いことではないが、従弟同士の結婚などあまりにもありふれている。世間に野合の始まりを噂されるのもつらい。源氏が後宮の競争で女御を押さえたことも恨めしいが、それに加えて、せめて娘を東宮にと考えていた希望まで崩されるとは。もしかしたら、そこに僥倖があったかもしれないのに。源氏との関係は表向きは親密に見えたが、昔からあった「負けたくない」という気持ちは、今も強く残っていた。そのことが不快で、大臣は朝まで眠れなかった。大宮もすでに気づいているだろう。しかし、孫をかわいがるあまり、好きにさせて知らないふりをしているのだろう――そう女房たちは話していた。それを思い出し、大臣は大宮を恨めしく思った。
2025.02.28
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源氏物語〔21帖 乙女 11〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。年老いた女房たちは涙を流しながら、几帳の陰に集まってこの演奏に聞き入っていた。「風の力、蓋し少なし(落葉は風を待って散るが、風の力はわずかである)」と、文選の一節を口ずさみながら、大臣は言った。「琴の響きというだけではないが、心にしみる夕暮れだ。もう少し弾いてくれないか」そう促しながら、大臣は秋風楽を弾き、歌った。その声もまた心地よかった。宮は、この場にいるのが孫娘だけでなく、大臣までもが可愛く思えてきた。そこへ、さらに場の雰囲気を和ませるように、源氏の若君がやってきた。「こちらへ」と宮が声をかけ、若君は几帳を隔てた席へ通された。内大臣は、「おまえにはあまり会えないな。なぜそんなに必死になって学問ばかりさせるのか。学問ができすぎると不幸を招くこともあると、大臣自身が経験しているはずなのに、それでもおまえに押しつけるのだな。何か理由があるのだろうが、そんなふうに閉じ込められているのは気の毒でならない」そう言いながら、内大臣は若君に笛を手渡した。「たまには違うこともしてみろ。笛だって、古い歴史を持った立派な音楽なのだからな」若々しく朗らかな音を響かせる笛が面白く、しばらくは絃楽をやめさせて、大臣は拍子を取りながら「萩が花ずり」(衣がえせんや、わが衣は野原篠原萩の花ずり)などを歌っていた。「太政大臣も音楽が好きで、政治のことから離れてしまったのだからな。人生なんてものは、せめて好きなことを楽しんで過ごしたいものだ」そう言いながら甥に杯を勧めているうちにあたりは暗くなり、灯が運ばれた。湯漬けや菓子などが皆の前に並び、食事が始まった。姫君はすでに別の部屋へ戻されていた。あえて二人を引き離し、琴の音すら若君に聞かせまいとする内大臣の態度に、大宮付きの古女房たちはささやき合っていた。「こんなことをしていたら、いずれ悲劇が起こるのではないか」大臣は帰るそぶりを見せながらも、密かに女の部屋へ向かった。
2025.02.27
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源氏物語〔21帖 乙女 10〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。大臣は宮に琵琶を弾くよう促したが「もう弦を押さえるのも思うようにいかなくなった」と言いながらも、宮は見事に琴を奏でた。「その山荘の者は、幸運なだけでなく、聡明なようだ。私に預けられたのは男の子一人だったが、もしあの者の娘もいたら、どんなによかったことか。その娘を生んだ母親は、自分が育てては子供の不幸になることをよく理解し、立派な夫人のもとへ託したそうだ。その話を聞いて、私も感心した」と大宮は語った。「女は頭の良さ次第で、どこまでも出世できるものだ」と内大臣は評していたが、話は次第に自らの不運へと移っていった。「私は女御を、完全とは言えなくても、人より劣るような娘には育てなかったつもりだった。だが、思いがけない相手に負ける運命だったのだ。人生はこうも予想外なものなのかと、悲観的にならざるを得ない。この子だけは、何としても幸運をつかませたいと思っている。東宮の元服も近いだろうと期待していたが、今話に出た明石の幸運な女が生んだ后候補が、どんどん成長してきている。もしその人が後宮に入れば、誰が競争できるというのか」そう嘆息する大臣を見て、宮は言った。必ずしもそうとは限らない。この家から后が出ないことなど、絶対にないはずだ。亡くなった大臣も、そのつもりで女御を託されたのだから。もし大臣が今も健在だったら、このような意外な結果にはならなかっただろう。この問題についてだけは、大宮も源氏を恨んでいた。姫君が琴を弾いている姿は、しとやかで美しかった。髪の生え際の上品な艶、琴の弦を押さえる手の動き――まるで絵のような美しさだった。それに見とれる大臣に気づき、姫君は恥ずかしそうに体を少し小さくして、琴を前に押し出した。内大臣は大和琴を手に取り、律の調子の若々しい曲を、名手らしい粗弾きで奏でた。その音色が妙に趣深く、外では木の葉がはらはらと舞い落ちていた。
2025.02.26
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源氏物語〔21帖 乙女 9〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。若君のほうは物足りなさを感じ、花や紅葉を贈ったり、雛遊びの道具を送ったりして、変わらぬ友情を示し続けた。姫君もこの従弟を愛しており、男に顔を見せないという一般的な慎みなどは気にしなかった。乳母などの後見役も、幼いころからの習慣を急に断つことは難しいと考え、二人の関係を厳しく制することはなかった。姫君は無邪気なままだったが、若君の感情はそれよりも進んでいて、いつの間にか二人は恋人同士の関係になっていたらしい。そのため、若君は東の院に閉じこめられるように学問に専念させられたことを苦しく思った。まだ子供らしい筆跡で、二人が書き交わした恋文があちこちに落ちていることもあり、姫君付きの女房たちはそれを見て、二人の仲がどの程度にまで進んでいるのか察していた。しかし、そうしたことを誰かに訴えるわけにもいかず、秘密はそのまま守られていた。后の宮や両大臣家の大饗宴なども終わり、ほかの催しごとも一段落したころ、世間は静かだった。秋の通り雨が過ぎ、荻の上を吹く風が寂しげに鳴る夕方、大宮の邸宅へ内大臣が訪れた。大臣は姫君を宮の居間に呼び、琴を弾かせていた。宮はさまざまな芸事に長けた人であり、姫君にもよく教えていた。大臣は、「琵琶は女が弾くと少し違和感があるが、貴族的で趣のあるものだ。今では、本当に琵琶を弾ける者はほとんどいなくなった。何親王、何の源氏」と名を挙げたあと、「女では、太政大臣が嵯峨の山荘に置いているという者がとても上手らしい。遡れば、音楽の天才が多く出た家柄だが、京官から落ちこぼれて地方へ行った男の娘が、なぜそんなに上手になったのか不思議だ。源氏の大臣も相当感心しているようで、折に触れてよくその者の話をしている。ほかの芸事と違い、音楽は多くの人に聞かれ、合奏を重ねることで上達するものだ。それなのに、独学でその域に達したというのは珍しいことだ」などと語った。
2025.02.25
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源氏物語〔21帖 乙女 8〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。 批判する者たちは、弘徽殿の女御こそ最も早く後宮に入った方なのだから、その人が后に昇格するのが当然だと主張していた。どちらの候補にも支持者が現れ、誰もがこの争いの行方を不安げに見守っていた。一方、兵部卿の宮は式部卿となり、当代の外戚として重んじられていた。その宮の姫君も、予定どおり後宮に入り、斎宮の女御と同じく王女御として仕えていた。この姫君は、母后と血縁が濃く、后に立てるのが最も理にかなった選択ではないかと考える者たちも多く、ついには三女御の間で競争が起こった。しかし、最終的には梅壺の前斎宮が皇后の座につくことになった。女王の幸運に世間は驚いた。源氏が太政大臣になり、右大将が内大臣に昇進した。そして、関白の職を源氏はこの内大臣に譲った。この内大臣は正義感の強い立派な政治家であり、学問も深く修めていた。韻塞ぎの遊戯では負けたが、公務を処理する能力には優れていた。彼には幾人もの子供がいて、息子は十人ほど、大人になり役人になった者たちは次々と昇進していた。しかし、娘は女御のほかに一人しかいなかった。この娘は親王家の姫君を母として生まれたため、尊貴さでは嫡妻の子にも劣らなかった。ただ、母は現在按察使大納言の夫人となり、新しい夫との間に幾人もの子供をもうけていた。そのため、継父に世話を受けさせるのは気の毒だと、大臣は娘を引き取って自分の母である大宮に託していた。大臣は女御ほどにはこの娘を愛してはいなかったが、彼女は性質も容貌も美しい少女だった。こうして、源氏の若君とこの姫君は同じ家で成長した。しかし、二人が十歳を過ぎるころからは別々に暮らすようになり、大臣は「どんなに親しい間柄でも、男性には慎重でなければならない」と娘を厳しく戒めた。そのため、二人が親しくする機会は減った。
2025.02.24
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源氏物語〔21帖 乙女 7〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。彼は変人と見なされ、学問の才がありながらも高い地位を得ることができず、後ろ盾もなく貧しい暮らしをしていた。そんな彼を、源氏は見込んで若君の教師として招いたのだった。こうして源氏の庇護を受ける身となり、若君のために新たな人生を得た。将来、若君が成長すれば、彼はいっそう重んじられていくことだろう。若君が大学の寮試を受けに行く日、寮門の前には高官たちの車がずらりと並び、まるで廷臣がすべてここへ集まってきたかのようだった。試験場には華やかな装束の者たちが列をなしていた。その中を、人に介添えされながら進んできた若君は、大学生の仲間とは到底思えないほど品のある美しい顔立ちをしていた。しかし、貧乏学生の多い席末の座につかなければならず、若君が迷惑そうな顔をしているのも無理はなかった。そこでも叱責する者、威圧する者がいて、不愉快な場面もあったが、若君は少しも臆せず、堂々と試験を受けた。当時の大学は、かつて学問が盛んだった時代にも劣らぬほどの隆盛を誇っており、上中下さまざまな階級の学生が学んでいた。そのため、ますます学問と見識を備えた人材が輩出されていた。若君は文人試験も擬生試験も優秀な成績で通過し、それによって師も弟子もいっそう意欲を燃やし、学業に励むようになった。源氏の家でも詩会が頻繁に催され、博士や文士たちが活躍する時代が訪れた。どの分野においても、優れた者が正当に評価されるのが今の世の中だった。その頃、皇后の冊立が決まっていた。斎宮の女御は母君から託された方であったため、源氏としてはぜひともこの方を推薦しなければならないという立場を取った。しかし、母后も内親王であったその後に、また王氏の后を立てるのは偏りがあると批判する者もいた。
2025.02.23
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源氏物語〔21帖 乙女 6〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。閉じ込められたような生活の苦しさに、若君は父を恨めしく思った。ここまで苦労しなくても立身出世する者はいるはずだと考えたが、生まれつきまじめな性格で、浮ついたところのない少年だったので、不満を言わず耐えた。どうにかして早く学ぶべき書物をすべて読み、人並みに社会に出て身を立てようと、一心に勉強に励んだ。四、五か月のうちに『史記』を読み終え、もう大学の試験を受けてもよい頃だと源氏は考えた。その前に、一度学力を試すことにした。伯父の右大将、式部大輔、左中弁などを招き、家庭教師の大内記に命じて『史記』の中でも解釈の難しい部分、寮試の問題に出されそうな箇所を若君に読ませた。若君は明瞭に読み上げ、難解な部分も幾通りにも説明することができた。師が訂正の印をつける必要もないほどの出来栄えで、人々は若君の学問の才能を喜んだ。伯父の大将は特に感動し、「父の大臣が生きていれば」と言って涙を流した。源氏も無理に冷静な態度を取ろうとはせず、「世の親が子を甘やかして正しい判断を失うことは、よく見かけることです。「世の親が子を甘やかして正しい判断を失うことは、よく見かけることです。自分がその立場になってみると、子が大人になるにつれて親が衰えていくのは避けられないことなのだと、しみじみ思います。私もまだ若いつもりですが、やはり同じようになりますね」と言いながら涙をぬぐった。それを見ていた若君の教師は誇らしく思い、自分にとっても名誉なことだと感じていた。大将が杯を勧めると、教師はすっかり酔いながらも畏まっていた。そのやつれた顔つきは、どこか気の毒にも見えた。
2025.02.22
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源氏物語〔21帖 乙女 5〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。自分勝手に厳しいことを言い放つ学者たちの顔は、夜になり灯がともると、ますます滑稽に見えた。まったく異様な式であった。源氏は、「自分のように規律に馴染まない、だらしのない者は、きっと粗相をして叱られるだろう」と言って、御簾の内に隠れて見ていた。式場の席が足りず、後から来た大学生の中には帰ろうとする者もいた。これを知った源氏は、彼らを釣殿に招いてもてなし、贈り物もした。式が終わると、博士や詩人たちを引き留め、詩を作ることになった。高官や殿上人の中でも詩才のある者は皆残された。博士たちは律詩を、源氏や他の者たちは絶句を作ることになった。文章博士が面白い題を選び、短夜の頃だったため、夜が明けてから詩の講義が行われた。講師役は左中弁が務めた。美しい顔立ちの左中弁が、重々しく神々しい調子で詩を読み上げるのが、実に趣深く感じられた。この人物は特に深い学識を持つ博士であった。大貴族の家に生まれながら、栄華に溺れず、蛍雪の苦を積んで学問に励んだことを称える詩が、さまざまな譬えを交えて詠まれ、どの句も趣があった。その詩は、中国の人に見せて批評させたいほどの出来栄えだと評された。中でも源氏の詩は群を抜いていた。子を思う親の情がよく表れているとされ、列席者は皆、涙をこぼしながら口ずさんだ。入学の式が続いて行われた。東の院の中に若君の勉強部屋が設けられ、まじめな学者が一人つけられて学問が始まった。若君は大宮のもとへはあまり行かなかった。夜も昼も大切にされるばかりで、いつまでも幼い子どものように扱われるため、そこでは勉強はできないだろうと源氏が考え、別に学問所を設けて若君を入れたのだった。月に三度だけ大宮を訪ねることが許され、それ以外は学問所にこもる生活となった。
2025.02.21
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源氏物語〔21帖 乙女 4〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。大将や左衛門督の息子たち、自分よりも下に見ていた者たちが次々と位を上げていくのに、自分は浅葱の袍を着ていなければならない。それがつらいようで、私もかわいそうに思う」と答えた。「こんなに小さい子が、大人らしく父を恨んでいるとは」源氏は愛しくてならないという様子で子を見つめていた。「学問を修め、物事の道理がわかるようになれば、その恨みも自然と消えていくだろう」そう言っていた。若君の師が字をつける儀式は東の院で行われることになり、式のための準備が整えられた。高官たちはこの儀式を珍しがり、多くが参列した。博士たちは晴れの場に立つことを誇らしく思いながらも、緊張している様子だった。「遠慮せずに、決まり通り厳格に進めてくれ」源氏がそう指示したので、博士たちは無理に冷静を装い、借り物の衣装の場違いさも気にせず、学者らしい気取りを見せながら式に臨んだ。その姿はなんとも異様であった。若い役人たちは笑いをこらえきれずにいた。しかし、場が笑いやすい雰囲気というわけでもない。落ち着いた人物が酒瓶の役を務めていたため、全体として独特な雰囲気が漂っていた。右大将や民部卿が丁寧に杯を勧めるのを見て、博士たちは作法にそぐわないと叱りつけた。「接待役が多すぎるのはよくない。お前たちは、今日の学界における私の地位を知らずに朝廷へ仕えているのか。それは間違いだ」そんなふうに言うのを聞いて、こらえきれずに笑い出す者もいた。すると、「声が高い、やめなさい。まったく礼儀をわきまえぬ者だ、席を外せ」と威圧する。大学出身の高官たちは満足げに微笑み、源氏の教育方針の素晴らしさに感心した様子を見せていた。博士たちは彼らの目の前で少し話しただけでも、無礼だと咎め、何でもないことを叱りつける。
2025.02.20
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源氏物語〔21帖 乙女 3〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。まだ幼い子供を、自分の意のままになるからといって高い位につけるのは俗なことのように感じられ、結局、長男には四位を与えず、六位の浅葱の袍を着せた。大宮がそれを言語道断のこととして嘆いたのも当然で、源氏も気の毒に思った。そこで宮に会って、そのことについて話した。「わざわざ低い位に置く必要もないが、私は考えがあって、大学での学問をきちんと修めさせたいと思っている。あと二、三年はまだ元服前と考えてもよいだろう。いずれ朝廷の仕事をこなせるようになれば、自然に出世するはずだ。私自身、宮中で育ち、世間知らずのまま学問を受けた。陛自らが師となってくださったが、それでも刻苦精励の経験がなかったせいで、詩作にも素養が足りず、音楽を奏でるにも未熟さを痛感している。つまらない親を超える子が自然に育つものではない。まして孫の代ともなれば、どうなるか不安だ。貴族の子として生まれ、官職も思いのままに進み、家の勢力に慢心した青年になれば、学問に苦しんで励むことなど、馬鹿らしく思うだろう。遊びに溺れながらも位だけが上がっていくこともあるが、家の権力があるうちは周囲も機嫌を損ねまいとして持ち上げてくれる。だが、いざ権力が衰えたり、後ろ盾を失ったりすれば、軽蔑されても頼るものが何もない惨めな人間になる。やはり学問が第一だ。日本の精神をどう活かしていくかも、学問の基礎があってこそできることだ。今は六位という低い位にいることで頼りなく見えるかもしれないが、将来、国家の柱となる教養を身につける方が、私にとっても死後の安心につながる。今のところ、私がいるのだから、大学生として窮するようなことにはならないだろう」そう言うのを聞いていた宮は、ため息をつきながら、「もっともな話だが、右大将もあまりに変わった考えだと不審がっている。子供も残念に思っているようだ。
2025.02.19
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源氏物語〔21帖 乙女 2〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。西の女王と会う時には、「源氏の大臣から熱心に結婚を申し込まれているのなら、受けたらいいのでは? 今さら始まった話じゃないし、ずっと前からのことなんだから。亡くなった宮様も、あなたが斎院になったせいで結婚ができなくなったことを残念がっていた。昔、宮様がその話を進めようとした時、あなたの気が進まなくて流れてしまったけど、それを後悔して話していたこともあったよ。でも、あの頃は左大臣家の奥方がいたから、三の宮のことを考えて第二夫人を迎えるのが難しかったのよ。でも、あなたの従妹でもあるその奥方も亡くなった。今なら結婚してもいいと思う。新たに熱心に申し込まれているということは、やはり前世からの因縁なのかもしれないね」と、古めかしい助言をするのを、女王は苦笑しながら聞いていた。「父からもずっと強情者だと思われてきた私なのだから、今さら源氏の大臣の評判が高いからといって結婚するのは恥ずかしいことだ」そんなふうに思いもよらぬことを言ったので、宮も最後には勧めなくなった。邸の人々は上から下まで皆がその結婚を望んでいることを女主は知っていて警戒していたが、源氏自身は誠意を尽くして女王の気持ちが変わるのを待っていた。無理に力ずくで結婚を押し通すようなことはしたくなく、女王の気持ちを尊重していた。その頃、故太政大臣家で生まれた源氏の長男の元服の準備が進められていた。源氏は二条の院で行いたいと考えていたが、祖母の宮が見たがっているのはもっともなことだと思い、気の毒にも思えて、今まで育ててもらった宮の御殿で式を行うことにした。右大将をはじめ、伯父たちは皆立派な官職に就いており、母方の親族からの祝品や贈り物も非常に多かった。以前から京中の話題になるほど華やかな祝い事となった。初めから四位にしようと源氏は考えていたし、世間もそう思っていた。
2025.02.18
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源氏物語〔21帖 乙女 1〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語21帖 乙女 (おとめ) の研鑽」を公開してます。春になって女院の一周忌が過ぎ、官人たちが喪服を脱いだ。その流れで四月の更衣の時期になったので、初夏の華やいだ雰囲気が満ちていた。しかし、前斎院は依然として寂しく、退屈な日々を過ごしていた。庭の桂の木の若葉が立てる香りにも、若い女房たちは、宮がまだ斎院であった頃の加茂の祭りのことを懐かしんでいた。そこへ源氏から、「神の御禊の日も今は静かでしょう」と挨拶を伝える使いがやってきた。「今日はこんなことを思いました」 かけきやは川瀬の波もたちかへり君が御禊の藤のやつれを(賀茂の川波がふたたび寄せてきて、あなたが喪服をぬぐみそぎをなさろうとは)紫の紙に正しい立文の形で書かれた手紙が、藤の花の枝に結びつけられていた。斎院は少し感傷的な気分の日だったので、返歌を書いた。 藤衣きしは昨日と思ふまに今日はみそぎの瀬にかはる世を(藤色の喪服を着たのは、昨日のことのように思っていましたのに、今日はもう御禊とは、何と時の移り変わりの早い世でしょう)「儚いものだと思います」それだけが書かれた手紙を、源氏はいつものように熱心に眺めていた。斎院が父宮の喪が明けて服喪を解く際にも、源氏から立派な贈り物が届いた。女王は、「こういうものを受け取るのはよくない」と言っていた。求婚の言葉が添えられているなら断ることもできる。しかし、長い間、公然と贈り物を送り続けてきた源氏の厚意を考えると、返すわけにもいかず、女房たちは困っていた。女五の宮の方にも同じように物資的な援助を続けていたので、宮は源氏を深く愛するようになっていた。「源氏の君というと、いつも美しい少年のイメージだけれど、こんなに大人らしい親切を見せてくれるなんて。顔がきれいなだけじゃなくて、心までも普通の人とは違って立派にできているのね」そう褒めるのを聞いて、若い女房たちは笑っていた。
2025.02.17
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源氏物語〔20帖 朝顔 10 完〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。朝顔の君との関係が冷たくなっていく中で、源氏の心には諦めと未練が入り混じっていた。朝顔の君は、源氏の思いを受け入れず、一貫して慎み深く距離を保ち続けた。何度も文を送っても、変わらぬそっけない返事ばかりであった。ある日、源氏はふと、彼女のもとへ訪れてみようと決意する。冬の夜の冷え込みは厳しく、庭の草木は霜に覆われていた。月の光が淡く庭を照らし、静寂の中にかすかな風の音だけが響く。朝顔の君の屋敷に着いた源氏は、門の前でしばらく立ち止まり、これまでのやり取りを思い返していた。彼女の強い意志を知りつつも、諦めきれない心がある。ついに使者を通じて訪問の意を伝えたが、返事は冷ややかだった。「このように何度も訪れられては、世間の噂も気になりますし、私の心の平穏も乱れます。どうかお帰りください」。それでも源氏はしばらく待ち続けた。しかし、夜の深まりとともに、迎え入れられる気配はなく、ただ静寂だけが広がっていた。やがて、帰らねばならぬことを悟った源氏は、思いを込めた和歌をしたため、そっと置いてその場を後にした。帰路につく馬車の中で、彼は物思いに沈み、朝顔の君との縁がついに尽きたことを実感した。二条の院に戻ると、冬の夜の冷たさとは異なる、心の内側からくる寂しさが胸を締めつけた。紫の上のもとに行けば、きっと優しく迎えてくれるだろう。しかし、それだけでは埋められない何かがあった。彼はしばらく庭に佇み、遠くに霞む月を見上げた。凍てつく風が衣の裾を揺らし、思いの深さが胸に迫る。朝顔の君への未練を断ち切ることはできず、しかし、それを追い続けることも許されない。そうして源氏は、静かに夜の闇へと溶け込んでいった。(完)明日より21帖 乙女(おとめ) を公開予定。
2025.02.16
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源氏物語〔20帖 朝顔 9〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。 かつて解官され、源氏に付き従っていた蔵人も今では旧の地位に戻り、さらに五位の位を得ていた。彼が源氏の太刀を取りに戸口へ来た際、御簾の中に控えている明石を察して挨拶を交わした。彼は、「以前のご厚情を忘れません。しかし、今朝の山風は浦風を思わせ、直接お伝えする機会がなく残念に思っております」と述べた。明石はこれに対し、「山に囲まれたこの地は、海辺の頼りない住まいと変わらぬ寂しさを感じます。松も昔の友ではなくなったと寂しく思っておりましたが、かつての知己がいることに力を得ました」と答えた。源氏の美しさと貫禄が盛りを迎えたこの場面は、彼の気高さを象徴するものであり、彼を取り巻く人々の感嘆の目と明石の深い心情を映し出している。「つまらない隠れ家を見つけられたのは、本当に残念だ」源氏は車の中で繰り返しそう言っていた。「昨夜は月が見事だったから、嵯峨に同行できなかったのが悔やまれる。今朝は霧の濃い中を来た。嵐山の紅葉はまだ早いようだ。秋草はちょうど見ごろだな。ある朝臣はあそこで小鷹狩を始めて、今はいっしょに来られなかったが、どうする?」若い人はそんな話をしていた。「今日はもう一日桂の院で遊ぶことにしよう」源氏がそう言うと、車はその方向へ進んだ。桂の別荘では急いで客をもてなす準備が始まり、鵜飼いも呼ばれた。人夫たちの高い声が聞こえるたびに、源氏は海岸にいたころの漁師の声を思い出していた。大井の野に残った殿上役人が、萩の枝に目印の小鳥をつけて後を追ってきた。杯が何度も巡った後、川辺を散策することを心配されながらも、源氏は桂の院で一日中遊び暮らした。夜になると月が明るく上り、音楽の合奏が始まった。弦楽器は琵琶や和琴だけで、笛の名手たちが伴奏をした曲は秋の風情にぴったりだった。
2025.02.15
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源氏物語〔20帖 朝顔 8〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。源氏は子供の愛らしい様子に心を動かされ、頭を撫でながら「見ないでいることがこんなにも辛いとは、自分の情愛が浅ましく思えてならない。だが、どうすればいいのだろう。ここは遠い場所だ」と独り言のように言った。乳母はそれを聞き、「遠い田舎で何年も会えないより、たまさかしかお迎えできないことになる方が、皆にとってつらいものでしょう」と返事をした。その時、姫君が小さな手を前に伸ばし、立っている源氏に向かって歩もうとする姿を見て、源氏はその愛らしさに膝を折ってしまった。さらに源氏は、「私には心を休める日がない。たとえ短い時間でも別れるのは耐え難いものだ。奥さんはどこにいるのだろう?なぜここに来て別れを惜しんでくれないのだろうか。そうすれば、せめて少しは心が慰められるかもしれないのに」と嘆いた。これを聞いた乳母は微笑みながら明石の元へ行き、源氏の言葉をそのまま伝えた。しかし、明石は二日間の逢瀬の喜びが尽き、いよいよ訪れた別れの時に心を乱しており、呼ばれてもすぐには出てこようとしなかった。その様子を見て源氏は、彼女が高貴な振る舞いを見せすぎているのではないかと感じた。しかし女房たちに促され、ようやく明石は几帳の陰に控え、顔を隠しつつも優雅に振る舞う。その立ち居振る舞いには気品があふれ、しかも柔和な美しさが感じられ、この人はまるで内親王のように気高く見えた。源氏は几帳の垂れ絹を少し引き、親しげに語りかけた。出発の際、源氏が一度振り返ると、冷静にしていた明石もこの時は顔を見せて彼を見送った。その瞬間、源氏の姿は一段と美しく見え、その気高さに明石をはじめ周囲の人々も感嘆していた。この場面にはまた、源氏と行動を共にする若い役人の姿もあった。
2025.02.14
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源氏物語〔20帖 朝顔 7〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。「住み慣れた人が帰ってきても、清水だけは昔のままの主人のようだ」と歌を詠むように語る尼君に、源氏は心の中で感銘を受けた。その後、源氏は御堂に赴き、普賢講や念仏三昧の法会、堂の装飾や仏具製作の指図を行い、月明かりの中を川沿いに山荘へ帰った。感傷的な気分に浸る源氏に、明石の君が琴を差し出す。琴は形見として残されていたもので、源氏は懐かしさに駆られ弾き始めた。その音は、昔の夜に戻ったかのように心に響いた。「契りしに変わらぬ琴のしらべにて絶えぬ心のほどは知りきや」そう源氏が詠むと、明石の君は答えた。「変わらじと契りしことを頼みにて松の響に音を添へしかな」明石の君の美しさはかつて以上に輝きを増していた。源氏は彼女を永久に離れがたい存在と感じ、姫君を見つめる目も離せなかった。姫君の愛らしい仕草に、源氏は心を奪われ、こう思った――この子を二条の院で育て、大切に守れば、将来の肩身の狭さを救うことができるだろう、と。しかし、明石の君を引き離すことへの哀れみが口を閉ざし、涙ながらに姫君を見つめるばかりだった。姫君は初め恥ずかしがっていたものの、今では源氏によく懐き、甘えて近寄ってきた。その愛らしい笑顔は、源氏にとって何よりも幸福な光景で、抱かれた姫君の姿は、類い稀な幸運に恵まれた未来を予感させるものだった。三日目には京へ帰ることが予定されていた源氏は、朝遅くに起き、この山荘から直接京に戻るつもりでいた。しかし、その朝、桂の院には高官たちが多く集まり、この山荘にも殿上役人が多数迎えに訪れた。源氏は装束を整えながら、「こんなに大勢の人に見られるとは、決まりが悪いことだ。この家は、あなた方が見て楽しめるような場所ではないのに」と口にしつつ、彼らと共に山荘を出発する準備を進めた。その一方で、源氏はこの地にいる女のことが心に引っかかり、簡単には出発できない様子を見せていた。彼が戸口でためらっていると、乳母が姫君を抱いて現れた。
2025.02.13
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源氏物語〔20帖 朝顔 6〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。源氏と尼君、明石の君、姫君、それぞれの立場や想いが繊細に表現されていて、特に源氏の感傷的な心情が巧みに描かれており、琴を弾く場面や、姫君への愛情が溢れる瞬間など、まさに源氏物語の持つ幽玄な美しさが感じられる。「ここに永久に住むわけではありません。いつか立ち去るとき、どれほど名残惜しく、苦しい思いをすることでしょう」と語り、過去の話を振り返っては涙を流したり、笑ったりした。そのような素直で親しみのある姿に、源氏はひときわ美しく見えた。その様子をのぞき見ていた尼君は、老いも物思いも忘れ、微笑んだ。 源氏が東の渡り廊下の下を流れる水の流路を変える指図をしている姿を目にすると、くつろぎながらも優雅なその様子が、尼君には一層うれしく思われた。廊下の縁には仏の閼伽(あか)の具が置かれており、それを見た源氏は尼君の部屋であることに気づいた。「尼君はこちらにいらっしゃいましたか。だらしのない姿をお見せして失礼しました」そう言って直衣を取り寄せ、着替えた源氏は几帳の前に座り、尼君に感謝の意を述べた。「子供が健やかに育ったのは、仏様が尼君の祈りを聞き入れてくださったおかげだと思います。明石で一人お残りになりながら、私たちのことを気遣ってくださったことがどれほどありがたかったか――心から感謝しています」尼君は涙ながらに答えた。「捨てたはずの世に戻ってこのように苦しむ日々を、こうしてご理解いただけるだけでも、生きていてよかったと存じます」また、明石の君の出自を気にしつつも、「二葉の松が頼もしい日を迎えた」と未来への期待を口にするその姿は、品の良さが際立っていた。源氏は山荘の旧主である親王の話を交えながら、昔を懐かしんで語った。新たに整えられた水の流れは、彼らの語らいに調和するかのように高い音を立てていた。
2025.02.12
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源氏物語〔20帖 朝顔 5〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。順風に恵まれ、一行は予定通り京へ到着。車に乗り換え、人目を避けつつ大井の山荘へ向かった。山荘は風雅に整備され、大井川がかつて眺めた海を思わせるように目の前を流れていたため、環境が変わったとは感じにくかった。しかし、明石の日々がまだ身近に感じられ、時折悲しみが胸をよぎった。新たに増築された廊下や引き込まれた水流は美しく、住まいとしての完成を予感させた。源氏の命を受けた家司が、一行の到着に合わせて饗応を用意したが、源氏自身の訪問は遅れがちであった。明石の君は寂しさを紛らわせようと、源氏から贈られた琴の弦を鳴らしてみた。その音に荒々しい松風が調和するように響き、過ぎた日々の記憶が甦った。数日後、ようやく訪れた源氏は、夕暮れの頃、大井を訪問した。明石の時代以上に美しい直衣姿で現れた彼の姿に、長い間の寂しさが一瞬で慰められた。源氏は明石の君との間に生まれた子供を見て感動し、その美しさに深い愛情を抱いた。無邪気な笑顔を見せる幼子は、源氏にとってこの上なく愛おしい存在であった。「ここではまだ遠すぎる。私が準備した場所へ移られるほうがよい」と源氏は明石に語りかけたが、明石の君は「この田舎者らしさを少しでも改めてから」と控えめに答えた。それを聞いた源氏は彼女の心を思いやり、将来の約束を改めて固く誓った。その夜は語り明かし、源氏は翌朝まで明石を労わり続けた。その後、山荘の修繕箇所について指示を出した源氏は、近隣の領地の人々を集め、庭の草木の手入れなどを進めさせた。彼らの働きによって山荘はより住みよい場所となり、明石での日々の名残が少しずつ薄らいでいくかのようであった。流れの中に立っていた石が皆倒れ、ほかの石と混ざり合ってしまったらしい。この庭は復旧や整備をすれば興趣のあるものになるだろうが、そうした手を加えることが、かえって後に心残りを生むのではないかと源氏はそんなことを思っていた。
2025.02.11
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源氏物語〔20帖 朝顔 4〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。一方で、明石の君は、運命に導かれてこの地を離れることへの寂しさに胸を痛めていた。父である入道を一人残すことも苦しみであり、なぜ自分だけがこのような悲しみを背負わねばならないのかと嘆き、朗らかな運命を持つ人々を羨ましく思っていた。しかし、両親にとっては、娘が源氏に迎えられて上京することが長年の夢であり、それが叶う喜びもあった。しかし同時に、娘との別れが耐えがたく、孤独な未来を思うと涙を禁じ得なかった。入道は仏前で勤行を続けながら、「これからは姫君の顔を見ないで生きることになるのだな」と嘆息していた。尼君もまた、これまでの年月を振り返り、娘の愛人である源氏の心を頼みに京へ戻ることに不安を感じていた。明石の君は父に対し、「行く先の安全を祈ってください」と懇願したが、入道は事情が許さないとしつつも、娘の未来を案じていた。出立の日の朝、涼しい秋風が吹く中、明石の君は海を眺め、父は仏前で祈りを捧げていた。小さな姫君の愛らしさを思うと、祖父としての愛情から離れることが一層辛く、入道は涙ながらに「姫君の高い宿命を信じ、私もあきらめる」と言い残した。そして、「天に帰るような姫君との別れも一つの試練である」と悟りを示したが、それでも祖父としての愛情を断ち切れない様子であった。明石親子の出発は、目立たないよう船を用いることとなった。これもまた、慎重に計画された別れであり、悲しみと希望が交錯する門出であった。午前八時、船が明石の浦を出発した。かつての人々が心を揺さぶられたという明石の浦の朝霧が立ちこめる中、船が次第に岸を離れていくのを見守る入道の心は、仏弟子としての超越した境地を忘れ、呆然と佇んでいた。都への帰還を果たす尼君の心もまた、深い悲しみに包まれていた。「かの岸に心寄りにし海人船のそむきし方に漕ぎ帰るかな」と詠んで涙を流す尼君に続き、明石の君もまた、「いくかへり行きかふ秋を過ごしつつ 浮き木に乗りてわれ帰るらん」と述懐した。
2025.02.10
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源氏物語〔20帖 朝顔 3〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。預かり人は「長年所有者が現れなかったため、別荘は大いに荒れています。私は下屋に住みつつ管理してきましたが、近くで内大臣様が御堂を建設し始め、多くの人が訪れるようになっています。そのような賑やかな環境では落ち着いた住居には適さないかもしれません」と答えた。それに対し、入道は「問題ない。内大臣家との関係もあり、あの場所を選んでいるのだ。急いで修繕に取り掛かってほしい」と依頼した。しかし、預かり人は長年自分の財産のように扱っていた田地や建物が回収されることを恐れ、権利を主張し始めた。鼻を赤くして主張するその姿は、いかにも卑屈で憐れなものであった。入道は田地に関して、「私のほうでは田地などいらない。これまでどおりに君は好きなように考えていればいい。別荘その他の証券は私の手元にあるが、もう世を捨てた身なので、財産の権利や義務も忘れてしまった。留守居料も支払っていなかったが、そのうち精算するよ」と言い渡した。この発言に、相手は入道が源氏に関係があることをほのめかしたことで不安を覚え、私欲をこれ以上出すことを躊躇した。その後、入道家からの多額の資金によって、大井の山荘は修繕されていった。こうした動きは、源氏にとっては想定外のことであり、明石が上京を渋る理由を不審に思う一方で、姫君がこのまま田舎で育てられることで後の歴史に不名誉が残るのではないかと憂慮していた。山荘が完成した後、明石から「この山荘を拠点にして上京するつもりだ」との連絡が届いたことで、東の院への居住に同意しなかった理由が初めて明らかとなり、源氏はその慎重な考えを聡明だと感じた。そこで源氏は、惟光に山荘を確認させ、必要な準備を行うよう指示した。惟光は「眺めがよく、海辺のような趣も感じられる場所です」と報告した。それを聞いた源氏は、明石がその地の女主人としてふさわしい品格を備えていると改めて思い、内部の設備に至るまで自ら手配しようと考えた。そして、親しい者たちを密かに迎えに向かわせた。
2025.02.09
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源氏物語〔20帖 朝顔 2〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。北の対は特に広く建てられ、多くの仕切りを設けることで、源氏が愛人と見なし、将来的な約束を交わした女性たちが居住できるように工夫されていた。このような背景から、北の対は最も興味深い建物となった。中央に位置する寝殿は誰かの住まいとして使用するのではなく、時折源氏が休息を取ったり、客を招いたりする座敷として用いられることになっていた。一方で、明石の方に対しては頻繁に手紙が送られ、その内容は主に上京を促すものであった。しかし、明石の女性はまだ上京を決断できずにいた。彼女は自身の身分の低さを十分に理解しており、都の貴族の女性たちでさえ、源氏から冷淡ではないものの、それなりの扱いを受けて悩み多き日々を送っているという噂を耳にしていた。そのため、源氏の愛情にどれほどの確信を持てば都へ向かうことができるのか、さらに、娘である姫君の母親として、貧しい出自をさらすことへの不安も重なり、京での生活を思い描くたびに苦悩していた。それでも、姫君を田舎に置いたまま、源氏の子として認知されない境遇に陥らせることもまた耐え難いことであると考えたため、上京を完全に拒否することもできず、明石の女性は煩悶し続けていた。彼女の両親もまた、娘の苦悩を理解しながら歎息するばかりだった。そんな中、入道夫人の祖父である中務卿親王がかつて所有していた嵯峨の大井川近くの別荘を思い出した。その別荘は相続者がいないために長らく荒廃していたが、親王の時代から預かっているという人物を明石へ呼び、相談を持ちかけることとなった。「私は一度田舎に引きこもると決めてから京での生活を再開するつもりはなかった。しかし、娘の将来を考えるとそうもいかない。古い別荘を修繕し、人が住める状態に整えたいのだが、その手配を君にお願いしたい」と入道が言う。
2025.02.08
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源氏物語〔20帖 朝顔 1〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語20帖 朝顔 (あさがお) の研鑽」を公開してます。源氏は幼い頃から従姉妹にあたる朝顔の君に強い恋心を抱いていたが、朝顔の君はその思いを受け入れることなく、一貫して拒絶する姿勢を貫いていた。朝顔の君は恋愛感情よりも自身の内面的な清らかさを重んじる性格であり、光源氏の情熱的な求愛にも決して心を動かされることはなかった。物語のこの部分では、光源氏の彼女に対する執着や、進展のない関係への葛藤が描かれる。彼は朝顔の君の拒絶を受けながらも諦めきれず、彼女を思い続ける。しかし、朝顔の君は自分の意志を明確に保ち、光源氏のような魅力的な男性からの求愛であっても自分の生き方を曲げることはない。この姿勢は、朝顔の君が貴族社会における女性としての自立心を持っていることを象徴している。この帖は、光源氏の恋愛感情の複雑さや、彼が多くの女性たちと築いてきた関係の中でも特に困難な場面を描いている。物語全体を通して、静かな情感が漂い、恋愛が成就することのない切なさと、登場人物たちの内面的な葛藤が交錯していく。朝顔の君の毅然とした態度は、物語の他の女性と比較しても非常に個性的であり、その存在は物語において特別な深みを与えている。この帖は、単なる恋愛物語の一部というだけでなく、光源氏という人物の内面をさらに掘り下げる重要な役割を果たしているともいえる。彼の複雑な感情と、それに応じる朝顔の君の毅然とした態度が織りなす微妙な関係性は、物語に深い余韻を残すものとなっている。源氏の東の院が美しく完成したのを機に、「花散里」と呼ばれていた夫人を源氏は新居へ移らせることにした。その住まいは、西の対から渡殿にかけての区域をその居所とし、事務処理のための施設や家司の詰め所も備えられていた。これにより、源氏の夫人の一人としての体面を損なわない立派な住まいが整えられていたのである。また、源氏は東の対には明石の方を住まわせようと以前から考えており、その計画を進めていた。
2025.02.07
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源氏物語〔19帖 薄雲 9完〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。最終的に僧都は告白を進めるが、それが帝に与える影響は計り知れないものとなる。僧都の告白を受けて、帝は深い衝撃を受ける。「恥ずかしさ、恐しさ、悲しさ」の入り混じった感情が描写されている。ここでは、帝が自分の出生や運命について新たに知った事実に対してどう向き合うべきか苦悩する様子が表現されている。また、帝が僧都に対して「恨めしい」と告げる場面が印象的だ。幼い頃から僧都を信頼してきたにもかかわらず、これまで秘密にされてきたことへの不満が滲み出ている。この感情は、天皇という絶対的な立場にいる人物の孤独や苦悩を浮き彫りにしている。僧都の告白が引き金となり、帝の中で源氏への思いがより強くなる。源氏は帝の父の子であり、血筋的に特別な存在だが、政治的には臣下として扱われている。この矛盾に帝は苦しみ、源氏に対して特別な愛情や敬意を示すようになる。帝が源氏に天皇の地位を譲ることを考える場面では、自分の地位や責任に耐えられない気持ちや、源氏の人格を深く尊敬している様子が描かれている。しかし、源氏はこれを拒否する。源氏が自分の立場を理解しつつ、過剰な野心を抱かない姿勢を見せることで、彼の高潔さや慎重さが浮かび上がる。この場面は、運命や血筋、政治的な責任、そして人間の感情が複雑に絡み合っている。僧都の告白がすべての中心にあり、それによって帝や源氏が自分たちの立場や未来について考え直すきっかけを得る。また、この物語が描く感情の繊細さが際立つ。帝の苦悩や源氏の葛藤、僧都のためらいや使命感など、すべてが細やかに描写されている。この時代背景を理解するとともに、人物たちの内面に寄り添うことで、この場面の持つ重みや深さが感じられる。この部分は、物語全体の中でも特に劇的で、登場人物たちの心情や立場が大きく変化する重要な場面と言える。(完)明日より18帖 松風(まつかぜ) を公開予定。
2025.02.06
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源氏物語〔19帖 薄雲 8〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。かつての恋愛での苦い経験と未練が、彼の内面に大きな影響を与えており、女御への愛情や養父としての責任感と交錯している。これらの感情を背景に、源氏は今後の人生について慎重に考え、心の平穏を求めつつも、家族と国家の未来を見据えて行動する姿勢を示す。物語は、帝と源氏の間の隠された秘密と、それに伴う感情の揺れを描きながら、政治と人間関係が絡み合う複雑な宮廷生活を浮き彫りにする。この背景には、日本の貴族社会の特異性と、そこに生きる人々の葛藤が色濃く反映されている。僧都(僧侶)が帝(天皇)に過去の秘密を告白し、そこから帝や周囲の人々が抱える葛藤や運命が描かれている。僧都が帝に告白する内容は非常にデリケートで、政治や家族関係、宗教的な問題が絡んでいる。この時代、天皇は絶対的な存在であり、家系や血筋、神聖な役割が特別視されていた。その中で、僧都が告げた「秘密」が、帝自身の存在や地位に関わる重大な問題であったことが読み取れる。僧都が最初にためらいながらも「申し上げにくいこと」として切り出した内容は、過去の祈祷に関することだ。この祈祷は、帝の出生やその周囲に関わる不安を鎮めるために行われたもので、特に帝の父である故院(先代天皇)や女院(天皇の母)の間で行われた。しかし、この祈祷には何か隠された意図や背景があり、それが現在の不安定な状況や天災などと結びついているとされている。僧都が語った祈祷の内容は、帝の出生や家族の運命に関するものだった。帝の父や母が極度に心配していたこと、それが僧都に託されていたことが明かされる。この告白により、帝は自分の存在や地位に疑問を抱き、不安や苦悩を深めることになる。帝が「何のことであろう」と僧都に尋ねる場面では、僧都がすぐにすべてを話さずに躊躇する様子が描かれている。これにより、僧都が抱えていた秘密がどれほど重大で、話すことがどれほどのリスクを伴うかが伝わってくる。
2025.02.05
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源氏物語〔19帖 薄雲 7〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。すでに七十を超えていた僧都は、源氏から再び宮中での勤めを求められ、辞退する気持ちを抱きながらもこう述べた。「この健康で夜居の勤めを果たす自信はありませんが、女院様への御奉公になることと思い、お引き受けいたします。」こうして僧都は再び帝のそばで夜居の勤めをすることとなった。静かな夜明け、周囲の人々が退出した後、僧都が帝のそばで祈るその時間には、深い静寂とともに過ぎし日の女院への想いが重く流れていた。僧都がかつての祈祷や秘密について語り出した場面から話を始める。僧都は「過去と未来に関わる重大な話であり、これを語ることが天命に背く恐れがある」としながらも、天の意志を恐れて告白を選んだ。この中で、僧都は天皇が幼いころからその存在を支え、祈祷を行っていたこと、その内容が源氏を巡る隠された事実に深く関わっていることを明かす。告白を聞いた帝は驚きと恐怖、悲しみが入り混じった複雑な心境に陥り、源氏が父君でありながら臣下として仕えている事実に胸を痛めた。帝は僧都の言葉から過去に隠されていた事実の重さに直面し、自らの位置を見直さざるを得ない状況となった。源氏への愛情が深まりつつも、それを伝える術を見いだせず苦悩する帝。一方で、源氏もまた、宮廷での振る舞いや自身の立場に関する思索を深める。僧都からの奏上が引き金となり、帝は歴史や書物を通じて同様の例を探し求めるが、日本の中では似たような前例が見つからないことに落胆する。そして、自らの地位を譲ることを考え始める。源氏は帝からの太政大臣への任命やさらなる昇進の申し出を辞退しつつ、慎重に振る舞うことで、帝の意図や内心を探る。命婦を訪ね、僧都が話した内容の背景や女院の意向を確認する場面では、源氏の聡明さと誠実さが際立つ。同時に、故宮や女院への愛惜の念を抱きつつ、現実に向き合う冷静さも見られる。秋の雨の中、源氏は新しい女御を迎える準備を整えながら、過去の恋や人間関係を振り返る。
2025.02.04
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源氏物語〔19帖 薄雲 6〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。その言葉に対し、源氏は返事をすることもできず、ただ涙を流すばかりであった。周囲の女房たちは、源氏の涙に同情しつつも、その激しい感情の表れに驚きを隠せなかった。けれども、源氏にとっては涙を抑えることなど到底できなかった。女院の若かりし頃からの姿が脳裏に浮かび、恋愛感情を超えて彼女の存在そのものが惜しく、最愛の命が失われていくことに人間の無力さを思い知らされ、限りない悲しみに沈んでいたのである。源氏は、太政大臣の薨去という大きな出来事の後に女院が重篤となり、自らも無力さを痛感していたことを振り返り、「陛下の御後見にできる限りの努力をしておりますが、私は長く生きていられないように感じます」と悲しげに語った。その言葉が消えゆく中、まるで灯火が消えるように女院は崩御された。源氏は深い悲しみに沈み、女院の高貴な人格とその生涯を思い返していた。女院は、その権威をもって民衆に愛情深く接し、不公平を避け、過剰な負担を課す政策を拒まれた。宗教面でも華美な仏事や儀式を避け、両親から受け継いだ遺産や官からの支給を実質的な慈善や僧侶への寄付に充てられていた。多くの僧侶や民衆がその恩恵を受けていたため、彼女の崩御を悲しむ声が広がり、世間の人々は皆涙を流した。春の喪服姿の殿上人たちは寂しい雰囲気を漂わせていたが、源氏もまた深い哀しみに打ちひしがれていた。二条の院の庭に咲く桜を見ては、かつての花の宴や故中宮を思い出し、「今年ばかりは」(墨染めに咲け)とつぶやいていた。そして、念誦堂に籠もり、終日涙を流していた。春の夕日に照らされる山の頂や薄雲の流れる景色が目に映る中、源氏の心に浮かんだ歌があった。入り日さす峯にたなびく薄雲は物思ふ袖に色やまがへる。この歌は源氏の誰にも知られることのない心の中の吐露であった。女院の葬儀に関するすべての儀式が終わったころ、帝は一層心細さを感じていた。そんな中、長年女院や朝廷に仕えた高僧がいた。この僧都は、女院の崩御を聞き山から京へ下りてきた人物で、過去には大きな祈願を多く行い女院からも深く信頼されていた。
2025.02.03
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源氏物語〔19帖 薄雲 5〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。病気自体はそれほど重いものではございませんでした。それゆえに、死を予感しているような様子を人に見せるのは慎みたいと思い、功徳のための特別な行動も例年以上のことは避けましたと語り、さらに、故院の話を伝えたかったが、病がちで心身の余裕がなく、長く帝にお会いすることができなかったとも述べた。今年37歳になる女院は、実際の年齢よりも若々しく見え、まだ美しい盛りの容姿を保っていた。そのため、帝は彼女の衰えを惜しみ、深い悲しみを抱かれた。女院の病が長引く中で、帝は過去の油断を悔い、もっと早く養生させるべきだったと後悔していた。最近になって急に快癒を願う祈祷を熱心に行わせたが、それまでの対応の遅れを痛感していた。源氏もまた、病を軽んじてしまったことを嘆き、尊貴な女院の命を救うために神仏に祈り続けていた。女院自身は、言葉を発するのも辛そうな様子だったが、心の中では自らの人生を振り返り、高貴な身分に生まれ、人間としての最上の光栄である后の位に就いたことを誇りに感じていた。一方で、帝が源氏との深い関係を知らないことを心残りに思っていた。それは、この世で唯一後悔として残る未解決の心のしこりだった。源氏は一廷臣として、また女院の危篤に深く心を痛める者として、彼女の最期に心を尽くしていた。しかし、それ以上に、長い間胸の内に秘めてきた初恋の想いを告げる機会が永遠に失われることへの悲しみが源氏を苛んでいた。几帳の前で女房たちから女院の御容体を尋ねると、彼女たちは、「女院は病を堪えながら仏事を休むことなく続けていらっしゃいましたが、それが積もり積もってこのようにお悪くなられたのです。このごろでは何一つ口にすることができず、衰弱が進むばかりでございます」と答えた。女院は女房を通じて源氏に言葉を伝えた。「院の御遺言を守り、陛下の御後見をしてくださったことにどれほど感謝してきたか分かりません。いつかあなたにお報いできる時が来ると信じておりましたが、それが叶わぬまま今日を迎えてしまい、本当に残念です」と。
2025.02.02
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源氏物語〔19帖 薄雲 4〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語19帖 薄雲 (うすぐも) の研鑽」を公開してます。源氏は、明石の君との短い逢瀬を惜しみ、離れることを嘆いて「夢のわたりの浮き橋か」と和歌を詠んだ。その後、十三絃を手に取り、明石の君の秋の夜に聴いた琵琶の音を思い出しながら演奏した。源氏は彼女にも弾くよう勧め、明石の君がそれに応じて合わせる姿を見て、彼女の才知と気品に改めて感嘆した。源氏は姫君の近況を明石の君に詳しく語り、二人の間に交わされる会話や時間には深い愛情が込められていた。大井の山荘は源氏にとって愛人の家に過ぎないが、泊まり込む際には簡素な食事を取ることもあり、その一方で定まった食事や行事は桂の院や他の御堂で行う。貴族としての体面を保ちつつも、山荘での生活に溶け込むような寛容さを見せた。こうした態度は、明石の君への特別な愛情によるものだった。明石の君も源氏のこの思いを尊重し、必要以上に出しゃばらず、かといって卑下もしすぎない、絶妙な態度を保っていた。このような彼女の振る舞いは、源氏にとって非常に心地よいものであり、彼女への愛情をさらに深めさせる要因となった。明石の君は、源氏がこれほどまでに親しみを見せる愛人の家はほかにないことを理解しており、その立場を守る術を心得ていた。彼女は、もし東の院など源氏の近くに移れば、その新鮮さが失われ、早々に飽きられてしまうと考えた。自らの地理的な隔たりがかえって源氏の気持ちを繋ぎ止める強みであると自負していた。一方、明石の入道は、今後のすべてを神仏に委ねると語りつつも、娘や孫の扱いに対する関心を絶やさず、使者を頻繁に出して様子を伺った。その知らせを受けて胸が塞がるような思いをすることもあれば、名誉を感じて喜ぶこともあった。こうした複雑な感情を抱えながらも、入道もまた、源氏と娘、そして孫との縁に対して、静かに見守る日々を送っていたのである。女院の御容体が悪化する中で、彼女は弱々しい声で帝に、今年が私の死ぬ年であることは初めから覚悟しておりましたと語りかけた。
2025.02.01
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