2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全24件 (24件中 1-24件目)
1
今日、漸く府中税務署に確定申告の書類を出しに行って来た。昨年は6月まではフランス勤務で、この分は此れからフランスでの2007年度の税務申告をする事になる。7月から年末までの半年は、日本での納税が必要に成り、非常勤勤務の給与分と国からの老齢厚生年金や退職金の一部となる企業年金基金の合算所得と成るので、追加納税と成ってしまった。早く決着したかったので、税務署で納付書類を貰って、府中の銀行でお金を下ろした後、郵便局で振込み手続きを済ませた。確定申告と言うと、還付が当たり前と思っていたが、追加納税は年金生活者に取っては、重い現実と成った。
2008年02月29日
コメント(0)
夕方からの、「日本で最も美しい村」連合の理事会に出席するため、何時もより早く退社。今日の理事会には、マスコミ関係者の聴講取材も有った。何時もの様に、会議終了後には場所を変えての本音での激論。地域や農林業再生、アジアからの観光客が大幅に増加している現状で、世界水準の日本で最も美しい村の観光付加価値を如何高めて行くかなど、町村長の皆様と熱く語り合った楽しい夕べであった。K理事がアレンジして呉れた有楽町の池波正太郎が通った味で名高い中華料理店のKは、食通揃いの連合理事メンバーをもうならせた昔ながらの素晴らしい中華の味とボリュームで大感激。12年物の老酒がこれまた優れもので、ドクターストップを忘れて飲む羽目に成った。早速、社用の会食の予約を入れていたメンバーも居た。
2008年02月28日
コメント(0)
2ヶ月ぶりの三重への日帰り出張。気温はさほど低くは無かったが、行きも帰りも雪に降られた。雪を避けるために、最後の打ち合わせ場所から、客先送迎用のバスに便乗させてもらい本館に戻ったが、そのバスの中に旧知のベルギーの会社の社長が乗っていた。予期せぬ出逢いに、久しぶりに話が弾んだが、こちらが仏語会話が苦手な事を憶えていて、からかい半分に仏語で話しをする様に誘導された。
2008年02月27日
コメント(2)
昨日、沖縄旅行の疲れと風邪気味の体調不良を押して出勤したので、風邪を拗らせた様だ。終日寝込んでいて、次男が昼食を食べに訪ねて来た事も気が付かなかった。春一番の強風が吹いたようで、今週末は引き篭もりのスケジュールが相応しそう。
2008年02月23日
コメント(2)

夕方のFlightまで、昨夜Kさんからアドバイスされた久高島に行く事に決めて南部の阿座真港へ。レンタカーは港に駐車して、小型の高速船で久高島の徳仁港に渡った。期待していたレンタサイクル屋が見付かり、自転車で細長い東西4KMの平坦な島を一周した。この島は琉球の神が天から降りて国造りを始めたと言う伝説が残り、島内には神々が祀られた御嶽(うたき)が点在していた。興味深いのは男子禁制のクボーウタキ、さすが女性が強く、しっかり者の沖縄だけの事はある。九州南部の男性上位の文化圏とは大きな違いがある。今日も天気は優れず、海の青さは期待できず。島内には野生のパイナップル、大きなガジュマロの木やハイビスカスなど南国の自然が豊か。 駆け足で島内を廻り、昼過ぎに本島に戻った。百名ビーチ上の絶景カフェのやぶさちへ向う途中には、小さなサトウキビ畑があり、農家の方が収穫中であった。やぶさちでは、窓側の席から新原ビーチでマリンスポーツを楽しんでいる様子を飽かずに眺めていた。パラグライダーかと思われる大きな凧が舞っていたが、風を受けて水上スキーの様に高速で海上を走るスポーツの様だ。1000円で、スープ、サラダ、飲み物付きのオムライスを食べたが、これが美味しい、食後のデザートも付けて、1300円は驚きの安さ。沖縄の料理は、何処でも安くて美味しいのが魅力。空港に移動する途中で、ひめゆりの塔と平和祈念資料館を見学した。資料館では、当時の生き残り学徒の80歳前後の女性の方が、戦争を知らない世代の若者に当時の様子を熱心に説明されていたのが印象的でその平和への思いには頭が下がった。 那覇空港には予定より早く到着したので、早い便に切り替えた、特定航空券では変更出来ないと思っていたが、係員に尋ねるとOKの返事でラッキーだった。沖縄のお土産としてアドバイスして貰った、宮古島の天然塩を使った雪塩ちんすこーと紅芋タルトを買い込んだ。
2008年02月21日
コメント(2)

昨夜は夕食をパスしたのでお腹が空いて朝7時にバイキングの朝食会場へ。既に多くの宿泊客が列を作っていた、リゾート地だけに一人旅の客は皆無。ホテル近くの人気スポットの沖縄美ら海水族館はパスして、今回の旅で最も期待していた備瀬集落のフクギ並木を目指す。早朝なので観光客は皆無、地元の人が掃除をして居る姿を見掛けた。並木道の白砂の上は箒で掃いた痕跡が。 並木の外側には屋根が古民家風の家が数件、庭も手入れが行き届いている。 狭い並木道に車が進入して来たので、眉を顰めたが老人を搬送する福祉車だった。運転者も申し訳無さそうに挨拶してくれた。並木道を往復した後、海岸沿いを備瀬崎まで散策。ここでもゴミ拾いをしていたお婆さんに遭遇。集落は何処も清潔。次に向ったのは世界遺産の今帰仁城跡、生憎雨が強くなって来た。此処は野鳥が多く、大型のズアカアオバトを見掛けた。城跡公園内で、サトーキビジュースの看板が目に付いたので注文してみた。サトウキビの幹を、そのまま大型のジューサーに横から押し込む方式で、繊維を除くフィルター付き。店の同世代のおじさんと話しをしていると、相手から何度もおじさんと呼ばれた、お店の人に旦那さんと呼ばれた事は有るが、沖縄では中年男性客の俗称をおじさんと呼ぶらしい。おじさんからサトウキビを煮詰めた”さーたーゆ”を強く勧められたので、予想より値が張ったが、お土産に買い込んだ。今帰仁村の歴史文化センターで村の古民家や家並みの集合景観が残されている場所を聞いたが、この村の建物はすっかり新しくなり、本部町の備瀬集落を推奨された。今朝行って来たばかりと答えると苦笑い。雨模様ではあるが、本島最北端のやんばる北部の辺戸岬に向かう事に。 此処にも、人類の恒久平和への願いが込められた祖国復帰闘争碑が。東シナ海沿いの国道58号線を戻り、途中の大宜味村で横断路に入り太平洋に面する東村へ。この村は宮里三兄妹のふるさとでやんばるの森と水、パイナップル生産が盛ん。 村民の森つつじエコパークに寄って昼食。野菜そばの盛りの多さにはびっくり、上にかかった野菜を食べても食べても下の麺に届かない。 山と水の生活博物館で、村の歴史や文化、自然の展示を楽しんだ。飼育ケース内のハブやヒメハブを見たが、頭の大きさはマムシの比では無かった。やんばるの森に踏み入りたかったので博物館から福地川沿いの林道を進んだが、途中で侵入禁止の鎖が現れGive-Up。別ルートで福地ダム湖へ。 那覇に戻る途中でもう一ヶ所寄り道した。架橋の小島、奥武島、屋我地島を越えて古宇利島へ、最後の古宇利大橋は日本で最長の無料橋。天候の影響で海の青さが見えないのが残念。此処から高速に出て、一路今夜の宿の那覇へ。嘉手納基地近くを通過中は戦闘機の爆音が聞えた。ビジネスホテルに一旦チェックインした後、国際通りにあるO社を訪問。人との出合いを大切にする、全員が生き生きと仕事をするチームワークつくり、毎日の全員朝礼で持ち回りの主役が思いを自由闊達に述べるなど、ユニークな経営哲学で成長を続けるO社。今やO社では、本土の大手企業や中小企業からの研修者を数多く受け入れ、K社長は講演で全国を飛び回っている。K社長とは昨年四国の上勝町での出合いで、意気投合して親しくなり、今回の沖縄旅行でお世話に成る事に。K社長とのアポ前に受付件展示コーナーに到着したが、次々に社員の方が現れて話しかけられた。7時を過ぎても楽しそうに仕事をしている姿を見ると、K社長が言う月曜日が待ち遠しい会社作りもあながち誇張とは思えなかった。8時前に社に戻られたK社長に、首里城近くの民家風の琉球宮廷料理の店、赤田風に連れて行って貰った、暫くして奥様も合流。めずらしい豚肉と野菜中心の創作料理で、見た目も美しい。 今晩は、折角の楽しい語らいの夕べでもあり、少しだけ泡盛も飲む事に。
2008年02月20日
コメント(2)

2泊3日の沖縄旅行、朝5時30分に自宅を出て羽田空港へ。沖縄での暖かい気温を想定して薄着で出掛けたのが災いして那覇空港到着時には風邪気味の症状が、空港で今回お世話に成ったO社のAさんと待ち合わせして居たが、其れらしき人が見付からずに焦った。若い女性と2人連れのスーツのイケメン青年の待ち人が居たので、声を掛けるとAさんと判明。O社に名古屋から研修に来ていたMさんが、今日一日合流する事に成った。5H程レンタカーで沖縄南部の村や観光地を案内して貰う事に成った。出来るだけ、自然や隠れた文化などの有名観光地で無い所を希望したが、沖縄県全体が9つも世界遺産を持つ観光立地県なので穴場の村を探すのは難しそう。先ずは太平洋を見下ろす南城市の高台で昼食をする予定で有ったが、目指すカフェはお休みで、近くの沖縄らしい畑地やカフェのテラスから久高島の撮影。 薄っすらと陽は射していたが、曇り空で海の青さは期待出来ない、高台から海岸沿いに下り、もずくそばの店くんなとうで昼食。もずくを練りこんだ沖縄そば(本州の蕎麦粉の蕎麦とは異なる)ともずくの天麩羅の定食を食べたが、もずくの天麩羅は美味。 次いで、世界文化遺産の一つの斎場御嶽(セーファ ウタキ)を見物、ウタキとは「聖地」の事で、斎場御嶽は琉球開闢伝説に現れる琉球王国の聖地で、敷地内には六つのイビ(神域)が有った。台所を意味するユインチとサングーイと言う二つの大鍾乳石の間を抜けた拝所からは神の島の久高島が望めた。 琉球の言葉は母音があいういあだそうで、何とか3文字漢字が発音出来る様に努力をして見たがGive-Up。もともと沖縄の地名等は3文字がルーツと教えて貰った。次に向ったのは、平和祈念公園。ここの墓銘碑には米国人を含め、人種に関わらずここの戦闘で亡くなった人々の名前が刻まれていた。 摩文仁の丘の断崖から身を投げざるを得なかった(前後から砲弾や火炎放射器を浴びせられて)過酷な運命を解説していた団体客の案内者の話に聞き入った。 那覇に戻り、首里城への金城町の石畳道を散策したあと、今日一日お世話に成ったAさん、Mさんに別れを告げて、今夜の宿の北部本部町のリゾートホテルに向った。2月の中旬のWeekdayにも関わらず、ホテルは満室状態でロビーは女子大生グループで溢れかえっていた。風邪気味でもあるので、今晩は夕食はパスして東京から持参したチーズとゼリーを食べて急いでベットに入った。僅か半日ではあるが、今日一日で発見した沖縄は、人情、平和、風。風が強いので風力発電のプロペラを何度か見掛けた、戦争を語り続ける使命感を持った多くの人々、戦争の犠牲者を敵、見方の区別無く慰霊している慰霊碑の存在。高速道路で通過しただけでは有るが、嘉手納基地近くの騒音、旅人にも優しい礼儀正しい人々。
2008年02月19日
コメント(0)
明日から2泊3日で沖縄に行くので、今週は変則スケジュールにして、月、金の出勤。病院のスケジュールも変更して、午後の終了時間ぎりぎりに駆け込んで検査を受けた。沖縄では、ユニークな朝礼と人を生かす経営で知られたO社のK社長との再会を楽しみにしている。
2008年02月18日
コメント(0)

知人2名が東京マラソンに出走するので応援に出掛けた。朝8時からスタート地点の新宿西口を皮切りに、日比谷、浅草橋と午後13時迄2人の通過時間を予想して待っていたが、交通規制で連絡していた予定地点に到達出来なかった事とランナー及び見物客が多い事も災いして、彼らを見付ける事は出来なかった。普段は4Hを越えて立ち続ける事など無いので、成果が無く疲れ果てた、当に骨折り損のくたびれもうけに終わった。スタート地点の新宿西口公園付近はランナーで溢れ帰り、結局スタート地点には辿り着けず。列の後の荷物預けの場所やグループ別のランナーの集合地点の周りをうろちょろしている内に時間切れ。次いでメトロで日比谷まで移動して、内堀道路を目指したが、メトロの出口規制や横断禁止で目的地に行けず。何度も地下に潜って、目的地方面に向うトライをしている内に、TOPランナー達は通過してしまった。諦めて、祝田橋付近で彼らの通過を待ったが、通過予定時間+-30分には見付からず。諦めて、浅草橋へ。この付近は比較的見物客は少ないと聞いていたが、思いの他混みあっていた。此処で11時30分から13時迄ランナーを見ていたが、結局目指す待ち人は見付からず。宮崎県知事やテレビのアナウンサー等の有名人や奇抜な仮装スタイルのランナーなどが、次々現れるので退屈はしなかった、写真の外国人の後ろには、隠れて見えないが、風船ランナーに囲まれた知事。
2008年02月17日
コメント(0)
今日は長男の誕生祝に家族5人でランチ。次男のお嫁さんのAさんは、出産準備の為に帰省中で今回は参加出来ず。食事中に、次男から孫のビデオが見たいだろうと誘導されて、ハンディービデオカメラをプレゼントする羽目に成った。気が変わらぬ内に、カールじいちゃんの初仕事を終えねばと、帰り道に新宿のさくらやに連れて行かれ、既に目星を付けていたと思われる商品の陳列場所へ一直線。在庫が無いのも物ともせず、一気に購入手続きを完了、息子も営業の腕を上げたと感心する事頻り。そういえば、フランス人のBさんが日本へ出張した折に、秋葉原に連れて行って、何店もハシゴした後で、最安値の店でハンディーカムを買って帰った事を思い出した。あの時は、初孫が生まれてビデオに撮る目的だと喜んで説明してくれた。その後、何度も自慢の孫の映像を見せて貰った事は言うまでも無し、同じ道を歩む危険性があるので心せねば。
2008年02月16日
コメント(2)

2004年4月にパリのソー公園で一緒にお花見をした、当時の楽天パリ仲間のMoroneeさんとAyashigeさんと3人で中目黒のベルギーフレンチのAmbianceにてランチ。ベルギーブリュッセル在住のMoroneeさんの一時帰国に合わせての久々の再会で、思い出話に花が咲いた。ベルギーで6年間修行したAmbianceのOシェフとブリュセル在住のMoroneeさんは、地元の話題で大いに盛り上がっていた。
2008年02月15日
コメント(6)
定年退職して現役生活に別れを告げて、早7ヶ月。定年後の生き方として目標に掲げて来たライフスタイルの出来栄えをチェックして見た。自己評価としては、70点程度か。1.持たざるシンプルライフ不要な物は徹底して捨てて、資産は持たない、変動費スタイルの生活様式に切り替えて来た。車は捨ててレンタカー方式に切り替え、ビジネス書や趣味の本も大量に処分、衣類も半分は捨てた。この価値観は夫婦が共有しており、狭いマンション生活に空きスペースが出来た効果は大きい。想定内ではあるが、捨て過ぎて不便に成ったり、買い戻した物もある。2.エコライフ家族のエコスタイルに対して、自分だけ意識が遅れていた側面も有ったが、買い物した時にカバーやレジ袋を断ったり、ゴミの分別、再生用品の優先使用など、徐々に意識や行動に変化が出て来た。3.社会や経済への知的関心、勉強の継続現役を引退すると、如何しても知的好奇心が鈍りがちで、社会生活との接点が少なくなる。幸い非常勤ながら仕事も得た。ビジネススクールでの講師と言う道も確保出来たので、勉強するインセンティブは整った。ネットであらゆる最新の情報が入手できる環境は本当にありがたい。退職後には、もっとあらゆる分野の本を読まねばとの目標を掲げたが、これは不十分で反省要。第二の出版を目指して、原稿を書き上げて出版社に持ち込んではいるが、なかなか先には進めて居ないのが現状。4.好きな事、やりたい事の追求NPO法人「日本で最も美しい村」連合の資格委員に就任して、日本全国の村を巡って新規加入村の審査や発掘に関わる事になり、連合メンバーの村長さんやサポータ企業の皆様との知己を得た事は大いなる財産で、地方の再生、自然や伝統文化の保存など自身の価値観に合致したボランティア活動の場が見付かった事は大いなる収穫。5.健康の維持持病が悪化した事もあり及第点は得られず。検査と投薬生活の中で、毎日必ず1Hは歩くと言う目標を掲げたが、一日中自宅に篭って外出しなかった日もあり努力不足。
2008年02月14日
コメント(6)
100万マイル近く溜まったマイレージの有効期限の2年以内に、精力的に航空機を使った旅行を考えてはいるが、特定航空券での空きがあるタイミングは限られている。国際線のビジネスはオフシーズンの金曜日発、火、水、木の帰国が空いている確率が高く、国内線はWeekdayの日中が狙い目で、週末の移動は難しい。漸く、仕事と病院のスケジュールを調整して、来週に特定航空券を利用した沖縄への旅行スケジュールの見込みが立ち、知人の沖縄の出版社のKさんとのアポも取れた。天候不順の沖縄ではあるが、来週には回復するのではとのKさんの見立て。47都道府県の中で、唯一沖縄県のみ行った事が無いので楽しみにしている。
2008年02月13日
コメント(6)

帰宅時に新宿の都庁舎1階にある東京観光情報センターに寄り道をして、2月17日に開催される東京マラソンの案内ガイドを貰って来た。親しい知人2名がフルマラソンと10kmにエントリーしているので、何処かで応援しようと考えているが、ご両人を効率よく、識別出来て応援できる場所と時間の情報が欲しかったのだ。なかなか優れもののガイドで、「ミウラ折り」と言う、太陽電池パネルの折りたたみ方にも使用されている折り目が重ならない特殊な加工を施した超小型のコンパクトな冊子に成っている。2003年8月に実施された世界選手権のパリマラソンの男女の両レースでパリ市内を地下鉄を乗り継いでの追っかけをやったが、予想以上に選手の移動が早く、後手後手に廻って先頭集団には追い付けなかった苦い経験がある。女子はアンバリッド前で野口が先頭、男子は凱旋門を背景に油谷が先頭のスタート直後の写真。
2008年02月12日
コメント(5)

神代植物園までWIFEと散歩。園内の梅やマンサクの花が咲き始めたので、昨年の秋依頼の久々の賑わい、大型のカメラを抱えたアマチュアカメラマンが被写体の前で順番待ち。 2週間前には芽も出していなかった福寿草もチラホラ黄色い可憐な花を咲かせていた。 福寿草はお気に入りの早春の花で、三重に単身赴任していた12,3年前に鈴鹿の藤原岳の頂上直下で野生種に出会っている。雪の下から顔を出していた黄色い蕾を見つけて、雪を掻き出して群落を眺めたが、その姿と黄色と白のコントラストが、今でも目に焼き付いている。次男と公園近くの森のカフェで待ち合わせてランチを一緒に食べた。携帯ショップに契約条件変更に行く、WIFEと次男とは此処で別れて野川に向った。お目当ての柴犬ワンコは小屋に不在で有ったが、今日は運よくカワセミを見掛けた。川の上を高速で飛ぶカワセミの青い雄姿は印象的で、近くの川沿いの木に止まったのを見咎めて急いで後を追った。静止中のカワセミの色は茶色っぽく、いろいろ場所を変えて眺めたが、光線の加減や観察の方向で微妙に色彩が変化した。望遠レンズも無く、距離も離れて居るので、被写体のカワセミは小さくはっきりとは識別出来ないが、写真中央付近に微かに青みがかったカワセミが木の枝の間に見て取れる。 野川はカワセミの宝庫とは聞いていたが、実際に見たのは今回が初めて。
2008年02月11日
コメント(4)
中・高校時代に鎌倉在住の有志の集まりである竜胆会が1.5年ぶりに開催された。竜胆は鎌倉市の花(笹竜胆が清和源氏の家紋)で、今回幹事のM君が会の名付け親だが、最初は皆漢字が読めなかった。今回は還暦での記念すべき集まりで、海外出張や海外赴任中のメンバーや入試で忙しい大学教授連を除いては出席率も高く9名が集合した。現役バリバリ組や第二の人生をスタートさせたメンバーなど専門分野や人生の関心領域も多岐に渡っていたが、各人の近況や業界の最新動向、日本の社会制度の本質的な問題を幅広く解説して貰い、大いに勉強に成り刺激を受けた。還暦は人生の大いなる岐路であると再認識した。
2008年02月10日
コメント(2)

フランス滞在中に撮影した写真をテーマ別に再整理中であるが、興味深い写真や強く印象に残っている写真に出会うと、当時の古い日記を読み返している。今日、めずらしい写真を再発見した。2003年3月21日にパリのパッサージの本屋さんのショウウインドーで見付けた映画ポスターのエスプリ写真。イラク戦争を予言した? 第二次湾岸戦争、Episode Deux。撮影前日の当に3月20日にアメリカがイラクに空爆、開戦した。フランスでは開戦後に若者を中心に反戦デモが発生したと記憶している。当時の新聞(フィガロ)の世論調査でも、イラクへの武力行使 賛成12%、反対87シラク大統領への賛否 賛成92%、反対8仏の国際的立場 強化62% 弱体30で、世論は左右共にシラク大統領の国連中心主義を高く評価していた。
2008年02月09日
コメント(2)
定年後の夫婦円満の秘訣は、お互い従来の生活パターンを大きく変えない事と心得てはいるが、妻の側は好都合としても、亭主側はなかなか思い通りには行かない。幸い、非常勤で週2回+アルファの勤務や時々出張も入るが、自宅で過ごす日も多い。共通の趣味と言えば、郊外の自然の中へ散歩に行く事や自然食メニューを中心とした食べ歩き、本屋巡り程度で、芸術や音楽、映画は好みが違うので、無理には一緒に行動はしない事にしている。昨年、夫婦揃ってフランスや九州へ旅行したが、次も一緒に行こうと言う気は無いようで、今年は従来通りの一人旅に戻りそう。億劫がらずに、思いついたら吉日として、フットワーク軽く、どんどん計画を進める気持ちに成っている。
2008年02月08日
コメント(2)

冬のフランスのドライブ旅行の楽しみは、雪を被った山々の眺望と村々の趣向を凝らしたクリスマスの赤い飾りつけ。冬場の天候は、日本での日本海側と関東地方の沿岸部の対比と同様に、フランスも北部は鉛色の空模様が続くが、プロバンスは真っ青な快晴の天気が続く。ピータ・メールに拠って紹介されたプロバンスの四季に憧れて、イギリスからの移住者も多いが、この冬場の空の青さと温暖な気候を見れば、この地で余生を送りたいと言う気持ちは理解できる。冬場の美しい村の集合景観は青空以外の背景を見つけるのは難しい。1.2006年12月13日 (3回) ミディ・ピレネーのコンク 2.2003年12月14日 (1回) オーベルジュのモンペイルー 3.2003年12月20日 (3回) ローヌ・アルプのモンブラン・レ・バン 4.2003年12月24日 (2回) プロバンスのルッション 5.2003年12月24日 (2回) プロバンスのメネルブ 6.2005年1月15日 (2回) プロバンスのレ・ボー・ド・プロバンス 7.2006年2月4日 (6回) リムーザンのコロンジュ・ラ・ルージュ 8.2007年2月4日 (3回) オーベルジュのサレール9.2003年2月16日 (1回) バス・ノルマンディーのバルフルール 10・2003年2月22日 (3回) ローヌ・アルプのボナヴァル・シュール・アルク
2008年02月07日
コメント(2)
昨夜、プロフェショナルと言うタイトルのテレビ番組で、33才の若さで、ミシュランのレストランガイド東京版で三つ星を獲得した岸田周三シェフを紹介していた。昨日より今日を、今日より明日を目指し、モチベーションを持ち続けるための日々の精進と素材の味を生かすための拘り、自分に厳しい妥協を許さない姿勢にプロの姿を感じた。シェフが最初に働いたレストランとして、Chez Michelが出て来たが、このビストロでは2度食事をした事があり懐かしかった。パリ10区のブリターニュ料理の店で、魚中心のメニューであるが、肉料理も楽しめ、手頃な料金でとても美味しかった記憶が残っている。本日のメニューが黒板に手書きで記入されるなど、とても家庭的な店だった。当時の日記を読み返して見たが、2度とも楽天ブログ絡みのオフ会で食事をしていた。シェフは現在三ッ星レストランの16区のアストランスに2003年に移っているので、2004,2005年のオフ会当時には、岸田シェフは既にこの店を離れていた事に成る。
2008年02月06日
コメント(2)

会社からの帰路、毎度神田駅構内で不思議な行列を見掛ける。「鯛プチ」と言う小さなたい焼き店で、何時見ても帰宅時間に20人前後の行列が出来ている。何とも不思議な事に、大半は帰宅帰りのサラリーマンで、OLさんを凌駕している。今日は行列の人数が少なかった(但し10人以上は並んでいたが)ので、列の後に付いた。何とも良い匂いがして来て、列が進むに連れて小さな店の中が見えて来た。前に並んでいた常連さんの買い方とカウンター前面に並んだ7種のプチ鯛焼きから判断して、好みの鯛プチを自由に選べる仕組みが理解できた。選択は、17匹(525円)、24匹(735円)、35匹(1050円)の3通り。殆どの人が7種全てをベースに、半端な数を好みで選ぶ買い方で、真似た方法で17匹を選んだ。十勝小豆あん、カスタード、チョコレート、キャラメル、レアチーズ、マロン、プレーンの7種。鯛焼きと言うよりは人形焼のイメージ。その場でお兄さんが焼いていたが、休む暇無しのフル回転。自宅に持ち帰って、早速食事前にWIFE共々2匹を平らげた、難点は外観では種類が分からない事。味は甘すぎず美味しい、お父さんが家族のお土産に持ち帰れば点数が上がる事間違いなし。ネットで調べたら、1月16日にオープンしたそうだが、1カ月経っても毎日行列が出来ていることから、更にブレークする予感。
2008年02月05日
コメント(4)
午後から病院に行って先週の検査の結果の説明を受けた。投薬治療や食事、アルコール制限は継続するが、直ぐに入院、手術などの宣告は無く一安心。ほっとした所で、帰宅時に野川沿いを歩いて柴犬の小屋まで寄り道する事にした。帰宅途中の子供達は、元気に雪合戦に興じていた、硬い雪だまに当ると痛いと思うが。Week dayは見かける柴犬が今日は不在だった。暫く待っていると散歩から戻って来たが、今日は犬小屋を素通りして、背後の事務所の様な建物に飼い主と共に消えて行った。そう言えばこの柴ワンコは近づいて撫でてやる時は、何時も寒そうに震えていた。雪が降って寒さも一段と増したので、飼い主が家の中に入れてやったのであろう。残念ながら、お産の準備のために実家に帰っている次男のお嫁さんのAさんには、ワンコ通信の写真を遅れない。
2008年02月04日
コメント(0)

昨夜のテレビで、外国人旅行者の日本での撮影場所ランキングの紹介番組を見た。外国人が如何言う対象に興味を持ち、日本文化や風俗に関心があるのかを知る面白い企画であった。上位には定番の、相撲(初場所中でもあり)、浅草雷門、明治神宮(日本の伝統的結婚式)が入っていたが、マニア的な内容で成る程と思わされたのは、日本のハイテク技術やきめ細かいサービス精神への関心の高さ。地下鉄の路線地図や食品サンプル、観光地での顔出しボディー看板(お相撲さんやご当地衣装)、駅のホームの喫煙場所もあった。室外での喫煙場所指定はポイ捨て文化の欧米人には驚きかも。テレビを見ていて思い出したのが、フランスで勤務して居た時に、自称ユーモアクラブ会員のSから転送されて来たオモシロ写真の数々。日本の使えない発明なるタイトルでのパロディー写真には笑ってしまった。日本社会や日本人の特性や苦労しているポイントを上手く捉えていると感心したものだ。車内での居眠り対策グッズ、帽子の前面に降りる駅名を記入して、起こしてくれる様に依頼したステッカー、車内で立ったまま居眠り出来る簡易サポート、花粉対策に常時洟をかめる頭上トイレットペーパ供給装置、蒸し暑い夏でも熱いラーメンを汗を掻きながらすする日本人への小型扇風機など、思わず考えさせられた珍発明のやらせ写真で有る。 ー
2008年02月02日
コメント(2)

トルコ式トイレの座る向きを巡っての議論から、欧米と日本文化の方向や位置関係の捉え方に付いて考えさせられた。日本では方向や位置が重要な意味を持ち、トイレでも金隠しと前方に覆いを付けたスリッパ型が伝統で、誰が見ても用を足す時の方向は明確。その他、神事の榊を神棚に供える手順や方法でも、回転方向や枝先を手前方向に供えるルールが厳格にある。家庭での神棚の位置や布団の敷き方にも(北枕)にも仏教や風水の影響で方向が関係している。一方、欧米では方向を定めて来た文化が有ったとは思えないので、機能や合理性から方向が決まって来たのでは無かろうか。公衆トイレでは、洋式やトルコ式トイレでも、扉側を前向きにして座るスタイルで、間違って扉が開いた場合は正面から向かい合う形になる。米国のトイレでは、安全上から下の隙間が空いているので、下から靴や下ろしたズボンが見えてしまう事も有り、日本人には抵抗感がある。そもそもフランスではトイレにお金を掛けたり、トイレをPRポイントに接客する店など聞いた事がない。唯一、バスティーユ広場近くのボファンジェと言うレストランでは、店の人からトイレが奇麗なので写真を撮って来たらと勧められた事がある。店の人が自慢するほどのインパクトは無かったが、この程度でもトイレなら高級なのかも知れない。 この店は、「のだめカンタービレ」のモデルに成ったレストランで、フロアマネージャに漫画を進呈した所、店内で自由に写真を撮って良いとの許可を貰ったのだ。 自由、平等、博愛のフランスは、日本の文化に比較して縦方向への拘りが少ない文化かも知れない。戦前の価値観の流れを汲む、伴侶は亭主から3歩下がって歩く、家内と言う言葉も内と外の縦社会のシンボルで有る。学生時代に読んだ記憶のある中根千枝さんの「縦社会の人間関係」では年功序列型の日本社会を鋭く分析されていた記憶が残っている。
2008年02月01日
コメント(0)
全24件 (24件中 1-24件目)
1