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しばらく不在でした。帰ってきたらいろいろと感じるところがありました。 ひとつは、昇華さん の一連の夢日記。出かける前にコメントして行きましたが、何かずっと心に残っていたようです。あのように精妙な夢を見られる方も珍しいのではないでしょうか。 もうひとつは、PAPITIGOさん の最新日記。「癒しのお仕事とお金」の話でしたが、素朴でピュアな感性に胸がドキドキしました。 トップページの 『魂の暦』 も1日遅れの更新です。実は、一週前は、こうなっていました。 20.8月18日~24日 私は今はじめて自分の存在を このように感じる――― 私は宇宙存在から遠くはなれ 自分の中で自分を消滅させようとした。 自分だけを根拠にして栄えるために 自分で自分を殺そうとした。 最後の所がわかりにくければ新訳ではこうなっています。 「自分だけを拠りどころにしていれば 自分の中で 自分を殺すしかない。」 一週前は、宇宙存在から遠く引き離されて、ほとんど瀕死の状態に置かれていた自分の存在。それが今週は、かすかな光が差して来ているではありませんか。それは、見知らぬ力。わたしの未だ、計り知れない何かの力なのです。そして、わたしはまた、自分自身を取り戻し、わたしの中に見知らぬ種子が育つのを感じる、と言う希望に満ちたものに変わっていたのでした。 台風一過、東京では昨夜の嵐はどこ吹く風、新しい一日が始まろうとしています。 今日も、新たな気持ちで、出かけてきま~す。
2005/08/26
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『不在より愛をこめて』 私のために 場所を用意して下さいな あなたの暮らす 世界の中に ほんの小さな場所で良いのです いない・私の・場所を 私のために 時間を用意して下さいな あなたの送る 日々の中に ほんのわずかな時間で良いのです いない・私の・時間を 今は 不在の時間 ここは 不在の場所 私は いない いない いない イナイ イナイ バァ あなたの中に 不在の場所を用意して下さいな あなたの中に 不在の時間を用意して下さいな 私のために すべての <私-たち> のために Copyright(C) 1989 HOKUSUI-SHA All Rights Reserved. ---------------------------------------------------------------------------- 収縮と拡散の波があります。今は少し自分の中に迫りたい、そんな時。 この詩は、もうずいぶん前、大いなる収縮の時に浮かんだ詩です。自分の中にグイグイと迫りたくとも、あなたや、みんなが気になるんですね。そんな時、結界として出てきたのでしょうか? ひとりになるべき時ひとりになる。これは自然ですよね? でもあなたを忘れてはいませんよ、と言う感じかな? まったくのひとりで冒険に出ると、迷宮から抜け出せなくなる。そういう時、アリアドーネの糸が必要なのですね。お陰で帰ってこられたよ、と言うために。 明日から、ちょっとヒプノの研修会へ行って来ます。
2005/08/23
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明日から仕事で一泊旅行です。清里まで行って来ます。 仕事で旅行が出来るのは、恵まれているのかな? 前々回からの 『ユダヤの七つの燭台』 の概念工事を挙げておきます。 光の繭 は別物ですが、ブルーはシュタイナーの使う概念 です。 認識のための、瞑想の道具にでもなれば幸いです。 出典は、シュタイナー医学のメース博士と、日本の松本医師の、直感に依ります。 それではみなさん、行って来ま~す。
2005/08/17
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長い眠りの中にいた。印象的な夢もなかった。やはり、少し疲れていたようだ。お盆やお彼岸には良く経験するものだ。目覚めると、妙に匂いに敏感になっていた。台所に行くと、生臭さに気持ちが悪くなり、作業場に行くと絵の具の匂いがツーンとした。何か、身体が生まれ変わったように感じる。 目覚めの床の中から、ずっとある歌が流れていて、作業場でギターを爪弾いて口ずさんでみた。オフコースの『歌を捧げて』だった。 ♪ あのほほえみ あのやさしさを 忘れてしまうなんて 私は信じない だってうたうこと 生きてゆくこと 教えてくれたのは あなただから さあ ここへ 手を のばして あなたは少しだけ 疲れただけ 私の歌すべて あなたにあげる ♪ 外は、早朝から雨が降っている。クレヨンで一昨日の『ユダヤの七つの燭台』を描いてみた。雨の匂いと、絵の具の匂いと、クレヨンの匂いが混ざり合い、私の嗅覚は混乱気味だ。そんな朝である。
2005/08/16
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今日は久々にシュタイナーの勉強会へ行ってきました。 学んだこと。 生まれ 死ぬ 目覚め 眠る 思い出し 忘れる その中心に 私 が居る。 『ユダヤの七つの燭台』の象徴するもの。 納得。 今日はそれだけです。
2005/08/14
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四国はわたしが生まれた国である。両親の里が徳島県の三好郡というところにあり、母親の実家である阿波加茂という地でこの世に生を受けたのだ。 生まれてすぐに両親の住む岡山県倉敷市に連れ帰られたものの、学童期の長休みには、良く里帰りをしたものだ。 その頃の本四交通は船旅だった。宇野から高松へ宇高連絡船に1時間ほど揺られる。そして、四国の鉄道は、ほとんどが単線で(未だにそうである)ガタンごとんと長時間の列車旅が続く。里に帰ると、お祖父さんやお祖母さんにかわいがられ、同じ年のいとこやその兄弟がいて楽しい休みを過した。旅から帰って来て、その数日間の楽しい思い出の 余韻に浸り、寝付かれないベッドで、郷愁の感覚を 四国の鉄道 覚えたのは、小学校の低学年だったろうか? 年を経てからも、何度か四国へは渡った。 確か高校生になった夏の、初めての一人旅も四国だった。母親の里に泊めてもらった後、愛媛の松山駅構内で一夜を過し、佐多岬まで行った。無口なカメラ青年と一時同行したが(わたしも無口だったので)ほとんど話をせず、お互いのカメラを交換して記念撮影をしたくらいのことだった。その日最後のバスの発射時刻になって、彼はどうやら岬に泊まる予定だったらしく、予定を決めていなかったわたしが、急遽バスに乗り込んだ時の彼の顔が忘れられない。驚いて何かを目で訴えていた。旅の別れは、そんなものである。その後、その旅は、台風接近のために途中で切り上げざるを得なくなった。 大学で少林寺拳法部に入り、毎年、春休みに総本山のある香川県の多度津へ合宿に行った。仏教の教えに触れた最初である。この、総本山での少林寺の教えは、若いわたしにスポンジに沁みこむ水ように吸収された。多度津からの帰りに、仲間たちと金比羅参りをし、美味しい讃岐うどんを食べて帰ったりしていた。 34歳あたりか、企業をドロップアウトする寸前の時に、一人旅をした拠点も四国だった。この時は、神戸からフェリーで高松まで行き、愛媛を通って高知の西岸まで行った。石鎚山に登ったのもこの時だった。車で登山口まで行き、着の身着のままで登り始めたのだが、最後は鎖場でとても高い山だった。後で知ったことだが、四国一の標高を誇る霊山だった。その時は、高知の西岸から九州の別府へ渡り、後は、湯布院・阿蘇・福岡・北九州へと旅をした。 今回、楽天で縁のできた ぴあの@サファイアさん に会いに行くために岡山から海を渡ることになった。トドニと2人で行こうと思っていたが、息子のだいちがどうしてもパパと行く。「ぴあのさんっていう人と、おなもみっていう子に会ってみたい」というので、3人、いや、2人と1匹の日帰り旅となった。 本四架橋が出来て、四国は格段に近くなっていた。徳島市まで2時間半で行けるのだ。 徳島市は初めてである。先ず、阿波踊り会館というところへ行き、眉山へのロープウェイに乗ろうと思っていたのだが、「犬連れ」はお断りだった。仕方なく、写真右下のエコ・人力タクシーに乗って徳島駅の反対側の城跡公園まで走ってもらった。風が気持ち良く、お兄ちゃんも話好きで、しきりに「ぜひ、阿波踊りを見て行ってください」と誘われた。 ぴあのさんとおなもみくんに公園の近くまで車で迎えに来てもらい、4人で食事をとった。だいちはおなもみくんよりも、横にも上にも一回りも大きく、ふたりは対照的だった。 それから、民芸品の集まっている会館のようなところへ案内された。ふたりともガラス細工のビードロのブローチを買ってもらった後、何気なく立ち寄った藍染のお店で、運よく体験コーナーをやっていた。 おばさんが、さあさあと手馴れている。子供ふたりとわたしが、綿のハンカチにチャレンジした。おなもみくんは、器用な手先で仏様を描いていった。だいちは豚の鼻を描くという。対照的!わたしは何故か、大きな丸を描きたくなりエイヤッと描いたが気に入らず、周りに渦を描いて形にした。だいちはと見れば、豚の鼻の周りに同心円を描いていろいろ模様を描いていた。おなもみくんは、当初の計画通り出来上がったみたいで、「あみだにょらい」と書き足していた。 私の作品 : 『丸と渦と点』 だいちは面白いことを考えたようです そんなことくらいで、もうお別れの時が近づいて来た。それまでずっと、バックの中で顔だけ出していたトドニを広場でおろして、ぴあのさんとおなもみくんにちゃんと紹介した。 徳島駅まで送ってもらってお別れした。ちょうど直通の列車に間に合い、夕暮れと共に瀬戸内海を渡った。四国と中国地方ではまるで地形が違う。四国は山が多く地の勢いを感じる。一方、鷲羽山を越えると岡山平野は平坦でなだらか、やはり穏やかな感じになる。 岡山駅まで着くと夕陽がきれいだった。
2005/08/11
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『夢の友たちへ』 To my Dream Friends (…オノ・ヨーコの詩集に触発されて) あなたが あなた自身に成ろうと 何かをやっている時 私は 眠っているしかない。 そして私が 私自身に成ろうと 何かをやっている時 あなたには 眠っていてもらうしかないのだ。 それはとても危うく はかないつながりだけれど 心から そう思える時 存在の軽さが ふと到来する。 私とあなたは きっと 夢のところでつながっているらしい。 そして 私は信じている。 いつの日にか この光の世界で 無の一滴を 二人して受けられる日が来るだろうことを。 そう信じることが 私を軽やかにしてくれる。 この果てしない 存在の重さの中で。 成ることは 苦しい道行だ。 けれど 苦しさの中にも在ることが 成ることを生む。 そう信じながら…。 …。 Copyright(C) 1989 HOKUSUI-SHA All Rights Reserved.
2005/08/10
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すいている新幹線に乗って東京に帰ってきました。 息子のだいちは、ずっと隣で寝ていました。こいつも、わたしと同じように、どこででも寝られる人間になるのかなぁ…。 わたしは、あさのあつこの『バッテリー』を読んでいました。 舞台が岡山で、岡山弁が沢山出てくるので懐かしい空気の中、内容も骨太で締まっていて、読み応えがありました。続刊が、後2つあるので、まだまだ楽しめそうです。 ドア to ドアで約6時間、今日は移動日となりました。 身体が心地よい疲れに満たされていて、今夜はぐっすり眠れそうです。 明日からは、日常に戻ります。 慌しくて、なかなか他の方のブログへ、訪問もコメントもままなりませんでしたが、明日からは切り替えます。 そして、ちょうど10000カウントも過ぎたので、このブログへのスタンスも、少し変えていこうかなぁと漠然と思っています。 まあ どうなるか おたのしみ~
2005/08/09
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旅も終わりが近づいてきました。今回の旅のメインは、小3の息子だいちとの野次喜多道中でしたが、半ばには妻も愛犬トドニも加わって、賑やかになりました。故郷に帰ったので、両親との関わりなど、多少しんどい事もありましたが、兄弟との久しぶりの交流などもあり、実り多き旅でした。 だいちも良い経験をして、一段とたくましくなりました。 一方、その裏に、楽天日記で知り合った方々や、ネットで知り合った方々との交流という底流にも支えられていました。 名古屋では、nao5さんにお世話になりました。 岡山では、ネットの教室:編集学校のPEPPAR LAND:能勢さんのつながりで、楽しいお話が出来ました。 徳島では、ぴあの@サファイアさんと、素敵な交流が出来ました。 遠く、ネットからはp-plusさんや、たろうくんから、応援がありました。 そして今夜は、* sora *さんのところで、旅の前に投稿した詩を、コラボレーションの形でUPしていただきました。ぜひ飛んでみてください。 ⇒コラボ:写真と詩 この旅で関わっていただいた皆様、楽天リンクの皆様、この場を借りてお礼を申し上げます。 ありがとうございました。 旅の先々で、ネットにつなぎ、毎晩写真を整理して日記をUPしたりして、あわただしい毎日でしたが、それも良き思い出になりつつあります。たまには、こういう旅も良いかと思いました。 願わくば、デジカメの画像整理やタイピング(なんせ、私は2本指です…)とかが素早くなって、さささっとブログをルポライト出来るようになりたいものです。 明日が旅の最終日です。まだ、まとめていないものや、漏れているものもありますが、それは帰京してからゆっくりやりたいと思います。 そうして、わたしはまた、日常に戻っていく事でしょう。…しかし、「日常の毎日(人生)が旅のようである」とは良く見抜いた言葉ですね。 これは瀬戸内海の夕暮れです
2005/08/08
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このところ、写真にばかりとらわれていて、どうにもしょうがない。旅に出るとそれなりに写真がたまってくるのは当たり前だが、日記で紹介していこうとするとどうしても写真に引きずられてしまう。写真を選ぶのにも加工するのにも時間がかかって、肝心の日記の文章が貧弱になってしまう。なにか、説明調になって、素直な言葉が出てこないみたい。・・・ちょっと反省しています。写真は一枚ぐらいがいいなぁ。と、言いながら、今回も写真が多いなぁ…。旅の最中に書いています。 ☆ ☆ ☆ 旅の最中です。5日の新月の日には、早起きをして登山に行って来ました。小学3年生の息子だいちは、今までちゃんとした山を登った事がありませんでした。夏休みの目標のひとつが「山に登る事」でした。で、わたしも若い頃、父に連れて行かれた馴染み深い山へ連れて行くことにしました。竜の口山と言って、標高247Mの小さな山ですが、けっこう急勾配なところもありました。 80歳になる父と、わたしと妻と息子の4人です。だいたい、わたしが先頭で、次がだいち、後の2人が続きます。だいちは最初、あー疲れる~、ちょっと休憩、の連発でしたが、しだいに山の中に入っていく事で、山に馴染むというか、元気を貰っていったような感じでした。面白そうなものを見つけたり、峠の平坦地を目安に休憩を入れると、後の2人が追いつくという風に登っていきました。 頂上の横の山頂に、竜ノ口八幡宮という神社があり、受験の神様らしいです。そこにお参りをして、大体1時間くらいで竜の口山頂へたどり着きました。まあ、ちょっとしたハイキング程度の登山でしたが、初めての征服感に満足したみたいで、だいちはその頃からずっとハイ状態になりました。少しでも山に登る開放感を感じてもらえて良かったなと思いました。途中の道々で色んな虫達に出会えて、これも嬉しいオマケでした。 水筒の入ったリュックをしょって 途中で自分に合った杖を見付けて 頂上で満足げなだいち 杖の先っぽに黄色い蝶が留まりました やはり、自然の中に入っていくと何かのスイッチが入って、しばらくすると野生が少し戻ってきます。それは、子供でも大人でも同じようです。木々や植物、虫や動物たちから波動が来るのでしょう。日頃眠っていた感覚が戻ってくるのですね。それが、子供には端的に行動に表れますね。当初の不安も消え、登頂の喜びも加味され、くだりの頃には、だいちは見違えて自然児の部分が全開放といった感じになりました。わたしも当然、子供に戻った感覚です。人間は、大地の子であるわけですね。 山の反対側へ降りていくと、そこには温泉があり、そこで汗を流しました。結構工夫された温泉施設で、身体を洗い流した後、色んな湯船につかりました。昼食をはさんで、2回もお湯につかりました。その間、だいちは、はしゃぎっぱなし。今度は、ヘルスセンターのようなその建物の中や、お風呂の中を探険少年でした。露天風呂の庭で見つけた、クマゼミの大群が、最後の写真です。これには、わたしも驚きました。実際は、もっとたくさん群れていたのですよ。
2005/08/06
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3日は早々に宿を出て、近くの大須観音へ立ち寄り、岡山へ帰っていきました。そうです、わたしの育った街です。息子も少し疲れたらしく、さすがに3日連続で遊ぶ気力もなかったようです。 4日に、妻が愛犬トドニを連れて合流しました。岡山でメンバーがそろった形。変則・西遊記です。その夜、子供達は置いておいて、後楽園のライトアップへ行って来ました。名づけて『幻想庭園』、毎年7月の終わりから8月15日までの、夏の風物詩になっているとのこと。 水戸の偕楽園、金沢の兼六園と並ぶ、後楽園は、江戸時代を代表する大名庭園のひとつです。つまりは、天皇家の離宮と同じで、周囲から閉鎖された中でひとつの世界が成立している。四季の自然を取り入れながら、その時代の最高級の技術を駆使して造られた、天井人の芸術や文化の遊び場、研鑚の場だったのでしょう。居間や能舞台を中心とした亭舎、各所に茶室や祠、お堂や神社まであり、その時代の文化の世界模型とも言えます。 日本人が、如何に自然と共に生きてきたかが伺えます。粋な世界ですね。しかし、自然と言っても人の手を加えられ、上手に管理されている人工自然なのです。だから、たとえばこんな風に、電気を使ったカラーライトでライトアップされるというのも決して不自然な事ではありません。昔から日本文化は、自然をうまく取り入れて、それに手を入れ加工し、敬いながら愛でてきたのでしょう。 昔と違う所は、ありがたいことにその世界に庶民の我々でも足を踏み入れる事が出来るということでしょうか。 ともあれ、夜のイルミネーションに映える日本庭園を散策し、気分のいい夕涼みを大人だけで楽しんできました。 入り口付近に蓮が、苗ごと地上に持ってこられ、飾られていました。 ちょっとびっくり。ここまでやるか~という感じです。しかし、きれいな花を咲かせていました。これは『誠蓮』でしょうかね…?
2005/08/04
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8月1日に旅に出ました。 先ずは名古屋。小学3年生の息子と2人旅。 名古屋駅で楽天日記で知り合ったお方とプチOFF会。しっかりと、愛・地球博の攻略法を伝授されました。…そのあと、荷物を置かせていただくために、早めに入れていただいた旅館で、しばし、思わずデイ・ユース。息子が、長距離移動の疲れで休憩している間に、積もる話に盛り上がりました。初めて会う方でも、日記でやり取りをしている方とは、何故か妙なつながりがたくさんあって、会話の妙を楽しみました。 それから、ポケパークまで送っていただいて、後は親子で遊園地遊び。乗り物類は、一般の遊園地よりチャチい感じでしたが、ポケモンならではのアトラクションがあって、まあまあ楽しめました。 息子のお土産は、『レックウザ』という空飛ぶ竜ポケモンのぬいぐるみ。旅館が大須観音の近くにあり、その名を『白龍』と言う。大須観音も密教系で、初日から龍づいていました。 2日は、いよいよ『愛・地球博』。しかし、人気パビリオンはすべて長蛇の列で、パス。メインのグローバルハウスとマンモスラボには入れました。あと、各国のパビリオンも、空いている所をいくつかまわりました。 しかし、一番ゆっくり出来て、ほっとしたのは『千年の森』でした。神叢学会という神道系のNPOが企画した、ホンの小さなスペースでした。入り口に、右上の写真の手洗い場があり、木の階段を上っていくと小さな空き地に社務所があり、そして、このオブジェ。『鳥総(とぶさ)の鎮め』と言う、大木を切った時の魂鎮めをイメージしたものだそうです。 そこからまた少しあがった所に、大きな石が置いてありました。まさに鎮座するという感じでした。木々に囲まれ、とても落ち着く空間でした。その奥は、通行止め。そこには、地元の弁財天が奉ってあるとの事でした。 その森で、蝉を撮っていたらアオスジアゲハが飛んできて、草むらで雄のカブトムシを捕まえて、帰りの階段ではカマキリに出会いました。社務所でのお土産は、トトロがくれたような、笹に包んだどんぐりでした。 万博会場の喧騒中で、しばし静寂に包まれた一時でした。
2005/08/03
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