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私は過去のことはほとんど思い出しません。毎年いい年だったなと漠然と覚えているだけです。いつもこれから何しようか、とばかり考えています。来年はもっといい年にします。良いお年を。
2004.12.31
2004年の私の主な行動記録です。1月 楽天日記を始めた。6月 クラシックギターを始めた。7月 京都旅行1週間11月 ビジネス講座受講開始12月 ウェブサイトを開設まだまだ行動が少ない。来年はもっと行動し、ビジネスの仕組み作りを行う。サラリーマンで時間が無いことを言い訳にしない。
2004.12.30
行動は手足・肉体が行うもの。手足・肉体は脳が動かす。命令するのは脳だ。人は動こうという気にならないと動かない。動こうという気になるには、言葉とイメージと感情が含まれた思考が必要。知と情を一つの方向性に向けると、「意」が出てくる。意志があれば、自然と行動に行くものだ。
2004.12.18
何事も上達するには訓練・経験が必要です。文章も上達するには、実際に書いてみるのが一番です。と文章の書き方の本に書いてありました。文章の書き方の本を読んでも、文章は上達しません。実際に書いてみる、試行錯誤する経験が上達を生みます。どきどきしながら、迷いながらもこの楽天日記を開始して1年になります。嫌がらせのメールが来るのではないか、とか、身元がばれるのでは、とか心配した覚えがあります。今となってはどうってこともない問題です。今でもときどき昔の日記を読み返してみます。開始当初の肩に力の入った文章を読むと、ほほえましくなります。今は、肩の力が抜けること抜けること。楽しみながらいい訓練になりました。一年後、自分が何を書いているか、今から楽しみです。
2004.12.17
伊豆下田のとある温泉に浸かっているときのこと。私に話し掛けてくる見知らぬ人がいた。何でも地元の塗装業を営む自営業の人だそうだ。日本の政治に不満があるらしく、日米関係や日本と北朝鮮との関係についてとうとうと語った。「そんなに政治に不満があるのなら、政治家になったらどうですか?町会議員や市会議員ならすぐになれますよ。」と持ち上げてみた。するとすぐに「そんなことできないですよ。」と検討することもなしに、また政治の話をしだした。私は政治のことは詳しくないので、「そんなもんか」と納得した。
2004.12.16
いつも座って仕事をしているので、腰痛持ちです。ひどいときは、歩くのも困難なぐらい痛くなります。ある日、足を組んだ直後に腰にピキッときました。足を組むのは癖なのです。仕事中も足を組んでいます。そこで仮説を思いつきました。「足を組むと腰骨がずれるのではないか。足を組むのを止めてみたらどうなるか。」普段、無意識に組んでいることも多いのですが、意識的に止めてみました。3日ほどは変化が無かったのですが、4日目あたりから変化が出てきました。あれほどひどかった腰痛が襲ってこないようになった。それから15日ほど経過しましたが、腰痛はありません。今のところ、仮説は正しかったようです。これを継続してみます。
2004.12.15
は、ビジネスを行うにあたって試行錯誤ができないことだ。試行錯誤するためには誰かの承認が必要となる。自分のお金ではないので、実質的にリスクが取れない。失敗すると他人から褒められるのではなく、責められる。基本的に、上司から命令されたことを忠実に行えば評価される。これは学校と同じ。与えられた課題をこなすだけでいい。それ以上やろうとすると、障害が発生した。
2004.12.14
「学校のように座学で覚えたことは実社会では使えない」といわれます。学ぶ対象が役に立たないのではないと思います。学ぶ姿勢が役に立たないのです。どういうことか。大人になってからの勉強は、趣味を追求することに近いと思います。いずれも学校のシステムとは正反対です。誰からも強制されない。実践、体験が伴う。自腹で投資する。テストがない。制限期間がない。納期がない。点数がつかない。この頭の転換ができるかどうかで、いつまでも人に使われる人か、人を使う人になるかが分かれると思います。
2004.12.13
中華街のメインストリートにお粥の専門店がある。 いつも満員で行列が出来ている。 クリスマスの日、中華街を歩いていて、珍しく行列が2,3組だったので少し並んで入ってみた。 実は、味は普通。 値段は700円程度。 しかし「お粥」という狭い分野の専門家となると、魅力的に見えてしまうものだ。 実際私たちのように、気になっていた人が入るのだろう。 (リピーターになるかどうかは、食べてみた結果だけど。) JR川崎駅の地下街に小龍包の専門店がある。 中華の専門店ではない。 点心の専門店ではない。 餃子の専門店でさえもない。 狭い狭い、「小龍包」という分野に特化した専門店なのだ。 これには驚いた。 しかも六本木ヒルズにも支店があるとのこと。 思い切って、客が驚くほど狭い分野に特化している。 そうすると思わず入ってみようと思うものだ。 このお店はおいしかった。 専門家なら得意だろう、という推定が働く。 飲食の専門店なら、おいしそうだ、という推定が働く。 専門店は大脳の海馬領域に情報として蓄積されやすいのだ。
2004.12.12
財布をクリーニングしたくて、通りがかりのクリーニング屋さんに足を踏み入れた。カウンターに座っていた、おばさんが笑顔で応対してくれた。財布のクリーニングは難しい、といいつつも、すぐに電話でクリーニング工場に確認してくれた。できるかどうか、すぐには分からなかったので、明日結果を電話してくれることになった。できるかわからないが、嫌な顔をせず、対応してくれたことが嬉しかった。もしお願いするときは、ほかの店で相見積りを取らずにそこに頼もう。ところで、私の住んでいる川崎市中原区は住宅街だ。人口も多い。10分も歩くとクリーニング屋が点在している。実は近所のクリーニング屋さんは、おやじさんが怖い。ぶっきらぼうで、愛想が悪いのだ。客としての立場から言わせてもらえば、クリーニング店の競争力は、クリーニングのできばえ、ワイシャツの白さ、アイロンがけのうまさにあるのではない。価格でもない。きちんとストレス無く対応してくれるか。お客さんの抱えている問題についてちゃんと話を聞いてあげられるか。にあると思う。できないことは、できないことでいいのだ。はっきりと結論がわかればいい。結論を知ればあきらめもつく。そういうことをしっかりと聞いてあげられるコミュニケーション能力が商売成功の鍵だ。私など、お店の人の感じの悪い店は「二度と行くか!」と思ってしまう。これは学校では教えてくれなかった能力だ。学校では、学力=IQのことばかり教えられる。人とうまくやっていく能力、すなわち「EQ」については教えてくれない。正規の教育科目のカテゴリーとしても存在していない。しかしビジネスマンになってからはEQのほうが重要だ。コミュニケーション能力のないビジネスマンは、はじき出されている。私の知る限りでも、犠牲者はたくさん知っている。反対に、「この人はよく人に気を使うなあ、コミュニケーション能力があるなあ」と感心する人は、必ず人から引き立てられて活躍している。制度として対応していない以上、EQの重要性は、親が子供に教えるしかないだろう。大人になってからは、自分で自分を教育していくしかないですな。
2004.12.11
手塚先生のご先祖の江戸のお医者さんを描いた作品。江戸時代末期を描いたもので、「幕末もの」に分類される。江戸時代の公的な医療は、「漢方医」が中心だった。西洋医学である「蘭方医」は怪しいものだとされていた。第1巻では、手塚氏の先祖である蘭方医が、種痘を予防するためのワクチン注射を広めるための苦労が描かれている。当時は、牛から取ったワクチンを注射すると、「牛になる」といわれ、ワクチン注射を受けてもらうために大変な抵抗があった。いつの世も、いくら役に立つものであっても、新しい知識や技術は、「新しい」というだけで抵抗を受ける。古い知識でメリットを受けている既得権階級が、自分たちの利益を守ろうと必死になり、先頭を切って新しいものに抵抗する。これは現代でも変わらない。人のアタマの中を変えるのには困難が伴う。なぜなら、世の中が変わる順序には以下のような決まりがあるからだ。▼まず、新しい科学技術が広まり、技術が製品化され商品として発売される。(電子メールが開発される。)▼役に立つ商品であれば、急速に広まって人々の生活習慣が変わる。(みんながEメールを使うようになり、連絡手段がメール中心となる。)▼人々の考え方、頭の中が変わる。(使っているうちにEメールが必要だと認識される、受け入れられる。)▼法律上の制度として認められる、新しい技術に法律制度が追いつく。(行政への申請をEメールで行うことが認められる、株主総会の招集通知をEメールで送ることが認められる、Eメールが裁判の証拠として認められる、など。)
2004.12.10
毎年年末に最も頭の痛い仕事が年賀状。私ははっきりいってこの作業は嫌い。だからといって出さないわけにはいかない。会社は嫌いだが会社に行かないわけにはいかないのと同じだ。年賀状を出さない年もあった。しがらみが嫌だった。こっちが出さなくても、付き合いがある人がいる以上、それでも何十通かは来る。来たものには、返事を出さないわけには行かず、慌ててコンビニに買いに行く。するとたいてい年明けの時期には売り切れている。次に郵便局にいく。大概、郵便局も売り切れている。結局、普通はがきに年賀切手を貼って、赤ペンで「年賀」と書いて出すことになる。これが一番恥ずかしい。竹村健一氏の著書に書いてあったのを覚えているが、彼は年賀状を出さないそうだ。返事を書かないそうだ。ついでに、他人の結婚式には一切出席しないそうだ。ある意味割り切っていて、すごいなと思う。また私の知人に年賀状ではなく、クリスマスカードを送ってくれる人がいる。これも賢い。差別化を図っていてすばらしいと思う。私は今年の年賀状は一年間に撮りためた写真を並べることにした。なぜなら、もらってうれしいのは、本人やその家族の写真入のものだからだ。その人の近況がよく分かる。これが案外作るのが楽だった。いい写真を選んで並べるだけ。宛名さえ入力しておけば、必要枚数をプリントアウトするだけ。これは楽。ぐうたらな私でも半日でできる。私の長年の悩みのひとつが解消できた。
2004.12.09
コンビニで買ってきた年賀状に名前だけ入った年賀状がある。白黒印刷で印刷業者に頼んで宛名だけ書いたようなものがある。それでも悪いわけではない。出来合いのものでもいい。ここでポジションチェンジをしてみる。年賀状をもらう立場になってみる。酉年だからといって、鳥の絵が印刷してある年賀状をもらってうれしいのか。「当たり前」のものをもらっても。その人の個性がいくぶんかでも露わになっているもの、いくぶんかでも自己表現がなされているもののほうが、もらうほうとしては嬉しいのではないか。簡単に言うと、1年後に年賀状を見返したときに、宛名を見なくても誰のものか覚えていてもらえるもの、がいい。年賀状をくれる人の中には、手書きの年賀状で自分の芸術欲を爆発させている人がいる。知人に一人ぐらいは、「あなた芸術家になったほうがいいんじゃないの?」と思うぐらい個性的なのを送ってくれる人がいる。結局、年賀状もコミュニケーションだ。年賀状に端無くもその人のコミュニケーション能力が現れている。気配りができている人は、やっぱり年賀状にも気配りがされている。一事が万事だ。もらった人は、冷静に送り主のEQ能力を測っていることだろう。
2004.12.08
体が資本とはよく言ったものだ。私は小さいときから体が弱く、何かあれば直ぐに風邪を引いていた。ほとんど毎日、父親に連れられて病院に通っていた。今でも疲れがたまりやすかったり、どこかが痛くなって医者に通ったり、健康診断で再検査が出たりする。体調が悪いと何をする気も起きないのは確かだ。どこかが痛かったり、気持ちが悪いと何をしても楽しめない。注意・関心がそっちに行ってしまう。調子が悪いときも悪いなりにだましだまし体と付き合っていかなければならない。また体のメンテナンスにも時間を割くため、ジムに通っている。事故・病気・老衰など、何らかの理由で肉体の使用期間が満了したときが死ということだろう。病気になるたびに、人間にとって肉体が制約条件ということを痛感する。肉体を維持するための食欲や睡眠欲が強烈な欲求であるのもうなずける。健康というか肉体は人生の優先順位のランクは1位だ。というか、それがないと人間として存在できないということだ。では、その次に大切なものは何かな?と考える。結論は出ない。思い浮かぶのは、時間と人間関係とお金だった。 お金は欲しいものを手に入れるための手段に過ぎないことは明白だ。しかしお金があれば、仕事をしてもしなくてもいいという選択肢が与えら得るのも事実。会社員をやっているとよくある、無意味だと思えるような仕事はやんわりと断ることができる。やりがいのある仕事だけをやればいいわけだ。自分の持ち時間のほとんどは、仕事に費やされるので、仕事を選べるようになれば時間的自由も得られる。時間があれば人間関係の維持や構築に割くこともできる。私自身を振り返ってみても、人間関係を悪化させた原因には、・相手に対して時間を避けないこと・余裕をもった対応をできないこと・求めるばかりで与えようとしないこと・お金の不調法により不義理をしてしまうことなんかがあると思う。
2004.12.07
嫁さんの誕生日に予約して横浜の店に行った。前菜が7種類ある「シェフのおすすめコース」にした。誕生日だと伝えておいたお陰で、お店の人がちょっとした演出をしてくれた。店員さんがお皿を運んできてくれて、その皿にはチョコレートで「ハッピーバースデー」と書いてあった。どうやら喜んでくれたようだ。
2004.12.06
今まで疑問だったが、今日やっと分かった。電車内はネガティブな感情が充満しているのだ。「会社へ行きたくない」というネガティブな感情だ。そういう感情同士がぶつかり合って増幅している。ネガティブな感情に触れることで、エネルギーを消耗するのだ。通勤電車に乗ったらカウントしてみて欲しい。疲れて寝ている人、うつむいている人、うつろな表情をしている人の数を。まるで護送列車か棺桶の中かと感じた。通勤がある人と、無い人を比較すると、通勤が無いほうがかなりのアドバンテージだと思う。
2004.12.05
「正しかったか、間違っていたかは、100年、200年後の人間が判断すればいい」そういう趣旨だったと思う。土方役の山本君はホントに泣いてたように感じた。あのアニキ?のセリフにこの1年の新撰組のドラマが集約されていた。そうなんだよ。他人の評価なんか移ろいやすいものなんだよ。自分の信じた道を進めるところまですすむんだよ。・・・今年の夏に京都へ行ったことを想い出していた。
2004.12.04
武蔵小杉の大戸屋で夕食。天然ぶりの煮物定食を注文。しかし問題はぶりではなかった。。。定食に付いてくるけんちん汁に問題があった。写真では、「器いっぱいに具沢山のけんちん汁」だった。しかし、運ばれてきたものはそうではなかった。「器の半分以下の汁の量に、具が見えない。箸ですくってもほとんどない」という写真とは似て非なるものだった。私は一瞬顔面蒼白となった。が、「打たれ強い」と評判の私のこと。すぐに気を取り直して、店員のお姉さんを呼び止める。「このけんちん汁、この量でいいんですか?」と怒りを押さえて聞いてみる。店員:「ちょっとお待ちください。聞いてまいります。」とうまく難を逃れる。しばらくして、帰ってきた。「お客様、このけんちん汁は、もともと200CCですので。」といって、困った顔をして停止している。・・・お前は、クイズミリオネアのみのもんたか?とつっこみたくなったが、私は大人の対応を見せることに決めた。「わかりました。」私の負けだ。おとなしくけんちん汁をすすった。でも、おかしくない?写真と違うだろうに。・・・クレームをつけたがる私の病気が出たようだ。そんなときは大戸屋の株価を見て心を落ち着けよう。
2004.12.03
半分ぐらいできたところ。年明けに公開するため準備中。SEO対策も施しています。タイトルは「ぐうたら株式投資」です。お楽しみに。
2004.12.02
最初の年は赤字でした。次の年は30万円ほどの黒字でした。そして3年目の今年。キャピタルゲインで7桁を達成。しかもその他保有銘柄で含み益あり。忍耐のかいがあったというものです。
2004.12.01
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