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新訳から 第13週 こうして 私が感覚の高みにいると 魂の奥底にひそむ 霊火の領域から 神々の真言が 燃え上がる――― 「予感しつつ 霊の根底に 霊化された汝自身を 見出せ。」 ※ちくま文庫版『魂のこよみ』高橋巌訳 2004年刊より----------------------------------------------------------------------------☆この週の新訳は、あまり修正していないようです。心境の変化もなかったのでしょうか…。☆ルドルフ・シュタイナーは、1861年2月27日にハンガリーのクラリエヴェックに生まれ、1925年3月30日にスイスのドルナッハで安らかな死を迎えた。ちょうどその頃、かの地ドルナッハでは今日まで残る第2ゲーテアヌムという建築物の基礎工事が行われていた。 今日では、その建築物が人智学の象徴となっており、事務局機能を持ち、今でも日々様々な研究会やシンポジウムなどの活動が活発に行われている。山頂にゲーテアヌムが立つ、ドルナッハの小高い山自体が人智学のひとつの聖地ともなっている。 そこには、シュタイナーの残した百冊あまりの著作と講演録が、今でも活用されている。しかし、映画もテレビもパソコンも一般に普及していない時代の語録である。時代は確実に変化している。それらの著作物では覆いきれない現実がある。 後世に残された我々に出来ることは、たとえばシュタイナーの著作に触発されたならば、その種子をこの現実の世界に降ろし、現代に生かしていくことだろう。金科玉条に聖典として祭り上げるべきではない。 しかし、確かに本質に根ざした、時代の変化に左右されない、金色の言葉たちがたくさんあるのは事実である。
2005/06/30
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『あなたへ』 迷っていた 惑っていた あなたのことで すまない・・・ 人生について 考えていた 人生というもの 何だ? それは 知っている人など誰も居ないというのに そのことを忘れていた 人々の人生 それぞれは何を以ってそれを選んできたというのか・・・ 人々に負けていた 年齢のことを考えていた・・・ ・・・朝!・・・ それらの考えが一瞬にして消え去る まるで消しゴムでかき消されたかのように そして 僕には何もない 平静さが僕に戻り、突然、わかる! 自らの生を押し拡げていくこと 迷いようがない 世界がふっとそのあるがままの微笑を見せる 朝 あなたへ Copyright(C) 1986 HOKUSUI-SHA All Rights Reserved. ----------------------------------------------------------------------------☆短時間睡眠で夢と共に目が覚めた。夢の中ではシュタイナーのワークをやっていた。外は昨夜からのやさしい雨が降っている。朝の新鮮な冷たい空気。まるですべてを浄化してくれているかのようだ。昨日の異常な暑さからうって変わって、今日はやさしい雨に包まれそうだ。 そんな中、むかしの詩を思い出した。かつて、恋と存在学に悩んでいた日々。しかし、そんな中でも、朝はいつも白紙に戻されるような恩寵をくれた。今も同じ朝の新鮮さに居る。しっとりとした朝靄の中で、そんな同じ朝に出会った。 ありがたいことだ。バッハを流している。
2005/06/29
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ぐっすり寝込んでいた。7時間睡眠、ちょうどいい眠り、深い眠りだった。★ 夢はおぼろげ、たくさんの人たちといろんな話をしていた…。 その余韻だけが残っていた。。。♪ 懐かしいメロディが頭の中に流れていた。 「♪ 月のまなざし~が~ まだ残る空~に~ ♪」 という歌だった。 調べてみると、初期の荒井由美。 『空と海の輝きの中で』 月のまなざしが まだ残る部屋に やさしい潮風が 門出を告げる この人生の 青い海原に おまえはただひとり 帆をあげる 遠い波の彼方に 金色の光がある 永遠の輝きに 命のかじをとろう ~~~☆ デビューアルバム『ひこうき雲』所収のかくれた名曲だ。 荒井由美のデビューは鮮烈だった。 まだ、多摩美術大学の学生だという。 しかしそれは、それまでのフォークソングの流れを変える異種の音楽性があった。 後に、ニューミュージックと呼ばれるジャンルの先駆でもあった。 それは、瞬く間にメジャーになっていった。 わたしはそれまで、吉田拓郎や中島みゆきを好んで聞いていたが、やがて、スタンスの違う歌たちに出会って衝撃を受けた。 そのひとつが荒井由美であり、もうひとつはオフコースだった。 それはわたしにとっては、ひとりを基盤とする歌から、ふたりを基盤とする歌へのシフトだった。 いまでも、どんくさい ひとりの歌が好きだけど、ふたりの歌はそれを囲む情景描写が命であり、歌の世界を広げてくれた。。。☆夏のような梅雨の日々が続いている。 暑さの中では、夢の世界は霧散してしまいがちだ。 そんな時は、いつも細胞に沁みこんだ歌や音楽が助けてくれる。 我々は、細胞レベルで変化しなければ 何もたいした変化ではない。
2005/06/28
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夜中の4時ごろに鮮明な夢で目が覚めた。ノートにメモして再び寝入り、朝の身体はリフレッシュしていた。★<中山ラビのライブを楽しむ> 中山ラビといっても知らない方の方が多いでしょう。1970年代に活躍した女性シンガーソングライターです。一時期は、東の荒井由美・西の中山ラビという時代もありました。その頃中島みゆきもデビューしたてでした。 わたしはその頃中山ラビが好きで、レコードを擦り切れるまで聴いていました。 夢は、そのラビが復活してライブハウスで唄う。そして、一ファンのわたしのところへ来て、しっかりと目を見て気さくに話かけてくれるのです。 そして、私の席から見えるところへステージを移動してくれ、まるでプライベート・コンサートのように唄い始める。あと、もろもろ細部はあるのですが、書く必要もないような夢でした。時として、見るだけで癒される夢というものがあります。起きた時の身体の感じで分かります。解釈も必要ない。ただ、その夢を見たということがひとつの大きな意味のある体験なのです。♪ 耳に流れてきた歌は当然、中山ラビでした。 「ドアをあけて」(アルバム『ひらひら』所収)です。 たしかにさ 誰でもいうのさ うそじゃない おまえにも わかる時がくる 世の中は泳ぎ方しだい なんとかやりぬくには それが大事なのさ おまえ ドアーをあけて いつもの声が ホラ ドアーをあけて いつもの声が ホラ でも もうききはしないさ ~~~ ♪☆当時はまだ今日のように女性の社会進出もなく、女性的な力も認められない時代でした。 ラビはそんな中、女・岡林信康といわれていました。この歌もプロテストソングですが、男性のそれとは矛先が違っています。女性たちの意識の目覚めの旗手だったのです。 妙に片意地張らず、女性としての自然体から唄う彼女の歌がわたしは好きでした。彼女は、プロテストを強調せず、ただ、「表現」ということに意識を置いていました。 当然その頃からわたしは何につけても女性の味方であり、それはたとえばラビに影響を受けていたのでしょう。 今からすれば、ただ、世の中をうまくやりぬくだけという生き方は、世の中の価値観の変動の方から崩れ去っています。 もっと他のものがある、と誰もが思うようになってきている昨今です。スピリチュアリズムもその現われのひとつでしょう。 そんな今日を準備していたかのような70年代です。☆一度だけ、コンサート後の彼女に会いに行き、サインと握手をしてもらった夜は青春の鮮明な思い出です。 今日は、夢によって時間を遡らされた思い。 とても、ミーハーな話でした。 これから、中山ラビの『ひらひら』というアルバムを流します。
2005/06/27
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昨夜はちょっと興奮して、明け方まで起きていました。写真を整理したり、日記をまとめたり。 今日は少し余韻の残る一日でしたが、しっかり仕事もして、しっかり息抜きもしました。明日からまた、新しい週が始まります。今日は早く寝ます。 昨日の写真を整理していたら、ちょっとした偶然で面白いものが写っていました。これは、波しぶきがレンズに水滴を残し、それが光で映ったものです。 ただそれだけのものなのですが、メタリックな三日月のように見えませんか? ちょっと、気に入っています。。。
2005/06/26
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今日は、だいちとふたりで千葉の幕張まで行ってきました。だいちのお目当ては、幕張メッセで開催されている 『次世代ワールドホビーフェア』 でした。すごい人だかりで、人工おもちゃの花盛り。やはり、半分以上を電子ゲームが占めていましたね。だいちは目を丸くして楽しんでいました。わたしも嫌いな方ではないので、ほどほどに楽しめました。だいちの「もういい、かえろ」で、そこを出ました。充分に堪能したようです。しかし、そのあと 『幕張海浜公園』 の浜辺に出ると、だいちとわたしはすっかり自然の海に惹きつけられていました。気がつくと、夢中になって砂浜へ駆け込んでいました。 しばらくしているうちに、だいちのズボンが濡れたので、ズボンを脱がしてパンツとTシャツにしてやると、もう後は止まりません。砂浜に寝転がって寄せ来る波と遊んでいました。やはり大地の子です。…もちろんわたしは、そこまでできません。カメラに夢中でした。 輝く光が美しく、浜辺の生物にも出会いました。ひとしきり、ふたりして 波と砂と海の自然に 遊んでいました。 結局、昼下がりから日暮れまでそこで遊んで、海浜幕張駅で回転寿司を食べて帰路に就きました。帰路は武蔵野線を選んで、1時間半の長時間、車中 ふたり交代で ぐっすりと寝入っていました。人工仮想ワールドに遊び、自然に遊び、楽しい一日でした。帰ったら、ヒマラヤ水晶が届いていました。(←おまけ)
2005/06/25
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短時間睡眠で目が覚めました。夢と歌のおまけつきです。★今朝の夢<若き外人青年の死と、自分の夢に邁進する女性> ライオンズクラブかロータリークラブか、とにかく会員制の慈善団体(?)のクラブでの発表会。功労事業が次々に舞台上で発表されていきます。わたしは別に会員ではないのに、何故か会場にいます。 しばらく発表があった後で、ある外人青年の訃報が流され、みんなで追悼します。その人は「○○の会」とかを組織していた中心人物で、多くの方に慕われていたのですが、道半ばであの世へと旅立ったのでした。わたしは知らない人でしたが、妙に気になっていました。人知れず、地上の星になったのでした。 会の後、古くからの親友に会います。すると、彼はその○○さんを良く知っていたようで、追悼の会の発起人でもあったのです。彼から○○さんのすごさを聞かされます。 その話の後で、親友は話題を変え情報を入れてくれます。彼の職場の女の子がわたしの妻のワークショップに参加していて、とても良かったと言っていたというのです。その彼女は、舞台上の表現(たぶん演劇)夢を持って、バイトはバイトで割り切って、自分の好きなことに全てをかけているヴァイタリティーのある女性だということ。職場でも、いつも生き生きとしているとのことでした。♪ 歌はこの前も出てきた、『風になりたい』でした。 この前、たろうくんに教えてもらって部分的にメロディも歌詞も出てくるのですが、まだ、全曲を唄えません。楽譜を手に入れて早くマスターしろと言うことのようです。その歌のメッセージを受け取れと…。 ♪~~~ 天国でなくても、楽園でなくても あなたに会えた 幸せ~ 風になりたい あぁあ~ ~~~♪そんな風だったかなぁ…?今日は早起きだったので、たっぷり時間があるなぁ…。また、真っ白な一日に向かおう。
2005/06/24
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新訳からの抜粋です。 第12週 ヨハネ祭の情景 万象の美しい輝きが 私の魂の奥底に生きる 神々の力を 宇宙の彼方へ解き放つ。 自分自身から離れ ただ ひたすらに 宇宙の光と 熱の中に 自分を探し求める。 ※ちくま文庫版『魂のこよみ』高橋巌訳 2004年刊より---------------------------------------------------------------------------☆シュタイナーは、幼い頃から見霊能力を持っていた。しかし、40歳になるまでそれを明かすことはなかった。 若き時代を、雑誌の編集とゲーテ研究に捧げた。 40歳を超えて、神智学協会に入りその類まれな力を現した。やがて、神智学協会を去り、人智学を創設した。 それを精神科学と位置づけ、あくまで生身の身体を持った人間としての領分を守ったのだ。 当時の最新科学を自らの体験に基づく霊学と結びつけて発展させる試みだった。 シュタイナーは自分のことを『認識の人間』とし『認識の道』を世に問うた。 シュタイナーは、自分では何もしなかった。 各地をまわり、講演活動を行った。 彼の思想に共感し、サポートを求めてくる様々な分野の実践家たちがいた。 医者と共同して人智学医学が生まれ、農業者と共同して人智学農法が生まれ、教育者と共同してシュタイナー教育が生まれヴァルドルフ学校が出来た…etc.。 万事がこうだった。 そうして、それは人智学運動となって後継者に引き継がれ、今日の世界に花開いている。★わたしは、いわゆる人智学徒ではありません。 ただ、シュタイナーの行き方に共鳴するものです。 わたしも『認識の道』を歩くタイプの人間です。 シュタイナーの言わんとしていることをこの身に浸すために、ブログを使って、まず『魂のこよみ』を読み込んで生きたいと思いました。 この抜粋が、出版社や訳者の方の迷惑にならないようにと祈ります。 読んいただき、共感された方々には、原本を購入して、ご自分であたって見られることをお勧めいたします。 あくまでも、縁があればの話ですが。☆ この一月あたり、『魂のこよみ』は繰り返し繰り返し、小さな自分というエゴから離れることを呼びかけ続けています。
2005/06/23
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昨夜仕事から帰宅して、ふと空を見上げると満月が顔を見せてくれた。一昨日降り続いた雨のおかげで雲が薄くなっているのだ。 ベランダから夢中になってカメラのシャッターを押していた。 お月様は流れる雲間から顔を出したり隠れたりしていた。 ひとしきり撮った後、階下へ降りた。事務所のブラインドの角度を調整して、光を入れ、塩水で清めたクリスタルたちを月光浴させた。 11時も過ぎ、さあ満月の瞑想の時間だ。ブラインドから差す月光を浴び、喜ぶクリスタルたちを前にしてしばらく座っていたところ、突然の睡魔に襲われた。仕方なく30分そこいらで切り上げ、椅子を並べてその場で横になった。 …そのまま眠ってしまったらしい。気がつくと深夜の1時半だ。わたしも一緒に月光浴をしていたことになるのかな? 寝ぼけたまま、階上に上がり布団の中に滑り込んだ。 今朝は5時半に目が覚めた。 夢の中では、郵便局で書類にサインをしていた。住所を書いて名前を書いて…。そこで窓口の人が「珍しいお名前ですね、なんとお読みになるのですか?」と話しかけてきた。よくあることだ、もう慣れっこになっている。わたしの名は「墾」と書いて「ひらく」と読む。いままで、そのまま読んでくれたためしがない。しかし、ちょっとした会話の触れ合いが心地よかった。 軽い朝食を採って、階下に降りてきた。クリスタルたちは、昨夜のままに放置されていたが、すっかり浄化されたようだ。しばらく手に取ったり、眺めたり、並べてマンダラを作ったりして戯れていた。 さあ、また新しい一日が始まる。
2005/06/23
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今日は、わたしの仕事スペースに二人の来訪者がありました。その一人は妻と共通の知人でしたが、お友達を引き連れてきてくれたのでした。用件は、わたしたちの新しいスペースの見学でした。今日のメインは妻との話だったので、わたしはホストとして場所を整える役割をしていました。しかし、誰かが訪ねてきてくれるというのはいいですね。場所もきれいに整うし、外から風が吹き込んでくる感じがします。縁のある、いろいろな人がやって来てワークをして帰る場所。そんなスペースを目指しているのですが、まだ、始まりの予感の中にいます。妻は、わたしより数段に優秀で有名なセラピストですから、先ずはその辺りからこのスペースが動き始めることでしょう。まずは、シュタイナーの芸術療法ワークが始まりそうです。そのうち、わたしも建築や書物や夢の ゲームワークで動いていきたいと思っています。縁のある方々は、そのうちご一緒いたしましょう。十畳程度の小さな空間ですが、精妙な空気の流れる場所にしたいと思っています。今はその準備段階で、名前を考えたり システムを考えたりで、楽しい時間を過しています。夜見る夢は専門のひとつですが、昼間見る これからの夢を描いていくことも楽しいですね。どちらも同じ『夢』(どの言語でも)と言う、その深い神秘に魅せられた者でもあります。やはり今は、『さなぎ』の状態のようです。ゴニョゴニョ…。
2005/06/21
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ちくま文庫の新刊で、トップページの『魂のこよみ』が出た。訳者も同じ、高橋巌さんだ。わたしの底本は1985年刊行のもので、もう絶版になっている。20年を隔てて文庫になった訳だが、中身を見ると、全面的に訳し直されている。今の、第11週を比較してみれば一目瞭然である。 この強い日ざしの中で 叡智の知らせを 受けなさい。 宇宙の美に帰依しつつ お前の中に お前を感じながら 生きなさい。 そうすれば 人間自我が 自分を失っても 宇宙自我の中に 自分を見つけ出すことができる。ずいぶんと柔らかな調子になっている、どちらがお好みだろうか。文庫版は、780円+税で、手に入ります。良い本です、お手元に一つどうぞ。
2005/06/20
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昨夜も遅くまで起きていたのに、夢でぱっと目が覚めた。ワークショップの夢だ。★ ワークショップに参加しているが、わたしも講師のひとり。午後には私の番がまわってくる。 わたしはそれの準備に集中しているが、もう、お昼の時間。 各自でよそって食べる形式で、わたしは最後の2~3人になる。後は、スタッフの方々だけだ。 うどんと 白米と 桜色の大根漬け を器によそるのだ。 わたしの午後のワークショップのテーマは『クロワッサンと男の料理?』とか言ったもの…詳細はわからない。 当然、スピリチュアルな仕掛けがあって、わたし独自のアレンジだ。 何だろう…?☆ 「食」だ。最近のわたしは、無食で、光と共に生きる公開実験をしているkimiさんのページに首ったけ。そんなことも反映しているのだろうか?「クロワッサン」って、三日月の光でも浴びるとでもいうのだろうか…?確かに食に敏感になり、小食になって来ているこの頃のわたしではあるのだが…。♪ 歌は『風になりたい』という沖縄のバンドの歌だった。あまり知らないんだけど…。新しい一日が始まる。今日はアストロロジーとバイオグラフィーの講座に出かける。
2005/06/20
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神様から、もう一日休暇をいただいた。朝、ぐっすりの睡眠から夢もなく目覚めた。昼前に、実家の父からプレゼント届いたよと電話が鳴った。午後はまた、息子と虫捕りに行き、キャッチボールをした。誰もいない原っぱはすがすがしく、自然と戯れていた。草花は緑を放ち、タンポポの綿毛はまだいくつか健在だった。虫たちは、まだ成虫になり立てで、小さいものばかり。それでも息子は、カマキリの餌にするんだと言って何匹かかごに入れていた。キャッチボールも、かなり様になってきた。昼下がりに、一緒に本屋に行った。5百円で買えるものを探しながら、息子がわたしのために本を選んできた。小遣いをはたいてプレゼントしてくれた。『空想科学読本1』と言う文庫本だった。直感で選んだらしい。的を得ている。夕方にまた、ちょっと遠い運動公園まで足を伸ばした。座敷犬:トドニの運動不足解消のためだ。今日は、小型犬が多くて、トドニは珍しがるように喜んで、良く遊んだ。夜は、息子とトドニと3人(?)でお風呂に入り、全員隅々まで洗ってきれいに垢を落とした。入浴後、疲れて絨毯にうつ伏せになっていたら、なにやら息子がお湯を汲んで来て、背中に塗り、マッサージをやり始めた。オイルマッサージの真似事なのだろうか、嬉々としてわたしの背中で遊んでいたのが、これがなかなか心地良いものだった。これこそが、「父の日」の最高のプレゼントだった。
2005/06/19
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ママが仕事で遊び友達も用事があったようで、だいちはずっとパパと一緒だった。お昼はだいちがコーンフレークをわたしの分まで作ってくれた。わたしも今日は仕事スペースに行く気にはなれず、すっと家の方にいた。天気予報は少し外れたようで、東京は時々日差しが差す曇り空だった。午後になって、キャッチボールをしようと外に出た。まず、マンションの裏にある原っぱまで行き、昆虫探しをした。昔に比べて虫たちは減っている。蝶と蟻とまだ小さいショウジョウバッタを見つけた。そのあと、駐車場の路地でキャッチボールをした。ちゃんとできるようになって、まだ1ヶ月に満たないがすごい上達ぶりだ。日々に上達して行く。二人ともうっすらと汗をかいて帰ってきた。家に戻ると、今度は室内ゲーム。ベイゴマの最近版、ベイブレードで勝負した。その後は、お互い好きなことをやっていた。わたしは片手間に、PCの書き込みなどをやっていた。のんびりとした土曜日だった。当然、試験勉強は進まなかった(自慢にはならない)。でも、「週末」だ。たまにはこういう日があってもよい。多様な日常の中で、流れて行っている。やってくるものには、出来るだけ引っかかっていたい。味わいながら日々を過したい。欲張りな受験生だ…。
2005/06/18
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今朝は夢がひっくり返ってしまった。忘れてしまったということ。ごく自然な普通の夢で、書き留めておこうと思っていた矢先。妻の掛け声で見失ってしまった。息子のだいちの右目が腫れぼったいというのだ。起床してみてみると、確かに腫れている。目というよりは目の下、何かで打ったか被れたかだ。でももう今は、その腫れは治まってきている。こんな風なことで、容易に夢はひっくり返る。夢の中ではごく自然に思えたことも、起きてみると不思議なことだったようにも思う。しかし、もうその懐かしい処へはアクセス不能だ。でも、今日も歌が流れてきて手助けをしてくれた。今日のメロディ♪は、調べてみると、またオフコース。『思い出を盗んで』だった。 ♪ ~~~ ~~~ ~~~ 誰にでも~ やさしく~ するから それだけ~ 私が~ 離れている 止めどなく~ 押しよせてくる 不安な~ 気持ちは~ あなたのため~ あ な た の 代わりに~ 誰かを愛せない~ 行かない~で~ ~~~ ~~~ ~~~ ♪この、「行かないで~」というところが流れてきたのだ。出だしの歌詞は、昔から好きだったところ、いい得て妙である。昨日は、一日外出だった。活動の中にいた、充実していた、楽しかった。今日は息子と二人だ。自分の勉強を進めながら、息子と空間を共にしようと思う。今日も充実した一日になりますように…。 *** トドニのお願い ***
2005/06/18
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今朝はイヤーな夢で目が覚めた。★建築の設計コンペの表彰会場にいる。 次々に入賞作品が発表されていくのだが、まるでチンプンカンプン。 他人の表彰を祝福する余裕もなく、手元の入賞作品集を必死でめくっている。 やはり自分のものはどこにも載っていない。 作品を作って応募した記憶もないのだ。 チンプンカンプン…。 一人ぽつんと取り残されて、孤独に居る。 知った友達の顔も見えるが、声をかける気にもなれず、こそこそしている。 自らの劣等感に押しつぶされて、部外者として一人居る。 そのまま消えてしまいたいような、時々陥る気分…。起きても、そのイヤーな気分が尾を引いたまま、ボケボケしていた。救ってくれたのは、今日も『唄』だった。オフコースのメロディーが頭の中のどこからか流れてきて…。今日のは『きっと同じ』だった。 ♪ ~~~ 始まることも 終わることも きっと同じだね きっと同じだね ~~~ 僕はここに居て まるで飾り気のない 明日を待っている Woo… Woo… ~~~♪そのうち、だんだん元気になってきて現実に向き合えるようになって来た。ちょっとした家事を済ませ、自分のスペースに降りてきて勉強を始めた。そう、いま、やると決めたことがあるのでした。7月の終わりにある、建築関係の資格試験勉強。そのうちに、ほぼ常態に戻れて一日の活動の中に入っていった。勉強の方も少しは進んだ。他の活動も進めた。時々PCを開いて、皆さんのメッセージに励まされたり、お好みのHPへ行って遊んだりしていた。今日の夢は、試験に対する不安がもろに出たもののようだ。しかし、夢はいつも励ましとアドバイスをくれる。目標を抱くのは良い事だけど、手をこまねいていては不安ばかりが募ってくる。それは、見えない未来への恐怖であり幻想に根ざしている。手を動かし心身を投入して、具体的に物事を進めていくことだけだ。さあ、その都度、その都度始めよう。瞬間瞬間の積み重ねが、事実として刻まれていくことだろう。そして、未来の事実を引き込んでくることだろう。幻想の中に安住していると、いくら言葉を重ねてみてもそれは力を持たない。一方で、事実に根ざした力強い言葉があるはずだ。力強い夢もある。現実を呼び込む言葉もある。やさしく包む愛もある。導きの光もある。…受験生2日目の心境です。
2005/06/16
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『時熟と格闘』 時を待っている。 時熟を待っている。 やがて時が満ち、怒涛の進撃が始まるだろう。 ある日に向かって。 日々の格闘が始まるだろう。 それは、自分自身との格闘だ。 時は流れていく。 この世では、時は限られている。 限られた時の中でしか経験できないことがある。 時は厳しい。 時は人を鍛え上げる。 ターゲットを決め、限られた時の中で格闘するのだ。 それは一種のゲーム。 真剣なゲーム、真剣な遊戯だ。 わたしの心が選んだものであれば、命を懸けても良いとさえ思える。 選んだものに依存も執着もせず、ただわたしは格闘する。 ただ、わたしの活動があるだけだ。 その活動こそがわたしの生というものだ。 その中でわたしは格闘し、わたしは生かされる。 そんな格闘は、だれしにもあるものだろう。 背後で、空間がやさしく見守っている。 何も言わず。 決してせかさず。 ひっそりとやさしく包んでくれている。
2005/06/15
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しとしと雨の冷たく湿った空気が、やさしく目覚めに運んでくれた。すばらしい朝。今日は、夢の詳細は忘れてしまったけれど、現実の実際的な選択のあれこれにわたしを誘うものだった。そう、今日はいろいろ決め事がある。今日は、しっかりと現実に身を投じよう。流れてきた懐かしいメロディは、やはりオフコース。調べて見たら、『歌を捧げて』だった。♪ あの ほほえみ~ あの やさしさを~ 忘れてしまうなんて 私は 信じない~ だって うたうこと 生きてゆくこと~ 教えてくれたのは あなた だから~ ~~~ 私の歌 すべて あなたに あげる~ ♪★歌も夢も、相対的・ネガティブ/ポジティブ世界を浄化して、 やさしく、羽ばたかせてくれるように思う。
2005/06/15
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8時前に夢で目が覚めて、息子と妻を送り出す。朝食を食べた後、なんだか身体が重く、睡魔に襲われた。10時ごろから午後1時まで、再び寝入ってしまった。今度は3時間の眠りに夢が3~4個。夢の余韻を轢きながら、お昼過ぎから1日が始まったようなものだ。夢はいずれも、うる覚えで断片的。 /「6人はすぐに集められる…」というセリフ /デパートの屋上で占いブースを出している /霊的グルおじさんに教えを受けている /路上6人の怒れる戦士たちそんなところ。並べてみると「6人」が2つ出てきている。後は、占いとか霊的な雰囲気。。★ 懐かしい唄のメロディが流れて来て、題名がわからず意地になって調べたら、オフコースの『ふたりで生きている』だった。 哀しい雰囲気の歌だけど「♪ May Be The Best Year Of My Life ♪」というサビ部分がとても好い。 午後の目覚めの時には、河口恭吾の『さくら』に変わっていた。 今は、小田和正の最新DVDBOX:『風のようにうたが流れていた』を流している。
2005/06/14
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『さなぎ』 ひとつの壁を前にして、 幻の袋小路に追い込まれた子供が 他のあらゆる可能性を徘徊して ぐるりと回っていき詰まる。 出口なし。 という所でひとつだけ、 試していない壁があった。 それは最初の壁だった。 それを壁だとしていたものは、 子供の頭にしか過ぎなかった。 なんと、それは、扉だったのだ。Copyright(C) 1977 HOKUSUI-SHA All Rights Reserved. ☆ 我が家にはカブトムシの幼虫が2匹いたのだが、その1匹がどうしてか土中から出てくる。何度、土の中に埋めても、また動いて出てくるのだ。それが、昨日さなぎになり始めた。まだ、前半身だけで、尻尾をゴニョゴニョ動かしている。こいつはわたしたちに、さなぎになるところを見せにやって来たのだろうか…?★ 壁は扉、さなぎはメタモルフォーゼ、成虫になって羽ばたけ。 そんな変容のコメントを参照しました↓。 http://plaza.rakuten.co.jp/kotohogisha/diary/200506060000/
2005/06/14
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『ウルチと芸術と昔の恋人』「…ボクはウルチ(?)だから、芸術的側面が必要とするから、君を引き寄せてきたんだと思うよ…」とか考えている。遊園地でひとりはぐれ、子供たちをかき分け、Y(昔の恋人)を探している大人の僕。★ 「ウルチ」って、粳米のことだろうか?わたしは米が大好きです。 「Y」は、20代の後半に、はじめて本当の恋愛をした相手で、ギリギリのところで結婚にまでは至らなかったけれど大切な女性。いまでは人生の恩人です。☆ 今朝の唄もやはり吉田拓郎で、『いつか外の雨が』でした。
2005/06/13
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久々に、朝早く目覚めた。起きているのか夢を見ているのかわからないような、妙な睡眠。ショートスリープ。起き掛けの夢=思考は、やはり妙。市場でヘラジカ(でも実際はカンガルーみたいな動物)を衝動買いしてしまい、やっぱり飼っていけないと思い直し、貰ってくれる人を探している。すると、ヘラジカ売りのおばさんに遭うのだが、もう店じまいだと言う。「手に負えなくて、ウチの主人に預けたわよ」と。家には、広い庭があるという。安く買い取ってあげてもいいと言ってくれ、計算高い顔になって2000円だと言う。買ったときの値段の1/10だ。わたしは迷っているが、重荷が降ろせるんだなぁと思っている。★ 考えもせず、安請け合いしたかなぁ? エネルギーの浪費かなぁ? 過大なものを背負おうとしているかなぁ? でも、ヘラジカ?の瞳はつぶらで可愛かったなぁ…。わたしの夢には、唄のおまけがついてくる。今日のは、やっぱり拓郎の『大阪行きは何番ホーム』でした。そんな風で、今日が始まる。
2005/06/12
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今日も夢のように時が流れ去っていった。息子が喉をやられていて、ママが午後はお仕事なので、ずっと一緒に過していた。ちょっと元気になってきたので、午後の早い時間にちょっとキャッチボールをした。いつものような元気はない。そのあと、朝食べたものを吐いたので、布団を敷いておとなしくさせた。食欲はわかないが、「たこ焼き」を食べたいと言うので、買いに出た。帰りの車中、西の空に雲間が出来て、雲が銀色に光っていた。夕食を作っているときに、息子と我が家共通の友人(青年)が遊びに来たので、一緒に夕食をとった。その友人は「空がとてもきれいだったよ」と言っていた。後からわかったことだが、6時半ごろから7時にかけて、関東地方では虹が出たという、それも二重の虹。たぶん、西の空がきれいだった、あの頃だったのだろう。わたしは虹の中を西に走っていたのかも知れない…。結局、3人とも見落としてしまった。夕食後のリクエストで、人生ゲームを楽しんでいるところにママが帰ってきた。ゲームも終わり、しばらく雑談をして友人は帰っていった。しかし、その友人のおかげで明日の午後の講演会のことを見落としていたことに気がついた。シュタイナーを学んだ精神科医のお話「3分説について」だ。明日は、一日中外出の予定となった。午前は、地域の子供たちを遊ばせる教室のスタッフ会議、第1回。午後が、上記の講演会だ。明日、息子は一日中ママといっしょに居るということになる。わたしは午後、久々の都内だ。当面の課題の試験勉強は、またもお預け…。
2005/06/11
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『 そうしていつもお前は 俺の深き欲求を汚すのだ 』 俺はただ 飢え死にしてみたいと そう言っているだけなのに 何故にお前はそうして嫌な顔をするのだ 食卓一杯にごちそうを並べて 何故にお前はただ見守ってくれないのだ この愚かな冒険を 何故にお前は共に観てくれないのだ この荘厳なる遊戯を いつの日にか 俺の死を看取ってくれると言ったお前が Copyright(C) 1991 HOKUSUI-SHA All Rights Reserved.
2005/06/11
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自分のスペース(事務所)を持って、そこで過す時間が多くなった。仕事したり、勉強したり、遊んだり…して、時が過ぎていく。一人っきりのオーナー従業員だから気楽なもんだ。最近は大体が、吉田拓郎の曲を流している。落着くのだ。良く知っている曲であるから、意識して歌詞を追うこともない。細胞が知っている70年代の時間が流れ、その中で妙にリラックスしている。たぶん、誰にもそんな身に染み入った音楽や歌があるのだろうと思う。心地よいものに囲まれて仕事が出来るのは、恵まれている。今日、ネットで遊んでいたらそんなテーマを見つけた。「懐かしのフォークソング」それでこうして夜の日記をつぶやいている。ちなみに今流しているのは『LIFE』という2枚組みのCDで「すなおになれば」というマイナーな曲にさしかかっている。… I love you more than I can say …
2005/06/09
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ぐっすり寝入ってしまっていた。まるで別世界を旅していたようだ。記憶がひっくり返る、忘れてしまってこの世に落ちてきたようだ。誕生の擬似体験…?しばらくして、徐々に夢の余韻が甦り、予感に満ち満ちた朝となる。変人の仙人のところで修行をしていた。それはまるで、光だけを食べて生きて行くという光のkimiさんのよう。わたしもそこで、奇蹟を体験していたようなのだ。なつかしい感じ。途切れ途切れの記憶から、夢の余韻がこぼれてくる。あまりも自然で、しかし、あまりにも奇想天外の事なので、私の意識の閾値からはみ出してしまうのだろう。未知の記憶に手が届かないもどかしさ。昨夜の寝入りばな、中国の仙人の書『黄金の華の秘密』を読んでいた。自分には手の届かない経験だとわかっていても、妙に惹かれるものがある。それは、未知の記憶…。いつの日か、謎が明かされる事だろう。朝の郵便では『未詳倶楽部』からの通信が届いていた。ゆっくりと一日が始まろうとしている。朝。また、この世界に身を添わせて行くのだ。
2005/06/07
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今日は良い天気でした。一日中、子供たちと遊んでいました。最近の子供たちは、カードゲームや電子ゲームやと、昔になかったものをいっぱい持っていますね。でも、本や、昆虫や、かくれんぼや、ボクシングごっこや、ボール遊びや、昔からのものも健在です。けんかやちょっとした怪我も健在です。最後には、近くの公園へ行って草野球ごっこに夢中でした。みんな勝負にはこだわりますねぇ。結局、14対14の引き分けでした。ピッチャー役のわたしは、思わず時間を忘れ、一緒に遊んでいました。自然と子供たちに生命力を貰ったような気がします。…勉強の方は、また、進まなかった…。今日は、土曜日の運動会の代休で学校はお休み。まあ、良いか、たまには…。
2005/06/06
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日曜日の午後。今日も、遅く起きた朝でしたが、雨上がりの空気の匂いが心地良い。昨日の息子の運動会、雨に降られず無事に終わりました。保護者のたま入れは、慌てて、コントロールが・・・。久々に、小一日屋外にいました。雲間から時々太陽が顔を見せました。そして、夕方から雨。地面に沁みこんでいきました。今日はこれから勉強、そしてまた、息子と行動を共にする。たいした事ではないけれど、子育ては眠っていた記憶を呼び起こします。
2005/06/05
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短時間睡眠でも、夢をいっぱい見た。夢に時間は関係ない。精神の速度は光速に近い。一瞬の間に何が起こっているか、我々は知らない。今日は、『空が雨を捨てる日』か…。
2005/06/04
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今夜はとても静かです。日本中、これから始まる『バーレーンvs日本』の試合を心待ちにしているのかな?東京は、夕方から静かな雨が降り、いまはもう止んでいます。明日は息子の運動会だというのに、わたしもサッカー観戦に備えています。少し前まで、いつの間にか床の上で眠っていました。わくわくすることに、身体は自ずと準備しているものですね。『もう一人の知らない自分』の存在を鮮明に感じます。そいつが深いところで、わたしの生活の舵を取っていてくれている。その存在を信頼して、第一の意識であるわたしは自由に生を送っていられる。こらからも、その面倒を見ていてくれる存在に感謝しながら、身を預けて流れて行きたいと思っています。その存在は、言葉を変えれば『守護エンジェル』かもしれない。「トランスフォーメーションゲーム」でわたしが連れ帰ったエンジェルは「Courage」(勇気)でした。それは、その存在そのものではなくて、その現われを示すのであろう。確かにいま、わたしは勇気を得ています。昨日に引き続き、今日も富士山麓の写真をUPします。どう解釈されるかは、見る方の自由ですが、わたしは何かの存在の現われだと思います。『木霊』ちゃんと呼んでも良いし『オーヴ』でも『妖精』でも…。私は小学3年生の息子と一緒に見ながら「妖精みたいなものだと思うよ」と話していました。「パパには見えなかったけど、最近のカメラには写るらしいよ」と。息子は当たり前のように「ポケモンみたいなものでしょ」といっておりました。「子供には見えるらしいよ」。「へぇー?僕にも見えるかな?」・・・。危険な会話でしょうか・・・。そういえば、昨夕は久々に『風の谷のナウシカ』のビデオを息子たちと観たところでした。何か、わたしが急に観たくなったのでした。しっかり見たのははじめての息子でした、いろいろ質問されて困りましたが、会話の内容は上記とほとんど一緒で、良い時間を過しました。
2005/06/03
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元々、ゲームと名のつくことには幼少の頃から目のないわたしでした。キーワードは「Play」「あそび」「ルール」「ロール」「ツール」「自由」「ヴァーチャル」「亜時空」「異世界」「物語」「偶然・必然」「人生」…。切りがありませんね。テレビゲームから、スポーツ、旅、人生に至るまで、わたしにとってはすべて『ゲーム』です。わたしが昨日体験した『トランスフォーメーションゲーム』は、イギリスの北端のフィンドホンというパワー・スポット共同体で作られたゲームシステムです。「人生ゲーム」のスピリチュアル版、といって紹介されました。体験してみて、たくさんの人たちによって練りこまれ構築された奥深い構造を持つものという印象を受けました。そのさわりの部分を体験しただけですが、それでも、全体の奥深さを味わえたように思います。優れたものは、部分が全体を含んでいます。4人のプレイヤーが、それぞれの人生と存在を持ち込んで、偶然と必然によってそれぞれの物語が織り込まれ、撚り合わされてゲームが進行していきます。それぞれのプレイヤーに焦点が当たり、シェアによって分かち合いが行われ、シンクロにシティーが明かされていきます。人生の重い側面や楽しい側面が立ち現れ、また、思わぬ奇跡が起こったりします。今回の『ゲーム』は比較的穏やかなものだったということでしたが、わたしの心ははずっと嬉嬉としていました、穏やかなわくわく?まあ、一つのセミナー、ワークショップなんですが、前もって筋書きのない、一瞬一瞬の今を体験できるワークでした。10時から17時まで、瞬きもせずに亜時空に遊んでいました。そこに持ち込んだわたしの自己目標が『遊び』でしたから、ことさらだったのでしょう。具体的な内容については、まずは『空のしずく』さんのブログに譲りますが、わたしの魂は、本当に喜んでいました。それで、今日はおまけの写真を上げておきました。ワーク前夜に、富士の裾野の深夜に撮った写真です。ちょうど午前零時ごろ、ワーク会場を提供してくださった十里庵の庭先でシャッター押したものです。『木霊』というものが遊びに来ているのが見えますか?
2005/06/02
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昨日、富士の山麓にて『トランスフォーメーションゲーム』というワークを体験してきた。表面上は、楽しくて、穏やかなものに見えた。帰りのハイウェイで車を運転しながら、ボーっと考え事をしていた。…こいつは、徐々に効いてくるのだな予感した。深夜に家にたどり着いて、眠りに就いたのは1時ごろ。それから、ぐっすりと眠り込んでしまった。断続的な、夢・夢・夢…。結局、起床は昼前になってしまった。いま、正午だというのに、わたしの意識は まどろみの中。とりあえず、お約束のこれを書いています。今日は、これから拍車をかけます。ということで、『ゲーム』のことなどはまた書きます。
2005/06/02
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