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津波の被害にあわれた方々に、心からのお悔やみを申し上げます。しかしいつまでもその心を引きずってばかりはおれません。前に向かって、進んで行くしかありません。ただこの事態が、関係者のだれにも共通する「人生を学んでいる」という事になろうかと思います。人生を学ぶという事は広くて深い中身が伴わっています。「人はなぜ生まれ死んでいくのか?」という命題が在ります。誰もがまぬがれることのない「死」を、正確に的確的に説明できる書物はなかったけれど、高橋佳子女史が言われている言葉が本当に正しいものであると私は理解しています。多くの人々が「死」に付いて述べられます。色々な小説家も書かれています。でもその「死」を的確に事実に基づいて説明しているのは高橋佳子女史しかいないと確信しています。そして「心」の在り様も、わかりやすく説かれています。有史以前からも多くの覚者は居ました。でも間違いなく説かれている物は無く、難解な訳でしか本を読むことが出来なかったけれど、判りやすい言葉でしっかりと現実を説かれています。「死」を見つめる心は、必ず誰もが訪れるその時に用意しておかなければならない心の問題です。不吉なことでもなく、ただ当然として捉える事の方が大切だと思います。私もしっかりと受け止めております。恐怖も何もありません。あるのは静かな心と、自分の心を眺めている眼です。心の目です。心を見つめましょう。
2011年03月31日
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今回の地震による援助金の内の一つに、この様なポイントを活用できていることに感謝しています。このような大きな問題が起こっても、沢山の方々からの義援金や支援品を送られる善良な方々が沢山居られることに、まだまだ人間は捨てたものではないなあと、実感しています。もっと沢山のお金と支援が必要ですから、少しでも良いですから、これからの新しい日本の為にも皆様の愛情を送って上げて下さいね。しかしその反面、東京電力や政府の後手後手の方策や、考え方が余りにも古くて、これでは事故が起こっても普及は長期化してしまうことが理解できますね。いつも思うのですが、公務員的な捉え方の中に、「前例がなければ出来ません」という考え方、捉え方を口に出して来ましたが、これでは新しいことは全く何もできません。本当は率先してその新しいことに向かって、法律を創って行くのが政治の世界ですが、「何もしませんよ。」と言っているのと同じことになるんですね。なぜ警察は問題が起こらないと動かないのか?という事になるのですが、やはり「前例がない」という事で、事件が起こらないと動けないのだという判断があるのだと思います。しかしながら、警察は前例を作らないという事が大事な仕事ではないでしょうか?前例とは事件の事です。警察も実際は、予防医学と同じことで、問題を起こさせないというのがその目的のはずです。にもかかわらず事件が起こらないと動かないというのは、大変大きな問題です。カイロではある程度の許容範囲はありますが、事件が起こってからでは問題がありますね。東京電気も、想定外の問題が発生したという判断も、前例が無いというのと同じ次元の話になっている。しかしながら、想定外を作らないと云うのが必要な原子力の世界なのに、幾重にも安全基準と実践が無ければならないのに、それを怠ってしまっているという事を如実に言い訳していると判断できる。たとえ津波が起こっても、それに対する安全策を考えず、発電施設をあんな海岸の低い位置に作っていることが理解できなかった。山の中に置いても電線を持ってくればいいだけなのだから、そういう発想が出来なかったのだろう。安価に作ろうとした結果その様になったんだと理解している。緊急な水も、炉心の上部にプールを作っておくことも必要だったのに、その様になっていないことを知って、愕然としました。何重にも安全策を取っていると思っていたが、一つしかないのはどうしてなのかと思いました。やはり人間の心の中にある、「傲慢な心」だと思います。関係者の人々の心の中に、真剣に安全を考えた人がいなかったと思います。言い訳は必要がありません。もう起ってしまっているんですから。この様な中にも、人間の心が影響してきます。何気ないところに大きな影響を与えてしまうのです。「傲慢な心」が「前例が無いことには何もできない」という判断基準を作ってしまったのではないかと思っています。この考えを捨てない限り、未来は開きにくいですね。
2011年03月24日
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Amazonマーケットプレイスにて、出店型出品者(法人店舗)がアルカリ電池を不当な価格で販売しているケースが確認できた。震災によって乾電池の需要が高まり、各地で在庫が枯渇し始めたことに便乗した値上げとみられる。この様な情報が入ってきた。やはりこの手の人間が居るものだ。それも法人と来ているから、その法人の人格は下衆としか言いようがない。下衆とは、人間以下の人間という意味だが、それすらあたえしない。人の弱みに付け込んで商売をしようという心は、商売の鉄則か?商売は確かに、安い金額で商品やモノ、材料を買い込んで、高い価値を付けて売り出すその利益を求めるものだが、しかし人道的にどうあるべきかを考える価値もそこに付け足す必要があるのだ。世界中がお金という道具をたくさん取りたくて、しのぎを削っているという背景があるが、それが正しい在り方だという人は、最も大切な事柄を理解できていないか、知らない人たちである。お金はただの物々交換の為に必要だとされている道具にしかならない。そしてその道具は、人間が勝手に付け足す価値という範疇での数字でしかない。それなのに、人間はもっと儲けたいという欲望に翻弄されて、心の在り方を判断できないで、その金額の多寡に心を奪われ、人の苦しみを余計に助長させる行為をしている。これでは、お金の無い者はたまったものではない。勿論お金の無いものはお金を利用しなければいいのだが、しかしながら生きて行く上で最低限食料や住居にお金を掛けないとどうしても生きずらい為に、何とかしてお金を儲ける手段を考えるのだが、最近はそうもいかない事情が起こってきたが、それにしてもたかだか500円くらいな物に、法外な16000円とう値段をアマゾンで付けていたのだから、呆れてものが言えない。人の弱みを利用する輩は、心貧しき者たちである。決して安楽な世界が待つことはその者達には訪れない。人は必ず死ぬ。その時に心の総てが目の前に現れる。その総てを反省し、そこをまともに見れる者がどれ程居るだろうか?それでも飽くなき利益を追求するのもいいでしょう。そこに自ら作った足枷をしっかりとはめることです。その責任は自らのものですから、しっかりと弱い者虐めをすればいいでしょう。
2011年03月16日
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