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2012.12.08
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カテゴリ: 戦争と平和
今日12月8日は、真珠湾攻撃によって太平洋戦争の始まった日です。(米国時間では12月7日)
南雲忠一中将の率いる、旗艦赤城以下の空母6隻、戦艦2隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦9隻などがこの作戦に参加し、米海軍に大打撃を与えたことはよく知られていますが、これらの参加艦艇は、その後どうなったでしょうか。主力空母6隻のうち4隻が、丁度半年後のミッドウェー海戦で一挙に撃沈されたことはよく知られていますが、それ以外の艦艇、さらに随伴したタンカーのその後の命運はどうなったのか、ざっと調べてみました。

第1航空戦隊
空母「赤城」 1942年6月5日ミッドウェー海戦にて、空母艦載機の爆撃により沈没。乗員定数1630名(他に司令部要員64名)中戦死221名
空母「加賀」 1942年6月5日ミッドウェー海戦にて、空母艦載機の爆撃により沈没。乗員1708名中戦死811名

第2航空戦隊
空母「蒼龍」 1942年6月5日ミッドウェー海戦にて、空母艦載機の爆撃により沈没。乗員定数1103名中戦死718名
空母「飛龍」 1942年6月6日ミッドウェー海戦にて、空母艦載機の爆撃により沈没。乗員定数1416名(他に司令部要員32名)中戦死383名(生存者中34名は米軍捕虜)

第5航空戦隊

空母「翔鶴」 1944年6月19日マリアナ沖海戦にて、潜水艦の雷撃により沈没。乗員定数1660名中戦死1272名

第3戦隊
戦艦「比叡」 1942年11月13日第3次ソロモン海戦にて、敵艦砲撃・空母艦載機の爆撃後自沈。乗員1360名中戦死188名
戦艦「霧島」 1942年11月15日第3次ソロモン海戦にて、戦艦の砲撃により沈没。乗員1340名中戦死212名

第8戦隊
重巡「利根」 1945年7月28日瀬戸内海呉軍港沖にて、空母艦載機の爆撃により大破着底(実質沈没)。乗員定数874名戦死128名
 ※沈没時は燃料不足で稼動状態ではなく、乗員も少なかったと思われる
重巡「筑摩」 1944年10月25日レイテ沖海戦にて、空母艦載機の雷撃により沈没。乗員定数874名中生存者1名(捕虜)

第1水雷戦隊
軽巡「阿武隈」 1944年10月16日レイテ沖海戦にて、魚雷艇と爆撃機の攻撃により沈没。乗員約500名中戦死262名

第17駆逐隊

駆逐艦「浦風」 1944年11月16日台湾海峡にて、潜水艦の雷撃により沈没。乗員定数239名中戦死228名
駆逐艦「浜風」 1945年4月7日坊ノ岬沖海戦にて、空母艦載機の雷爆撃により沈没。乗員356名中戦死100名
駆逐艦「磯風」 1945年4月7日坊ノ岬沖海戦にて、空母艦載機の爆撃後自沈。乗員305名中戦死20名

第18駆逐隊
駆逐艦「陽炎」 1943年5月8日ソロモン諸島にて、機雷により沈没。乗員定員239名中戦死18名

駆逐艦「秋雲」 1944年4月11日フィリピン・ミンダナオ島沖にて、潜水艦の雷撃により沈没。乗員249名中戦死133名
駆逐艦「霞」 1945年4月7日坊ノ岬沖海戦にて、空母艦載機の雷爆撃後自沈。乗員定員230名中戦死17名
駆逐艦「霰」 1942年7月4日アリューシャン列島キスカ島沖にて、潜水艦の雷撃により沈没。乗員定数230名中戦死104名

第2潜水隊
潜水艦「伊19」 1943年11月19日ギルバート諸島にて、駆逐艦の爆雷により沈没。乗員定員94名中生存者なし
潜水艦「伊21」 1943年11月27日以降消息不明(1944年2月4日マーシャル諸島で駆逐艦の爆雷により沈没したらしい)。乗員定員94名中生存者なし
潜水艦「伊23」 1942年2月14日ハワイ方面で消息不明。乗員定員94名中生存者なし

第1補給隊
油槽船「極東丸」 1944年9月21日ルソン島・マニラ湾にて空母艦載機の雷爆撃により大破・着底(実質沈没)乗員定数47名中戦死不明
※戦後、浮揚・修理されて「かりふぉるにあ丸」として再就役
油槽船「健洋丸」 1944年1月14日ボルネオからトラック諸島に向かう途中、潜水艦の雷撃により沈没。乗員定数42名中戦死3名
油槽船「国洋丸」 1944年7月30日フィリピン沖で潜水艦の雷撃により沈没。乗員定数42名中戦死9名
油槽船「神国丸」 1944年2月17日トラック島にて、空母艦載機の雷爆撃により沈没。乗員不明戦死86名(便乗者が多数乗船していたらしい)

第2補給隊
油槽船「東邦丸」 1943年3月29日ボルネオ沖マカッサル海峡にて潜水艦の雷撃により沈没。乗員定数42名中戦死不明
油槽船「東栄丸」 1943年1月18日トラック諸島付近で、潜水艦の雷撃により沈没。乗員定員42名中戦死不明
油槽船「日本丸」 1944年1月14日トラック諸島の西で、潜水艦の雷撃により沈没。乗員定数42名中戦死16名

※乗員定員と書いてあるのは、開戦時の乗組員の編成上の定数で、沈没時点での実乗組員数ではありません。戦争末期の駆逐艦は、甲板上に機関砲を大増設したので、開戦時より大幅に乗組員が増えています。

結局、真珠湾攻撃に参加した30隻の艦船は、そのすべてが戦没していることが分かります。もっとも、開戦時に日本海軍が保有していた艦艇のうち、敗戦まで残存していたものは数えるほどしかないのですから、当然と言えば当然の話です。
ただ、重巡洋艦「利根」と油槽船「極東丸」だけは、海底が浅かったので、船体あるいは艦橋が水面上に出ている状態だったので、「大破着底」という表現になっていますが、実質的には沈没です。
唯一、「極東丸」だけが、後に浮揚され、「かりふぉるにあ丸」と名前を変えて、1964年まで就役していますが、それは戦後の話です。

真珠湾攻撃の2ヵ月後には早くも戦没艦(伊23潜水艦・行方不明)が出たのを皮切りに、1942年に8隻、43年に5隻、44年に13隻、45年に4隻が沈没。最後の生き残り、重巡「利根」が沈没(着底)したのは45年7月28日、敗戦の18日前のことでした。





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最終更新日  2018.06.23 08:08:22
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