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有名人がまた大阪府知事に選ばれた。 月曜日に帰って来て結果を聞いて驚いたけど・・・・。この人はテレビに出ているから知名度が高いんだけど、どうも大阪の人は有名であるのが好きなのか、期待感を持つのか、その点がどうしても分からないね。 政治の世界にこの感覚はあわないと思うけれど、そうでもないのかな?確かに彼の発言は理由説明において、弁護士の条件である説明をするという点では、話しが上手いというのは分かるが、それが現実的に、人間を動かすまでになるかどうか?ということでしょうね。政治の世界は、お金・税金をどの様に配分するのか? という現実の話が中心になっている。困っている人をどうにかすると言うのもあるが、それよりもお金・税金をどの様に集めるのかが中心に考えられている感じがするね。 政治の世界は、法律を作るという世界だ。それにはそれなりの理由があって、その理由を実際に現実化させるための法律を作るということなのだが、目標が幾ら弱者救済であっても、法律がしっかりと出来ていれば弱者救済もできるが、骨抜きの法律が多いと聴くにつれて、何処まで真剣に弱者救済という所まで迫れるかは、その法律を可決する側の問題だ。勿論その原案を作るのは役人だから、その役人がどの様な人格であるかによっても法律の中身は変ってくる。人間は沢山の現実の中から、自分の都合に合った、自分の身を守るようにするのが好きな人達が多いから、その様な都合ばかりを考える法律が多くなるのも人間的で面白い。 しかし、そればかりでは困るので、現実の問題解決が出来る法律をスピーディに作らなければならないのだが、必ずしもそうのような理想的な形で政治の世界が存在しているとは限らないのも事実だね。一人の政治家だけでこの社会が形成されているわけではないし、議会制民主主義という言葉で形成されているから、その様な多数決意見で物事が決定されるから、しっかりと論議をして、全ての人達が安心して暮らせる日本を作る必要があるからね。政治は「暮らし」なんだから、誰もが政治に無関心では困るからね。しかし有名人だからといって、その人が関われば必ず政治は良くなる訳でもないし、「大阪の広告塔」になるだけでは問題は違った方向に行っていることになる。宮崎の問題と大阪とはまた違った問題の方向性が在るから、有名人が一人歩きしてしまっても、問題は解決しないからね。しかし、政治家になるには、有名人になる必要があるんでしょうかね?勿論お金持ちでないと政治には参加できませんから、結局は金まみれの基本がその所に存在しているとも言えますか?期待をしてもいいんでしょうか?そう、やっぱり、選ぶにしても、候補者がどの様な人間なのかが分からないから、どうしても選ぶ基準というのか判断材料として、テレビで見ているから安心しているのかもしれないね。
2008年01月29日
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結核菌の感染者が2800万人!!!その様な話しが、ある放送局から提議されていた。数字的に言えば、日本人の四人に一人の割合で、結核菌に感染しているということだ。これは大変な問題である。地球環境が滅びるときに、一斉に花開いてしまうんじゃないかな? 理由は簡単。体の免疫機能や防疫機能が限界に来たときに、結核菌が目覚めてしまうからなんだが。結核菌が体の中にある間、それも保菌者になっている間の結核菌は、「 眠っている状態 」で肺の中に居続けている。最終的に肺の中に居るマクロファージに食べられるのだが、食べられたことで結核菌は「 休眠状態 」に自分をさせて、マクロファージの食べ物にならない様に自分を守っている。仮に「 生きている状態=活性化 」していると、マクロファージは殺そうとして食事にしてしまう。しかし変なのは、「 休眠状態 」だと、食事にならないというのだから、面白い現象だ。と言うことは、マクロファージに結核菌が「 騙しているよ! 」という何らかの信号を与えることができれば、マクロファージは自分の体の中に入っている結核菌を殺すことが出来るように成るのではないだろうか?マクロファージの消化酵素が効かない状態にさせることが、結核菌はできるんだろう(賢いね)。例えば、胃の中に存在しているピロリ筋と同じで、ピロリ筋は胃の中に居ても、自分の体からアンモニアを出して自分の体を胃酸から守っている。その様な似た状態があるのではないかと思う。ただ「 耐性菌 」という厄介な状態になるのは、人間の「 いい加減な考え 」が原因である。結核を治療するのに、薬(抗生物質)を数種類混ぜて投与するのだが、ある程度結核の経過が良くなってくると、アホな患者は薬を途中で止めてしまうバカが居るのも確かなのだ。理由は面倒臭いからだ。一日に決められた時間に数種類の薬を約八ヶ月間飲み続けなければならない訳だが、それを途中で面倒臭いし経過がいいから、治ってしまっていると「 錯覚 」をしてしまうのが原因なのだ。(以前は一年間の投与だった)確かに大変な努力が必要なのだが、大変な努力とはいえ、自分が発症したら多くの人々に迷惑を掛けるばかりか、自分も早くこの世を去らなければならない状態にまでなるのだからね。それにしても2800万人という数字は半端じゃないね。保菌者ということだけど、不規則な生活をして体の機能が衰えたときに、菌が暴れだすんだから保菌者であるのなら「 真面目な生活 」をするべきだと思う。それにしても、その人間が死ぬまで「 休眠 」し続けているのは、凄い生命力だと思います。活動をしてしまうと、肺胞を潰し続け、出血をさせる結核菌。 吐血の原因は、肺胞を潰し、出血させることが原因です。毎日の健康を願い、規則正しい生活をしましょう。
2008年01月18日
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福島県の矢祭町の行政が注目を集めている。「矢祭町もったいない図書館」という、町と住民とのタッグマッチが起こした奇跡だ。根本町長が6期24年を最後に引退された。彼は高三で父親を亡くし、大学の夢を残しながらも実生活を頑張ってこられ、40歳代で町長になりその後は国の合併事業にも反対してきた有名な町である。 サンデープロジェクトでも注目を浴びたから、それ以上に有名になったね。そして町民と一緒に町長が指導し、行政も365日休む事無く働き続けてきていた。 そう矢祭町の役場は、日曜も祭日も無く、働き続けてきたのだ。 やれば出来る見本である。365日働き続ける自治体が何処にあるでしょうか?住民サービスをするのなら、休日も働くのがサービスだ。それをこの矢祭町はやり遂げている。そのために住民から働かせていただいているという考えも必要だし、一緒になって矢祭町を生かすという気持ちの統一が出来ているから出来たのだろう。実際、根本町長は途中で引退を考えた。理由は家族を放ったらかしにして行政に奔走したのが心残りとなり、また女房孝行がしたい彼の気持ちがそうさせたのだが、住民は許さなかった。 と言うか、住民は彼を求めたのだ。彼の熱意と誠意が必要だと彼らも気が付いたのだ。そして住民と行政が一体となって、図書館造りが始まり、少ない予算から、知慧を編み出して、全国の方々から本の寄贈を受け立派な図書館が出来た。今、根本町長は退任し、一般の町民となっておられるが、心は矢祭町を愛しているがゆえに、未だに眠れぬ日が続いているとのこと。サービスを受ける者として考えている我々も考えねば成らない事例だ。サービスは、お互いに助け合って作るものではないだろうか?誰かにしてもらうのではなくて、自分もお手伝いする心が必要ではないだろうか?彼の業績が、この国の行政に、松明・たいまつとなって照らしてくれることを祈るばかりだ。
2008年01月16日
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何が国を栄えさせるのだろうか?南米のある国が、隣同士なのだけれど、全く国の成り行きが違っている。一つは軍備費を年間12%の高率で、国のお金を掛け、もう一つの国は逆に軍備を完全に無くし、警察は残しながら、医療及び教育費にそのお金を当てている。 ゆえに国民は安定した生き方が出来る。 二国は全く逆の生き方をしていて、軍備を廃絶した国は観光を主体にし、自然の森を大切に保護している。 動物達は活き活きとして生きている。 そのために観光客が訪れ、経済は豊かになりつつある。 自然との響働がハッキリしている。実際の映像を観ていると、二国の違いはハッキリしていて、未だに軍備を投入している国は国民を苦しめ、その国の国民はかなり貧困になり、隣の国に仕事を求めて国境を越えて仕事をしに行っている。 命がけで越境している。 北朝鮮と同じような姿だ。軍備を投入している国の一人当たりの年間所得は、日本円にして10万円くらいしかないからだ。 隣の国はその倍以上の年間所得だ。ハッキリ言って、国民所得は日本とかなりの較差はあるが、それでも人間は生きて行ける。しかしこの映像を観るとある思いを持つのだ。 それは自然を大切にする国は、その国の富を安定させることが出来るのではないか? という思いなのだ。日本もそうだけど東南アジアの国々でも、「自然」 を「経済」 「お金・利益」 のために破壊させている現実があるが、ブラジルもアフリカでもそうだが、自然破壊をしている国はどんどん政情不安を起こしているからだ。日本の政情不安も深刻だが、「自然破壊」 と 「温暖化現象」は密接な関係があるが、「自然破壊」 と 「政情不安」 も関係あると思う。ハッキリ言えば、「自然破壊」 は全てに渡って不安を呼んでいるといえるでしょう。 どうしてもこの感覚は消えないのだ。いずれこのまま進めば、この地球環境は生命が住めない場所に変るのは当然なことです。 算数が分かる人であれば、簡単に理解できます。「お金は、人が居るから利用できる道具」 であることを理解できない人は、この地球文明を破壊させてしまう一人になることでしょう。 会社の利益も、人間が存在しなければ、利益は出ません。現在の経済理論の間違いは、人間が存在している前提で出来ています。 人間が存在しない世界で 「利益」 を求めることは出来ません。ゆえに、「自然との響働」 が何があっても無くすことは出来ません。 自然が在ってのこの肉体生命だからです。先ほどの国の話しは、実際に現在この地球で隣同士で現存する国です。 まるで一方は地獄、一方は天国であると言っても過言ではないでしょう。
2008年01月14日
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これから後三十数年で、この人類の歴史が大きく変ろうとしています。 それは人類存亡の危機に面している現状から逃れることが可能かどうかの瀬戸際に今立たされているのを感じているでしょうか?確かにブラジルの預言者はあと三十五年の人類の歴史を述べました。 勿論それを回避する可能性もありますが、間違いなくそれに近づいているのは確かです。 しかし、人類はどうしてもその様な未来を否定するばかりです。今その問題の大きな原因として、地球環境の破壊が第一番に上げられる事でしょう。 その大きな原因として、CO2 の問題が最大課題でしょう。 この問題は、この文明を否定せずに、このままのエネルギーを利用する形では、石油依存、または燃焼エネルギーの使用を止めるという形に進まなければ解決が付かない問題です。勿論、電気エネルギーを作る為に原子力発電がありますが、しかしこれは生命を危険に犯す放射エネルギーの問題が生じてしまいます。 これは生命の危険がとても高い放射線の問題でもあります。 これも解決の道具には到底なりません。そしてもっと大きな矛盾は、自動車産業界の考え方、またはそれを利用する消費者の考え方です。最近の自動車の排気量増大は、余りにも問題を大きくして来ています。 CO2を出さないようにするには、燃料排出量を減らす必要があります。 しかし最近は、どんどんその排気量が大きくなり、そして、車の車体そのものも大きくなって来ています。 利用者は、快適さを求め、その様にボディーや排気量を上げることで、気持ちのよい車作りを目指しているのでしょうが、しかし、これは自然への挑戦になります。 もしくは、自然破壊への早道になって来ています。 どうして人間の欲望は、自分の存続を危険にさせてまで、気持ち良さに心が奪われてしまうのでしょうか? 欲望の恐ろしさは、自分の首を絞めてでもそれを追求しようとするところです。日本には軽四輪市場があります。 660ccの排気量制限はありますが、それだけの排出量で車を走らせています。 勿論同じガソリンを使いますから、CO2は出ます。 しかし利用する燃料の量が少ない為に、少しはましです。勿論、軽四輪でも同じようにガソリンを使用するのでは意味がありません。 本当は燃焼をさせないエンジンが必要です。 勿論これには、電気自動車や燃料電池車がもっと早く開発できれば、かなりCO2の削減は出来ます。 早く開発をして欲しいものです。しかし最近の車の排気量増大は大いなる矛盾です。 良くない傾向です。少ない燃料で、大きな仕事が出来るものを開発して欲しいのですが、間に合うでしょうか? 人類滅亡まで。 もう目の前に近づいています。来るときはじわじわではありません。 一挙に来ますから、海岸線に住んでいる事は出来にくいでしょう。 どうなりますことやら。
2008年01月07日
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夫婦生活とは、エッチを指す場合があるが、若い人にとっては重要な要因のような気がする。 理由は、夫婦生活がないと、愛が無くなったと思いがちだからだ。確かに結婚するということにはエッチが付き物だし、それが無ければ夫婦とは言えないという人も居るがそうだろうか? 夫婦でなくとも、エッチは誰でも出来るものだからだ。じゃあ夫婦にはエッチが無くても夫婦といえるのか?なんて、野暮なことを聞く無かれ。 年齢を重ねれば、自然とそのもの自体が薄れてしまうからだ。 但し、男性は精子を死ぬまで生産し続けるから、どれだけ年齢を重ねても、その気さえあって、体力が続けば、セックスは出来る。女性の場合でも、生理が無くなってもやはりその気があればできる。 要は、その気持ちが大切で、体力もあればいいけれど、なければする事なかれかな? けれどやはり面白いもので、生理が無くなった人でも良くセックスをしている人の肌つやは若い。 やはり、ホルモンの関係が生じているね。また夫婦であろうと無かろうと、セックスは大切なコミュニケーションなんだけど、男性が最後まで行かなくても、十分その役割は果たしている。 えてして男性は、女性を満足させようというような考えを持ちやすいが、満足させる=行かせると言う言葉に置き換えてしまうようだ。 どうもそれは男性の思い違いのようだ。女性はそうではなく、肌と肌の触れ合いを求めているケースが多い。 勿論その前提に、愛しているということが必要だが。 但し、お金儲けで自分の体を利益の対称にしている女性はそうでもないようだ。 返って、不感症になりやすい。 気の毒だと思う。 愛が無いからだね。最近の若い女性は、得てして簡単にベッドインするそうだが、感心できないね。 結婚がどういう意味があるのかをしっかりと考えて欲しいものだ。 どんなに愛していても、時間と共に現実生活の中で、その感情が薄れてしまうことも多いから、浮気をしたりするし、同じものに飽きてしまう傾向があるから、感情で愛を語るのは良くないかも知れないね。愛していたと思っても、色々な条件から、その心が薄れていって、本当に心から愛する人が目の前に現れたとき、人はとても悩み、色々な行動を採ってしまう。 しかしそれは仕方がないのかもしれない。 勝手な意見だけど。 目の前に、自分と共に歩んでいる人よりももっと理想的な人が現れると、結婚における「義務と責任」において、悩む人は当然のことです。大いに悩んで、苦しんで、この人生を楽しみましょう。 旦那や奥さんよりももっと素晴らしい人が現れても、今の家庭を捨てないようにして、お付き合いすればいいのかもしれない。 ある人が言っていたけれど、「裏切りは、愛している人がそうした時、裏切りになるけれど、愛していない人が別の人と付き合っても、裏切りにはならない」と。 確かにそうですね。 自分が一生懸命愛していても、その相手が別の人と付き合っていれば、裏切られたという思いが出てくるでしょうね。本当に生きることは素晴らしいことですし、沢山の事柄が、私を、あなたを育ててくれる糧になっていますね。 夫婦円満はやっぱり心の触れ合いが一番です。 それも無ければ、夫婦ではないですね。 ただの同居です。
2008年01月02日
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