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勿論イラクも本当に馬鹿としか言い様がない。どちらも同じ性格の持ち主だと思っている。そして自分の国民の命を犠牲にしてまで、一番上とされている指導者の意見に従って、命を放り投げようとしている。本当にどちらも自分勝手な国だ。そして他人の迷惑を考えない自己中心的な心の持ち主だ。こう断言してもいいでしょう。日本もこれに参加すれば、もう原爆を落とされた被害者なんていってられない。 憲法9条の素晴らしい言葉がある、「戦争放棄」という言葉だ。 これはこの世界広しと言えども日本だけがこの憲法を持っている。この憲法はアメリカが作った物だ、日本独自のものじゃないといって、戦争を容認させようとするグループが居る。でも必ず戦争賛成と言う人間に限って、戦争状態に成った時に、前線に行かず、ぬくぬくと後方基地に居座って下っ端を前線に送り込んで、机上の戦いをしている。命を落とす者達は、殆ど平民だ。これは昔から全く変わらない方法で、戦国時代の兵隊は、皆農業を営んでいて、年貢代わりに戦いに行くという形が多いと聞く。そして闘うのが当然であると言う教育が一般的であった。その様な環境で生きていたら、戦争は当たり前と言う考えに成っても仕方がないと思ってしまう。でもそんなに命を粗末にして欲しくない。せっかく生まれて来れたのに、また心の明かりを薄暗くさせて、後悔してあの世に帰って行くなんて、本当に馬鹿げているのだ。何のために生まれて来たのかが判らない馬鹿者達だけで戦えばよい。 平和を好む本当の人間が住める場所を提供してもらいたいのだ。それだけで私は満足だ。でもそれさえも闘わないと与えられないのかな?私が生きている間にどれだけアメリカは戦争をし、人々が馬鹿げた死に方をし、不本意な生き方をしている姿を見ると、本当に悲しくなってしまいます。これ以上戦いは止めましょう。そして平和のために、自分を偽らずに、戦争反対を声高らかに述べて行きましょう。自分の子供が何も判らず闘うなんて考えれません。そしてそれで命を落としたなら、本当に私は後悔しか残らないでしょう。アメリカ、北朝鮮、イラク、イラン、その他、人間が集まる国として、心美しく、生きて行って欲しいです。情けないなーホント情けねー
2003年01月30日
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タイムリーに書くけど、政治が本当に生活に密着している事を皆さんが感じないといけないですね。無関心を装っている人が多い中、本当は諦めている人が殆どだと思う。でも諦める事は敗北ですから、その人に自分の権利を主張する資格はありません。でもやはり生きているのですから、国民というその中の一人には違いありません。今日の話の中に「天下り」の現実をしっかりと露呈させてくれていますが、その露呈の実態を聞いていると、へどが出る感じです。反吐(へど)をこの日本を動かしている官僚たちに頭からぶっ掛けたい衝動に駆られます。勿論過激な言動ですが、しかしこれほど日本を疲弊させている連中がのうのうとのさばっている中で国民はなぜ黙っているんでしょう?それが江戸時代以前から日本人を飼いならしている日本独自の制度があるからでしょう。その制度とは「個人が持っている諦めの心境」とでもいえるものではないかと思います。そして実行しない「黙りの暗黙の否定」とでもいえるものです。日本人は恥の心を持っていました。しかし現在は恥の心を持つ事自体ないようです。そして個人的正義が日本人を日本人らしくさせていましたが、もう既にそれは化石化しています。自分さえ良ければ構わない。人の事、国のこと、そんなこと構わない。お金さえあればなんでも出来るからさ、と言っているような気がします。自分だけ幸せだったら、天と地がひっくり返っても構わない。その様な発言を聞いているような社会情勢です。私には何ができるのか?大きなことができなくても、小さなことは何かできるはず。それが選挙でもあり、拒否をしない選挙です。選べる人がいない。確かにそうかも知れません。でも本当にそうでしょうか?だったら真っ向から反対する人を選べばいいではないですか?それもしないのは、その人は卑怯です。真っ向から反対する人が、公約を守らなければ、必ず自分に問題が降りかかる自然の法則どおりに成って、自分で自分の首をしめる結果になります。だんだん小泉首相も窮地に入ってきましたが、それでも自民党の姿そのものです。しかしどこまで信じればよいのかは判りません。自分で判断して、政治に関わりましょう。どこを贔屓にする必要はありません。贔屓にする事が既に自分勝手な問題だともいえます。政治は国民や世界の人々が健康で社会生活を正常に営む事を約束するものである必要があります。それに参加するのは、「生きている貴方です」と言えます。死んでしまうと参加はできません。ですから、生きている証でもあるはずです。それをしっかりと皆と饗動して、協力して実践する以外に、皆が幸せになる道はないと思っています。どうか政治にもっと関心を持って、お互いを愛していきましょう。
2003年01月26日
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昨年の暮にイタリアのマルタ島に行かれた女性。正月前に行かれたんですが、マルタ島の気温は十八度くらいだそうですので、薄い長袖くらいが丁度良い感じの気温だったそうです。しかしその場所まで行くのに、十三時間も掛かったそうです。でもそのシートが結構狭かったというのです。飛行機会社はルフトハンザだったそうです。出発は関西空港です。行き帰りと飛行機の中で過ごす時間は二十時間以上になるので、それはかなり体にとって過酷な条件になります。タカがそんなことくらいでと思うかもしれませんが、人間の体はそれ程柔軟な物ではありません。例えば、寝たっきりになって体の壊疽が起こったりする人がいます。それは血液が皮膚に行かなくなったのが原因ですが、そのまた原因は長い間皮膚がベッドで圧着された為に起こるものです。大体二時間以上圧着しますと、血液は流れなくなっていたのでその圧着された部分で一番酸素が行かなくなってしまった細胞が死んでいくからです。それが壊疽という状態です。また皮膚がただれ始めたりします。壊疽はもう既にその細胞が腐ったりしていますから、細菌が繁殖して、大変な状態になっているものです。ひどい時は、皮膚が腐り、筋肉が見えている人もいるくらいです。しかしそこまでほったらかしにしているのもひどい話しですが、それくらい長い時間圧着するとその様な状態になるのが人間の体なんです。ですから寝ている間、体は自然に寝返りをするように仕向けられているわけです。だから寝返りをしないという事が、大きな問題なんです。ところで彼女の話に戻ると、先月見たときは何ともなかった体でしたが、骨盤が捩れ、頚椎も環椎が捩れていました。後頭骨はその関係からは外れていましたが、軸椎も少し影響を受けていました。それにしてもたったこれだけの旅でこんなに影響を受けるのも凄いと思います。やはり日頃運動をしていないので、靭帯が弱いんだと思います。筋肉もそうですが、靭帯を鍛えるためにも、強くするためにも、しっかりと運動をして欲しいと思いますね。
2003年01月25日
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患者さんで女性の方ですが、長い間足の静脈瘤を患っておられ、それで手術をされた方が居られる。部分的には膝の裏側と太ももの内側だそうですが、時間で言えば十分くらいの短い手術で終わったそうです。その日の日帰り手術だそうです。でも簡単になったもんですね。それで家に帰ってから直ぐに仕事をしたというのですから、本当に元気な女性ですが、今まで正座ができなかったというのですが、それが簡単にできるようになったというのですね。それくらい瘤が大きかったんだと思います。それにまた膝関節が痛いというので、整形に行ったら、注射をしましょうと言われたそうですが、五回ほどすれば直りますと言われたそうです。でもこれには私は抵抗がありますが、しかしそうしたければしたでよいと思います。私がするなとは言えないからですね。でも細胞が問題を起しているのなら、その細胞をしっかりさせなければなりません。長い間使いっぱなしの体ですから何が起こっても不思議はありませんね。でも一つ問題がハッキリしたのにはよかったと思います。
2003年01月23日
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今サンプロを見ていて、ハッキリと感じた。それは政治家という存在が、国民の僕(しもべ)であるという本当の事を理解していないという事と、実際に県自体で実践している長野県の田中知事の生き様が素晴らしいと思っている。今までの県議会での攻防も凄い事ですが、県民が本当に賢かったという意味でこれも素晴らしい判断が県自体で行われたと思っている。田中知事は国との関係で考えなければならない問題を、きっちりと表面化させていることがハッキリと伺えれますね。この表面化することが一番大切なことですね。そして政治家だけがこの国を担っているんではないという事を理解していない政治家ばかりが目に付きます。自分がこの国の生き死にを決める問題に携わっているという事をしっかりと危機感を持って接して欲しいです。本当に日本人は何を考えて今を生きているんだと思います。それは自分がこの日本に住んでいて、その日本がどの方向に行こうとしているのかを理解しないで生きていて、我々は無自覚的に行動しているのではないかと思えるからです。ただ何となく生きていれれば良いという無関心な生き方をしているんではないかと思うのです。どんな事でも批判というものは付きまとわります。それは当然で、自分の思う事と反対の事をする人を理解できないから、または自分の考えが正しいと思っている為に相手をおかしい存在と思うのか、また自分にとって都合の悪い考えだという事を言うために批判という行為を進める事がありますね。田中知事はいつも終わる時には、人から頑張って下さいと言われても、必ず「当然の事をしているだけですから」という事を仰ります。田中知事の行う当然の事をする事が、国会議員や僕であるべき官僚がお殿様に成っている為に、田中知事の行動を理解できないでいるんではないかと思っている。また国会議員や官僚は、北朝鮮の国民が生きるか死ぬかという間(はざま)に生きているのを分かっていてそれを良くして行こうとしていない北朝鮮の官僚と同じ事をしているように見えている。私の意見は極論だと思いますが、しっかりと自分だけではなく、自分の子供や孫達が安心してこの日本で生きて行けれるようにして行きたいと思うのは私だけではないと思います。テレビで出て意見を言う事は容易い事だが、実際に政治を実践しない限り、その国は良くなる訳がない。田中知事はその実践を一生懸命行っていると思っている。どうしても本当の事をやると、今まで甘い汁を吸って生きてきた連中にとって本当に怖い事だから、その害虫を殺そうとしてきたが、その害虫が本当の益虫であった事を改めて理解しただろう。そして薬を撒く側の県民が、田中害虫に対して薬を撒かずに餌を与え、また頑張って欲しいと育て、益虫になったんだと思う。その判断が、長野県民が持つ事が出来たんでしょう。大阪では害虫も益虫も判らない存在が多いようで、一体誰が益虫なのかわかりません。大阪の知事も田中さんのように頑張れる人がなって、府民が考えを改めれば、また日本も元気に成って行く事は間違いがないと思います。
2003年01月19日
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大分県の離島である姫島村で二十歳を迎えた女性が、着物を着て成人式に出てはいけないという村の教育委員から説明を受けていたと報道があった。そして彼女は式には出ていない。理由は、着物は高価だから、着物を持っていない人の気持ちを考えての行為だというのだ。確かに着物は高価になりすぎている。だから持っていることがかなり差別的な感じを与えると思ったんだと思う。しかしこの高価だから、他の人に気持ちを考えてという考えが、そもそも差別をしていることに気が付いていないですね。着物を持っているからいいとか悪いとかという判断は、本当に低俗だと思います。着物は確かに見栄を張ったような感じになりますし、自分は偉い、自分は金持ちというステータス的な気持ちを持つかも知れませんが、それはその人の考えでしょう。だからと言って、着物を持っていない人が人間的に階級が低いという考えになるんでしょうか? 貧乏的な感じを与えるのはよくないというのでしょうか?着物を持っていない人は全て劣等感に苛まれているんでしょうか?着物がその女性を素晴らしく見せるかどうかは解りませんし、着物が二十歳の証明でもありませんね。あくまで自分を綺麗に見せたいという女性の気持ちを表す道具でしかありません。それに対して、全くナンセンスな感覚で、着物を着てはいけないというのは本当に大人気ない考えだと思います。何処まで教育委員は自分の意見を正しいものだと、言張るつもりなんでしょうか?それで無くとも、現在の教育に対して何の疑問を持っていないのにこんな馬鹿げた事に口を挟んで来るんですからね。本当にこの姫島村の女性は気の毒だったと思います。だからと言って恨んではいけないと思いますが、別に着物でなくてもいいかもしれませんが、彼女にとっては本当に楽しみにしていたんだと思いますし、その家族の方々も同じだったんではないでしょうか?ただ着物で無かった方々が、「いい気味だ」と思われていたとしたら、これはその人達の心が貧しい事になります。服装に頓着するようでは正しい判断は出来ないのではないでしょうか?外観より中身の充実が一番大切だと思います。20歳になったからと言って、まだまだ子供です。頑張って大人になるというよりも、心の綺麗な人間に成っていきたいですね。
2003年01月15日
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毎日気忙しく生きていると、年月があまりにも早く過ぎ去ってしまっているのに気が付かないで生きているのです。それはそれだけタイムリミットが近づいているという事に他なりませんが、しかし焦らないで自分の目標に向かってまっしぐらに生きて行けばいいだけの事です。今年のGLA新年講演会に行く予定だったのに、何故か日にちを間違い、チケットを購入したけれど、お客様を予定日の中に入れてしまい、とうとう行けなかったのです、今日。私の間違いに気が付いたのが、実は昨日だったのです。日曜日と今日の祭日はお客様を予定に入れていなかったと思っていたのですが、現実はしっかりとお客様の予定を取っていました。このボケ加減は余りにもひどい状態です。これには訳があって、一ヶ月前に予定を組むのですが、その時にはまだGLAの予定がわかっていなかったので、お客さんの予定表の中に、GLAの予定を入れていなかったを確認していなかったのが失敗の原因でした。これは本当に私のミスでした。それで今回は新年の集いで、何時も「菩薩への道を歩むために」のカードを貰える日なので、楽しみにしている時間でもありました。でもその楽しみは私のミスで消えてしまいましたが、女房が行ってくれていましたので、私と子供の分も貰ってきました。今年のカルマへの挑戦のために、私の心の目標は、「空のごとき自由無碍な心を育みます。何事にもとらわれず、無心に生きることが出来るように」という言葉でした。この心を今年一年の目標として、生きていきます。今日も色々なお客さんと心の話をしていて思ったのですが、皆さんどなたもが心を求めておられる事を実感しました。心の話を解り易く話をされているのが、高橋佳子さんですね。私も自分の目標に向かって頑張ってやって行きたいと思いました。
2003年01月13日
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本当にうっとうしいたらありゃしない。朝起きたら寝違いのような感じで痛みが走り、調べるとどうも頚椎の関節捻挫のような症状があらわれた。椎間板ヘルニアと違うところは、炎症が中心の問題で、その結果、筋肉が緊張し、関節炎による関節痛が起こる事ですね。その為に動かしても痛いし筋肉に力を加えても痛い。炎症を起していると何しても痛いものです。それで炎症を鎮める抗炎症剤を飲むのも大切ですが、患部を冷やすのも大切です。ヘルニアは特に問題が表面化する現象として末梢神経やその他の筋肉への影響が起こりますね。例えば力が出ないとか、痺れるとか、そのような現象が中心になります。それには神経障害が起こるから、結果としてそうなります。私の場合には完全に関節炎の症状を呈していますから、少し安心はしています。今はかなり改善して来ましたが、本当にしんどい時は何しても激痛が筋肉に走りますから、仕事にならないのですが我慢をしていました。毎年思うのですが、年齢を重ねるごとに、若い時のような筋肉の復元が期待出来なくなって来ているという実感です。若い時は細胞が活性化しているために、放っておいても復元して行くのですが、段々細胞が劣化して来ている感じは免れません。淋しい思いもしますが、これには日頃の運動不足が大きいと思っています。ある学者さんの研究によると、昔の人に比べて、現在人の運動量は、10分の1にまで落ちているという話を聞いたことがあります。その為に体の機能維持が劣っているとも聞いています。それを考えると、私が今回、頚椎障害を何の前触れも無く起こってきたのは、まさに運動不足にあると感じます。それだけ靭帯に負担を描けているという証拠かも知れません。何時何が起こるかも知れませんが、日頃の運動をやってくださいね。そうする事が、また健康に繋がっていきます。
2003年01月12日
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これは私の問題ではありませんが、私のお客さんの話です。昨年暮に胃潰瘍で下血と吐血が起こり、手は蒼白になり出血多量であの世に行きそうに成られた方が居ます。彼女は独り暮らしなので、何とか自分で事なきを終えそうなところまで自分で頑張って実行されました。でも現実はもっとひどい状況まで彼女を追い詰めました。病院に搬入され、検査の結果胃の内部で潰瘍が起こり、本当に小さな穴が開いているという状況だそうです。ただこんな小さな穴なので、どうしてそれだけ多くの血液が流れたのか解らないということで、十二指腸及び大腸小腸の検査をしたということです。その結果その部分は異状無しでした。たぶん手術は必要が無いようですが、結局正月は病院で過ごす羽目になったそうです。ただ問題なのは、輸血を6本も行った事です。どうしてこれが問題かというと、血液を輸血するとどうしても適合性の問題が起こります。その適合性が完全に上手く行かない事と、他人の血液中に含まれる成分が自分の物ではない事で、肝臓に負担をかけることがあります。また肝炎の問題を引き起こす可能性も残されているからです。ウイルスの問題です。それ故に問題はこれから考えなければならないという事に繋がって来るのです。年齢を重ねる事は、自分が支配している身体の細胞が衰えて行くという事を意味しています。即ち死ぬ為の準備をして行くという事なのです。私はこの方には死ぬ事の意味をお伝えしていますが、決して「死ぬ事が終わりではない」事を、彼女が理解されているのなら、今回のこの事件は彼女にとって有意義な問題になるものと思います。しかし「死にたくない」といって、恐怖に苛まれる心境を作ってしまったのなら、それは彼女の心を小さく、そして未来を負担にさせてしまう結果を呼んだ事になります。しかし彼女は今回の事件で、前者の方向に物事を考えれる様に成った人でありました。そして冷静にその事実を受け止めれる心の広い行動を採られる事が出来た人だと思いました。私自身は本当にそういう意味において、「良かった」と思っています。一人でも多くの人に、肉体の存在している間に、己を見つめ、自己改革を進め、常に新しい自分を作って行けれるようなお手伝いをして行きたいと願っています。私が本当に魂から願っている事は、世界の人々の平和と協力です。人間それぞれに問題が起こるのは当然です。しかしそれは魂の段階の問題もあるからですが、それを理解した上で、自分の問題を解決する為に存在しているこの三次元のこの世の世界である事を理解できた人は、必ず己の幸せをつかむ事が出来るのは事実です。今年はまた多くの事件が起こりますが、その事件に巻き込まれても、心を平静に、そして改革を当然のように進まれます事を祈っています。そして焦らずに、真剣に問題にぶつかって行くことを願っています。
2003年01月05日
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昨年も頑張ったけれど、今年もしっかりがんばろっと。そう思ってもう三日目だ。なんて一日の早い事よ!!!このままで歳を取って行くんかいな。ところで初夢は如何でしたか?三億円当たった方も居られたんではないでしょうか。当たった方は本当に羨ましい。でも当たった方、良かったですね。初夢は見たのにしっかり覚えていない。でも誰かと話をしていたのは間違いが無いんですね。それも心の話をしていたんです。ただ、夢の中である心の問題が理解できた事を話したんですが、その内容が何なのか目が覚めた時に忘れてしまっていたんですね。しかしどうしてか思い出したいような気がしているんです。何故か大切な事を話していた気がするんです。昨日は親戚回りで、食べ過ぎました。でもお酒は飲めませんでした。それは車で行ったからです。この宴会の場で、今飲酒運転で捕まったら、罰金が三十万円に成っているということを聞いたのですが、それは知っていました。でもその車に乗っている人の分まで余計に払はなければならないということを聞いて、そんなこと初めて聞いたワイという事になりました。だからその車に運転手以外の人が三人乗っていたら、三十万円×三人で、九十万円払うという事になるそうです。それで今日家族と食事をしていると、この話になりました。やはり飲酒運転がかなり少なくなっているそうです。私もこの法律には賛成ですね。だってアルコールを飲む事が本当に大切な事ではないからです。体に悪い事をあえてする必要が無いのも事実だからですね。またサラリーマン時代に感じていた事があるんですが、酒を勧められても断れるのではないかと思います。それは車を運転しているので、今日は酒を飲んではいけないんですと断れるからです。この方法だと、本当に酒を飲まなくてもいいからですね。ちょっとの弾みで酒を飲んで大変な事にならないように気を付けて下さいね。
2003年01月03日
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