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2013.09.28
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カテゴリ: 環境問題
温暖化、原因は「人」 IPCC、6年ぶり報告書

IPCCが総合的な報告書を公表するのは前回2007年以来6年ぶり5回目。加盟195カ国のチェックを受けて承認されたため、今後の国際的な対策づくりの科学的なよりどころとなる。
報告書では、世界の平均気温は1880年から2012年までに0・85度上昇、海面水位は1901年から2010年までに19センチ上昇したと認定。大気中の二酸化炭素(CO2)濃度は1750年以降40%増加し、過去80万年で前例のない高さだとした。
20世紀後半からの温暖化については「人為影響である可能性が極めて高い」とし、前回の90%を上回る95%以上の確信度で断定した。将来の予測では、1986~2005年と比べた今世紀末の気温上昇幅を0・3~4・8度、海面の上昇は26~82センチとした。

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私は原発には反対であり、できるだけ早く原発依存から脱却すべきだと思っている人間で、脱原発集会にも度々参加しているわけですが、反面、脱原発派の一部が地球温暖化懐疑論を声高に叫んでいる点については、同意しがたいものを感じています。その代表例は広瀬隆ですね。反原発集会に行くと、度々彼のスピーチを聞く機会があるのですが、「原発に反対」という一点では一致できますけど、地球温暖化問題に関する彼の主張は滅茶苦茶だと思っています。福島原発より前のことですが、広瀬隆を全面批判する記事もアップしたことがありました。

脱原発派(の一部)が地球温暖化懐疑論に傾きがちなのは、地球温暖化を強調されると、「原発を止めて火力発電に」という主張が通りにくくなるからではないかと思うのですが、気持ちの上では私も分かります。でも政治ではなく科学の問題としては、そういう計算で賛否を決めるのはどうかと思うわけです。原発も危険だし、地球温暖化も危険である、科学的事実と政治的都合を混同するのは危険なことです。

さて、IPCCの最新の報告書によると、「世界の平均気温は1880年から2012年までに0・85度上昇、海面水位は1901年から2010年までに19センチ上昇した」とのこと。この気温変動と水位自体は、おそらく過去の地球の歴史の中で前例のあることだろうと思います。※

※最終氷期の最寒冷期は、現在より気候変動の幅が大きかったようだし、特に最終氷期末期の「寒の戻り」の時期であるヤンガードリアス期は、始まりも終わりも唐突で急激な気温変化があったと推定されています。Wikipediaによれば、ヤンガードリアス期の終わりは、数年で7度の気温上昇というすさまじいもの。

ただし、残念ながら気温上昇とそれによる海面水位上昇は、これからも続くことは確実です。引用記事によると
「1986~2005年と比べた今世紀末の気温上昇幅を0・3~4・8度、海面の上昇は26~82センチ」とのことです。推計の幅が大きいですが、上限と加減の中間値あたりで考えると、2.5度くらいの気温上昇ということになります。

たかが2.5度というなかれ。特定の地点で特定の時間の2.5度の違いではないのです。地球全体の平均気温で2度の違いです。
1地点の年平均気温だけでも、2.5度というのは非常に大きな違いです。たとえば、東京(大手町)の現在の年平均気温は16.3度で、青梅市の年平均気温は13.8度です。ちょうど2.5度違う。同じ東京でも、大手町と青梅では気温が相当違うことは誰でも知っていると思いますが、年平均気温にしてしまえば、その程度の差なのです。


別の例で言うと、関東地方で観測史上唯一、梅雨明けが観測されなかった年があります。1993年です。たいへんな冷夏で、大凶作となり米不足が社会問題になりました。8月の月平均気温が24.8度という涼しさ。ところが、この年の年平均気温は15.5度ですから、東京の年平均気温16.3度に対して、たった0.8度低いだけなのです。私が生まれた1968年以降、年平均気温が最も低かったのは1984年の14.9度。東京で累計80センチ以上の降雪があり、連日の冬日、それでも平年値に対しては1.4度低いだけ。逆に東京で観測史上もっとも年平均気温が高かったのは2004年の17.3度。1984年との差は、2.4度しかありません。(今年は、ひょっとすると2004年を超えるかもしれませんが、だとしても0.1度か0.2度程度の差です)
猛烈な酷暑・暖冬の年と、冷夏・厳冬の年でも、年平均気温にしてしまうとその程度の差しか生じない、というところから考えても、2.5度という気温差がいかに巨大かは分かろうものです。

ただし、地球温暖化によってもっとも致命的な被害を受けるのは自然環境ではないはずです。前述のように、地球環境史的には、これよりもっと急激な気温変化は過去に存在しました。その度に、森は数百年か数千年の時間をかけて、南へ北へ、あるいは高地へ低地へと移動して、対応してきたのです。
しかし、そうはいかないのは人間社会のほうです。短期間のうちに2.5度という気温変化が、たとえば農業生産や水資源に与える影響というのは、かなり大きなものと思われます。人類社会は、その変化に難なく対応するには、あまりに人数が大きすぎ、余力が小さすぎる。

地球温暖化というと、環境問題(=自然破壊)と思われていますし、それは間違いではありませんが、人間社会に対する深刻な危機、という側面のほうが、より深刻だと思います。

では、温暖化を避けるために原発をガンガン動かせばよいのか、という話になるから、脱原発派が地球温暖化懐疑論に与する素地ができてしまうわけですが、そもそも化石燃料が有限なのと同様、いや、ひょっとしたらそれ以上にウランの埋蔵量も有限です。だから、原発をガンガン動かせばよい、という話も、化石燃料をガンガン燃やせばよい、という話も、どちらにも未来はないと思われます。

高速増殖炉で核燃料リサイクル、などという実現性の乏しい夢物語(悪夢の物語)に比べれば、太陽光、地熱、小規模水力、風力発電など、埋蔵量と無関係な再生可能エネルギーに注力するほうがよいし、できるだけエネルギー消費を減らすような方向に進むべき、とも思います。それだけですべてが解決できるわけではないけれど、現在文明が数百年数千年単位で持続していけるとすれば、道はそれしかない。もちろん、そんな先のことなど分からないからどうでもよい、これからせいぜい数十年先まで安泰ならそれでよい、という考え方もあるかもしれませんが。でも、現在45歳の私の人生など、長くてもあと30年か40年程度だろうけど、まもなく10歳になる私の子どもの人生は、それよりはずっと長い。10代先20代先の子孫に対しての責任はさすがに負いかねるけど、せめて自分の子どもに対しては、「あとは野となれ」という態度は取りたくないです。





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最終更新日  2013.09.28 23:59:46
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