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「グランドへ行こうよ。」KOMIMIの週末のおねだりの定番だ。草原でショウリョウバッタの大きいやつをつかまえた。「これ、KOMIMIに頂戴!」KOMIMIはトンボでもせみでもこわがらずに平気でつかむ。ビニール袋に草を少し詰め、空気穴をあけてお持ち帰りだ。家路の後部座席からはしゃぐ声がいつのまにか返ってこない。駐車場に着いてエンジンを切り、振り向いたらすやすやと眠っていた。草原でバッタと戯れてる楽しい夢でも見てるのかな。FMから山下達郎の「さよなら夏の日」がながれていた。日が暮れたころ、パパとママが言う。「KOMIMIちゃん、バッタを逃がしてあげようよ」りっぱな虫かごに移し替えてもらったバッタを前にして半日もたたないのにKOMIMIはまるで納得がいかないようだ。「バッタくんはね、KOMIMIと同じおうちの中では生きていけないんだよ。お外に帰らせてあげようね。」パパに連れられて虫かごをかかえたKOMIMIが駐車場の向かいの草むらに出ていって、バッタをつまんでそろりと放す。バイバイ!手を振ると、バッタはぴょんっ、と夜の草むらに帰っていった。もう肌寒いくらいに涼しかった。「またグランドにいこうね。秋にはもっと別な新しい虫さんとお友達になれるよ」ちょっとさびしげなKOMIMIをそう言ってあたためてやった。まだ幼稚園の暦すらないが、こんなに無垢で素直なKOMIMIのきょうはとても短い夏の、終わりの日だった。
2003.08.31
ゆーろ★『KOMIMIちゃん、誰が好きなの?』…と尋ねると答えは決まってKOMIMI『パパ!』ゆーろ★『じゃあKOMIMIちゃん、かわいいのはだあれ?』KOMIMI『パパ!』 ちょっと違うんだけどね…いつまでこの芸、続くかな。
2002.05.14
天候はいまひとつという予報の日曜、寝坊をきめこんだ私も妻も、ごそごそするKOMIMIを背に、うとうと狸寝入り。そのときである。♪ぱ、ぱあ~ぷ、ぷ~と、おもちゃのラッパを鳴らす音。まったくKOMIMIめ、しっかり心得ている。大爆笑、わが家の日曜の朝はスタートした。
2002.04.21
突如、鼻が通りました。嬉しい。花粉症からかぜまで連続で1ヶ月ほど「不通」になっていた鼻が、です。ひと冬雪に閉ざされたあの金精峠もGWには開通だったよなあ。
2002.04.01
KOMIMIが歩き出してからというもの、わが家では食器の損壊が頻発。テーブルの上に手をのばしては皿や湯飲みを床に落とすのだ。きょうは益子焼の湯飲みを割られた。べつに上等ではないが10年ほど使って愛着のあるものだけに、KOMIMIによるわが家の時代の変化をいやがうえにも思わせてくれた。そのうちまた益子に行って見るとするか。それとも今度は県内の笠間が若干近いか。
2002.03.31
くしゃみ鼻水がきのうからとまらなくなり、花粉症シーズンもピークに来たかと思いきや咳がとまらず頭もいたい。しまいに下痢気味。どうやらこりゃ途中から風邪が加わっている。というわけで今夜は薬のんで休みます。
2002.03.20
きょう仕事から帰宅してみると、ひとり歩きを披露してくれるというので「パパのとこまで歩いておいで」とやってみた。たったったったったった…パパの腕まで辿り着く。なんどもうれしそうに披露するKOMIMI。こっちだってうれしくて仕方ない。ようやくここまで歩いて来た、1才3ヶ月と2日めのKOMIMIである。
2002.03.18
今に始まったことではないが外出先で靴下をぬいで道路に放り投げる癖があるKOMIMI。きのう私が散歩に連れ出したら見事にやられてなくしてしまった。今日は妻も一緒に三人で散歩に出たところ、やはりもう一足なくしてしまった。いくら暖かくなったとはいえ、二日も続けて、しかもまったく同じ散歩ルート上で、なのである。なにか理由でもあるんだろうか。
2002.03.17
ひさびさに最寄のSEIBU百貨店へ。MIKI HOUSEの売り場はシューズフェアをやっている。そろそろKOMIMIは歩き始めるからと、赤いちっちゃな靴を買い求めた。MIKI HOUSEのポップな刺繍のロゴがお茶目だ。すぐに成長してしまうので次のサイズに移行するのにわずか3ヶ月なんだそうだ。そんな世代にはまことにありがたいこの企画。おかげで普段なら1足分の値段で次のサイズまで2足を買い込むことができた。
2002.03.16
暖冬だったが冬は去り、春の陽気である。ぽかぽか陽だまりの中、梅の花が綺麗に青空に映える。「自然観察の森」でもらえるパンフのタイトルも「はるのしぜん」に変わってた。KOMIMIはますます元気だ。
2002.03.10
私のHPには昨年のKOMIMIの初節句の様子がいまだにアップされている。ことし、私が「きれい」という言葉を発するとおひなさまのほうをしげしげ眺めるようになったKOMIMI。「きれい」という単語もちゃんとまねして発音する。一年の成長がいまここにある。
2002.03.03
例えば、大掃除をしていたら何年も前の日記帖をふいに見つけてしまう。そこに書き尽くされた文章は、ここにいる自分とは同一人物のものとは思えない。何か気恥ずかしく、まるで他人の一日一日のようですらある。日記は手元に戻ったが、こんな予想もしなかったような印象ばかりだ。
2002.02.25
これまで海外だろうと国内だろうと旅行から戻るとその日のうちに旅行カバンをカラにするのが私の勝手な慣例だったのであるが昨晩はそれどころでなくバタンキューよろしく爆睡してしまった。おかげで翌日になって旅の片付けに興じた。シュノーケルセット、砂場セット、などなど記念の品がたくさんできた。
2002.02.24
成田に到着するともう翌日の夕方近い。ゆきに1日トクをした裏返しだが一時的に1日失ったような気分にどうしてもなる。成田からマイカーで家路を辿り、すっかり見慣れた茨城にもどる。家について布団に転がり込むと一気に眠気が襲ってきて大爆睡だ。楽しかったKOMIMIとのはじめてのバカンス旅行がこれで終了である。
2002.02.23
空港内の書店。児童書がひときわ充実。もちろん洋書である。店頭で実際に一冊一冊これはと思う絵本をKOMIMIに持たせてみる。気に入るかどうかは意外に親の期待と一致するとは限らない。反応の良かったピーターラビットのふわふわ絵本と、少女がパパに連れられておばあちゃんの住む町へ空のたびをするといういかにもアメリカらしい「LET’S GO FOR A PLANE RIDE」という立体絵本(ヒコーキのおもちゃ内蔵)を購入して、NW機の前で記念撮影のあと搭乗。機内では行きの便より興奮したKOMIMIは結構騒がしく、これらの絵本はすこぶる重宝した。でも、KOMIMIときたら周囲のハワイ人やアメリカ人の乗客の人気者に。コワイ顔して機内でテストの採点をする学校の先生や、成田で乗り継いでタイまで行く米軍の無線技師さんとはすっかり仲良くしてもらった。こうしてKOMIMIを連れたはじめての海外旅行はめでたく帰国とあいなったのであった。
2002.02.22
「何才?かわいいねえ、どこいくの」ワイキキの街中での乗り換えのバス停で日系の初老の男性に声を掛けられた。年頃どうしならさしずめナンパだが、あくまでKOMIMI親子とおじいさんの会話である。「どっから来たの?」「茨城の東京に近いところ」「え?茨城のどこ?」「○○」「本当?私のカミサンは関城町の生れだよ」「あああの下館の近くの」「そうそう、下館と下妻の間のね」こんなに遠い街に来て、茨城から移り住んだ人に偶然会ったわけである。そうこうするうちにハナウマ湾方面に行く『ビーチバス』がやって来た。「気をつけてね」そういってKOMIMIに「M&M’S」を一瓶くれておじいさんは街に消えていった。きっと故郷が恋しいんだろうなあ、シックなアロハを着こなした大きな背中に朝から強い陽射が照りつけるさまはちょっと哀愁が漂った。海水浴に行く朝の何か心にのこる出来事だった。そしてKOMIMIは海に向かった。この日はハナウマを満喫して街に戻ると、夕暮れ前にはOLIOLIトロリーに乗ってダイアモンドヘッド方面にも行ってみた。海岸沿いを走ると潮風を受けてKOMIMIは車内でご機嫌ご機嫌。今度鎌倉に行ったら窓を全開にして江ノ電にも乗せてみようと思いついたのであった。(ワイキキからダイヤモンドヘッドへ向かう海沿いは、稲村ガ崎~七里ガ浜の車窓とちょっと似てました。)
2002.02.21
天気予報はきょうは曇り。ハナウマ湾のシュノーケルは天候が回復するあすにまわしてきょうは郊外のアウトレットモールまで遠征。路線バスを乗り継いで1時間半もかかるのに、こんなところでも買い物客は大半が日本人だ。KOMIMIの服や靴など、ハワイらしい明るい色使いのものが手頃に手に入った。このモール、御殿場のものと同系列らしい。
2002.02.20
ABCストアで砂遊びセットを買う。カニのカタチのふるいを始め、熊手・スコップ、魚や貝、タコなどの砂型になぜか飛行機の砂型までセットされている。それもそのはず、このビーチ一帯はワイキキ空港を離発着する旅客機が前を飛んでくからね。KOMIMIも飛行機の何たるかをビーチで初めて知ったのでは?海水浴ではアラスカから来たという女の子とKOMIMIは一緒に遊んだよ。
2002.02.19
☆KOMIMI、ツアーバスに乗る☆ALOHA!日付変更線の向こうにはもう一度2月18日の朝が待っていた。予約してあったツアーの期間中無料で借りられるCOMBIの本格的なB型ベビーカーはアロハタワーのJTB-OLIOLIプラザで借りた。KOMIMIの大事な足だ。I’LLが貸し出しているものと行き交ったがスカイブルーのふんわりシートにOLIOLIのロゴまで入ったJTBのものは断然いい。時差なんかものともせずOLIOLIスニーカーという観光バスに乗ったKOMIMIは一段とご機嫌になっていく。後に海水浴に訪れるハナウマ湾などをめぐって街にもどり、ショッピングセンターを通ってホテルにチェックイン。KOMIMIも難なく観光を愉しんでいる様子だ。さすがはゆーろ★家の娘、感心感心!2002/03/04 21:14:02☆出発!キッズルームとチャイルドミール☆NWはよる成田発。家を出るのは午後4時すぎでいい。余裕をもってマイカーで出発。マイクロバスに乗換えて第一ビル北ウイングへ。荷物のセキュリティチェックはかなり細かい。テロ以後の対応は続けられている。そんな中を出掛ける輩というと若者の姿が目立つ。それも4年生の卒業旅行なんかじゃなくて仲間同士でわいわい気軽に出かける低学年生風が多い。空港内の銀行の外貨両替では若者達の長蛇の列に交じって並んだ。さて、キッズルーム。これは使える。カーペットの上ででっかいぬいぐるみやブロックあそびができる。KOMIMIはここで小1時間はたっぷり遊んだだろうか。グアムへ出発する親子連れも来たし、同じ便でハワイへと向かう3世代旅行の家族の姿もあった。そしていよいよの搭乗。「小さなお子様連れのお客様」だからビジネスクラスのお客と同様、お先に機内へ。KOMIMIも興奮気味。満席近い中、客室乗務員のアレンジで何とか3人分の座席を確保してくれたのが.ありがたかった。機内食はKOMIMIにはチャイルドミール。ねこ型のランチボックスみたいなやつに盛られてでてきた。食べたらパパママの間の席で横になってスヤスヤ眠ったよ。5時間半で、ホノルルへ。2002/03/02 1:34:24
2002.02.18
いよいよゆーろ★3人家族で初めての海外旅行が始まる。きのうからスーツケースのパッキングに精を出すあまり、KOMIMIにあまり構ってやれないのだが、それでも不機嫌になるどころかむしろ普段と違った楽しいイベントが目前にあることを察知しているらしく、KOMIMIもすっかり楽しそうなのである。
2002.02.17
そうと決まればマイレージ番号を早速登録。昼休みに社内ピッチからNWに電話。でも0120だから許されるよね。私の分と、妻の分のナンバーを告げる。「もうひとり予約の方はよろしいんですか?」…KOMIMIはまだマイレージ会員にはなれないよなあ。
2002.02.15
うちの職場は男女半々の構成なのだが、あっさりしたもんでバレンタインの習慣がない。宇都宮では圧倒的に男所帯の職場にもかかわらず習慣化していたのがあらためて懐かしい。それはさておき、KOMIMIが「パパありがと」なんていってチョコをくれるのは何年か先かな。今からそっちのほうが楽しみである。でも今のKOMIMIはチョコレートよりも「グーチョコランタン」のほうがお似合いだ。まだだいぶ先だね。
2002.02.14
一転、来週旅行に行ける見込みが立ってきた。周囲に休暇の延期をほのめかしたら、「今休んでおかないと今後仕事がどんどん入って休めなくなってしまうぞ」と有難い言葉を浴びた。ではここは頭を柔らかくして英気を養って帰って来ることにしよう。さあ、来週は旅行に行くぞ~。そして休暇が明けたら仕事に励むぞ。
2002.02.13
計画の「ほぼ頓挫」について妻とブースカ話していた。遊び相手になってほしいといつものようにせっついてくるKOMIMIも神妙な顔つきになってあきらめて一人で遊んでいる。なんとなく状況を察する能力があるんだね。ひと段落ついてから室内ジムでKOMIMIとたっぷり遊んでやった。いつもにも増してきゃはきゃは言って本当に子供って屈託がない。KOMIMI、おまえは本当にいいやつだ。すぐに旅行には連れてってやれそうもないけれど、こんないい子がうちにはいるからパパはお仕事がんばるよ。
2002.02.10
KOMIMIのパスポートも無事手にした。ノースウエストの便も決定したと代理店から連絡を受けたばかり。だというのに、である。昨日の本社での会議の結果、旅行を計画していた休暇予定の週あたりは休んでなどいられないほど仕事が入ってきそうなのだ。世の中上手くいかないものだ。KOMIMIと3人家族の日本脱出はいつの日になるのだろうか。
2002.02.09
ひさびさの東京の本社への出張。相変わらず人の多いこと…ネクタイで肩こった。地方でも忙しいつもりで日々送っているが、たまには東京の風にあたらないといけないな、そんな刺激も行くたび受ける。帰りの電車、上野駅のホームで缶ビール買って、並んで座った席で一気に飲み干し、茨城へ戻ったのだった。
2002.02.08
コピーやプリンタの用紙って、なんとも無駄が多いですよね。ほんの1文字直すのにまるまる1枚出しなおし。うちの会社では自社製品の品質テスト用に使われた大量のコピー用紙の裏紙を社内の事務用に流用しているのです。でも皆さんは決してマネしないで下さいね。新品の紙を使用するのと比べるとどうしてもジャムりがちになります。そして本体の劣化を確実に早めてしまいますよ。うちのオフィスの場合はいいんです。そのへんに本体の代替品が転がっていてちょっと付け替えるだけなのでね。
2002.02.07
昨日は山梨ワインに酔い、KOMIMIの待つ茨城へ3時間、とんぼ帰りで帰宅した。披露宴も終盤のお約束、「お父さん、これまで育ててくださってありがとう…」涙ぐむ父。定番の演出だけど、やはりいいもんである。親子の愛。あたりまえだが円満な家族っていいものだ。何物にも替え難い。それにしても今回はいささか感情移入してしまったのだ、お父さんに。うちのKOMIMIもやがてあんなふうに私に挨拶して離れる日が来るのだろうか。いまはただただかわいいだけのあまえっ子KOMIMIだけれど、それまでしっかり責任持って育てなくてはね。元気に育ってくれよ。パパはいつも一緒さ。
2002.02.03
「2月2日午前11時開宴 於山梨市○○○ホテル」友人からの結婚披露宴の招待状に記された時間に間に合う列車を調べるため、時刻表をめくったのは12月の中旬だった。中央本線下り、新宿から松本方面、その頁に踊っていたのは「新宿8:02発◆『懐かしの特急あずさ2号』2月2日のみ運転」との記事。その指定券はあっという間に完売されたものの、復活運転出発のイベントを見てから8:30発の後続の特急に乗れば披露宴にはちょうど間に合うのだ。当日。礼服の上からカジュアルジャケットを羽織り、6時前に自宅を出た私は7時20分には新宿駅南口コンコースにいた。在京TV各局の取材陣の居並ぶ中、特設ステージではコンパニオン嬢が「特急あずさ2号の歴史」を解説していたところだった。私がその周囲に加わった後もあとからあとから人が集まって人垣が大きくなった。そして、狩人のふたりが壇上に現れた。2,3のイベントタイムの後、いよいよヒット曲「あずさ2号」の熱唱で復活運転の出発が迫った新宿駅は盛上ったのであった。
2002.02.02
私がよく利用しているGOOには「マイページ」というのがある。「ぱっ」とその字面をみた瞬間、これが「マイレージ」にみえた。こういう旅行好きさんは、私のほかにもきっといるに違いない。
2002.01.30
いよいよ来週の土曜は山梨での結婚式だ。当日は早朝に出かけるので服装などの準備はこの週末に済ませておく。茨城に来てからの私は忙しくて痩せたから、少し前までピチピチのキツメだった礼服やシャツがちょうどいいサイズになっている。来週末の出動を前に、居間にハンガーがぞろぞろ移動なのである。
2002.01.27
妻は歯医者の予約を土曜に取り、その間私がKOMIMIの面倒をみる。基本的にはおるすばんだが天気もいいので散歩に連れ出した。住宅地の池では釣り糸をたれる人たちがいっぱい。川をはさんだ見晴らしのいい平地では並行する線路をゆく電車がまるで模型のように見える。坂をのぼって小学校をかすめ、竹林の砂利道をベビーカーでワイルドに突っ切るともう隣町の駅だ。この駅からは成田空港へのバスも出ている。なんだか旅を感じたミニ遠足。家に戻るときょうの診療を終えたさわやかそうな妻が「どこへいってたの」と出迎えた。
2002.01.26
15年間活躍したネイビーブルーのスーツケースが愛用の末一昨年ついにブレイク。車輪ははずれるわ、中のリボンはブッちぎれるわで心行くまで使い込んだ末の勇退であった。今回、2002年のゆーろ★作戦始動に際していよいよ新しいアイテムの導入とあいなった。一昨日の宇都宮出張時に、勝手知ったる馴染みのお店で割引を受け、銀色のサムソナイトをクルマに積んで家路についた。家の廊下におもむろにころがしておくだけで、新たな旅への期待がふくらんでくる。こんどはこの中に子供服やパンパースなんかも詰めていくんだよな。
2002.01.24
きのうは今年になって初めての宇都宮出張だった。私ひとりでなつかしい道を辿ると、ここに毎日生活していたんだなあ、と妙にしっくりと感じてしまう。旧職場のなつかしい面々が声をかけてくれる。生まれ育ったわけでもないのに、ここはまぎれもない私のふるさとだなあ。I LOVE UTSUNOMIYA.
2002.01.23
タテ45mm×ヨコ35mmというだけではない。頭の部分がタテ27mm±2mm、頭のてっぺんから写真の上端までが7mm±2mm、中心が2mm以上左右どちらかに寄りすぎていない、影がでていない、背景なし…まったくお役所の規制の一端だが、なんだかこれでは証明写真業者の保護ではないかとすら思えてくる。そうなると自作に挑戦してみたくなる。インスタント写真のブースに何百円もほうりこんで撮っても大人の頭のサイズとははなからちがうわけだし、一眼レフカメラで私が撮影してみることにした。まずはLサイズの写真のサイズのうち、27ミリは約21.6%であることを計算しておき、その割合になるようファインダーを覗き、ズームで少し大きめから小さ目まで数回シャッターを切ってみた。1才のKOMIMIが旅券を今作成すると、小学校にあがるくらいまで使用するわけで、今撮った写真でそのころ旅をすると外国の入国審査場ではギャグ的な会話が漏れる場面を想像してしまう。(日本の出国審査ではムッツリ「どうぞ」とだけ言うのだろうけれど。)さっそく同時プリントでの仕上がりを見るとなかなかの出来映え。さあて、これを使ったKOMIMIのパスポート、無事申請受理されるかな。
2002.01.20
いやあ、驚いた。眼を疑った。17日の日経夕刊の文化欄に旧知のネッ友(とまで言っていいかどうかわからないのだが)が写真付きで紹介されている。「文学界に少女センスきらり」とかいう記事。「千部がせいぜいの短歌集の世界で異例の8千部を売り上げた」という。『誰もが感じていることを誰も彼女ほど簡単な言葉で表現できない』とプロの歌人による絶賛のコメントも続く。あれは2年ほど前だろうか、私のHP「ゆーろ★の夢紀行」の全盛(!)時代、「ともだちLINK集」が拡大基調だったころ、旭川に住む高校生「千恵」さん(HN=本名)とBBSを行き来したことがあり、相互LINKを張った。北海道の「ろうそく一本」という伝承の歌について「みんなの車窓から」に書き込んでくれた鮮明な記憶もある。全国紙が注目する売れっ子歌人になった千恵さん。今も旭川の高校生なんだね、若いなあ。
2002.01.18
本籍地の市役所から郵送でおきまりの取り寄せ。さあ、次はKOMIMIの写真をとらなくちゃ。デジカメじゃダメ。…KOMIMIが免許をとるわけじゃないよ。作戦は一歩ずつ…
2002.01.17
作戦は一歩一歩着実に進んでいる。公共交通機関で移動するテストケースとして、常磐線で1時間、上野動物園をKOMIMIと訪ねた。上り電車は混みあったが、遠く福島県から乗車してきた感じの気のいいお兄ちゃんに席を譲ってもらって着席、席の前に置いたベビーカーをジムがわりに適当に遊ぶうちになんとか上野に到着できた。10時前、開園後ほどない園内はゆったりと歩き始め、ほぼ午前中に全体を見てまわることができた。昼頃にはごった返したが、朝の動物園はいい。観客が少なくて見やすいというだけじゃない。動物が動物らしい顔つきやしぐさで一日を始めようとしている空気が漂っているのである。さてさて、KOMIMIがとくに興奮した動物はというと、運手のうまいテナガザル、意外に泳ぎの素早いペンギン、取っ組み合うホッキョクグマなどなど。たっぷり愉しんだKOMIMI,帰りの電車では終始熟睡でラク勝でした。
2002.01.14
世間では3連休。休日出勤あけでようやくきょうあすだけ休みの私は少々肩がこっている。昼前、KOMIMIを連れて公園へ。しばし滑り台からJRの電車を観て遊ぶ。同じような親子はJR沿線にいるいる(笑)。そしてしばらくして妻も公園にやってきたのでそのあと3人で散歩。普段と違う方向へ行ってみると入ったことのない家電量販店がある。ためしに入ってみるとすいており、居並ぶ大画面TVで各CHを見ながらマッサージ椅子で約1時間も夫婦そろいもそろって肩の疲れをいやしてしまった。KOMIMIはベビーカーでTVみながらすやすや…
2002.01.13
毎年恒例だが年明けは仕事柄決算業務で忙しく、ずっと10時前には帰宅できずに1週めがあっという間に過ぎ、土曜のきょうは休日出勤だった。それでもようやく帰りには猫の白ワインを買い普通の時間に帰宅、いよいよゆーろ★の夢紀行2002年版始動の作戦会議が本格化したのだった。行き先方面もほぼ今晩固まったのであとは山のようなパンフの検討に突入したのである。
2002.01.12
市役所で妻が昼間住民票を取ってきたという。わたしも本籍地に戸籍謄本を取り寄せる手紙を書いたところ。ふふふ、いよいよ久方ぶりの作戦が始動したのである。お楽しみに。
2002.01.10
仕事始め。周囲にはむかつく人事があった。世の中こういうご時世だし、私も図太く生きにゃあな。
2002.01.07
じつは毎年密かに愉しみにしているドラマ枠があるのです。正月二日の晩NHK総合。ことしはW杯共同開催にひっかけて、また海外駐在生活をからませたストーリーを、ソウルを舞台に西田ひかるが好演してました。大晦日の視聴率競争から解き放たれ、年内撮りだめのバラエティの喧騒を逃れてこの時間枠を見ればほっとくつろげるひとときです。
2002.01.03
この歳にしてあらためて知る。帰省って、子供の成長をおじいちゃんおばあちゃんに披露し、ああ一年頑張ったねえ、とやるのが目的の大半なんですね。渋滞や交通機関の混み合う中、みなわざわざ帰る理由というものがあらためてわかる、と妻と話しております。今日から2泊3日で私の親にKOMIMIの成長報告です。
2002.01.02
あけましておめでとうございます。お雑煮食べて、年賀状を見て、午後になってKOMIMIと妻と、牛久大仏へ。伝統は感じない、ちょっとモダンな初詣スポット。日本一の高さの胎内には初めて入ったけれど少々テーマパーク風味でした。帰ってきてKOMIMIは今すやすや。どんな初夢みてるのか。心地よく酔った私たちもここらで初夢みるとしますか。
2002.01.01
雪の朝だった。この街の駅に初めて降りたのは今年のはじめのある月曜だった。そして約一年、この街で妻とKOMIMIと暮らしたあっという間の2001年が暮れる。大晦日の夕方には行き付けになった理髪店で今年も髪を整えて新年に臨むべくあらためて街を歩いた。昨年使ったものと同じ装丁の来年の手帳を駅前のショッピングセンターに見つけて買いもとめ満月と夜空を見ながら年越しそばと紅白の待つ我が家への家路を取ったのだった。
2001.12.31
酔ったよった!KOMIMIを寝かしつけて夫婦の時間。苦労の多かった今年を振りかえって心地よく酔いました。今年のヒット商品になった果汁入りチューハイの空き缶がいっぱい!
2001.12.30
KOMIMIのドアップブロマイドと1才のバースデーを3人で祝う写真をあしらっての2002年版の我が家の年賀状はなかなかの力作。先週末には刷り始めていたのだが結局仕事が休みに入った今日が発送の佳境。夕方、どうしても早く届けたいものだけ投函したものの住所印刷やコメント書きなどの大半は今夜、大詰めになってます。明日の早朝、出来上がった束を片手に本局へ走ろう。
2001.12.29
なぜって、クルマ通勤だからね。ただいま!さあ飲むぞお。
2001.12.28
あしたで今年は仕事納め?とてもそんな気がしないけど明日の今ごろはもう冬休みになっているはずである。
2001.12.27
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