PR
Keyword Search
Calendar
New!
木昌1777さん
New!
ひでわくさんさんComments
Freepage List
右翼ナショナリスト政権の秋がこんなに息苦しく鬱陶しいものだとあらためて身に染みる。それはまず、日本語が人間が使う言語として世間で通用していないという言語的閉塞感にある。
よく日本語は論理的な言語ではないとしたり顔でのたまう人間がいるが、どんな言語でも同じように論理的であり、同じように非論理的である。非論理的な側面を強調する言語活動が目立つとすれば、その社会自体の問題である。
たとえば、東電福島第1原発事故は事故処理対応としてはほとんど水で冷やすだけで終っている。熔けた核燃料の行方すら分らない。雨が降れば降った分だけ放射能汚染水が海に垂れ流しである。つまり、東京電力は原発事故を処理する技術を持っていないのである。これを「コントロール下にある」と表現したら、言語体系は崩壊する。日本語を率先して意味不明言語(非論理的言語よりたちが悪い)にしているのは今日ただいまの日本の政治家たちである。
政府が汚染水対策の前面に出ると言っているが、これは完全な空念仏にすぎない。東京電力に処理能力がないということは、日本のどこにも、世界のどこにもそんな技術はないということだ。自民党政府がいくら空威張りしても、ない技術は権力や金ではどうにもならない。出来もしないことを出来るかのように大声で語る言語に信頼は生まれない。
「日本の原子力技術は世界でトップ」と宣言しながら、事故処理には世界の英知を集めるというこの典型的な論理矛盾。言葉が言葉として通用しないこの閉塞感に包まれて夏から秋を過ごした。そういうことなのだ。
秋の暮行けば他国の町めきて 山口誓子 [1]
政治家の日本語は外国語に聞こえる。いや、そういう句ではない。やめよう。せっかく、詩歌で秋を味わおうという気になったのだから、鬱々となる政治の話は脇に置いておこう。
真昼の月の下を
荒れた道がつづいているのみである
ときに一人の男が
遠くからこちらへ近づいてきたりする
それだけのことで
世界の秋は深くなってゆくように思われる
孤独な道を歩いてくる男だけが
高貴な冷たい戦慄を感じているに違いない
鮎川信夫「行人」部分 [2]
政治を志すものの中に「高貴な戦慄」を感じるような人間はいないのか、などと、どうも愚劣な政治のイメージから逃れるのは難しいらしい。せっかくの鮎川信夫がもったいない。
野菊咲き満ちとんぼの貌を明るくす 金子兜太 [3]
けふはけふの山川をゆく虫しぐれ 飴山實[4]
これだ。やっとしみじみとした秋の雰囲気だ。この秋「けふはけふの山川」に出かけられなかったことが、私の今年の秋の問題だったのだ。
稲にうつくし水ながれ美作一の宮参る 荻原井泉水 [5]
この俳句はいい。繰り返し口ずさんでみる。リズムといい、音調といい、ざわざわするほどすばらしい。「美作一の宮」がどこにあるか、まったく知らないのだが、この一句によって「象徴界」の美しい秋の宮となる(無季自由俳句を唱えた荻原井泉水に「秋」を強く感じるのは多少皮肉ではあるが)。
さて、「現実界」に戻って「脱原発デモ」に行くのだ。
暗闇に司会者のドッペルゲンガー。(2013/11/1 18:11)
街頭が点灯しないまま、暗闇で集会が始まる。今月は反原発関連のイベントが多くて、告知が続く。山本太郎さんが秋の園遊会で天皇に手紙を手渡したことをスピーチで取りあげた人がいた。政治家やマスコミの反応に怒っているらしいのだが、よく聞き取れなかった。
山本太郎さんが天皇に手紙を手渡してから深々と最敬礼をしている姿を写真で見たが、この人は天皇を深く敬愛しているという印象だった。青年政治家が園遊会の立ち話では失礼に当たると考えて、手紙をしたためて原発事故をめぐる日本の現状を奏上したという図である。敬愛する天皇に日本の実情を知ってもらいたいという純朴で真摯な行いと私は受け取った。
私は母の胎内で太平洋戦争の敗戦日を迎えて戦後民主主義の息吹をたっぷり吸いながら育ったので、歴年の自民党政府の原発政策に断固として反対して反原発運動の先頭を走り、その強い思いで政治家になった青年が、天皇制に逡巡することなく深々と最敬礼している姿に、これほど深く天皇を敬愛していたのかと少しばかり驚いたのである(もちろん、「天皇制」と「天皇制イデオロギー」は峻別して考えなければならないけれども)。
政府の政策に強く反対する青年政治家が天皇を深く敬愛している。その事実に自民党などの右翼政治家、ナショナリストたちは感動して褒め称えるのかと思っていた。なんとかという文科大臣が田中正造と同じだと発言したと聞いて、山本太郎は田中正造のような歴史的偉人だと褒めたのだと思ったほどである。ところが、事態はまったく逆で、総掛かりで袋叩きにしようという魂胆らしい。
これはどうやら、たったひとりで反原発を訴え、政治の場を志し、国民の強い支持を受けて当選してきた青年政治家に対して、地盤にしがみつき、政党にしがみつき、金とおべんちゃらで這い上がってきた老醜政治家たちの「妬み」と「嫉み」が天皇を梃子として暴発したというのが正しい見方のようだ。これこそ「天皇の政治利用」そのものである。じつに醜い。
街頭が点灯して。(2013/11/1 18:18)
後の方の参加者が浮かび上がる。(2013/11/1 18:18)
集会の途中で街灯が点灯した。とても明るくなって、突然に人が湧いたような印象を受ける。
最後に茨城から参加した人が、福島の現状、福島裁判東京の検察審査会での審査などについて話した。「ここに参加している人はみんな知っていることだけれども......」と言い、この場からもっと広げることが大事だと強調されていた。そのとおりである。
ベンチ最後部の住人(ホームレス氏)は今日も元気に。(2013/11/1 18:34)
野音の中央の列のベンチの最後部は、ひとりのホームレス氏の定位置になっている。集会には毎回参加しているが、残念ながらデモには参加しないのである。彼をひとり残して、デモは出発する。
おとなしい一番町。(2013/11/1 19:00)
賑やかしの一番町。(2013/11/1 19:04)
いつものように一番町を行くと、途中からブルーのイルミネーションが両サイドに輝いている。クリスマスにはまだ早いような気がするが、年末までこのままなんだろうか。植木に飾り付けたイルミネーションは、年末の一時期ならまだしも、そんなに長い間では植木も生き辛いのではないか。そんな心配をしてみる。
憂鬱払いに、秋の詩歌を読み出してみたのだが、秋というのは景色ばかりでなく、人事もまた思い深いものがある。私にはほとんど人事がらみの出来事というのはなくなってしまって、これも詩歌の世界だけで味わうことになったようだ。
行く我にとどまる汝に秋二つ 正岡子規 [6]
おくられつおくりつはては木曾 の秋 松尾芭蕉 [7]
[1]『季題別 山口誓子全句集』(本阿弥書店 1998年)p. 260。
[2]『鮎川信夫全詩集 1945~1965』(荒地出版社 1965年)p.142。
[3]『金子兜太集 第一巻』(筑摩書房 平成14年)p.82。
[4]『飴山實全句集』(花神社 平成15年)p. 164。
[5]『わが愛する俳人 第二集』(有斐閣 1978年)p.59。
[6]『子規句集』高浜虚子編(岩波文庫 2001年、ebookjapan電子書籍版)p. 155。
[7]『日本の古典 54 芭蕉句集』(小学館 昭和59年)p.93。
「3月17日 脱原発みやぎ金曜デモ」 学術… 2023.03.18 コメント(5)
「2月17日 脱原発みやぎ金曜デモ」 規制… 2023.02.17 コメント(6)
「1月20日 脱原発みやぎ金曜デモ」 法理… 2023.01.20 コメント(6)