2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全28件 (28件中 1-28件目)
1
大晦日は夕方から、毎年お世話になっている「淀屋」さんへ家族一緒に出かけた。寒ブリのにぎり鮨・鯖のきずし・年越し蕎麦を食べて、お父さん秘蔵の「山法師」「瑞冠」「義左衛門」など日本酒をぐびぐび。お土産に「鯛の塩焼き」までいただいた。正に至福の時である。お父さんも根っからの近鉄バファローズファンでずっと応援し続けてきたが、この2年間はお互い「野球難民」として寂しい思いをしてきた。北川君や門倉君などの「元いてまえ戦士」達が現役で頑張っている間は、一緒に選手個人を応援していくつもり。これからも「大阪バファローズ」復活を信じて、プロ野球を見続けていきたい。
December 31, 2006
コメント(2)
元近鉄バファローズの守護神、赤堀元之氏は来年合併球団のピッチングコーチとして3シーズン目を迎える。コーチ就任最初の2005年は1軍ブルペン担当だったが、今シーズンからファームの育成担当を務めている。赤堀は89年ドラフト4位でバファローズ入団後、早い時期から仰木監督に認められて1軍に定着し、通算5回の最優秀救援投手を受賞して、彼の後を継いだ大塚晶則投手(現レンジャーズ)以上に安定したストッパーとして活躍した。ストレートとスライダーだけで十分勝負できるピッチャーで、97年にはダブルヘッダーでいずれもセーブを挙げる(1日2セーブ)記録も達成している。救援投手の宿命からか肩と肘を故障して99年には手術したが、全盛時の球威は戻らず、2004年の球団消滅と同時に引退、仰木監督に請われてコーチに就任した。コーチとしての手腕発揮はまだまだこれからだが、赤堀コーチから球の握りを教わった新人の中山投手は今シーズン初勝利を挙げている。投手陣強化が課題の合併球団だが、是非彼の指導で将来のエースを育てて欲しいものである。*通算成績(90~04年)登板:380試合、成績:58勝45敗139セーブ、防御率:2.89、奪三振590最優秀救援投手5回(92~94年、96~97年)最優秀防御率1回(92年)オールスターゲーム出場3回
December 30, 2006
コメント(0)
合併球団の日高捕手と塩崎内野手がFA宣言したものの手をあげる球団がないために、そのまま残留することになりそうである。FA宣言の前に他球団が接触することはタンパリング(不正な事前交渉)になり禁止されているのだが、通常は移籍先球団担当の記者などが事前に水面下で接触する等により早々と話を決めてしまい、宣言してすぐに入団決定となるケースが殆どである。球団側は二人がFA宣言しなければ複数年契約も考えていたらしいが、いずれも単年の契約になりそうとのこと。また、アメリカではFA宣言すれば、所属球団とはおさらばするのが通例だから、残留してもコリンズ新監督が来シーズン二人を起用するのかどうか疑問とも言われる。今頃二人は、他球団が取りに来てくれる確信がなくFA宣言したことを後悔しているのかもしれない。
December 29, 2006
コメント(0)
パリーグファンが毎年楽しみにしている東西対抗戦(11月)が今年で打切りになった。1981年に始まり、最近はずっと静岡草薙球場で行なわれてきて通算では18回開催された。全国から静岡にやって来るパリーグファンはゲームを楽しむのはもちろんだが、年に1度のパリーグ全球団のファン同士の交流がメインと言える。ゲーム終了後には「2次会」が行われ、連盟歌・球団歌・選手の応援歌をみんなで合唱し、パリーグファンであることの喜びを味わうのである。相手チームのファンや応援団を罵倒することしか知らないどこかのチームとは違うほのぼのとした雰囲気がある。選手会が「けがをした時の保障がない」とか「日米野球などシーズン終了後の非公式試合が多すぎる」と言うのもわかるが、2年前、1リーグ制への移行や球団合併阻止に立ち上がった多くのパリーグファンをもっと大切にしてほしい。来年以降も形を変えてでも、何らかのイベントを続けることを希望したい。
December 28, 2006
コメント(0)
来シーズンは「元いてまえ打線の若大将」、合併球団の大西宏明選手に注目したい。大西は2002年のドラフト7巡目で近畿大学から大阪近鉄バファローズに入団したのだが、いわゆる松坂世代でPL学園時代は甲子園で松坂投手からタイムリーヒットを打っている。プロ入団時にはバッティングはさほど評価されていなかったが、故・鈴木貴久コーチの指導を受けて素質が開花、特に左投手には滅法強く、2004年のホークス戦でリリーフエースの三瀬投手からサヨナラホームランを打った場面は強烈な印象がある。今シーズンは一時レギュラーを取りかけた時期もあったが、怪我のために後半戦欠場して残念だった。走塁と守備は安定しており、バッティングが向上すれば近い将来クリーンアップを打てるだけの力はある。来シーズンは同期入団の下山・坂口の3人で外野のレギュラーポジションを奪取してほしい。
December 27, 2006
コメント(0)
三原監督時代の1969年の出来事だからもう40年近く前になるのだが、近鉄バファローズにジム・ジムタイルという元大リーガーが1年間だけ在籍していて、ホームランを打ちながら代走が送られるという珍記録を作り話題になった。ジムタイルは61年には46本のホームランを放つなどドジャースやオリオールズで活躍した大物で球団の期待は大きかったが、来日した時は全盛期を過ぎており、太り過ぎもあって開幕戦で早くもひざを故障した。5月18日西宮球場での阪急戦の第1打席に足立投手からレフトスタンドへホームランを打ち走り出したが、1塁ベース手前で左足ふくらはぎの肉離れを起こし転倒、そのまま担架で運ばれたため代走に伊勢孝夫(現巨人打撃コーチ補佐)が起用されたのである。当時は指名打者制がなく、その後も1塁手で起用されていたが、出塁すると即代走が送られる使われ方だった。当然1年限りで退団したが、72歳になった今シーズンも独立リーグのミッドミズーリ・マーベリクスの監督として指揮を取り元気にしているとのこと。近鉄バファローズが消滅したことを知ると何と言うだろうか?*日本での成績(1969年)65試合、86打数22安打、打率・256、本塁打8本、打点16
December 25, 2006
コメント(0)
今年9月に21世紀初の600試合登板を達成した楽天イーグルスの吉田豊彦投手は、南海ホークスの87年のドラフト1位入団である。かって南海ホークスに在籍したことがある現役選手は、吉田と大道典嘉選手(巨人へ移籍)の二人だけになったのだが、この年の南海のドラフトは豊作で、1位:吉田、2位:若井、3位:柳田、4位:大道、5位:吉永、6位:村田は、いずれも1軍で実績を上げた選手ばかりである。吉田は大阪近鉄バファローズには2002年から3年間在籍し、中継ぎ・抑えとして活躍してオールスターゲームにも出場したが、オフの分配ドラフトで楽天イーグルスへ移籍した。最後まで合併球団のプロテクト名簿に登載されていたのだが、当日になって急遽若手選手に切替わった経緯がある。楽天では主に左バッターへの中継ぎとして登板、2年目の今季も41試合、防御率3.19と安定した働きで投手陣を支えている。現在40歳、自宅は大阪市内にあり、仙台ではホテル住まいという二重生活だが、おっちゃんパワーは健在で、まだまだ「中年の星」として投げ続けて欲しいものである。
December 24, 2006
コメント(0)
近鉄バファローズは55年の歴史の中で4回、「逆転満塁サヨナラホームラン」で勝利している。打った選手は84年南海戦の加藤英・柳原(2試合連続・藤井寺)、90年ロッテ戦の大石(日生)、そして2001年9月26日優勝を決めたオリックス戦の北川(大阪ドーム)である。自分はこのうち南海戦の柳原を除く3試合を生観戦しているが、何と言っても腰が抜けるほどびっくり仰天したのは北川の一発である。この時は「代打・優勝決定」がプラスされ、正に劇的な幕切れになったのだが、北川は「今後の野球人生においても、2度と経験することのない場面でしょう」と言っていた。このホームランで彼は一躍全国区の選手にのし上がり、来年は合併球団でも選手会長を務めることになる等その後の活躍ぶりはめざましい。優勝監督だった梨田さんは今でも自分の携帯で彼の電話番号を「北川神様」として登録しているらしい。
December 23, 2006
コメント(0)
60~70年代の近鉄バファローズを代表する選手といえば、投手では鈴木啓示、野手では土井正博である。土井選手は61年に大阪・大鉄高校を中退して近鉄に入団、当時の別当薫監督に見出されて2年目には1軍デビューし、「18歳の4番打者」と言われた。豪快で大きく構える独特の打撃フォームは子供たちがよく真似をしたものである。ピストル打線と嘲笑されるほど非力だった打線の中にあって獅子奮迅の活躍で、近鉄時代にはタイトルは取れなかったが、在籍14年間で打率3割台を6回、本塁打20本以上10回放つなどスーパースター長嶋茂雄にひけを取らない看板打者だった。ちなみに通算で465本の本塁打を打っているが、ライトへは3本だけであり、典型的なプルヒッターだった。しかし阪急ブレーブスと優勝を争うような大事な試合では打てないことが多く、大試合に弱い印象も強かった。74年に西本監督が就任し、若返りを図るということでオフに太平洋クラブの柳田豊投手(+芝池博明投手)と交換トレードされた時はショックだったが、柳田はその後近鉄で主力投手になり、79・80年のリーグ優勝に貢献したし、土井も移籍1年目には本塁打王(34本)になり「無冠の帝王」を返上したのだから結果としては良いトレードだった。現役時代は優勝を経験していないが、引退後は主に西武で打撃コーチを務め、新人時代の清原選手を指導したし、最近では中島・中村剛などを育てた。特に中島裕之選手の構えは土井選手の現役時代とよく似ていて、非常に懐かしい。*土井選手の主な球歴(近鉄14年、太平洋・クラウンライター・西武7年)安打2452(歴代8位)本塁打465(11位)打点1400(11位)打率・282(67位)タイトル 本塁打王1回(75年) ベストナイン3回オールスターゲーム出場15回
December 21, 2006
コメント(2)
合併球団の中村紀洋選手の契約更改交渉が難航している。現在交渉は代理人と球団との間で行なわれているが、金額の提示にまで至っていない状況。球団側は今年の年俸2億円から5~6割の減俸を考えているとのことだが、このままでは越年は避けられないかもしれない。今年は打線の核として4番定着を期待されて入団したのだが、左手首の故障があって85試合、打率・232、本塁打12本、打点45で期待を大きく裏切った。中村としてはある程度の減俸は仕方ないとしても、手首を故障しながらファンのために欠場せず、頑張ったことを考慮してほしいと言いたいところ。また自分より成績の悪い清原選手(67試合、打率・222、本塁打11本、打点36)が現状維持の2億5000万円で契約更改したことへの不満もあるだろう。いずれにしても早く妥協点を見つけて契約更改してほしい。来年は中村にとって正念場のシーズンになるのは間違いなく、近鉄ファンとしては彼の全盛期のフルスイングをもう1度見てみたいのである。
December 20, 2006
コメント(0)
カラスコと言っても楽天イーグルスの人気者のことではない。大阪近鉄バファローズの最後のシーズンに1年だけ在籍して、通称「炎上神」とか「カラスコ劇場」と言われたドミニカ出身の投手である。キャンプからオープン戦にかけては絶好調で、大塚が退団してから抑えが不在であった近鉄に待望の守護神が誕生かと期待したが、公式戦に入るとことごとく救援に失敗、4月末までに5敗(9イニングで自責点20、防御率20.00)を喫してストッパー失格、その後は主として中継ぎとして投げていたが、球団消滅もあり1年で退団した。大阪ドームでは場内アナウンスでカラスコの名前が告げられると、近鉄ファンからはブーイング、相手チームのファンからは拍手が起こるという異常な光景が見られるなど最悪の助っ人だった。ところが昨シーズンはワシントン・ナショナルズで中継ぎとして復活し、64試合に登板して5勝2セーブ防御率2.04の好成績を挙げ、今シーズンからは2年契約でロサンゼルス・エンゼルスに入団して、56試合を投げて7勝3敗1セーブ防御率3.41と勝利に貢献した。年俸は610万ドル(約7億3000万円)プラスボーナスというから04年近鉄在籍の選手としては最高である。変身ぶりにはびっくりだが、日本での失敗を教訓にして蘇った珍しいケースだろう。実力はありながら日本の野球には合わなかっただけかもしれないが、あの炎上ぶりを目の当たりにしていた人間としては今の活躍ぶりが信じ難い。
December 19, 2006
コメント(2)
日向キャンプで知合った若者二人が大阪へやって来た。近鉄の日向キャンプは10年以上続けて見学したのだが、随分沢山の方々と親しくなってずっと交流が続いており、彼等も8年ほど前から毎年1~2回シーズン中に来阪している。以前はバファローズ戦を楽しみに来てくれていたのだが、合併球団になってからは力をいれて応援する気にもならず、単にゲームを見ているだけで勝敗はどうでも良いというのも困ったことである。夕方から法善寺近くにある民芸酒房「牧水」で忘年会を兼ねての飲み会を行ない大いに盛り上がった。歌人若山牧水から名を付けたこのお店は50年以上の歴史があり民芸調のけやき造りは風情がある。料理は魚・野菜・肉など100種類以上あり全て美味であり、いつも珍しいお酒をいただけるのも嬉しい。近くには中座があり、以前は藤山寛美など新喜劇のメンバーが頻繁に訪れていた店でもある。滅多に手に入らないという幻の吟醸酒「十四代」や甕仕込み焼酎「川越」を出してもらい、大満足のひと時であった。
December 18, 2006
コメント(0)
本日、大阪ドームで行われたマスターズリーグの大阪ロマンズ対名古屋エイティディザーズ戦に近鉄ー合併球団で打撃投手を務め、秋季キャンプを区切りとして引退した水谷宏氏が登板した。水谷氏は68年ドラフト1位で全鐘紡から近鉄に入団し、現役では10年間で5勝に止まったが、当時の西本監督に請われて打撃投手に転向、その後60歳までの28年間いてまえ打線を支える縁の下の力持ちとして活躍された。打撃投手としては最年長になり、通算の球数は年間4万球、28年間トータルでは112万球になるとのことだが、還暦を過ぎた今日の登板でもサイドからの投球はコントロール抜群で、現役当時そのままの投球内容であった。なお、本日の試合で出場した近鉄OBは村田・佐野・村上・小川・五十嵐などだったが、懐かしい個性豊かな選手ばかりでこれからもマスターズリーグでの活躍を期待したい。
December 17, 2006
コメント(0)
合併球団の某内野手が契約更改交渉の席上で、今年まで付けていた背番号1をコリンズ新監督に譲ったので「背番号ハク奪料」を要求したとのこと。先日の2度目の交渉でようやく諦めてサインしたらしいが、球団側から提示された来季の年俸が希望額に達しなかったので頭に来たせいかも知れない。当初は新監督に気持ち良く譲ったと報道されたのだが、返してもらいたいのなら来シーズン大活躍して文句を言わせず奪還すればいい話である。近鉄から分配ドラフトで移籍した「元いてまえ戦士たち」がいくら頑張っても、こんなオリ生え抜きの選手がいるうちは合併球団は強くなれない。大引という有望新人内野手も入団したことだし、こういう選手はいっそのこと放出を検討するべきではないだろうか。
December 16, 2006
コメント(0)
今年のドラフトで合併球団が3巡目に指名した法政大学の大引啓次内野手は、アマチュア球界ナンバー1の評価を受けた3拍子そろった大型遊撃手である。大引選手を合併球団が指名することは、事前にあまり予想されていなかったようだが、実は大阪近鉄バファローズが早い段階からマークしていた選手で、合併球団が引継いだ形での今回の指名になった。近鉄は大学1年の春季リーグ戦から全試合に先発出場した大引選手を3年後に獲得するための布石として、3年先輩で彼と同じく大阪の浪速高校から法政大学へ進み、キャプテンを務めた新里賢捕手(現ロッテ:写真)を2003年のドラフトで指名している。当時の近鉄フロントの努力(先行投資)が今回実った形だが、合併球団には法政大学出身の阿部遊撃手がおり、来シーズンからの熾烈なレギュラー争いが見ものである。また新里捕手にも是非ロッテで、レギュラーの座を掴んでほしいものである。
December 15, 2006
コメント(2)
ソフトバンクホークスの大村直行外野手が、今シーズンと同じ年俸の推定1億7000万円で契約を更改した。交渉中の中村紀選手がダウン必至の情勢なので、大阪近鉄バファローズ出身の選手としては、メジャーの大塚投手などを除いて球界最高年俸になる。大村は兵庫県の育英高校から93年ドラフト3位でバファローズに入団、早くから走塁・打撃・守備いずれも揃った左バッターとしてレギュラーに定着して打線を引張り、2001年のリーグ優勝にも大きく貢献した。特に注目したいのは守備範囲の広さで、外野手の間を抜けたと思った打球を難なく処理する守備力は12球団でもトップクラスである。さらに比較的おとなしい選手が多いバファローズの選手の中で、相手チームに向かっていく闘争心は特筆すべきものであった。昨シーズンFAにてホークスへ移籍したのだが、現在30歳でこれからが脂の乗り切った年齢になり、しばらくは川崎と共に打線の核弾頭としての活躍が期待出来よう。
December 14, 2006
コメント(2)
各球団の契約更改が佳境を迎えているが、元猛牛戦士たちが軒並みダウンでサインしており、厳しい年の瀬になっている。レギュラークラスではアップ組は僅かで、福盛・高須の楽天勢と巨人へFA移籍した門倉が目立つくらい。逆に岩隈・礒部など高年俸の選手を筆頭に殆どの選手がダウンで仕方なく更改、或いは保留しており、楽天の吉岡は規定率の25%を大きく超える60%以上のダウンを受入れてサインしている。また合併球団の中村紀も今年の年俸2億円から60%ダウンの8000万円の提示を受けて保留、次回からは代理人による交渉に臨むことになる。プロの世界なので働かなければ下るのは当たり前だが、最近の契約更改では各球団の極めてドラスティックな動きが目立ってきている。元猛牛戦士達の来シーズンの大いなる奮起を期待したいものである。*主な選手の更改状況(金額は推定、単位は万円)岩隈 18000→13500礒部 13000→10500吉岡 7600→3000門倉 7500→2年総額20000北川 6800→7000福盛 5800→8300吉田 5500→5300阿部真 5000→4500的山 4500→4500高須 3000→5400
December 13, 2006
コメント(0)
近鉄バファローズへやってきた外人選手の中には、古くはグレン・ミケンズ(通算45勝)や最近ではジェルミ・ーパウエル(現巨人、通算67勝)など活躍したピッチャーもいるが、概してバッターの方が好選手が多かった。90年から2年間在籍したトレーバーもその一人である。太めの体型であごひげを蓄えた愛嬌のある風貌で、夜のミナミの街でもしばしば姿を見かけた。試合では燃える熱血漢に変身、正に「猛牛」そのものの頼もしい助っ人だった。左バッターで91年には打点王も獲得、ファーストの守備も巧かった。有名なのは91年5月秋田八橋球場のロッテ戦での乱闘事件である。園川の内角攻めに怒ったトレーバーが暴行を加えたのをきかっけに両チームが乱闘になったのだが、転倒したトレーバーが金田監督に頭を蹴られて負傷するなど大変だった。球団としては3年目も契約を望み金銭面では合意したものの、住居の問題やFA権の付与でもめて退団してしまった。彼が残っていればローズやブライアント並みの、球団史に残るような成績を期待できただけに残念である。*通算成績(90~91年)247試合出場、125打点、54本塁打、打率・287打点王・オールスターゲーム出場・ベストナインゴールデングラブ(いずれも91年)
December 12, 2006
コメント(1)
テキサスレンジャーズの守護神である大塚晶則投手が、ボストンレッドソックスへトレードされる可能性が出てきた。仮に現在入団交渉中の松坂投手と、既に入団発表された元日本ハムの岡島投手と合わせて3人の投手が揃うとなると、2年前から「野球難民」の自分としてもいよいよ本気でレッドソックスを応援しようかという気持になる。レッドソックスは近鉄バファローズと関係が深い球団で、打線が強力なチームカラーも似ているのでずっと親近感を持っている。どういうわけか日本人大リーガーはア・リーグ(それも東地区が多い)に集中しており、来シーズンはレッドソックス・ヤンキース・マリナーズ・ホワイトソックス・デビルレイズがらみのゲームのテレビ観戦で楽しみたいものである。合併球団が消滅して「大阪バファローズ」が復活しない限り、日本のプロ野球界にはなかなか興味を持てそうにない。
December 11, 2006
コメント(0)
10月よりテレビ大阪系列の日曜日の朝の番組で「ゴルフ魂の法則」が放映されている。スポンサーが何故か近鉄百貨店等の近鉄グループであり、おまけに梨田さんが出演している「グランシャトー」「コラントッテ」のコマーシャルも流されるなど、梨田色が出たユニークで面白い番組。元近鉄バファローズ投手の佐々木修氏が進行役を務め、ホスト役の梨田さん、映画にもなった還暦プロゴルファーの古市忠夫氏、女子プロ1名の3人でのラウンドレッスンである。梨田さんは普段は1ラウンド80前後でプレーされるのだが、番組の中では何故かOBしたりチョロしたり可愛いところを見せるのが不思議である。我々アマチュアゴルファーにはレッスンもすごく参考になるが、梨田氏と古市プロの駄洒落の応酬など会話もなかなか楽しい。是非一度見ていただきたいと思う。
December 10, 2006
コメント(0)
証券取引法違反罪に問われたライブドア事件の裁判が続行中である。堀江元社長が有罪になるかどうかわからないが、今のところ世論も堀江氏に相当厳しい見方をしているようだ。2年前の6月、突然近鉄球団とオリックス球団との合併話が持ち上がった直後に、ライブドアが近鉄バファローズの買収を申し入れた。一部のオーナーの主導により、球界全体が1リーグへの動きを加速していた時にライブドアが名乗りを上げたことで、選手会やファンも大きな力を得て合併阻止への気運が高まり、紆余曲折を経て最終的には楽天が参入して12球団2リーグが維持できたのである。実際のところ堀江氏は「本気で球団経営に乗り出すつもりはなかった」らしいが、あの時ライブドアが登場しなければ確実に1リーグへ移行していたと考えられる。ある意味ではホリエモンはプロ野球界の救世主だったと言えなくはない。
December 8, 2006
コメント(2)
先ごろ来シーズンの交流戦の日程が発表された。過去2年間は各カード6試合ずつ、1チーム36試合で組まれていたのだが、来シーズンは4試合ずつ、1チーム24試合になる。ファンの間では普段見ることが出来ないカードをもっと多くしてほしいと言う声が強いようだが、ポストシーズンの日程の都合という理由で削減されたようだ。過去2年間の成績ではいずれもロッテが首位で、通算成績でもパリーグの2年連続勝利に終わっており、「実力のパ」の本領が発揮されている。うがった見方をすると、交流戦が削減されたのはセの某有力球団の交流戦の成績が悪く、強引に削減させたとも言えなくはない。ちなみに巨人の交流戦の成績は昨年は18勝14敗4分で4位だったが、今年は13勝23敗で11位に終わった。特にロッテには0勝6敗と惨敗したわけで、「巨人はロッテより弱い!」ことが改めて証明された。交流戦のあとチームは下降の一途だったのだから、交流戦が少ないほうが有利だと考えるのも無理はない。
December 7, 2006
コメント(0)
1年に数回名古屋へ出張することがある。本日のランチは栄の中日ビルにある「山本屋本店」の味噌煮込みうどん。元々味噌も麺類も好物なので、名古屋へ来たら食べることが多いが、少しスタート時間が遅れると行列が出来るほどの超人気店である。いつもどおり非常にこしのある麺で大満足だった。そのあと中日ビルの3階にある「ドラゴンズショップ」をのぞいてみた。優勝して2ヶ月ほど経つのでお客さんはまばらだったが、優勝記念品や山本昌のノーヒットノーラン記念グッズが並んでいた。今年は終盤ドラゴンズを(にわか)応援させてもらったのだが、来年は是非セリーグ連覇を成し遂げて欲しいものである。バファローズが消滅して2年前から「野球難民」になっている身としては、熱狂的に応援できるチームがある人が心底羨ましい。
December 6, 2006
コメント(3)
89年4月のペナントレース直前のオープン戦で、正3塁手の金村が骨折したため急遽アストロズからやってきたハーマン・リベラは近鉄のパリーグ優勝に大きく貢献する活躍をした。当時バファローズの3番バッターはあのラルフ・ブライアントだったが、リベラは4番を打ち25本塁打、79打点を稼いだ。また勝利打点がリーグトップの16もあり、非常に勝負強いバッティングだった。びっくりしたのは藤井寺球場のオリックス戦で関口投手からビーンボールを投げられて激昂し、マウンドへ突進して左フックを見舞って殴り倒したこと。リベラは元ボクサーだったとのことだから関口にとっては大変な災難だった。日本シリーズでもホームランを打つなど頼れる助っ人だったが、本人は大リーグ復帰の希望があり、残念ながら1年限りでアメリカへ戻ってしまった。
December 5, 2006
コメント(0)
あの10.19ロッテ戦の第2試合に同点タイムリーを打ったベンジャミン・オグリビーは87年に38歳で来日した。80年のブリュワーズ時代にはホームランキングにもなった超大物で(メジャー通算235本塁打、901打点)、かなり昔にロッテで活躍したアルトマンに似た黒人の左バッターだった。来日した時はさすがに往年のパワーは無くなっていたが、それでも後楽園球場ライトスタンド最上段へ打込んだ弾丸ライナーは驚きだった。物静かな紳士で、あまりエキサイトしたことを見たことがない。唯一日生球場のロッテ戦で牛島投手?からセンターバックスクリーンへサヨナラホームランを打った時に、大はしゃぎでダイヤモンドを一周したのだが、後になって相手投手への思いやりが足りなかったと反省していた。夫人は白人だったが、差別のきつかった当時のアメリカでは稀有だったらしく、またテレビ出演した時に聞いた彼の話す英語は訛りのないいわゆる正統派のアクセントだった。足の故障もあり2年間だけで日本球界を去ったオグリビーだが、強く印象に残っている選手である。現在もマイナーリーグの打撃コーチとして頑張っているらしい。*日本での成績(87~88年) 224試合、打率・306、本塁打46本、打点139 88年オールスターゲーム出場
December 4, 2006
コメント(4)
久しぶりに北新地にあるステーキハウス「いぐち」へお邪魔した。ビルの地下にあるこじんまりしたカウンターだけの店だが、某名門店で修業して独立したマスターと奥様二人で経営されている。8,500円のお値打ち価格で前菜・スープ・サラダ・ステーキ(サーロイン或いはヘレ)・ガーリックライスのコースが味わえる。お昼のステーキランチ(1,500円)は、採算を度外視したもっとお得なコースで是非行って欲しい。以前に日本ハムの選手が遠征時に訪れたこともある。いつまでも頑張っていただきたい店である。
December 3, 2006
コメント(0)
これまでに2度ノーヒットノーランゲームを生観戦している。最初は85年6月に後楽園球場で行なわれた日本ハム対近鉄戦。12対0で日本ハムが勝った試合で、右腕の田中幸雄投手が近鉄打線を完璧に抑えた。田中は長身のやゝ変則モーションの投手だったが、わざわざ大阪から観戦に出かけて行ったのに、見事にやられてがっかりだった。さらに田中投手にとっては、この試合が生涯唯一の完封勝利だったから何とも不運なことだった。2度目は2000年6月20日に大阪ドームで、近鉄のナルシソ・エルビラ投手が当時首位の西武を3四球だけに抑えて、4対0で勝った試合である。エルビラはその年にメキシコからやってきたサウスポーだったが、それまでの登板では1勝を挙げただけで今ひとつの出来だったから、まさか大記録を達成するとは思ってもいなかった。ノーヒットが終盤まで続くと観戦する方も徐々に緊張してきて、8回くらいからは喉がカラカラになった。最後のバッター清水がショートゴロに倒れた瞬間は、嬉しさよりも安堵感一杯で疲れ果ててしまった記憶がある。エルビラはその後大した成績を残せず、2年間で日本球界を去ったのだが、韓国の三星ライオンズでもプレーし、今年はメキシカンリーグに在籍して頑張っているらしい。*エルビラの投球内容 打者29人、投球数130球、三振9、四球3、内野ゴロ11、 内野飛球2、外野飛球4、併殺1
December 2, 2006
コメント(0)
バファローズには優秀な外国人選手が数多くやって来たが、フィル・クラークもそのうちの一人である。97年から2000年までの4年間在籍したのだが、この間ローズ・中村紀と組んだクリーンアップは間違いなく12球団一の破壊力だった(99年は3人で合計100本塁打を記録)。いかつい顔をしていたが非常に優しい気持の持ち主で、日向キャンプを見学した際などに記念撮影を依頼すると、必ず満面の笑顔で応じてくれた。どちらかと言えば中距離打者タイプで、97年には打率・331で首位打者のイチローを脅かし、2年目の98年には両リーグトップの48本の2塁打を放つなどの活躍だった。2000年に死球で右手を骨折して戦列を離脱して解雇されたが、怪我さえなければもっと長くバファローズの主力を務めることができただけに残念だった。その後はアメリカの独立リーグでもプレーしていたが、今も現役かどうかは不明である。*フィル・クラークの日本での成績(1997~2000年) 470試合出場、93本塁打、324打点、打率・305、 97~99年ベストナイン、
December 1, 2006
コメント(0)
全28件 (28件中 1-28件目)
1

![]()
