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源氏物語〔24帖 胡蝶8〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語24帖 胡蝶 (こちょう) の研鑽」を公開してます。源氏の前で、玉鬘は顔を横に向けて黙っていたが、その横顔は一段と美しく、装いもまた目を引いた。派手すぎない薄色の小袿に、撫子色の細長を重ねた衣合わせは、若々しく可憐な雰囲気を醸し出していた。もともと身のこなしに不器用さはなかったものの、都へ出てきたばかりの頃はまだ田舎育ちの素朴さが目立ち、洗練されているとは言い難かった。しかし紫の上の影響を受けるにつれて、立ち居振る舞いには柔らかな優雅さが備わり、化粧の技も上達し、今では何ひとつ欠けるところのない華やかな美しさをまとった女性へと変わっていた。そのあまりの美しさに、源氏はこの娘を軽々しく誰かの妻にしてしまえば、きっとあとで後悔するに違いないと感じた。傍らで二人の様子を見ていた右近もまた、源氏が父親の顔をしていても、その若々しさと玉鬘との釣り合いのよさから、むしろ夫婦として並んだ方が自然に見えるのではないかと心の中で思っていた。右近は、手紙の取り次ぎについてもきっぱりとした口調で語った。ほかの人間が関与することは一切なく、以前から送られてくる手紙にしても、何度も返事ばかり続けるのもどうかと思い、返事を書くべきかどうかはすべて源氏の判断に任せ、玉鬘自身はむしろ困った様子で渋々応じているにすぎない、と言った。それを聞いていた源氏は、控え目に結ばれていた手紙に目を落としながら、「これは誰からのだろう、ずいぶんと工夫のあとが見える」と微笑を浮かべて呟く。右近は、その手紙はぜひ置かせてほしいと懇願されたもので、内大臣家の中将が玉鬘の侍女である海松子と面識があり、彼女を通じて届けられたもので、まだ誰も内容を読んではいなかったのだと説明する。それを聞いた源氏は、「可愛らしい話だ」と目を細め、今はまだ殿上人の身分にとどまっているとしても、軽んじるようなことはあってはならず、公卿でさえもこの中将の勢いには及ばぬ者もいると語り、この中将の将来に強い期待を寄せていた。そして、「私の予言は必ず当たる」と自信ありげに言い、こうした恋文への対応にも工夫が必要で、あからさまな拒絶ではなく、うまく気持ちをそらすような配慮が大事だと諭す。
2025.04.30
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源氏物語〔24帖 胡蝶7〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語24帖 胡蝶 (こちょう) の研鑽」を公開してます。玉鬘はただ黙って恥じらいながら耳を傾けるばかりで、また、右大将からの手紙も届いており、外見は典型的な高官のように真面目である一方で、恋に夢中になる姿がかえって滑稽でもあり、源氏はその熱意に興味を抱いていた。幾通かの手紙の中には、薄青の唐紙に香を染ませた小さな文があり、開けてみると、現代的でどこか儚い筆致の和歌が綴られていた。源氏はこれは誰からのものかと尋ねたが、玉鬘ははっきりとした返事をしなかったため、右近を呼んで、こうした恋文には注意深く対応すべきだと指示した。(ネパールの人達だが左横にたくさん集まっている)つまり、手紙を分類し、返事をするに値する相手には返事をさせるようにと念を押し、最近は恋愛の成就を無理やりな手段で遂げようとする男たちもおり、それは一方的に男だけを責めることもできず、冷たく拒まれることで積もった感情が暴走する場合もあるのだと、自身の経験をもとに語った。そして、たいしたことのない手紙であっても、軽い返事を返すことで相手の気持ちを保たせるという方法もあるし、時とともに自然と忘れていくのもよいが、誠意のない手紙にすぐ返事を出すようなことは控えるべきであり、のちに非難されたときに言い訳ができなくなるからだと注意を促したのだった。女というものは本来、感情を表に出しすぎず、慎みを保ってこそ美しいものだが、思いのままに心を動かし、そのままの気持ちを相手に見せてしまうようでは、どれほど相手が誠実でも、良い結果にはならない。源氏は、宮や右大将のような高貴な男性たちが玉鬘に寄せている想いは、決して軽はずみな恋ではなく、真摯で謙虚な気持ちからくるものだと信じていたからこそ、返事もせずにまるで自尊心の塊のようにふるまうのは、玉鬘の品格にふさわしくないと思っていた。たとえ相手がそれほど高い身分ではなかったとしても、相手の真心や忍耐、時の経過に応じて、適切に気持ちをくんだ返事を返すのが、玉鬘という女性にとって最も自然な姿であるはずだ、と源氏は語るのだった。
2025.04.29
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源氏物語〔24帖 胡蝶6〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語24帖 胡蝶 (こちょう) の研鑽」を公開してます。玉鬘は表向きは兄妹という関係であることから、そのような接近も不自然ではないと理解しつつも、直接会話することにやはり気恥ずかしさを感じていた。しかし、右近たちは兄妹として仲良くするようにと勧め、源中将の真面目で誠実な態度に玉鬘も次第に安心感を抱くようになっていた。宮中の貴公子たちも源中将に連れられて玉鬘を訪ねるが、玉鬘は彼らをただ血のつながった兄たちとして見るだけで、そこに恋愛感情のようなものは混じらない。ただし、彼女の心の奥には、いつか実の父に会いたいという思いが密かにあった。それを表に出すことなく、源氏にはただ無邪気に信頼する娘としての姿を見せているので、その様子がいっそう彼女の純真さを際立たせ、源氏にとっては可憐で処女らしい印象を与えていた。容姿や雰囲気が母の夕顔に似ているわけではないにせよ、その優美さと教養のある様は、母親の良さを引き継いで、さらに才気までも備えているように感じられた。初夏の衣替えの頃になると、自然の空気さえも心地よく感じられる季節で、日々にゆとりのある源氏はさまざまな遊び事に時間を費やしていたが、最近は玉鬘に宛てた恋文の数が増えてきたことにも関心を示すようになり、西の対を訪ねてはそれらの手紙を読み漁っていた。源氏は中には返事を書いたほうがいいと玉鬘に勧めるものもあったが、玉鬘はそのたびに恥ずかしさに耐えかねて困惑していた。中でも兵部卿の宮から届いた手紙は、まださほど時が経っていないにもかかわらず、すでに恨みがましい言葉が並んでおり、源氏はそれを読みながら心からおかしさを感じて笑った。彼は、自分が若い頃から兄弟たちの中で最も親しくしてきたのがこの宮であり、恋愛の相談などは一切なかったにもかかわらず、今こうして彼の恋の悩みに触れることになったことに、満足もすれば一種の哀れさも覚えるのだと語り、宮は誠実な人物だからこそ、返事をして交際を始める価値があると玉鬘に説得するのだった。
2025.04.28
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源氏物語〔24帖 胡蝶5〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語24帖 胡蝶 (こちょう) の研鑽」を公開してます。蝶たちははかない様子で飛び交い、山吹の花が垣の下に咲きこぼれている中へと舞い入った。中宮の亮をはじめ、手伝いをしていた殿上役人たちが、それぞれの手に纏頭を持ち、童女たちへと渡した。鳥役の童女には桜色の細長が、蝶役には山吹襲の衣が贈られた。偶然にしてはあまりに用意周到で、実に適切な贈り物だった。楽人たちには白の一襲や巻き絹などが贈られたが、それぞれに差があった。源中将には、藤の細長を添えた女の装束が贈られた。中宮からの返歌には、「昨日は泣き出したくなるほど羨ましいと思ってしまいました。あの蝶にも誘われて、心ある私ならば、八重山吹の垣根を越えていたことでしょう」と詠まれていた。どの夫人たちも優れた女性であるには違いなかったが、和歌の才能という点では、こうした贈答のやり取りの中で、やや見劣りする面も見受けられた。ちなみに昨日のことではあるが、中宮側から来た女房たちに対しては、意匠の凝らされた贈り物がなされたという。そうした細々としたことをいちいち記しても読む側には煩わしいことであるため、省略する。六条院ではこのような遊びが日常のように続いていたため、女房たちもまた幸せな日々を過ごしていた。各夫人や姫君たちの間でも頻繁に手紙が行き交っていた。玉鬘の姫君は、あの踏歌の儀式を機に、紫の上のもとにも自ら手紙を書くようになり、次第に人間関係の中での振る舞いに落ち着きが見られるようになっていった。人の人格や教養というものは必ずしも手紙のやりとりだけで測れるものではないにせよ、玉鬘が放つ雰囲気には、誰もが安心感や懐かしさを抱かせるような品の良さがあり、それゆえに花散里や紫の上といった人々からも自然と好かれていった。彼女のもとには結婚を申し込む男性も多く現れるが、源氏はこのことを軽々しく決めてよい問題ではないと考え、自身が父親代わりとしての立場にあるとはいえ、その責任を本当に引き受けきれるのかに迷い、時には実父である内大臣に彼女の存在を知らせるべきかと思い悩むこともあった。その一方で、源中将は玉鬘の御簾の近くまで来て親しげに言葉を交わすようになっていた。
2025.04.27
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源氏物語〔24帖 胡蝶4〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語24帖 胡蝶 (こちょう) の研鑽」を公開してます。源氏は満面の笑みを浮かべながら、「淵に身を投げようかというこの春の日にこそ、花のあたりから離れずに見届けよう」と返した。源氏がしきりに引き留めたので、宮も帰ることができなかった。その朝の管絃の催しは、さらに趣深く感じられた。この日は中宮が僧たちに読経をさせる初日であり、夜を明かした人々はそれぞれの部屋で少し休息をとってから、正装に着替えてその場へ向かった者も多かった。体調に不安のある者はそこから自宅へ戻った。正午ごろになると、皆が中宮の御殿へ参上した。殿上の役人たちもすべてそちらへ集まった。中宮は源氏の権勢の後ろ盾もあって、百官すべての尊敬を集める存在となっていた。春の女王の配慮で仏前には花が供えられることになり、それは特に美しい子供たちの中から選ばれた八人の童女によって行われた。彼女たちは蝶と鳥を模した衣装をまとい、鳥役の童女には銀の花瓶に桜を、蝶役には金の花瓶に山吹を持たせていた。どちらの花も特に美しい房のものが選ばれていた。南の御殿の山の際から、童女を乗せた船が中宮の御殿の前に現れたときには、ちょうど微風が吹き、桜の花びらが水面に散り落ちていた。春の霞の中から、花を携えて現れたこの船の様子はたいそう優雅であった。天幕を移すことはせず、左側にある廊を楽舎のように設えて腰掛けを並べ、そこで楽の演奏が行われた。童女たちは階段の下まで進み、花を差し出した。それを香炉を持って仏事の場を整えていた公達が受け取り、仏前へと供えた。紫の女王の手紙は子息である源中将によって届けられた。そこには、「花園に舞う胡蝶さえ、秋の虫に冷たく見られているのではないでしょうか」という和歌が記されていた。中宮は、これは紅葉の歌に対する返歌であると微笑んでいた。昨日、春の陣営に招かれていた女房たちも、これでは春に敵うはずがないとすっかり降参していた。うららかな鶯の鳴き声と鳥の音楽が入り混じり、池の水鳥たちも自由に場所を移動しながらさえずるそのとき、吹奏楽は急な破の調子で締めくくられ、その趣向もまた面白かった。
2025.04.26
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源氏物語〔24帖 胡蝶3〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語24帖 胡蝶 (こちょう) の研鑽」を公開してます。春の夜空に春の音楽が響き渡る、その美しさをこの大合奏によって上流の人々は初めて知ったのだろう。音楽は夜通し続けられ、律から呂に移る「喜春楽」が奏され、兵部卿の宮は「青柳」という曲を二度繰り返して歌い、それに源氏も声を合わせた。夜が明けていく中、朝の鳥のさえずりを、皇后は御殿の奥から羨ましく聞いていた。常に春の光に包まれていた六条院ではあったが、これまで訪問客の心をときめかせるような特別な存在がいなかったことが物足りなかった。しかし、最近になって「西の対」に住む姫君が登場し、欠点のない人物として世間に知られるようになった。源氏が深く愛し、大切にしていることもあって、予想通り、姫君に思いを寄せる者や求婚者が次々と現れてきた。自分の地位に自信のある者たちは、女房を通じて姫君に手紙を届けようとしたり、あるいは直接源氏に申し入れようとする者もいたが、多くの若者たちはそれほど大胆にはなれず、思い悩んでいるようであった。その中には、姫君の正体を知らずに思いを寄せている者もいて、たとえば内大臣家の中将などがその一人らしい。兵部卿の宮は、長い間共に暮らしていた夫人を亡くしてからすでに三年以上が過ぎ、寂しい独身生活を送っていた。そのため、もっとも熱心な求婚者となっていた。この日も朝からかなり酔ったふりをして、藤の花を簪にさし、風流な乱れた姿で現れた。源氏は計画通りに事が進んでいると思いながらも、あえて素知らぬふりをしていた。酒杯が巡ってきたとき、宮は迷惑そうな顔を見せながら、「もし私が何の望みも持っていなければ、もう逃げ出してしまうところですよ。本当にもう無理です」と言い、杯を取ろうとしなかった。そして、「紫のせいで心が締めつけられる。だからこそ、この淵に身を投げることも惜しくはない」と詠み、続けて「あなたは兄のような存在なのだから、助けてください」と源氏に杯を譲った。
2025.04.25
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源氏物語〔24帖 胡蝶2〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語24帖 胡蝶 (こちょう) の研鑽」を公開してます。水鳥のつがいがいくつも遊んでおり、あるものは小枝をくわえて低く飛び交っていた。鴛鴦(おしどり)は波の文様に合わせて模様を描いているようだった。次々と絵のような風景が目の前に現れてくるので、まるで仙人の世界に入り込んだような、時を忘れるような恍惚とした気分になって、女房たちは長く船の上で過ごしていた。そして、以下のような和歌が詠まれた。風吹けば浪の花さへ色見えてこや名に立てる山吹の崎(風が吹けば、波の花まで色づいて見える。この名高い山吹の岬よ)春の池や井手の河瀬に通ふらん岸の山吹底も匂へり(春の池には、まるで井手の川の浅瀬を通ってくるかのように、岸の山吹の花が水の底まで香っている)亀の上の山も訪ねじ船の中に老いせぬ名をばここに残さん(仙人の住む亀の背の山を訪ねるまでもない。この船の上にこそ、老いを知らぬ名声を残したい)春の日のうららにさして行く船は竿の雫も花と散りける(春の陽気の中を進んでゆく船、その竿のしずくでさえも、まるで花びらのように散っていく)こうして女房たちは、行き先も帰ることも忘れるほどに、夢中になって遊び、まさに春の池が彼女たちのために用意された舞台のようであった。やがて日が暮れかかる頃、「皇しょう」という楽曲の音が波の上を伝って響いてきて、船は歓びと陶酔の中で岸へと着き、設けられていた釣殿の休憩所へと入った。この休憩所の室内装飾は簡素でありながらも洗練されており、待っていた女房たちはそれぞれ華やかな装いで、まるで花の飾りに劣らぬほどの美しさであった。楽曲もありふれたものではなく、特別に選ばれたものであり、舞を舞うのも選び抜かれた若者たちで、女房たちは十分に満足した。夜になったことを源氏は惜しみ、前庭に篝火を焚かせて、階段下の苔の上に楽人たちを呼び寄せ、堂上の親王や高官たちとともに、堂下の楽人たちが大合奏を繰り広げた。選ばれた名人たちだけによる演奏は華やかで、「安名尊」という歌も歌われた。庶民までもが門前に集まり、その音楽に耳を傾けていた。
2025.04.24
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源氏物語〔24帖 胡蝶1〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語24帖 胡蝶 (こちょう) の研鑽」を公開してます。三月の二十日を過ぎた頃、六条院の春の御殿にある庭は、普段以上に多くの花が咲き誇り、多くの小鳥がさえずっていた。まるで春という季節がこの場所だけに特別な好意を寄せているかのように、自然の美しさが極まっていた。築山に生える木々、池の中に浮かぶ島のまわり、広く青々とした苔の色などを、ただ遠くから眺めているだけでは物足りなく思うだろうと源氏は考えた。そこで、そうした自然をもっと近くで味わってもらおうと、以前から準備していた唐風の船に急いで装飾を施し、池に浮かべることにした。船を池に下ろす最初の日には、宮中の楽人たちを呼んで船上の音楽を演奏させた。多くの親王や高官たちが集まってきた。この頃、皇后(中宮)は宮中から戻ってきており、かつて秋に「心から春を待つ園」と詠まれた歌の返歌を贈るのにふさわしい時期だと、紫の上も源氏も思っていた。しかし、身分が高い皇后を気軽に招いて花見をしていただくというようなことはできなかった。そこで、年若く、さまざまなことに興味を持つ宮中の女房たちを船に乗せて、六条院の南庭に続く池の間を、池の中島が東西を隔てるようにしている地形をめぐる遊びをさせた。東の釣殿には、源氏側の若い女房たちが集められていた。竜や鷁(想像上の鳥)の首が飾られた唐風の船は華やかに装われ、梶や竿を操る童僕たちも髪を耳の上で結い、まるで唐の国の少年のように仕立てられていた。船が池の中央へと進むと、女房たちはまるで外国旅行をしているような気分になった。こうした経験は今までになかったことで、皆とても面白く感じていた。船は中島の入り江に近づき、景色を眺めた。岩の形さえも絵の中の風景のようで、霞にまぎれた花の枝が織物のように連なり、御殿の方角も遠くに美しく見えた。岸辺には枝を垂らした柳が立ち並び、特に華やかに咲く花の木々があった。普通の場所ではもう盛りを過ぎた桜も、ここではまだ真っ盛りの美しさだった。藤の花も廊をめぐって咲いており、船が近づくにつれてその紫が一層鮮やかになった。山吹の花も池に影を落とし、ちょうど満開を迎えていた。
2025.04.23
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源氏物語〔23帖 初音11〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語23帖 初音 (はつね) の研鑽」を公開してます。「年月を待ち続けている人に、今日こそ鶯の初音を聞かせてほしい」との歌が詠まれていた。これを読んだ源氏は、「音もない里の今日こそは、鶯の初音を聞かせてほしい。音のない里に住むのは何の甲斐もないことだ」と返歌を詠み、思わず身にしみるような気持ちになり、正月ながらもこぼれ落ちる涙を抑えることができなかった。「この返事は自分で書きなさい。気恥ずかしがる相手ではないでしょう」と言いながら硯の準備をして姫君に返事を書かせ、その可愛らしい姿は、毎日見ている人でさえ飽きることがないほどだった。源氏は、母親と別れさせてしまったことを改めて申し訳なく思い、「別れて年は経ったが、鶯が巣立った松の根を忘れることがあろうか」と詠み、少女らしい素直な歌だった。夏の夫人の住まいは、時候外れのためか、ひっそりと静まり返っていた。風流を気取ることもなく、品よく、貴族の家らしい佇まいであり、源氏と夫人の関係は、もはや隔たりが一切なく、完全に友情へと昇華していた。彼らは肉体の愛を超越しながらも、精神的には永遠に離れまいと誓い合う恋人同士であり、几帳を隔てて座る花散里を見て、源氏が手でそれを押しのけると、彼女は抵抗することなく、それに身を任せた。彼女の装いは華やかさとは無縁だったが、その自然体の美しさに源氏は安心感を覚え、「私のような男でなかったら、愛が冷めてしまうかもしれない衰えた顔を、そのままにしていられるほど、私の心を信じてくれているのが嬉しい。もしあなたが軽率な女で、嫉妬して私から離れていたら、この満足は得られなかったでしょう」と語ると、彼にとって、彼女の誠実さと穏やかさは理想的なものであった。続いて西の対へと向かうと、そこには玉鬘が住んでいた。彼女がここに移り住んでから日は浅いものの、すでにこの場所には落ち着いた雰囲気が漂っていた。美しい童女たちは華やかな衣装をまとい、若い女房たちも大勢いて、室内の設えも申し分なく、玉鬘自身も華やかな美人であり、源氏が見立てた通りの派手な美しさを持っていた。源氏は、「もうずっと前から、あなたはこの家の人であったように思える。遠慮せず、私のいるところにも顔を出してほしい。琴を習い始めた子供たちの稽古を見てやるのもいいだろう。気を遣わなければならないような人はいない。私の妻たちもそうだ」と優しく言い、玉鬘は「仰せの通りにいたします」と控えめに答えた。日が暮れる頃、源氏は明石の住まいを訪れ、御簾の内から立ち込める薫香の香りが、高貴で優雅な世界へ足を踏み入れたような気にさせた。(完)明日より24帖 胡蝶(こちょう) を公開予定。
2025.04.22
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源氏物語〔23帖 初音10〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語23帖 初音 (はつね) の研鑽」を公開してます。落ち着いた雰囲気の中で暮らす女房たちのうち、若く美しい者は姫君のもとに仕え、年長の者たちは紫の女王のそばで勤めていた。彼女たちは上品で落ち着いた様子で、あちらこちらに集まっては歯固めの儀式を行い、鏡餅を取り寄せ、一年の幸福を祈って賑やかに楽しんでいた。源氏がその場に現れると、懐に手を入れていた者たちは慌てて姿勢を正し、少しきまり悪そうにしていた。「たいへん賑やかな祝いの席だな。それぞれどのような願いを込めて祈っているのか、少し聞かせてくれないか。私も祝詞を述べたいものだ」と微笑みながら言う源氏の美しい顔を見られることが、女房たちにとって新春の最初の幸福だった。中将の君が「私たちは御主人様を鏡餅に映してお祝いしているのです。自分自身のための祈りなどはしておりません」と答えると、朝の間は参賀の人々で賑わい、騒がしく時間が過ぎたが、夕方になると源氏は他の夫人たちのもとへ年始の挨拶に出かけるため、入念に身なりを整えた。その姿を目にすることが、女房たちにとって何よりの喜びだった。「今朝、皆が鏡餅の祝詞を言い合っているのを見て、羨ましく思った。奥さんには私が祝いを言おう」と少し冗談を交えながら夫人の幸福を祝うと、「うす氷が解けた池の鏡には、世にも並ぶもののない美しい姿が映っていることだろう」と和歌を詠んだ、夫人は「曇りのない池の鏡に、幾千年もの未来を共に過ごすべき影がはっきりと映っているのが見えます」と返し、どのような場面でも、どのような言葉のやり取りでも、この二人は長く変わらぬ愛を誓い合っていた。ちょうどこの元日は子の日にあたり、千年の春を祝うにふさわしい日であった。姫君のいる座敷へ向かうと、童女や下仕えの女たちが前の山から小松を抜いて遊んでおり、若い女たちは新春の喜びに満ち足りた様子を見せていた。北の御殿からは、見た目にも美しく整えられた菓子の髭籠や料理の詰め合わせなどが贈られてきて、その中には五葉の枝に作り物の鶯をとまらせた飾りがあり、そこに手紙が添えられていた。
2025.04.21
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源氏物語〔23帖 初音9〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語23帖 初音 (はつね) の研鑽」を公開してます。舞い手たちは、「高巾子」という世俗を超越した曲を演じ、自由な寿詞に滑稽味を交えたりしながら、特に価値のある演目というわけでもなく、ひととおりの所作をこなした。そして、慣例に従い、頭に綿を一袋ずついただいて舞台を後にした。夜がすっかり明けると、二夫人たちは南御殿を去り、源氏はしばらく休んで八時ごろに目を覚ました。中将の声は弁の少将の美しい声にもあまり劣らなかったようだ。今の時代は、驚くほど優れた若者が多いものだな。昔は学問やその他の堅実な分野に優れた者が多かったが、芸術の面では今の若者には敵わないように思える。私は中将を真面目な役人に育てようと考え、自分自身が十分に真面目でありえなかった名誉を回復したいと思っていたが、それだけでは人として不完全なのだと気づいた。だから、芸術的な感性を損なわぬようにも育てていかなければならない。どんな欲望も抑えて真面目な顔をしているだけの人間では、かえってつまらないものだ。そんなふうに語りながら、源氏は息子を愛おしく思う様子を見せた。万春楽を口ずさみながら、「奥方たちが初めてこちらへ来た記念に、もう一度皆を集めて音楽の合奏をして楽しみたい。我が家だけの後宴を開こう」と言い、秘蔵の楽器を袋から取り出して塵を払い、緩んだ絃を締めさせたりして準備を進めた。夫人たちは、その催しをどれほど晴れがましく感じたことだろう。新春の第一日、空は雲ひとつなく晴れ渡り、どの家の庭にも雪の間から緑の草が顔をのぞかせ、春の訪れを予感させた。霞に包まれた景色の中で、芽吹いた木々の枝が生命力を帯び、煙るように見える。そんな光景に誘われるように、人々の心も自然と伸びやかになっていった。まして六条院の庭は格別で、まるで玉を敷き詰めたかのような美しさだった。夫人たちの住まいはいつも以上に磨き上げられ、言葉では表しきれないほどの華やかさがあった。中でも春の女王の住まいはとりわけ優美で、梅の香りが御簾の内の薫物の香と混ざり合い、この世の極楽のような趣を醸し出していた。
2025.04.20
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源氏物語〔23帖 初音8〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語23帖 初音 (はつね) の研鑽」を公開してます。そんなふうに懐かしげな調子で恋人たちを慰めていた。源氏は皆をほどほどに愛していた。女に対して驕慢な心を持ってしまいそうな境遇にいる源氏ではあったが、末々の恋人にまで誠意を忘れずに接していたことで、それらの女たちは慰められながら年月を過ごしていた。その年の正月には男踏歌があった。御所からすぐに朱雀院へ行き、その次に六条院へと舞い手が回ってきた。道のりが遠く、それは夜明け頃になった。月の光が明るく差し、薄雪の積もった六条院の美しい庭で行われる踏歌は趣があった。舞や音楽の上手な若い役人が多い時代で、笛なども巧みに吹かれた。特に六条院での出来栄えを皆が誇らしく思っていた。源氏は他の二夫人たちにも見物するよう勧めていたので、南の御殿の左右の対や渡殿を席として、皆が集まっていた。東の住居の西の対にいた玉鬘の姫君は南の寝殿に来て、こちらの姫君に面会した。紫の上も同じところにいて、几帳を隔てて玉鬘と話をした。踏歌の一行は朱雀院で皇太后の宮のほうへ行ってももう一度舞ってきたので、時間が遅くなり、夜が明けていった。饗応などは簡単に済ませるのかと思われたが、六条院では通常以上の歓待を受けることになった。光の強い一月の暁の月の下、雪は次第に降り積もっていった。松風が高いところから吹き下ろし、今にも荒々しい嵐になりそうな庭では、青色の上着に白襲を重ねただけの簡素な衣装をまとい、見栄えのしない綿を頭にかぶった舞い手たちが舞っていた。そんな姿も、この場所ならではの趣があり、観衆はまるで命が延びるかのように感じながら見入っていた。舞い手の中でも、源氏の子息である中将と内大臣の公子たちは、ことさらに華やかで目を引いた。東の空がほのかに白み始め、降りしきる雪の影が映える中、「竹川」を歌いながら右へ寄り、左へ集まり、軽やかに舞う若々しい姿や澄んだ歌声は、絵に描いて残したくなるほどの美しさだったが、どれほど巧みに描いてもその場の雰囲気を伝えきることはできないのが惜しまれる。夫人たちの見物席には、それぞれが美しく色を重ねた女房たちの袖口が並び、曙の空に春の花の錦が一段だけ霞の間から見え隠れするような風情があり、それもまた目を楽しませた。
2025.04.19
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源氏物語〔23帖 初音7〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語23帖 初音 (はつね) の研鑽」を公開してます。「ふるさとの春の木末にたずねきて 世の常ならぬ花を見るかな」と源氏の独り言たが、鼻の赤い夫人はその意味に気づかなかったであろう。その後、源氏は空蝉の尼君のもとを訪れた。彼女は目立たぬ一室に身を置き、住居の大部分を仏間にして仏道に専念していた。その慎ましやかな暮らしぶりが、かえって哀れに思えた。経巻の装丁や仏像の飾り、閼伽の器具などの細部に、空蝉の洗練された趣味が感じられ、源氏は懐かしさを覚えた。青鈍色の几帳の陰に座る尼君の袖口だけは、僅かに淡い色が混じっていた。源氏はそれを見て、思わず涙ぐんだ。「松が浦島だと思って神聖視するのにとどめておかねばならないあなただな。昔から何と悲しい二人なのだろう。しかし、こうして会って話すことくらいは、永久にできるだけの因縁があるのだな」そんなふうに言った。空蝉の尼君も物哀れな様子で、「今こうして信頼して暮らさせていただいていることで、私は前世に深い縁があったのだと思っている」と言った。「あなたを虐げた過去の記憶に苦しんで、ときおり今でも仏にお詫びをしなければならないのが私だ。しかし、もうわかっただろう。他の男は私のように純粋なものではないということを、あなたはその後の経験で知ったはずだ」継息子のよこしまな恋に苦しめられたことを、源氏は聞いていたのだろうと、女は恥ずかしく思った。「こんなみじめな晩年をお見せしていることで、誰の過去の罪も清算されるはずだ。これ以上の報いがどこにあるというのか」そう言って、空蝉は泣いてしまった。昔よりも深みを増した品の良さが見え、過去の恋人を現在の尼君として別世界のもののように扱うだけでは、どうしても満足できない気が源氏にはしたが、恋の戯れを言いかけられるような相手ではなかった。いろいろな話をしながらも、せめてこれだけの聡明さがあの人にあればよかったのにと、末摘花の住居のほうを眺めた。こんなふうに源氏の保護を受けている女は多かった。誰のところも漏らさず訪ねて、「長く訪れないこともあるが、心の中では決して忘れているわけではない。ただ生死の別れだけが、私たちを引き離すものだと思っている。しかし、その命というものを考えると、本当に心細くなる」
2025.04.18
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源氏物語〔23帖 初音6〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語23帖 初音 (はつね) の研鑽」を公開してます。かつて豊かだった髪も年々少なくなり、今では白い筋が多く混じっている。その姿を正面から見るのが気の毒で、源氏は視線を逸らした。柳の色の衣は、女性には似合わないように思われたが、それは彼女の着こなしが悪いためであった。黒ずんだ赤の掻練の上に、贈られた柳の織物の小袿を羽織っているのが、なんとも寒々しく見えた。せっかく贈られた衣も、なぜか重ねて仕立てていないらしい。鼻の赤みだけは春の霞にさえ紛れそうもないほど鮮やかで、それを見て源氏は思わずため息をついた。几帳の裂れ目を丁寧に重ね直す手の動きは慎ましやかだったが、本人は恥ずかしがる様子もなかった。その変わらぬ愛情を信じ切っている様子が、かえって哀れに思われた。源氏は彼女の常識の欠けたところを哀れに思い、せめて自分だけでも愛情を注がねばならないと考えた。彼女が話す声さえ、寒さに震えていた。見かねた源氏は言った。「あなたの衣服の世話をする者はいるのですか? こうして気楽に暮らしている人は、外見を飾らなくても、せめて何枚も着物を重ねて暖かくしているのがいいですよ。見た目ばかり整えても仕方がありません」女王はさすがにおかしそうに笑いながら答えた。「醍醐の阿闍梨の世話に手を取られてしまってね。仕立て物が間に合わなかった上に、毛皮まで借りられてしまい、寒い思いをしているのです」阿闍梨というのは、鼻の赤い兄の僧のことである。あまりにも無頓着な性格に呆れつつも、源氏はまじめな口調でさらに言った。「毛皮はお坊様に譲るのがいいでしょう。でも、白い着物なら何枚でも重ねて着られますよ。なぜそうしないのですか? 必要なものがあれば、遠慮せずに言ってください。私はもともとぼんやりしているし、他の人たちのこともあって忘れてしまうこともあるのです」そう言いながら、源氏は二条院の蔵を開けさせ、多くの絹や綾を紅の女王に贈った。住まいに荒れたところはなかったが、やはり主人のいない家はどこか寂しい空気が漂っていた。前庭の木々だけは春の気配を感じさせ、咲いた紅梅が、愛でる人もなくひっそりと佇んでいた。
2025.04.17
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源氏物語〔23帖 初音5〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語23帖 初音 (はつね) の研鑽」を公開してます。源氏はまだ夜が明けきらない頃、ようやく南御殿へ帰った。本当ならもう少しゆっくりしていってもよかったのにと、明石は彼が去ったあとで物思いにふけった。紫の女王はなおさら失礼なことだと不快に思っていたはずで、その気持ちを察して、「少しうたた寝をしてしまい、若い者のように深く眠り込んでしまった私を迎えに来てくれなかったのですね」と冗談めかして言い、機嫌を取る様子がなんとも面白かった。源氏はそれにどう返事をすればいいのか困り果て、結局何も言わずに寝たふりをした。そして、朝はずいぶん遅くなってから起きた。正月の二日は臨時の饗宴が催される予定だったので、忙しそうに振る舞いながら、気まずさをごまかしていた。親王たちや高官のほとんどが六条院の新年の宴に参列し、雅な楽の遊びが繰り広げられた。贈り物の中でも六条院に捧げられた品々は特に豪華だった。集まった貴族たちは皆華やかな装いをしていたが、源氏の美しさに比べると、どれほど立派な人物であっても霞んでしまうのが哀れにも思えた。どんなに身分が低い者でも、六条院へ行くときは装いを整え、それを誇らしく思うのだから、若い高官たちはなおさらである。妙齢の姫君たちが新しく加わったこともあり、彼らは自らの容姿を気にして、普段とは違う華やかな雰囲気の新春となった。春風が柔らかく吹き、庭の梅がわずかに咲き始めた黄昏時、宴の席で楽の音が響いた。「この殿」が最初に歌われ、華やかな気分が一気に高まる。源氏も時折声を添え、「福草の三つ葉四つ葉に」という部分がことに興趣を添えた。どんな場面であっても、源氏が関わればすべてが光を増すのである。こうした賑やかな宴も、遠く離れたところで聞いている紫の女王以外の夫人たちには、まるで極楽世界に生まれたものの、まだ花開かない蓮の蕾の中に閉じこもっているように感じられた。ましてや東の院にいる人々は、年月が経つにつれて退屈と寂しさが募り、まるで世間と隔絶された山里に暮らしているような気持ちになっていた。ただ、物質的な不自由はなく、仏道に専念する者は信仰の道を進み、文学を好む者は思う存分勉強に打ち込むことができた。それぞれの住まいも、それぞれの趣味や生活に合った造りになっていた。新年の賑わいが少し落ち着いた頃、源氏は東の院を訪れた。末摘花の女王は、その高貴な出自ゆえに無視するわけにもいかず、形式的には大切な夫人として遇されていた。
2025.04.16
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源氏物語〔23帖 初音4〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語23帖 初音 (はつね) の研鑽」を公開してます。夕暮れ時、源氏は明石の住まいへ向かった。渡殿の戸を開けた瞬間から、御簾の向こうに立ちこめる薫香の香りが流れ出し、そこが気高く艶やかな世界であることを感じさせる。居間に明石の姿は見えない。どこにいるのかと見回すうちに、硯のそばにいくつもの本が並んでいるのが目に入った。支那の東京錦で縁取られた重厚な褥の上には、上質な琴が置かれ、雅趣のある火鉢には侍従香が焚かれている。その香りに、衣服にしみ込ませた衣被香の残り香が混じり合い、なんとも心地よい雰囲気を醸し出していた。書き散らされた紙には、手習い風の無駄書きがあり、その筆跡は特徴があって上手であった。崩した漢字は多くなく、端正な書きぶりが感じられる。そこには、姫君から届いた鶯の歌の返事に心を動かされたのか、古歌がいくつも書き付けられていた。その中に、自作の一首もあった。「珍しや花のねぐらに 木づたひて 谷の古巣をとへる鶯」長く鳴かなかった鶯の初音をようやく聞いた喜びを詠んだものだろうか。だが、そのすぐそばには、こんな歌も添えられていた。「梅の花 咲ける岡辺に 家しあれば 乏しくもあらず 鶯の声」まるで自らを慰めるように、鶯が住まう場所に恵まれたことを詠んでいる。源氏はこの手習い紙を手に取って眺め、思わず微笑んだ。書いた本人にとっては、きまりの悪いことかもしれない。筆に墨をつけ、源氏もその隣に何かを書きつけようとしていた時、明石が静かに膝行ってきた。彼女は誇り高い女性であったが、源氏に対しては主君としての礼を尽くし、その態度には謙虚さがあった。それもまた、明石の魅力の一つであった。白い衣に黒髪の裾が鮮やかに映え、髪の毛先が少し細くなり、きれいに分かれた筋を作っているのが、かえって艶めかしく見えた。源氏はその姿に心を惹かれながらも、新春の第一夜をここで過ごせば紫の上の機嫌を損ねるかもしれないと考えた。しかし、結局そのまま眠りについてしまった。六条院のほかの夫人たちは、このことを聞いて、明石がいかに深く愛されているかを思い知ることとなった。まして南の御殿の人々は、悔しさを隠しきれなかったのである。
2025.04.15
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源氏物語〔23帖 初音3〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語23帖 初音 (はつね) の研鑽」を公開してます。「私のような男でなければ、あなたの顔を見て愛情が冷めてしまうこともあるだろうに、それでも化粧でごまかそうとしないほど、私の心を信じてくれているのが嬉しい。もしあなたが軽はずみな女で、疑いを抱いて私から離れていたら、この満ち足りた気持ちは得られなかったでしょう」源氏は花散里に会うたび、こんなふうに語りかける。変わらぬ愛と、彼女の持つ穏やかな信頼は、理想的ですらあると思っていた。しばらく親しく話したのち、西の対へと向かう。玉鬘がここに住み始めてまだ日は浅いが、西の対にはすでに落ち着いた空気が漂っていた。美しい童女たちは趣味のよい装いをし、若い女房も大勢いて、室内の設えも細やかな心配りがなされている。まだすべての調度が揃っているわけではないが、それでも心地よい雰囲気があった。玉鬘は華やかな美しさを備えた女性だった。あの鮮やかな山吹色の細長がよく似合う顔立ちで、源氏の見立てどおりの華やかな美人だ。彼女の姿には陰影がなく、ただまばゆいばかりの輝きがあった。苦労のために少し髪が減ったものの、肩の下で細く分かれ、さらさらと衣にかかる様子は、かえって清々しい美しさを感じさせる。今こうして自分の庇護のもとに置いているが、もし見つけ出すことができなかったらと思うと、源氏は胸が締めつけられるような思いがした。彼女を家族のように大切に思いながらも、なお満たされぬものを感じる自分に、自ら驚く。そんな気持ちを表に出さぬよう、必死に抑えていた。源氏は玉鬘に向かって、穏やかに語りかけた。「私はもうずっと前から、あなたがこの家の一員であったような気がして、すっかり満足しているよ。あなたも、あまり遠慮せずに、私のいるところにも顔を見せに来るといい。琴の稽古を始めた女の子たちもいるから、その様子を見てやってほしい。ここには、気を使わなければならないような意地悪な者はいないからね。私の妻たちを見てもわかるだろう」玉鬘は静かにうなずき、「おっしゃるとおりにいたします」と答えた。それはもっともなことだった。
2025.04.14
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源氏物語〔23帖 初音2〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語23帖 初音 (はつね) の研鑽」を公開してます。池の氷が解けたばかりの水面には、世にも類のない美しい影が並んで映っている。これほど確かなことはない。二人は、誰もが認めるほど美しい夫婦なのだ。「曇りのない水面に、幾久しくともに生きるべき影がはっきりと映っている」と、夫人もまた詠む。二人は、どんな時も変わらぬ愛を誓い合っていた。この年の元日はちょうど子の日にあたり、千年の春を祝うにふさわしい日であった。姫君のいる座敷へ向かうと、童女や女房たちが、前の山に生えている小松を引き抜いて遊んでいた。若い女たちは、新春の喜びに満ちあふれた様子だった。北の御殿からは、美しく飾られた菓子の籠や、さまざまな料理が届けられる。その中でも、五葉の松の枝に作り物の鶯をとまらせ、足に手紙を結びつけた贈り物は、いかにも風情があって心に残るものだった。「年月を松に引かれて経る人に 今日鶯の初音聞かせよ」「音せぬ里の(今日だにも初音聞かせよ鶯の 音せぬ里は住むかひもなし)」そう書かれた手紙を読んだ源氏は、深く胸を打たれるものを感じた。正月だというのに、こぼれる涙をどうすることもできない。「この返事は自分で書きなさい。気後れするような相手ではないのだから」そう言いながら、硯の世話をしつつ姫君に手紙を書かせる。かわいらしい姿で、毎日見ていても飽きることのないこの人を、母親にさえ見せてやれないことが、源氏には心苦しく思われた。「引き別れ 年は経れども鶯の 巣立ちし松の 根を忘れめや」素直で飾り気のない歌だ。夏の夫人の住まいは、季節にそぐわぬ静けさがあった。殊更に風流ぶるわけでもなく、上品で落ち着いた住まいである。今や二人の仲には少しの隔たりもなく、深い信頼と友情に満ちていた。肉体の愛を超えた夫婦の関係となり、精神的には永久に離れることはないと誓い合う仲である。几帳を隔てて座る花散里に、源氏が手を伸ばして押しやると、彼女もそれに従う。お納戸色の衣は華やかさに欠けるものだが、それに加えて、彼女の髪もすでに盛りの時を過ぎている。決して華美ではないが、少し添え髪をすればよいかもしれない。
2025.04.13
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源氏物語〔23帖 初音1〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語23帖 初音(はつね)の研鑽」を公開してます。新春の第一日、空は完全にうららかで、陽の光がどの庭にも降り注いでいた。どんな家の庭にも、雪間の草が緑の気配を見せ、春らしい霞の中では、芽を含んだ木の枝が生気を帯びてかすんで見える。その景色に誘われるように、人の心ものびやかになっていった。ましてや、まるで玉を敷いたような六条院の庭の初春の眺めは、格別な趣があった。いつもより一層美しく磨き上げられた各夫人たちの住まいの様子を描写するには、筆者は言葉の乏しさを感じるほどだった。中でも、紫の女王の住まいは特にすぐれていた。梅の花の香りが御簾の中の薫物の香りと入り混じって漂い、まるで現世の極楽がここにあるかのように思われた。さすがにゆったりと落ち着いた住まいぶりであった。女房たちも、それぞれの役割に応じて配置されており、若く美しい者たちは姫君付きとして仕え、少し年上の者たちが紫の女王のそばに控えていた。彼女たちは、上品で落ち着いた風情を見せながら、あちこちで小さな輪を作り、歯固めの祝いの儀式などを行っていた。鏡餅などを取り寄せ、今年一年の幸福を願いながら賑やかに語らっていた。そんな中、源氏がふと顔を見せると、懐に手を入れていた者が急に姿勢を正し、気恥ずかしそうにする様子が見られた。「たいへん盛大な祝儀だね。皆、それぞれの願いごとを込めて祝っているのだろう。少し内容を聞かせてくれないか。私も祝詞を述べよう。」そう微笑みながら語る源氏の美しい顔を見ることこそ、今年の春最初の幸福だと人々は感じていた。中将の君が応える。「私たちは御主人様方を鏡餅に映して祝っております。自分たちについての願いなどはいたしておりません。」朝のうちは新年の挨拶に訪れる人々で騒がしく、あわただしく時間が過ぎていったが、夕方が近づくと、源氏は他の夫人たちのもとへ新年の挨拶に向かおうとし、念入りに装いを整え、化粧をした。その姿を見ることも、まさに幸福そのものであった。「今朝、皆が鏡餅に祝詞を言い合っているのを見て、少しうらやましく思った。奥さんには、私が祝いの言葉を贈ろう。」そう言って、少し戯れを交えながら源氏は夫人の幸福を祝った。
2025.04.12
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源氏物語〔22帖 玉鬘19 完〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語22帖 玉鬘 (たまかずら) の研鑽」を公開してます。夫人は今でも北の御殿にいる人物が、非常に素晴らしく愛されている女性だと考えていたようです。その様子を見た源氏は、前に聞いている小さな姫君が可愛らしい表情をしていたのを思い出し、夫人の言っていることが正しいのかもしれないと感じた。それらの出来事は全て九月のことだった。姫君が六条院に移るのは容易なことではなかった。最初は美しい若い女房や童女を探し始め、九州にいた時はかなりの家の出身だったものの、田舎に落ちてしまったような女性を見つけて雇い、姫君の女房として用意していた。しかし、脱出が急に行われたため、それらの女性たちは皆捨ててしまい、三人を除いては誰も残らなかった。京は広いので、市女のような人に頼んでおけば、うまく探し出して連れてくることができた。姫君がどこから来たのかということは誰にも知らせず、右近の五条の家に姫君を移し、そこで女房たちを整え、衣服の準備もして、十月に六条院へと入れました。源氏はそのことを花散里に話した。私がかつて愛していた人が悲しみ過ぎてどこかに隠れていたことがあり、子供もいたので、長い間捜させたのですが何も得られなかった。なので一人前の女性になるまで他の場所に置いておいたわけだが、その子のことを聞いた時にはすぐにでも迎えに行かねばと思い、こちらに呼んだのです。母親はすでに亡くなっていて、その子が中将の子供として育てられているということならば、もう一人子供がいても良いでしょう。どうかその子をしっかりと世話してください。素朴な生活をしていたので、田舎っぽいところが多いでしょうから、何かと教えてあげてください。」と源氏が言いた。花散里は驚いて、「本当にそんなことがあったんですか。私は少しも知らなかった。」と言いました。「お嬢さんが一人で、少し寂しすぎましたので、良いことだと思います」と続けた。源氏は「母親だった人はとても善良な女性でしたよ。あなたも優しい方だから、安心してお任せすることができます。」と答えた。「母親のように世話をしてあげることも少なかったので、退屈していたから、良いことだと思います。」と花散里は言う。女房たちは源氏の姫君であることを知らずに、「またどんな女性を迎え入れるのでしょう。あまりにも奥様を古物のように扱ってはいけませんよ。」と言っていた。姫君は、女房たちと共に三台の車に分乗して六条院へ移りました。女房たちの服装は右近が整えたため、田舎風ではなく、源氏の家からは必要な絹や綾などが提供されていた。(完)明日より23帖 初音(はつね) を公開予定。
2025.04.11
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源氏物語〔22帖 玉鬘18〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語22帖 玉鬘 (たまかずら) の研鑽」を公開してます。「数ならぬみくりや何の筋なれば、浮きにしもかく根をとどめけん(人の数にも入らない身でありながら、なんの筋があって私は、三稜が泥に根をおろすように、このいやな世の中に生まれてきたのだろうか)」と、姫君はほのかに書いた。字は弱々しく、力のない感じに見えたが、その品の良さと悪くない印象を見て、源氏は安心した。姫君をどこに住ませるか、源氏は考えていた。南の一角は空き御殿もなく、華奢な生活の中心地となっているため、人の出入りが多くて若い女性には不便だろうと思った。一方、中宮のお住まいにある一角には、静かな御殿が空いていたが、世間に中宮の女房だと噂されることを源氏は避けた。そこで、少し地味ではあるが、東北にある花散里の住居内の西側の対書室を姫君の住まいにしようと考えた。近くには気立ての良い、穏やかな人々が住んでおり、花散里とも親しく暮らせるだろうと思った。こうして、源氏は夫人にも昔のことを話した。源氏がその秘密を話すと、夫人はそのことを知って怒り、「困りますね。生きている人のことでは、私の方から進んで聞くべきこともありますが、こんな時にでも昔のことを話すのはあなたが特別だからですよ。」と言った。源氏には、故人を思う気持ちがどうしても堪えられない様子が見て取れた。自分の経験ばかりではなく、他人のことでもよく見てきましたが、女性というのは、愛し合っている関係でなくても、かなり嫉妬するものです。それで悩んでいる人が多いのを見て、私はとても怖くなり、好色な生活は避けようと心に誓っていました。それでも、いつの間にか自分を放縦にして、何人もの恋人を持つことになりました。その中で、特に可憐だと思われた女性が一人います。その人のことを今でも思い出します。もしその人が生きていたなら、私は北の町にいる人物と同じくらい深く愛していたことでしょう。人は誰でも同じ型の人間ではありませんが、その人は非常に優れているというわけではなかったけれど、上品で可愛らしかったのですと言っていた。すると、夫人は、明石の波に比べてどうかしらと答えた。
2025.04.10
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源氏物語〔22帖 玉鬘17〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語22帖 玉鬘 (たまかずら) の研鑽」を公開してます。源氏は過去にあった末摘花に対する幻滅を忘れられず、逆境に育った美しい娘として、大臣の実子も必ずしも期待に反することはないだろうと不安に思っていた。そのため、手紙の返事の書き方で姫君をまず見極めようとした。真面目に丁寧に書いたその中には、こんなことが綴られていた。「こんなに私はあなたのことを心配しているのです」という気持ちを表すように、源氏は、「知らずとも尋ねて、三島江に生ふる三稜の筋は絶えじな(何かを知らなくても、関心を持って尋ねることが大切で、三島江に生える三稜草のように、あるものごと・思い・伝統などが絶えることはないだろう)」と詠んだ。右近はこの手紙を自ら持って行き、源氏の意図を姫君に説明した。姫君用の衣服や女房たちの服の材料がたくさん贈られた。源氏は夫人と相談した結果、衣服係に出来上がっていた品々をすべて取り寄せ、色合いや重ねの取り合わせに特に優れたものを選んで贈った。そのため、九州の田舎の人々にはそれらが非常に珍しく、まばゆいものとして映ったのも当然だった。しかし、姫君自身はそんな立派な品々ではなくても、実父から少しでも贈り物が届いたことに喜ぶだろうが、知らない人とのやり取りを始めることには驚きと戸惑いを感じていた。それとなく言いながら、贈り物を受け取ることに対して少し苦しんでいる様子を見せた。それでも、右近は母君と源氏との間に深い縁があることを姫君に説明し、人々も横から助け船を出して言った。「源氏の大臣としての厚意によって、立派にさえなれば、内大臣様も自然にあなたを認めてくださるでしょう。親子の縁というものは、どんなに絶えたようでも絶えないものです。右近でさえあなたに会いたいと一心に祈った結果、どうだったか。神仏のお導きがあったじゃありませんか。あなたと源氏の両方が健康でさえあれば、必ずやお会いできる時が来るはず」そう言って、みんなで姫君に早く返事を書かせるように促した。姫君は「私はすっかり田舎者だから、こんなことを書くのは恥ずかしい」と感じていたようだ。使う便箋は、香りのある薫物の香をしみこませた唐紙であった。
2025.04.09
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源氏物語〔22帖 玉鬘16〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語22帖 玉鬘 (たまかずら) の研鑽」を公開してます。昔の夕顔には及ばないかと思っていましたが、とても綺麗に成長していましたよと右近が答えた。「それはいいな。じゃあ、その人とはどうだった?」と源氏が尋ねると、右近は少し恥ずかしそうに「どういたしまして、そんなには」と答えた。「得意になって恥ずかしい。何にしても、私に似ていれば安心だよ」と源氏が言った。わざと親しみを込めて、源氏は言葉を続けた。その話を聞いてから、源氏は何度も右近を呼び出し、姫君のことについて話をした。あの人を六条院に迎え入れようと思っている。これまで、あの人が行く先を失ってしまったことを考えて暗い気持ちになっていたから、今度はすぐにでも迎え入れなければならないと感じているんだ。お父さんである大臣に認めてもらう必要はないよ。たくさんの子供たちに囲まれて賑やかに過ごしているから、そんな立場の人がその中に入ることになると、結局はまた苦労をさせることになるだろう。私の方は子供が少ないから、意外な場所で見つけた娘だと世間には言っておいて、貴公子たちが恋の対象にするように私がかしずいてみせるつもりだ」と源氏は言った。右近はその言葉を聞いて、姫君の運命が開かれそうだと思い、うれしく感じた。「何もすべてあなたの思い通りだよ。内大臣に知らせるのも、あなた自身がやらないとできないことだ。奥様があんな形で亡くなったことに関しても、あなたが少しでも助けてあげれば、その罪は軽くなるよ」と右近は言った。「まだ私をそんな風に責めるんだな」源氏は微笑みながらも、少し涙ぐんでいた。「短い縁だったとはいえ、僕はあの人のことをいつも思い出している。この家に集まってきている奥さんたちも、あの時あの人に対して感じた愛情ほどの気持ちを持っているわけじゃなかったけど、みんながあの人のように短命でなかったことで、僕の忘れっぽさじゃないことを証明している。けれど、あの人の形見で僕が世話をしているのは、右近だけなんだ。だから、姫君を僕の元に引き取ることができたら、とても嬉しいだろうな」そう言って、源氏は姫君に最初の手紙をしたためた。
2025.04.08
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源氏物語〔22帖 玉鬘15〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語22帖 玉鬘 (たまかずら) の研鑽」を公開してます。他の女房たちが入ってきたので、後で詳しく話すよと言って、話を途中で切り上げた。灯りをともして、くつろいでいる源氏夫婦は美しかった。女王は二十七、八歳になっており、盛りの美しさがあった。その美しさが、わずかな時の中でさらに新たに加わったように見え、右近の目にはそれが感じられた。姫君も美しいと思ったけれど、夫人にはその美しさに勝るものがあって、幸福な人と不運な人の違いを改めて感じるようだった。寝室に入った後、脚を撫でさせるために源氏は右近を呼んだ。「若い者はこういう役が嫌で面倒だろうけど、昔からの友達なら、お互いに気心が知れているから、どんなことでも頼めるよ」と源氏が言うのを聞いて、若い女房たちは笑っていた。「そうですよ、何でも頼んでいただいても構いませんが、あの冗談には困りますね」と言っていた。「奥さんも昔からの仲良しとあまり親しくしていると機嫌を損ねるよ。寛大な方ではないから、危ないな」と源氏が笑いながら言うのを、愛嬌を込めて常よりも美しく見えた。最近は公職も暇になり、家にいることが多くなって、女房たちに冗談を言いながら相手を楽しませるのが源氏の日常になっていたから、右近のような古い女房にも冗談を言ってみせていた。「その人って、どんな人だろうね?偉い修験者と懇意になって、連れてきたのか?」と源氏は言った。「そんなこと言わないでください。あの短命な夕顔の縁のある人を見つけたんです」と右近が答えた。「それは悲しい話だな。今までどこにいたんだ?」と源氏が尋ねたが、右近はそのまま話すのは気が引けて、少し言葉を濁しながら、「寂しい郊外に住んでいたんです。昔の女房たちの半分はまだ付き添っていましたし、以前の話をしながら悲しみに浸っていました」と答えた。「もう分かったよ。あの事情を知らない人もいるだろうからね」と源氏はそれ以上言わないように気を使った。その時、女王は「何の話ですか、私は眠くて何もわからないのに」と言いながら耳を袖でふさいだ。「どんな容姿だったんだ?昔の夕顔に負けないくらい美しかった?」と源氏は尋ねた。
2025.04.07
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源氏物語〔22帖 玉鬘14〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語22帖 玉鬘 (たまかずら) の研鑽」を公開してます。右近は、九州という地がよい場所であるように思えたが、また昔の仲間たちが皆、今では不恰好な女性になっているのが不思議でならなかった。その日、右近は夜になると御堂に行き、翌日は坊に戻って念誦の時間を過ごした。秋風が渓の底から吹き上がってくると、肌寒さを感じ、物寂しい気分の中で人々の心もまた一層悲しくなった。姫君は、右近の話から、以前は自分には運命がないと悲観していたが、父の家の繁栄や、低い身分に生まれた子供たちが愛されて幸せに暮らしていることを知り、自分も救われる時が近づいているのではないかと感じるようになった。帰る時、互いに宿所を確認し合い、また迷わないようにと警戒しながら別れた。右近は旅からすぐに六条院に戻り、姫君の話をする機会を早く得たいと思って急いだ。六条院に到着すると、その豪華さにすぐに気づき、出入りする車が無数に見えた。自分がこの家の一員として自由に出入りできることは、まばゆい気持ちになることだった。その晩、右近は夫婦の前に出ることなく部屋に引きこもり、また物思いにふけっていた。翌日、昨日自宅から上がってきた高級な女房たちの中から、右近が夫人に呼ばれたことを誇りに思った。源氏もその居間にいた。「どうして長く家に行っていたのかね。少し変わったのではないか。独身者はこうしている時とは違って、自宅にいると若返ることもできるだろう。面白いことがきっとあっただろう?」と、源氏はまた戯れに言った。ちょうど七日間の暇をもらっていたので、特に面白いことはなかったけれど、山に行ってみたんだ。そこで、気の毒な人を見つけたんだよ。「誰のことだ?」と源氏は尋ねた。突然その話をするのも、これまで夫人に話していなかった過去のことから話を引っ張ることになるので、源氏にだけ話して、後で夫人がその話を聞いて不快に思わないだろうかと、右近は少し迷っていた。
2025.04.06
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源氏物語〔22帖 玉鬘13〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語22帖 玉鬘 (たまかずら) の研鑽」を公開してます。殿様はぜひ自分のところに引き取りたいと言ってくださり、居場所を聞き出したら知らせるようにとおっしゃるのです」と右近は話した。源氏の大臣様は、いくら立派な方でも、奥様や他にも奥様が数人いらっしゃるのだろうから、そんな話よりも、本当のお父様である大臣に知らせる方法を考えるべきだ」と、彼は言った。その言葉を聞いて、右近は初めて夕顔夫人を愛し、死の床で泣いたという源氏の話をした。どうしても亡くなった奥様を忘れられなくて、奥様の形見として姫君のお世話をしたいのです。自分には子供も少なく物足りないから、もし姫君を見つけ出せたら、自分の子として家に迎えたように、世間にも知らせるつもりだと。ずっと前からおっしゃっていたのです。私の未熟な心が原因で、奥様が亡くなったことをあなた方に知らせることができなかったまま、御主人が少弐に任命されたことを、名前で知りました。お暇を取って殿様のところへおいでになった時、私はちらっとお見かけしたものの、何も尋ねることができなかったのです。それでも、姫君をあの五条の夕須の花が咲く家に置いておくつもりだと思っていました。もう少しで、姫君が九州の人になってしまうところだったと、右近は昔のことを語った。その後、みんなで昔の話をしながら、念誦を行った。御堂に参詣に来る人々を見下ろすことができる僧坊で、前を流れる初瀬川を見ていた。右近は姫君に言った。「二本の杉が立っている場所を尋ねずして、布留川の辺で君を見られるだろうか。ここで素晴らしい逢瀬が得られると言うものだよ」姫君は泣きながら言った。「初瀬川は早くに過ぎたことは知らないけれど、今日の逢瀬に身が流れそうだ」と言い、彼女の美しい姿に右近は感心した。これだけの美貌があれば、もし田舎風の粗野な様子が加わっていたら、どんなに惜しまれることだろうと思った。よくもこれほど立派に育てられた姫君に、右近は少弐の未亡人に感謝の気持ちを持った。母親である夕顔夫人は、ただ若々しく柔らかい印象の女性だったが、姫君は容姿に気高さを持つ優れた女性であった。
2025.04.05
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源氏物語〔22帖 玉鬘12〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語22帖 玉鬘 (たまかずら) の研鑽」を公開してます。それにお姫様もお美しいことは当たり前ですが、お姫様は本当に大事にされていて、まさに幸せそのもののような方だと思います。でも、こうして質素な服装でいる姫君を見て、奥様や二条院のお姫様と比べても、姫君が劣っているとは全く思いません。私はうれしく思います。殿様もおっしゃっていましたよ。自分の父帝様の時から、宮中の女御やお后を何人も見てきたけれど、今の帝様のお母様のお后と、殿様の娘の容姿が最も優れていると言っていました。私はそのお后様を知りませんが、姫君はまだお若いので、将来必ず素晴らしい美人になることでしょう。でも、奥様の容姿に並ぶ方はおそらくいないでしょうね。殿様も奥様の美しさの価値を十分に理解されているでしょうが、いくら美人でも、ご自分の口からは最上の美人の一人に加えるのは難しいのでしょう。こんなことをおっしゃることもあるんです。『もしあなたと私が夫婦になったら、もったいないと思いませんか』なんて冗談を言ったりしますよ」と右近は微笑んで言った。その美しい二人を見ているだけで、命が延びるような気がすると思いながら、右近は姫君を見つめた。少弐の未亡人も嬉しそうにしている様子だった。こんな素晴らしい生まれつきの姫君を、ほんの一歩で暗い世界に沈めるところだったのです。何とも惜しくて、もったいないと思いながらも、家や財産を捨てて、頼りにできる息子や娘とも別れ、とうとう他国のような心細い気分で、京に戻ってきたのです。だから、どうか、姫君の運命を開くために、あなたの知恵を貸してください。貴族の家に仕えているあなたには、何かと便宜があるだろうし、姫君をお認めいただけるよう、お父様である大臣様にお伝えする方法を考えていただきたいのです。そう言って、彼は頼み込んだ。姫君は恥ずかしそうに後ろを向いていた。私はつまらない者ですが、殿様がお側にいてくださるので、昔から色々な話をしている中で、姫君のこともよく申し上げておりました。
2025.04.04
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源氏物語〔22帖 玉鬘11〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語22帖 玉鬘 (たまかずら) の研鑽」を公開してます。三条はその華やかな様子をうらやましく思い、仏前で祈りを捧げていた。「大慈大悲の観音様、ほかのお願いはいっさいいたしません。姫君を大弐の奥様でなければ、この大和の長官の夫人にしていただきたいと思います。それが事実になり、私たちにも幸せが分けてもらえたときには、心からお礼を申し上げます」と、額に手を当てて念じながら祈っていた。右近はその姿を見て、何とも言えない気持ちになった。つまらないことを言っていると、少し苦々しく思った。「あなたは本当に田舎者になってしまったわね。中将様は昔だって立派だったでしょう、今では天下の大臣になられたのに、どうして姫君だけを地方官の奥さんにして、それでいいと思うんですか?」と右近は言った。「待ちなさいよ、あなた。大臣様だってどうしたってだめよ。大弐のお館の奥様が清水の観世音寺にお参りに行った時のことを知っていますか?あれは帝様の行幸にも劣らぬくらい立派だったのよ。あなた、ほんとうにひどいことを言いますね」と三条は言いながら、合掌を解こうとはしなかった。九州から来た人たちは三日間、参籠するつもりでいた。右近はそんなに長くいるつもりはなかったが、昔の話をしたい気持ちもあり、この機会に三日間参籠するように僧に言った。雑用をする僧は願文のことをよく知っていて、手際よくいろいろなことを済ませていった。「いつもの藤原瑠璃君という方のためにお経をあげて、しっかりお祈りしてください。最近お会いできたので、その願いを果たしていただきたいと思っています」と右近が命じたことに、九州の人々も感動していた。「それは素晴らしいことですね。きっとこちらでのお祈りが効いているのでしょう」と僧は言っていた。御堂の中は夜通し賑やかだった。翌朝、右近は知っている僧の坊へ姫君を連れて行った。静かに話したいと思ったからだろう。質素な服装で来ている姫君を、右近はとても美しいと思った。私は思いがけず大きな家に仕えることになり、多くの女性を見ましたが、殿様の奥様の容姿に比べて、良い方はなかなかいなかったと長い間思っていました。
2025.04.03
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源氏物語〔22帖 玉鬘10〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語22帖 玉鬘 (たまかずら) の研鑽」を公開してます。日が暮れて、人々がお籠りを始め、宿の者が灯明を上げる時間が迫った。寺に向かう準備を急がせる声が聞こえ、二人はまだ十分に話し足りない気持ちで別れを告げなければならなかった。「ご一緒にお参りに行きましょうか?」と提案したが、どちらも同行者の目を避けるため、結局はおとどが豊後介に、事の詳細を話す暇もなく、宿坊を後にした。右近は、ひっそりと九州の一行の中で姫君を探し、その姿を目にした。美しい後ろ姿をしたその人物は、非常に疲れている様子で、薄絹の単衣を着ていて、髪がわずかに透けて見えるような人物だった。右近はその姿を見て、同情や悲しみを感じながら、黙ってその背中を見つめていた。少し歩き慣れた者たちは、すぐに上の御堂に到着したが、姫君を介抱しながら坂を上る九州の一行は、夜の勤めが始まる頃にようやく御堂に到着した。御堂の中は非常に混雑していて、右近が取っていたお籠り部屋は仏前に近い右側の位置だった。しかし、九州から来た人たちが頼んでいた僧は無力だったのか、仏前から遠い西の方に案内されていた。「やはりこちらへおいでなさいませ」と、右近が言って、召使を送り、男たちだけをその場に残して、おとどは右近に再会した後、姫君を右近の部屋へと移した。「私などはつまらない女ですが、今は太政大臣様にお仕えしていますので、こんな場所に出かけていても、不都合が生じることはないと思っています。でも、地方の者として見れば、寺の僧侶などから軽んじられることもありますし、姫君にそのような扱いをさせたくなくて」と、右近は話していたが、仏前での経の声が大きく、その話は途中で途切れてしまった。右近は、心の中で静かに祈った。「この方をどうかお守りください。この方が幸福になり、源氏の大臣が子として支えてくださることが実現しますように」と。その祈りを心に深く込めていた。周囲の参詣者たちは次々と参拝し、大和守の妻もその豪華な参拝ぶりを見せていた。
2025.04.02
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源氏物語〔22帖 玉鬘9〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語22帖 玉鬘 (たまかずら) の研鑽」を公開してます。「もっと近くに寄って私を見てごらん。私の顔に見覚えがあるか?」と言って、右近は顔をそちらに向けた。三条は驚いて手を打ちながら言った。「まあ、あなたがいらっしゃったんですね。嬉しい、嬉しい。こんなことがあるなんて。あなたはどちらからお参りになったのですか?奥様はご一緒ですか?」三条は声を上げて泣き出した。右近は、昔の若い三条を思い出し、その姿が今ではあまりにも変わり果ててしまっていることに、深い哀しみを感じた。「おとどさんはお元気ですか?姫君はどうしているのでしょうか?あの頃のことを思い出して、私もあれからどれほど長い年月を経たことか」と、右近は続けて問いかけた。だが、夫人のことについては、失望させたくなくてまだ口に出せなかった。三条は涙を流しながら答えた。「みんな元気ですよ。姫君も大人になっていらっしゃいます。おとどさんにこの話を伝えてください」と言うと、彼女はその場を去った。九州から来た人々は、この出来事に驚き、感慨深い気持ちを抱いた。「夢のような気がします。どれほど恨んでいた方に、こうして再びお会いできるなんて」とおとどは言いながら、幕のところに歩み寄った。すでに、あちらこちらにあった屏風などは取り払われて、二人は最初、言葉もなく泣きながら再会を果たした。やっとおとどが口を開いて、「奥様はどうしていらっしゃいますか?長い間、夢の中ででもお会いしたいと願っていたのですが、私たちは遠く離れた田舎の人間でしたから、何も知ることができませんでした。悲しんで、悲しんで、生きていることすら辛かったのです。でも、奥様が捨てていった姫君のお顔を見て、このまま死ぬわけにはいかないと、今でも姫君を守り続けています」と話し続けた。右近はその話を聞きながら、あの時の気まずさを思い出し、絶望的な気持ちで、「お話ししても無駄ですよ。奥様はもう早くにお亡くなりになりました」と告げた。三条も加わって、三人はしばらくの間、涙を流していた。
2025.04.01
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