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こんにちはブラじゅんこです前回アップしました「松戸宿」散策したあとに常磐線の反対側にある戸定邸へと向かいましたっというわけで今回は「戸定邸編」戸定邸は江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜の弟徳川昭武さんのおうち昭武さんといえば大河ドラマ「晴天をつけ」では板垣李光人くんが演じてましたね建物に入ってまずはお庭を見たいなぁっと思い広間でお庭を眺めていると・・・5分後にボランティアガイドがあるというので参加させてもらいましたまずは広間から表座敷と呼ばれる客間で格式が一番高いお部屋木材なども最高級で例えば、梁が継ぎ目のない木だったり襖が一枚の木の年輪だったりこの木、どんだけ太かったんだ?そしてなんといっても景色が素晴らしい高台に建っているこの屋敷からは江戸川から江戸方面が望めて富士山も見えたそう今は・・・んんん???富士山の位置に高いビルが・・・!?あれは、金町駅前の高層マンションじゃなんか・・・ごめんなさい・・・マンションが建つ前はきれいに富士山が見えていたそうですそしてなんといってもこのお庭丘の頂上をわざと中心からずらしたお洒落な高低そこにコウヤマキの木が並んでいます緑がとってもきれいこの日はお庭に出られなかったけど10日、20日、30日は庭に出られるそうです今度はここを歩いてみたい広間の床の間もシンプルできれいそして欄間には葵が・・・・広間の横には昭武さんの書斎などがあります欄間などもシンプルですね欄間の下をよ~~~く見ると丸い輪がありますよねこれは蚊帳を吊る部分だそう蚊帳・・・懐かしいなぁここからは増設されたエリアになります表座敷と奥座敷の間にある中座敷ここは子供部屋として使われたりのちには衣裳部屋などに使われていたのではないか、、っというお部屋になるそうです日当たりがあまりよくない・・・その奥にあるのが奥座敷ここは後妻である八重さんのお部屋欄間や長押がないシンプルなお部屋奥様のお部屋としてはシンプル過ぎるような気がするけど。。。八重さんは幕府御家人である斎藤貫之の娘だそうでそういうことも関係してるのかな??でも、この丸窓がステキですねこの奥座敷から離れのような形で湯殿があります廊下が細い・・蛇口や湯舟などは近年のものだそうですがお洒落ですよねさらに奥には離座敷がありますここは昭武さんのお母さんのお部屋明るいそして欄間などが豪華になっていますここの欄間にはちょうちょそしてもう一か所にはスズメ昭武さんのお母さんである秋庭さんは万里小路家のご息女スズメは万里小路家の家紋だそうこちらにもある丸窓からは今は木々しか見えないけど当時は視界が開けていて江戸川や富士山が見えたそうですよいったん玄関に方へと戻るとそこには内倉がありますこの蔵、石でできてるのかと思ったらコンクリートなんだそう二階建てで当時は刀剣などがおさめられていたそう今は長持ちなどが置かれてました玄関は表玄関と使者などが使う内玄関があります見にくいか・・・玄関の左側にチラっと見えてますねこの内玄関を入って左に行くと使者の間がありますここは、お客様の使者たちが待機している部屋日当たりもいいしお庭も見えるし欄間にはこうもり!・・・なんでコウモリなんだろうこの景色を見ながら待機。。。いいですねぇガイドはここでおしまい普通に見ていたら分からないことをたくさんお話してもらってすごく楽しく見学できました一緒にまわった方たちもとっても楽しくワイワイと見学できました昭武さんが過ごした戸定邸当時の大名の屋敷が残っていることが珍しいのでとても貴重ゆったりとした空間だったのでまたのんびりと訪れたいなぁっと思いましたおまけお庭の﨑にある東屋庭園ここは一時期、福島県学生寮が建っていたそうでそのために昭武さんが作ったお庭はなくなりましたここには井戸や、窯があって昭武さんは「戸定焼き」という陶磁器を焼いていたそうですそれではまた次のブラじゅんこで
2023.10.23
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こんにちはブラじゅんこです今回の散歩は・・・・松戸🎉実は私、隣町の金町出身なので松戸は小さいころからよく行ってたんですがほぼ伊勢丹にしか行ってないなので、今回新しい発見がたくさんあってびっくりの連続でした(ちなみに今回は伊勢丹には行ってません。行ってみればよかった)松戸編としまして①松戸宿②戸定邸の、2本立てでお送りしたいと思いますまずは・・・松戸宿、スタート松戸宿は水戸街道の宿場町北千住から、新宿、松戸と3つ目の宿場になります普段は一日に40人程度だったらしいけど参勤交代の大名行列が通るときはそりゃ~大変だったそうスタートはこちら松戸神社⛩松戸宿の鎮守むかしむかし、ヤマトタケルが東征へと向かうとき従者と待ち合わせたのがこの祠があった江戸川の近くえ? 待ち合わせ?なんかかわいい江戸時代にはここに陣屋があって空地になったところに祠を移したそうそこからちょっと北へと移動しますそこにあるのが・・・松先稲荷神社⛩この神社の名前も面白くて伏見稲荷に行く松戸宿の氏子さんが草加の人と千住宿で会い中山道と東海道に分かれてどちらが先に着くか競争したそうなんです勝ったのが松戸の人でまっさきに着いたぞ~~~っといういうのでこの名前になったとか・・・おもしろい伏見稲荷から勧進されてます松戸宿には坂川という川が流れていますなかなか風情のある小川でこれが伊勢丹のすぐ裏に流れているなんて知らなかった。。。のどか・・・・その川に沿って南へと移動します松戸神社を再び通り過ぎてやってきたのは松龍寺開基は、家康・秀忠・家光と3代に仕えた高木正次1651年にこの地に移転してきてからとても景色のいい場所だったそうで吉宗・家斉・家慶・慶喜がお鹿狩りの小休止所として利用したそうそれでかぁ徳川の御紋があったんですよ立派な本堂✨新しいですねこちらには開基である高木正次のお墓があります正次は正勝の次男で現在の戸定邸の場所に屋敷を置き松戸神社の場所に陣屋をおいたそう松龍寺のとなりには慈眼寺すっかり現代の建物になってましたさらに坂川に沿って歩いているとこんな看板が・・・慶喜さんですね晩年、多趣味で知られている慶喜さんですがカメラも有名ですよね松戸には弟である昭武さんが住んでいたためよく訪れていたそうこの坂川の景色を撮影しているところを昭武さんが移した写真がそうですよ📷なんか・・・・すごいよねそしてこの景色が慶喜さんと同じ場所から撮影したもの少し先に行くとレンガの橋が見えてきました小山樋門1898年に川の逆流を防ぐために作られた樋門千葉県では最古だそう今は使われておらず橋の道路橋として使用されてます私も渡りましたここからUターンして今度は旧水戸街道に入りますそしてひょいと江戸川の方へ歩きますと・・・「ここより松戸宿」という道標がありました江戸川ということで当時はここで江戸川を渡っていました川を挟んだ金町(私の育ったホームタウン)には関所がありましてここから渡し舟で渡ったそうです・・・ポツンと碑だけ建ってましたさて江戸川を渡って松戸宿に入りますよ街道に沿って歩き松戸神社近くに来ると。。。本陣跡今はマンションが建ってました明治維新後も個人宅として使われていたそうなんですが2004年に取り壊されたとえ? つい最近じゃない?早く見にくればよかったさらに北へと向かいます途中、懐かしい建物なんかにも遭遇しながら歩いていると松戸宿の碑(?)がありました次に現れたのは・・宝光院境内にはお砂場がありましたそして、なんといってもここのお寺は幕末の剣豪・千葉周作が訓練していた浅利道場があった場所だそうで入り口に碑がありました周作は、15歳で岩手から松戸宿にやってきて父は馬医師としてこのあたりで開業していたそうちなみにこの文字が書かれた材木は旧本陣の大黒柱だそうですさらに進むと隣の隣くらいに・・・善照寺落ち着いた本堂時代を感じますね・・・さすが街道たくさんのお寺が並んでますよ次に見えたのは西連寺こちらは寺子屋があったそうここで江戸川の方へと向かいますって向かってたらなんか碑がある納谷河岸松戸宿北側の河岸は物流拠点として賑わっていたそうこの辺りは船問屋や材木商が軒を並べていたんだそうでまた、銚子からの鮮魚を日本橋まで運ぶ「なま街道」の中継地だったんだそう街道って言ってるけど海路ですそうよね、銚子から利根川、江戸川、小名木川ってルートで届けてたのかな?当時は海路での運搬が主だったからそうとう賑わっていたんでしょうねここから少し江戸川の土手を通って水神社へと向かいます今は静かにたたずんでますが水神様ですからね、当時はかなり信仰されていたんでしょうねそしてその前には来迎寺さて、このあたりで松戸宿は終わり松戸宿は坂川に沿って街道がありなんだか長閑でゆったりとした街でした伊勢丹しか知らなかったのでその裏にこんな素敵な街並みがあったなんて・・・早く知っていればよかった坂川の流れもとてもよかったなぁではまた次回のブラじゅんこで~~戸定邸へとつづく~~
2023.10.17
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こんにちはブラじゅんこです前回からの続き神奈川の金沢を散歩していましたが今回は続きになります前回は瀬戸神社からスタートして称名寺の前にある薬王寺まで歩きました(金沢(神奈川) 瀬戸から洲崎へ)いよいよ称名寺に到着しましたドーンと赤門がお出迎えなかなか立派ここから参道がまっすぐに伸びていますこの参道の途中に塔頭だった光明院の表門がありましたおお、こりゃ趣がある1665年に建てられたらしい昔は塔頭もたくさんあってにぎやかだったんでしょうねな~んて考えながら進んでいくと・・・デデン仁王門👹これまた立派門の中では金剛力士像がにらみをきかせておりましたちょっと見にくいけど・・・筋肉粒々でしたよ称名寺は金沢北条氏の菩提寺北条義時の孫にあたる金沢実時が建立しました当時の邸宅に持仏堂を建てたのが始まりとか実時は幕府でも要職についていて執権からもかなり頼られていたらしい金沢文庫を創設したのも実時さんですその後2代顕時、3代貞顕の代に伽藍や庭園が整備されたそう仁王門をくぐるとステキな景色が・・・極楽の景色~~~~👼昔行った平泉の毛越寺を思い出す・・・阿字ヶ池にかかる反橋、中島、平橋と浄土式庭園が見事に形成されております空が広い・・・この景色が見たくて金沢に来たといっても過言ではないタイムスリップしたような景色橋を渡ると金堂がお出迎え金堂は1681年に再建右側に建っているのは釈迦堂1862年に建てられたそう称名寺は鎌倉幕府が滅んで北条氏も共に滅んだことから荒廃してしまってほとんどが江戸時代に再建されたそういや、再建されてよかったよねおかげで現代の私たちもこの景色が拝めるこの金堂の裏の山に実時さんのお墓があるというので早速向かった・・・のですがん?道がない?分からんぞ・・・と、うろうろしていたらたまたま歩いてた方が道を教えてくれました助かった・・ありがとうございますいや、道ないじゃんこれ、聞かなかったから絶対分からなかったなと思っていると階段が現れました。。。ここから整備されたけど、今はそれほど整備されてない道をえっちらおっちらと登りまして。。。実時さんのお墓お参りさせていただきましたさて山を降りて金沢文庫へと向かいます文庫は金堂の西側崖を隔てた場所にありますこれは火事による延焼をさけるためだとかえ~~、すごい昔の隧道が残されてますこちらが現代の金沢文庫この時は中世学僧列伝っという企画展示をやっていてボランティアの解説でまわったんですがこれが面白かった当時の学僧の様子や僧侶の生活、お寺の荘園のことや当時の手紙からわかる世相などなど解説の方もたくさんお話してくれて予定時間をかなりオーバー(笑)じっくりと特別展を見て常設展示を見なかったという。。。今度は常設展示も見たい本当は顕時、貞顕さんのお墓にもお参りしたかったんだけどタイムオーバーでした残念称名寺は一気にタイムスリップしたような空気までもが違っていて不思議な空間でしたまわりに現代の建物が見えないものあるんでしょうねではまた次回のブラじゅんこで
2023.10.11
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こんにちはブラじゅんこです今回は神奈川にある金沢に行ってきました金沢というと金沢文庫であったり金沢八景が有名ですよね私は昔友人と八景島シーパラダイスに行ったことを思い出しました金沢は鎌倉ととても関係が深く鎌倉幕府執権の北条氏とゆかりがある街北条氏って得宗家である義時からの嫡流と兄弟や息子たちによる分家がたくさんあるんですが例えば。。。大河にも出ていた北条朝時は名越流北条家と言われてますその中でも義時の子実泰がここ金沢北条家の祖となっていてその後、代々続いていくことになります鎌倉って相模湾に面してるけど金沢は江戸湾に面してるので房総への窓口となってたらしいまずは瀬戸神社からスタート源頼朝によって三島神社から勧進された瀬戸神社今でも海に向いて建っております立派そして道路を挟んで目の前には・・・鳥居が見えてますね⛩直進してわたりたいところだけど横断歩道がないのでちょっとぐるっとまわって・・・ジャジャ―――ン琵琶島神社頼朝にならって北条政子さんが竹生島弁財天を勧進して海の中に島を作って創建したそういや、作ったのか島を今は廻りにビルやら橋やらかかってるけど当時は素敵な景色だったろうなぁ政子さんってあちこちに弁天様を勧進されてますよね🎼琵琶島神社への入り口には福石といわれる石が頼朝が参詣に来たときにこの石に服をかけて海で禊をしたそうでそれからこう呼ばれているんですって鳥居をくぐると島まで土橋のようになっていて両脇に松が植えられてます風情があるなぁ弁天様この日は暑かったけどここは風が抜けてすごく気持ちがいい場所でしたぼ~~っとしたかったなぁ琵琶島から見た平潟湾水がきれいでびっくりしたここから金沢といえば称名寺へ向けてゆっくりと歩いていきます宮川にかかる瀬戸橋を越えていきますすぐ右は海こちら側が瀬戸、あちら側が洲崎なんですが昔はここが狭い海峡になっていたそうでその真ん中に島を作ってそこに2つ橋をかけていたそうなんですよこんな感じ北条氏がかけたそうですよこの辺は釣舩屋が多かったです今度行ってみたいなぁ釣り、あまりやったことないけどこの橋を渡ったところに東屋っという有名な茶店があったそうで伊藤博文がここで明治憲法の草案を審議した場所なんだそうだけど場所が分からなかった目印とかなかったのか、私が見逃したのか。。。そしてその先に明治憲法草創の碑がありましたここで称名寺へと向かう道へと曲がりますするとすぐに見えてくるのが洲崎神社このあたりの鎮守様になるのかな?神社のすぐ隣には龍華寺頼朝が文覚上人に六浦山中に六浦荘鎮守のために創建した浄願寺が起源いやぁ、あの文覚上人ですか鎌倉殿ではかなりうさん臭く書かれてましたよねぇとてもきれいなお寺で御朱印をいただいた時にもとても感じよく対応していただきましたありがとうございましたそしてその先に安立寺天然寺芝生にきれいなステキなお寺でしたその先にある町屋神社町屋地区の総鎮守だそうここの鳥居のところに近所のおばあちゃんが座ってたんだけどず~~っと郵便屋さんを待ってるそうでその理由をず~~っと話してくれてました(笑)92歳のおばあちゃんすごいパワーをもらったなぁかわいらしいおばあちゃんでした道を進むと二股に分かれますがその真ん中に金沢八幡神社がありましたご挨拶をしてから右側の道を進みますしばらく進むと右側にドドーンと立派なお寺が現れます薬王寺なんといっても源範頼の別邸跡に建てられていてご本尊は範頼の念持仏といわれてます蒲殿がここにいたのか。。。もうそれだけで胸熱でございますさてここまでくると目の前が称名寺目的地に到着となります称名寺編は次のブラじゅんこで
2023.10.10
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