山行・水行・書筺 (小野寺秀也)

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歩世亜 @ Re:賑わう松音寺山門(2026年4月8日)(04/28) 今晩は。 可なり立派な桜の木ですね。 …

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2013.12.13
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テーマ: 街歩き(692)
カテゴリ: 街歩き

  こんなに寒いのにデモに出て来る人たちは元気なものだ。もちろん、できるだけ大きな声で元気よくコールしていると、なんとなく体が温まるのも事実だが。

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元鍛冶丁公園。始まりはこの程度。 (2013/12/13 18:03)

nnk58-2次のスピーカー?。 (2013/12/13 18:26)

  集会の時間に間に合うように元鍛冶丁公園に着くと、人はパラパラで心許ないが、デモのときは110人にふくれあがっていた。ほとんどの人は仕事帰りを調整してやってくるので、デモの出発時間を目安にしているらしい。
  私のような時間に拘束されない人間でもしょっちゅう遅刻していて、その時の言い訳が「デモに間に合いさえすれば」なのだ。

nnk58-3出発。 (2013/12/13 18:34)

nnk58-4一番町を行く。 (2013/12/13 18:43)

  町はもう歳末のイルミネーション真っ盛りである。定禅寺通りの「光のページェント」も先週から始まった。先週も今週も定禅寺通りがデモコースに入っていないのは、光のページェントによる交通混雑を避けているためなのかもしれない。

  金曜の宵が始まったばかりのこの時間帯の一番町は、待ち合わせの若者で溢れている。なぜか、一番町と広瀬通りの付近が待ち合わせの場所になっている。彼(彼女)らとフクシマ、彼(彼女)らと特別秘密保護法案、どんな相関をイメージできるのだろう。
  長い間、若い人たち(大学生)と同じ場所で仕事をしてきたが、自己決定や自己構築(つまり、主体の再帰性)を行なうのに、政治や社会制度への批判を取り込むことは少なく、いわば権力が日常的に押しつけている「自己責任論」の論理に捕らわれてしまい、眼差しが内側にばかり向いている若者が多かったように思う。

  若者ばかりではなく私たち大人も、なかなか社会変革へ向かうことが難しいのだが、それはバウマンが言うように [1]、国家は主権を維持しながらも権力はグローバル資本に移ってしまった「リキッド・モダン」社会で、権力(資本)は消費と自己責任という這い上がれない蟻地獄を私たちに強制しているためだろう。リキッド・モダン社会とは、国家(バウマン流に言えば社会国家)や社会の理念が失われてしまって、制度的再帰性(資本権力が社会を変えていく機構)の暴走が生じているような社会である。

  とはいえ、はなやかなイルミネーションの光を浴びて「消費と自己責任」の若者たちは楽しそうなのである。どんな時代でも若者は楽しそうに時代を乗り切る術を心得ているように見える。少し期待感もあって、楽しげに振る舞っている若い人たちを眺めているのはそれなりに気分がいい。

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広瀬通り角の人混み。 (2013/12/13 18:45)

nnk58-6イルミネーションの下を。 (2013/12/13 18:47)

  ここ数日、安倍自民党政権が原発を基盤的なエネルギーと位置づけて、民主党政権の原発ゼロ政策を放棄したというニュースが流れている。原発の新規建設には触れていないらしいが、フクシマ以降、新規の原発立地に同意する自治体や住民はおそらく国内にはないだろう。
  自民党政権はそれは覚悟していて、安倍政権が原発輸出に躍起になっているのは原子力利権を外国に求めざるを得なくなったためだ。

  今読みかけている本 [2] で、樫村愛子さんは2007年に成立した第1次安倍政権を「原理主義」だと断定している。つまり、「原理主義者とは、伝統を擁護する正当性が薄れてきた現代でも、伝統を従来のように無前提に擁護しようとする人たち」で「伝統だから無前提に擁護するのだと、彼らは語るのである」として、「現在の伝統主義とは原理主義であり(すなわち安倍政権は原理主義である)、今日における必然的な病理である」と述べている。
  現在の第2次安倍政権は、現代病を病む政治家の復活だったわけである。

  世界を眺めれば、原理主義の多くがテロリズムと同等と見なされる活動を行なっていることは明瞭である。原理主義者に支配されつつある自民党は、おそらく原理主義=テロリズムの図式をよく知っていて、国民がそのことに気付く前に、国民の目くらましとして、私たちが非暴力的に行なっているデモを「テロだ」と言いだしているのではないか。
  「特別秘密保護法」というのは、「俺たちが原理主義テロリストだということを隠しておくのだ」という意図だったようにすら思えてくる。

  「特別秘密保護法」ではなく、「原理主義テロリズム監視法」が必要なのではないか。いや、原理主義者だからといってそれを監視するというのも、あきらかに反民主主義的ではある。
  監視しあう社会がろくでもないことは、歴史が十分に教えてくれている(だからこそ、日本の原理主義者は歴史修正主義者でもあるのだろうけれども)。

[1] ジグムント・バウマン(伊藤茂訳)『コラテラル・ダメージ --グローバル時代の巻き添え被害』(青土社、2011年)。
[2] 樫村愛子『ネオリベラリズムの精神分析』(光文社、2007年)。






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Last updated  2022.02.20 11:54:35
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