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CMがよくはいるようになった『ジェネリック医薬品。』あのCMは『何が目的なんだろう?』薬屋さんのカウンターが出てきたり憧れのヒデキが「医療の負担を軽くするジェネリック医薬品。」とコメントをつけていたり。二つの薬関係の会社が一緒になって「ジェネリック医薬品の●●●です。」と言っていたり。医薬品や医療系にちょっとでも興味を持っている人でないとそのCMでは何がなんだか分からないな。具合が悪くなって初めてお医者さんの事を意識する医療というサービスを受ける時には今のCMでは「ジェネリック医薬品って“どう使えば”いいんでしょうか。」という疑問さえ起らないのではないだろうか?・・・・・ということは今のCMってお家でテレビ見ている医療関係者に向けて情報の発信をしているって事なのかもしれない。この間地元の文化センターであった『認知症』のセミナーに行って来ました。『認知症』というのはいわゆる普通の“モノの判断”ができなくなるこれまで『痴呆』と言われていた症状の事です。そのセミナーでは地域で活動するお医者さんや介護サービスにかかわる人が行っていました。会場は“超”満席。『認知症』と『介護』についてはコレほどまでに興味を持たれている事なんだと改めて思いました。会場時間ギリギリで行った私はもちろん立ち見。久しぶりの立ちっ放して最初の30分がめちゃくちゃ辛かった。(_ _ ;)セミナーは『認知症とはどういう状態の事か』から始まり、『脳のしくみ』『医療で治せない認知症』の事から『医者が治せる認知症』とその『手術法』までを脳の断面図の写真を使ったり、表を使ったりしてわかりやすく解説していました。(詳しくは後で書くつもり。いつも“後”だわ。。。反省。)そのセミナーの最後で『何でもいいので質問してください。』と司会の先生が話したので「まだまだココの会場にいる人はジェネリック医薬品を知らないかもしんない。」という気持ちから初めてこういうセミナーで挙手して質問をしました。「あの・・・・今日の・・・セッ説明で糖尿病の人の血管はボロボロになって出血を起こすので・・・・・もし、、、、それが脳で起ると、、、、、認知症になるのかも、、、、とわわっっ、、、わかったんですが、、そこで、、、薬をもらう時の事で、、質問なんですけど、、、、先日、、、チラっっと人からジェネリック医薬品を使うと薬代が安く済むんだって、、、と聞いたんですが、、、そのジェネリック医薬品ってなんですか?」な、、、なんと思いきったあさってな質問をしちゃったかもっ!!!って正直思いながら質問しました。そのセミナーでは『認知症』のセミナーで開催主も『認知症』についての質問を待っていたと思うのです。でもね。でもね。お医者さんが3人も4人も揃っているところで『なんでも質問できる機会』なんてそうそうないんですよ。例えば病院に行ってお医者さんに聞こうと思っても「忙しいかも、、、」「次の人を待たせているかも、、、」「対面では何を聞いたらわかんない。。。」のが私です。(反射的に適切な事を話せるほど頭の回転速くないの。)しかも、会場には自分の体、家族の体に気をかけている人たちが集まっている!絶好の『ジェネリック医薬品をお知らせ場』ではないですか。私のあさってな質問に少々苦笑いを浮かべながら丁寧に答えてくださいました。話している事の一時一句は覚えてないけど要点だけ言うと次のような感じ。「これまで“特許を持っていた薬”の特許が切れて技術さえあればその薬と同じレシピで同じ効果を持った薬で、“特許料が薬に含まれない”分だけ薬が安くなり今言われている医療費の高騰を抑える事ができるんではないかと言われているのが“ジェネリック医薬品”。今のお医者さんは“聞けば”何でも答えてくれるハズなのでくわしい事は主治医に聞いてみてくださいね。」という感じのお答えでした。お医者さんがそのお答えを話している時私の左前方の席に座っていた人は「ウン。ウン。なるほど。なるほど。」と首を縦に振っていて(私にはそう見えた。)「あ。役に立つ質問だったかも。」と胸が熱くなりましたね。最初に書いた「ジェネリック医薬品って“どう使えば”いいんでしょうか。」っていう質問。たぶん心の準備ができてないお医者さんにそう聞くと「え。。。。“どう”って聞かれても。。。。。」と言う言葉が返ってきそうな気がします。それはお医者さんが考えている事とサービスを受ける側が考えている事(方向)が違うから。例えば“パソコンを使ってみたいのダ。”と思っている友人に「パソコンって“どう使うの”?」と聞かれたら「何に使いたいの?」と聞き返すんじゃないかと思うんです。パソコンなら「パソコンでネットオークションをしてみたいんだよねぇ。」という言葉が友人から返って来れば「あぁ。それなら●●するといいよ。」と友人の“やりたい事”への的へあったったお返事もできます。でも「ジェネリック医薬品」の場合は「医薬品」・・・薬なんで「ジェネリック医薬品って“どう使えば”いいの?」という言葉にはパソコンみたいに「何に使いたいの?」と聞き返す事ってできないだろうし。そんな考えもあってセミナーでの質問は「ジェネリック医薬品って何ですか。」とこちらは「ジェネリック医薬品の事は全く知らないですよ~。」とアピールして、(質問側はな何も知らない。と認識してもらって。)お医者さんと私の向いてる方向を同じにして専門家から自分が知りたい答えを引き出す形で質問してみたんです、、、。が。よくよく「医療費の高騰を抑える事ができるんではないかと言われているのが“ジェネリック医薬品”。今のお医者さんは“聞けば”何でも答えてくれるハズなのでくわしい事は主治医に聞いてみてくださいね。」と言う言葉をみると「・・・・・で。どうすればそのジェネリック医薬品を使えるんですか。」と言う思いが後から出てきた。たいがいそうなんダ。接点マーケッターの神田さんも話しているように「いいアイディアは後から思いつくもの。」なのだ。後から結局のトコロ“ココが知りたい”が出てくるものなんダ。アイディアって経験があって(考える)キッカケがあって初めて湧くモノじゃないですかね。「医療費の高騰を抑える事ができるんではないかと言われているのが“ジェネリック医薬品”。今のお医者さんは“聞けば”何でも答えてくれるハズなので詳しい事は主治医に聞いてみてくださいね。」・・・・とだけ聞いてしまえば「なるほどっ。詳しい事はお医者さんに聞けばいいんだね。」・・・・・となっちゃうと「病院に行く事がなければ聞く機会がない。」って事?何をどう聞けばいいんだろ。次に病院に行った時には身の上に起った苦しみのせいで聞きそびれちゃうんじゃないか・・・・・。いま『質問力』という言葉をよく聞きます。それはよく「プロ」に何かを聞く為には聞く側に質問力がないと。。。。と言う感じで話されている印象がありますが私はそれを形をちょっと変えた目線でもみて、「“プロ”としてサービスを提供する側」に「サービスを受ける側」に対して質問力をぜひ、つけてもらいたいと感じています。「ジェネリック医薬品って“どう使えば”いいの?」と言う言葉だけで考えると単刀直入で「どういった答え」を望んでいるのかを掴みにくいけれどそれは「薬代が安く済むなら使ってみたい。」という潜在的な気持ちからでている言葉かもしれない。できれば「ジェネリック医薬品ってなんですか。」 ↓「“特許料が薬に含まれない”分だけ薬が安いのが“ジェネリック医薬品”。」 ↓「できればその“ジェネリック医薬品”を利用したいんですが。」・・・・って感じでプロから聞き出せればいいけど、いや、それ以外にも色々考えちゃう。今は医薬分業だから処方箋を薬局に持って行った時に「●●製薬のジェネリック医薬品でお願いネ。」とか言えばいいの?(CMで薬局のカウンターに処方箋らしき紙を男の人が持っていったゾ。)これからの薬ってメーカーまで選べるの?ネット通販とかでジェネリック医薬品とかって買えたりするものなの?CMも・・・・なぁぁぁ~。企業のイメージアピールの映像だけじゃなくってお医者さんと患者さんが向き合って“ジェネリック医薬品を処方されるまでの過程”をミニドラマ風にして伝えてもらえた方が分かりやすいと思うんだけどな。(松平健の白馬に乗ったお殿様と水虫のCMみたいに。)知りたい事がそこにないとね。使い方わからんの。r(?_?)「ねぇねぇ。“ジェネリック”って知ってる?」「え。それって、新しい“スイーツ”の名前?美味しいの??」カタカナ語ってそうなってもおかしくないのよね♪話しの方向が一緒でないと見えてるものが違うから話しがすれ違うのもしかたがないんですよね。いつも(お互いが)同じモノを見ているとは限らんとです。(_ _ ;)ジェネリック医薬品ってそこに在るけど“ややこしい”ね。ホントに「ジェネリック医薬品って“どう”使えばいいんでしょうねぇ。」聞かないから言わなかった。それでは困るプロの世界で。サービスを受ける側は“知れば”サービスを使いたいのに使えずにおります。(遺族年金の申請みたいにね。)『質問力』は思いやり。ジェネリック医薬品も企業の儲けの一つの(お金になる)窓口としてだけあるんじゃなくって「医療費の負担を減らす事ができたら。。。役立つかも」っとか誕生した意味があると思うのですよね。人がジェネリック医薬品を手にするまでをシーン別に作ったミニドラマ(風)と一緒に(↑↑これがあれば“自分なりの使い方”が分かると思う。聞き方も。)ジェネリック医薬品を使えばどうなるかをもうちょいCMに活かして欲しい。。。。『オラたちの技術は高いのヨ。すごいでしょ。うふふん。』という事が言いたいんじゃなくて、『私たちのジェネリック医薬品をぜひ使ってくださいな。』と企業は思っているハズじゃろうし。CMってムツカシイノネ。ムツカシイノネ。
2005年04月26日
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今日は家族が新聞記事で見つけた話。。「最低750gで生まれる事ができれば赤ちゃんは助かる。」750g・・・・・。小麦粉1kgよりも少なくて小麦粉1kgのパッケージよりも小さい。「犬とか猫とかの赤ちゃんくらいって事だよね~。」「なんか怖いよね。」今まで知っていた新生児の体重は3kg前後だったからそのほぼ1/3の重さで本当の手のひらサイズで生まれてくる子がいるって事なんだ・・・・。新聞には未熟児で既に『肝不全』の状態で生まれる子もいるらしい。肝不全を持って生まれる子は生まれても1年から1年半で亡くなってしまうというからなお心がさみしくなる。イマドキの母体の中にいる赤ちゃんは通常はしているオシッコをする事が出来ず、クチから食べた物を体外へ排泄する事が出来ず赤ちゃんの体に溜まってしまう子もいるらしい。その場合には母体の外から母体のお腹に針(管:カテーテル)らしきものを挿してその汚物を取り除くとか。父や母の『体に無い物』は子供の体に受け継がれる事は無い。(意図的に何かを加えなければ。)随分前に見た『青森県の小児医療を取りあげた番組』で映っていたのは『度のつようそうなメガネ』をかけていた両親。随分前に見たテレビで脳障害を持った子を特集していた時のその子の両親は二人ともメガネをかけていた。(今までの観察から見ると、最初に生まれる子は10代にならない間にメガネをかけている子が少なくない。)もし、その子達の親が「普通に食べているから大丈夫。」と水道水の塩素でビタミンが別物になってる野菜やどうしても外食続きにならなければならなかった環境にいたとしたら、、、、。(ホルモンの材料にもなる)ミネラル(鉱物)は食べて摂るしかないよね。体が作り出す事できないよね?植物(野菜)の色素(カロチノイド)は体で作り出す事ができないから食べて摂るしかないよね?たんぱく質はビタミン・ミネラルが無いと細胞を作る事はできないよね?親の体に無い物が子の体には受け継がれるとは考えられない。もしかすると、『人災』のせいで生まれてしまう未熟児がいるとしたら、、、、。未熟を防げる子もいるのかもしれない。。。身近なところではあまり気にしたくないけれどつい関連を見つけては『知る』キッカケになっている。ありがたや。ありがたや。
2005年04月25日
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