2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全3件 (3件中 1-3件目)
1
![]()
地球最後の朝、私はいつものように犬の散歩に出かけた。 今日が地球の最後だからといって、ジタバタしても始まらない。普段と変わらず、今日という日を淡々と生きるだけだ。 地球最後の日が確定してからというもの、一部の芸能人や政治家、企業経営者などが次々と宇宙に脱出していった。「人類の種を絶やしてはならん!!」 彼らは一様にそんな理屈をぶって大義名分を作ろうとしたが、金にモノをいわせて自分だけ死から逃れようとする様は、テレビで見ていて吐き気がした。 今の宇宙ステーションには人が繁栄していくだけの資源も食料もないのだ。地球に残る我々庶民より長生き出来たとしても、せいぜい数ヶ月か、長くて一年。それが分からないほど彼らはバカじゃないはずなのに、人間は何と悲しい生き物だろう。 犬が電柱の脇で止まり、脚を上げておしっこをかけた。ほら見ろ、と私は思う。犬でさえいつもの決まった場所で、決まった行為をしている。今日が地球最後の日でも、ちっとも動じてないじゃないか。 私は胸ポケットからタバコを取り出して火をつける。朝靄に、紫煙が混じる。あと十数時間で、人類を滅亡させる巨大隕石が地球に激突する。空を見上げ、今更のように人生を振り返ってみる。私は今日まで、精一杯生きただろうかと。このまま死んで、後悔しないだろうかと。 明日が、未来が保障されていたときはそんなこと考えもしなかったのに、人間なんて本当に勝手なものだ。 地球最後の晩飯はおでんにしよう。ふと、そう思った。理由なんかない。そもそもメシを食うのに理由などいらないのだ。そのとき食べたいと思ったものを食べればいい。いつもと同じように。
2006.09.17
コメント(0)

近所のオンボロアパートにピーちゃんとピーちゃんのお母さんが引っ越してきたのは三ヶ月前のことなんだ。ピーちゃんのお母さんはいつも疲れた顔をしていて、周りの人にペコペコ頭ばかり下げてるけど、ピーちゃんは男の子みたいに元気一杯で、その辺で蛙や猫を捕まえては、頼んでもいないのに僕のところに持ってきて自慢する。自慢されてもどう反応していいか分からないから黙っていると、ピーちゃんは四つも年上の僕のお尻を木の棒で平気で叩いたりするんだ。やめなよピーちゃんって言っても、おもしろがってなかなかやめてくれないんだ。 ピーちゃんは極端に目が悪くって、しょっちゅう転んで体中痣だらけど、泣いてるとこなんか見たことない。太陽みたいにいつも笑ってるんだ。「おい、おまえ、ピーちゃんなんかな、今日アイスクリーム食べるんだぞ」 僕は毎日食べてるよ、そう思うだけで、口にはしない。何となくだけど、言っちゃいけない気がするから。「すごいね、何味のアイス食べるの?」 そう言葉を返すと、ピーちゃんの笑顔が見られるから。 先週、ピーちゃんのお母さんが自殺した。お葬式のあと、キツネみたいな目をした知らない大人の人が、ピーちゃんを自分の車に乗せた。お別れなんだなって思った。涙が、びっくりするくらい出てきた。目の前の色んな物が、夢の中みたいににじんでぼやけた。走り去っていく車に向かって、僕は必死に手を振ったんだ。何か言いたかったけど、喉が詰まって言葉が出てこないんだもん。 車の後ろのガラスに顔をへばりつかせて僕を見ていたピーちゃんは、やっぱり泣かなかった。最後まで笑って、あっかんベーして、指で鼻を押して豚みたいにしたりした。 あれからひと月が経つけど、ピーちゃんが住んでたアパートには、まだ誰も引っ越してこない。
2006.09.03
コメント(0)
![]()
十年ぶりに故郷の町の土を踏んだ。 来年こそはと思いながら、盆も正月もない仕事に忙殺され、生まれ育った故郷をずっと省みなかった。 ここのところ、仕事に行き詰っていた。才能という壁にぶち当たり、それを超える術が見つからなかった。悩んでいた。苦しかった。気がつくと私は、故郷に帰る深夜バスのチケットを手にしていた。 町は、生きている。十年前の記憶とシンクロしない建物が町のあちこちに建っていて、私を戸惑わせた。町はまるで、長年帰省しなかった私を責めるように変貌を遂げていた。 長年の不義理を思うと実家にはなかなか足が向かず、私は迷子のように夕方の故郷の町を歩いていた。道ですれ違う見知らぬ顔の数々が、時の流れと疎外感を私に感じさせた。 ふいに遠くのほうで、記憶をさかのぼる懐かしいメロディーが流れ始めた。立ち止まって、耳をすませた。間違いない。小学校の下校時間を報せる音楽だった。十年経った今でも、それは変わっていなかったのだ。 懐かしいメロディーに浸りながら、私は実家に向かって歩き出していた。歩きながら、腕時計を外してポケットにねじ込んだ。時間など気にしたこともなかったあの頃のように。
2006.09.03
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1

