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2009.12.08
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テーマ: ニュース(96636)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20091208-OYT1T01148.htm?from=y10



南米チリの司法当局は7日、1982年にエドゥアルド・フレイ・モンタルバ元大統領が71歳で死亡したのは、当時のピノチェト軍事政権関係者による暗殺によるものだったと断定し、元運転手ら3人に対して殺人容疑で逮捕状を取った。AP通信などが伝えた。
フレイ氏は、ヘルニア手術後の感染症が原因で死亡したとされてきた。だが、チリ大学が今年行った病理解剖で、マスタードガスに含まれるものなど2種類の化学物質を検出された。
司法当局は「毒物を注入されたことが死因」と認定し、同氏の元運転手と手術を担当した医師、元秘密警察メンバーの3人が関与した疑いがあると判断した。当時検視を行った別の医師ら3人も共犯容疑で訴追するという。
チリでは、ピノチェト元大統領(2006年死去)が73年のクーデターでアジェンデ社会主義政権を打倒し、90年まで軍事独裁政権を敷いた。
この間、チリ経済を安定成長軌道に乗せる一方、左翼勢力を徹底して弾圧。誘拐や拷問などによる死者・行方不明者は約3200人に上った。
ジャーナリスト出身で、64~70年に大統領を務めたフレイ氏は軍政に抵抗、82年当時は軍部による人権侵害事件を調査していたという。同氏が暗殺されたとの疑惑はかねてくすぶっていた。
(2009年12月8日20時23分 読売新聞)
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エドゥアルド・フレイ・モンタルバとはどのような人物だったかというと、サルバドル・アジェンデの前の大統領で、中道のキリスト教民主党出身。当時、チリには保守政党の国民党、中道のキリスト教民主党、左翼の人民連合(社会党・共産党・急進党その他)という3つのグループがあったのですが、フレイはキリスト教民主党ばかりでなく、保守の国民党の支援も受けて当選しています。
また、アジェンデ政権末期には、軍部に接近し、クーデターに加担していました。ところが、いざクーデターが成功すると、フレイ(とキリスト教民主党)もまた弾圧の対象になってしまったのです。ピノチェトにとっては、もう用済みの存在だったからでしょう。

ちなみに、ピノチェト政権に暗殺されたのは、フレイ元大統領だけではありません。有名どころでは、アジェンデ政権下の外務大臣だったオルランド・レテリエルは、1976年、滞在先の米国ワシントンDCで、チリの秘密警察によって爆殺されています。キリスト教民主党の有力政治家で、イタリアに亡命していたベルナルド・レイトンも襲撃され、本人は命を取り留めたものの、確か奥さんが亡くなっています。
ピノチェトの前任の陸軍総司令官カルロス・プラッツ大将(軍は政治に干渉してはならない、という信念を持ち、アジェンデ政権を擁護し続けた)も、1974年、亡命先のアルゼンチンで、妻ともどもチリの秘密警察に暗殺されました。

しかし、それから30年あまりのち、ピノチェトは人生の最後に、思わぬ形で暗殺の復讐を受けることになります。2006年にピノチェトが死んだとき、その葬儀で彼の遺体に唾を吐きかけた人物がいたのです。プラッツ将軍の孫が、その人物でした。





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最終更新日  2009.12.08 23:10:00
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