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2013.03.17
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カテゴリ: その他
ヤンキー的な気合主義が蔓延している


ヤンキー文化のマイナス点とは?

──ヤンキー的事象が次々と出てきているそうですね。

大阪・桜宮高校の体罰問題がそうです。先生がたたかれ始めた途端、保護者が「桜宮応援団」のような支持団体を作り、先生の体罰のおかげでこんなにうちの子はよくなったとか、自分も体罰で強くなったとか言い始めた。まさにヤンキー的な気合主義です。体罰は気合を入れるためにあるわけですから。
体罰する側にこれほど支持が厚いのは異様な事態だが、日本社会にいるかぎりそれほど異様に見えない。われわれはそういう空気にどっぷりつかっているのです。
それから立て続けに起きたのがAKB48メンバーの丸坊主問題。過剰に自分を痛めつけるパフォーマンスによって罪を償う自傷的謝罪です。切腹の時代から土下座文化を経て丸坊主、これは日本に連綿と受け継がれてきた後進的カルチャーといっていい。ところがある調査では、彼女の丸坊主を肯定する人が50%を占めた。海外にも報道され、アウシュビッツだと批判されているにもかかわらず、日本では丸坊主が当たり前に受け止められている。

──そして安倍政権も……。

ヤンキーは仲間と家族を大事にする。安倍さんの親学への親和性、子育てに対する考え方や家族の絆を大切にするという発想がヤンキー的です。福祉や弱者保護は国民の絆任せにし、政府はおカネをじゃんじゃん刷って経済をもり立てればいいという発想も、ヤンキー的なアゲアゲのノリをうまくとらえている。
みんな絆という言葉に弱いですから。そもそもは拘束や動きを束縛するという意味を持つ絆という言葉が、特に震災を契機にして麗しいもの、なくてはならないものという言葉に変わっていく様は奇妙ですが。
(中略)
日本の政治家にもヤンキーは多い。日本の選挙運動というバッドセンスなものに何の抵抗もないのがヤンキー的な人たちだからです。
決起集会では「エイエイオー」なんてやって、たすきを掛けて白い手袋で街頭演説。群衆の中で自分の名前を連呼するという恥辱プレーをしなければならない。普通なら耐えがたいですよ。しかしヤンキー的な人々にとっては自然なこと。これがそういう伝統なんだと言われたら納得してしまう。反知性主義であり、現実思考的なのはヤンキーの特徴です。
(中略)
日本人には、体を痛めつければ心が鍛えられる、心が鍛えられれば体が強くなるというような変な回路がある。それがうさぎ跳びとか、運動中に水を飲んじゃいかんという、むちゃくちゃな非合理的特訓、スポ根的な特訓につながっていく。こうした精神主義はヤンキー的気合主義と相通ずる。根っこは第二次大戦当時の大和魂や精神主義につながるものです。当時の論理が亡霊のように生き残っていて、スポーツ界ほかいろいろな場所に顔を出している。不気味で嫌な印象を抱きます。
(中略)
ただし日本的集団主義のカルチャーは簡単に否定できない面もある。集団主義が世間という相互監視システムを作り上げ、突出した犯罪はめったに起こらない。薄い毒をみんなで共有することで、濃縮された毒が1カ所にたまるのを防いでいる。日本社会は世界にまれに見る平和な社会で、治安にかけるコストも低い。ただ、この平和を維持している空気が、社会の天井の低さ、閉塞感につながっている。
典型的なのは、日本における引きこもりの多さとホームレスの少なさでしょう。若年ホームレスだけ見れば1万人いない。米国には100万人、英国に25万人いるのに日本は異常に少ない。それがどこにいるかと思ったら家の中にいる。引きこもりという形で。排除された若者は家族が支えているんです、絆で。
こうしたこともアゲアゲの景気のよさにかき消されていく。何だかんだ言っても景気がよくなれば国民の気分はよくなる。よくなれば弱者の存在は目に入らなくなる。安倍内閣が景気最優先と掲げたのは、目くらましとしては最高でしょう。

---

細部には全面同意ではない部分もありますが、大筋において非常に「腑に落ちる」意見と感じます。ヤンキー的な気合主義、確かにそうです。
先日の原発ゼロ大行進のときに、例の在特会の連中が口汚いののしりの声を上げていたことは、先の記事に書きました。

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反原発のデモの際、あるいはそれ以外でも何回も在特会の連中と遭遇し、彼らの口汚くヒステリックな怒鳴り声を聞いて、私には「ゴロツキ」としか思えなかったけれど、この文章を見て、彼らはまさしく「ヤンキー」そのものなんだということに思い至りました。
そして、残念なことに今や在特会というごく小集団だけでなく、日本という国全体がそういう方向に向かってしまっているように感じられます。
しかし、こういう方向性の末に待っているものは、いったいなんでしょうか。高校の運動部なら「気合入れれば何とかなる」(何とかなったような気にさせる)としても、社会全体はそうはいきません。今は安倍政権への期待値で、何となく支持率が高いようですが、夢はいつかは覚める。民主党政権がそうだったように、です。

ところで、元のの文章の本題からは若干テーマが外れますが

「典型的なのは、日本における引きこもりの多さとホームレスの少なさでしょう。若年ホームレスだけ見れば1万人いない。米国には100万人、英国に25万人いるのに日本は異常に少ない。それがどこにいるかと思ったら家の中にいる。引きこもりという形で。排除された若者は家族が支えているんです」

この話は、いろんな意味で将来きわめて深刻な問題なるだろうと確信しています。現時点でも、私にとっては結構切実な話題なんですけどね。
間違いなく言えることは、引きこもりを親が一生支えることはできない、ということです。だって、どう考えたって子どもより親のほうが先に死ぬんだから。今は親の収入で引きこもりの子どもの生活が維持されていても、その親はいつか退職し、亡くなっていき、支える家族がいなくなる。


現在、引きこもり者の総数は150万人以上とされますが、稀に外出する程度の例まで含めて広義に捉えると、300万人以上ともいわれます。その全員とは言いませんが、まず大多数が無職でしょう。(求職活動を行っていなければ、失業者にもカウントされない)
このほかに、引きこもりではなくても、まともに就職していないニートが更に何十万人かいる。それでも、社会との接点が保たれている人なら、いま無職でもいざとなれば仕事に就けるだろうと多少の期待も抱けるけれど、社会との接点を絶った引きこもり生活を何年も続けてしまったら、就業への敷居は絶望的に高い。まして、その状態で50代60代になってしまったら、もうどうにもなりません。
そのとき、引きこもりの大多数は進退窮まることになります。賃貸住宅であれば、その時点で住居を追い出されてホームレスとなる人が激増することになるでしょう。

何かと問題になっている生活保護受給者の総数が、昨年12月の時点で215万人と発表されています。それと比べて、300万人という数字がいかに膨大かは、考えるまでもありません。いろいろな意味で、これは寒気のする恐ろしい問題だと私は思うのです。





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最終更新日  2013.03.17 20:33:53
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